ノート:聖女の魔力は万能です

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本項目の構成について[ソースを編集]

Wikipediaの品質基準と記事のサイズ
Wikipediaは質・量ともに史上最大の百科事典を創り上げることを目的とするプロジェクトです。編集者に資格を設けず誰でも編集可能とすることで、記事の量を増やしています。そして記事は公表済みの信頼できる二次資料を出典として提示し、出典内容の範囲内で書くことで記事の質を保っています。Wikipediaでは身元不明な匿名編集者の知識に頼って品質を上げるのではなく、Wikipedia外部の信頼できる二次資料に頼ることで「史上最大の品質」を担保しています。知る人ぞ知る情報は切り捨てる、という決断で品質の下限を保証しているのです。「知」の最先端を走るのではなく、世間への「知」の広がりを常に後から追いかけていくのが百科事典の役割です。
二次資料を出典として提示しながら記事を書くと、記事のサイズは二次資料の多寡で決まります。つまり記事対象が世の中で大きな関心を持たれていれば、それに比例して信頼できる情報源による二次資料が増えます。あまり興味を持たれていなければ二次資料は少なく、記事は小さくなります。二次資料の量で記事のサイズが決まるのは、アニメから政治経済・学術研究まであらゆる事象を解説する百科事典として合理的な統一基準です。専門分野の異なる編集者間でも、記事のサイズについて共通の判断を下すことが出来ます。例えば『聖女の魔力は万能です』と『資本主義』と『特殊相対性理論』の記事サイズの比率はどうあるべきか?を考える場合、各分野の編集者が「重要だと思う!」という感覚を主張するだけでは纏まりませんが、各主題に言及した信頼できる二次資料の量を基準とすれば統一した基準で判断できます。
本項目の二次資料
本作品に関する公表済みの信頼できる二次資料による情報は日販が運営するサイト「ほんのひきだし」における売上げランキングで13位になったというデータのみでした。内容は単純に順位のみで、本作品を指したコメントはありません。
ラノベニュースオンラインを出典とする記述に関しては、Wikipedia:削除依頼/日本国召喚 20170606において、「ラノベニュースオンラインは運営主体が個人なのか法人なのか不明なサイト」とのコメントが付いています。確かにそのとおりです。しかし、ランキング集計は書泉ブックタワー・TUTAYAがおこなっており、2年以上継続して書店へのランキング取材・出版社への重版情報取材をおこなっているという実績もあります。本記事で記述するのは作品内容の批評などではなく、たとえ一次資料であっても記載を認められるデータ情報であるので除去にまでは当たらないと考えます。
一次資料の不適切な使用
制作背景節に、「小説家になろう」での連載開始から書籍化までの経緯を記しています。「小説家になろう」で好評だったことを示そうとして、記録として残っていない過去のサイト内ランキングを作者の自己申告[1][2]を基に記述してしまいました。裏付けが取れない情報であり、一次資料の扱いとして不適切であったと反省しています。これは除去しておきます。
もちろん一次資料であっても、物語のあらすじは記事対象そのものの要約であることは自明ですので、あらすじ節限定で問題なく使用可能です。
本項目の構成
以上の検討より、本項目は「小さな記事」でなければなりません。本作品に関してWikipediaに書けるのは、二次資料のランキング情報を使って書籍発売直後の反響を説明する社会的評価節。あらすじ節は内容に疑義がありますがとりあえず現状維持。製作背景説は不適切に使用された一次資料を除去して掲載。そして導入文・脚注節・既刊一覧節・外部リンク節となります。以前、登場人物節・用語節・製作背景節に二次資料を求めるテンプレートを付加しましたが、二次資料が無いのを調べた上でテンプレートを掲げるのは意地悪だったかもしれません。今回は除去しておきます。
この構成とすると、作品内容の説明は大幅に減ります。しかし、それで良いのです。プロジェクト:フィクション/登場人物と設定の記述#作品記事内ではより簡潔にでは「作品記事での主題は物語の世界ではなく、現実に公刊された作品です。必要とされるのは制作背景や現実社会での動き、分析、評価を含めた総合的な解説であり、作品内容に関しては主題の理解を助けるために必要な情報を簡潔にまとめることが求められます」と書かれています。主題として書くべき二次資料が、発売直後のライトノベルランキングで13位となった、しかない本項目においては物語世界の説明も主題の分量に合わせて簡素に書かなければバランスが取れません。繰り返しますが、百科事典の作品記事は物語内容の要約が主目的ではありません。その物語りがどのような経緯で制作され・世間でどのように評価されたのかを解説するのが主目的です。その解説の補助として内容の説明があります。(蛇足ですが、なぜ世間で評判となったのかを説明するためならば推理小説のトリックや真犯人を隠さずにあらすじに書くことも認められています)
他のライトノベル記事への影響
IPユーザーさんが私の編集を差し戻す際の要約欄に「「恋の夜行列車」さん、あなたの言いたいことは解りますが、そこまで求めていたら、有名作品以外は大量に情報を削除しなければならなくなります。」と記しています。なぜ「削除しなければならなくなります」と簡単に断言できるのか不思議です。Wikipediaの記事に出典として二次資料が提示されていないことと、調査しても二次資料が見つからないことは全く別です。充分な調査もせずに十把一絡げに断言してしまう雑な言説には賛同できません。
私は本作品の二次資料を3月から6月までかけて調査し、前述の通りランキングしか情報がないことを確信してから記事の改善に着手しました。私が他の作品記事を大幅に除去するとしても、各作品を一つずつ調査してからにします。確信が持てるまでは調査の過程で見つけた二次資料を使った部分的な加筆・修正にとどめます。--恋の夜行列車会話) 2017年7月4日 (火) 14:47 (UTC)


