ノート:関数 (数学)/過去ログ1

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表記

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井戸端で議論されても結論的なものは出てないようなので答えはないのかもしれませんが、函数か関数かどっちにすべきという論拠とか、そうでなくともとりあえず表記的に妥当なのはどっちという理由は何かあるのでしょうか。現状では経緯からいって函数への強引な移動は荒らしと考えざるを得ませんが、函数に移動したからといってブロックしなければいけないのもバカバカしいと思ったりもするので。 By 健ちゃん 2007年10月20日 (土) 15:49 (UTC)

関連するブロック依頼でも述べたとおりですが、背景を全く知りもせず、無知からくる言いがかりによって、移動合戦が起き、無知からくる言いがかりであったことを認めた上で、無知からくる言いがかりに反抗した者が悪いという、ジャイアンのような横暴な論旨のブロック依頼が展開されたと認識しています。確か、健ちゃんさんも、当時、その無知からくる言いがかりに乗っかって、移動合戦に参加し、楽しんでいた荒らしの一人だったと認識していますが、経緯とは何をさしているのでしょうか?そこから、どのようにそれらの移動が荒らしと考えざるを得ないのかといったあたりを、説明するところから始めてください。--132人目 2007年10月20日 (土) 18:11 (UTC)
随分な言われようですが、それもまあ見方だからいいです。私の認識している経緯から説明してみましょう。まず132人目さんの言われている「言いがかり」というのは「函数なんて表記は知らない」ということだと思いますが、確かにこれは言いがかりでしょう。それによって当初「関数」だった項目を「函数」に移すか「関数」のままにするかという編集合戦になりました。その時に、「函数」に移そうという側が、幾つものソックパペットアカウントで移動を行いました。私としては、「関数」から「函数」への移動が、どっちもどっちの「編集合戦」から明確に「荒らし」になったのはこの時だと考えています。発端はともかく、項目名について当初「関数」だったものを「関数」でも「函数」でもいいという以上に「函数」の方が「関数」より相応しいという説明がないままソックパペットアカウントで強引に移動を続けたというのが問題ではないかと思うからです。そして、今も函数への移動が荒らしとして対応されているわけです。しかし、どちらの表記でもいいということは、本来的には項目名の移動は荒らしではないと考えますので、どちらでもいいという以上にどちらがより相応しいのかの理由があればと思った次第です。 By 健ちゃん 2007年10月21日 (日) 01:49 (UTC)
「言い掛かり」であると認めながら、継ぐ言葉で「どっちもどっち」となっているのは、故意を感じます。説明も合意形成も、求めた側がまったく何もせず、一方的に責任を押し付けたにすぎませんから、「強引」というのも極めて恣意的な表現です。--218.251.72.206 2007年10月22日 (月) 09:55 (UTC)
表記に関すること以外に議論を持って行こうとするあなたのほうに強い故意を感じます。いちいち文章の揚げ足をとっていてはいつまでたっても議論は進みません。このように他人を煽るような行為は控えて頂くよう強く、強く望みます。--122.219.42.109 2007年10月22日 (月) 12:04 (UTC)
無駄に太字を使って他人を煽るようなひとに、何の議論ができるのかね。そもそも筋が通っていないと言っているのであって、他所へ議論を持っていこうとはしていない。--218.251.73.188 2007年10月22日 (月) 13:19 (UTC)
重要だと思うところを太字にしただけであって煽ってはいません。私が小学生のときは大事な部分を赤色で書きましたが、ここで赤色を使うとさすがに誰が見ても煽っているようにしか見えないと考え太字に致しました。もう一度言いますが、太字であることを指摘したり、揚げ足をとったりしていてはいつまでたっても議論は足踏み状態です。しがらみの無い議論をしましょう。--122.219.42.109 2007年10月22日 (月) 13:57 (UTC)
太字も「見えないhogehoge」もそうだが、お前がやっていることは、無駄に煽りを入れる行為以外の何物でもない。--218.251.73.188 2007年10月22日 (月) 14:43 (UTC)
議論をどんどん脱線させないで下さい。ここは表記について議論する場です。合意に向かって議論を進めるようお願い致します。--122.219.54.174 2007年10月23日 (火) 12:58 (UTC)
私は全くの部外者でしかも有益な記事の執筆や補助等の貢献もした事はありませんが、ある種の理不尽さをこのノートから感じ取りコメントさせて頂きたいと思いました。関数は函数の代用字ですからリダイレクトさえあればどちらでも良いのだろうと思います。しかし函と言う漢字には何かを入れると言う意味があり数学的に言えば恐らく独立変数を入れると言う意味になるのでは無いかと部外者の私は愚考しています。仮に函数の方が読者の理解を助けるのであれば関数に拘る理由は無いでしょう。その辺りは執筆者の裁量で決めれば良い事で、有益な執筆者がいなくならない限り無茶苦茶な事にはならないでしょう。有り体に言えば数学に明るい執筆者達が判断すれば良い事で、今がまさにその時というのであればそれに参加する執筆者の数学に関する造形の深さが求められるだけです。その求めに応じず2ちゃんの祭り宜しく騒いだあげくに振り上げた拳を体裁良く降ろす口実をこの分野に貢献されてきた方々に考えさせようと言うのは些か虫が良すぎる話だと感じております。重複太郎 2007年10月24日 (水) 11:23 (UTC)

