ハルバード

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斧部と鉤部をヘッドの左右に、頂端に槍部を備えている、標準的な刃形のハルバードの穂先3点。
ウクライナ西部の都市リヴィウの武器庫博物館に所蔵されているハルバードおよびその他の長柄武器のコレクション。斧刃の部分に透かし彫りがあり、耐久性が低くなっているものは儀仗用と思われる。
ドイツ語文献の挿絵より、ハルバードの先端部分が持つ形状の多様性を示す例二点。
【図左】三日月形の斧部を持つハルバード。反対側には3本のスパイクが取り付けられている。刺突に用いる部分は細長い円錐状を呈すニードルとなっている。
【図右】S字の曲線を持つ、刃面に透かし彫りの精巧な装飾が施され、複雑な輪郭を与えられた儀礼用のハルバード。刺突用のニードル部分はより長くなっている。

ハルバード(Halberd)は、15世紀 - 19世紀ヨーロッパで主に使用された武器である。ハルベルトあるいはハルバート(Halbert)とも呼ばれる。語源は、ドイツ語で「棒」を表すハルム(halm)と「」を意味するベルテ(berte)からなる造語であるとする説がある。

概要[編集]

「槍斧」「斧槍」「鉾槍」などと日本語訳される。長さは2m~2.5mほど[1]、重さは2.2~3.1kgほどである。[2]の穂先に頭、その反対側に突起(ピック)が取り付けられている。状況に応じた用途の広さが特徴的な長柄武器(ポールウェポン)であり、その実用性から、ヨーロッパ全域で広く使用されていた。[3]

少なくとも斬る、突く、鉤爪で引っかける、鉤爪で叩くといった使い方ができる。さらに鉤爪でを破壊したり、馬上から敵を引き摺り降ろしたり、敵の足を払ったりと、様々な使い方が可能だった。[3]

14世紀の後期に歩兵が使うようになり、16世紀の初頭までにはヨーロッパで広く用いられるようになっていた。[4]

ハルバードはイングランドのビルよりも丈があり、リーチが長かったが、その分接近戦での使用が限られた。比較的未熟な兵士でもハルバードのような武器を扱うことはできたが、効果的に扱うにはかなりの訓練を要した。熟練のハルバード隊は柄の長さをうまく利用して、刺突する者と叩き斬る者に分かれて戦った。隊形が崩れたり、接近戦に持ち込まれても応用がきいたので、パイク兵が同じ苦境に立たされた場合よりもダメージが少なかった。[5]

斧槍はその重量のおかげで敵の歩兵や重装甲の騎兵に対して有効な武器でありえた。[6]板金鎧に対しても、有効な武器であった。[7]

戦場ではスイス傭兵は、前衛、中央、後衛の三つの密集陣に分割する。それぞれの密集陣は中央に部隊旗を置き、その周囲をハルバード兵が取り囲み、さらにその周囲をパイク兵が取り囲み、さらにその周囲を銃兵が護衛するという構成だった[2]

ハルバード兵の役割は部隊旗や楽隊、士官の護衛の他に、敵のパイク兵の戦列を打ち抜いて、密集陣内部に斬り込んできた敵を排除する事だった[2]

また、イタリアなどにおけるハルバードの役割はパイク兵の密集陣を斬り裂く事だった。[2]

イングランドでは17世紀にパルチザンに取って代わられるまで、ヨーマン親衛隊の徒歩専用の主要武器として使われていた。[1]16世紀の軍役義務や軍事評論家の証言によると、ハルバードとビルは常にセットで語られているため、これら二つの武器は同じ役割を期待されていたことがわかる[1]

しかし、銃器の発展などの理由で16世紀半ばには、ハルバード兵は戦場から姿を消すことになる。しかし、それでも下士官の象徴としては利用され続け、ナポレオン時代などでは、隊列を整えたり、後ろに下がる兵士を前に押し戻すのに使われている。[2]

ハルバードは多彩な攻撃方法を持ち、特に刃を使った斬撃は強力で、相手がとっさに受け止めようとした剣を人間ごと切断する威力がある。[2]

反面、頭部の形状が複雑なので、敵を突いたときに、武器が服など色々なものに引っかかって取れなくなりやすく、動きも大振りになる傾向がある。[2]

ハルバードはポールアックスよりも遥かに製造コストが安いという利点がある。[1]

歩兵用の武器で通常騎士は使用しない。[7]

両手剣やハルバードはパイクの先端を斬り落とすために使われたと言われるが、現代の検証では、端を持つ場合では、取り扱いやすくするために軽量に作ってあるパイクを除いては、大きく弾くことができたとしてもパイクの柄を斬り飛ばすことは不可能だろうという検証結果が出ている[1](しかし、日本国内において朝倉軍の将兵が大太刀で織田軍の槍の柄を斬り落として苦戦させた記録が残っている他[8]、倭寇が大太刀で明軍の槍の柄を斬り落として苦戦させた結果「狼セン」と呼ばれる枝を残した竹を柄として使った、柄を容易に斬り落とされない槍が明軍に大太刀対策として利用され、戦果をあげ[9][10]、その後、大太刀を始めとする日本刀が明軍に兵器として導入され、倭寇やモンゴルとの戦いで戦果をあげた記録がある[11][12])。

歴史[編集]

生誕地はスイスで、6世紀から9世紀北欧で使用されていた。13世紀スクラマサクス(片刃の短剣)を棒の先に取り付けた事から始まったとも言われている。白兵戦武器の黄金時代ルネサンスの頃には最も利用された武器の一つである。

16世紀には、5メートルもの柄を持った槍(パイク)が登場するが、武器としてハルバードの戦場での歴史は、16世紀終わりのマスケット銃の登場まで続くこととなる。

武器としての完成度もさることながら、その洗練された形状から美術品としての価値もあり、戦場から遠のいた後も、儀礼用として様々な祭典に使用されており、バチカンスイス衛兵の例が有名である。

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e 長田龍太. 続・中世ヨーロッパの武術. 新紀元社. 
  2. ^ a b c d e f g 長田龍太. 中世ヨーロッパの武術. 新紀元社. 
  3. ^ a b 市川定春. 武器と防具 西洋編. 新紀元文庫. 
  4. ^ 三谷康之. イギリス中世武具事典. 日外アソシエーツ. 
  5. ^ マーティン・J・ドアティ. 図説 中世ヨーロッパ武器防具戦術百科. 原書房. 
  6. ^ 戦闘技術の歴史3 近世編. 創元社. 
  7. ^ a b 渡辺信吾. 西洋甲冑&武具作画資料. 玄光社. 
  8. ^ 加来耕三. 日本武術・武道大事典. 勉誠出版. 
  9. ^ 篠田耕一. 武器と防具 中国編. 新紀元社. 
  10. ^ 平上信行 笹尾恭二. 対談 秘伝剣術 極意刀術. BABジャパン.. 
  11. ^ 林伯原. 中国武術史. 技藝社. 
  12. ^ 戦略戦術兵器大全 中国古代~近代編. 学研. 

関連項目[編集]