ハイダルパシャ駅
座標: 北緯40度59分46秒 東経29度01分07秒 / 北緯40.99611度 東経29.01861度
ハイダルパシャ駅(ハイダルパシャえき、トルコ語:Haydarpaşa Garı)はイスタンブールのアナトリア側にあるカドゥキョイに近いハイダルパシャにあるトルコ国鉄のターミナル駅である。 オスマン帝国の終末期にアナトリア鉄道やバグダード鉄道の始発駅として完成したこの駅から東方あるいは東南方に向け国際列車、国内列車、近郊列車が発着している。
歴史[編集]
最初の駅はゲブゼへの路線開業と共に1872年に建てられた。しかし、路線が延長されるにつれて、輸送量が増え、新しくより大きい建物が必要とされた。1906年にOtto RitterとHelmut Conuの2人のドイツ人建築家により建設が始められた。2人はネオ・ルネッサンスドイツ様式を選び、バグダード鉄道を建設しヒジャーズ鉄道のコンサルタント業務に取り掛かっているドイツの投資家たちの大望に大いに従って大きな建物を設計した。ハイダルパシャ駅はベルリンからバグダードまでの鉄道計画(3B政策)における重要なつながりで、ドイツとペルシア湾との間の鉄道接続を構築しスエズ運河を迂回することによる19世紀後半における東方と西洋の間の貿易経路を掌握するためのドイツ帝国の戦略計画の一部であった。1908年8月19日に営業を開始し、1909年11月4日に公式に落成式が行われた。
駅舎[編集]
海に突き出すような埋立地に立地した駅である。海底に打ち込まれた1100本の木の杭の上に基礎が建てられ、そのため三方を海に囲まれるという鉄道駅としてはユニークな存在となっている。正門は海側に面しており、イスタンブールのヨーロッパ側に向かう連絡船の乗り場が正門前にある。つまりイスタンブールのアジア側にあるカドゥキョイなどの町のために建てられた駅ではなく、イスタンブールのヨーロッパ側、特にシルケジ駅に到着した旅客との相互連絡を第一に考えた構造である。
ヨーロッパの城のような外観の駅舎はアナトリア-バグダード会社が1906年から1908年までの間に建設し、ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世から盟友のオスマン帝国のスルタンアブデュルハミト2世への贈り物とされた。その基礎は、それぞれが21mの長さの蒸気ハンマーにより柔らかい海岸に打ち込まれた1100本の木の杭である。駅舎は非常に顕著な様式で、イスタンブールでも非常に際立っている。外部からの外観はほぼ正方形に見えるが、ホーム部分を避けるように建てられているため、実は「コ」の字型をしている。1階のコンコースにはオスマン様式の装飾が施されている。
その位置のおかげでとてもよく保存されてきた。1979年には炎上したタンカーにより被害を受けたが、復元された。駅前広場は広くなく、すぐに海になっているため、陸上から駅舎の全容を望むことは困難である。駅前には同時期に建設された連絡船の乗り場の建物があり、これはオスマン独特の様式を今に伝えている。ここからカドゥキョイへ向かう連絡船や、ヨーロッパ側からボスポラス海峡を横断してカドゥキョイに向かう連絡船は、駅のすぐ目の前を通過するため、建物の全容を最も容易に眺めることができる。
2010年11月28日、駅舎の修復作業中に出火。地元メディアは「溶接作業の火が燃え移ったか、電気系統がショートしたのではないか」と伝えている。この火災で駅舎の4階と天井の大部分が焼失。しかしケガ人はなく、列車の運行も数時間後に再開した。[1]
駅舎はその後応急修理されて使用され続けているが、焼失した4階部分は現在も再建されておらず、残った上層部の外壁には仮の支えが追加されている。駅舎を解体してホテルに改築する案が出されている。
利用可能な行き先[編集]
| ハイダルパシャ駅で利用できる行き先一覧 | ||
|---|---|---|
| 行き先 | 経由 | Line |
| 通勤列車 [2] | ||
| ゲブゼ | ボスタンジュ - カルタル - ペンディク - トゥズラ(en:Tuzla (district)) | イスタンブール - ゲブゼ間通勤列車 |
| 地域路線 [3] | ||