2

まず、このノートに書き込みがあったのは、履歴を見ても分かる通り、これが最初です。合意だの、説明だの叫んでいる人がいる割に、これが最初です。その事について、どう思っていますか?健ちゃんさんが、編集合戦を楽しんだ何ヶ月も後です。状況が繰り返され、悪化した後で、発端などは無視して、今頃、何を聞くのでしょうか?そもそも、説明がないままとは、誰が誰にどこで説明するという事なのでしょうか?というあたりが、常に抜けています。そして、それによって、この記事は成長しますか?
バカバカしいと思う方向に導いた一人が、健ちゃんさんですよね。健ちゃんさんを含む、この分野と全く関係ない、アカウント群が、無知からくる言いがかりに乗って、押し寄せて、嫌がらせをし、それに抗するために、そういった方法が取られた、という事だったと思われます。背景や編集の内容は、ろくに問われる事はありませんでした。そして、今頃、記事の何を問うのでしょうか?内容についての質問などは、編集合戦を楽しむ前に、することではなかったのでしょうか?
私としては、健ちゃんさんが、何をどうしたいのか、全く分かりません。リソースを浪費した上に、今更、バカバカしいと思っているのは、どういう事なんでしょうか?機械的に、荒らしだと判定しているのであれば、それは、健ちゃんさんの信念かなにかでしょうから、それでいいのではないでしょうか。編集の中身がどうあれ、表面的な判断を下すのが信条の人なら、それでいいのではないでしょうか。もし、本気でバカバカしいと思っているのであれば、単なる自業自得です。今の状況は、リソースの浪費も含めて、健ちゃんさんの望んだ状況でしょう?
私は、それぞれの記事が成長するように、水遣りをしたり、隕石を除去したりしているわけですが、健ちゃんさんは、そうではないですよね。百科事典を作ろうという目的ではなく、ここにいるのでしょう?今回も、何か別のものを追いかけて、蛇行しているように思います。そんな人が、問題の背景などを、今更知って、何をどうしたいのでしょうか?--132人目 2007年10月21日 (日) 23:42 (UTC)
今回の件やウィキペディアについて、132人目さんと私では異なった考えをもっているということは判りました。しかし、それについてここで議論したいわけではないという事はお判りいただきたいと思います。これは決して私の望んだ状況ではありませんし、すでに起こってしまった現在までの分はどうにもできるものではありませんから、これからのリソースの浪費を避けるため建設的に話せればと思います。 By 健ちゃん 2007年10月22日 (月) 03:55 (UTC)
自分たちが引き起こした結果の責任は、ほいだろうと無かろうと、取り返せる分は取り返してから議論するのがスジというものだろう。Alljalは函数について記事に書いてあることを無視してハジメから荒らし呼ばわりするなど徹底して煽れるだけ煽ってきていたし、井戸端でも同様に記事に書いてあることすら確認せずに好き放題かいてあるだけだったではないか。そんな無茶苦茶な意見に便乗して一方的にブロックしておいて、勝手に議論撹乱をしたという汚名をかぶせておいて、汚名を雪ぐこともせずここではそんな話をするなというのはあまりにも虫のいい話だろう。--218.251.72.206 2007年10月22日 (月) 09:55 (UTC)
なんかこう、印象操作を感じました。「一方的に」といった強い表現を使っておられますがAlljal氏も移動合戦を理由にブロックされております。簡単に調べることのできるブロック履歴を無視したあなたこそ虫のいい発言をしていませんか?誰に責任があるとか汚名とか言ってる時点でおかしい話です。ここはウィキペディアです。百科事典を作り上げていくことが第一であって一利用者の責任問題を追及するのが主ではありません。国会じゃあるまいし。ここでは健ちゃん様のおっしゃる通り建設的に議論を行い、秀逸な記事をみんなで力を合わせ作っていきましょう。--122.219.42.109 2007年10月22日 (月) 12:04 (UTC)
おまえのいう「建設的」とは、おまえの制御下でなんでもいいなりになれ、という意味だろ。百科事典作りを無視して、悪意の偶像を仕立てたのはそもそもお前たちの側だ、ということをゆめゆめ忘れるな。そして、どんな行動にも責任が付きまとうのだということ、これは「百科事典」の一言で逃れられると思ってはいけない。共同作業とは責任の押し付け合いをすることではないし、責任や財を持ち寄りあうからこそ共同作業になるのだ。建設的な議論を始めようと本気で言っているならば、きちんと元の土台を復元してからにせよと言っているだけだ。どうせお前たちはこの記事を書かないのだろう?ウィキペディアは百科事典を作り上げるための場だ、というのはそのままおまえに返そう。--218.251.73.188 2007年10月22日 (月) 13:19 (UTC)
建設的とは現状をよりよくするという意味です。変に曲解して自分の不利益になるように考えないで下さい。
>百科事典作りを無視して、悪意の偶像を仕立てたのはそもそもお前たちの側だ
見えない何かと戦わないで下さい。
>きちんと元の土台を復元してから
どこの土台をどこまで復元すればいいんですか?
--122.219.42.109 2007年10月22日 (月) 13:57 (UTC)
見えない何かと戦ってるのはお前だと言っている。お前は祭りに乗っかって騒ぐだけだから土台がなんであったかすらわからんのだろ。口だけのお前に現状をよくすることなんか無理。おまえが口で何を言おうと、おまえがいってることは、自分たちの言うとおりにしろという意味しか持ってないね。--218.251.73.188 2007年10月22日 (月) 14:08 (UTC)
土台がなんであったかすらわからんのだろ
見えない土台を持ち出さないで下さい。
そもそも関数の表記の関する議論をしていれば偶像とか土台の復元という言葉は出てこないはずです。もう一度言いますが、ここは関数の表記の議論をするためにもうけられたスペースです。それ以外のことは百科事典作成の意義とはかけ離れてしまうのでお控え下さい。--122.219.42.109 2007年10月22日 (月) 14:28 (UTC)
ほれ、また煽ることしかしないじゃないか。問題の根本を見ようともしないから土台なんか無いといい始めるんだろ。既に「百科事典作成の意義とはかけ離れてしま」うように仕向けた後でおまえらが表記に関する議論だけしろというのがおかしいんだよ。そもそも表記に関する内容はずっと前から記事に含まれていたのだから、それをずっと無視し続けたお前らが、いまさら表記云々といいだすならば、その前にやることがあるだろ。お前はそろそろ黙れよ。--218.251.73.188 2007年10月22日 (月) 14:34 (UTC)
表記に関する内容が記事に含まれているなら今さら表記を変える必要は感じません。
お前はそろそろ黙れよ
これはさすがに暴言にしか聞こえません。暴言としてブロックされても仕方がないように思います。--122.219.42.109 2007年10月22日 (月) 22:34 (UTC)
だからどうしたというのかね、煽り屋さん。--218.42.231.9 2007年10月23日 (火) 08:51 (UTC)
関数の表記について議論なさらないのでしたら真面目にやっておられる方にとって迷惑ですのでおやめください。--124.38.89.189 2007年10月23日 (火) 08:55 (UTC)
お前のやっていることは真面目とは程遠いから黙ってろって言ってんだ、ふざけるのも大概にしとけよ。--218.42.231.9 2007年10月23日 (火) 09:33 (UTC)
どこが真面目ではないのでしょうか?私はただ表記について議論して欲しいだけです。議論に参加なさらないのならお引き取り願います。--122.219.54.174 2007年10月23日 (火) 12:53 (UTC)
すでに起こってしまったのではなく、健ちゃんさんが、起こしたんですよね?起こした一人であることを、自覚してください。他人のフリを、しないでください。そして、望んだ状況ではない、ということは、健ちゃんさんが、管理者権限を用いたり、編集合戦に参加したことは、失敗だったということですよね。失敗を経験したのなら、次は慎重にならないといけません。行き当たりばったりではなく、何が問題で、そのために何を解決すればいいのか、そのためにどんな議論が必要なのか、というところから、考えてください。今回、議論して、何かを決めたら、何が変わるというのか、問題は解決するのかという辺りを、論理的に述べてください。私たちが決めた所で、それにそって全員が行動するわけでなければ、リソースが浪費され続けるだけで、状況は変わりません。その都度、関係者をブロックしていったとしても、それが止まる保証はありません。函数と関数以外にも、ネタになりそうな話は沢山あるのですから、目先の事しか考えていないのでは、問題は解決しないでしょう。それとも、また失敗したら、健ちゃんさんが、何らかの責任でも取るというのでしょうか?小手先の議論など、何の意味もないです。これ以上、その場の軽い思いつきだけで、引っかき回そうとするのは、やめていただけますか。じっくりと、先の先まで考えるということを、覚えてください。--132人目 2007年10月23日 (火) 03:15 (UTC)
既に述べましたように、私と132人目さんでは全般的に異なった考え方をしているようですし、私としてはそのような考えの違いに基く132人目さんと私の行動の違いについて、この場でこれ以上議論をするつもりはありません。 By 健ちゃん 2007年10月23日 (火) 03:49 (UTC)
私は、そういった、論理的な議論ができないのであれば、これ以上、関わらないでください、という事を、求めています。建設的というものは、論理の上に成り立つものです、場当たり的な、思いつきの砂上に、何かが建設されるわけではありません。論理的な議論をしたくないのなら、これ以上、この件に関わらないでください。--132人目 2007年10月23日 (火) 04:19 (UTC)
132人目さんの言いたいことは十二分に分かります。しかし、責任問題等に議論をずらすのは間違っています。百科事典を作成することが私たちの仕事であって、記事も書かずに責任や論理について語っていてはまったくリソースの無駄です。何度も書きましたがここは表記に関して議論する場です。それ以外のことはやめてください。端から見ていると、議論のすり替えによって合意を先延ばししているようにしか見えません。どうかご理解を。--124.38.89.189 2007年10月23日 (火) 08:53 (UTC)
論理性の無い提案に対して、理解を示すことは無理です。議論の目的や効果など、既に、求めた事を説明してください。責任問題といっても、自ら反省する程度のものでしょう。私は、関わりたいのなら過去を反省し、慎重に熟考するように求めているだけです。
一つ聞きますが、 124.38.89.189 さんは、百科事典を作成することが私たちの仕事とか、記事も書かずにと述べていますが、 124.38.89.189 さんは、どの記事の作成をしている方なんでしょうか? 122.219.42.109 さんも、秀逸な記事をみんなで力を合わせなどと言っていますが、合わせるだけの力をお持ちなんでしょうか?つまり、この記事の成長に提供できる知識を持っているという事なんでしょうか?ほとんどの方は、合わせるだけの力をお持ちでないと思われますが。もちろん、全ての分野に、合わせる価値のある力を持っている人はいません。この周辺の分野に、提供できる力を持っている方であることを、示していただけますか?--132人目 2007年10月23日 (火) 11:16 (UTC)
力を持っていることを示す必要性を感じません。論理性や過去の反省とかは関係ありません。ここにいるどなたも慎重に熟考する心構えがあるからこそノートに書き込んでいることでしょう。それなのに関数の表記の議論に関係ない問題を持ち出して議論を停滞させているのがとても勿体ないのです。132人目さんはWikipedia日本語版の中では特に数学に関する知識は深いと聞きます。「関数」、「函数」の表記について専門的な考察を述べて頂けませんか?--122.219.45.235 2007年10月23日 (火) 11:50 (UTC)
記事を書いたことが無い人であるならば、そういった発言は無意味です。自分が力を持っていないのに、協力しましょうとかいうのはおかしいですね。書ける人同士で、協力してください、ですよね。ですから、その手の発言をする際は、そういった力を示してからにしてください。示す事ができないのなら、無意味です。私は、時間があるときは、記事を書いています。必ずしも、ウィキペディアの記事名前空間で作業しているとは限りません。真面目に記事を書こうとすれば、膨大な時間と精神力が必要なことは、知っていますよね?慎重に熟考した場合、そこに論理性というものが生まれます。どんな議論においても、論理性を蔑ろにすることはできません。論理性がなければ、理解し、納得しあうことは難しいです。専門的な考察を … という言い回しからすると、この分野の人でないということは、薄々伝わってきます。私に、そういった質問をしなければならない程度の、レベルなのであれば、お引き取りくださいとしか言えません。--132人目 2007年10月23日 (火) 12:08 (UTC)
勝手な決めつけはやめてください。なぜ無意味になるのか理解できません。ただ関数の表記に関して議論するだけなのになんで論理性やら人文学的な言葉が出てくるのか理解できません。あなたのお眼鏡にかなわない利用者を追い出してばかりでいてはいつまでも議論は進まないし合意など夢の話です。もう一度言いますが、関数表記に関する議論をお願いします。どうか、どうかご理解を。--122.219.54.174 2007年10月23日 (火) 12:47 (UTC)
無意味である理由は、説明しました。協力というのは、出せるものを出し合って協力です。何も出せないのであれば、部外者ですよね。あなたが、どういった人か分からない現時点では、私の眼鏡にかなうとかかなわないとかいう事は、関係ないですね。表記などは、記事を書く人達の間での合意には、意味があります。合意が必要だと思えば、当事者間で合意を探るでしょう。しかし、今回は、全く無関係な方々が、無知からくる言いがかりを付け始め、荒らした上で、合意を強要する形になっています。それは、筋違いでしょう。なんのために、そういった言いがかりを付けた上で、合意を強要するということになっているのかが分かりません。何のために、無関係な 122.219.54.174 さんが、議論を頼んでいるのでしょうか?謎ですよね。関係がある方ならば、力を示してください。そうでなければ、論理的に述べてください。議論というのは、数学における論証ではありませんし、こういう会話自体は数学ではありませんから、当然、論理性のような言葉は出てきます。数学とは、何か勘違いしてませんか?そこらへんから、説明しなければならない人であるならば、どんな会話も、成り立ちません。--132人目 2007年10月23日 (火) 13:10 (UTC)
部外者という考え方は理解できません。何のためかと聞かれるとこの諍いを終わらせるためです。関数に表記に関して専門家も含め議論を重ね、合意を取りに行こうと健ちゃん様が用意して下さったこの場において「論理」やら「言いがかり」という言葉が出てくることは理解できません。あなたが考える部外者とはどういう意味なんでしょうか?誰でも編集に参加できるのがウィキペディアです。ウィキペディアの基本姿勢に同調できないのならお引き取り願います。しかし、私は132人目さんは数学にとても長けた利用者様であると解しています。どうか、どうかその知識をウィキペディアの基本方針に則って使って頂くようお願い致します。--122.219.54.174 2007年10月23日 (火) 13:23 (UTC)
部外者とは、ウィキペディアの内外という意味では用いていません。記事の成長に協力するわけではない人、という意味です。誰でも参加はできますよ。しかし、それは、必ずしも、記事の成長に対する協力ではありません。ウィキペディアには、いろんな形の参加が、あります。記事の履歴に名前が、残ったとしても、記事の成長に協力しているかどうかは、また別の話です。論理という言葉が駄目なら、建設的という言葉も駄目でしょうね。諍いが、どういう理由で起き、どういう事をしたら終わるのか?といった部分を論理的に説明してください、ということを述べてきたわけですが、諍いを終わらせるためです、では何の回答にもなっていないでしょう。繰り返しますが、こういう議論というのは、数学では、ないのです。--132人目 2007年10月23日 (火) 14:15 (UTC)
ここでの部外者の意味はその様な意味で使っていないと言うことは分かっております。論理という言葉が駄目なら、建設的という言葉も駄目でしょうねといった自分理論は控えて頂きたく存じます。いま論理的説明というのは全く必要ありません。ただ関数表記について議論すべきです。数学ではないとおっしゃるのなら尚更です。数学ではないことを数学のノートでやるのはリソースの無駄以外のなにものでもありません。ここで私のようなコモノに構っていないで数学の記事を御執筆なさって欲しいという願望もありますが・・・。そのような排他的思想ではなくウィキペディア日本語版の方針・姿勢に沿った編集姿勢を切に望みます。--124.38.80.216 2007年10月23日 (火) 15:13 (UTC)
論理という言葉が、人文学的な言葉という理由で駄目なら、建設的という言葉も同じ理由で駄目だと述べただけですよ。数学に関する議論自体は、数学そのものではありません。そこには、数学以外の言葉も、普通に用いられます。数学に関する記事の内容も、全てが数学そのものというわけではありません。参加は自由です。しかし、協力できる人達を、縛り付けようとするのはやめてください。ウィキペディア全体に関わることならともかく、何のために、協力しない人達が、協力する人達に合意や、議論を強要したりするのでしょうか?コモノならコモノでいいですが、ある日、その人達でこのように決めたから従え、といったような事は迷惑でしょう。今回の争いも、結局はそういったところにあるんですよね。協力しない人達が、ルールを決めてあげます。逆らったら、追い出します。ということですよね。なので、そういうことをするのであれば、それが必要であるということを、論理的に納得のいく形で述べてください、ということを求めています。必要無いかどうかは、 124.38.80.216 さんが決めることは、ないでしょう。--132人目 2007年10月23日 (火) 15:38 (UTC)
おっしゃっている意味がよくわかりません。ここに来ているのは議論に協力するからであり、ここは議論の場ですので議論を強要するのは至極当然です。専門家を含めて議論に議論を重ねて生まれた合意に従うのも至極当然です。でないとウィキペディア全体が成り立たなくなってしまいます。「今回の争いも」とおっしゃていますが今は誰も争っていません。見えない何かと戦わないで下さい。協力しない人たちがここに存在するワケがありませんし、論理的に説明する必要も全くありません。いま132人目さんは私と議論している形になっているので私が必要ないと判断したら必要ないです。第3者が介入すれば事情は変わってきますが。もう一度言いますが、ここは表記についての議論の場です。議論のすり替えや脱線はご遠慮下さい。本当にお願いします。本文より容量が多くなっています。リソースの無駄です。どうかご理解を。--124.38.80.216 2007年10月23日 (火) 16:01 (UTC)
記事の成長に協力できるだけの背景知識を持たないのであれば、議論においては頭数を揃える以上の意味は持たないと思いますが。議論の場を設置する前段階が、抜けたままということを、前の方で述べています。その部分が無い限り、ウィキペディアが成り立つとか成り立たない、ということにはつながりません。議論の意味を、明示させて初めて論じられることです。そもそも、専門家とは誰のことなんでしょうね。争いは無いけれども、諍いはあるんですか?協力という言葉に、複数の意味をかぶせるのは、やめていただけますか?記事の成長に対する協力と、議論への協力は別物でしょう。元々、私は、健ちゃんさんに、論理的な説明を求めたわけですから、 124.38.80.216 さんが、必要と思うかどうかは、本来は、どうでもいいことです。 124.38.80.216 さんが、一生懸命、弁明している理由もよく分かりません。--132人目 2007年10月23日 (火) 21:22 (UTC)
背景知識を持たないだとか勝手な決めつけはやめてください。前段階というものの必要性を感じません。健ちゃん様等々の願いは、いろんな人が表記についてそれぞれの知識や考えを出し合って議論を重ね、合意に向かっていく事です。この場はそれでいいのです。争いというのは移動合戦、編集合戦のことであり、諍いというのはどちらの表示であるべきかという使い分けです。それから私は一切弁明しているつもりはありません。関数表記に関しないところでいつまでもつっかかるのはおやめ下さい。関数の表記に関しない議論を続けたいのならお引き取り願います。表記の議論をしたい方が入りづらくなっています。--125.103.244.21 2007年10月23日 (火) 23:04 (UTC)
背景知識を持つ人は、専門家を含めてなどとは言わないでしょう。自分が出てきて、それを述べればいいわけですから。そもそも、どの分野の専門家を期待しているのやら。争いと諍いについては、一度、字引でも引いて、意味を確認した方がいいと思いますよ。その日本語とは異なる奇妙な使い分けによるとしても、今回は移動合戦や編集合戦が起きていますから、争いで問題ないでしょうね。弁明と言うよりは、健ちゃんさんの代弁と言った方がよかったでしょうか。健ちゃんさんとどういった関係なのか、よく知りませんが。--132人目 2007年10月26日 (金) 11:29 (UTC)
132人目さんは一体なにがしたいのでしょうか?申し訳ありませんが、ここに来る人のあげ足を取って遊んでいるようにしか見えません。私は弁明も代弁も一切していません。ただあなたに関数表記議論のテーブルにつくか、無駄話をするのなら席をたって頂きたいだけです。こんな所で私のようなコモノと雑談しているよりも、お得意な数学記事を執筆した方が時間やリソースを有意義に使えるとは思いませんか?--124.38.73.131 2007年10月27日 (土) 06:54 (UTC)
下に説明したとおり、全ての発端は、 Alljal さんの行った、無知による一連の迷惑行為にあるわけですが、そういった迷惑行為の要求をそのまま受けてしまっている現状は問題なので、一方に決めなければならないのならば、それらの迷惑行為とは独立に、論理的な理由を用意してください、と述べているだけですよ。弁明とか代弁という言葉の意味については、辞書を引いてください。健ちゃんさんの願い等は、健ちゃんさん以外の人が述べれば、健ちゃんさんの意見の代弁でしょう。何も言わずに、議論のテーブルにつけというのは、 Alljal さんの行ってきた、迷惑行為に黙って従えということに等しく、そのまま受け入れることはできません。 Alljal さんの行ってきたような、迷惑行為が繰り返されることを防ぐためにも、議論の前提を示すように求めています。--132人目 2007年11月3日 (土) 01:15 (UTC)
どうして人の好意を逆撫でするような事を仰るのでしょうか?132人目さんにとってAlljalさんがどんなに憎らしいかは知ったこっちゃないです。そもそも議論も無しに靴下総動員で函数に大量移動したほうが誰が見ても迷惑行為に当たりますし、事実彼らはブロックされ、サブページも作られているのは知っているでしょう。そもそも無知以前の問題です。それから「黙って従う」の意味が分かりません。函数vs関数以外のものが132人目さんの文章には見え隠れしています。--122.219.53.96 2007年11月9日 (金) 07:44 (UTC)
好意も悪意も、それが引き起こす結果がよければ歓迎され悪ければ敬遠される、という単純なことを忘れてはいけません。「誰が見ても」には異論が出ているわけであり、また、ブロックが行われたのは結果に過ぎません。Alljal氏と同じucomのIP氏は相関を因果と混同しているようですが、この問題は、原因について考えること無しに解決があるとは私には考えられません。--黒の補題 2007年11月9日 (金) 17:03 (UTC)
Alljal氏がucomだというのはどこからの情報でしょうか?あなたはCUの権限を持っていらっしゃらないようですが(持っていても公表はしてはいけませんが)。もしあなたが管理者の別アカウントであり、CU結果の公表を行ったのであれば重大な問題です。それについてどうお考えか?「誰が見ても」になんで異論があるんでしょうか?ソックパペットを行使して3rr逃れ、ブロック逃れでの編集合戦行為は明らかに「誰が見ても」迷惑行為です。それに異論があるのならあなたはWikipediaの方針を理解していないということになります。--124.38.65.10 2007年11月10日 (土) 09:21 (UTC)
好意とは、誰のどんな好意の事を述べているのか、よくわかりませんが、何かあれば、具体的に述べてください。 122.219.53.96 さんではない、誰かの好意の事であれば、代弁であることを明記してください。好意で、書籍などを丸写ししてくれる人もいると思いますが、ウィキペディアでは歓迎されません。好意であれば、何をしてもいいというわけではありません。
今回に限らず、ブロックというものは、その人の全ての編集や人格を否定するものでは、ありません。ブロックされたからといって、その人が、悪人かどうかといったことは、また、別の話です。逆に、ブロックされていないからといって、その人が、善人かどうかも、また、別の話です。ブロックの理由にしても、函数になったことについての判断は避けられています。また、これに限らず、削除依頼やブロック依頼では、背景知識等を持たないにも関わらず、いい加減な事を述べている人もいたりして、コイントスのような状況を作り出しています。ブロックされたかどうかという事が、必ずしも、善悪を分けるわけではありません。
Alljal さんは、何度も似たような無知を原因とした、編集合戦を起こしています。それらが、好意からきたものであっても、迷惑行為でしかありませんでした。そういった、 Alljal さんによる、数々の迷惑行為が無ければ、編集合戦も無かったと思います。ただただ、リソースが浪費されただけでした。リソースというのは、データのサイズだけでは測れません。最も重要なのは、人的なリソースです。 Alljal さんによって行われた、数々の迷惑行為の対処のためだけに、多くのリソースが浪費されました。井戸端や、会話ページなどを見る限り、少なくとも、 Alljal さんには、編集内容の可否を判断するだけの、最低限の知識も、無かったように思います。そういった人が、編集合戦を起こした上で、議論を要求するということは、迷惑行為以外のなにものでもないと思います。基礎的な知識が無いのなら、編集合戦を起こさず、ノートで質問してください。 Alljal さんが、そういった迷惑行為を繰り返さなければ、アカウントが多く出てくることもなかっただろうと思います。私自身は、「誰が見ても」の、「誰が」には含まれていません。そういった、最低限の知識も持たないにもかかわらず、導火線に火を付けるような行為を、何度も繰り返して来た人に、非があると考えています。
私は、広く見て話しています。無知からくる言いがかりによる、迷惑行為に黙って従うといったことはありません。 Alljal さんのような方による、荒らした者勝ちの現状は、あまり良いことではありません。
好意というものを持つのであれば、自らが知識を持つ分野で、活躍してください。無関係な分野で、迷惑な好意を押しつけ続ければ、お互いに不幸になるだけです。誰も、喜びはしません。世の中には、不幸しか産まない好意も、沢山あります。
--132人目 2007年11月10日 (土) 12:40 (UTC)
Alljalさんの無知のせいで仕方なくソックパペットを量産して行使したように132人目さんは書いていますがその考え方は間違っています。どんな最もらしい理由があってもWikipediaにおいてソクパペを使った編集合戦は許される物ではありません。移動合戦についてもそれを行っているどちらかがその手を止めることができるのでAlljalさんだけのせいにはなり得ません。だからといってAlljalさんを擁護するわけでもありませんが。喧嘩両成敗です。
132人目さんは何度も Alljal さんの名前を挙げておられるのをお見受けしますが、Alljalさんに言いたいことがあるのならここではなくAlljalさんの会話ページに一言もの申してくるべきではないでしょうか?こんなところでAlljalさんのことを長々と書いても埒があきません。--124.38.65.10 2007年11月10日 (土) 13:17 (UTC)

3

僕の見解はWikipedia:井戸端/subj/「関数」か「函数」かの最後のコメントに書いた通りです。あそこで「関数」派の根拠(少なくとも-220.145.18.116 さんと僕)が述べられていますが、「函数」に変えることを主張している方達の根拠はどの投稿で述べられているのでしょうか?なんというか、煽りを別にすると、「「函数」を一概に切り捨てることはできないのではないか」というような推察・保留めいたコメントしかないように思います。--Makotoy 2007年10月21日 (日) 22:39 (UTC)

