ハッピーエンド (お笑い)

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ハッピーエンド
HAPPY END
左から、山本、田中
メンバー 田中慎之介
山本譲城
結成年 2004年
2006年(再結成)
事務所 SMA NEET Project
活動時期 2004年4月 - 2004年9月
2006年2月 -
出身 スクールJCA13期生
旧コンビ名 2の1
演芸おんせん、アイアンボーイ(田中)
スタンデライオン(山本)
芸種 コント
ネタ作成者 田中慎之介
同期 三四郎、阿諏訪泰義(うしろシティ
公式サイト 公式プロフィール
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ハッピーエンドは、SMA NEET Project所属のお笑いコンビ。


メンバー[編集]

血液型はA型。東京経済大学卒業。
ハッピーエンドのカッコいい方。最初目指していたのは、とんねるずのような司会も出来るタレントだったとのこと[1]
過去には、現牛女の佐野滝介とのコンビ「演芸おんせん」、現ピン芸人であるとのコンビ「アイアンボーイ」で活動していた。
血液型はB型。大東文化大学卒業。
ハッピーエンドの小さい方。かつて陸上競技をやっていて、本気で箱根駅伝出場を目指していた時もあったが、ケガで断念した[1]
過去には、元ナナイロの斉藤徹哉とのコンビ「スタンデライオン」、ピン芸人「ゆずぽん」として活動。
ハッピーエンドゆずき」として、R-1ぐらんぷり2016で準決勝進出[2]

元メンバー[編集]

血液型はA型。北陵高等学校卒業。
ハッピーエンドの結成初期メンバーであったが、2006年2月1日に田中と入れ替わる形で脱退[3]
2007年4月東京NSCへ13期生として入学。卒業後はよしもとクリエイティブ・エージェンシーに所属し、大城裕貴と「ミルキーウェイ」というコンビで活動していたが、2017年12月18日に解散[4]

概要[編集]

  • 共にスクールJCA13期生出身で、元々は「2の1」というコンビ名で活動していた[3]
  • 2004年9月に一度解散。その後しばらくお互い別々の活動を経て、2005年10月に山本が別の相方である釜戸とコンビ「ハッピーエンド」を結成。2006年2月に釜戸が脱退し、田中が入れ替わりで加入する形で再結成した[3]
  • 共に埼玉県入間郡鶴ヶ島町(現・鶴ヶ島市)出身の幼馴染みコンビである。小学校、中学校(鶴ヶ島市立藤中学校[5])共に同級生、実家も50mほどしか離れていないという同士[3]
  • 代表的なネタとして「最後の言葉」コントがある。これは様々な人の死ぬ間際の一言をシチュエーションで見せるというもので、様々な偉人の最後の言葉をインターネットで見ていたところ、面白いと思って田中が考案したネタである[1]。なお、山本がR-1ぐらんぷり2016で準決勝進出した時に演じていたネタはこれの一人コントであった[1]

出演[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d 東京新聞 2016年11月9日 16面「笑う神拾う神」
  2. ^ 準決勝 - 東京-”. R-1ぐらんぷり2016 (2016年2月25日). 2016年10月15日閲覧。
  3. ^ a b c d 【ビッくらぼんの365日・芸人日記(158)】故郷愛あふれるお笑いコンビ、ハッピーエンド(1/2)”. サンケイスポーツ (2016年10月14日). 2016年10月15日閲覧。
  4. ^ 釜戸は燃え尽きました。”. ミルキーウェイ大城 Twitter (2017年12月18日). 2018年12月24日閲覧。
  5. ^ 2009年1月「新春特集II・夢」”. 広報つるがしま. 鶴ヶ島市 (2009年1月1日). 2016年10月15日閲覧。
  6. ^ なお、6位のヤポンスキーが313KBで僅かボール3個差であったが、4位のU字工事が433KBでありボールが27個もの差があった。

外部リンク[編集]