ノート:2009年の総選挙における自由民主党のネガティブ・キャンペーン

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このページは一度削除されています。削除に関する議論は「Wikipedia:削除依頼/2009年の総選挙における自由民主党のネガティブ・キャンペーン」をご覧ください。


記事作成について[編集]

2009年衆院選の自民党だけでなく、2007年参院選の民主党が与党の年金記録問題を追及したのとか、個々の選挙における個々の政党のネガティブキャンペーンを一々作成する気があるんでしょうか?--経済準学士 2009年9月11日 (金) 19:58 (UTC)[返信]

よく考えたらそうですね。この記事は、記事の客観性と特筆性がかけてると思います。削除が妥当でしょうね。なぜ自民党のだけ独立した記事にするか理由がありません。記事の削除に賛成します。KurosawaK 2009年9月11日 (金) 20:11 (UTC)[返信]

コメント今回のネガティブ・キャンペーンは脚注で列挙している記事にもある通り、従来の日本の国政選挙では見られなかった手法が採り入れられていることから海外でも紹介され、多角的な研究・分析対象にもなっています。従って、単独で立項するだけの特筆性は十二分に有していると判断されます。 --あおみまきな 2009年9月11日 (金) 20:12 (UTC)[返信]

分析対象になっていれば記事としての特筆性を満たすとはいえません。たとえば、アメリカの政党のネガティブキャンペーンでも毎回議論になり、研究対象になっていますが、英語のwikiでも、一つ一つを記事立てたりはしません。かなり恣意性を感じ、党派的といわざるをえません。NPOVを維持するためにも削除が妥当ではないかとおもいます。KurosawaK 2009年9月11日 (金) 20:16 (UTC)[返信]

コメント選挙とは政党間で闘っているのであり、相手への批判を「ネガティブキャンペーン」と呼んでまとめてよいのか?この記事も毎日がそう呼んでいるに過ぎないだけであり、「2009年の総選挙におけるならば民主の~」と何かを集めて記事をつくって良いのだろうか?情報の合成に近いものがある。削除が必要。--218.217.154.122 2009年9月11日 (金) 20:20 (UTC)[返信]
コメント 「ネガティブキャンペーン」の表現は毎日新聞だけでなく産経新聞時事通信も使用しており「毎日がそう呼んでいるに過ぎないだけ」と言うのは明白な失当です。また、純粋に政策の問題点を訴える批判のみを行ったのであれば、ここまで大きく取り上げられることは無かったはずです。--あおみまきな 2009年9月11日 (金) 20:31 (UTC)[返信]
「純粋に政策の問題点を訴える批判のみを行ったのであれば」という評価自体が党派的で妥当ではありません。純粋であるかどうかは、立場によります。また、マスコミのネガティブキャンペーンの方がよっぽど海外からも注目され記事も多くありますが、それを同様に記事にしていくのは煩雑すぎます。NPOVを満たした記述にするのは項目の選択自体も問題になります。この記事に対してはマスコミのネガティブキャンペーンを記載しなければ中立的な立場とはいえませんが、そもそも、それをするような煩雑性をウィキペディアは了承していないと考えるのが妥当でしょう。選挙の度に両派の記載をしていくような記事の作り方は一種の演説会のようなものになってしまいます。KurosawaK 2009年9月11日 (金) 20:40 (UTC)[返信]

コメント同意します。この選挙では、民主党が主体となって行った、ネガティブキャンペーンは目立ちませんでしたが、その前に、大手マスコミが自民党政府に対する継続的に行っていた、ネガティブキャンペーンは世界的に注目されていました。このこととセットでかたるのではなく、一方だけを記事化するのは、情勢の一方に光を当てることで、この記事自体が、情報操作に当たると思います。削除が妥当だと思います。KurosawaK 2009年9月11日 (金) 20:24 (UTC)[返信]

コメント英語版には代表例として著名なネガティブ・キャンペーンCMであるen:Revolving Door (advert)en:Daisy (advertisement)の記事が存在します。その理屈だとこれらの記事そのものがNPOVであると言うことになりますが「ある組織がネガティブ・キャンペーンを行った」と言う客観的事実と「ネガティブ・キャンペーンの賛否」は全くの別問題であり、前者についてNPOV的に記述することは可能です。それと「大手マスコミが自民党政府に対する継続的に行っていた、ネガティブキャンペーン」について、出典を示していただけませんでしょうか。 --あおみまきな 2009年9月11日 (金) 20:34 (UTC)[返信]

コメント>「大手マスコミが自民党政府に対する継続的に行っていた、ネガティブキャンペーン」2008年(平成20年)に発足した麻生太郎政権に対して、大手マスコミからネガティブキャンペーンなどによって、麻生首相はメディアの攻撃の犠牲者となった(2009年2月20日 マレーシア ストレーツ・タイムズ Kwan Weng Kin )[1]。「麻生首相は国内で、失言したとか、字を読み間違えたとか、想像もできない低次元の問題でたたかれている」(リチャード・クー)[2]メディアの赤字と頭の弱い人を優遇すること「政治家を批判する記事を書くとして、政策についての議論であれば、日本の未来の方向性についての予測が立てられたりするので、読む側としても価値を感じられます。 けれど、ホテルのバーの値段がどうこうとか、漢字がどうこうとか、カップラーメンの値段がどうこうってどうでもいい」(朝日新聞の赤字について)(ひろゆき)[3]。「首相、漢字読み間違いの理由を弁明」(朝日新聞、2009年 3月15日)[4]。麻生首相「みぞう」、どよめく委員会(朝日新聞、2009年 1月20日) [5]。 漢字も可? 麻生首相へのバレンタインの告白」(朝日新聞、2009年 2月4日) [6]こんなのとか。もっと探せばいっぱいありますが。あげましょうか。こういうのを記事にしていくと、一種の新聞記事の後追いになってしまうので、特筆性を満たすようなものに限るべきだと思います。英語のwikiでも政党ごと、選挙ごとに毎回記事を立てたりはしていないのはあなたの参照がCMになっているとおりです。KurosawaK 2009年9月11日 (金) 20:46 (UTC)[返信]

コメント それらは自民党に、と言うよりも麻生太郎首相個人に対するものですね。「麻生太郎」の項目が8月4日以降、保護状態になっているので仕方なく(?)ネガティブ・キャンペーンに書かれたものと推察しますが、それらを繋ぎ合わせても「不特定多数のマスメディアが一致結束して麻生失脚を目論んだネガティブ・キャンペーンを行った」と言う証拠には成り得ませんし、元よりこの項目で取り上げているのは「自民党と言う一組織が行ったネガティブ・キャンペーン」なので全く前提も異なり比較対象としては不適です。 --あおみまきな 2009年9月11日 (金) 20:56 (UTC)[返信]
コメント自民党総裁である麻生太郎へのネガティブキャンペーンですから、当然自民党へのネガティブキャンペーンですよ。もちろん。また、あなたの意見ではなく、WP:RS=信頼できる二次ソースに基づく意見です。あなたの記事立てよりも、よっぽど記事を立てる理由になります。また、あおみまきなさんの、記事の党派性、非中立性も顕著です。自民党という一方への批判だけ書くのは妥当ではないでしょう。やはり、このままでは非中立的で記事を維持でき無いとおもいます。今回の選挙にかかわる全体についての題名にかえるか、削除するべきです。KurosawaK 2009年9月11日 (金) 21:08 (UTC)[返信]
コメント その理屈はおかしいでしょう。「自民党=麻生太郎」だったら麻生おろしに荷担した自民党議員は自傷行為を行っているも同然と言うことになります。それに、貴殿はどうしても「マスメディアの一致結束したネガティブ・キャンペーンが支持率低迷の主因」と結論付けたいようですが定額給付金を始めとする政策が余り支持を得られなかったことや安倍・福田と前2代の首相が相次いで1年前後で政権を投げ出したことが尾を引いていたと言った別の要因も重なっていたと考えるのが妥当であり、マスメディアのネガティブ・キャンペーンが支持率低迷の主たる原因であるとの証拠はどれだけ前述のようなソースを列挙されても結論付けることは出来ません。 --あおみまきな 2009年9月11日 (金) 21:17 (UTC)[返信]
コメント麻生首相を支持しないのとネガティブキャンペーンは全然違う話です。また、いったん党首として選出されれば、その人に対するネガティブキャンペーンは党に対するものと同視できます。また、因果関係があるかどうかとも関係がありません。やはり、非常に、あおみまきなさんは、記事や中立性の理解に問題があると思います。この記事を残すのは基本的に妥当では無いと思います。2009年の選挙に統合するべきでしょう。KurosawaK 2009年9月11日 (金) 21:26 (UTC)[返信]

少なくともネガティブキャンペーンとだれだれがこれを指摘したと書くべきでしょう。現在、断定表現ばかりであり、また集めて情報の合成となっています。修正の必要はもちろん、特筆性なし、POV観点であり、削除が必要。--218.217.154.122 2009年9月11日 (金) 20:54 (UTC)[返信]

「集めて情報の合成」でない記事と言うのは、[要出典]タグを大量に貼り付けられるようなものではないのですか? --あおみまきな 2009年9月11日 (金) 21:17 (UTC)[返信]
コメント依頼を見て来ました。 本来なら第45回衆議院議員総選挙と分ける必要あるの?と言いたい所ですが、出典もきちんと示され、非常に読み応えがあってこれを削除するのはもったいないなぁ…と思われました。 例えば自民党の好意的な選挙戦略、民主党の小沢一郎氏による選挙戦略なども入れ、中立化するなどして残すことは出来ないでしょうか? 本文を作成した人にはご苦労様と言いたいところですし、何とか残してほしいなぁ…と個人的には思われました。--山本山815 2009年9月11日 (金) 21:54 (UTC) [返信]
題名からして非中立的なので、このままのこすのは、ちょっと無理だと思います。改名が最低必要でしょう。やはり、重複が多いので選挙に統合するべきだとおいます。(考え直しました、当該選挙の項目がまだ全然ですからこの記事自体の存在がバランスがおかしいです。)KurosawaK 2009年9月11日 (金) 22:00 (UTC)[返信]
そうですね、私も改名することに賛成です。 強行にそれを拒否されるのでしたら、削除もしかたがないのかなと思われます。 改名し、中立的な記載にして残す方向で考えて欲しいなと、思われました。 --山本山815 2009年9月11日 (金) 22:06 (UTC)[返信]
コメント他に適切な項目名の案があるならば改名を否定するものではありません。初稿から公明党のネットCMについても記述しているので特定の政党名を入れない方が適当、との考え方は当然に有り得ると思います。 --あおみまきな 2009年9月11日 (金) 22:22 (UTC)[返信]
書かれたあとで意見変えてしまったのでもう一回書きますが、選挙の項目に全然書かれてないのでやは、りまず、そっちに統合するべきだと思います。KurosawaK 2009年9月11日 (金) 22:20 (UTC)[返信]
あらら、修正されたのですね。 まぁ、統合も一案だと思われます。(ただ、今でもすごい分量に個人的には思われるのですが…。)--山本山815 2009年9月11日 (金) 22:26 (UTC)[返信]

記事修正案[編集]

ここまでに出された意見を基に、以下の修正案を提示します。

  1. 記事名を「日本の国政選挙におけるネガティブ・キャンペーン」に改名する。
  2. 上記の改名に準じ、2001年参院選でテレビ放映を拒否された社民党のCM(「ほんとうに恐ろしいことは、人気者の顔をしてやって来る。」)や2004年参院選における民主党のビラ「年金をネコババされたい人は自民党」等の記述も追加する。

この2点により、削除や他記事への統合を行わずとも現行の記事に加筆することでNPOVは担保されると考えます。 --あおみまきな 2009年9月11日 (金) 22:53 (UTC)[返信]

そのような総合的な記事作りなら年代も党も総合的に書けますのでnpovとして賛成します。ただ国政にこだわる必要はあるのでしょうか?--218.217.154.122 2009年9月11日 (金) 23:11 (UTC)[返信]
コメント 国政以外の事案についてはネガティブ・キャンペーンに記載すれば良く、現在の記事を上位記事に統合した場合は記事全体のバランスを崩す恐れがあるため、他の事例についても併せて記載する場合は国政選挙に範囲を限定するのが妥当であると思えます。地方選挙ないし特定地域の場合は甲州選挙のような単独記事もありますし。 --あおみまきな 2009年9月11日 (金) 23:19 (UTC)[返信]
だったらすべてネガティブ・キャンペーンに記載すれば良いのでは?「日本のネガティブ・キャンペーン」で分けるというなら意味も出てくるのだとは思いますが。--218.217.154.122 2009年9月11日 (金) 23:21 (UTC)[返信]
私は、「第45回衆議院議員総選挙における各党戦略」とした方が良い様に思われます。 なぜ「ネガティブ・キャンペーン」に特化するかがいまいち良く分からないのですが…。 各党がどういう選挙戦を戦ったかの方が重要なように思われますし、各党全てが、ネガキャンvsネガキャンではなく、ネガキャンvsドブ板選、ネガキャンvs世論の風などと別の戦略を立てたりしているのですから、ネガティブキャンペーンに特化すれば、中立的な観点が失われるように思われます。 --山本山815 2009年9月11日 (金) 23:27 (UTC) --インデント修正山本山815 2009年9月11日 (金) 23:28 (UTC)[返信]
わたしも、「第45回衆議院議員総選挙における各党戦略」なら同意可能です。ネガキャンと特定すること自体がPOVだと思います。KurosawaK 2009年9月12日 (土) 00:06 (UTC)[返信]
>だったらすべてネガティブ・キャンペーンに記載すれば良いのでは
私も同意見ですね。現時点で統合しても、分量が多すぎとはいえない。--経済準学士 2009年9月12日 (土) 01:41 (UTC)[返信]
同意です。ネガキャンの記事としてこの記事を生かすなら、ネガキャンの一部に統合するのが妥当だと思います。どっちかですが、毎回選挙戦略の記事を立てる前例を作るより、ネガキャンに統合するのがベターだと思います。KurosawaK 2009年9月12日 (土) 11:26 (UTC)[返信]