また、明後日の方向に行きそうな、 Makotoy さんについてはおいておきます。私は、 Makotoy さんに期待はしていましたが、オイラー関連などでも、簡単な数学書も読み切れておらず、誤読の連続であったあたりを考えると、やはり、数学の教科書などをあまり読んだことがない方ではないかとか、期待通りではないと感じ始めています。そういえば、 Makotoy さん自身、こういう表面的な移動だけの遊びが好きでしたね。--132人目 2007年10月21日 (日) 23:42 (UTC)
せっかく健ちゃん様が議論の場を作って下さったのに132人目さんのこのような書き方は無いんじゃないですかね。今大事なのは表記をどうするかです。犯人捜しではありません。そこを間違えないようにして下さい。このところの132人目さんは数学記事の発展というよりただ他人を誹謗しているようにしか見えません。記事を書く合間にでも各方針を読んで頂ければと思います。--122.219.47.218 2007年10月22日 (月) 00:34 (UTC)
私は、言っておいた方がいいと思っている事を、言うだけです。事実関係が異なるのであれば、早めに何がどう違うのか述べてください。
方針文書というと、著作権侵害を指摘したところ、方針文書を読んでいない管理者が、意味不明な主張を行い、違法行為を手助けしようとしたことがありました。
また、「地上の楽園 北朝鮮」という見出しの論説があり、内容は、貧困等の問題を抱える、北朝鮮の国内事情だったのですが、私が、「北朝鮮の国内は、飢餓などの問題が山積しているという論説ですね」と言ったら、「いえ、見出しから分かる通り、地上の楽園でしょう」というような、滅茶苦茶な、問答もありました。元ネタは、数学の話ですが、奇妙さが伝わりやすいように言葉を変えてみました。数学が、できるできない以前の問題ですね。
今年は大変な年でした。そんな意味不明な主張をする人の相手までしなければならず、かなり時間が取られています。二六時中、ウィキペディアに参加できるわけでは、ありませんので、そういう人に時間を割けば割くほど、記事を書く時間などはどんどんつぶれていきます。
Makotoy さんは、管理者に立候補されたときも、一応、数学に詳しい方として、受け入れられたわけですが、どうもそうではないかもしれないといった結果が、いくつか出てきているので、他の一般の利用者と、同等に考えた方がいいのかもしれません、というだけの事です。事実関係が異なるのであれば、早めに何がどう違うのか述べてください。 --132人目 2007年10月23日 (火) 03:15 (UTC)
132人目さんが出しているのは多分オイラーの件についてのことだろうと思いますが、あの件については、「IPユーザーさんのあげられたリーマンの論文がオイラーとフーリエ解析/級数との関わりをなにがしか示すものであって、引用文献としてひくのにい全くのでたらめと切り捨てることはできないだろう」と主張しました。オイラーの貢献をどこまで認めるかについてぼくと132人目さんの間に意見の相違があったことは認識していますが、それは結局数学理論の発展をどう見なすかと言う基本的な考え方に起因するもので、数学的な主張自体(オイラーが何を証明したかetc.)に関する認識の違いは起きていなかったと認識しております。
「方針文書を読んでいない管理者」というのも誰のことをさしているのかはっきりしませんが、もしオイラーの件に関わる僕の行動のことをさしていっているならばその表現は不正確です。どのような考えでやったのかはここに書きましたし、逆に132人目さんのなさったことがどこかの方針文書の手続きに乗っ取ったことだったとも認識しておりません。
最後に、記事名の表記を「関数」とするか「函数」とするか、というのは数学の定義や定理の理解とはあまり関係のないことです。そうでなくとも「他の一般の利用者」を攻撃して排除しようとなさるのはどうかご遠慮ください。132人目さんが記事名を「函数」にしようと主張されるならば(ほかの利用者を排除するのではなく)その根拠をきちんとここで示してください。「函数荒らし」ブロックの一部にブロックされるべきでない利用者がブロックされているとお考えでしたらそれはブロック解除依頼できちんと形式を整えて議論提起してください。よろしくおねがいいたします。--Makotoy 2007年10月23日 (火) 13:03 (UTC)
確か、オイラー関連の内容では、不明をお詫びされていたりもしたような気もしますが。あとは、小見出しについては、上で地上の楽園について書いた通りです。削除関連で、私が行ったことは、権利侵害の削除依頼においての手順の一部ですね。コメントアウトで十分というのが、その後、取り下げられた理由は、未だに謎のままですが。函数については、私の主張はそうではないです。円周率の歴史なんかでも、言い続けて来たとおりです。記事を成長させてくれるならば、何も言うことはありません。--132人目 2007年10月23日 (火) 14:15 (UTC)

井戸端での議論で出てきたコメントの再確認になってしまいますが、健ちゃんさんが提案されているようにここできちんとまとめておくのはよいことだと思うので

  1. 「関数」のほうがより一般に用いられている (貘 2007年7月20日 (金) 14:42 (UTC), 220.145.18.116 2007年7月20日 (金) 14:52 (UTC), Makotoy 2007年7月21日 (土) 15:47 (UTC) など)
  2. 記事名には原則として常用漢字を使うべきである (Wikipedia:記事名の付け方#漢字を適切に使うこと)

ため、記事名は現在の通り「関数」として、一方、

  1. 歴史的には「函数」が先に用いられ
  2. 現在でも学術用語集などでその表記が確認できる

ので、記事中で(現在のように)「函数」という表記についての説明を入れる、ということでみなさまよろしいでしょうか。--Makotoy 2007年10月24日 (水) 00:59 (UTC)

Ks aka 98によるまとめと仕切り直し

井戸端での議論などから

えーとですね。まず、井戸端などでの議論を踏まえるならば、いちおうここまでの理解としては

  • 意味的には「函数」が正しい表記(らしい)。「函」「関」は、新字/旧字の違いではなく、異なる意味の文字である。
  • 「函」が当用漢字に含まれないために「関数」に言い換えられて一般に普及した。
  • 数学の世界では慣習的に比較的「函数」が生き残っている(らしい)。

ということでよいでしょうか。井戸端での議論では、Hatukanezumiさんがこのへんについて発言されていらっしゃいました。

果たして、「函数」が本当に「正しい」のか、「関数」以前に普及していただけなのか、また、数学界にそのような慣習があるのかどうか、というようなところは、確実な情報源は出てきていないようです。

ただ、ぼくが学生の頃、90年前後に受けた物理の授業の担当の先生は「抛物線」「函数」が正しいと言って、この漢字を使い続けていましたし、井戸端でも同種の意見がありましたから、この字を使う慣習は、一部であるのではないか、また、その主張を信じて「函数」が正しいと認識する人がいるであろうとは思います。

Wikipedia:記事名の付け方#漢字を適切に使うことでは、「原則として常用漢字表に従う」とある一方、「正式名称あるいは慣例で常用漢字外の字が用いられる場合、JIS X 0208にある文字であれば使用しても構いません」とあります。

「正式名称」が固有名詞のみを指すのか、一般名詞の用字についても含むのかは明らかではないですから、「函数」が正しいと考え、項目名を変更すること自体に問題があるとは言えないでしょう。

ただし、Help:ページの移動には、「移動前にすべきこと」として、改名前には提案を行った上で、合意を得てから行うことが推奨されています。

Wikipedia:ページの改名には、「改名前にすべきこと」として、以下の記述があります。

次の場合は直ちに改名を行ってかまいません。
  • 明らかに、ページ名に誤字・脱字があるとき
  • 明らかに、ページ名が記事名の付け方のガイドラインに沿っていないとき
これらのケースには該当しないが、改名を行うべきだと考える場合には、改名提案を告知することが推奨されます。あなたがそのページ名を不適当だと考えたとしても、ページ名には何か深い理由があるのかもしれません。独断で移動を行うと、その移動を気に入らない人がそれを差し戻したり、再び移動したりが繰り返され、いわゆる「移動合戦」と呼ばれる状況に陥ることがあります。このような事態を防ぐためにも、改名提案の告知が推奨されるのです。

経緯の確認

さて、経緯を追ってみましょう。多くの項目にまたがっているため、十分追えていないので、補足をお願いしたいのですが、ひとまず時系列にまとめてみます。以下、敬称略ですがご寛恕下さい。

7月16日

19:31 Viewturn が移動

7月20日

14:06 Alljal が移動 要約欄に「悪戯を差し戻し」
14:12 Eggswrong が移動 要約欄に「悪戯を差し戻し」
14:20 Alljal Wikipedia:井戸端 利用者:Viewturn (会話/履歴/ログ)氏が「関数」が入った記事をことごとく「函数」へ移動していますが、なんなんでしょうか?私は今まで「関数」で習って来たのですが・・・、最近、数学界に何か起こったのでしょうか?(Alljalが井戸端へ提起。ログは「Wikipedia:井戸端/history 070722」でいいのかな?)
14:21 Alljal が移動
14:24 Kzhr が移動。要約欄で(See: WP:NC)
14:26 Alljal 利用者‐会話:Eggswrong 「関数」を「函数」に移動なさっているようですが、これはなぜでしょうか?「関数」が一般的だと思うのですが。(最初の呼びかけ)
14:35 Alljal 利用者‐会話:Eggswrong「放物線」を「抛物線」に移動するのはやめてください。「放物線」が正式名です。
14:39 Eggswrong Wikipedia:井戸端 何が困るのか知らないが、今も昔も、函数、抛物線、共軛は普通に使われます。Alljalさんはよく知りもせずに他人を悪戯呼ばわりしておいて、不都合を感じたら井戸端・ブロックですか?一体何様のつもりですか。(最初のレス)
14:41 Alljal 利用者‐会話:Eggswrong 関数を函数に大量に移動なさったようですが、他の利用者の了承を得ない急な移動はおやめください。いらぬ混乱を招きます。議論されるのであればWikipedia‐ノート:ウィキプロジェクト 数学をお使いください。
14:42 Kzhr 利用者‐会話:Eggswrong正式名称と云うことはないですが、実のない移動は実力行使よりノートで主張するのを先になさるべきでしょう。
14:44 Eggswrong 利用者‐会話:Eggswrong 「他の利用者の了承を得ない急な移動はおやめください。いらぬ混乱を招きます」はAlljalさんにそのままお返しします。(最初のレス)
14:52 220.145.18.116 Wikipedia:井戸端 「私は数学科の出身ですが、現在は「函数、抛物線、共軛は普通に使われ」ていません。大学の卒業は20年以上前ですが、<以下略>/確かに、もともとの本来の表記は「函数」です。<以下略>」(函数の正しさの指摘)
15:03 Alljal Wikipedia:投稿ブロック依頼/Eggswrong
15:13 Alljal が移動
15:13 Eggswrong Wikipedia:投稿ブロック依頼/Eggswrong :(コメント)対話拒否したいがための口封じブロック依頼ですか?(最初のコメント)
15:17 Eggswrong が移動「対話拒否の移動荒らしの差し戻し」
15:17 Los688 が"Eggswrong" を 2時間 ブロック(移動合戦の惹起)
15:54 Wikipedia:井戸端 Hatukanezumi Wikipedia:表記ガイド#漢字の提示

この後、多くのアカウントが入り乱れての移動合戦となります。ページの改名についての方針の提示があったのは、7月21日01:34 Wikipedia:井戸端 での青子守歌さんの発言を待たなければなりません。

(なお、Wikipedia:投稿ブロック依頼/Eggswrong は、賛成多数でしたが、CU依頼へと移行し、CUが行なわれないままの状態が続いたため仕切り直しの提案が出され、Ks aka 98が見送りで対処しました)

この経緯、また井戸端や会話ページでの対話の状況を見ると、関数から函数へ移動する側が不当に責められているという印象を持ったり、後にブロックされたことについて、不公平感を抱くことに、一定の理解はできます。132人目さんや、218.251.72.206 2007年10月22日 (月) 09:55 の書き込みが示す不満は、この経緯に対して、関数から函数へ移動する側を荒らし扱いしていることに端を発することだと認識しています。

他方、実際には、関数から函数へ移動する側が思っているほど「函数」は一般的ではなく、対話の試みも持たれているのですから、移動を強行することや複数のアカウントを持ち出すことをコミュニティが認容する理由にはならないでしょう。「関数」という表記があり、一般に誤りではないものとして広まっていることをまったく知らないということはなかなか想定が難しいですから(高校までは日本語以外で学んでいたとか、そういう可能性はあります)、対話の場で函数の正当性を説得力がある形で自ら主張することもできたはずです。移動を繰り返すなかで、どこかで合意を得る手順へと移行することもできたはずです。

みなさんにお願い

というわけで、お願いです。

まず、132人目さん、218.251.72.206さん(および、その他のIPから投稿をされている方/方々)、あるいは、特定分野の執筆を主にしていただけている方々におかれましては、その分野の専門知識や、分野における慣習などについては、他の人たちは十分理解しているわけではないということ、数学の項目または数学由来の項目だからといって、教育や他分野での応用についての記述や配慮が必要となる場合もあること、また、その分野の専門であるからといって、百科事典を作る上で必要なその他の知識、たとえばウィキペディアの方針や、著作権や、百科事典に関する歴史的経緯や、用語用字の問題といったことの専門家ではないということを、心に留めておいて頂きたいと思います。一般的な考えからは間違っていると判断されることについて、何か意見を述べたりすることは、百科事典の質の向上のために躊躇するべきではありませんから、執筆者にとってはうっとおしい闖入者であっても、ひとまずは受け入れ、簡単にでも説明を試みて頂ければ幸いです(まったく話が通じないのであれば、どこかで投げ出すのもしょうがないですが)。また、分野内で正しいと思っていることでも、一般に通用しないこともあります。その多くは、ご専門の知識や情報に関することではなく、むしろ些末なことであるはずです。いちおう相手方の主張に耳を傾け、受け入れられる分については、受け入れるようお願いします。こうした、記事の内容の向上に直接関係ないことに時間を取られるのは、不愉快かもしれませんし、メディアウィキを使ったオープンコンテンツの百科事典であるウィキペディアの発展のためには、無駄なことではないかと感じる部分もあるでしょう。しかし、同時に(方針を守る限り)誰でも参加できるというのも、またウィキペディアであるということが、要請することだとして、ご理解頂ければ幸いです。

他方、諸所の観点から、自身が執筆者として寄与していない(できない場合と、敢えてしていないという場合があると思います)にもかかわらず、何か意見を述べたり、部分的に編集したり、あるいは各種依頼をするような場合、特に「荒らし」「悪戯」というような判断を表明するような場合は、当該分野について自分が十分知識を持っていないことを自覚し、執筆者への配慮を忘れないようお願いしたいと思います。ある分野で一定の知識と論文作法を持って執筆されている場合は、特に方針などを確認しなくとも、問題が生じることはあまりないでしょうから、活動歴が長くとも、方針の詳細を把握されていなかったりすることもありえます。特にノートや依頼系のWikipedia空間を中心に活動される方は、執筆者と比べても十全に方針を理解していらっしゃるはずですから、誰かのふるまいや記述に対して誤りや適切でないことを指摘する際には、どの方針について、どういう問題があって、どうふるまうのがよいかといったことを、解説し、対話を続けて理解してもらうようお願いします。知識のある執筆者に方針を理解して頂くことで、余計な諍いや削除を避け、執筆に集中できる環境を作ることで、ウィキペディアの質を向上させる、そのために、自分が作業しているという意識を持って頂きたいと思います。

132人目さんへのお願い

といったところで、132人目さんの最初の問い直しである「経緯とは何をさしているのでしょうか?そこから、どのようにそれらの移動が荒らしと考えざるを得ないのかといったあたり」を、説明になりますでしょうか。

これから、このノートで議論する必要がありそうなことはなにかというと、関数/函数の記事の内容のことではなく、その項目の名前をどうするのが適当かと言うことになると思います。132人目さんにとって、それは本質的ではなく、議論に参加する必要がないということであれば、その旨表明して頂ければ、以後、必要と考える人たちによって議論が進めやすくなりますので、一言コメント下さい。

(ここまでは、サブページを展開させます)--Ks aka 98 2007年10月24日 (水) 16:47 (UTC)

経緯あるいは背景について、少し補足します。私が、何を危惧しているのかも、それで、ほぼ伝わると思います。この争いを始めた、 Alljal さんという人は、無知による言いがかりによって、いくつもの編集合戦を起こしてきた人でした。今年、最も迷惑な行為を繰り返した、利用者の一人と認識しています。ある意味、 DYLAN LENNON さんよりも、危険な利用者かと思います。例えば、ガウス素数のように、明らかな間違いの訂正ですら認めず、差し戻しを行い、編集合戦に持ち込んでいます。利用者‐会話:Integrablow#ガウス素数についてや、[1]を見れば分かる通り、編集の善し悪しを判定するだけの知識を持たないにも関わらず、編集合戦を始めています。かといって、記事のノートで、記事や編集の内容について、あらかじめ質問するわけでもありません。函数と関数の問題も、そのような争いの一つとして起こし、後から井戸端で述べられた理由は、知っての通り、言いがかりに過ぎないものでした。そして、そこに管理者を含めた、記事の成長に貢献することのない人々が悪乗りし、今に至っています。
コミュニティという言葉は、何をする人の集まりを意味しているのか、しばしば疑問に思います。上記のリンク先に、「本当に虚偽であるならばその旨をしっかり説明するべきだったでしょう。」とあるように、知っている人が見れば、すぐに分かるような間違いに対しても、事前に詳細に説明することを強要するような人でした。以前、英語版で、間違いが書かれた時に、どれだけ短い時間で訂正が行われるか、という実験があった事を思い出します。日本語版の場合は、元々、人が少ない事もあり、すぐに直すというわけにはいきませんが、その上で、 Alljal さんのような人が、訂正の妨害を行っているわけです。こういった人の我が儘を、認めるということであれば、日本語版は、簡単につぶれてしまいます。自分と無関係なカテゴリを開き、そこにある記事群の中から、何の事前合意も得られていない、編集を多く見つけるのは、容易な事です。それらの編集を片っ端から差し戻し、しっかり説明する事を要求し続けてみてください。このノートに集まっている人の多くは、これを許された行為として、認めるのですよね。
意見を汲み取る事と、我が儘につきあう事は別の事です。ノート:三角関数のように、中学生でもノートで意見を述べる事はできます。意見の内容はともかく、自分の立場を述べ、意見をきっちりと述べています。こういった適切な行動に対して、その主張が多少おかしくて、受け入れかねる提案であっても、この分野の人々は、丁寧に応じていると思います。そのためにも、共有ウォッチリストを、整備しています。そういったわけで、適切な行動を取る一般の利用者を、排除しているわけではないと考えています。中学生でもできる事を、できない人がいて、こういった状態になっています。我が儘を受け入れれば、ウィキペディアは簡単に破綻します。--132人目 2007年10月26日 (金) 11:20 (UTC)

