ハインツ・ヴァースケ

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ハインツ・ヴァースケ

ハインツ・ヴァースケHeinz Waaske1924年10月4日 - 1995年7月31日)は、ドイツカメラ設計者である。代表作はローライローライ35で、当時ドイツのカメラを追い上げていた日本メーカーは多機能、自動化、レンズ大口径化、シャッター高速化などで競ってカメラを大型化させた反省からハーフ(24×18mm)判カメラを作るようになっていたが、このカメラを見て24×36mm(ライカ)判でのコンパクト化が本気で進められるようになり、その後のコンパクトカメラの方向が決定づけられた。ローライはこのカメラにより躍進を遂げ、シンガポールにも工場を持つに至った。

略歴[編集]

ベルリンに生まれ、テレフンケンで機器製作の教育を受け、ガウス技術者アカデミーで機器製作技術を学習した。19歳で徴兵を受け、負傷して療養。戦後移動中に兵隊の身分証明書しかなかったためソ連軍に捕らえられ、一時捕虜生活を送った。1945年AEG傘下のカメラメーカーで修理の仕事の傍らで16mmカメラを設計、これがアメリカ軍に見いだされ買い取られたが製品化はされなかった。

この年ヴィルギン(Wirgin )に入社し、エディクサレフレックスエディクサエレクトロニカエディクサ8エディクサステレオエディクサ16を設計したが、このうちエディクサステレオは自分の仕事として認めたがらなかったという。

1965年にローライに移籍し設計主任を勤め、ローライ35ローライ35SローライB35ローライA26ローライA110ローライE110フォクトレンダーヴィトレット110ローライマチック35を設計したが、このうちローライ35Sは自分の仕事として認めたがらなかったという。。1978年には自らのデザイン事務所を設立し、ミノックスツァイスブラウプンクトなどの仕事をした。

「一番気に入っているカメラは」との質問には、自らの設計でないエルンスト・ライツ(現ライカ)のライカM4を挙げていた。

参考文献[編集]

  • 『クラシックカメラ専科No.38、プラクチカマウント』朝日ソノラマ