コメントネガティブ・キャンペーンへの本記事の統合には反対します。そもそもネガティブ・キャンペーンの記事自体が何を以て「ネガティブ・キャンペーン」とするのかの定義を巡って編集合戦に近い状態となっている記事であり、{{独自研究}}タグを貼られていることからもわかるように記事で取り扱うべきとする範囲が編集者によって著しく異なり、本記事(修正案)のように主として「政党が、政党に対して行った」ものに限定されない(また、国政選挙で「候補者が、候補者に対して行った」ものとして石原慎太郎の秘書が新井将敬に行い、刑事事件に発展したケースなどもある)ため現在、ネガティブ・キャンペーンの記事が置かれている不安定な状況を拡大させるだけの結果になるのは目に見えています。また「第45回衆議院議員総選挙における各党戦略」とすることにも反対します。「個々の選挙における個々の政党のネガティブキャンペーンを一々作成する」事態を回避するならば個々の選挙毎の各党戦略を逐一、作成することも同様であり、それならば複数の国政選挙で採られたネガティブ・キャンペーンの事例を特定政党に固定せず列挙する方がNPOVの観点からも有益です(「ネガティブ・キャンペーンを行った」事実を記載すること自体がPOVであると言う主張は、そもそも自民党を始め各政党がそうした選挙手法を意図的に選択した事実を公に認めている以上、名誉毀損に当たるはずも無く全くの失当であるとしか言えません)。個々の選挙における各党戦略の概説は第45回衆議院議員総選挙を始めとする個別の国政選挙の記事に書けば良い話であり、前述した通り各政党(少なくとも2001年の社民党、2004年の民主党、2009年の自民党、同年の公明党)が行った事例について列挙することでNPOVは担保されると考えられます。 --あおみまきな 2009年9月12日 (土) 13:31 (UTC)[返信]

ネガティブ・キャンペーンの記事自体が何を以て「ネガティブ・キャンペーン」とするのかの定義を巡って編集合戦に近い状態となっている記事』だから別記事を作成して書くと?しかも国政だけを分けて?よっぽどPOVのこちらの記事にほうが編集合戦の危険性はあると思いますし、そもそも同じ言葉の内容のものを一部だけ分割する理由にもなっていません。ネガティブキャンペーンにこだわるならば「日本のネガティブキャンペーン」とするか「ネガティブキャンペーン」に統合するかの選択が真っ当です。日本の地方のみ「ネガティブキャンペーン」の記事に置き、国政だけ分けて新記事を作成する正当な理由がありませんし、ワケがわかりません。意味不明な分け方は、独自研究であり、読者にも混乱を与えてしまうものですよ。ネガティブキャンペーンという言葉から離れて「第45回衆議院議員総選挙における各党戦略」とするのもNPOVとするひとつの手です。--220.147.34.57 2009年9月12日 (土) 15:55 (UTC)[返信]
コメント「日本の国政選挙」に限定する理由は「マスメディアの麻生首相に対するネガティブ・キャンペーン」とされるものは選挙と何ら関係が無く、それが事実で別の要因(定額給付金を始めとする経済政策が支持を得られず、景気浮揚に対する実効性も証明されなかった)は全く無関係であると仮定した場合でも、それこそネガティブ・キャンペーンで解説すれば足りるにも関わらず「それもこの記事に書かないと不公平だ」などと主張する人物がいるからです。「日本の国政選挙」に限定するのは、今回の選挙で自民党が採った選挙戦術が多くの報道・研究対象になっておりそれ「だけ」をピックアップして記述するのがPOVだと言うのであれば過去に他政党が行ったネガティブ・キャンペーンも併せて記載すればNPOVは担保される、と言う明確な方針に基づいた提案であり「意味不明な分け方」でも「独自研究」でも「POV」でもないことは明らかです。それがPOVや独自研究だと言うのなら、甲州選挙だって「ネガティブ・キャンペーンの記事に統合すれば十分」と言うことになりかねません。 --あおみまきな 2009年9月12日 (土) 17:36 (UTC)[返信]
ん?ネガティブキャンペーンという言葉にこだわるならば、別に選挙にこだわる必要性もありません。統合がいやならば「日本のネガティブキャンペーン」として、日本の事例を記載することが中立的な記事というものです。特定のものを勝手に限定する必要はありませんよ。--220.147.34.57 2009年9月12日 (土) 18:05 (UTC)[返信]
コメント 提案者には「勝手に」限定などしている気は全くありません。元より「ネガティブ・キャンペーン」は選挙用語であり、選挙戦術が語源であることからも明らかなように選挙とは密接不可分の関係にある用語です。大辞林には「相手の政策上の欠点や人格上の問題点を批判して信頼を失わせる選挙戦術。広告で他社商品に対して用いられることもある。」とあり「日本の」などと現行の記事よりも範囲を拡大した場合は選挙とは無関係な比較広告一般まで言及しなければならなくなるのは明らかで、それはもはや「選挙戦術」の解説たり得ません。そもそも「特定の選挙戦術について解説すること自体がPOV」だと言うのは明らかなWikipedia:中立的な観点の曲解そのものであり、受け入れることは出来ません。 --あおみまきな 2009年9月12日 (土) 18:57 (UTC)[返信]
あおみまきな氏へ。 私はこの本文は読み応えがあり、「出典」もきちんとしている為何とか残してほしいなぁと思っているのですが、あおみまきな氏の主張だと多くの編集者に賛同を得られないと思われます。 このまま主張を続ければ、削除やむなしといった方向に固まっていくように思われますので、この本文を残す為にも今一度あおみまきな氏の主張を自ら省みて下さいませんでしょうか? あおみまきな氏の主張通りだと、ネガティブ・キャンペーンへ統合して何が問題かは、多くの編集者に理解できないと思われます。--山本山815 2009年9月12日 (土) 18:48 (UTC)[返信]
コメント 残念ながら議論に参加している人数が少なく、またWikipedia:中立的な観点を曲解し出典についても「マスコミが勝手にそう主張しているだけ」と言うことにしたい人物が削除依頼(但し、依頼は出せてもIPのため投票は不可)を出そうともしないため現時点では何も対処のしようがありません。もう疲れたので一旦、議論を降ります。提示した修正案に一旦は賛成しておきながら各論の部分でああだこうだ難癖を付けて潰そうとしている張本人が、自分のPOV解釈に基づいて削除依頼を出すなり何なりすれば良いことでしょう。 --あおみまきな 2009年9月12日 (土) 19:09 (UTC)[返信]
あおみまきな氏へ。ネガティブキャンペーンという意味に選挙だけではなく広告としても使われる意味があるならば、それも載せれば良いだけであり、選挙にこだわり、しかもなぜか国政のみに限定するという分け方は意味不明です。残念ですが、理解できません。--220.147.34.57 2009年9月12日 (土) 19:13 (UTC)[返信]
報告 取り敢えず、貴殿が中立的観点について著しく歪曲した解釈を採ると共に自説に固執し続けたいと言うことだけはよくわかりました。これ以上、この場で議論を継続しても何ら進展が有るとは思えないので、Wikipedia:コメント依頼/東京都nifty可変IPへ諮ることにします。 --あおみまきな 2009年9月12日 (土) 21:03 (UTC)[返信]
最初からなぜ国政に限定しているかを指摘しているにもかかわらず「最初は賛成した」とは、また随分、重要部分を省いたミスリードなコメント依頼だな、とは思いましたが、こちらを見れば一目瞭然であり、どうぞご勝手に、と申しておきます。論破されかかって腹が立ったことも理解はできますが議論相手をコメント依頼しても、あまり効果はないですよ。--220.147.34.57 2009年9月12日 (土) 21:17 (UTC)[返信]
コメント 「論破した」と思うのなら削除依頼(但し、IPの場合は投票不可)なり統合提案なり出せばいいのにそれをしないのは何故か非常に疑問です。大体、再三「自民党が今回の選挙戦術はネガティブ・キャンペーンではないと公式に否定する見解を表明した」ソースが存在するのなら提示していただきたいと求めたにも関わらず、全く提示に応じない時点で「論破」出来ると思っているのなら全く以て主張が破綻しているとしか言い様がありませんが、何故ソースが出せないのかどうしてもこのノートではご説明いただけないようで残念至極です。まだ何か反論がある場合はWikipedia:コメント依頼/東京都nifty可変IP#被依頼者コメントへどうぞ。 --あおみまきな 2009年9月13日 (日) 11:27 (UTC)[返信]
申し訳ないが、あなたの私へのネガティブキャンペーン記事に行くつもりはありませんよ。こちらの内容はこちらで話すべきでしょう。提案をするにも、中立的な記事作りに、あなたが1人で反対されているので強引に進行してもいかがなものかと思っています(もっとも私はIPででてきてますしね)。まあ、マスコミの呼称を、された側が否定していないから確定という考え方は編集者として危険だ十と思うので、注意したほうがよろしいかと。--220.147.35.16 2009年9月13日 (日) 13:44 (UTC)[返信]

コメントネガティブキャンペーンとは何か、ということに立ち返って見る必要があると思います。ネガティブキャンペーンとは、「相手を批判することで、自分が有利に立とうとする一連の活動」です。それが、当たり前の批判であろうと無かろうと、相手を批判することによって、自分が有利に立とうとするなら、それは、ネガティブキャンペーンであるということがまず第1点。自民党は、民主党批判をすることで、選挙に勝とうとしたのですから、その批判は間違いなくネガティブキャンペーンです。第2点は、マスコミのネガティブキャンペーンについてです。マスコミの場合は、自民党が負けたからと言って、マスコミが政権を担えるわけではなく、争っている当事者では無いので、選挙の争いにおいて、マスコミがネガティブキャンペーンをした、という言葉を当てはめるのは的外れです。もし、記事のバランスを保ちたいのであれば、民主党の行った自民党へのネガティブキャンペーンを載せるのが筋だと思います。両者のネガティブキャンペーンを載せることで、バランスに対する問題は無くなると考えます。第3点、今回の選挙では、自民党が、日本の選挙史上、今までに無い規模で、有利な立場に立とうと、言論だけでなく、ホームページ・ネットCM・選挙パンフレットなどの媒体を使用して、民主党批判を繰り広げたので、特質に値すると考えます。バランスの問題があるならば、民主党が自民党に対して行ったネガティブキャンペーン(ホームページ・ネットCM・選挙パンフレット)も一括して載せるべきだと考えます。--Wikiquiet 2009年9月13日 (日) 10:34 (UTC) --署名記載山本山815 2009年9月13日 (日) 21:16 (UTC)[返信]