あらためて函数か関数か

では、あらためて、「関数」か「函数」かを考えてみましょう。踏まえておかなければいけないのは、

函数

  • 漢字の意味としては正しい(これによって、数学界の慣習として十分広まっていなくても、こちらの表記を例外的に採用する根拠はあるということになります。また、新字/旧字や異体字とは異なる問題であることをご理解下さい)
  • 函数は数学分野の用語であり、数学の世界では慣習として比較的用いられている(らしい)
  • 強く「函数」を求めている数学分野の執筆者が存在する

関数

  • 表記として一般化している。
  • 当用漢字外を用いることは原則に反する
  • 数学分野の言葉ではあるが、数学の専門家以外も閲覧する可能性が高い言葉である

といったところでしょうか。どちらかの意見を推す場合は、相手方の意見にも道理があるということを考慮して意見を述べていただきたいと思います。Wikipedia:記事名の付け方#漢字を適切に使うことにある、「常用漢字表に従う」という「原則」に対して、「正式名称あるいは慣例で常用漢字外の字が用いられる場合」という例外規定を用いるかどうか、というのが論点となると思われます。また、適当な資料をご存じの方は、ご協力頂ければ幸いです。

「函数/関数」だけではなく包括的なルールを考える場合、今回移動の対象となった「函数」「抛物線」「共軛」のほかにも、井戸端で挙げられていた「冪」とか、あと「輻射」「放射」の言い換えとかも併せて考えるべきかもしれません。より広く分野を取るなら固有名詞以外の「藝術」もそうでしょう。どこまで統一し、どこまで例外を認め、あるいは、どこまでルール化するか、という議論が必要となってくるでしょう。

では、以下で、どちらの名称を用いるかについての議論をお願いします(個人的には、リダイレクトと、表記の変遷と理由についての節さえあればどっちでもいいと思ってます)。--Ks aka 98 2007年10月24日 (水) 16:51 (UTC)

経緯のまとめありがとうございます。僕の意見は、

  1. 数学の研究者を含め、現在では「関数」のほうがより一般に用いられている (貘 2007年7月20日 (金) 14:42 (UTC), 220.145.18.116 2007年7月20日 (金) 14:52 (UTC), Makotoy 2007年7月21日 (土) 15:47 (UTC) など)
  2. 記事名には原則として常用漢字を使うべきである

という理由により、記事名を現在の通り「関数」とする方に賛成です。

ところで Ks aka 98さんもあげられている「函数の方が意味的に正しい」という根拠ですが、これは本当なのでしょうか?つまり、日本語として(あるいは中国語として)「函数」という言葉がfunctionの訳語として作られたとき、functionに「ブラックボックス」という意味合いはあったのでしょうか?普通の英語の言葉としてのfunctionにはそういった意味合いはないはずですし、「函数」という訳語が作られたときには数学の概念としても「ブラックボックス」という捉え方はあまりされていなかったのではないかと思います。というのも、関数 =(一般の)写像という認識がされるようになるの自体が早くて19世紀末の集合論の整備を待たなければならないでしょうし、たぶん「ブラックボックス」というアナロジーが喧伝されるようになるのはもっと後だったのではないかと思います。たとえば(補足:ここにあるようにフォン・ノイマンが広めたのだとすると)ここ(補足:のRoger K. Thomas氏のところに)では1940年代ではないかという解説が出ています。(追記:これは今ざっと検索して出てきたものなのでそれほど確証があるわけではありません。)漢字表記ができてから後付けの説明として「函 = blackbox」という意義付けを許すのであれば「関数の関は関係性の関」だっていいのでは、とおもいます。(そもそもこの数学概念を表すのに function という言葉が選ばれたのは、もともと function に「ほかのものに依存するもの」という意味があるからだろうと思うので、そこまで的外れにもならないでしょう。)もし、「函数」が訳語として選ばれたときにそれが音訳のみならず意味の訳でもあったというソースがあるならば提示いただけると幸いです。--Makotoy 2007年10月24日 (水) 21:14 (UTC) 捕捉・追記--Makotoy 2007年10月24日 (水) 21:33 (UTC)

函数についての初出は1874年の『微積遡源』で、もともとはヨーロッパの宣教師が中国においてfunctionの訳語としてあてたもので、それがそのまま日本に輸入、1946年に実施された教育漢字の漢字制限により関数に改められたという流れのようです。
「函数」を使用しているだけの書籍なんかは枚挙に暇が無いので特に挙げません。門外漢なのでどちらが項目としてよりよいかはわかりかねますが、ご参考まで。--赤井彗星 2007年10月24日 (水) 21:34 (UTC)
部外者でしかもこの分野はおろかこのプロジェクトへの貢献すら無い私が口を出す筋合いでは無いと思いますしこの記事がどうなろうと有益な加筆が出来るわけでもありませんが、この経緯を見て2点だけ述べさせていただければと思います。
  1. 関と言う漢字には「かかわる」だけでなく何かの「出入り口」と言う意味があり、変数の出入り口だから関数と言う解釈も可能だと思いますが、本質は読者の理解をより助ける記述はどちらかと言う所にあると思います。現状の本文を読むと部外者の私が評価するのは差し出がましいとは思いますが、函数で無ければならない必然性は感じません。しかし今現在の本文の記述を見て(祭りに参加した方々は祭りの前にこの本文を読んだことはあるのでしょうか)函数と関数どちらか決めてしまおうというのがそもそもおかしな話だと感じます。どちらでも良いと感じている方が大多数でしょうから関数に決してもさしたる問題は無いでしょう。ですがもし現在の本文より高度な加筆をしようとする執筆者が現れ、そしてその執筆者が函数の方がより読者の理解を助けると考えたときはどうしますか。その時にこの分野に明るい執筆者達で決めれば良いことでは無いでしょうか。
  2. 函数を以前より知っていた方々は荒らしとされた方の手法を問題視し結果について同情の余地は無いと思っていたとしてもその叩かれ方や攻撃者の無理解を見てある種の不正義、理不尽さを感じていたと思います。そして祭りの後に「狼藉者は成敗した。予にも解るようにそして予の意に沿うような結論をだせ」と言われて「かしこまりました」とひれ伏すとお思いですか。普通であればこの分野について調べて「これこれこう言う理由で関数(函数)とした方が相応しいと思いますが如何でしょう」と切り出すのが筋ではないですか。管理者と言うのは人間的にどれほど上等な人種なのかは知りませんが、もし本当に今それを決せよ、そして解りやすく陳べよと言うのであればそれはこの分野に明るい執筆者に対する嫌がらせ以外の何物でもないと思います。
最後に部外者の私の意見を汲み取っていただく必要はありませんが、何故か私は無期限ブロックされている利用者の靴下人形との疑義を受けやすいらしいので念のために解りやすく提起されている議題に対する主張を重複となりますが以下に記しておきます。
  • どちらでも構わないし今決める必要性を感じない。強いて言えば有益な加筆がある度に執筆者の裁量で決めれば良い。
--重複太郎 2007年10月25日 (木) 11:08 (UTC)
項目名は「函数」とし、「関数」からリダイレクトしておくに一票。
こうしておくことで、歴史的に正しい「函数」表記を維持できるとともに、「関数」と習い歴史的経緯を知らぬ者に対して「函数」という表記を教えることにつながる。逆に「関数表記・函数はリダイレクト」にしておくと、関数表記をあたりまえと思っている者には新たな知見を提供できず、函数表記をあたりまえと思っているそれなりに数学を知っている者には「この百科事典は間違っている」という印象を与えかねないという欠点がある。
つい先日も「大坂城」を「大阪城」に移動してくれちゃうやつが出現したばかりでこういう問題には常々頭を抱えているのだがな。リダイレクトというわざがあるのだから、基本的には歴史的表記を重視して項目名を決める方がよかろうと思います。--Nekosuki600 2007年10月25日 (木) 14:24 (UTC)


項目名は「関数」、「函数」からリダイレクト
「函数」は、以前使用されていた、今では数学界で多数派でなく、一般にはさらに知られていない名称であると思います。原語の固有名詞のように特に守らなければいけないようなものではないので、よく使われる「関数」にしたほうがよいものと思います。 Trrlover 2007年10月25日 (木) 15:05 (UTC)
Trrlover さんに同意して項目名は「関数」に一票。Nekosuki600 さんの主張に対して反論させて頂きます。歴史的な知見を提供するならば記事内で言及すれば十分でしょう。また、函数表記を好む方が一定数おられることは事実ですが、最近出版された岩波の数学辞典第4版では「関数」が用いられており、執筆者にはかなりの数の数学者が名を連ねています。これは、数学界で関数が標準になりつつあることの傍証ですし、関数の表記をもって数学辞典が間違っているという印象を持つ方はおられないように、関数の表記をもって Wikipedia が間違っているという印象を与えるという心配は不要でしょう。--白駒 2007年10月25日 (木) 15:55 (UTC)
ご参考までに。CiNiiで、検索条件を「論文名(関数) すべてを含む AND 出版者(日本数学会) すべてを含む NOT 論文名(書評) すべてを含む」とした場合は65件、検索条件を「論文名(函数) すべてを含む AND 出版者(日本数学会) すべてを含む NOT 論文名(書評) すべてを含む」とした場合は24件でした。--野良猫 2007年10月25日 (木) 20:17 (UTC)
では私もご参考までに、ちょっと面白い事実を紹介します。日本数学会には、名称に「かんすう」を含む分科会が四つありますが、正式名称はいずれも「函数」です。しかし、会合における講演タイトルでは、それらの分科会においてさえ「関数」の方がよく用いられているようです(もちろん「函数」を使う人もいる)。興味がおありでしたら、近年のものをカウントして報告します。--白駒 2007年10月26日 (金) 10:04 (UTC)
分科会のホームページからかなり適当にカウントした結果、函数は33件、関数は69件でした。思ったより結構あってびっくりでした。個人的にはNekosuki600さんの案に賛成しておきます。--赤井彗星 2007年10月31日 (水) 02:51 (UTC)修正--赤井彗星 2007年10月31日 (水) 02:54 (UTC)
例えば日本数学会の年会(2007)の講演タイトル数では関数2619:函数4で、 秋季総合分科会(2007)でも関数2523:函数3なので、1/3も「函数」が使われている場所があるというのは不思議な気もします。(赤井彗星さんが具体的にどこをカウントされたのかわからないので、確かめられないのが残念ですが。)CiNiiでも、ここ20年のものを検索してみると「論文名(函数) すべてを含む AND 出版年(1987年 から 2006年 まで)」だと426件で、「論文名(関数) すべてを含む AND 出版年(1987年 から 2006年 まで)」だと12469件ヒットします。
ほかの記事でも例えば大阪は(記事内では昔は「大坂」だったと示唆されているにもかかわらず)「大坂」ではなく「大阪」で記事がたてられているわけで、現在のウィキペディアの慣習としては、記事名を現在普及している表記の方にするというようになっているようにみえます。あまり使われなくなった表記を前面に押し出すことは不必要な衒学・権威主義というか、近寄りがたさを醸し出してしまってウィキペディアにはそぐわないのではないでしょうか。なるべく記事名には常用漢字を使うというルールもそういった考えにもとづくものだったのではとおもいます。--Makotoy 2007年10月31日 (水) 09:13 (UTC)数え間違い訂正--Makotoy 2007年11月1日 (木) 02:42 (UTC)
百科事典は、まず閲覧者が利用しやすくすることが必要です。現実世界での使用頻度にあまり差がない場合などは、このような議論は有用だと思いますが、ある程度差はっきりしている場合、"非常に明確でほとんどの者が納得する理由"なしに使用頻度が明らかに少ない方にするのは、利用者(≠閲覧者)の主義主張の押し付けにあたると思います。
google 関数:函数≒25:1
google 放物線:抛物線≒250:1
google 共役:共軛≒1000:1
「webは現実世界を反映しているとはかぎらない」、「googleはwebを反映しているとはかぎらない」との反論はあるかと思いますが、これだけ差があると、現実世界でも差があるとしか考えられません。また、ここで現在議論されている理由が、"非常に明確でほとんどの者が納得する理由"でないことは、議論が速やかに収束しなかったことからも明らかです。「抛物線や共軛は関係ないのでは?」と言う方は、少し調べればそのような表記も、函数と表記しようと主張されていた方がしたものであることが分かると思います。個人の印象で語れば、現代において、函数はまだしも、抛物線や共軛という表記を採用しようとする百科事典は冗談としか思えません。なお、上記のgoogleのリンク以外で調べようとする方は、日本語サイトに限定するなどの検索の設定をしないと、中国語サイトが多数ヒットして判断を誤ります。--124.146.93.148 2007年11月9日 (金) 11:56 (UTC)
議論を混乱させそうで迷いましたが、ひとこと言いたくなりました。私は上で「関数」を推しましたし、今でも意見は変わりませんが、少し気になることがありますので。
私は本来、関数だろうが函数だろうがどちらでも構わないし、どちらもたくさん見てきましたので指摘されなければどちらで書かれているかさえほとんど意識はしていません。しかし一部の方からは「函数や共軛なんて表記は知っている人が少ないのだから、閲覧者のためには関数や共役にするべき」という思想が感じられて、そこには少し反発を覚えてしまうようです。話がそれますが、高校以下の教育では教え方ががんじがらめに統一されているために、統一されていないことがデフォルトである通常の世界に対応できない子を生み出してしまっている、と感じられることがあります。函数や共軛という表記を知らなければ、少し調べてみれば(調べもしない子も多いんだが)関数や共役と同義であることはすぐに分かるのですから、その表記に出会うことによってかえって勉強になるわけです(ここは上の Nekosuki600 さんの考えに近いかと)。日本語は豊かな言語なのですから、基本的には統一する必要もないし、皆がいろんな表記を知っていることが望ましいと考えます。
移動が頻繁に行われるのは不都合なので、項目名についてはひとまず合意が必要だと思いますが、記事内の表記については別だと私は考えます。Wikipedia の規模で全ての表記を統一するなんてことは不可能ですし、執筆者にある程度の表記を決める自由があってもよいでしょう。余計な心配かもしれませんが、仮にここで「関数」に統一しましょうという合意が得られた場合に「お墨付きが出た」と考えて記事内の「函数」を全て「関数」に変えてまわる人がいるとしたら、それは少し違うんじゃないかなあ、と思います。そのときに、正式名が「函数」であるものまで変更されたりすると目もあてられません。上で132人目さんが危惧されていることにはそういうことも含まれるのではないかと推測します。
長くなりましたので、私の主張をまとめておきます。
  • 項目名は関数に統一。
  • 記事内では有意義な加筆をした人がその都度決める。
  • 単に「函数」を「関数」に変更するだけの編集(もちろんその逆も)は推奨されない行為であることを共通に認識しておく(しかし、仮にそういう人がいたとしても、あんまり目くじら立てない)。
--白駒 2007年11月9日 (金) 14:44 (UTC)

一週間新しいコメントが出ていませんが、そろそろどちらにするかきめることにしてはいかがでしょうか。現在のところ

  • 項目名を「函数」とする:Nekosuki600, 赤井彗星
  • 項目名を「関数」とする:Trrlover, 白駒, Makotoy, (124.146.93.148?)

