ハムベルゲン

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紋章 地図
(郡の位置)
Wappen Hambergen.png Locator map OHZ in Germany.svg
基本情報
連邦州: ニーダーザクセン州
ザムトゲマインデ: ザムトゲマインデ・ハムベルゲン
緯度経度: 北緯53度19分 東経08度49分 / 北緯53.317度 東経8.817度 / 53.317; 8.817
標高: 海抜 27 m
面積: 30.28 km2
人口:

5,637人(2019年12月31日現在) [1]

人口密度: 186 人/km2
郵便番号: 27729
市外局番: 04793
ナンバープレート: OHZ
自治体コード:

03 3 56 003

行政庁舎の住所: Bremer Straße 2
27729 Hambergen
首長: ゲルト・ブラウンス (Gerd Brauns)
郡内の位置
Hambergen in OHZ.svg
地図

ハムベルゲン (ドイツ語: Hambergen) は、ドイツ連邦共和国ニーダーザクセン州オスターホルツ郡ザムトゲマインデ・ハムベルゲンに属す町村(以下、本項では便宜上「町」と記述する)である。この町は同郡の最北部に位置している。

地理[編集]

ハムベルゲンは、ブレーメンの北 37 km の北ドイツ低地ドイツ語版英語版に位置している。この町は、このザムトゲマインデの中で最も人口の多い町である。面積約 30 km2 に 5,400人以上が住んでいる。この古い村は、ザムトゲマインデの中で中心的な機能を担っている。

ハムベルゲンは、ハムベルゲン地区、ハイルスドルフ地区、ハイセンビュッテル地区、キービッツゼーゲン地区、オルデンビュッテル地区、シュプレディヒ地区、シュトレーエ地区からなる。ハムベルゲンはブレーメンやブレーマーハーフェンへの交通の便が良いことから、オスターホルツ郡内でも人気の住宅地の1つである。

歴史[編集]

ハムベルゲンは、ブレーメン大司教所有の小さな屋敷 Gut Ambergen として1056年に初めて文献に記録された。農場名の Up den Eddelhofe は現在もこの館を示す。それは古い村落の中核であった。ルネベルク騎士家は、しばしばブレーメン大司教の侍従長を務めた。かつてこのあたりにはゲルマン人カウキー族ドイツ語版英語版が住んでいた。彼らはその後ザクセン人の中に消えていった。古いピペルンブルク城がハムベルゲンの北西部にあった。現在そこは木の生い茂る小さな丘陵となっている。

集落や農場がバラバラに点在していたハムベルゲンの農民は、1335年シャルムベックの中央教会に属す礼拝堂を建設し、信仰の拠点とした。1546年になると、ハムベルゲンには独自の聖職者が存在していた。礼拝堂は1581年に改築され、拡大された。

1536年に、22の農場からなる古いハムベルク農場台帳が作成された。1670年には約400人がこの村に住んでいた。広さ84モルゲンの農場を持つブルヴィンケラー・ホーフは有名で、1846年まで水車が稼働していた。

1752年バロック様式の教会が建設され、1850年オルガンが設置された。ナポレオン戦争の間、フランスイングランドスコットランドオランダロシアと様々な国の兵士を我慢し、受け容れなければならなかった。1806年には600人のイングランド兵の面倒を見ている。1811年から1813年までハムベルゲンはフランスのオスターホルツ小郡に属していた。

森と荒れ地とギーラーバッハ川の湿った低地から次第に農耕地が造られていった。19世紀には手工業や産業が興った。泥炭加工場、レンガ工場、タバコ工場、ブラウンビール醸造所、火酒の蒸留所が造られた。リュッバーシュテットやオルデンビュッテルに駅を持つ、ブレーメンからゲーストミュンデへ向かう鉄道が1862年以降この集落の発展を加速させた。

町村合併[編集]

1974年3月1日、廃止されたフライセンビュッテルの一部がこの町に合併した[2]

行政[編集]

議会[編集]

ハムベルゲンの町議会は17議席からなる[3]

首長[編集]