「当たり前の批判であろうと無かろうと、相手を批判することによって、自分が有利に立とうとするなら、それは、ネガティブキャンペーン」というのがWikiquiet氏の定義のようですが、果たして当たり前の批判がネガティブキャンペーンになるのでしょうかね。ならば、選挙とはすべてネガティブキャンペーンになりますよ。野党が例年、自民批判をおこなってきたことは明白であり、2007年の参院選挙でも年金を中心に両党の批判行為はなかなかのものでしたし、石原・浅野の都知事選もしかり。別に2009年にこだわる必要もなく、自民にこだわる必要もなく、日本のネガティブキャンペーンとし、中立的な記事作りをすればよいだけでしょ。それに反対し、国政やら自民党やら限定にするのは、POVです。
大辞泉では、選挙のライバル候補や他社商品に対する徹底的な誹謗(ひぼう)・中傷キャンペーンとしていますね。[7]
誹謗中傷とは、悪口や根拠のないことを言って相手の名誉を傷つけることであり、「当たり前の批判であろうと無かろうと、相手を批判すること」というWikiquiet氏の定義が正しいのかどうかも疑問ですね。大辞泉の定義にすると何をネガティブキャンペーンとするのか該当させるのは難しくなると思います。--220.147.35.16 2009年9月13日 (日) 13:44 (UTC)[返信]
まあ、とにかく自民のみ、国政のみ限定などという意味不明な範囲を設定してひとつを目立たせるような記事作りには徹底的に反対を申しておきます。--220.147.35.16 2009年9月13日 (日) 13:44 (UTC)[返信]
コメントそう思われるのなら、削除依頼(現在のような告知だけ貼ったものでなく、Wikipedia:削除依頼への正規の手続き)でもWikipedia:統合提案でも何でも出せばいいでしょう(投票は出来ませんが)。それをやらないのは自分の主張に自信が無いからでは? --あおみまきな 2009年9月13日 (日) 14:57 (UTC)[返信]
大辞泉では、選挙のライバル候補や他社商品に対する徹底的な誹謗(ひぼう)・中傷キャンペーンと、なっているんですね。実際、自民党のやったことは誹謗中傷でしょう。
  • 知ってドッキリ...「だまされるな」「洗脳」「まやかし」「日本や日本人が消滅の危機」
  • 知ってビックリ...「だまされるな」「破滅への道」「クーデター計画」
コメントこんな言葉だけでなく、全てにおいて、まだ実施もしていないのにも関わらず、「民主党が日本を地獄に落とすような結果になる」と言う事は誹謗中傷(ネガティブ)です。民主党は、いつ日本を地獄に落とすようなことをするのですか。その証拠はありません。また、大辞泉では、キャンペーンとは「ある目的のもとに組織的に人々に働きかける活動。宣伝・啓蒙活動。」とあります。「自民党のホームページやネットCMや選挙パンフレット」という、広くたくさんの人々に組織的に働きかけた行為は、よって、ネガティブキャンペーンといえます。選挙活動だからまだ許されますが、個人に対しての誹謗中傷だったら、言論だけでも、名誉毀損、誹謗中傷を紙に書いて配るようなエスカレートした行動になれば、証拠が残りますし、より罪は重くなります。このような「徹底的」な誹謗中傷キャンペーンは、ネガティブキャンペーンと言って間違いありません。嫌悪感を与えるような血が滴っているようなデザインまで使用していますしね。--Wikiquiet 2009年9月13日 (日) 20:37 (UTC) --署名記載山本山815 2009年9月13日 (日) 21:16 (UTC)[返信]
血かどうかはわかりませんので、本文記載は出来ません。他の部分はほぼ同意します(詳細意見は下記に記載)。--220.147.35.16 2009年9月13日 (日) 21:16 (UTC)[返信]
>第2点は、マスコミのネガティブキャンペーンについてです。マスコミの場合は、自民党が負けたからと言って、マスコミが政権を担えるわけではなく、争っている当事者では無いので、選挙の争いにおいて、マスコミがネガティブキャンペーンをした、という言葉を当てはめるのは的外れです。
この論法が正しいのなら、2004年の[[プロ野球ストライキ]の時に読売新聞は「ファン裏切る億万長者のスト」という社説を張ったのはネガティブキャンペーンでも何でもないことになりますね。プロ野球を経営する当事者はあくまで「読売ジャイアンツ」だから。
政権を担う当事者というのなら、創価学会が(機関紙の聖教新聞とかで)共産党とか他の政党を批判をしようが、政権を担う当事者はあくまで公明党であり、創価学会が政権を担えるわけでもないので、ネガティブキャンペーンでもないことになりますね。
私はマスコミも宗教団体も直接の当事者やインサイダーではなくてもアウトサイダーとして暗躍し(直接の当事者と距離が遠いか近いかの違いもありますが)、ありとあらゆるキャンペーンを主体的に張って、一方のバッシングをして支援者の相対的に良く見せるようにして、自らを望むように社会を変革することは、十分ネガティブキャンペーンの一種に該当すると考えていますけどね。--経済準学士 2009年9月15日 (火) 22:58 (UTC)[返信]

時系列化・章分けの提案[編集]

あのですね、章分けも却下され、時系列も滅茶苦茶で非常に読みにくくなっています。 本当に上の章は、『記事修正案』の議論となっているのでしょうか? いずれにせよ、ノートページでの慣習的な決まりに従って時系列に戻して下さるようお願い致します。 章分けも今一度検討下さい。--山本山815 2009年9月15日 (火) 09:03 (UTC)[返信]

「日の丸切り裂き」問題とキャンペーンの関連性について[編集]

コメント (土) 19:50 (UTC)の編集で民主党国旗切り裂き事件(この記事自体も本記事に似た理由で改名ないし他の記事と統合が提案されている)について「キャンペーンなどでなく当たり前の批判」として記述を全削除していますが、その場限りでは「当たり前の批判」であっても後にパンフレットで(直接、この件と関係がある訳ではない農政に関するパンフレットにおいても)再三、この件を持ち出しており「キャンペーンに利用された」時点で「当たり前の批判」の域を超えているとの見方も可能であり、伏線となっていることを考えると該当箇所の削除は妥当性を欠くのではないでしょうか。なお、批判の対象となった行為自体の可否について論じることは本項の趣旨から外れるので意見を控えます。 --あおみまきな 2009年9月11日 (金) 22:22 (UTC)[返信]

その批判をキャンペーンと誰が言ってるのかな?根拠をお願いします。それが情報の合成ってもんです。--218.217.154.122 2009年9月11日 (金) 22:35 (UTC)[返信]

コメント 中日新聞自民陣営はネガティブキャンペーンに終始したね。民主が日の丸を引き裂き党マークをつくったことを批判する冊子を作製し「国旗を大切にしない」と繰り返していた。」、J-CAST自民党の劣勢が伝えられるなか、民主党に対すネガティブキャンペーンが加速している。(中略)「民主党=日教組に日本は任せられない 『日の丸』を切り刻んで党旗を作る民主党!!」」。 --あおみまきな 2009年9月11日 (金) 23:01 (UTC)[返信]

ならば、中日新聞記者がそれをネガティブキャンペーンと言ったという書き方で書けばOKでしょう。ただし国旗切り貼り記事の方は関係ないのでリンクは反対します。あくまでアレはキャンペーンなどではなく民主が実際におこなった事件ですので。--218.217.154.122 2009年9月11日 (金) 23:07 (UTC)[返信]

コメント 貴殿が「事件」と断定されるのは自由ですがその「事件」に関する記事は特筆性に乏しいとの意見で他記事への統合案が出されており、そもそも事件性が薄いとの見方をする編集者もいます。そのように誰もが重大な「事件」と見ている訳ではなく見解が分かれている事案について執拗に糾弾する行為が「キャンペーンではない」と言うのも貴殿のPOVに過ぎないのではないですか? --あおみまきな 2009年9月11日 (金) 23:14 (UTC)[返信]
別に「事件」でなくてもいいんですよ。「行為」でも。その行為をしたのは実際に民主党であり、それを批判した自民をキャンペーンであると勝手に評しているだけですから、切り貼り行為の件とは関係のないことです。--218.217.154.122 2009年9月11日 (金) 23:18 (UTC)[返信]
コメント 少なくとも、当事者である自民党はキャンペーンの一環として問題のパンフレットを配布している訳であり、同じパンフレットに記載されていることが「これはネガティブ・キャンペーンだ」とか「この部分はは事実の摘示でありネガティブ・キャンペーンではない」とか峻別可能だとは思えません。記者会見の席で麻生首相が「事実の摘示」を行ったのに対して鳩山代表が「不適切であった」と陳謝した(=相手が非を認めた)時点で止めておくべきだったのに、中日新聞記者が言うように「国旗を大切にしない」と繰り返すのは「ネガティブ・キャンペーンである」と解釈するのは自然だと思いますが?--あおみまきな 2009年9月11日 (金) 23:29 (UTC)[返信]
キャンペーンの一環って、批判をキャンペーンと評しているものがいるってだけでしょうに。民主党の国旗切り貼りとは関係ありませんよ。百歩譲って文中に一言「自民のこの批判を『ネガティブキャンペーン(ここのリンク)』であると中日新聞は主張している」までですね。--218.217.154.122 2009年9月11日 (金) 23:52 (UTC)[返信]
コメント そもそもその理屈がおかしいでしょう。例えば、毎日新聞のこの記事では「労働組合を有力な支持母体とする民主を問題視する政党パンフレットの配布など、ネガティブキャンペーンに乗り出す陣営も目立ってきた。民主鹿児島県連が、日の丸を切って党旗を作った件に言及する演説も多い。」との一文がありますが、後半の「民主鹿児島県連が、日の丸を切って党旗を作った件に言及する演説も多い。」は前段の「ネガティブキャンペーンに乗り出す陣営も目立ってきた。」を受けた記述であると読むのが普通で、前段と後段が無関係ないし「前者はキャンペーン、後者は純粋な批判」などと言うことは有り得ません。党首討論の時点では「批判」の範疇に留まっていたことを、相手が非を認めた(この事実は動かせない)にも関わらず再三にわたり持ち出して攻撃することは「ネガティブ・キャンペーン」である、と中日新聞の記者「だけ」でなく複数のマスメデイアの記者が解釈していることが認められる以上「批判であってネガティブ・キャンペーンではない」との論は成り立たないはずです。 --あおみまきな 2009年9月12日 (土) 13:31 (UTC)[返信]

あくまで一部マスコミが、そのように表現したにすぎませんよ。「相手が非を認めた後にも批判する」ことがネガティブ・キャンペーンという定義は聞いたことがありません。そのように主張している者がいるのみです。そもそも「相手が非を認めた後にも批判する」行為なんてのは民主党も探せばうじゃうじゃありまっせ。しかしそれは「批判」という言葉が正式なものでしょ。民主支持の気持ちも理解できますが、あまり感情を入れずに行動しましょうよ。--220.147.34.57 2009年9月12日 (土) 15:38 (UTC)[返信]

コメントだから、そのような理屈は自民党が公式に「日の丸切り裂きに対する批判を農政のパンフレットには我が党が行ったネガティブ・キャンペーンの一環ではない」と明確に否定するコメントを出している場合には成り立つでしょうけれど、もしそのような事実が存在するのだったらソースを提示していただけませんか(「自分で問い合わせた」とかでなく)。それに社説などで「社の見解」としてそう主張しているのならともかく「一部マスメディアは○○と報じている」と言う書き方しか出来ない、認めないと言うのであればあらゆる出来事の解説について、外部のソースは客観性が無いと言うことになりかねず、脚注を提示する意味が無くなってしまうと言わざるを得ませんが。 --あおみまきな 2009年9月12日 (土) 17:36 (UTC)[返信]
えっと、ではどこに「ネガティブキャンペーンとは自民党が行ったものである」という定義が辞書かなにか確定したソースがあるのですか?マスコミやらが、そう呼んでいるだけという事実があるのみです。長年WIKIPEDIAやってるならば意見と事実の違いくらいは認識していただきたい。--220.147.34.57 2009年9月12日 (土) 18:05 (UTC)[返信]
コメント コメントの曲解にも程がありますね。どこをどう読めば「ネガティブキャンペーンとは自民党が行ったものである」などと定義していると読めるのやら。「自民党が第45回衆議院議員総選挙で行った主たる選挙戦術は、ネガティブ・キャンペーンである」と言う認識に基づいて記事を書いたことは認めますが「ネガティブ・キャンペーンは自民党の専売特許である」などとは全く考えてもいないし「自民党が行ったのは正当な批判であって全くネガティブ・キャンペーンなどと呼ばれ得る性質のものではないのに、マスメディアが勝手にネガティブ・キャンペーン呼ばわりした」と言う自説を立証したいのなら、そちらこそマスメディア「以外」の「確定したソース」を出すべきです。 --あおみまきな 2009年9月12日 (土) 18:57 (UTC)[返信]
申し訳ないが、記載したい方が立証責任があるのがwikipediaであり、自民の批判行為が「ネガティブキャンペーン」と確定しているというソースが必要になります。現在のところ、自民の民主への批判行為を「ネガティブキャンペーンだ」と主張しているものしか見当たりません。そしてあなたの提示したネガティブキャンペーンの定義によると「相手の政策上の欠点や人格上の問題点を批判して」とありますね。国旗切り貼り行為への批判は民主の政策批判でもなく、ある人の人格批判をしているわけでもなく、該当していませんね。やはりマスコミがネガキャンと呼称したとしか言えません。--220.147.34.57 2009年9月12日 (土) 19:25 (UTC)[返信]

コメントネガティブキャンペーンとは、自分の建設的な面で勝とうとせず、相手を非難して、自分が有利に立とうとすることです。例え、その批判する内容が、真実であれウソであれ、そんなことは関係ありません。競い合うもの同士で、相手の批判をする一連の活動をして、選挙に勝とうとするならば、それはネガティブキャンペーンです。もし、バランスを保ちたいのであれば、民主党側が、自民党批判をした、そのネガティブキャンペーンも載せるべきです。今回特徴的なのは、言論だけでなく、ホームページ・ネットCM・選挙パンフレットという媒体を使用したことであります。これも、バランスを取りたいのであれば、民主党がネガティブキャンペーンに使用した、ホームページやネットCM・選挙パンフレットなど、出展・脚注などを載せればいいだけだと思います。--Wikiquiet 2009年9月13日 (日) 10:44 (UTC) --署名記載山本山815 2009年9月13日 (日) 21:16 (UTC)[返信]

大辞泉では、選挙のライバル候補や他社商品に対する徹底的な誹謗(ひぼう)・中傷キャンペーンとしており、誹謗中傷とは、悪口や根拠のないことを言って相手の名誉を傷つけることであり、「当たり前の批判であろうと無かろうと、相手を批判すること」というWikiquiet氏の定義が正しいのか疑問です。--220.147.35.16 2009年9月13日 (日) 13:46 (UTC)[返信]
コメント'民主党=日教組'というのも正しくなく、民主党がいかにも偏った存在であるかのようにすることは誹謗中傷でしょう。民主党=日教組だと証明できるのですか?しかも、インターネットや選挙パンフレットで「徹底的に」広くたくさんの人に、証拠が残る形で、情報を渡しました。これは、ネガティブキャンペーンとなります。そのほか、この民主党=日教組というパンフレットには、「日の丸を切り貼りした事故を、鳩山が日本をないがしろにする本心」「反日的政策を丸呑みしている」「国家解体」「社会秩序破壊」と並びます。まだ、政権も握っていもいないにも関わらず、どこにそんな証拠があるのでしょうか?証拠もないし、国民も民主党を選んだ訳で、こんなネガティブな意見は多くの人が支持していません。--Wikiquiet 2009年9月13日 (日) 20:53 (UTC) --署名記載山本山815 2009年9月13日 (日) 21:16 (UTC)[返信]
なるほど、確かに一理ある(自民の主張はそれぞれその根拠を書いているので根拠なしとは言えないとは思いますけどね)。いろいろな辞書を見てみますと相手の政策上の欠点や人格上の問題点を批判とするものとあり[8]、Wikiquiet氏が定義していた「当たり前の批判であろうと無かろうと、相手を批判すること」も間違えではないようですね。Wikiquiet氏の主張から「選挙時の相手への批判行為をネガティブキャンペーン」とするという定義に同意し、以上から国旗切り貼り記事において「麻生が批判し、その後自民はこれをネガティブキャンペーンに使用した」という一文挿入ならば私は同意します。--220.147.35.16 2009年9月13日 (日) 21:13 (UTC)[返信]

改名・統合について意見うかがい[編集]

まず最初に2009年の総選挙における自由民主党のネガティブ・キャンペーン なる記事名で作成されました。

しかし「年度ごとや党ごとにイチイチつくっていくのか」「POV」などの疑義が複数呈され、作成者である蒼海牧菜氏も納得されたのか今度は「日本の国政選挙におけるネガティブ・キャンペーン」なる改名提案をなされ、それにこだわっているため、なかなか意見がまとまりません。

私としては国政選挙のみの単独記事を作成し、地方選挙のみを「ネガティブキャンペーン」に置くという蒼海牧菜氏の分け方は不自然であり、読者の可読性も悪くなるものと考えます。ならば「ネガティブ・キャンペーン」にすべてを統合するか、「日本のネガティブキャンペーン」に改名し、すべて日本のものはまとめるという方法がもっとも自然ではないかと思いますが、皆様はどうお考えになるでしょうか?