| アダパザル | ボスタンジュ - カルタル - ペンディク - トゥズラ - ゲブゼ - ヘレケ - サパンジャ - イズミット | イスタンブール - アダパザル間地域列車 |
| 国内路線 [4] | ||
| アンカラ | エスキシェヒール | バシュケント急行 ジュムフリイェット急行 ファティーフ急行 ボアジシ急行 アナドル急行 アンカラ急行 |
| イズミル | バンディルマ - バルケスィル(en:Balıkesir) - マニサ - バスマネ | 6 エイリュル急行 17 エイリュル急行 |
| コンヤ | Enveriye, エスキシェヒール - アフィヨン | メラム急行 |
| デニズリ | Enveriye, エスキシェヒール - アフィヨン - ディナル | パムッカレ急行 |
| アダナ | Enveriye, エスキシェヒール - アフィヨン - コンヤ - カラマン | イチ・アナドル・マヴィ Train |
| ガズィアンテップ | Enveriye, エスキシェヒール - アフィヨン - コンヤ - カラマン - アダナ - オスマニエ | トロス急行 |
| カルス | エスキシェヒール - アンカラ - カイセリ - スィヴァス - エルジンジャン - エルズルム | ドウ急行 |
| タトヴァン | エスキシェヒール - アンカラ - カイセリ - スィヴァス - チェティンカヤ - マラテヤ - エラズー - ムシュ |
ヴァン・ギョル急行 |
| Kurtalan | エスキシェヒール - アンカラ - カイセリ - スィヴァス - チェティンカヤ - マラテヤ - ディヤルバクル |
ギュネイ急行 |
| 国際路線 [5] | ||
| テヘラン | エスキシェヒール - アンカラ - カイセリ - スィヴァス - マラテヤ - エラズー - ムシュ - タトヴァン - タトヴァン Wharf -(湖上区間)- ヴァン Wharf - ヴァン - カプキョイ - Razi - タブリーズ |
Trans-Asia Train |
| ダマスカス (運休中) |
Enveriye, エスキシェヒール - キュタヒヤ - アフィヨン - コンヤ - アダナ - Fevzipasa - イスラヒエ - メイダンエクベズ - アレッポ |
シリア Train |
周辺[編集]
陸軍病院の近くのナイチンゲール記念イギリス人墓地には、クリミア戦争や2つの世界大戦で命を失ったイギリスやイギリス連邦の軍人専用の墓やモニュメントがある。
19世紀のセリミイェ兵舎の北西翼には病院があり、そこでは介護の先駆者であったフローレンス・ナイチンゲールが負傷し病気に感染したイギリスの兵隊を看護していた。現在は彼女の行為を称えるための遺物を展示する美術館となっている。
駅周辺には、ハイダルパシャ・ヌムネ病院、ギュルハーネ陸軍医療アカデミー(GATA)付属病院、Dr Siyami Ersek病院、マルマラ大学ハイダルパシャキャンパス(旧ハイダルパシャ高等学校)もある。
ハイダルパシャ港はトルコの主要コンテナターミナルの1つで駅北側にある。
他の公共交通機関との連絡[編集]
関連項目[編集]
- シルケジ駅 - ヨーロッパ側の駅。
- イスタンブールの公共交通網
- バグダード鉄道
- ヒジャーズ鉄道
脚注[編集]
- ^ トルコの駅舎で火事、歴史的建造物一部焼失 日テレNEWS24 2010年11月29日 15:58
- ^ “アーカイブされたコピー”. 2008年6月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年6月2日閲覧。
- ^ “アーカイブされたコピー”. 2008年5月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年6月2日閲覧。
- ^ “アーカイブされたコピー”. 2008年6月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年6月2日閲覧。
- ^ “アーカイブされたコピー”. 2006年5月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年4月29日閲覧。