ハッカーニ・ネットワーク

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ハッカーニ・ネットワークは、アフガニスタンパキスタンを拠点とするターリバーン内の武装組織グループ。ターリバーン内の最強硬派として目されている。2018年現在の指導者は、創始者ジャラールッディン・ハッカーニの息子であるシラージュッディン・ハッカーニ。シラージュッディンは、ターリバーン3代目指導者によるハイバトゥラー・アクンザダ体制下でも副指導者を務めている。

日本では報道される機会が少ないが、2018年に創始者が死亡した際にはハッカニグループとして報道された。

概要[編集]

1983年頃、アフガニスタン紛争 (1978年-1989年) を通じて武装抵抗活動をしたジャラールッディン・ハッカーニが、アフガニスタン南東部でパシュトゥーン人を中心に組織化。1996年にターリバーンが首都カーブルを制圧すると指導者のムハンマド・オマルに忠誠を誓い、ターリバーンに合流した。2001年にターリバーン政権が崩壊した後は、パキスタンの北ワズィーリスターン地区やアフガニスタン南東部で勢力を維持。アフガニスタンに駐留する外国勢力に対して活発なテロ活動を行った[1]。また、アメリカ同時多発テロ事件以降、アルカイーダの指導者であったウサーマ・ビン=ラーディンの逃亡を助けたともされる[2]

2021年8月30日、アメリカ軍が撤退してターリバーンが全土を再制圧。同年9月に組閣された暫定内閣ではハッカーニ・ネットワークから内相にスィーラジュッディーン・ハッカーニ、高等教育相代行にモウラヴィー・アブドゥルバーキー・ハッカーニ、通信相にモウラヴィー・ナジーブッラー・ハッカーニー[3]、難民担当相にカリル・ウルラフマーン・ハッカーニが入閣した。ハッカーニ・ネットワークはターリバーンが復権した成果は、自グループの軍事行動によるものだとして政権内に大きな影響力を持つに至った[4]

パキスタン・中国との関係[編集]

パキスタンに対しては、政府施設や軍への攻撃を行っておらず友好関係が保たれている[5]アメリカ合衆国は、パキスタン政府がハッカーニ・ネットワークを含む武装組織に資金援助を行っているとして批難している[6]

2021年1月、アフガニスタン政府が首都カブールで武装した中国人集団を逮捕した。一説によると中国人集団は中華人民共和国国家安全部の工作員であり、東トルキスタンイスラム運動に対抗するためにハッカーニ・ネットワークと接触していたと言う[7]

出典[編集]

  1. ^ ハッカーニ・ネットワーク(HQN)Haqqani Network”. 公安調査庁ホームページ. 2018年9月8日閲覧。
  2. ^ タリバン一派指導者死亡 ハッカニグループ創設者”. iza (2018年9月4日). 2018年9月8日閲覧。
  3. ^ №58 アフガニスタン:ターリバーンが暫定内閣を発表”. 公益財団法人 中東調査会 (2021年9月8日). 2021年9月13日閲覧。
  4. ^ タリバン新政権で内部対立か 暫定副首相と閣僚が激しい口論=情報筋”. BBC (2021年9月15日). 2021年9月15日閲覧。
  5. ^ 情報が漏れる? ハッカニ派、パキスタン政府の掃討作戦前に脱出疑惑 軍との密接関係裏付け”. 産経ニュース (2014年7月14日). 2018年9月8日閲覧。
  6. ^ 米国とパキスタンの「チキン・ゲーム」岡崎研究所”. Wedge (2018年2月6日). 2018年9月8日閲覧。
  7. ^ 「中国スパイ集団」異例の摘発 ウイグル独立派対策で活動か―アフガン:時事ドットコム” (日本語). 時事ドットコム. 2021年5月15日閲覧。