※もっとも、ネガティブキャンペーンという言葉が抽象的なものでもあり、どれをネガティブキャンペーンの行為とするのか?という問題も残っています。

これまで出た案。

以上、ご意見をお願いいたします。--220.147.35.16 2009年9月13日 (日) 15:54 (UTC)[返信]

当方は記事名の改名はすべきと思いますが(まだ何の記事題名が適切かは様子を見る事にしますが)、記事名を改名する提案に当たり、現在の記事上部に{{暫定記事名}}は貼った方が良いでしょうか?--目蒲東急之介 2009年9月13日 (日) 15:57 (UTC)[返信]
コメントありがとうございます。アドバイスどおりテンプレを貼らせていただきました。--220.147.35.16 2009年9月13日 (日) 16:01 (UTC)[返信]
ご対処に感謝します。--目蒲東急之介 2009年9月13日 (日) 16:03 (UTC)[返信]
大筋で賛成です。この選挙ではマスコミのが側が、安倍や麻生についてのネガティブキャンペーンをしていたことを先に批判されているために、マスコミがその批判をかわすためにことさら、自民党の行為をネガティブキャンペーンとして取り上げようとしているように見えます。マスコミが、公平な存在である必要はりませんが、日本は、テレビ、新聞とも諸外国に比べて、市場の競争化がおくれており、その弊害が顕著になっていて、その一番悪い面が今回の、選挙ででたように見えます。本来であれば、マスコミはもっとも早く市場化し、「言論の自由市場」にゆだねるべきであったのにもかかわらずです。ウィキペディアでも、実際、自民党の側の行為のみネガティブキャンペーンと決めつけるのは、明らかに公平性に欠けますから、選挙全体の記述に吸収するか、するべきだとおもいます。そういう立場で、記述を回収していくべきなのではないでしょうか。なお、ネガキャンは、選挙前から十分両派に対しておこなわれ、行っていたので、自分としては、いまのところ日本のネガティブキャンペーンを一番支持できます。KurosawaK 2009年9月13日 (日) 16:22 (UTC)[返信]
コメント マスコミの姿勢に対してどのような意見を持つのも自由ですが、この項目を何らかの形で存続させることを前提とする場合に「日本は、テレビ、新聞とも諸外国に比べて、市場の競争化がおくれており」とか「本来であれば、マスコミはもっとも早く市場化し、「言論の自由市場」にゆだねるべきであった」と言ったことは個人の主観的意見であり、また同じ様な意見が他に一定数存在する場合であってもこの項目における主題とは関係がありません。そのような事実があるならば、それは偏向報道虚偽報道メディアスクラムで解説すべき事柄です。
また、どうしても理解出来ないのが何故に「日本の国政選挙」を対象とすることがPOVなのか、と言うことです。国政選挙は特定の地域のみを対象とする地方選挙と異なり、日本全国で一斉に行われるものであるため全国紙やテレビ、インターネット、或いはビラの配布でも全国単位で行われる点に特徴があります(それだからこそ多くの報道で注目を集め、学術的な調査・研究の対象となったと言えます)。「自民党が2009年に行った選挙戦術」のみについての記述がPOVであるならば「自民のみ」の記事にしない形で他の政党が行った同種・類似の選挙戦術についても併せて記載することで中立性が担保されるはずだと言うのが立項者として提案した意見ですが、それがPOVだとの主張は言いがかりに等しく、Wikipedia:中立的な観点を曲解した不当な主張であるとしか申し上げられません。 --あおみまきな 2009年9月13日 (日) 17:43 (UTC)[返信]

あおみまきなさんは、どうもずっと誤解されてるみたいなのですが、POVとは記事の内容についての問題で、こういうノートの議論では問題にはなりません。さらにいえば、日本のマスコミについての私の意見は、一般的な経済分野の議論では標準的な見方で、POVでも何でもありませんよ。ソース出しましょうか?あおみまきなさんはこのようなある特殊な、場面に限って記事を作成したというご自身の行為についてまず、反省することから始めてください。このような行為は、議論における、ゲリマンダー行為であり、記事が全体としてPOVだと思います。KurosawaK 2009年9月13日 (日) 18:29 (UTC)[返信]

コメント 「個人攻撃をするな」と言った口で「このようなある特殊な、場面に限って記事を作成したというご自身の行為についてまず、反省することから始めてください。」などと個人攻撃をするのは開いた口が塞がりません。このような記事の存在そのものが不当だと言うのならば黙って削除依頼を出せば済むことです。そうした正規の手続きを踏まずに「記事を作ったことを反省しろ」などとよく言えたものだと、もはや呆れを通り越して感心させられます。また、POVに関して言えば立項者の責任として当初から記事の内容を中立化する為の提案を出し続けていますが、それを足蹴にし続けているのはどこの誰ですか?
もう一つ言えば「日本のマスコミについての私の意見は、一般的な経済分野の議論では標準的な見方で、POVでも何でもありませんよ。」などと言うのは典型的な自己弁護の手法です。そのような主張を行っている研究者にも心当たりはありますが「自分と同じ意見の人物が他にもいる」ことと「自分の意見は多数意見である」ことは全く別問題です。 --あおみまきな 2009年9月13日 (日) 18:56 (UTC)署名忘れのため追記[返信]
私はあおみまきなさんの「行為」について批判しているのであって、個人攻撃をしているのではりません。また、私は個人的な批判全般を否定してもいません。あなたが、議論の最中に議論の範囲でやるべき議論を、別項で始めたので議論をまとめるのに有害だから、議論が終わったあとでできませんか?と提案したのです。あおみまきなさんは、ちょっと、議論の外延・内包、相手の言っていることについて、について厳密に、把握してください。もし意図的にやっているなら詭弁論理の一つです。忠告しておきます。KurosawaK 2009年9月13日 (日) 19:29 (UTC)[返信]
(あおみまきな氏へ)ネガティブキャンペーンというものは国政に限定されるものではないので、地方のみ切り捨てるようなやり方はPOVでは?そもそも「ネガティブ・キャンペーン」には「日本のネガティブキャンペーン」という節があるのですから、それを国政のみ切り離すのは読者の可読性を悪くするのみではないでしょうかね。しかも学術的研究があるのかどうか知りませんが、ネガティブキャンペーンなるものを広く考察するためにも地方を切り捨てるわけにはいかないでしょう。マスコミに関しては、マスコミのネガティブキャンペーンがあったと主張する意見も多くあるため、そういう指摘があることも切り捨てるわけにはいかないのではないでしょうか(一例;石原都知事選の際について[9])。--220.147.35.16 2009年9月13日 (日) 18:39 (UTC)[返信]
コメントでは問いますが、地方選挙を含めるとして「日本の選挙におけるネガティブ・キャンペーン」とすることに対しても反対している(と読める)のは何故ですか? --あおみまきな 2009年9月13日 (日) 18:56 (UTC)[返信]
反対してるつもりはありませんが、逆にこだわる理由はなんですか?--220.147.35.16 2009年9月13日 (日) 18:59 (UTC)[返信]
あおみまきな氏は、Wikipedia:ノートページでの慣習的な決まり#レイアウトをお読みになってください。時系列で下に書くように。間に自分の文章を入れないようにお願いします。--220.147.35.16 2009年9月13日 (日) 19:03 (UTC)[返信]
コメント 「日本の」に固執し、どうしても「選挙」の定義を外したがっているように見受けられたので質問したまでです。 --あおみまきな 2009年9月13日 (日) 19:09 (UTC)[返信]
固執してませんが?上読めてますか?私はネガティブキャンペーンに統合も提案してるのですが?分けるならばネガティブキャンペーンにすでに節のある「日本のネガティブキャンペーン」ではどうか?と言ってるんですよ。「見受けられた」などという感覚的な言いがかりは荒れるのみですのでお止めください。まとまるものも、まとまらなくなってしまいますので。--220.147.35.16 2009年9月13日 (日) 19:16 (UTC)[返信]

ゲリマンダー行為とKurosawaK氏が仰ってますが、その点について同意します。そういう疑いをもたれないためにも、このようなイデオロギーに関わる記事は変に範囲を限定する必要はないでしょう。それがNPOVの記事作りではないでしょうか。--220.147.35.16 2009年9月13日 (日) 19:23 (UTC)[返信]

コメント 大体、あなたは「自民党が2009年の総選挙で採った選挙戦術はネガティブ・キャンペーンではなくマスコミが勝手にそう呼んでいるだけだ」との独自理論を一貫して主張しているのに、一方で「ネガティブ・キャンペーン」へ統合すべきだなどと言うのは矛盾していると自分で思わないのですか。あなたが採るべき行動は「この記事の存在そのものが不当である」との立場に基づく削除依頼の提出に他成らないと思うのですが。それをやらずに「そもそも論」の繰り返しで議論の腰を折り続けるのはいい加減にやめていただきたい。削除依頼が提出された場合は一切の意見を主張せず、結果に従うことを約束しますのでどうぞ削除依頼を提出なさってください。投票権もあるのに削除依頼も出さず「こんな記事を作ったことを反省しろ」などと言いがかりを付けて来た方が依頼されても構わないと思いますが。 --あおみまきな 2009年9月13日 (日) 19:25 (UTC)[返信]
ネガティブキャンペーンという言葉は辞書にもあるように存在する言葉ですので記事は必要でしょう。ただどのような行為をネガティブキャンペーンとするのかの判断は難しく、一方からすれば単なる批判であり、一方からすればネガティブキャンペーンという主張もあります。マスコミがそう伝えたという正確な記述が必要なのは当然でしょ。あなたはマスコミが言ったことはすべて断定表現でOKとする方なのですか?だとしたら危険ですので編集はお止めになったほうが良いと思います。--220.147.35.16 2009年9月13日 (日) 19:32 (UTC)[返信]
コメントノート:皆吉稲生でも指摘させていただきましたが、結局あなたは自分の主義主張に沿うソースを肯定する一方で自分の主義主張に沿わないソースは全力で否定すると言う典型的なダブルスタンダードを実践しているに過ぎません。そんな御都合主義でよく「情報の合成」などと謗れるものですね。 --あおみまきな 2009年9月13日 (日) 19:39 (UTC)[返信]
あなたの話はこの記事をどうするかという内容ではなく、どうも私に何か言いたいだけのようですので皆様の邪魔になりますから、文句があるなら私のノートにでも来て頂ければと思います。どこにもダブルスタンダードはなく、あなたがそう思いたいだけ、もしくは説明しても理解ができない・したくないのみだと思いますよ。--220.147.35.16 2009年9月13日 (日) 19:46 (UTC)[返信]

自分の作成した記事に自分で「すばらしい記事」と投票されるほど自信があったようで、それに批判されたことにご立腹のようで、話が脱線してしまいます。これでは埒が開きません。第三者にコメント依頼させていただいているので、当事者は少し静観するべきではないでしょうか。--220.147.35.16 2009年9月13日 (日) 19:51 (UTC)[返信]

コメント 言ってることが支離滅裂ですね。中立化を前提とした記事の修正案は以前から出しているのにあれこれ難癖を付けて拒否しているのはあなたの方じゃないですか。さらにはWikipedia:コメント依頼/東京都nifty可変IP#被依頼者コメントで意見を述べることは拒否して自分の可変IPのノートへ来いなどと言うのは、それこそ御都合主義の最たるものです。言いたいことがあるなら、今からでも遅くないのでコメント依頼の方に書き込んでください。
それから、誤解無きように申し上げておきますが記事を自薦したこととコメント依頼の提出を関連付けるのは典型的な邪推であり、何の関係も有りません。 --あおみまきな 2009年9月13日 (日) 19:54 (UTC)[返信]