「信頼できる二次資料の無い記述は削除せよ」というのは、無理があります。
「恋の夜行列車」さん、「Wikipediaの記事は、外部の信頼できる二次資料に頼って書くべきだ」という、あなたの主張に一理あることは、私も認めます。
しかし実際問題として、あなたの主張する通りにしていたら、「あらすじ以外のほぼすべてを削除しなければならない作品が、多数派になってしまう」のです。少なくとも、その可能性が高いのです。
なせか? この世に「物語」と名の付くものは、それこそ無数に、数え切れないほど存在します。つまり、少数の有名な作品を除いて、物語については「外部の信頼できる二次資料」というものは、「無いことの方が多い」のです。
だから、「外部の信頼できる二次資料の無い記述は削除せよ」というのは、実際には無理があるのです。現実的とは思えないのです。
この作品の場合、現在の記述でも、「作品の内容を正しく理解するための、必要な最低限度に近い」と、私は考えております。
それともう一つ。「実際に作品を読んでみれば、解ること」でも、「信頼できる二次資料の無いこと」は、書いてはいけないのですか?――にしなさとる—以上の署名の無いコメントは、106.154.116.242ノート)さんが 2017年7月5日 (水) 14:20 (UTC) に投稿したものです(恋の夜行列車会話)による付記)。
署名について
ノートページにコメントする際は署名をお願いします。
また、Wikipedia:署名#署名の方法には「ログインなしの場合には、利用者名の部分はIPアドレスでの表示となりますが、その性質上、表示されたものが同一であってもそれが常に同一人物によるものとは限らないことになります」とあります(例えば学校や公共図書館の共用インターネットアクセスサービス等)。ましてやIPアドレスが異なれば同一人物であるとする証明する手段が全く無いのが現在のインターネットの仕組みです。記事本文の編集ではあまり問題となりませんが、ノートページで議論する場合は同一人物の発言であるという保証がないのは困ります。なりすましを防ぐためにもログインをお願いします。
あなたの主張
個人の主張ではありません。Wikipediaの方針を分かり易く解説しました。一利用者の解説では信用できない、ということであれば方針文書群をお読み下さい。ここから読み始めることをお薦めしておきます。
一理ある
Wikipediaの方針の位置づけは「多くの利用者に支持されており、すべての利用者が従うべきものと考えられている基準です」とされています。「一理ある」のように多様性を認めるものではありません。
物語については「外部の信頼できる二次資料」というものは、「無いことの方が多い」のです
Wikipediaは古今東西森羅万象を収録するプロジェクトではありません。質・量ともに史上最大の百科事典を創り上げることを目的としていますが、収録基準はあります。Wikipedia:独立記事作成の目安は「ウィキペディアに記事を作成する場合、取り扱う対象には、百科事典の記事として言及するにふさわしい価値が必要です。」という言明から始まります。「ふさわしい価値」については内部リンクを読んでもらうのが正確ですが、大雑把に言えば「外部の信頼できる二次資料」の有無です。
明治時代に出版された書籍について考えてみましょう。大半の書籍は二次資料が無いどころかタイトルさえも伝わっていません。現代に残されているのは当時の有名作品だけです。現在出版されている書籍で100年後にも読めるのは極少数の有名作品だけでしょう。既存の百科事典が収録してきたのはそういった極少数の作品だけです。それに比べると二次資料があればOK(大意)というのは随分と緩い立項基準です。とは言え、物語・書籍に限らずあらゆる事象において「外部の信頼できる二次資料」というものは、「無いことの方が多い」のです。しかしながら、それは質・量ともに史上最大の百科事典を創り上げる上で支障になりません。「独立記事作成の目安」に合致しないものは百科事典の項目として収録しないことにしているのです。
二次資料があればOK(大意)という立項基準さえ満たしてしまえば、あとはどれだけ詳しく書いても良いというものではありません。ぎりぎり基準をクリアした事象と世間で広く言及されて大量の二次資料がある事象では、どちらを詳しく書くべきかは自明ですね。ですので「記事には、信頼できる情報源が公表・出版している内容だけを書くべきです」と方針で定めているのです。
それともう一つ
2017年7月4日 (火) 14:47 (UTC)のコメントで説明済みです。より正確なところを知りたければ方針文書群をお読み下さい。--恋の夜行列車会話) 2017年7月7日 (金) 06:41 (UTC)
提案合理的な期間〔通常は168時間程度(約7日間=約1週間)が妥当でしょう〕内に異論がなければ、提案がそのまま決定事項となります」とされた期間が経過しても新たなコメントはないようです。Wikipediaには信頼できる二次資料が無い事象は収録しない、そして二次資料の量に応じて記事のサイズが決まる、ということで御理解頂けたものと思います。上記の#本項目の構成での提案に準拠して記事の編集をおこないます。
ご異論のある方は「方針/ガイドライン/プロジェクト:ライトノベルでは~となっている」のようにWikipediaのルールを根拠として下さい。「私は~と思う」のように個人の想いを根拠としてもWikipediaのルールを無効化することは出来ません。--恋の夜行列車会話) 2017年7月14日 (金) 07:09 (UTC)