となっています。Nekosuki600さんと赤井彗星さんの示されている理由に対してはそれぞれ反対意見のようなものが後から出ていますが、それらに対するコメントなどはありますでしょうか。もし意見が出尽くしたということであれば、多数決をとるためにほかの利用者からの投票を募るのがいいと思うのですが、それでよろしいでしょうか。白駒さんが最後に提案されている2つ目と3つ目の提案について(僕は個人的には賛成ですが)も、それでいいかどうかみなさまからの確認をいただきたいのですが。--Makotoy 2007年11月17日 (土) 03:23 (UTC)

私は数学関連記事はは利用させていただくだけですが....。 自分で書く文章では「函数」を常用しています。しかし「関数」を読むのも平気です。この段階では、自分では書かないので、「記事名としてはまぁどっちでもいいかぁ」というところです。心情的には「函数」を推したいところですが、仮に記事名を「函数」にしたとして、記事内の表記も「関数」が漢字政策の制約の結果であることを述べる部分を除いて全て函数とするのでしょうか。まさかそうではないでしょう。そこのアンビバレンスが気になりました。しかし、もっと気になったのは、現在の記事名が「関数 (数学)」であることです。曖昧さ回避に (数学) を付与する位なら、記事名は「函数」とし、関数から「函数」へ誘導して、ついでにそのリダイレクト関係に漢字制約に関する事実経緯を織り込んで、かつ記事中では (たぶん) 関数で表記した方がスマート (そうすれば記事中は「関数」でも説明がつく) のではないでしょうか。 というわけで、どちらが正式か、広く使われているかという観点ではなく、より有効に曖昧さ回避ができるという理由で、記事名に「函数」を推します。--Jms 2007年11月17日 (土) 03:57 (UTC)

関数と函数で使用頻度/重要性などが異なるという意見があるということは 承知した上で、逆に使用頻度/重要性などが全く同じ同義語を仮定しましょう。 それでも結果的にどちらかがどちらかをリダイレクトすることになってしまう わけです。

どちらかがどちらかをリダイレクトしていたからといって、それはWikipedia の実装が原因なのだから記事の主従関係を積極的に表現したことにはなりません。

単なるタグなのだから「記事名には原則として常用漢字を使うべきである 」 という明解なルールに従って関数とするのが中立といえるでしょう。 必要ならそれぞれの漢字の使われ方について記録を残せばよいだけです。


--H335 2007年11月17日 (土) 04:45 (UTC)

ガイドラインはガイドラインであってルールではありません。しかもWikipedia:記事名の付け方現状では「考慮すべきガイドライン」です。ルールであるかの様に常用漢字に拘る必要はありません。記事名は技術的には内容を反映していることが期待されているタグでしかありませんから、タグの重複を避けることを優先するロジックもアリでしょう。Wikipedia:曖昧さ回避#曖昧さ回避すべきものには「曖昧さ回避を導入する前にWikipedia:記事名の付け方も参照してください。別の項目名がより適切ならば、そちらを使うべきです。」ともあります。Wikipedia:曖昧さ回避は公式な方針ですので、考慮すべきガイドラインでしかないWikipedia:記事名の付け方に優先します。従って、曖昧さ回避つき項目名よりは、別の曖昧さ回避なし項目名の方が適合するということです。--Jms 2007年11月17日 (土) 05:00 (UTC) --Jms 2007年11月17日 (土) 05:16 (UTC) 脱字挿入
(コメントのみですが)この項目を括弧なし「関数」に移動し {{anotheruse}} を貼付しておくという選択肢もありえると思います。なお、関数 (プログラミング)サブルーチンへ統合され、そこへのリダイレクトとなっています。一方で、ガイドラインのいう常用漢字の使用については異字体の字が存在する場合の話であって、「正式名称あるいは慣例で常用漢字外の字が用いられる場合、JIS X 0208にある文字であれば使用しても構いません」ともあります。--Calvero 2007年11月17日 (土) 05:29 (UTC)
(前提変更につき再考、再度函数)「括弧なし「関数」に移動し {{Otheruses}} を貼付しておくという選択肢」(anotheruse は obsolete) まで広げるなら、知識提供という意味からUser:Nekosuki600さんの 2007年10月25日 (木) 14:24 (UTC) 付け教育的配慮が常用漢字原理主義の「弊害」を排除した百科事典のあるべき姿だと思います。本文中ならまだしも、関数からリダイレクトすれば済む記事名においてまでなぜ函数を排除しなければならないのか、常用漢字原理主義以外の理由が私には見出せません。そもそも記事名なんてじっくり見ないでいきなり記事を読む、記事を書くときにはとても記事名が気になるのに、なんてのは私だけ? --Jms 2007年11月17日 (土) 06:18 (UTC)
根拠が「常用漢字原理主義の「弊害」を排除した百科事典のあるべき姿だと思います」にあるならば、とりあえず数学以外も含めて影響範囲がどの程度に及ぶのか調査した上で、その変更を許容できるかどうかコミュニティ全体の同意を取り付けることが先でしょう。常用漢字原理主義の弊害を排除することを徹底しようとすると、ここだけでなくWikipedia全体に影響を及ぼすのは明らかです。--H335 2007年11月17日 (土) 07:25 (UTC) (途中で分節されたので、あるべき署名を補った。--Jms 2007年11月17日 (土) 18:52 (UTC))

タイトルなし --H335 2007年11月17日 (土) 09:41 (UTC)

  1. Wikipediaでは常用漢字を用いるのが原則だということになっていますし、一時的に「関数」を採用しても、多くの人は検索できるので不便を感じることはないでしょう。Wikipediaは完成させて出版するわけじゃなく、進化する百科辞典なのですから一定のコンセンサスが得られるまでは問題を保留して、明文化された原則のほう従うという態度でよいと思います。--H335 2007年11月17日 (土) 07:25 (UTC)
  2. カギカッコつきの「弊害」というところに意味がありますし、また「弊害」を問題にしているのであって常用漢字原理主義自体を問題にしているのでもありませんし、「弊害」の排除を徹底するといういまひとつの原理主義を宣言しているわけでもないのですが、それはサテオキ、「進化する百科辞典なのですから」実験してみないといつまでも既存の明文化された原則からの逸脱に関する検証がでず進化もできない、という考えかたもあります。多様性があるからこそ進化はあり得るのです。「一時的に「関数」を採用しても、多くの人は検索できるので不便を感じることはない」というのはリダイレクトを利用すれば函数についても同じで、基本的に対称で決め手を欠くのが函関問題の難点でしょう。内部規範として数学の伝統をとるか、外部規範としてガイドラインをとるか、というところに落ちてしまうのもそのためでしょう。--Jms 2007年11月17日 (土) 07:33 (UTC)
  3. 「いまひとつの原理主義を宣言しているわけでもない」といっても、ポリシーが揃っていない百科辞典ってのは目指す所ではないですから、進化に必要な多様性とは違いますよね。変化させたいなら原理を作らないと、近い将来ここでの結論がリファレンスになってしまう可能性だってありますよね?あなたはその可能性について気づいているはずです、だからあなたの実験を勝手に実行することは認められません。現在我々は明文化されたガイドラインに例外を導入するか議論しているんです。 決め手を欠いているなら、一時的にはガイドラインをとるのは合理的でしょう。その上で是非とも影響範囲を調査してコミュニティで議論した上で、投票を実施してみるとよいと思います: 申し訳ありませんが、議論がみえにくくなるので別セクションにさせて頂きました。--H335 2007年11月17日 (土) 09:13 (UTC)
    1. Wikipedia:ノートページでの慣習的な決まりをまず読まれたし。他人が書いたことを消去せずにいられないなら、内容が法に触れるなどのものでない限り、せめてコメントアウトにしてほしい。自分の書いた事を直す際もそれが容易にわかる様にしてほしいし、誤字脱字の類ならまだしも三割程度も書き換えるならよくよくプレビューしてから投稿してほしい。--Jms 2007年11月17日 (土) 10:31 (UTC)
  4. 誤解がある様な気がするので、重複しますがわたくしの主張を再度、わかりにくいのかもしれないので多少補って書きます。函数、関数双方とも相手を説得できるだけの材料は示せていません。根源には使用漢字の制限によって学校教育で函の字が使えなくなり、それ故に関数という用例が広まってしまった、というのがあり、その一方で「関数」を採用すべき根拠の一つに Wikipedia の「記事名は原則常用漢字」があるならば、リダイレクトもある事だし、実験的意味合いも含めて記事名を函数として不都合が存在するかどうか見てもよいのではないか、ということです。さて、その上で、現在コンセンサスを形成している過程であり、現時点で「関数」を現に用いているというのに、なぜ、あらためて 一時的に「関数」を採用して 一定のコンセンサスが得られるまでは問題を保留して、明文化された原則のほう従う となるのかわかりません。それは現に我々がしていることであって、いまさら言うまでもないでしょう。なぜ意志表示をすることで明示的にコンセンサス形成にコミットしている者に対して「だからあなたの実験を勝手に実行することは認められません。」と言われるのか、理解に苦しみます。「現在我々は明文化されたガイドラインに例外を導入するか議論しているんです。」というのはわたくしの理解とは違いますが、ガイドラインに例外を導入するかという議論なのでしょうか。ガイドラインで許容されている例外に相当することを否定できない記事名を採用するかどうかを議論しているのだと理解しているのですが。--Jms 2007年11月17日 (土) 10:31 (UTC)

わからなくなったので確認させてください。踏まえておかなければいけないのはとして挙げられている

関数

  • 当用漢字外を用いることは原則に反する

ですが、Calvero 2007年11月17日 (土) 05:29 (UTC) で指摘されている通りこれは字体が複数ある場合であって、「函」は「関」の異体字ではないので該当しない、という理解であっていますか。「函」が矢を入れる道具の意味だとはさっき辞書を引いて知りました。調べずに使っていたのがちょと恥ずかしい。--Jms 2007年11月18日 (日) 01:51 (UTC)

はて。「函」がそもそも常用漢字であるかというのは論点ではありませんし、常用漢字でないことすら論点にはならないのではないかと確認を求めているのですが。--Jms 2007年11月18日 (日) 02:26 (UTC)


「実験的意味合いも含めて記事名を函数として不都合が存在するかどうか見てもよいのではないか」Jmsさんはそういう実験をしてみたいとおっしゃっている。影響範囲を明示せず、コンセンサスにコミットしているというのは変な話です。似たようなケースが多分野であったときに今回と全く同じシナリオでもめるケースがあれば、ここでの結論はリファレンスになります。そしてそれがゆっくりとWikipediaに広がっていくでしょう。不都合になるのはそのときで、そのときにどれだけ気持悪いのか、気持悪くないのか想像しないで大規模になるかもしれない実験を始めるのは不誠実非効率だとおもったのです。

でも撤回します、悪影響が大規模になってもWikipediaなら修正できますし、効率的でなくてもいい。収束しない議論を継続するよりは効率的かも--H335 2007年11月18日 (日) 07:24 (UTC)

記事名についての議論を#函数は意訳なのか?から移動しました Jms 2007年11月30日 (金) 13:57 (UTC)

検証ありがとうございます。従属変数と独立変数の関係を当時すでに「ふくむ/ふくまれる」というふうにも表現していたんですね。これは本文に書く価値のあることだと思います。僕としては項目名のほうはやはり「関数」の方がいいとは思いますが。(現状における知の体系を提示するという百科事典の目的からは、あまり使われなくなった表現を前面に出してまで教育目的を追求する必然性はないと思うので。)--Makotoy 2007年11月30日 (金) 11:39 (UTC)
Makotoyさんの「あまり使われなくなった表現を前面に出してまで教育目的を追求する必然性はないと思うので。」との言に私が感じていたある種の違和感、理不尽さ不正義の全てが含まれている気がします。その姿勢は果たして正しいと言い切れるのでしょうか。また初動の動機がそれだとすると、その一点のみで違う姿勢の執筆者を排除する理由たり得たのでしょうか。更に言うと「あまり使われなくなった表現であっても読者の理解を助けるならば積極的に用いるべき」との姿勢はこのプロジェクトの方針に背いているのでしょうか。この件で投稿ブロックされた方はその一点のみでは無かったのでしょう。しかし、対立の根本はこの姿勢の相違以外に無くその上に問題の本質を考えることなく祭りに乗っかった方々が散々に煽った挙げ句の果ての投稿ブロックでしょう。まずそこを総括すべきじゃないでしょうかと上の方で仰っている方が居られましたが、それを為すつもりのある方は居られるのでしょうか。
最後に念のために解りやすく私の考える内容を重複となりますが以下に記します。
  1. 「あまり使われなくなった表現を前面に出してまで教育目的を追求する必然性はない」とはこのプロジェクトの絶対の方針か。
  2. 「あまり使われなくなった表現であっても読者の理解を助けるならば積極的に用いるべき」と考える執筆者は排除されるべきか。
  3. 上記姿勢が誤っていない場合はどの様な対処をすべきだったのか。
  4. 今回関わった管理者のこの問題に於ける管理権限行使は適切だったか。
以上 -重複太郎 2007年11月30日 (金) 13:49 (UTC)
重複太郎さん、あなたの「考え」だというこのリストが質問調なのはあなたのご主張を表現されるレトリックですか?とりあえず僕を含むほかの利用者への質問だと見なして、最初の質問にお答えすることにします。「教育目的を追求する必然性」について「プロジェクトの絶対の方針」だと主張したこともなければ改めてそう主張する気もございません。しかし、ウィキペディアは一般向けのオンライン百科事典であり、教科書を作成する場ではありません(教科書のためにはウィキブックスがあります)。また、漠然とした基準になりますが、WP:NOTにも「特定の信条を宣伝するためにウィキペディアを用いるべきでない」ともあります。あと三つのご質問についてはこの記事の移動合戦の実態とかけ離れた仮定にもとづくご質問のようなのでお答えする必要を感じません。--Makotoy 2007年11月30日 (金) 15:15 (UTC)
部外者の私の戯れ言にご丁寧な返信を頂きありがとうございます。ご指摘のリストと言うのは私の考えを完結に解りやすく要約したもので私の「主張を表現」する為の修辞法などではありません。今まで何度かこういった投稿をさせていただいた後に無期限投稿ブロックされた利用者の靴下人形との疑義を受けました。恐らくは私が投稿した文章が(自分では特に読み難い文では無いと思っていますが)そういった疑義を掛ける方々に理解されていないからでは無いかと思いまして、念のためにそう言った文章を良く読まず印象のみによって相手を判断している方からあらぬ疑念を抱かれないように付加したものですので、その上の文を読んでいただければ私の考えはお解り頂けると思います。
それから部外者の私が口を出す筋合いでは無いでしょうが、仮に今回「函数」か「関数」かを決したとして以前の投稿でも述べさせていただきましたが、今後より高度な加筆をする執筆者が現れ記事の充実と共に函数(関数)への書き換えを行った場合はどうしますか。また同じ様な対応をするのでしょうか。Makotoyさんはご自身の姿勢をこのプロジェクトの絶対の方針では無いと仰有っておりますが、その細かい姿勢の差異こそがこの騒動の発端だと私は考えております。Makotoyさんとはこの点に関しても姿勢が違うようですが、何れにしても部外者の戯れ言ですのでお聞き流しください。
最後に念のために、上記はMakotoyさんの2007年11月30日 (金) 15:15 (UTC)の投稿に対する返信です。重複太郎 2007年11月30日 (金) 16:39 (UTC)

下の「吟味した材料で結論を」の節では「議論不要」らしいのでこちらに追記します。日本数学会(編)『岩波 数学辞典 第3版』岩波書店、157頁(1985年)では項目名「関数」です。過去にも指摘されているのですが。「函数」については「数学の世界では慣習として比較的用いられている 」というよりは「数学の世界では『函数』を使う人もそれなりに居る」が幾分か適当かな。ともかく議論が足りない。投票など行って結論を急ぐべきではないと思う。文献を探し出すだけでも時間がかかるのだから、長い目で見てもらえないだろうか。--野良猫 2007年12月13日 (木) 14:57 (UTC)

書き方 (節名) に問題がありました。結論というのは移動保護解除依頼できる状態かどうかの判断を意図しています。--Jms 2007年12月13日 (木) 15:32 (UTC)
下で投票 (?) した者ですが、多数決で全てを決定しよう、という意味には取りませんでした(もしそうならもう少し丁寧な説明があってしかるべき)。しかし、現時点での皆さんの主張を確認する、ということに多少の意味はあると思いました。理詰めでは結論が出なさそうですし、すでに片方寄りの意見表明しておられる管理者の方がまとめるのも揉め事の元になりそうですので、難しいですね。ともかく、どういう話になろうとも、再び移動合戦や編集合戦のような無益な事態が起こらないことを切望致します。--白駒 2007年12月14日 (金) 12:59 (UTC)

Wikipedia:井戸端/subj/「函数/関数」など複数の表記がある語の扱いにて函数/関数の表記について議論が行われています。ぜひご参加ください。 --いかづちSqueak 2009年5月30日 (土) 07:55 (UTC)

吟味した材料で結論を

議論が中途半端に止まっていますが、「関数」か「函数」かを考える材料として生き残っているのは

函数

  • そもそもの用例は「函数」であり、相応の意味をもってで導入された (音訳だけではない) と推定される。(これによって、数学界の慣習として十分広まっていなくても、こちらの表記を例外的に採用する根拠はあるということになります。また、新字/旧字や異体字とは異なる問題であることをご理解下さい)
  • 函数は数学分野の用語であり、数学の世界では慣習として比較的用いられている(らしい)
  • 強く「函数」を求めている数学分野の執筆者が存在する

関数

  • 表記として一般化している。
  • 数学分野の言葉ではあるが、数学の専門家以外も閲覧する可能性が高い言葉である
備考
記事名が「函数」となった場合でも、記事内での表記は「関数」とする方法もある

です。「当用漢字外を用いることは原則に反する」は函/関が異体字ではないので該当せず、また「正しい意味」と言える程「函数」に強い根拠があるかどうか、資料検証により曖昧になった分、表現を弱めました。

2007年11月17日 (土) 03:23 (UTC) 時点の途中集計にそれ以降分を追加すると、現在のところ

  • 項目名を「函数」とする:Nekosuki600, 赤井彗星, Jms, 重複太郎?
  • 項目名を「関数」とする:Trrlover, 白駒, Makotoy, H335, (124.146.93.148?)