あおみまきなさんへ。少なくとも中立化が必要であるという認識はもっておられるようなので、統合の議論を進めてたいとおもいます。そのほかについての話題は、この項の題名に忠実に、この項では、議論をしないようお願いします。KurosawaK 2009年9月13日 (日) 20:00 (UTC)[返信]

(あおみまきな氏へ)コメント依頼のものは、この記事に関することはすべてこちら等で反論させていただいた内容ばかりですし、ミスリードを誘うようなコメント依頼に行っても、くだらない口喧嘩になるだけかと判断しています。こちらのノートはこの記事について語る場なので、私個人に付いて何か言いたいのなら、そちらのコメント依頼とやらで述べておけば良いのではないでしょうか。こちらに出て来られるならば、記事の改名・統合についての発展的内容の話でお願いします。--220.147.35.16 2009年9月13日 (日) 20:07 (UTC)[返信]
(あおみまきな氏へ)。Wikiquiet氏の指摘により、ネガティブキャンペーンとは「選挙時に相手を批判して優位に立とうとする行為」という定義を受け入れましたので、その行為であれば、マスコミが主張したとする表現を挿入しないことに反対はしません。--220.147.35.16 2009年9月13日 (日) 21:50 (UTC)[返信]
IP氏へ。ネガティブキャンペーンの定義は、狭義では選挙戦術ですが、広義では「ネガティブ・キャンペーン(Negative campaigning)とは、対立候補を貶めることにより、相対的に自候補を優位に立たせようとする選挙戦術。日本では、選挙以外でもある組織や業界にとって不利な情報を流す行為や、あえてそれらの情報を流して注目を集める行為を「ネガティブ・キャンペーン」と呼称する事がある。略称ネガキャン」とネガティブキャンペーンで書いてあるとおりです。なお、これは選挙戦術であるため、行使されるのは選挙時だけに限りません。KurosawaK 2009年9月13日 (日) 22:03 (UTC)[返信]
ただそこの定義は出典がないのですよね。大辞林などの辞書による定義によると選挙時や広告などでの会社間の批判とあるので、その定義にあうものは、誰かが主張しているという書き方にせずに「ネガティブキャンペーンをしている」と断定表現でも良いのではと思いました。こちらでは[10]選挙・広告で相手のあら探しをして攻撃すること とあるので、該当する幅も広いとは思いますが。--220.147.35.16 2009年9月13日 (日) 22:23 (UTC)[返信]
後者が、ふつうの使われ方だと思います。すくなくとも、選挙時にだけというのは狭すぎですね。普段からやられてますから。安倍麻生に対する、新聞とかテレビのネガキャンはかなり徹底的にされてましたし。KurosawaK 2009年9月13日 (日) 23:00 (UTC)[返信]

コメント まずこの記事が独立している特筆性はないと思います。「ネガティブ・キャンペーン」に統合することがベストだと思います。統合提案を貼り付けます。安倍麻生に対する、新聞とかテレビの報道をネガキャンとするのには、違和感があります。そのような研究結果があるのでしょうか?--政治野球マニア 2009年9月14日 (月) 03:55 (UTC)[返信]

コメント研究については、分かりませんが、マスコミ・新聞は、麻生首相の事実(くだらないことではありましたが、漢字の読み間違え・マンガ・失言・人事など)に対して批判を行いました。それに対して、自民党による民主党への批判は、まだ政権もとっていないにもかかわらず、政権を取ればこうなる、と、事実ではない(未来のことなので証明はできないなど)ことに対しての批判=誹謗中傷を行ったという点でかなり違いはあると思います。--Wikiquiet 2009年9月14日 (月) 07:32 (UTC)
くだらないことで批判するのと、政策について批判するのとで、どちらが、まともかの価値判断が完全に逆なのが笑えます。ふつう、政治家をくだらないことで批判する行為が非常識で馬鹿にされなければなりません。政治はおもちゃではありません。なお、この項を「ネガティブ・キャンペーン」等に統合する事は、Wikiquietさんの議論からも当然かと思います。同一場面の話だとわかっておられるようなので。KurosawaK 2009年9月14日 (月) 12:32 (UTC)[返信]
研究結果というより、定義からして、それに当てはまるのか否かだと思いますよ。今回の自民の件だって学術的な研究結果と言うより、それぞれがネガティブキャンペーンと称しているのみですから。ネガティブキャンペーンとは何か?を決定させ、それに該当するものはネガティブキャンペーンとするというコンセンサスが必要なのだと思います。--218.217.114.231 2009年9月15日 (火) 04:13 (UTC)[返信]

コメント まず、議論参加者の間で「ネガティブ・キャンペーン」の定義にずれがあるままの状態なので、まず「ネガティブ・キャンペーンとは何か」の共通認識をある程度まで確立しないことには統合も中立化のための改名とそれに呼応した加筆もしようが無いように思えます。具体的には、

  1. 自民党が第45回衆議院議員総選挙で採った選挙手法は「ネガティブ・キャンペーン」か否か。(Yes/No)
  2. 民主党国旗切り貼り問題で、民主党代表が陳謝した後も自民党が攻撃を続けたことが「ネガティブ・キャンペーン」に含まれると言うマスメディアの認識は正か否か。(Yes/No)
  3. 解散前にマスメディア各社が自民党の信用低下・失墜を企図して行った(可能性がある)偏向報道は「ネガティブ・キャンペーン」か否か。(Yes/No)

このうち、1.に関してはWikiquiet氏の解説が提示されて以降、ほぼ全員が「Yes」の認識であると思われます。残る2.と3.に関しては意見が割れており、このうち3.に関してはKurosawaK氏が「Yes」であるのに対しWikiquiet氏は「マスコミの場合は、自民党が負けたからと言って、マスコミが政権を担えるわけではなく、争っている当事者では無い」との理由で「No」と解釈しており、当方もこの意見に賛成です。そのような事実がある場合、それは先にも述べた通り偏向報道虚偽報道で解説すべき事柄のはずです(ex.椿事件)。もう一点、現在のネガティブ・キャンペーンの記事は各編集者間の「ネガティブ・キャンペーン」の定義にずれがあるため編集合戦に近い状態が生じており、文章としても判読し難くなっていることが否めません。従って、統合が是とされる場合は統合先のネガティブ・キャンペーンの本文に関しても大幅な改稿が必要と思われます。どなたでも構いませんが、利用者サブページで両記事を統合した場合の草稿を記載していただけませんでしょうか。「こんな記事を作ったこと自体を反省しろ」などと罵倒された立項者には荷が重すぎるので、どなたか統合に賛成されている方により起案されることが適切であるように思えます。 --あおみまきな 2009年9月14日 (月) 12:57 (UTC)[返信]

あおみまきなさんへ。それは統合の議論ではありません。私が、つられて横道に入っちゃったのもよくなかったですが、個々の問題点がそれにはいるかどうかは別の問題です。統合の議論に戻ってください。なお、あおみまきなさんに、このことをいうのは3回目くらいです。そろそろ、議論破壊行為の要素が強くなってきてます。よろしくお願いします。KurosawaK 2009年9月14日 (月) 13:08 (UTC)[返信]
コメント 「統合の議論をする前にこの問題を解決する必要があるのではないか」、と指摘する以上の意図は無いことを申し上げます。それを「統合の議論ではない」と解釈されるのは自由ですが。 --あおみまきな 2009年9月15日 (火) 12:36 (UTC)[返信]

コメント 流れを切ってしまう形になりますが、失礼して意見を述べたいと思います。議論を拝見してましたが、私は『*ネガティブキャンペーンに統合か日本のネガティブキャンペーンに改名してまとめる』という提案が良いのではないかと思いました。また、どちらかと言えばここの記事を日本のネガティブキャンペーンに改名してまとめる提案のほうが良いと思いました。--Blue-comet 2009年9月16日 (水) 11:01 (UTC)[返信]

コメントありがとうございます。どうやらネガティブキャンペーンに統合か日本のネガティブキャンペーンに改名に絞られてきたようです。特に日本のネガティブキャンペーンが最適との意見が複数だされました。もう少し異論なり、意見を待ちたいと思います。もっともまず定義をはっきりしてから、統合なり改名をすべきとは思いますが。(話が長くなりそうなのでアカウント作成しました上記IPの者です)--都民 2009年9月16日 (水) 12:47 (UTC)[返信]
コメント ネガティブ・キャンペーンには、すでに、日本のネガティブキャンペーンの事例の節があります。したがって、独立した記事にする必然性はなく、統合が適切かと思います。たとえ、独立させるにしても、日本でネガティブキャンペーンと指摘された事例にするべきだと思います。--政治野球マニア 2009年9月17日 (木) 05:36 (UTC)[返信]
定義をどうするかによって、「指摘された事例」とするか、定義に該当する事例は断定表現で記載するかも変わるので、まずは定義と記載法をどうするかローカルルールでも決める必要があります。--都民 2009年9月18日 (金) 04:22 (UTC)[返信]

ネガティブキャンペーンの定義について[編集]

