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ノーマン・スティーンロッド

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ノーマン・スティーンロッド
Norman Steenrod
生誕 (1910-04-22) 1910年4月22日
アメリカ合衆国、オハイオ州、デイトン
死没 (1971-10-14) 1971年10月14日(61歳没)
アメリカ合衆国、ニュージャージー州、プリンストン
国籍 アメリカ
研究分野 数学
研究機関 シカゴ大学
ミシガン大学
プリンストン大学
出身校 ミシガン大学(BA)
ハーバード大学(MA)
プリンストン大学(PhD)
博士論文 Universal Homology Groups (1936)
博士課程指導教員 ソロモン・レフシェッツ
博士課程指導学生 ホセ・アデム(英語版、スペイン語版)
ピーター・ジョン・フライド(英語版)
サムエル・ギトラー(英語版、スペイン語版)
項武忠(英語版、中国語版)
ジェローム・レヴィン(英語版)
ウィリアム・マッシー(英語版)
ポール・シュワイツァー(英語版)
エドウィン・スパイナー(英語版)
ジョージ・ウィリアム・ホワイトヘッド(英語版)
主な業績 スティーンロッド代数(英語版)
スティーンロッドホモロジー(英語版)
スティーンロッド問題(英語版)
アイレンベルグ-スティーンロッドの公理(英語版)
マイヤーズ-スティーンロッドの定理(英語版)
ローカルシステム(英語版)
主な受賞歴 グッゲンハイム・フェローシップ(英語版) (1950)
コロキウム講演(英語版) (1957)
プロジェクト:人物伝
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ノーマン・アール・スティーンロッド(英: Norman Earl Steenrod、1910年4月22日 - 1971年10月14日(1971-10-14) )はアメリカ合衆国の数学者。代数的位相幾何学への貢献で知られる[1]。

経歴

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オハイオ州デイトンに出生し、マイアミ大学とミシガン大学(1932年にA.B.獲得)で学んだ。1934年、ハーバード大学で修士号を獲得し、プリンストン大学に入学した。プリンストンではソロモン・レフシェッツの下、Ph.D.課程を修了した。

1939年から1942年までシカゴ大学、1942年から1947年までミシガン大学に在職した。1947年にプリンストン大学に移り、残りのキャリアを教員としてここで過ごした。スティーンロッドは Annals of Mathematics 誌の編集者を務めた。また米国科学アカデミーの会員であった。妻キャロリーン・ウィッター(Carolyn Witter)と2人の子どもを残し、プリンストンで没した[2]。

功績

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レフシェッツらの仕事により、1940年代初頭にはコホモロジーのカップ積の構造が解明された。スティーンロッドはカップ積を一般化した、コホモロジー群から他のコホモロジー群への演算(スティーンロッド平方(英語版))を定義することに成功した。この追加された構造によって、コホモロジーはより洗練された不変量となった。スティーンロッドのコホモロジー演算(英語版)は、スティーンロッド代数(英語版)として知られる(非可換)代数を形成した。

スティーンロッドの書籍 The Topology of Fibre Bundles[3]は、標準的文献である。サミュエル・アイレンベルグと共同して、ホモロジー論の公理的アプローチを創始した。詳細はアイレンベルグ-スティーンロッドの公理(英語版)を参照。

出版物

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出典

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関連項目

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外部リンク

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