異論は大いに有りますよ。
残念ながら、異論は大いに有ります。言っても無駄だと思って、書かなかっただけです。
以前も書いたとおり、私は、この作品については、現在の記述が、最低限ぎりぎりだと思っております。これ以上説明を減らすと、作品内容を正しく理解できなくなる。――にしなさとる—以上の署名の無いコメントは、106.154.102.204ノート)さんが 2017年7月15日 (土) 09:22‎ (UTC) に投稿したものです(恋の夜行列車会話)による付記)。
注意IP:106.154.102.204ノート / 履歴さんにはきちんと理解して頂いているようですが、Wikipediaの合意形成において「私は、この作品について~だと思っております。」といったルールを根拠としない主張は「言っても無駄」です。充分な時間を取り、有効な反対意見無しという消極的な合意が形成されたので、#本項目の構成での提案に準拠して記事の編集をおこないます。
記事の編集結果に御不満があっても単純な差し戻しはなさらないよう注意喚起しておきます。消極的な合意成立とはいえ、合意を無視した差し戻しは投稿ブロックされることもあります。合意が成立していないので記事編集はルール違反である、とお考えであればwikipedia:コメント依頼で他の方の御意見を伺うのが良いでしょう。--恋の夜行列車会話) 2017年7月21日 (金) 08:07 (UTC)
記事編集が差し戻されましたので第三者のコメント依頼をおこないます。--恋の夜行列車会話) 2017年7月24日 (月) 11:43 (UTC)
コメント 「登場人物」節が冗長に見えることは確かですが、プロジェクト:ライトノベル#記事の書き方にも「あらすじ」節と「登場人物」節は書くフォーマットになっているのです。「あらすじ」節と同様に、一次資料である小説そのものを出典として書くことは許容されると思います。ただし今のままでは、一次資料である小説に記された内容なのか、執筆した編集者の憶測なのか、本記事だけを読んでも判りません。プロジェクト:フィクション#一次情報の扱いに従い、一文毎に第何話(出来れば第何段落まで)で描写されたものかを出典として付けてください。これは「あらすじ」節も同じです。また「用語」節は今の形では不要でしょう。そもそもプロジェクト:ライトノベル#記事の書き方には「用語」節などありません。本記事の「あらすじ」節及び「登場人物」節に出現した語句に解説が必要ならば、注釈としてrefを付けてください。この時その「用語」自体にも出典が必要ですが、{{Refnest}}を使って二重注釈にすることが出来ます。--mit freundlichem Gruß LudwigSKDiskussion/Beiträge) 2017年7月26日 (水) 08:42 (UTC)
「出典」を付けておきました。
「登場人物」欄と「用語」欄に、「小説の中で、それが書かれている箇所」を、出典として付けておきました。
 なお、私は、少なくともこの項目には、「書籍版&WEB小説版に、明確に記載されていること」しか書いていません。――にしなさとる 2017年7月26日 (水)——以上の署名の無いコメントは、106.154.110.110ノート/Whois IPv4IPv6)さんが 2017年7月26日 (水) 11:00 UTC に投稿したものです(伊佐坂安物会話) 2017年8月11日 (金) 02:49 (UTC)による付記)。

コメント こんにちは。Moon.riseと申します。Wikipedia:コメント依頼からで立ち寄らせていただきました。 「二次資料はないが一次資料のある記述」の扱いについての議論と受け止めて、コメントを書かせていただきます。 (なお、削除依頼見送りということから、特筆性については現時点では問題ないとみなして、以下を書かせていただきます)

Wikipedia:信頼できる情報源には、「ウィキペディアの記事で一次資料を使ってよいのは、信頼できる出版元から公刊されている場合だけです」と書かれています。 つまり、条件を満たすのであれば一次資料を信頼できる情報源として使ってよいということは明確です。 『聖女の魔力は万能です』がKADOKAWAが出版元のカドカワBOOKSの書籍ですから、これには何も問題ないでしょう。

恋の夜行列車さんが「Wikipediaには信頼できる二次資料が無い事象は収録しない」「二次資料の量に応じて記事のサイズが決まる」というご主張をされていますが、これはどちらもWikipediaの方針・ガイドラインには合致しないご主張だと思います。

特に、恋の夜行列車さんの「二次資料の量に応じて記事のサイズが決まる」というご主張には、私は明確に反対いたします。 例えば漫画になりますが、鉄腕アトムが約9万バイト、ちびまる子ちゃんちびまる子ちゃんの登場人物が約35万バイトです。 これを見て「ちびまる子ちゃんは鉄腕アトムの約4倍の二次資料があるのだろう」と思ったり、「鉄腕アトムの二次資料の質・量から考えて、ちびまる子ちゃんの記事を○○万バイト以下に削除するべきだ」と思ったり、するものでしょうか? Wikipedia日本語版にそのようなルールはありません。