と、IP ユーザをのぞくと見事に拮抗しています。しかし集計時点以降根拠項目に変化がありましたので、再度意志表明 (議論不要) で集計した方が良いと思います。というわけで

  • (函数)--Jms 2007年12月12日 (水) 20:34 (UTC)
  • (関数)--白駒 2007年12月13日 (木) 11:55 (UTC)
  • (関数)--Makotoy 2007年12月13日 (木) 12:40 (UTC)
  • (関数)--Hatukanezumi 2007年12月13日 (木) 14:34 (UTC)

これくらいの差があれば、改名提案に対する十分な抑止力となると思う (少なくともこの状況で改名提案をしようとは私は思わない) のですが、改名保護の解除依頼にはまだ早いでしょうか。このまま保護しておくという手もあるのですが、どうもあの手のテンプレートは「この記事には他人と協調できない人がかかわっています」と宣伝しているようで…。--Jms 2007年12月19日 (水) 21:44 (UTC)

関数を支持します。最新の説を十分な議論や検証の無いまま採用すべきではないと思います。これは函数が正しい正しくないという以前の問題です。社会において議論や検証が行われていない事柄を事典に反映するのは、社会的混乱を招きます。昨日は函数だったけど今日は最新の説で関数になったでは困ると思います。
この問題は、「世界初のコンピューターは何か?」という問題に似ています。この問題は、裁判に持ち込まれるほど議論になりました。しかし、結局コンピューターをどう定義するかで世界初が違ってくるので、決着は付きませんでした。
話を戻すと、函数を支持する人は起源を尊重しているのだと思います。それは、学問においてはとても大切なことです。しかし、起源というのは歴史が絡むことであり、起源をどう定義するかで異なるものが見えてきます。起源を尊重するならば、良くも悪くも日本語には全ての漢字は含めないという先人達の判断も尊重されるべきです。昔を調べるのは、今を調べるより難しいことです。誰もが納得できる証拠が見つかり、その分野の人達も子供達にはこの言葉で教えるべきだという合意が形成されてから事典に反映しても遅く無いと思います。(例えば、functionを函数と訳した人の意図が説明された手紙が見つかったなど)
まとめると、「現在と過去のどちらを選ぶか合意が形成されない場合、検証の難しさから過去を採用するのは慎重であるべきだ。」です。ただし、事典には過去のことを一切書くなという意味ではありません。「こういう説もある」のような文は本文には沢山書かれるべきで、それを尊重すべきだと思います。
最後に門外漢が長文失礼しました。--うるるーの 2008年2月15日 (金) 02:06 (UTC)

函数は音訳でもあるのか?

「函数」は「 function 」の音訳であるとともに意訳である とありますが、本当に音訳なのでしょうか。なにか出典があれば教えてください。--Jms 2007年11月23日 (金) 23:09 (UTC)

10月24日の赤井彗星さんのコメントに関連する書籍が挙げてあります。ところで、「意訳」というのは適切でないようにおもいます。ランダムハウス英和辞典には"black box"の初出は1945年だとあり、ここなどで、1940年代にイギリス空軍で使われだしたのがはじめではないかと言われてもいます。とにかく「function = black box」という説明がされるようになったのは「函数」という訳語ができたのよりもずっと後のことでしょう。--Makotoy 2007年11月24日 (土) 01:43 (UTC)
を見て音訳は納得しました。「意訳」のブラックボックス説は怪しい気がしたので『微積遡源』を見てみました。表示上の 4 ページ、第二款に「函数」が登場しますが、なぜ「函」の字かという説明は見当たらず、意訳かどうかは判断できませんでした。correspondence というのがあてになるのかどうか、康煕字典の説文には舌としかみあたりません。訳者の記述はみつかりましたが、元の著者は名前の漢字表記と「ハリス」という読み以外わかりません William Wallace でした。--Jms 2007年11月24日 (土) 04:02 (UTC) 更に微修正 --Jms 2007年11月25日 (日) 23:05 (UTC)
意訳は「数」のほうだけでしょう。black boxと関係ないのはあきらかです。 --Hatukanezumi 2007年11月24日 (土) 09:23 (UTC)
参考までに、「函数」が音訳であったと記述する書籍として以下を挙げておきます。
  • 数学セミナー編集部(編)『数学の言葉づかい100 数学地方のおもしろ方言』日本評論社、58頁(1999年):「我が国へは中国で音訳された函数が輸入され」
  • 志賀浩二『数学が生まれる物語/第4週 座標とグラフ』岩波書店、70頁(1992年):「函数という表記は,中国語でこの英語の発音に近いファンスゥをあてたものだといわれている.」
これらから、函数は音訳と記述することは問題ないかと思います。
余談ですが、correspondence書簡ではないでしょうか。--野良猫 2007年11月30日 (金) 17:33 (UTC)

函数は意訳なのか?

見出し追加 Jms 2007年11月30日 (金) 00:26 (UTC)

ブラックボックスというのは言葉のあやとしても、『微積遡源』でフィルタ的な見方や射の集合という見方はしていないと思います。しかし、意訳は「数」のほうだけか、というと、常数や変数という言葉とともに用いているので、「函」の字に全く意味を持たせてないとまでは言いきれないでしょう。「容」を念頭に置きつつ常数、変数、函数という説明のくだりを読む…わたくしの場合正確には見ると、ですが、数値に対するポインタと間接ポインタに類似した構造的な意識が常変函にある様にも見えます。「函数」を日本語に持ち込むときに、もしそういった意味付けを日本語側でしていれば、意訳でないとまでは言えないかもしれません。意訳の「訳」の字にちょっとひっかかりますが。とりあえずブラックボックスについては「要出典」というところでしょうか。--Jms 2007年11月25日 (日) 23:05 (UTC)

10月24日の赤井彗星さんのコメントにある『数学用語と記号ものがたり』ISBN 9784785315337 をみたところ、『代微積拾級』を 1859 年として以下の様に引いています。

彼此2つの変数があって、此の変数中に彼の変数を函(ルビ:ふく)むとき、此は彼の函数という

出版年号についてはいくつかありますが、1859 年でよさそうです。代微積拾級を Google で検索するといろいろ出てきますが、画像にはたどりつけませんでした。国内では複数箇所の図書館が所蔵している様です。

ついでに『字統』をみたところ、康煕字典の「舌」は誤りとしていました。また、矢を入れる袋というのも確認できました。--Jms 2007年11月26日 (月) 05:39 (UTC)

『代微積拾級』の当該箇所は「凡此變數中函彼變數,則此為彼之函數。」だそうです。尚『数学用語と記号ものがたり』p.138 に「函数、微分、積分という用語が出てくる最初の本は偉列亜力の『数学啓蒙』(1853年)」とあるのですが、『数学啓蒙』をざっと見た範囲ではいずれもみつけられませんでした。--Jms 2007年11月30日 (金) 00:26 (UTC)

検証ありがとうございます。従属変数と独立変数の関係を当時すでに「ふくむ/ふくまれる」というふうにも表現していたんですね。これは本文に書く価値のあることだと思います。僕としては項目名のほうはやはり「関数」の方がいいとは思いますが。(現状における知の体系を提示するという百科事典の目的からは、あまり使われなくなった表現を前面に出してまで教育目的を追求する必然性はないと思うので。)--Makotoy 2007年11月30日 (金) 11:39 (UTC)
記事名については、上の別項目でお願いします。記事名がどうあれ、記述内容を検証しようという意図で別項目にしましたので。
一応本文には書いておきましたが、ちょっと長くて収まりが悪いのと、かといって他に持って行き場がないのとで宙ぶらりんになっています。冒頭の概要文なので「かつては函数と書いた」くらいにとどめて、あとは脚注でいいかなと思ってはいますが…しばらく様子を見ようとああいう具合にしました。--Jms 2007年11月30日 (金) 12:40 (UTC)
ここに在った重複太郎さんの記事名についての議論をMakotoyさんの 2007年11月30日 (金) 11:39 (UTC) をつけて#あらためて函数か関数かに移動しました Jms 2007年11月30日 (金) 13:57 (UTC)(修正--野良猫 2007年11月30日 (金) 17:55 (UTC)) 再修正 Jms 2007年11月30日 (金) 19:45 (UTC)
白川静『字通』(1996年)平凡社の「函」の項目(p.186)によると、「正字は圅に作り、矢を入れる嚢(ふくろ)の形。函は凵(かん)形の坑中に人の陥る形。圅と函と声が同じで合して一字となったが、字源を異にする字である。」とあります。字源が異なっているのであれば、「函は矢を入れる袋」という現在の表現は幾分か正しくない表現ということになります。『字通』(1996年)と『普及版 新訂字統』(2007年)が同じ著者による物なのに「函」の解説が異なるなんてちょっと不思議ですね。また、『新版 漢語林』(1987年)大修館書店の「函」の項目(p.132)を見ると、甲骨文から「圅」が矢を入れる袋の象形であることがよくわかります。よって「『函』は矢を入れる袋の象形」(記事本文註より)というのは本文に記述するにはいささか不適切に思います。それと、素朴な疑問ですが函数の説明に「矢を入れる袋の象形」って必要でしょうか。意訳である事を匂わせる意味で入れてあるんだろうと思ってはいるのですが。--野良猫 2007年11月30日 (金) 17:55 (UTC)
『代微積拾級』の現物にまだあたれていないのですが、『数学用語と記号ものがたり』での前後の引用からすると、函数の函は「ふくむ」というよりも f(x) と括弧の中に入っているという意味なのではないかと考えています。時代的に函数を射としては考えていないだろうと思うのですが、その意味もあって函の字を選んでいる可能を否定できない時期でもありそうなので、函の説明は残してあります。『字通』は見ていましたが、「合して一字」なのでまあよかろうと考えていました。書くとすれば「『函』は矢を入れる袋の象形に由来」程度でしょうが、さてどうしたものか。「坑中に人の陥る形」というので青函トンネルやら丹那トンネルやらを考えてしまいました、単なる偶然でしょうが。--Jms 2007年11月30日 (金) 19:45 (UTC)
現物を見てきました。当該箇所の直後で直線、円、楕円の式を挙げてそれぞれ函数であると述べた上で、一般式として「天 = 函(地)」を、括弧と等号を用いて与えていましたが、括弧の中に入っているから函だという意味には読めませんでした。従属変数の表現に独立変数が容れられている、という読み方で良いと思われます。--Jms 2007年12月3日 (月) 11:36 (UTC)
議論を面白く読んでいます。「函」は単なる音訳ではなかったらしいということはわかりました。中国人は泰西の文物を輸入するとき、そこまで字の選択にこだわったんですね。
ただ、水を差すようでなんですが、「函」が「容れ物」を意味することと、現代の我々の理解で関数が従属変数と独立変数を関連づける概念であることとは、それぞれ別個の事実です。両者を総合して「『函数』という語が創られたとき、従属変数と独立変数の関係を表すという意味が込められていた」と結論づけることは、現段階では独自の研究となってしまうとおもいます。実際、「天 = 函(地)」という表現にしても、「天」「地」は東洋算術で不定数を表すときに一般的に使われる文字で、「x」「y」と同様特別の意味はないわけですから、「函」も頭字「f」にそろえただけかもしれないです。
いまのところできるのは、『数学用語と記号ものがたり』を引いて「片野によれば、『代微積拾級』での『函』は『此の変数中に彼の変数を函(ルビ:ふく)む』の意味である」とすることでしょうか (読み下しという作業自体が、ひとつの解釈なのですから)。
ついでですが、そういう観点からは「函」の字源を追究することはあまり重要ではないとおもいます。漢字の字源は許慎の時代にすでによくわからなくなっていたのですし。なお本当についでですが、白川の字釈は当時の社会状況、文化状況についての自説から敷衍した独自解釈であるとして批判を受けることもありますので、字義の解釈を白川説だけに頼るのはまずいとおもいます。
なんか水を差すようで、本当に申し訳ない。続きを待ってます。 --Hatukanezumi 2007年12月3日 (月) 13:35 (UTC)
書店で手に入る様な資料の書きぶりがいまひとつだったのと、思いのほか Web 上で原典の画像資料が手にはいるので検証を始めてしまった段階で、独自研究とのボーダーは気になっているので、ノートはさておき本文の書き方には注意しています (ので、ブラックボックス説の由来は追求していません)。函の字義は註からすでに抜いてありますので、議論だけなくそちらも御覧ください。「関係を表すという意味が込められていた」と書いたつもりはありませんが、はて。「という意味である」と書いた部分かしらん。でも「関係」とは書いてないし、その部分で『数学用語と記号ものがたり』を引いているし…。適宜直していただければ幸いです。
続きって…原典の先にこれ以上何を?
ちょっと心残りなのは『代微積拾級』の微の部分だけしか見てこなかったことなのですが、『「天」「地」は東洋算術で不定数を表すときに一般的に使われる文字で』はいつごろからでしょう、『数学啓蒙』との前後関係が気になります。--Jms 2007年12月3日 (月) 15:00 (UTC)
これ以上は無理? 残念。
要約欄に答えますが、本文は読んでいます。読み下しが片野によるものだと本文 (注でなく) で明示したほうがいいかな、という程度です。「天」「地」(あと「人」) がいつごろからかは知りません。「甲」「乙」「丙」「丁」も使われています。ただそれは和算のほうでやったほうがいいかもしれない。 --Hatukanezumi 2007年12月3日 (月) 15:26 (UTC)
独自研究にならない「これ以上」というと、『代微積拾級』の日本での受容の部分でしょうか。
本文の件は失礼しました。函数蘊蓄を本文冒頭に入れるとちょっと場違いで、かといって註とは別に項目もたてるのはどうかなと思って結局註になっていますが、これは他の方に御任せしようかと。実は<ref>…</ref>が入れ子にできなくて困ったのでした。
「甲」「乙」「丙」「丁」は定数記号ですよね。『数学啓蒙』以前の用例にはまだ到達できていません。--Jms 2007年12月3日 (月) 15:35 (UTC)

ずいぶんと間があきましたが、宿題の「これ以上」として、明治初期の日本での「函数」の受容と、当用漢字化の際の「干数」を追記しました。かんすうにかんする薀蓄としてはさすがにもう十分だと思います。--Jms 2009年6月30日 (火) 23:27 (UTC)

たくさんのリサーチと加筆お疲れさまです。引用をきちんと示しつつ、既存の単独の書籍ではとらえきれていなかった解説が提示できたのはとても有意義ですばらしいことだと思います。--Makotoy 2009年7月3日 (金) 12:04 (UTC)
どうもありがとうございます。独自研究にならない範囲でなんとか収められたと思っています。ひとつ心残りなのは「関数」が登場する過程で何がどう検討されたのかが未解明なことです。日本数学会の雑誌「数学」のバックナンバーの目次ではそれらしきものは発見できませんでした。--Jms 2009年7月3日 (金) 16:50 (UTC)

この記事の函数表記の漢籍からの由来、日本への受容に関する記載について多大な貢献をくださった諸氏(敬称略)HatukanezumiJmsMakotoy野良猫へお知らせします。 2007年当時にはなかった、このテーマに大変役立つ文書を見つけましたので、時間がありましたらこの内容を反映させる加筆をお願いします。 http://www.kurims.kyoto-u.ac.jp/~kyodo/kokyuroku/contents/pdf/1787-23.pdf 私の方でも幾つか加筆を試みますが、多岐にわたるためご協力をお願いします。--会話) 2015年3月26日 (木) 22:02 (UTC)

2015年3月からの議論

1859年のfunctionに独立変数・従属変数を持たなければならないという意味があることは証明されていません。よって、ブラックボックスだとか独立・従属変数の概念を1859年の函数が持っているかどうかは、1859年に函数がfunctionの意訳であったことを否定する根拠とは成り得ません。一方、漢籍「代微積拾級」によればfunctionの意味をもたせようと函の字を用いたことが記されています。そのため「意訳ではない」とする記述は独自研究として差し戻しました。--会話) 2015年3月21日 (土) 18:10 (UTC)コメントを移動しました。--Calvero会話) 2015年3月24日 (火) 12:13 (UTC)