ネガティブキャンペーンの定義をしっかりさせないと、荒れるものと思われます。何をネガティブキャンペーンとするかにより、出典の出し方も、出来事の記載も変わってくるので、定義をはっきりさせるべきと考えます。個人的に色々調べましたら、マスコミの一連の安倍・麻生批判をネガティブキャンペーンと呼んでいる記事も複数発見できました。一例;安倍首相辞任で一番ガッカリしているのは朝日新聞だろう。(朝日の)安倍政権に対するネガティブキャンペーンはすさまじく、これにはいくら強靱な神経の持ち主でも参るだろう。(2007年09月14日付東海新報)。他にも産経や識者の見解などうじゃうじゃあります。
こうした現象からして[11]選挙・広告で相手のあら探しをして攻撃することという定義がもっとも最適かと思われます。「選挙時や広告(マスコミ)によって相手のあら探しをして攻撃すること」に該当するものは「ネガティブキャンペーンである」断定表現でokと考えます。
よって、あおみまきな氏の1~3はすべて、ネガティブキャンペーンとして扱って良いものと判断します。--218.217.114.231 2009年9月15日 (火) 04:05 (UTC)[返信]
広告=マスコミとするのには違和感があります。そもそも、解散前にマスメディア各社が自民党の信用低下・失墜を企図して行った(可能性がある)偏向報道という証拠はありません。ネガティブキャンペーンと呼んでいる記事も複数あるにしても、それは意見が分かれるところですから、マスコミの一連の安倍・麻生批判をネガティブキャンペーンとする意見もあるぐらいのことは書くことができてもそれ以上は難しいように思います。あおみまきな氏の1、2はとネガティブキャンペーンすることができると思いますが、3については断定することはできないと思います。--政治野球マニア 2009年9月15日 (火) 07:26 (UTC)[返信]
政治野球マニアさん。[12]選挙・広告で相手のあら探しをして攻撃することは、ソースがあるので、あなたがほかのところで書かれているとおり、これでいいはずです。複数のソースのうちどれを選択するかは問題ですが、あなたの違和感はウィキペディアではソース無しの意見として扱われます。KurosawaK 2009年9月15日 (火) 07:42 (UTC)[返信]
違和感があると個人的感想を述べられても仕方がありません。
こちらの定義からすれば該当させることができます。まあ、最低でも「マスコミの集中的批判をネガティブキャンペーンとも言われる」の一文は必要でしょうね。--218.226.121.105 2009年9月15日 (火) 10:06 (UTC)[返信]
政治野球マニア氏のこちらの編集を拝見しました[13]。定義がマスコミの集中的攻撃もネガティブキャンペーンに該当するならば、「意見」でなく今回の自民の件のように断定表現で書けますので、定義が決まってから行動していただきたい。--218.226.121.105 2009年9月15日 (火) 10:10 (UTC)[返信]
定義が決まる前に行動したことをお詫び申し上げます。ネガティブキャンペーンの意味は大辞林 第二版によれば、相手の政策上の欠点や人格上の問題点を批判して信頼を失わせる選挙戦術。広告で他社商品に対して用いられることもある。EXCEED英和辞典によれば、選挙・広告で相手のあら探しをして攻撃すること。となっております。マスコミにとっては、政治家および政党は、選挙の相手でも広告で競う競争相手でもないので、マスコミの集中攻撃をこの定義に当てはめるのは無理があるように思います。ところで、ネガティブキャンペーンの定義についての議論は、本来であれば、ノート:ネガティブ・キャンペーンでしたほうが良くありませんか?--政治野球マニア 2009年9月15日 (火) 11:31 (UTC)[返信]
KurosawaK氏も仰っているように、選挙のみというのは言葉として使用されている現状から考えると、狭すぎると思うんですよね。例えば、上記で挙げた党に対するマスコミの一連の批判のみならず、マスコミから攻撃された医師会や[14]、北朝鮮に対するマスコミの報道を姜尚中らが[15]がネガティブキャンペーンと呼称する例も見られます。現状の使われ方からみて、選挙のみ限定するのはいかがなものかと。EXCEED英和辞典を定義とし、「マスコミが行う攻撃もネガティブキャンペーンと呼ばれる」で良いのではと。--218.226.121.105 2009年9月15日 (火) 11:59 (UTC)[返信]
定義的には、辞書から逸脱するのは難しいかと思います。EXCEED英和辞典の定義についても選挙・広告で相手のあら探しをして攻撃することですから、選挙と広告に限られて、「マスコミが行う攻撃もネガティブキャンペーンと呼ばれる」とするのは無理があると思います。しかしながら、実際に辞書の意味から逸脱した使われ方をしている例があるのも事実なので、辞書の意味を基本として、辞書を逸脱した使われ方をしている場合は、いちいち出典を示してこのように使っている例があるとすればいいのではないでしょうか?--政治野球マニア 2009年9月15日 (火) 12:20 (UTC)[返信]
いや、広告というのは広く世間一般に告げ知らせること[16]が第一の意味ですからマスコミの報道ってのは含まれますよ。実際にマスコミの集中的批判をネガティブキャンペーンと呼んでいる複数の出典・現状があるわけですから、「マスコミが行う集中的な批判もネガティブキャンペーンと呼ばれている」が必要です。安倍についてはこちらでも。一部のメディアによるネガティブキャンペーンはすさまじかった[17] これだけ多いと現状からして除外できません。--218.226.121.105 2009年9月15日 (火) 12:33 (UTC)[返信]
同意です。広告にマスコミの行為も当然含まれてます。そもそも、マスコミは広告をするためのある機関でもありますし。KurosawaK 2009年9月15日 (火) 22:25 (UTC)[返信]
 なるほど。それはそうかもしれません。マスコミは中立という建前はあるけれども、必ず社の方針や考えというものを持っていますから。ただ、そう考えると、「2009年の総選挙における自由民主党のネガティブ・キャンペーン」というものも、マスコミがネガティブキャンペーンと認定したことが出典となっているわけですから、ネガティブキャンペーンに関する学問上の研究結果がどうなってるかわかりませんが、そのように認定した研究結果がない限り、ネガティブキャンペーンと指摘された事柄とすることはできても、断定することはできないように思います。項目ネガティブ・キャンペーンに書かれた例についても、脚注が、ほとんどは、マスコミがネガティブキャンペーンとしただけですから、ネガティブキャンペーンと指摘された事例として示さないと、検証できないのではないでしょうか?ウィキペディアでは、『「真実かどうか」ではなく「検証可能かどうか」』が重要視されますが、マスコミの報道だけでは、断定できないと思います。—以上の署名の無いコメントは、政治野球マニア(会話履歴)さんによるものです。--エツヨ 2009年9月16日 (水) 04:29 (UTC)[返信]
お邪魔します。学問上の研究結果が自民の今回の一件にはあるのでしょうか?出典を拝見したところ査読された学術論文はないようですが。どうも一方のみを載せたいという思想からの発言が目立ちます。政治野球マニアさんは辞書の定義から逸脱できないと主張され、広告はマスコミではないとされた。しかしIPさんの出典ある説明により、それは間違いであることが立証されました。イデオロギーは捨てて引くところは引く姿勢が必要と思いますが、いかがでしょう。--エツヨ 2009年9月16日 (水) 04:29 (UTC)[返信]
政治野球マニアさんは学術論文がないから自民の一件もネガティブキャンペーンではないという主張に変えたようですが、当初の辞書の定義を重視した姿と変化しています。一方の論を載せたくないためだけに主張されていることがわかります。--エツヨ 2009年9月16日 (水) 04:35 (UTC)[返信]
署名を忘れて申し訳ありません。主張の変化とのことですが、自民の一件をネガティブキャンペーンではない主張を変えたわけではありません。ただ、出典がマスコミとなれば、それは、出来事自体ではなく、出来事の評価である以上、マスコミの考えというのが含まれます。したがって、それによって断定することは難しいと思います。マスコミがそのように報道している以上、ネガティブキャンペーンと指摘されているということは書くことができると思います。辞書の定義にマスコミを含めることは理解しました。ただ、個々の例について、ウィキペディアでは、執筆者がこの定義に当てはまるか当てはまらないか判断することはできないので、断定する場合は、それぞれの出典が必要ということになると思います。また、マスコミ自体をネガティブキャンペーンの当事者とする以上、報道が出典である場合、そういう指摘があるとしか書けないと思います。学問上統一された見解がない限り断定できないと思います。--政治野球マニア 2009年9月16日 (水) 05:48 (UTC)[返信]
となると、当初のIPさんの主張と同じことになりましたね。定義がはっきりしないので断定でなく主張は主張として意見は意見として書くというスタイルにしろという。す--Wikiquiet 2009年9月17日 (木) 03:59 (UTC)ると、それに反対してた蒼海牧菜さんや、Wikiquietさんあたりの主張とズレが出てきます。現在IPさんも考えを改めたようで定義が決まれば断定表現でよしとしているようです。となりますと、その主張は政治野球マニアさんのみとなりますので、皆さんを納得させられるか、になると思います。--エツヨ 2009年9月16日 (水) 06:05 (UTC)[返信]
少なくとも、現状からして今回の自民党の一件のみを断定表現にすることは不可という結果となったと思います。自民党のこの件を断定表現にするならば、同じように辞書の定義に当てはまる現象は断定表現で記載できることになりますので。辞書の定義に該当するものは、すべて断定表現で書くか、それとも定義が辞書だけでははっきりしないとし、事例については正確にだれだれがネガキャンと主張していると意見としての書き方とするのか、この2択になりました。私はどちらでもかまわないと考えます。イデオロギーから一方のみを断定表現にするという偏った主張は成り立たないことは申し上げます。--エツヨ 2009年9月16日 (水) 06:19 (UTC)[返信]
政治野球マニア氏は辞書の定義にこだわっておられたのに、驚きました。私(IP)が主張していた当初の論と同じになったところが皮肉ではありますが。私としてはエツヨ氏と同じように辞書の定義に該当するものを断定して当てはめていくか、それともすべてを主張として事例を載せていくかのどちらかならば、異論はありません。他の参加者などの意見をお待ちしましょう。--都民 2009年9月16日 (水) 12:53 (UTC)[返信]
一方だけ、ネガティブキャンペーンで他方はネガティブキャンペーンで無いというのは、公平性に欠けるので、両方ともネガティブキャンペーンと書くべきだという意見に同意します。「見解」とかくかどうかについては、定義に当てはまっている以上、特に必要ないでしょう。相手方を低くする広告や選挙戦術で十分ではないかと思います。マスコミの安倍政権、麻生政権に対するしょうもないことでのネガティブキャンペーンが続いて今回の選挙があるわけですから、分けてはかけないですし。KurosawaK 2009年9月16日 (水) 16:17 (UTC)[返信]

(インデント戻し) 相手方を低くする広告や選挙戦術を定義とすることに異論はないですが、出典にはできないと思います。なぜならば、これは「相手方を低くする広告や選挙戦術」とウィキペディア編集者が判断すると、独自研究の可能性があるからです。個々の例については、それをネガティブキャンペーンとする出典が必要だと思います。そして、出典がこの行為をネガティブキャンペーンとするのは、あくまで事実自体ではなく事実の評価であるので、Wikipedia:信頼できる情報源#用語の定義によれば、「意見」にあたると思います。したがって、個々のネガティブキャンペーンを認定した統一的学派がない限り、個々の事例をネガティブキャンペーンと断定せず、ネガティブキャンペーンと指摘されている事例として示すべきだと思います。--政治野球マニア 2009年9月17日 (木) 05:29 (UTC)[返信]

そもそもその主張を当初、私がしていたのですが、あおみまきな氏やWikiquiet氏が異論を唱えてらっしゃったので、異論がないのか、しばらく待ちたいと思います。その政治野球マニア氏の主張は方針からしてもNPOVであり、私は異論はありません。--都民 2009年9月17日 (木) 09:16 (UTC)[返信]
調べてるうちに疑問が出ましたので異論がないという意見は打ち消し。2007年の選挙にて、民主党は「年金をネコババされたい人は自民党へ」などというビラを撒く選挙手法などが報道されましたが、これを「ネガティブキャンペーン」と呼んでいるものがいないから事例として書くことはできず、今回の同じような自民の一件がネガティブキャンペーンと呼ばれているから見解として書けるというのは、ちょっと違うのではと思いましたね。やはり定義に該当するものは、ネガティブキャンペーンとして記載すべきと考えます。--都民 2009年9月17日 (木) 14:44 (UTC)[返信]
コメント「年金をネコババされたい人は自民党へ」などというビラを撒く選挙手法」がネガティブ・キャンペーンと断定している報道が無いのは確かにその通りですが、最初に経済準学士氏がこの事例を挙げて「これもネガティブ・キャンペーンではないのか」との趣旨で議論を提起した経緯がありますので、現時点では判断を保留し氏の見解表明を待ちたいと思います。 --あおみまきな 2009年9月17日 (木) 16:41 (UTC)[返信]
こんにちは。 議論を読んで、マスコミ報道に関しても定義に当てはまる場合があるなと思ったのですが、一般的に、主流の新聞=最も信頼できる資料と考えられているので、設けられるとすれば、「指摘されたマスコミによるネガティブキャンペーン」という章、もしくは「マスコミによるネガティブキャンペーン」と章を設け、各文章は「○○は、××の報道をネガティブキャンペーンと指摘している」(つまり例外)となるように思われました。--山本山815 2009年9月17日 (木) 19:06 (UTC) --修正山本山815 2009年9月17日 (木) 19:21 (UTC)[返信]

一般論としては、主流派の新聞を信頼できる資料としてあげるのはわかりますが、他の問題と違って、政治問題ではマスコミに中立性も期待できません。マスコミがどこかの勢力の立場に立つのはむしろふつうなのです。法律上、放送などに要求される中立性の要求も、新聞などの出版物に対してはありません。したがって、対立があるなら両陣営からの、記述を双方書くのが中立的であるために要請にもとめられているのですから(WP:NPOV#この方針の言い換え:事実、様々な意見に関する事実も含めた事実を書け――だが意見は書くな)資料はそれにあわせて広げる必要があります。したがって、資料名を明示してソースをあげれば、その優劣について厳密に判断する必要はないとおもいます。つまり、ネガティブキャンペーンのような強度に政治的対立がある事象の場合は、双方を書かないと中立的ではないのであり、その要請が優先します。そのたちばからすれば、この自民党のみのネガティブキャンペーンを書いている項目はその点で項目名からしてWP:NPOVの要請に対してかなり問題のある物だと思います。KurosawaK 2009年9月17日 (木) 21:39 (UTC)[返信]

選挙・広告で相手のあら探しをして攻撃することという出典ある定義がある中で、定義にあう行為を両者がしていて、一方がネガティブキャンペーンと呼称されたから事例として書くことができ、もう一方の同じ行為は呼称されていないから事例としては書けないというのは、ちょっと違うと思うんですよね。信頼できる情報源により、定義にあう行為のものは事例として載せるべきと考えます。--都民 2009年9月18日 (金) 04:34 (UTC)[返信]

出典にネガティブキャンペーンという用語がない場合は、AでありBである、ゆえにCであるという論証をしないように注意する必要があると思います。例えば、ネガティブキャンペーンという用語がなくても、選挙・広告で相手のあら探しをして攻撃することの要約や換言があれば、問題ないのですが、行為自体を根拠に選挙・広告で相手のあら探しをして攻撃することと判断すると、独自研究になってしまうと思います。もし、それで内容に隔たりが出てしまうのであれば、事例を示さず、ネガティブキャンペーンの定義だけを項目で示すのも選択肢です。--政治野球マニア 2009年9月18日 (金) 05:26 (UTC)[返信]
おもしろいですね。「情報の合成」まで出すその論は、私があおみまきな氏に主張していたままの論ですわ。あおみまきな氏は異論がないのかお聞きしたい。政治野球マニア氏はネガキャン呼称がなくとも「選挙・広告で相手のあら探しをして攻撃することの要約や換言」があればokとされてますが、では『麻生首相はメディアの攻撃の犠牲者となっている(2009年2月20日 マレーシア ストレーツ・タイムズ Kwan Weng Kin )』やら『漢字ごときでメディアに叩かれている』というような評論があるのですが、これはまさに「選挙・広告で相手のあら探しをして攻撃することの要約や換言」に当たると思いますがいかがでしょう。まあ、しかし政治野球マニア氏が「事例を示さず、ネガティブキャンペーンの定義だけを項目で示すのも選択肢」としていますが、その通りかもしれません。呼称のみのような事例は載せない。侵略戦争の記事なんかでも、はっきりしない例は除去されてますし[18]、それがもっともNPOVで百科事典的かもしれません。--都民 2009年9月18日 (金) 08:09 (UTC)[返信]
Wikiquiet氏はノートに出ずに編集を強行されてますが、編集内容を見ると[19]、すべてネガキャン確定の断定表現でOKとしているようです。政治野球マニア氏は主張に自信と信念がおありならば、このような編集を注意し、ノートへ呼びかけるべきではないでしょうか。--都民 2009年9月18日 (金) 08:17 (UTC)[返信]
編集強行、申し訳ありません。情報の不足を補いました。偏りがあれば修正願います。--Wikiquiet 2009年9月18日 (金) 15:24 (UTC)

議論を踏まえて定義の提案[編集]

ネガキャンの定義について

相手の政策上の欠点や人格上の問題点を批判して信頼を失わせる選挙戦術[20]。また、広告(マスコミ)が人物や組織などに対してあら探しをして攻撃する行為もネガキャンと呼ばれることもある[21]

事例の記載について

選挙における政治家・党の相手への批判・攻撃はネガティブキャンペーンと断定表現でよしとし、マスコミ関係の場合は誰か(マスコミなり、著名人なり)がネガキャンと指摘したり、ネガキャンの用語がなくとも定義にあう選挙・広告で相手のあら探しをして攻撃することの要約や換言を主張している場合に記載可能とし、書き方もマスコミ関係の場合は「だれだれが、これをネガキャン(攻撃)と指摘している」と意見としての記載可能とする。