具体的な記事内容の削除・復帰について見てみます。 「登場人物」の節、「用語」の節について削除・復帰があるようです[3][4]。 これはどちらの節も、削除の必要はなく、あった方が記事として価値があると思います。 すでにLudwigSKさんが言及されていますが、プロジェクト:ライトノベルでも「登場人物」の節は取り上げられています。 「用語」の節については、記事内容を理解しやすくするため、現在程度の分量はあってよいものだと思います。 例えば他のライトノベルでは、スレイヤーズでサブ節が、魔術士オーフェンで節が置かれています。 結論として、IP:106.154.110.110さんによる現在の版を支持いたします。--Moon.rise会話) 2017年7月26日 (水) 18:57 (UTC)修正--Moon.rise会話) 2017年7月26日 (水) 19:09 (UTC)

コメント 方針であるWP:PSTSでは一次資料の「取り扱いは注意深くする必要があ」り、「項目全体を一次資料に依拠してはいけません。一次資料のみに依拠した大きな段落を作る場合にも慎重になってください。」と書かれていることから、一般的に一次資料を使うことはなるべく避け、二次資料に依拠した方が良いことは確かかと思います。一方で、WP:PSTSでは小説のあらすじについては、「小説の文章を出典とすることは可能」とあり、その補足とされる(Wikipedia:あらすじの書き方#登場人物節との関係参照)登場人物節についても一次資料の使用は可能だと思います。

しかし、Wikipedia:あらすじの書き方#登場人物節との関係にもあるように登場人物節はあくまであらすじの補足なのですから、あらすじで十分説明できるのであれば、あえて設ける必要はないでしょう。例えば、良質な記事の『星織ユメミライ』では登場人物節を設けていません(プロジェクト‐ノート:美少女ゲーム系#良質な記事へ向けた予備選考も参照)。登場人物節を設けるにしても、あらすじの補足以上の内容を盛り込むのは、WP:IINFO雑多な内容の箇条書きWikipedia:スタイルマニュアル (フィクション関連)に反するのではないかと思います。用語節もあらすじの補足であるべき、というのは同じだと考えられます。

「登場人物」の節についてはすべてをあらすじに組み込むのは難しいのであった方がよいかとは思いますが、少なくとも現在の版以上の分量は必要ないかと。。一方で、「用語」の節についてはプロジェクト:ライトノベルの書式にもないこと、また、あらすじの補足であるべきという点からしても過剰ですし、現状、あらすじの中で説明されている分量で十分だと思います。用語節については除去でよいのではないでしょうか。--伊佐坂安物会話) 2017年7月29日 (土) 05:27 (UTC)修正--伊佐坂安物会話) 2017年7月29日 (土) 05:28 (UTC)

コメントを受けて[ソースを編集]

コメント依頼から一週間で三名の方からご意見を頂きました。皆さんが登場人物節を認めるとのご意見でした。Moon.riseさんは用語節の記述も認めるとのことでした。

私が提起していたのは、節を設ける/設けないという話ではありません。各節の記述の分量、特に『作品記事の主題』と『補足である作品内容紹介』のバランス(=本項目の構成)についてです。

ガイドラインであるプロジェクト:フィクション/登場人物と設定の記述#作品記事内ではより簡潔にでは「作品記事での主題は物語の世界ではなく、現実に公刊された作品です。必要とされるのは制作背景や現実社会での動き、分析、評価を含めた総合的な解説であり、作品内容に関しては主題の理解を助けるために必要な情報を簡潔にまとめることが求められます」と書かれています。

本項目では製作背景・社会的評価節が記事の柱となります。解説の補足であるあらすじ・登場人物・用語節の分量が、主題に対して多すぎると考えて6月18日に「より簡潔に」書き直したところ、IP:106.154.111.165ノート / 履歴さん他に差戻しを受けました。「説明は、どうしても必要」・「あらすじに書かれた程度で作品理解には充分」といった主観に基づく編集では折り合いがつかないと考え、客観的基準としてWikipediaで広く認められている二次資料の有無を基準とする提案に切り換えました。(本作品は二次資料が極端に少ないため記述分量がゼロになってしまいましたが)

私は二次資料を基準にする方法しか思いつきませんでしたが、作品記事の主題と作品内容紹介のバランスを取る客観的基準を提案して頂けないでしょうか?

ちなみにコメント依頼開始時点の版では、作中で個人名を付けられた全てのキャラクターがリストアップされています。あらすじ節と同様に作品そのものを出典として認めると、些細な脇役であっても登場人物節から除くことは出来なくなります。また記述量も制限されません。例えば当ノートでコメントされているIP:106.154.116.242ノート / 履歴さんも編集されている銀河連合日本のようにあらすじ節が51kバイト、登場人物節で10kバイト、用語節17kバイト、メカニック節11kバイトと膨れ上がっても咎める術がありません。(節の名称は特に気にしていません。主題と内容紹介のバランスが取れれば名称は任意でよいと考えています) --恋の夜行列車会話) 2017年7月31日 (月) 09:53 (UTC)