そもそも「(音訳)」というのが出典もなく足されていたところなので、そこを除去すれば事足りると思います。これは「意訳ではない」と同一の意味ではないです。また、出典もなく「意訳」であると書いたら独自の研究になってしまいます。「漢籍「代微積拾級」によればfunctionの意味をもたせようと函の字を用いたことが記されて」いるというのは、どの部分でしょうか。出典がありませんでしたので、元の形に戻しました。--Calvero会話) 2015年3月24日 (火) 12:13 (UTC)
出典は元の文章記事の同段落の前文に書いてあったでしょ。このノートのすぐ上でも議論されてるでしょ。「凡此變數中函彼變數,則此為彼之函數。」 ちゃんと議論を把握してんの? 意訳であるというのは、言葉の意味を持たせようとして漢字を選んでいるのであり、発音だけで無意味な文字を選んでいるわけではないということだから。意訳とは、1859年のfunctionの意味を函数が正確に写しとっているという意味ではないから。「凡此變數中函彼變數,則此為彼之函數。」は、意味を持たせてこの字を選んでますよという言明なのだから意訳なんだよ。--会話) 2015年3月25日 (水) 03:17 (UTC)
oldid=54885950 の「表記の歴史」の第一段落には
日本語としての「関数」はもともと「函数」と書く。函数という語の初出といわれる『代微積拾級』(1859年) には「凡此變數中函彼變數則此為彼之函數」とあり、また変数に天、地などの文字を用いて「天 = 函(地)」という表記もある。「函」の字義はつつむ、つつみこむであるから、「天 = 函(地)」という表現は「天は地を函む」ようにみえ、従属変数(の表現)に独立変数が容れられているという意味である。関数をブラックボックスとして説明することがあるが、函数の字義と function の意味は関係がない。これは英語 function の中国における訳語である: 函数 (: hánshù) をそのまま輸入したものである。
(出典は外した)と書かれていましたがこれは「関数をブラックボックスとして」以降よくわからない文章になっているのでとりあえず意味の通じる文章に編集しました.
何がよくわからないか具体的に言うと,それまでに「函数」という表記の由来について書いているのに突然ブラックボックスという現代的な解釈がでてきて,その後「が、」でつないで「函数の字義と function の意味は関係がない」とある.一体どうして「が」でつないだのかわからない.しかもその後「これは…輸入したものである」とあるが,「これ」とは一体なんなのか.日本語の函数のつもりらしいが最後まで読まないとわからない.--新規作成会話) 2015年3月25日 (水) 01:54 (UTC)
函という字は箱・ボックスであり、ブラックボックスを連想させるから、ブラックボックスを意訳したものなのではないかというよくある誤解について「が」と言ってるんだけど。このノートの議論把握してます?--会話) 2015年3月25日 (水) 03:25 (UTC)
それなら「が」の後に続くのは「函(数)はブラックボックスを意図して訳したものではない」という内容でないとおかしいでしょう.というか,あなたもそのように編集されてるじゃないですか…….--新規作成会話) 2015年3月25日 (水) 04:47 (UTC)
あんた新規作成何言い出してんの?ブラックボックスを意図して訳したものとは限らないって内容に最初からなってるのに、トチ狂って読み間違えて編集合戦はじめたのはあんただろ?責任持って元に戻せよ。もちろん「そのように」編集してるよ。最初から、ブラックボックスを意図して訳したものとは限らないという編集をな。直さないならこちらで全部リバートするから。こちらは、読み間違えておかしな編集した人新規作成の、修正を待ってあげてる立場ですよ?読み間違えておかしな編集した責任とってくれ。--会話) 2015年3月25日 (水) 15:14 (UTC)
まあまあ落ち着いて.差分の見方って分かりますか?おかしな編集をしてるのはCalveroさんでしょう?私は読み間違えてないですよ.それと,編集合戦には(なりかけたけど)なってないと思いますよ.私としては編集合戦を避けるためにこの編集をしたつもりですが.(Calveroが意訳・音訳を消す→私が戻す→Calveroによって再び消される→とりあえずあの状態,という状況でした.)--新規作成会話) 2015年3月26日 (木) 02:32 (UTC)
読み間違えていますが?あなたがその編集でコメントアウトした部位は、コメントアウトした根拠として

(出典は外した)と書かれていましたがこれは「関数をブラックボックスとして」以降よくわからない文章になっているのでとりあえず意味の通じる文章に編集しました.

とありあえず意味が通じるってなんですかね?まるっと削除してますけど。そして、その解釈として

それなら「が」の後に続くのは「函(数)はブラックボックスを意図して訳したものではない」という内容でないとおかしいでしょう.というか,あなたもそのように編集されてるじゃないですか…….--新規作成会話) 2015年3月25日 (水) 04:47 (UTC)

と弁解している。読み間違えてますよね?私は最初からブラックボックスを意図して訳したものではない、ブラックボックスを意図したとは限らないと書いてるんだから。私が最初から書いてることを、弁解に入れてる。つまり、読んだ内容を理解せずに行動を起こしている。私はこの記事に手を入れる前に、ノートを見て成された議論や合意を確認しました。そこで行われた議論が記事に反映されていない部分があったため、反映させただけなんですが?文脈を読んで反映させたのに、文脈読まない人が破壊して回ってるんじゃあねぇ。原典まであたって調べて知識を持ち寄った過去の利用者たちが報われないね。大変な労力を費やして議論をした人たちに申し訳ないと思わないんでしょうか?私はその議論が反映されていない記事の状態を申し訳ないと思って反映させたんですけど。音訳であり意訳であるという事実を出典付きで皆で合意形成した。しかし記事をよく読めてない何者かがその記述を記事から取り去るという愚かな行為をしたようです。過去に誰がそれを行ったのか特定できませんでしたが、私はそれを戻しただけですよ?あなたも破壊するんですか?なぜ、出典付きの議論を記事に反映させる努力を破壊したいのかが理解できません。--会話) 2015年3月26日 (木) 14:18 (UTC)

────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────人の話聞いてますか?あなたの編集で正しいことは分かったうえで,あえて戻さずにあの状態にしたんです.別に「出典付きの議論を記事に反映させる努力を破壊したい」わけではありません.あなたがせっかちなだけです.私が「破壊」してからまだ(この文章の投稿時で)37時間と少ししか経ってないじゃないですか.私は相手(Calveroさん)の出方をもう少し待ってから「音訳・意訳」が反映されるように戻すつもりでした.「とりあえず」はその意味(しばらく待つ)を込めてつけたものです.--新規作成会話) 2015年3月26日 (木) 15:19 (UTC)

人の話を聞いているからこそ、「実はしばらくしてから戻すつもりでした」という今まで現れたことがない新説を今認識しました。Calveroの行動はあなたの行動には関係ないですね。あなたがしてしまった誤解を、あなたが償うだけです。パッと見で状況を把握する能力をお持ちではないことを自覚して編集作業に当たられたほうがいいと思いますよ。--会話) 2015年3月26日 (木) 15:32 (UTC)
もう一度言います,人の話聞いてますか?「とりあえず」からすべて察せとは言いませんが,勝手な思い込みで私が誤解したとか「パッと見で状況を把握する能力をお持ちではない」とか言わないでほしいですね.状況を把握する能力がないのはあなたの方ですよ.「関数をブラックボックスとして説明することがあるが、函数の字義と function の意味は関係がない。」では前後の文章が繋がっていないし後半が間違っているから消した.どこに誤解があるというのですか?むしろ誤解してたら消したりしないでしょう.(私がどのように誤解したとあなたが思っているのかわからないのですが.)なぜ後半を「ブラックボックスを意図して訳したものではない」と修正しなかったかというと,修正してもまたリバートされる可能性があったから.すべて上で説明してます.--新規作成会話) 2015年3月27日 (金) 04:16 (UTC)
完璧に聞いていますし理解していますよ?

「関数をブラックボックスとして説明することがあるが、函数の字義と function の意味は関係がない。」では前後の文章が繋がっていないし

前後の文章はつながっていますが?後半も間違っていませんが?後半が間違っているというあなたの思い込みには一切根拠が無いどころか、私は

私は最初からブラックボックスを意図して訳したものではない、ブラックボックスを意図したとは限らないと書いてるんだから。

と言っていますよ?また読み落としたんですか?そして

「関数をブラックボックスとして説明することがあるが、函数の字義と function の意味は関係がない。」

というのはノートで成された議論の状態を正確に反映するものですよ?「が」という日本語について何か大きな勘違いがあるんじゃないですか?もしかしてもしかしたら、勝手に「が」は逆接でなければならないとか思い始めたんですか?そのような見解は通常の日本語話者は持っておりませんので、日本語が得意な編集者に全面的に委ねるべきと思いますがいかがですか?あなたが行った編集合戦と、誤読による出典削除行為について、日本語の文法を根拠として、正当化していただけますか?行うべきことは、あなたが主張する「が」の用法のみが認められていて、その他には日本語として用法は存在せず、削除しなければならないものであると正当化することです。それが出来ないならばおかしな編集を行ったことについて弁明してください。行ったことに対する相応の責任を表明してください。過去の利用者たちが調べた出典を、誤読によりコメントアウト削除したことについて、調べた人たちの労に見合う責任をとってください。--会話) 2015年3月27日 (金) 06:04 (UTC)

ところで以下の様な言い訳をしていますが、反省がないようなので見逃すことなく厳しく指摘させていただきます。

(Calveroさん)の出方をもう少し待ってから「音訳・意訳」が反映されるように戻すつもりでした.

Wikipedia日本語版において、出典のある記述を「自分が編集したいから」という理由でコメントアウト削除できることを正当化する方針は存在しません。自分が編集するために一時的に中間の状態を保存したければ、自分でsandboxでも使ってやっててください。なぜ、あなたの個人的な編集方法によって内容が不正確な状態になることを、記事の読者が許容しなければならないんでしょうか?はっきりと言えば、最初にあなたがコメントアウトしたことが決定的な間違いであり、Calveroは一切関係がない。

明確に、もう一度言い直しておきましょうか。あなたはこのような言い逃れをしていますが、

私が「破壊」してからまだ(この文章の投稿時で)37時間と少ししか経ってないじゃないですか.

Wikipedia日本語版では、このような行為を例え1秒でも行うことは正当化出来ません。1秒ですら許され得ないものを、たった37時間でしょと。へぇ。--会話) 2015年3月27日 (金) 06:22 (UTC)

全然聞いてないし理解もしてないですね.話にならない.私は誤った内容を消したに過ぎないので(不十分な状態にはなったかもしれないが)不正確な状態にはなってない.まさか「函数の字義と function の意味は関係がない」と「ブラックボックスを意図して訳したものではない、ブラックボックスを意図したとは限らない」で同じ意味になるとでも思ってるんですか?--新規作成会話) 2015年3月27日 (金) 09:14 (UTC)

あれ?日本語として誤っているとあなたが主張したのだからあなたが証拠を出さなければならないんですが?証拠を出せずに他の内容を書いたということは出せないということですね?早く他の利用者が探しだした出典を削除した行為について謝罪してください。どれほどの期間と労力が出典探しに費やされたか理解できないんですか?不正確かつ決定的に誤った記事に変更したのはあなたです。なぜなら函数がfunctionの意訳また音訳または訳語であるとして、最初は出典がつけられていたのに、あなたの出典削除行為により出典なしで、訳語であるという記載になりました。これにより独自研究が記載されたことになります。何度でもいいますが、出典付きで記載されていた内容をコメントアウトする行為はいかなる方針によっても、ただの一瞬も正当化されえ得ません。

「函数の字義と function の意味は関係がない」と「ブラックボックスを意図して訳したものではない、ブラックボックスを意図したとは限らない」で同じ意味になるとでも思ってるんですか?

同じ意味になる訳ありませんが?「函数の字義と function の意味は関係がない」の方は、functionを中国語の文字に翻訳するにあたって漢字の字義にまで言及している詳細な表現です。「ブラックボックスを意図して訳したものではない、ブラックボックスを意図したとは限らない」は字義にまで言及していない、より簡潔な表現です。いずれかの表現が論理的に誤りだというなら論理式で証明を書いてください。論理学に疎いようであればそれ以上は求めませんが、私は証明可能であるなら極めて簡単に証明をかけると思いますがね?それとも証明ではなく印象・感想を書いてみたいのでしょうか?そういう方は数学・科学関連の記事を執筆することに対しては遠慮をするべきだと思いますね。なぜなら、たとえ専門知識がなくても出典を持ち寄って正確に編集するならばプロジェクトへの貢献になるわけですが、あなたの場合は証明不可能な感情的ロジックにより出典を削除することを良しとしている。これではプロジェクトにとってプラスになる要素が一つも有りません。あなたは出典を削除した行為について、その根拠は論理的誤りだと新たな言い訳を思いついた。であるならばその論理的誤りを論理式で数学的に証明してください。「誤っている気がする」という感想・印象は不要です。求められているのは「誤っている」という証明です。もう一度言いましょうか?あなたが行うのは

「函数の字義と function の意味は関係がない」と「ブラックボックスを意図して訳したものではない、ブラックボックスを意図したとは限らない」が同じ論理式であること

ではなく、

「函数の字義と function の意味は関係がない」

が誤っていることの証明を論理式で記述することです。--会話) 2015年3月27日 (金) 15:02 (UTC)

あなたが言ってることは支離滅裂でどこから指摘してよいのやら迷いますね.真面目に返答してるのが馬鹿らしくなってきました.私の編集のどこが

不正確かつ決定的に誤った記事に変更

だというのですか?「関数をブラックボックスとして説明することがあるが、函数の字義と function の意味は関係がない。」という部分を消したことによって誤った記事になるというのは理解できません.具体的にどの部分が「不正確かつ決定的に誤った記事」になったのか指摘してください.

函数がfunctionの意訳また音訳または訳語であるとして、最初は出典がつけられていたのに、あなたの出典削除行為により出典なしで、訳語であるという記載になりました。これにより独自研究が記載されたことになります。

面白いことを言いますね.どうしてそういうことになるのですか?意訳であるという出典は『代微積拾級』『数学用語の由来』『数学用語と記号ものがたり』ではないの?意訳の説明の部分は手を入れていないしもちろん出典も消してないですよ?「関数をブラックボックスとして説明することがあるが、函数の字義と function の意味は関係がない。」という部分(とその出典)を消しただけだから,他の部分が独自研究になるということはありえません.音訳なんて出典がないどころかそもそも音訳だと書かれてすらいないじゃないですか.(ピンインはついてましたが.)
「函数の字義と function の意味は関係がない」ことが誤りであることの証明.「functionの意味をもたせようと函の字を用いた」のだから函数の字義と function の意味は関係がある.証明終わり.これ以上の説明が必要ですか?そもそも「函数の字義と function の意味は関係がない」が正しいのだとしたらあなたのこの編集と要約欄のコメントは一体なんなんですか?--新規作成会話) 2015年3月28日 (土) 00:25 (UTC)

言い訳・感想文は不要です。あなたが行うのは論理式を用いた数学的証明です。集合を定義し論理式を用いて記号のみで証明してください。出来ないですよね?出来ないから逃げましたよね?このノートに音訳である出典が貼られていることは何度か紹介しましたが、記憶能力に問題ありますか?記憶能力に問題あるならメモとか取って整理してから発言してくださいますか?私はあなたの記憶管理をする仕事を引き受けていません。このノート程度の長さの文章を読むことが難しいなら、もっと日本語が得意な日本語話者に記事の編集をお任せしたほうがいいと思いますよ。音訳である出典を何故削除したのか。謝罪してください。出典を調べて記述を加えた利用者たちに対して。--会話) 2015年3月28日 (土) 17:16 (UTC)

:参考までに、「函数」が音訳であったと記述する書籍として以下を挙げておきます。

  • 数学セミナー編集部(編)『数学の言葉づかい100 数学地方のおもしろ方言』日本評論社、58頁(1999年):「我が国へは中国で音訳された函数が輸入され」
  • 志賀浩二『数学が生まれる物語/第4週 座標とグラフ』岩波書店、70頁(1992年):「函数という表記は,中国語でこの英語の発音に近いファンスゥをあてたものだといわれている.」
これらから、函数は音訳と記述することは問題ないかと思います。
余談ですが、correspondence書簡ではないでしょうか。--野良猫 2007年11月30日 (金) 17:33 (UTC)

このように、ノートでは音訳である出典が明示されており、この出典は本文に付けられていました。あなたの勘違いによって引き起こされた編集合戦に対して、何かコメントはないんですか?--

「functionの意味をもたせようと函の字を用いた」のだから函数の字義と function の意味は関係がある.