以上、皆さんの異論があればお願いします。いい加減に、さっさと定義を決めて統合なり改名に進みたいと思っています。異論がなければ、この定義、および事例記載条件をローカルルールとして改名・統合後の記事に適用したいと思いますが、いかがでしょうか。--都民 2009年9月19日 (土) 11:03 (UTC)[返信]

定義について同意します。ただし、選挙戦術に定義上限定する必要はないとおもうので、マスコミなどの行動について「こともある」という限定をはずすことが将来妥当なソースがあり提案することもありうることについて、同意に限定条件をつけます。KurosawaK 2009年9月20日 (日) 04:44 (UTC)[返信]
ご意見ありがとうございます。また、広告(マスコミ)が人物や組織などに対してあら探しをして攻撃する行為もネガキャンと呼ばれるとするわけですか。確かに出典があるので、それも可能だと思います。事例の記載条件としては、選挙関係は定義にあうものは断定表現で該当するものはOK、マスコミの場合は「ネガキャン」もしくは「あら探しをした攻撃」と著名人などに指摘されている場合に限り、「意見」としてOKとしているのですが、それには異論はないでしょうか?--都民 2009年9月20日 (日) 04:53 (UTC)[返信]
すでにソースがあるなら、「呼ばれる」とすることが妥当だと思います。むしろ弱めるのが独自研究です。なお、定義をそのようにするなら、マスコミ関係も選挙関係も定義にあうなら、断定とするなど同様の扱いをするべきだと思います。KurosawaK 2009年9月20日 (日) 05:35 (UTC)[返信]
「呼ばれる」というと、たとえば、マスコミがソースの場合、マスコミの意見に全員が賛成しているとなりかねず、強すぎると思います。したがって、「~がネガティブキャンペーンと呼んでいる」とするのが妥当だと思います。また、出典にネガティブキャンペーンという言葉が無く、その定義の要約または換言の場合、定義に当てはまるのだから例に入れるのは当然ですが、出典の表現を使って、「~が(出典の表現)と呼んでいる」とする方が良いと思います。--政治野球マニア 2009年9月20日 (日) 13:05 (UTC)[返信]
横からすみません。 私としては例えば「例;安倍首相辞任で一番ガッカリしているのは朝日新聞だろう。(朝日の)安倍政権に対するネガティブキャンペーンはすさまじく、これにはいくら強靱な神経の持ち主でも参るだろう。(2007年09月14日付東海新報)。」と218.217.114.231氏が「出典」を上げられていますが、やはり「出典」がないと、いくら定義に当てはまっていても「1.記事には、信頼できる情報源が公表・出版している内容だけを書くべきです。」(検証可能性の方針)に反しているように思えるのですが如何でしょうか? 個人的には自民党だろうと民主党だろうとマスコミだろうと、「出典」があれば事例を「ネガティブキャンペーン」と記載することが出来ると思われました。
あと、Wikipedia:信頼できる情報源#複数の情報源を確認するという(まぁ草案なのですが)記載もあります。例えば複数の「出典」があれば、「○○はネガティブキャンペーン」と断定できるが、1つしか「出典」がない場合、「○○はネガティブキャンペーンだと、××(1つの「出典」)は指摘している」としか書けない様に思えたのですが、間違っているでしょうか?--山本山815 2009年9月20日 (日) 17:39 (UTC)[返信]
情報源の話が出てきたので、マスコミのネガキャンの脚注として、ひろゆき氏なるもののブログが入っているのですが、ブログは脚注として問題ないのでしょうか。ブログが脚注に入りだすと、一線引くことが難しくなるように思うのですが。--Wikiquiet 2009年9月23日 (水) 05:39 (UTC)
この項で議論の対象となっていることではありませんが、ブログでああっても、書いた者が誰だかわかっており、著名人である場合はそのものの発言としてソース性が認められています。WP:RSKurosawaK 2009年9月23日 (水) 06:07 (UTC)[返信]

人物記事ではないので、例えば週刊誌や著名人のブログでの発言を規制する必要もないと思います。主張は主張として事例のひとつとして載せておけばよいのではと。事例については政治野球マニアの意見のように、すべてを「呼ばれている」「(だれだれがネガキャンと)呼んだ」「(ネガキャンの言葉がなくとも)~が(出典の表現;ネガキャンの定義にあう「攻撃」などの表現)と呼んでいる」という記載法が公平で方針にも合うと思います。

定義は

相手の政策上の欠点や人格上の問題点を批判して信頼を失わせる選挙戦術[22]。また、広告(マスコミ)が人物や組織などに対してあら探しをして攻撃する行為もネガキャンと呼ばれる[23]

とし、事例はすべて断定は止めて「意見」「指摘」「主張」の記載法でいきたいと思いますが、いかがでしょう。これをネガキャンだと、編集者が確定することは確かに難しく、意見表記で記載するのが確かに正しいと思いますが、いかがでしょうか?--都民 2009年9月24日 (木) 10:58 (UTC)定義にあうものは断定表現でokではないかと考えあらためのため線引き。--都民 2009年9月30日 (水) 17:33 (UTC)[返信]

上記の定義、および事例記載の条件で異論がなければ、ネガティブキャンペーンへの統合か、日本のネガティブキャンペーンに改名して、ネガティブキャンペーンにはる「日本のネガティブキャンペーン」の節をこちらへ統合するか、へ移行したいと思います。一週間ほどお待ちしますので、異論などあればお願いします。--都民 2009年9月26日 (土) 16:04 (UTC)[返信]

コメント その二択であれば、統合の方に賛成します。上位記事であるネガティブ・キャンペーンの記述も未だ安定を見ていない状態のため「そもそもネガティブ・キャンペーンとは何か」の定義と併せて議論することが不可避である以上、記事を統合した方が混乱の収束を図る観点からは好ましいと考えられるからです。その際、語源は選挙用語であるが「日本では元の意味よりも拡大して選挙以外にも使用される傾向がある」旨を節の冒頭に明記すればここまでの議論の成果を反映させられるのではないでしょうか。なお、このコメント投稿を機としてWikipedia:コメント依頼/東京都nifty可変IPについてはまとめを投稿して了とし、依頼を一覧より除去します。 --あおみまきな 2009年9月29日 (火) 08:59 (UTC)[返信]

記事作成者のあおみまきな氏から統合の案が出ましたので、統合の方向でいきたいと思います。しかし事例の書き方をすべて「主張」「意見」とすると私も案を出しましたが、この記事やネガティブキャンペーンにある「日本のネガティブキャンペーン」の節の事例をどのように改変するか大変に難しく、現状からして上記の定義にあうものは、このまま断定表現で良いのでは?と思うようになりました。「意見」記載にすべし、と主張されていた政治野球マニア氏はどうお考えでしょうか?もし主張を変えないのならば、現在記載されている事例群をどのように改変すればよいとお考えなのかお聞かせ願いたい。私はこのままの事例状態で統合し、そうするとこの記事(自民のネガキャン)だけが詳細に書かれすぎている状態になるので、この記事部分(自民のネガキャン)はある程度要約して文量調整すれば良いと考えますが、いかがでしょうか。--都民 2009年9月30日 (水) 17:33 (UTC)[返信]

「主張」「意見」とすることについては、ネガティブキャンペーンにある節「日本でのネガティブ・キャンペーン」を、日本で「ネガティブ・キャンペーンと指摘された事例」に変更すればいいと思います。ただ、直接ネガティブキャンペーンと指摘されていない定義に当てはまる事例については、どのように出典に書かれているかに触れたほうがいいと思います。現在のネガティブキャンペーンにある節「日本のネガティブキャンペーン」を見ると、この事例はすでに書かれています。したがって、必要があれば、そちらを加筆し、この記事は、統合ではなくWP:DEL#DあるいはWP:DEL#Zによって削除したほうがいいと思います。--政治野球マニア 2009年10月1日 (木) 08:53 (UTC)[返信]
コメント バランスに関する問題意識は理解しますが、議論がこれ以上拡散することを防ぐためにはまず記事を統合し、そのうえで統合した節を削減するか他の事例を加筆してバランスを取るかを検討するという順序で作業を進めるべきでしょう。 --あおみまきな 2009年10月1日 (木) 10:20 (UTC)[返信]
では、一週間ほどおいて、なにもなければ統合したいと思います。とりあえず統合して、ノートで話し合われた内容を基本に修正し、他の細部についてはネガティブキャンペーンのノートで話し合っていけば良いということで。--都民 2009年10月1日 (木) 11:11 (UTC)[返信]
ネガティブキャンペーンを見る限り、統合するには、この項目を大幅に編集しないと難しいと思います。前述の通り、現在のネガティブキャンペーンにある節「日本のネガティブキャンペーン」にもこの事例は書かれているのですから、むしろ、速やかに削除依頼を提出して、その間に、ネガティブキャンペーンにある節「日本のネガティブキャンペーン」を加筆したほうが、議論が拡散せずにすむと思います。--政治野球マニア 2009年10月1日 (木) 12:02 (UTC)[返信]
失礼。失念しているかもしれませんので注意喚起します。本項目を削除(編集除去ではなく削除依頼による削除)した場合、基本的に著作権法による保護を受けないものを除き、自身の加筆部分又は加筆した利用者から許諾を受けた部分以外(代表的なところではWikiquiet氏による加筆等)を再利用することは事実上不可能になります。そういった部分を全く再利用しないのであれば問題ありませんが、再利用する可能性があるなら、手間はかかりますがノート:ネガティブ・キャンペーンにて合意の上で履歴統合し、不要部分を編集除去する形をとるのがベターかと思いますが、如何でしょうか。-- 2009年10月1日 (木) 12:32 (UTC)[返信]
統合する場合でも、記事を現在より大幅に少なくせざるを得ないので、再利用できないと思います。したがって、履歴を残さなくても問題は無いと思います。--政治野球マニア 2009年10月1日 (木) 13:15 (UTC)[返信]
わざわざ削除して手間をかける必要はないのでは?とりあえず強引に統合してしまって、それから全体を整えていけば良いだけと思います。この記事に記載されている冗長な文は大幅にカットして要約し、整えていきましょうよ。--都民 2009年10月1日 (木) 14:16 (UTC)[返信]
保護されましたから、統合するには保護解除が必要となります。それならば、削除依頼を提出して、そちらの議論中に、必要な記述をネガティブキャンペーンに移すほうが手間がかからないと思いますが、いかがでしょうか?そもそも、統合しても、REDIRECTとしてこの項目は残るわけですが、僕は、この項目を残す特筆性があるとは思えません。特筆性を証明する出典があるのであれば別ですが。--政治野球マニア 2009年10月2日 (金) 12:41 (UTC)[返信]
なんで編集合戦になってるのですかね・・・。政治野球マニア氏のその案に反対しませんので、その作業をお願いできますか?--都民 2009年10月2日 (金) 18:42 (UTC)[返信]

とりあえず、削除依頼前に、必要と思われる部分をネガティブ・キャンペーンに加筆しました。今後、そちらの記述についてはノート:ネガティブ・キャンペーン#節「日本でのネガティブ・キャンペーン」についてで議論したいと思います。--政治野球マニア 2009年10月3日 (土) 04:32 (UTC)[返信]

Wikipedia:削除依頼/2009年の総選挙における自由民主党のネガティブ・キャンペーンを提出しました。なお、編集合戦は、おそらくWikiquietさん、KurosawaKさんによるものと花蝶風月雪月花警部さんとKurosawaKさんによるものが該当したのだと思います。--政治野球マニア 2009年10月3日 (土) 05:33 (UTC)[返信]

お疲れ様です。削除依頼が通らなかった場合には、この記事名は残ってしまいますが統合にしましょう(保護解除が必要ではあるが)。ここまで、私、あおみまきな氏、KurosawaK氏、Blue-comet氏、郁氏(統合がベターとのアドバイス)と皆さん統合には異論が出ませんでしたから。--都民 2009年10月3日 (土) 09:20 (UTC)[返信]
どうしても記事名にも問題があるとお考えで、削除依頼が通らなかったら、削除依頼の方でHimetv氏が仰ったように一旦別記事「日本の2009年総選挙におけるネガティブ・キャンペーン」等に移動してから、「ネガティブキャンペーン」に統合という方法も一つ方法だと思います。--都民 2009年10月3日 (土) 09:44 (UTC)[返信]
方法のひとつであることは同意します。ただ、現時点では、この記事自体に独自研究が含まれていると考えていますので、統合する場合、まず内容を精査する必要があるのではないでしょうか?僕自身は、2009年に自由民主党の選挙運動については、現在のネガティブ・キャンペーンの記述で十分であると思います。--政治野球マニア 2009年10月4日 (日) 09:57 (UTC)[返信]
私も現在のネガティブ・キャンペーンの記述で十分と考えてます。削除が通らなかったら、一度、形だけでも統合し(履歴は残ってしまうが)、そして現在の状態にすれば良いのではないでしょうか。少し強引な手法にはなりますが。その上でネガティブ・キャンペーンの方で「もっと書け」のような異論が出たら話し合っていけばよいのでは、と考えています。--都民 2009年10月4日 (日) 19:13 (UTC)[返信]

節「キャンペーン開始の経緯」について[編集]

議論によれば、この選挙運動をネガティブキャンペーンと断定することはできない上、そもそも、この選挙運動が始まった経緯が何かは、自由民主党が公表していない以上、この節は独自研究の疑いが極めて濃いと思います。--政治野球マニア 2009年10月4日 (日) 10:19 (UTC)[返信]