こんにちは。Moon.riseと申します。恋の夜行列車さんの方針・ガイドラインのご理解に、いくつか誤解があるのではないでしょうか。
  • あらすじ節と同様に作品そのものを出典として認めると、些細な脇役であっても登場人物節から除くことは出来なくなります
そんなことはありません。Wikipedia:検証可能性には、「記事に新しい内容を加筆するときは、信頼できる情報源―出典(参考文献)―を明らかにすべきです。出典が明示されていない編集は、誰でも取り除くことができます」と書かれています。これをよく読んでください。これを逆にして「出典が明示されている編集は、誰も取り除くことができません」などと解釈することは誤りです。「出典がなければ除去」「出典があれば記載」というような、二者択一にはなりません。例えばWikipedia:ウィキペディアは何ではないかには、「この方針を満たせば何でもウィキペディアに記載してよいわけではありません」と書かれています。
  • 本項目では製作背景・社会的評価節が記事の柱
  • 解説の補足であるあらすじ・登場人物・用語節の分量が、主題に対して多すぎる
まず、「主題」が何を指すのかということです。作品記事内ではより簡潔にから引いた「作品記事での主題は物語の世界ではなく、現実に公刊された作品です」でよいでしょう。つまり、「主題=現実に公刊された作品」であり、「作品内容に関しては主題(=現実に公刊された作品)の理解を助けるために必要な情報を簡潔にまとめることが求められます」というのが、作品記事内ではより簡潔にで書かれていることです。恋の夜行列車さんは「本項目では製作背景・社会的評価節が記事の柱」と表現されましたが、それは柱のひとつであり、同じように述べるなら「あらすじ・登場人物・用語節も記事の柱のひとつ」になります。
恋の夜行列車さんは「より簡潔に書き直した」「本作品は二次資料が極端に少ないため記述分量がゼロになってしまいましたが」とされていますが、行なわれたことは登場人物・用語節の白紙化です[5]。「どうして白紙化したのか」というご理由が「分量が多すぎたから」というのは、私は理解に苦しみます。分量が多すぎると考えてゼロにした、というのは極端すぎる話です(白紙化は場合によっては荒らしとも見られかねません)。
ガイドラインであるプロジェクト:フィクション/登場人物と設定の記述には、冒頭に「この文書の要旨: 架空の事物の記述は主題に合わせて行い、記事の分割を前提とするような過剰な加筆は行わない」と書かれています。(要旨がすべてを説明しているとはいいませんが)記事の分割を前提とするような過剰な加筆であれば、その時には、登場人物と設定の記述として問題があるということです。
  • 作品記事の主題と作品内容紹介のバランスを取る客観的基準を提案して頂けないでしょうか?
すぐ上で書きましたが、プロジェクト:フィクション/登場人物と設定の記述にある「 架空の事物の記述は主題(=現実に公刊された作品)に合わせて行い、記事の分割を前提とするような過剰な加筆は行わない」ということを、ひとつご提案として挙げてみます。
  • 当ノートでコメントされているIP:106.154.116.242ノート / 履歴さんも編集されている銀河連合日本のようにあらすじ節が51kバイト(以下略)
余談になります。銀河連合日本および、ノートでの議論からリンクされた蜘蛛ですが、なにか?を見て参りましたが、これらは私の感覚からすると「 架空の事物の記述は主題に合わせて行い、記事の分割を前提とするような過剰な加筆は行わない」に抵触しており、問題がある状況に見えます。--Moon.rise会話) 2017年8月1日 (火) 10:24 (UTC)
こうなったら言わせてもらいますが
揚げ足を取る用で恐縮ですが、「恋の夜行列車」さんの言う、「コメント依頼開始時点の版では、作中で個人名を付けられた全てのキャラクターがリストアップされている」というのは、明らかに間違っています。嘘だと思うのなら、Web版の「舞台裏01 聖女召喚の儀」の回を、読んでみてください。
それに、こうなったら言わせてもらいますが、「恋の夜行列車」さんの「投稿記録」を見てみると、「まるで、この項目を目の敵にしている」みたいです。少なくとも、そう邪推されても文句が言えないと思います。もし仮にそうなら、そういう人には何を言っても無駄です。――にしなさとる 2017年8月3日 (木)—以上の署名の無いコメントは、106.154.105.25ノート)さんが 2017年8月3日 (木) 10:34‎(UTC) に投稿したものです(--Moon.rise会話) 2017年8月3日 (木) 17:05 (UTC)による付記)。
追伸
もう一つ言っておきますと、「銀河連合日本」のストーリー節があれだけ長いのは、単純な理由です。ストーリーが非常に複雑で、一通り説明するだけでもあれだけ長くなってしまうから。ほかに理由などありません。――にしなさとる 2017年8月3日 (木)—以上の署名の無いコメントは、106.154.105.25ノート)さんが 2017年8月3日 (木) 12:20‎(UTC) に投稿したものです(--Moon.rise会話) 2017年8月3日 (木) 17:05 (UTC)による付記)。
返信 Moon.riseです。IP:106.154.105.25さん(以下、にしなさとるさん)へ。「邪推されても文句が言えない」「何を言っても無駄」というご発言は、看過できません。「個人攻撃は絶対に行ってはなりません」というのは、Wikipediaの明確な方針です。すべての利用者が従うべきものです。これ以上繰り返すことのないようにお願いいたします。「投稿ブロック理由」となることも、明確に申し上げておきます。
銀河連合日本のことは、このノートページでどれだけ議論として続けるのがよいかは分かりませんが。にしなさとるさんのご理由が「ストーリーが非常に複雑」なので長くなるということでしたら、それはガイドラインである「あらすじの書き方」をご確認いただくべきだと思います。
「物語のなかのあらゆる事物や出来事をすべて収録しようとすることは、ウィキペディアの目的ではありません。ウィキペディアにおける作品記事の目的は、物語の内容を網羅することではなく、その作品をわかりやすく解説し、それが現実社会のなかでどのように位置づけられる作品かを伝えることにあります」--Moon.rise会話) 2017年8月3日 (木) 17:20 (UTC)
ご指摘ありがとうございます。
「Moon.rise」さんへ、ご指摘ありがとうございます。以後自重いたします。
 なお、「銀河連合日本」の場合は、「あらすじの書き方」の中の、「非常に長い作品の場合」に当てはまるようです。――にしなさとる。——以上の署名の無いコメントは、106.154.104.185ノート/Whois IPv4IPv6)さんが 2017年8月3日 (木) 18:21‎ UTC に投稿したものです(伊佐坂安物会話) 2017年8月11日 (金) 02:49 (UTC)による付記)。
返信 Moon.riseです。ご理解感謝いたします。「あらすじの書き方」の、非常に長い作品の場合についてですが、「何十巻も刊行されている大河小説のような非常に長い作品の場合」ということです。銀河連合日本ではこれには該当しないと思います。長編小説の記事例として失われた時を求めてを挙げてみますが(長さはフランス語の原文にして3,000ページ以上とか)、この記事のあらすじは簡潔にまとめる努力がなされていると思います。--Moon.rise会話) 2017年8月3日 (木) 19:10 (UTC)

