ハインリヒ・カイザー

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ハインリヒ・カイザー
Heinrich Kayser.jpg
生誕 ハインリヒ・グスタフ・ヨハネス・カイザー
(1853-03-16) 1853年3月16日
ビンゲン・アム・ライン
死没 1940年10月14日(1940-10-14)(87歳没)
ボン
国籍 ドイツ
研究分野 物理学分光学
研究機関 王立工業学校ハノーファー
ボン大学
出身校 ゾフィー・ギムナジウムベルリン
ストラスブール大学
ベルリン大学
博士課程
指導教員
ヴィルヘルム・レントゲン
主な業績 地球の大気に含まれるヘリウムの発見
電磁スペクトル
カイザー単位
影響を
受けた人物
ヘルマン・フォン・ヘルムホルツ
グスタフ・キルヒホフ
カール・ルンゲ
プロジェクト:人物伝

ハインリヒ・グスタフ・ヨハネス・カイザードイツ語: Heinrich Gustav Johannes Kayser1853年3月16日 - 1940年10月14日)は、ドイツ物理学者および分光学者[1]王立協会外国人会員[2]

生涯[編集]

カイザーは1853年ビンゲン・アム・ラインで生まれた。彼の初期の研究は音波、特に音波方程式英語版の特徴に関するものが多い[3]1868年日食中の太陽放射スペクトル観測で新しいスペクトル線を発見、地球の大気ヘリウムが含まれることを証明した。1881年、カイザーは「吸着」(: Adsorption)という新語を造った。またカール・ルンゲと一緒に化学元素スペクトルを研究した[4][5][6]。1886年に国立科学アカデミー・レオポルディーナの会員に選出され、また王立協会フェローでもある。1894年から1920年までボン大学の教授であり、その間の1905年に電子理論についての論文を出版した[7]。1940年、ボンで亡くなった。

CGS単位系波数単位であるカイザーは彼の姓にちなんだものである。また、小惑星10509番は2000年3月に彼を記念してハインリヒ・カイザードイツ語版と名付けられた。

著作[編集]

  • Lehrbuch der Physik für Studierende. Enke, Stuttgart 3rd ed. 1900 Digital edition by the University and State Library Düsseldorf

脚注[編集]

  1. ^ Matthias Dörries and Klaus Hentschel (eds.), Heinrich Kayser, Erinnerungen aus meinem Leben. Institut für Geschichte der Naturwissenschaft, Munich, 1996. ISBN 3-89241-019-4.
  2. ^ Herzberg, Gerhard (1955). “Heinrich Kayser 1853-1940”. Biographical Memoirs of Fellows of the Royal Society 1: 135–126. doi:10.1098/rsbm.1955.0010. 
  3. ^ Mulligan, Joseph F. (January 1992). Doctoral oral examination of Heinrich Kayser, Berlin, 1879. American Journal of Physics. 60(1): 38.
  4. ^ Kayser, Heinrich, and C. Runge. (1890). Über die Spectren der Alkalien. Annalen der Physik 277(10): 302-320.
  5. ^ Kayser, H., & Runge, C. (1892). Über die Spektra der Elemente. Berliner Akademie, 1892.
  6. ^ Kayser, Heinrich, and Carl Runge. (1893). Uber die Spectren der elemente. Verlag der Könogl. Akademie der Wissenschaften.
  7. ^ Kayser, Heinrich. (1905). Die elektronentheorie. DC Heath & Company.