あなたには、科学的思考・論理的思考は向いてないですね。「持たせようとした」と「持った」は何も関係ありません。ボールを的に向かって投げても、的から外れることはよくあることです。つまり、狙ったことと命中することには関係がありません。狙ってなくても当たるかもしれません。論理式で書かなければごまかせると思いましたか?無理ですよ?このような区別がつかない方が数理・論理が関わる項目に手を入れるのは非常に危険なことだと思います。--会話) 2015年3月28日 (土) 17:28 (UTC) ちょっと専門的な表現になってしまって申し訳ないと思いますが、専門用語で言うと「持たせようとした」ことは「持っている」ことの必要条件でも十分条件でもないと言います。数理・論理が関わる項目には、このような考え方が必然的に求められているので、この機会にぜひ勉強されることをおすすめします。まぁ、専門用語と言っても高等学校の数学カリキュラムにあるものなので、身につけるのはそれほど難しくないと思いますよ。--会話) 2015年3月28日 (土) 17:34 (UTC)

たまたまウォッチリストに入っていたのでひとこと.(状況を完全に追いきれてない状態で)内容に口を突っ込むと話を余計こじらせそうな気がするので,文面についてだけコメントしますが, ૡ さんは煽り過ぎです.互いに落ち着いて,何を言っているのかの理解を目指し,殴り合いはやめてください.--あるうぃんす会話) 2015年3月29日 (日) 02:30 (UTC)
僕もあまり関係ないのですが、第三者としてひとことだけ・・・。 ૡ さんは挑発しすぎです。「あなたには、科学的思考・論理的思考は向いてないですね」だとか「このような区別がつかない方が数理・論理が関わる項目に手を入れるのは非常に危険なことだと思います」だとか「ちょっと専門的になってしまって申し訳ないですが・・・以下の文章」など、本来の議題にまったく関係がなく、ひどい挑発行為です。数学分野は専門ではないのでどちらが正しいとはいいませんが、これでは仮に ૡ さんが正しいことを言っていたとしても悪い印象を周囲に与えますよ。--ShuBraque会話) 2015年3月31日 (火) 16:12 (UTC)
【追記】Wikipedia:FAQ 投稿ブロック#他の利用者の誹謗中傷によれば根拠のない誹謗中傷はブロック対象になりますので議論の際にはお気をつけください。ちなみに ૡ さん「その論理的誤りを論理式で数学的に証明してください」と要求していますが、むしろこのことにこそ、この行為を正当化するwikipediaの方針はないと思います。編集の正しさを示すために数学的証明を示したウィキペディアンなんておそらく過去に一人もいないでしょう。示したとしても独自研究になってしまうのではないでしょうか。ですから、証明しろとか謝罪しろとかそんなものを求めるのではなくて、もっと当該ページの当該文章がどうあるべきかを話し合ってはいかがですか。どうぞ落ち着いて議論をしてください。--ShuBraque会話) 2015年3月31日 (火) 16:56 (UTC)
【さらに追記】Wikipedia:礼儀を忘れないWikipedia:礼儀を忘れない#例などもご参照ください。--ShuBraque会話) 2015年3月31日 (火) 18:06 (UTC)
返信が遅くなりましてすみません。126.100.252.219さんによる編集で、よい状態になっていると考えます。「音訳」について出典がノート内で提示されていたことは承知していますが、当時それを使って本文への反映が行われていなかったので、記述は無しとしたという判断を前回は尊重しました。また、以降の編集でも志賀らの出典が使われていたわけではなかったこともご確認ください(そういう状態を「出典がついている」とは普通言わないと思います)。「意訳」について、「凡此變數中函彼變數,則此為彼之函數」とは書き下すと「彼此2つの変数があって、此の変数中に彼の変数を函(ルビ:ふく)むとき、此は彼の函数という」(Jms 2007年11月26日 (月) 05:39 (UTC))とのことですので、「functionを意訳した」とは記述されていないことは明らかでしょう。出典が無いというのはそういうことです。つまり「意訳である」と書くのは編集者の独自研究であり、また事実として意訳であることは自明だともいいがたいと考えます。「意訳とは、1859年のfunctionの意味を函数が正確に写しとっているという意味ではないから。「凡此變數中函彼變數,則此為彼之函數。」は、意味を持たせてこの字を選んでますよという言明なのだから意訳なんだよ」とのことですが、その考えは「意訳」という語の意味を既に離れています。少なくとも私は、「functionの意味を函数が正確に写しとっているという意味ではない」ならば、それは意訳<原文の一語一語にとらわれず、全体の意味やニュアンスをくみとって翻訳すること>とはいわないと思います。--Calvero会話) 2015年4月4日 (土) 18:00 (UTC)
function が中国語「函数」に「翻訳」されたときの「翻訳」は普通の意味の翻訳ではなく,外国語に対応するもともと自国にない単語を新たに作り出すということであって,問題の「意訳」も,<原文の一語一語にとらわれず、全体の意味やニュアンスをくみとって翻訳すること>という意味で使っているのではなく(そもそも文章ではなく一単語ですし),「"意"味を持たせての翻"訳"(造語)である」と私は文脈から解釈しました.これは独自研究ではなくそういう意味で「意訳」という単語を使ったということであり,また上の方の議論でもそういう意味で使われていると思っています.そのような意味での「意訳」の使用が不適切だというのであれば,「意訳」を使わずに同等の内容を書く必要がありますが,今の記事の#表記の歴史第四段落がそれにあたるものになっているのだろうと思います.--新規作成会話) 2015年4月5日 (日) 02:33 (UTC)

「関数」曖昧さ回避ページの復活について

IPですが書き込みさせていただきます。私はコンピュータプログラムの「関数」を調べようと思っていたのですが、こちらの数学の「関数」の方にリダイレクトされてきました。以前は曖昧さ回避ページが存在いるようで、googleのキャッシュ[2]に残っていることから、現在議論されていることを含め何らかの理由でリダイレクトをしているのかと推測しておりますが、コンピュータプログラムの「関数」との曖昧さ回避は復活させていただきたく思います。 --220.109.157.36 2007年12月14日 (金) 15:12 (UTC)

どういう意図なのかは解りませんがこの編集によって「関数」が本項目へのリダイレクトに書き換えられたようです。とりあえず当該編集は取り消して記述を復帰させました。--野良猫 2007年12月14日 (金) 17:38 (UTC)

覚書

パンルヴェ方程式とアフィンワイル群の関係など斬新な研究で知られる野海正俊先生が書かれた

  • 『オイラーに学ぶ』日本評論社2007年12月15日初版第1刷 (ISBN:978-4-535-78488-8)

で函数が使われていました。最近の本でもまだ見られる例としてこちらに覚書として残します。--Yoshisasaki 2008年1月18日 (金) 03:40 (UTC)

山間部さんへ:「関数」と「写像」の違い

山間部さんに、関数と写像が違うことに、「誰?」が追記されましたが、

写像は、定義域上の各点は、値域上の点とただ1つだけしか対応しませんが、 関数は、定義域上の点が値域上の複数の点と対応しても構いません。 (例えば、『岩波 数学辞典』なり、解析学の本でもご覧下さい。) なので、関数と写像は違うものであり、区別して定義する必要があります。

こんなことは基本的なことですので、いきなり「誰?」とは書かずにちゃんと調べるようにしましょう。それからでも遅くないと思いますよ。 133.205.29.41 2009年9月29日 (火) 12:39 (UTC)

私も関数と写像は使い分ける人ですが、文献によっては同一の概念とすることもありますので、指摘しておきます。数学辞典や平凡社の世界大百科事典の「関数」の項でそのように書いてあります。平凡社の「写像」の項(別人の執筆)では「写像は関数の一般化」とありますが。 この機会に保護解除しましたので、IP さんも気が付いた点は直して頂ければ幸いです。--白駒 2009年10月5日 (月) 11:18 (UTC)
推敲ありがとうございます。ですが「単射でない写像」と「多価関数」との区別が以前の版に比べて非常にあいまいになってしまった印象がありますが、いかがでしょうか。:HATARK 2009年10月5日 (月) 14:40 (UTC)
うーん、誰しも自分の文章は明解と思ってしまう傾向はありますからね…。具体的にこう書いた方がよい、と文案を示して頂ければ検討しますし、私としてももう少し推敲してみます。失礼ながら、HATA A. K. さんの文章は意味の通らない部分が多いと感じて書き換えたものです(具体的な指摘が必要であれば致します)。元々必要な説明は本文中にありますから、冒頭では「語の意味するところには揺れがありますよ」ということが、多少あいまいでも伝わればよいと思っています。--白駒 2009年10月5日 (月) 18:24 (UTC)
現状の「ただひとつの対応関係」という表記だと「単射でない写像」が「多価関数」の一種だと誤解されてしまう可能性があるのではないかと思いました。私自身これらについては勘違いしてしまった苦い思い出がありますので。ただ、私はどちらかというと頭が鈍く勘違いしやすいタイプの人間ですので、問題ないと思われるようであればそれで結構だと思います。後学のために意味の通らないと思われた部分を指摘していだければ幸いです。文案を示すとしたらそれからです。:HATARK 2009年10月6日 (火) 05:03 (UTC)
さらに推敲しました。意味を取り違える、という批判がありましたので、くどいくらいになってしまいましたが、もっと簡潔な方がよい、という意見もあるかもしれません。「入力」とか「出力」のたとえは個人的にはあまり好きではないのですが、便利なので使わせて頂きます。なお、HATA A. K. さんの文章で気になった部分は以下の通りです。
  • 「数の集合に値をとる写像の一種」→ 「値をとる」は「一種」を修飾しているのでないと意味が通らないが、一読して「写像」を修飾しているようにも読める。
  • 「理解されるため」の後を受けるのは、意味としておそらく文末の「定義される。」だろうが、途中の「用いられ、」に続くものと読むのが文章として自然であり、そうすると意味が取れない。
  • 「(ただし重複してもよい)」→「単射でなくともよい」という意味だろう、とここの議論を始めてから推測できたが、最初は一読して全く意図が掴めなかった。何と何が重複してもよい、と言っているのか、全く明らかでない。
以上、分かっている私でも意味が取りにくかったのであり、初学者にはなおさらであろう、と思いました。--白駒 2009年10月11日 (日) 06:31 (UTC) 一部撤回(コメントアウト)。--白駒 2009年10月11日 (日) 06:50 (UTC)
ご指摘と推敲ありがとうございます。では以下私からのコメントです。ちなみになぜ「入出力」のたとえはあまり好きではないのでしょう? なにか明快な理由があるのでしょうか(といっても私自身好きというわけではありませんが)?
  • 「関数とは、その語感が示すように、出力値を数に限ったものであり、その意味では、関数とは写像の特殊な場合である」は余計に混乱。現代的な定義においては関数の値は別に数に限ったものではなく、くどいが関数と写像との区別が大切になるのは「多価関数は写像ではない」という部分のはず(広義の関数を語として用いるなら「関数は写像の特殊な場合である」ではなく「写像は関数の特殊な場合である」となる)。「その意味では」と続けてしまうと、関数と写像の区別が「数値であるかそうでないか」であるかのように受け取られてしまいかねない。数値に限るかどうかのみに説明をフォーカスしてしまってそこに写像との関係性を入れてしまうというのは不適切。また後ろに続く「しかし」は何を対比しているのか不明。
  • 「ただひとつ定まる」の部分が「単射に限る」と思えたりして混乱。
以上です。なお、「数の集合に値をとる写像の一種」の部分は私の文章ではなくもともとあった文章をそのまま利用したもので、私にはなぜ「「値をとる」は「一種」を修飾しているのでないと意味が通らない」のか理解できません。また、「数の集合に値をとる写像の一種」の文章を私が利用したにも関わらずなぜ上記のような批判を加えているのか文意をご理解ください。私が説明しようとしたのはあくまで「はじめは数のみの対応として考えられていた関数の定義が変わってきて(つまり多価関数が関数でなくなり、さらに数以外の入出力も許す形で)最終的に写像と同義語になってしまった」という文意です。だから「“現代的な”定義での関数は写像の同義語としても用いられ」ると指摘したのです。白駒さんは文献によってはとおっしゃっておられますが、おそらくこれは歴史的経緯によるものと推測しています。実際、現在では英語圏だと私の知る限り教養数学初頭レベル(日本でいえば高校数学程度)のテキストにおいてさえも関数(function)の定義は写像と同義になっていますし、Wikiの英語版のfunctionの定義もそうなっています。しかしおそらく日本ではおおむね「関数」の定義が昔のままになっているものの、英語のテキストや論文のfunctionは写像の意味として統一されてしまっているので、日本でも数学辞書や専門書などはそれに準じてきている、という感じではないかと思いますが、いずれにせよ写像との関連を歴史的経緯抜きに説明するのであれば「数に限るかどうか」は本質的ではないはずです。--HATARK 2009年10月11日 (日) 18:43 (UTC)
異議があるようですので、ひとまず加筆前の文章に戻しました。表現云々より前に、冒頭定義をどうするか、写像関数 (数学)の住み分けをどうするか、について議論する方が先であるように思いました。
写像と関数の違いについて、おそらく HATA A. K. さんは(IP さんも)多価性が重要とお考えのようです。一方、私の文や元の文では、像が数であることを冒頭定義に挙げています。これは、どちらが「正しい」とか「本質的」とかいうことではないように思います。歴史的な経緯や、英語・日本語での現状については、おおむね HATA A. K. さんのおっしゃる通りでしょう。しかし、多価関数を単に関数と呼ぶことは現代では少ないように思います。履歴を見ると、関数 (数学)写像に移動され、第2版で像が数である定義が書かれ、以降ずっとその状態です。これが妥当かどうかは議論すべきことではあるでしょう。
提案としまして、冒頭定義では、「写像と同義であるが、意味にはやや揺れがある」という意味のことを記し、別に節を立てて歴史を交えてやや詳しく説明する、ということではいかがでしょうか。
枝葉の部分についてお返事します。「なぜ『入出力』のたとえはあまり好きでないのか」→ 単なる個人的な感覚ですが、理由のひとつは初学者が正式な数学用語と誤解することがあるからです。「『ただひとつ定まる』の部分が『単射に限る』と思える」→ 関数や写像の説明としてよくある表現です。これが単射を意味していると見るのは考えすぎではないでしょうか。初学者が混乱しやすいのは確かですが、表現のせいばかりではないように思います。もちろん、他によい表現があれば、採用すればよいでしょう。「私の文章ではなく」→ HATA A. K. さんの表現ではないのに、批評するようなことを言いまして申し訳ありませんでした。ただ、加筆の際には全体として意味が通るように気を使う必要はあると思います。上記の HATA A. K. さんの御説明はよく分かるのですが、この版の第3文はやはり私には意図が取れません。よく読み直して頂けませんか。写像の一種であると理解されるため、…写像の同義語としても用いられ ?? --白駒 2009年10月12日 (月) 11:48 (UTC)
「これが単射を意味していると見るのは考えすぎではないでしょうか」とのことですが、少なくとも私は以前、そのような説明を教科書で読んで当初誤解してしまいました(絵があれば良かったのですが…。すぐ後に続く説明や演習問題ですぐそれが誤解であるとわかりましたが、Wikipediaのような辞書においては、さらに気を使うべきではないかと考えます)。また、「苦い経験がある」とここでも書いたように関数と写像の違いが「数値に限るかどうか」については数学的な議論を追う上でたいした障害にはなりませんが「多価関数」のような、つまりここでは「多価写像」とでもいうべきようなものを含めて想像してしまうと混乱や誤解を生じるというのが私の主張です。さらに写像において「単射でない写像」を誤解してしまって除外してしまうとこれも同様です。それらを「それは考えすぎ」「表現のせいばかりではない」という意見であれば先にも書きましたようにそれで結構です。私も時間を浪費したくはありません。白駒さんのほうが明快な文章を書く能力があるというのであればそうするのが良いでしょう。「全体として意味が通るように気を使う必要はあると思います」というのはまったく同意見で、念のため申し添えておきますが、私もそのつもりでしたが至らなかっただけです。ただ、私の観点からすると上記に書きましたように、白駒さんの文章も気を使っていないように「見える」というだけです。それから「よく読み直して頂けませんか」とのことなので、誤解なさられているようにも思えるので念を押しておきますが、私は自分の文章の意味が読み取れる文であると言ったつもりはありません。ただ、(議論を含めて)こちらの意図をくみ取っていただけているのなら、上記で指摘したような、かような文章は出てこないと思ったので、あらためてこちらの意図を説明しておきたかっただけです。「多価関数を単に関数と呼ぶことは現代では少ないように思います」とのことですが、「多価関数を関数(ここでの意味は写像)だと誤解するわけがない」という意味でおっしゃっておられるのであれば私は同意できません。が、くどいようですが「それは考えすぎ」「表現のせいばかりではない」という意見であればそれで結構です。私はこれ以上何も言いません。:HATARK 2009年10月12日 (月) 16:25 (UTC)

独立変数xと従属変数y

 独立変数x従属変数y の説明をしてから  変数 y を「x を独立変数とする関数」と説明すべきと思います。--Ace Scorp会話) 2012年5月4日 (金) 06:51 (UTC)