用語節に関する合意形成[ソースを編集]

百科事典であるWikipediaの項目は様々な分野を扱うため、ルールである方針・ガイドラインには全てのケースを想定した細則を列記できません。個別の項目に合わせたルールの適用はノートページで編集者が意見を出し合い合意形成するのがWikipedia特有のやり方だと思います。私は本項目全体の記述分量バランスに関する意見が欲しかったのですが、可能な部分から合意形成を進められればと思います。

3名の方からコメントを頂いていますが、用語節に関しては2名が不要、1名が現状でOKと意見が割れています。この節に関して再度意見を出して頂き、合意を形成できないでしょうか?--恋の夜行列車会話) 2017年8月7日 (月) 08:51 (UTC)

利用者:LudwigSKさんは『「用語」節は今の形では不要でしょう。そもそもプロジェクト:ライトノベル#記事の書き方には「用語」節などありません。』、利用者:伊佐坂安物さんは『「用語」の節についてはプロジェクト:ライトノベルの書式にもないこと、また、あらすじの補足であるべきという点からしても過剰』と用語節不要と考えるお二方はプロジェクト:ライトノベル#記事の書き方に無いことを根拠の一つとされています。しかしプロジェクト:ライトノベル#冒頭の箇条書き第1項には「あらすじや登場人物などの節はなくともよいが、ここは必ず書くことが望まれる。」とあり、冒頭文は必須であるが他の節は任意であることが示されています。プロジェクト:ライトノベルに例示されているから書くべきだ、無いから節も要らない、というのは根拠として弱いのではないでしょうか?
一方、利用者:Moon.riseさんは『「用語」の節については、記事内容を理解しやすくするため、現在程度の分量はあってよいものだと思います。』とだけ書いており、Wikipediaのルールに基づいた根拠の提示がありません。「思います」という個人の感覚ではなく、経歴・履歴の異なる編集者間でも共有できるルールの提示をお願いします。--恋の夜行列車会話) 2017年8月7日 (月) 08:51 (UTC)
    • 除去に賛成です。理由はすでに述べた通り。もちろんプロジェクトの書式に従わず用語節を設ける合理的な理由があれば設置することもありえるとは思いますが、この記事に関しては特にそういう理由はなく、WP:IINFO抵触かと思います。あらすじ理解に必要な用語(例えば、「聖女召喚の儀」)はあらすじのなかで説明すれば十分ですし、「鑑定魔法」のような作品理解に資さない些末な用語はそもそも書く必要がないかと。--伊佐坂安物会話) 2017年8月8日 (火) 05:05 (UTC)
  • 提案から10日間経過していますが、お盆休みの時期なのでもう少し御意見をお待ちします。前回コメントを頂いた利用者:LudwigSKさん、利用者:Moon.riseさんより合意形成に向けたコメントを頂けるとありがたいです。--恋の夜行列車会話) 2017年8月17日 (木) 10:06 (UTC)
    • コメント こんにちは。Moon.riseと申します。結論を先に述べますと、合意形成を優先するために、用語節について「現在程度の分量はあってよいものだと思います」という主張を取り下げ、伊佐坂安物さんのご主張に足並みを合わせます。すでに、にしなさとるさんの編集がWikipedia:Three-revert ruleに違反しているように見受けられます。用語節と登場人物節について、ノートページでの議論に参加いただくべきであり、参加されずに編集合戦をされるのであれば、何か対応をすることも考えなければなりません。--Moon.rise会話) 2017年8月18日 (金) 00:34 (UTC)


