ノート:開高健

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・小説、エッセイ(ノンフィクション)に大別できる作家なので、区分けし、発表順に並べました。 ・初出年、刊行年は、「開高健全集」(新潮社)第22巻の「開高健年譜」を参考にしました。 ・前述を参考にし、主要・重要作品を追補しましたが、「南北アメリカ縦断記」は、上記年譜中に確認できなかったため、削除しました。

関連項目について[編集]

スタイルマニュアル (人物伝)によると、「関連項目」は「師弟、血縁関係や元同グループ所属の人物など」以外は、記載しないことになっています。本当に関係の深い人物なら文章で表現できるはずです。せめて、師弟関係があったのか、どのグループで一緒に活動していたかも記載してください。親睦や同僚というだけで記載しないでください。もし必要なら別の項目を用意するべきです。--123.218.9.20 2009年8月9日 (日) 14:53 (UTC)[返信]

記事の誤り?[編集]

1964年11月15日、朝日新聞社臨時特派員として戦時下のベトナムへ。サイゴンのマジェスティック・ホテルを拠点にベトナム共和国軍(南ベトナム軍)に従軍して最前線に出た際、反政府ゲリラの機銃掃射に遭うも生還。総勢200名のうち生き残ったのは17名であった。『輝ける闇』『夏の闇』『花終わる闇(未完)』の3部作はこの戦争での凄烈な体験をもとに書かれている。『週刊朝日』1964年1月1日号-3月5日号に「ベトナム戦記」を連載。3月『ベトナム戦記』刊行。

⇒1964年11月15日 ベトナムへ 1964年1月1日号-3月5日号に「ベトナム戦記」を連載? ・1964年は1月1日号でなく、1月3日号。表紙には、ベトナム戦争関連の新連載の案内なし。  https://publications.asahi.com/syukan/cover_gallery/s4.shtml

・1965年2月12日号の表紙に 「グラビア特集 ベトナム少年の処刑」https://publications.asahi.com/syukan/cover_gallery/s5.shtml  = ベトナム戦記 https://blog.goo.ne.jp/takitagoo/e/5eb79dd03646e716a818eb8c47a89d75

⇒×1964年1月1日号-3月5日号に 〇1965年1月1日号-3月5日号に ではないか。--T.tatara T.tatara--T.tatara会話2020年12月21日 (月) 07:28 (UTC)[返信]