情報の合成でしょうね。更に言えば、前半に書かれている「大手マスコミがネガティブキャンペーンを行った」など、牽強付会もいいところです。あれをネガティブ・キャンペーンとするなら、政治家の失言等をマスコミが揃って批判的に報じたものすべてをネガティブ・キャンペーンに含めなければなりません。-- 2009年10月4日 (日) 11:52 (UTC)[返信]
政治野球マニアさんは「(ネガティブキャンペーンの言葉自体の指摘がなくとも)選挙・広告(マスコミ)で相手のあら探しをして攻撃することの要約や換言があれば、問題ない」と仰り、私もそれに同意したつもりです。定義上は、マスコミの麻生攻撃はネガキャンに合致します。さて、ではどのような書き方にすれば良いと思われるのでしょうか?もっともこの記事の削除や、ネガティブキャンペーンと統合して現在のネガティブキャンペーンの記事状態に整えてしまえば消すことになる文章だとは思いますが。--都民 2009年10月4日 (日) 19:49 (UTC)[返信]
マスコミの麻生攻撃は、現在存在する出典によれば、「(ネガティブキャンペーンの言葉自体の指摘がなくとも)選挙・広告(マスコミ)で相手のあら探しをして攻撃することの要約や換言があれば、問題ない」という定義にもちろん当てはまると思いますが、さすがに、「行った」はまずいかと思います。どのネガティブキャンペーンも、断定はできないと思います。ただ、どちらにしろ、この節自体が、独自研究だと思いますので、個々の文の表現について議論しても仕方がない気がします。--政治野球マニア 2009年10月5日 (月) 02:46 (UTC)[返信]

民主党の対応について[編集]

コメント 民主党の、自民党のへのネガティブキャンペーンへの反応の結論を、どうしても、民主党が…ネガティブキャンペーンをしたという結論でしめくくりたい方がおられるようです。しかし、自民党のネットCM・選挙パンフレットを使用した誹謗中傷がネガティブキャンペーンであるという合意形成は既にできていますので、単に自民党の誹謗中傷に反応したことを、ネガティブキャンペーンというのには無理があります。もし、中立のために、民主党のネガティブキャンペーンを載せたいのであれば。別途、「民主党のネガティブキャンペーン」という項を設けて、民主党が行った自民党批判を載せるべきだと思います。--Wikiquiet 2009年9月17日 (木) 03:59 (UTC)

コメント どちらか一方がネガティブキャンペーンをしたら他方はネガティブキャンペーンじゃなくなるって、どういう理屈ななんですか?選挙戦ではネガティブキャンペーンは一般的に双方がする物ですよ。たとえば、アメリカとか共和党と民主党とどっちがネガティブキャンペーンじゃないんでしょうか。

この二つは、理解不能なので、説明してもらえませんか?1.どちらか一方が、ネガティブキャンペーンになったら、片方のそれに対する反応がネガティブキャンペーンとはいえなくなる。2.民主党のネガティブキャンペーンと書くなら、新しい記事にするべきである。KurosawaK 2009年9月17日 (木) 05:04 (UTC)[返信]

コメント一般に双方がする、とは決まっていません。双方がした場合は、双方がしたことになります。該当する民主党の対応をもう一度お読みください。これは、自民党のネガティブキャンペーン=誹謗中傷という証拠のない未来などに関する濡れ衣に対する発言であって、誹謗中傷そのものに対して発言したことは、民主党が、自民党を誹謗中傷して、選挙を有利にしようとしたネガティブキャンペーンとはならないと思います。一般人でも誹謗中傷された側が、その誹謗中傷そのものに対する発言をしたからといって、誹謗中傷した側も、された側も、お互い名誉毀損でチャラ、とはなりません。もし、バランスを期するなら、民主党がおこなった自民党への誹謗中傷(たとえば、麻生首相の発言や漢字の読み間違いなどに対して、誇張して誹謗中傷をおこなった、であるとか、無駄遣いをしていないのに無駄遣いをしていると誇張したとか)を載せるべき他と思います。--Wikiquiet 2009年9月17日 (木) 06:55 (UTC)
コメント相手側のネガティブな点を主張したら、ネガティブキャンペーンですから民主党が受け流していたらネガティブキャンペーンではないですが、自民党がここまで落ちたかとか言ったらネガティブキャンペーンになります。このケースではネガティブキャンペーンですよ。あと、項を分けなきゃいけないと言う主張も理解できません。すみませんが、おっしゃってることがかなり支離滅裂だと思います。もう少し整理して考えなおしてください。KurosawaK 2009年9月17日 (木) 07:46 (UTC)[返信]

Wikiquiet氏はノートの経緯をしっかりお読みになってます?ネガティブキャンペーンは辞書の定義、および巷で呼称されている状況からして「誹謗中傷」に限定されるものではありません。 選挙時の自民の批判をネガティブキャンペーンと断定するならば、民主の自民への批判もネガティブキャンペーンと断定できます。しかしそれには政治野球マニア氏から異論も出ていて、すべての現象を「ネガティブキャンペーンと主張される」という意見としての記載が正しいのでは?という主張がなされています。これに異論はないのでしょうか?少なくとも一方のみを「ネガティブキャンペーン」との断定表現はできませんので、ご理解ください。--都民 2009年9月17日 (木) 09:03 (UTC)[返信]

Wikiquiet氏の編集について[編集]

以前にも注意させていただきましたがPOVの指摘や改名・統合の話し合いが行われている中でノートにも出ずに編集を続けるのは、どういうことでしょうか?編集合戦がしたいのでしょうか?ちなみに意味不明な画像記載も反対しておきます。なぜそれが必要なのか疑問です。話がまとまるまで、大量編集は控え、議論に参加してください。--都民 2009年9月26日 (土) 16:30 (UTC)[返信]

事実と違うことや、間違い、偏りがあれば編集願います。個人的には、出典や脚注を踏まえたうえでの事実の補足と考えています。論議するにも、まず事実認識、現状認識をしなければ論議になりません。論議が先だと言って、事実認識や編集・情報の追加などを妨害するのはいかがなものでしょうか。事実などと相違するのであれば、理由を示して編集願います。--Wikiquiet 2009年9月26日 (土) 22:57 (UTC)
現状認識は記事でやることではないですし、中立的な記事にするために議論が進行しているのに議論をふまえないのは妥当ではないです。この記事は、自民党にのみ焦点を当てているのが妥当ではないので、題名の変更が検討されています。そのような中立性に問題のある状態で自民党の側のみのソースを議論に参加しないまま増やしていくのは、中立性の要請に反します。KurosawaK 2009年9月26日 (土) 23:00 (UTC)[返信]
自民党のみ焦点を当てるのが正当でないなれば、民主党、その他の記事も追加してください。都合が悪いからと言って、事実まで全て消し去るのは問題が有ると思います。中立性とは、双方の事実を載せることであり、片方の事実を消し去ることではありません。--Wikiquiet 2009年9月26日 (土) 23:03 (UTC)
リソースに制限がなければ、それでもいいかもしれませんが、ウィキペディアには容量に限界があるので、中立的な記事のためには双方を書く必要があります。あなたの編集行為は明らかに一方に偏っており、中立的ではありません。WPは宣伝の場ではないので、ノートの議論をふまえて自重するようお願いします。KurosawaK 2009年9月26日 (土) 23:18 (UTC)[返信]
民主党のネガキャンの事実が少なければ、当然、自民党のネガキャンが主体となり、それが事実となります。それを、あなたのPOVで、自民党の事実を消し去り、あなたの恣意的な中立性に持ち込むのは、それこそが、POVです。リソースの問題は、我々が心配することでもありませんし、まず中立性に問題があるのであれば、民主党のネガキャンなどの記事を作成してください。リソースに問題があるのであれば、その後に双方の記事を短くしても問題は無いはずです。それを、都合が悪いからと言って一括削除するのには問題があります。今回のせんきょでは、自民党のネガキャンが報道されているように主体であったことは事実であり、事実認識をさせずに論議だけで事実を消し去る態度には感心しません--Wikiquiet 2009年9月26日 (土) 23:25 (UTC)
題名自体が、POVなので統合の議論が進行中なのです。そもそも、この記事の題名で民主党の側のネガキャンを書くのはおかしいでしょう。題名をきちんと読んでください。あとノートの議論にも参加してください。WP:NOTを読んでください。 ウィキペディアは演説台ではありません 。KurosawaK 2009年9月26日 (土) 23:30 (UTC)[返信]
題名に内容を合わせるのですか? 内容に題名をあわせるのですか?どちらが正しいのでしょうか。記事の追加も出典を踏まえており、演説を追加したわけではありません。論議への参加は強要できませんし、論議に参加することと、記事の事実の消去の問題とは別だと思います。記事を作成するなり、間違いや偏りがあれば修正願います。--Wikiquiet 2009年9月26日 (土) 23:35 (UTC)
題名自体が、POVなので統合の議論が進行中なのです。そもそも、この記事の題名で民主党の側のネガキャンを書くのはおかしいでしょう。題名をきちんと読んでください。あとノートの議論にも参加してください。議論に参加は強制されませんが、議論をふまえない編集は、議論拒否とみなされます。また、WP:NOTを読んでください。 ウィキペディアは演説台ではありません 。「演説を追加したわけではありません」とかかれていますが、一方のみの主張を書くのは演説です。また、「リソースに問題があるのであれば、その後に双方の記事を短くしても問題は無いはずです。」とかかれていますが、あなたの書かれている記事は、今現在でもNPOVの要請がかかっており、最終形態(そんなものはありませんが)でその要請が守られればいいわけではありません。KurosawaK 2009年9月26日 (土) 23:30 (UTC)[返信]

(インデント戻し)ちと横から失礼。改名・統合提案に結論の出ないまま、現在の項目名を既成事実化するような編集は如何なものでしょうか。それこそ提案に対する議論妨害ととられる可能性があります。また、ご自分の編集を差し戻されたからと差し戻すのは、編集合戦とみなされ全保護される要因となるため、差し戻しに対する差し戻しは慎重に行なう必要があります。別に本項目を早急に完成させる必要性は微塵もありませんから、ローカルで情報の整理等を行なっておいて、提案に結論を出してから編集するのが筋ではないでしょうか。なお、中立的な観点とは「いかなる観点にも立たない」ことを要諦としており、争いのある事実に関しては両論併記を推奨していますが義務ではありません。Wikiquietさんには、できれば基本方針やガイドラインの再確認をお願いしたい。また瑣末事ですが、署名に利用者ページへのリンクがないのはわざとでしょうか。個人設定には「このチェックを付ける場合でも利用者ページへのリンクを外さないようにしましょう」とありますので、ご一考ください。-- 2009年9月26日 (土) 23:38 (UTC)[返信]

編集や追加を行わないのも、現状の不足したままで論議して結論を出そうとする、それこそ既成事実化ではないですか。出展を踏まえての事実の追加をしているわけで問題は無いと考えます。まず、事実の追加や、間違いがあれば修正で対応願います。都合が悪いからという理由での削除には問題があると考えます。--Wikiquiet 2009年9月26日 (土) 23:45 (UTC)
まずは、記事の作成や、記事に事実誤認や偏りがあれば修正で対応してください。アメリカではネットの中立性を守るため、ネットの遮断などは禁じられる向きにあります。事実を消去したり、記事への事実の追加などを遮断しようとすることはお避けください。--Wikiquiet 2009年9月26日 (土) 23:56 (UTC)

コメント3RRというルールは知りませんでしたが、出典を示し事実を追加したものを一括削除されたものを戻しただけでした。私は、このWikipediaには中立性は存在しないと見做し、今後、一切、Wikipediaには参加しません。--Wikiquiet 2009年9月27日 (日) 00:50 (UTC)[返信]

ノートの議論を無視することこそ、中立性を欠いた編集です。 Wikiquiet氏にはWikipedia:管理者伝言板/投稿ブロック#方針文書の要熟読を提出いたしましたので、問題がありましたらご指摘下さい。--山本山815 2009年9月27日 (日) 01:04 (UTC) --修正山本山815 2009年9月27日 (日) 01:22 (UTC)[返信]
急に数人で削除される目に合いましたが、そもそも中立性が担保されないメディアであるネットで、中立性を謳うウイキペディアの危険性に気づかされました。これで最後とし、今後は書き込みも行いません。--Wikiquiet 2009年9月27日 (日) 03:01 (UTC)[返信]
あなたの編集自身が中立性に問題があるとの批判をご理解いただけず、それが放置されていたことを奇貨とされるようでは、ウィキペディアにおける編集の能力を疑わざるをえません。そのような態度では、今後、書き込みをしないということも、疑わざるをえません。KurosawaK 2009年9月27日 (日) 03:07 (UTC)[返信]
「今後、一切、Wikipediaには参加しません。」とコメントした舌の根も乾かないうちにこのようなコメントをするとは、困ったものです。幸いにして、当該利用者の加筆は編集除去されただけですから、ライセンスに気をつければ必要な部分を復帰して再利用することができます。ここは粛々と合意を形成し、改名なり統合なりするというのは如何でしょうか。
なお、各位には申し訳ありませんが、保護依頼取り下げの意思は今のところありません(当該利用者の姿勢を考えると、またぞろ編集合戦になりかねない)ので、合意形成時に記事が保護されていた場合、保護解除依頼も併せて提出することをお願いします。-- 2009年9月27日 (日) 03:36 (UTC)[返信]