「用語」節の必要な部分。
「用語」節は、元々、あらすじを読んだだけでは解らない部分を説明するために、設けたものです。
この節の記述の中で、説明する必要がある部分はどこなのか、それを以下に述べます。
「瘴気」については、「瘴気が濃いほど発生する魔物も強くなるが、魔物を倒せば周辺の瘴気は薄くなり、それゆえ魔物を倒し続ければ、周囲への害は防げる」という設定を、説明する必要があります。
「聖女」については、「ただそこにいるだけでも、周辺の瘴気を浄化するとされる」という設定を、説明する必要があります。
「聖女召喚の儀」については、「魔法としての難易度も非常に高く、必要な魔道師やアイテムも多く、通常なら行うこと自体困難、かつ割に合わない代物」という設定を、説明する必要があります。
「聖属性魔法」については、「セイは当初から、この魔法のスキルを「無限大」のレベルで保持していた」という設定を、説明する必要があります。
「魔法付与」については、あらすじではそれがどんなものか説明されていないため、説明する必要があります。
「鑑定魔法」については、「ファンタジー小説の定番であるこの魔法が、この作品の世界では、使える者が極端に少ない」。この設定を説明しておく必要があるのです。――にしなさとる 2017年8月18日 (金) 05:15 (UTC)—以上の署名の無いコメントは、106.154.101.54ノート)さんが 2017年8月18日 (金) 05:15 (UTC) に投稿したものです(恋の夜行列車会話)による付記)。
上記の説明により「用語節存続」に意見の変わった方はおられますでしょうか。--恋の夜行列車会話) 2017年8月18日 (金) 09:29 (UTC)


提案 当初は反対されていた利用者:Moon.riseさんの同意コメントにより登録利用者の合意が得られたので「用語説を除去」とします。除去理由は利用者:伊佐坂安物さんが提示された「Wikipedia:ウィキペディアは何ではないか#ウィキペディアは情報を無差別に収集する場ではありませんに抵触」です。

提案者による除去編集ではなく、他の方に除去して頂いた方が合意による編集であることを明確に出来てよいのではないかと思います。数日待ってどなたも手を出さなければ私がやります。また、本記事では6月以降、登録利用者による編集はIP利用者により差し戻されています。今回も差し戻しがあった場合は「ノートでの合意事項を無視した強行編集」との理由でWikipedia:管理者伝言板/投稿ブロックへの報告あるいは半保護を依頼するのが適切でしょう。--恋の夜行列車会話) 2017年8月21日 (月) 09:53 (UTC)


Moon.riseさんに怒られるかもしれませんが……。
こんなことを書くと、またMoon.riseさんに怒られるかもしれませんが……。
「恋の夜行列車」さん、あなたはなぜ、そんなにも執拗に、この項目を潰したがるのです?
あなたの投稿記録を見ると、そうとしか思えません。なぜ、そんなにも意固地になるのですか?
そんな意図は無いとしたら、他の項目にはまったく投稿せず、この「聖女の魔力は万能です」のみに投稿するのはなぜなのです?
他の項目に対しても、同じような主張をなされているのなら、まだ解ります。しかし、この項目に対してのみそのようなことをするのは、理不尽です。ゆえに納得できません。――にしなさとる 2017年8月21日 (月) 15:09 (UTC)

登場人物節について[ソースを編集]

現状の版の登場人物節についてですが、性格や容姿についての説明は独自研究ではないでしょうか。また、あらすじの理解、という観点から見ても冗長な表現が含まれているように思います。こういう感じで削るのが適切ではないかと思うのですがいかがでしょうか。そもそも登場人物節自体が不要という意見もあると思いますが、諮ります。--伊佐坂安物会話) 2017年8月8日 (火) 13:23 (UTC)