2011年11月1日からゲルト・ブラウンス (SPD) がこの町の町長を務めている。町長は町議会において投票権を有している。

町長の下にある行政委員会および、環境・交通・建設・計画委員会、財務・観光委員会、若年・老人・スポーツ・文化委員会が組織されている。

紋章[編集]

この町の紋章には、1335年に建設された礼拝堂が描かれている。の三峰の山はこの町がゲーストの丘に位置していることを表している。紋章基部の青い川はハンメ川の源流域であることを意味している。緑色の背景は、森の緑と農業を象徴している。

姉妹自治体[編集]

文化と見所[編集]

  • シュトローエ=シュプレディヒ博物館。ハムベルクのシュプレディヒ地区にあった歴史的なモーアの小農家をモデルにした建物[4]
  • ハイルスモーア自然保護区の一部がこの町の町域にかかっている。

経済と社会資本[編集]

経済[編集]

ハムベルゲンにとって重要な産業がサービス業である。1945年以前ハムベルゲンは蹄鉄造りでこの地域では重要であった。1970年代から1980年代半ばまでキービッツゼーゲン地区にカフェインレス・コーヒー・メーカー「カフェー・ハーク」があった。多くの産業地区が製造業者に土地を提供している。キービッツゼーゲンの山魚地区には多くの会社が拠点を置いている。2013年からは太陽光発電も強化された。

ハムベルゲンとヴァルヘーフェンとの境界地域の古い風力発電施設の向かい側に、新しい風力発電施設が建設され、2016年の第2四半期から営業を行っている。高さ 186 m の7基の風力発電機が、年間 5,700 MWh の発電を行っている。これは18,000戸の電力に相当する。建設資金は約 3500万ユーロであった[5]

交通[編集]

鉄道ブレーメン - ブレーマーハーフェン(- クックスハーフェン)線(オルデンビュッテル駅とリュッバーシュテット駅)とアウトバーン A27号線ヴァルスローデ・ジャンクションドイツ語版英語版 - クックスハーフェン)に接続する。主要交通軸は連邦道ドイツ語版英語版 B74号ブレーメン - シュターデ線である。緑の海浜街道とドイツ・メルヘン街道がこの町を通っている。

その他[編集]

後に連邦首相となったヘルムート・シュミットは、1942年7月1日にハムベルゲンの聖コスマエ=ウント=ダミアーニ教会でハネローレ「ロキ」シュミットドイツ語版英語版(旧姓グラーザー)と結婚した[6]

関連図書[編集]

  • Horst Brünjes (2011). “Kleinbeck – Spreddiek – Spreddig”. Heimat-Rundblick. Geschichte, Kultur, Natur (Druckerpresse-Verlag) 96 (1): 28–29. ISSN 2191-4257. 

脚注[編集]

[脚注の使い方]

出典[編集]

  1. ^ Landesamt für Statistik Niedersachsen, LSN-Online Regionaldatenbank, Tabelle 12411: Fortschreibung des Bevölkerungsstandes, Stand 31. Dezember 2019
  2. ^ Statistisches Bundesamt, ed (1983). Historisches Gemeindeverzeichnis für die Bundesrepublik Deutschland. Namens-, Grenz- und Schlüsselnummernänderungen bei Gemeinden, Kreisen und Regierungsbezirken vom 27. 5. 1970 bis 31. 12. 1982. Stuttgart/Mainz: W. Kohlhammer GmbH. p. 243. ISBN 978-3-17-003263-7 
  3. ^ Öffentliche Bekanntmachung über das endgültige Wahlergebnis”. Samtgemeinde Hambergen. 2020年10月18日閲覧。
  4. ^ Museumsanlage Heimatverein Hambergen Ströhe/Spreddig e.V.”. 2020年10月18日閲覧。
  5. ^ Windenergie: Ausbau schreitet weiter voran | Landkreis Osterholz”. 2020年10月18日閲覧。
  6. ^ Was ich noch sagen wollte. München: Beck. (2015). p. 82. ISBN 978-3-406-67612-3 

外部リンク[編集]