登場人物節は作品内容の解説であるという観点からすると、人物に言及した二次資料を調査しても見つからないので節ごと除去が適切です。
あらすじ節の補足という観点で見ると、セイ・タカナシ、アルベルト・ホーク、アイラ・ミソノの3名のみ残して他は除去。物語の筋に影響を与えない人物の説明をするのは補足という枠を超えています。
さらに文章も利用者:伊佐坂安物さんの提起されたように百科事典の解説として相応しい方向に改めるべきです。同様に、あらすじ節も情緒的表現を除き、百科事典らしい無味乾燥な文体に書き直さなければなりません。百科事典は調べ物に使う三次資料です。情感を煽って原作品を読みたくなるように紹介するのは事典ではありません。--恋の夜行列車会話) 2017年8月9日 (水) 10:12 (UTC)
私は伊佐坂安物氏の編集を支持しますし、節ごと除去しても一向に構いません。にしなさとるを名乗る可変IPが合意なく勝手に復帰したので戻しましたが、その後何度もリバートされてしまいました。現在は微妙に「出典」とされるものが水増しされていますが、ここでの議論を無視しているようです。というか、履歴を見た感じではにしなさとる氏は3RRに抵触している(4回目の編集は「出典」とされるものを追加していますが、復帰された記述は同じ)ように思います。場合によってはブロックも視野に入るかと思われます。--おんおお会話) 2017年8月9日 (水) 11:55 (UTC)
考えてみると現時点では1巻のみのライトノベルですから、登場人物節を設けて解説しなければならないようなサブプロットもないでしょうし、あらすじの中で主要人物に触れれば十分かもしれません。私も登場人物節ごと除去に反対しません。あらすじを簡潔にすべきだということにも同意します。--伊佐坂安物会話) 2017年8月10日 (木) 13:28 (UTC)修正--伊佐坂安物会話) 2017年8月10日 (木) 22:49 (UTC)
作品をちゃんと読んでもらえば判るはずです。
少なくとも私は、嘘や出鱈目は何一つ書いておりません。作品を(Web版も含めて)ちゃんと読めば判ること以外、書いておりません。
それに、「セイ・タカナシ、アルベルト・ホーク、アイラ・ミソノの3名以外は、物語の筋に影響を与えない」というのも間違っています。これも、作品を読めば判ることです。
また、私には「情感を煽って原作品を読みたくなるように紹介する」意図など、まったくありません。元々そういう文体なだけです。
私が可変IPなのも、意図的なものではありません。プロバイダとしてWiMAXを使っているので、嫌でもそうなってしまうのです。――にしなさとる。——以上の署名の無いコメントは、106.154.105.89ノート/Whois IPv4IPv6)さんが 2017年8月9日 (水) 13:50‎ UTC に投稿したものです(伊佐坂安物会話) 2017年8月11日 (金) 02:49 (UTC)による付記)。
(にしなさとるさんへ) こちらからアカウント作成をお願いできればと思います。--伊佐坂安物会話) 2017年8月10日 (木) 13:28 (UTC)
同じ登録名を使っている人がいました。
困ったことに、同じ名前を使っている人がすでにいました。しかし、Wikiのためだけにわざわざ新たな名前を使う気もしなくて……。
なお、「私が、登場人物の性格や容姿について、独自研究などしていなかった」ことを、認めていただいた、と考えてよろしいのですね?――にしなさとる 2017年8月11日。——以上の署名の無いコメントは、106.154.118.252ノート/Whois IPv4IPv6)さんが 2017年8月11日 (金) 01:50‎ UTC に投稿したものです(伊佐坂安物会話) 2017年8月11日 (金) 02:49 (UTC)による付記)。
認めていません。上記の議論を今一度ご確認ください。「にしなさとる」というアカウントは本日の午前9時ごろに作成されているようなのですが……([6])。--伊佐坂安物会話) 2017年8月11日 (金) 02:49 (UTC)
私は登録していません。
少なくとも私は登録していません。それに、よく見てください。そもそも登録されたのが、本日ではなく昨日ですが。
「伊佐坂安物」さんの意図は解っています。
「伊佐坂安物」さんが、「登場人物に関する記述を減らした方がいい」と考えていることは、もちろん解っています。
しかし、もう一度言いますが、私は、この作品については、嘘や出鱈目は何一つ書いておりません。作品を(Web版も含めて)ちゃんと読めば判ること以外、何も書いておりません。それはすなわち、独自研究などしていないということです。
「認めていただいた」というのは、そのことを認めていただいた、という意味で書いたのですが。――にしなさとる 2017年8月11日 (金) 03:32 (UTC)
登録日については失礼しました。嘘や出鱈目を書いているとは申し上げていません。しかし、例えば、主人公の性格を「無欲」だということを物語の内容から解釈するのは、にしなさとるさんの解釈が入ってますから、Wikipedia:独自研究は載せないのいう独自研究に該当します。また、Wikipedia:ウィキペディアは何ではないか/ファンサイトも読んでいただけると嬉しいです。--伊佐坂安物会話) 2017年8月12日 (土) 05:33 (UTC)
ちゃんと出典を付けたはずです
主人公が「無欲」だということについては、ちゃんと出典を付けたはずですが?
Web版の「謁見」の回、その中で主人公は、王と宰相から「恩賞として、爵位でも領地でも、出せるものなら何でも出す」と言われて、断っています。
加えて、彼女が「聖女になることなど望んでいない」ことは、物語の中で何度も明確に描かれています。
つまり、彼女が無欲であることは、物語の中で、明言されてはいないが、明白かつ明確に示されている、ということです。――にしなさとる 2017年8月13日 (日) 02:02 (UTC)
    • コメント こんにちは。Moon.riseと申します。登場人物節について、伊佐坂安物さんご提案の「こういう感じで削るのが適切ではないか」に賛同させていただきます。恋の夜行列車さんの「二次資料を調査しても見つからないので節ごと除去が適切」には反対いたします。これは一次資料で充分です(あらすじと同じ扱い)。しかし、一次資料ということは「Wikipedia:独自研究は載せない」の通りに「ある小説についてあらすじを記述する場合、その小説の文章を出典とすることは可能ですが、それについての解釈には二次資料が必要です」「一次資料から得られる情報について、あなた自身が分析・合成・解釈・評価などをしてはいけません」ということになります。--Moon.rise会話) 2017年8月18日 (金) 00:35 (UTC)


独自の解釈などしておりません。
何度でも言いますが、私は、独自の解釈など一切しておりません。作品を、Web版も含めてちゃんと読めば判ること以外、何も書いておりません。
物語の中で、明白かつ明確に示されている事以外、何も書いておりません。
独自の解釈とみなされる箇所があるのでしたら、いくらでも指摘してください。――にしなさとる 2017年8月18日 (金) 04:37 (UTC)
登場人物の性格や容姿については、作者様の承認をいただいています。
もう一つ、そもそも、この記事を最初に作ったのが私で、その時点で作者様から、登場人物の性格や容姿を含めた内容について、これで良いという承認をいただいています。
次のHPの中を読んでみてください([7])。その上で、2月18日時点の内容を確認してみてください。――にしなさとる 2017年8月21日 (月) 14:38 (UTC)