ノート:篠山半太

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出典の無い、あるいは本人のTwitter等での投稿を出典とした記述について[編集]

  • 筑波大学附属駒場高等学校
  • 東北大学法学部

以上の学歴については、出典がないため除去しました。なお、ネガティブな印象を与えかねない情報も含まれておりました。Wikipedia:存命人物の伝記をご確認の上、執筆をお願いいたします。

以上の経歴については、自己公表された情報源として扱われますが、出典の扱われ方と、その出典に基づく執筆内容に問題があったため、除去させていただきました。

今回出典として挙げられた本人のTwitterでの投稿は、Wikipediaでは「一次資料」と呼ばれ、細心の注意を払い取り扱うべきものとされています。そのような一次資料(本人の主張)のみを出典とし、あたかもそれが事実であるかのように本人の経歴・学歴として掲載されていました。このため、正しくない使われ方をした出典も、それを元とした執筆内容も、除去せざるを得ませんでした。
このことに関する問題は、記事ページ最上段に貼付されたテンプレート(特筆性存命人物の出典明記未検証)にて案内されている方針またはガイドラインへのリンク先にも詳しく書かれていますが、いくつか重要な部分を引用します。
また、方針文書やガイドラインなどを読み進めれば、自己公表された情報源の扱い方について、以下に引用する文に行き当たるはずです。
  • 過度に利己的なものではないこと。
  • 第三者に関する主張を含んでいないこと。
  • 主題と直接関係のない出来事に関する主張を含んでいないこと。
  • 誰が書いたのかについて合理的な疑いがないこと。
  • 記事が、自己公表された情報源を最重要な情報源としていないこと。
--Wikipedia:信頼できる情報源#公表者自身についての記事内での自己公表された情報源
  • 情報に当事者の知名度に釣り合うような重要性があること
  • 論争が起きやすくないこと
  • 不当に本人に都合よく書かれていないこと
  • 第三者に対する主張や当該人物に直接関係ない出来事に関する主張を含まないこと
  • それが、確かに項目当事者自身で書かれたものであること
--Wikipedia:存命人物の伝記#本人を情報源にする場合
一次資料は第三者の誰の査読・評価も経ていない「情報源」そのものであるため、二次資料とは異なり通常は信頼できないとされる情報源です。かねてより、本人のTwitterへの投稿、本人によりアップロードされた画像、本人によりTogetterでのまとめなどを出典として何度となく再掲されていますが、それらはすべて一次資料です。本人の主張に過ぎないものを、あたかもその主張が真実であるかのように書かれるべきではありません。一次資料を用いて敢えて執筆できることがあるとすれば、それは「本人がそのように主張した」といった、一次資料に示す事実そのものです。つまり、主張は主張であるとしか記述することができません。
先にも書きましたが、まとめサイトもまた一次資料であることに注意してください。まとめサイトにまとめられたことをもってしても、一次資料に示す主張が検証を経て真実性が担保されることはありません。なぜならまとめサイトは、公開するまでの間に第三者による査読・評価を経ていないからです。

以上、今後加筆される際は適切な二次資料を提示した上で執筆をお願いいたします。あるいは、一次資料は一次資料として適切に(細心の注意を払い)用いてください。

なお、出版物などの情報につきましては、既に廃刊であろうとも、過去に出版していた事実さえ明らかであれば容易に加筆できると考えられます。Amazonで販売されていた「ナイト=ゴーント」ですが、Amazonでの販売が終了したのか「NG」と変更され購入できなくなっており、このせいか記事から除去されているようです。作家の記事なのですから、出版物が余りにも多すぎるとか本人が掲載を希望していないとかの理由でもない限り、掲載しておくべきと思いましたので、再度記載しました。販売終了なのかどうか判断がつきませんでしたので、一次資料に基づく修正を避け変更は加えませんでした。販売終了等、何らかの情報があればその旨加筆・修正願います。

また、問題点テンプレートについてはそのまま残しておりますが、問題点が解消されているとの合意が形成されましたら、Template:存命人物の出典明記Template:未検証については除去しても差し支えないと考えます。Template:特筆性については引き続き解決に向け取り組んでいく必要があると思われます。--Sacrada会話) 2016年4月11日 (月) 15:04 (UTC) 体裁・インデントを修正。--Sacrada会話2016年4月29日 (金) 06:06 (UTC)[返信]

コメント 「本人の主張する一次資料を、第三者であるとある個人が確認した」旨の記述がなされ、それを根拠として本人の経歴が断定的に掲載されました。かいつまんで申し上げますと、「本人の主張(意見)」と「本人の証明書等を確認したとする第三者からの発表(意見)」を元に「本人の経歴はこうである(事実)」という新たな観点を執筆者が作成し記載した、つまりWikipedia:独自研究は載せない#特定の観点を推進するような、発表済みの情報の合成という方針に反した内容となっておりましたので、該当箇所を除去させていただきました。以下、なるべく簡単に解説します。

「本人による主張」も「それを確認したとする第三者からの発表」も、それぞれ「一次資料」です。そして一次資料の方針にあるとおり、『一次資料に記載されている情報の解釈には、信頼できる二次資料が必要です』。逆に言えば、信頼できる二次資料が無い状態で、執筆者が一次資料から解釈した内容を記事にしてはいけません。また、複数の一次資料から導き出される観点を記事にしてもいけません。以前にも書きましたが、『記事に含められるのは、信頼できる情報源に基づいた、検証可能な内容に、解釈を加えていないものだけです』
  • 「信頼できる情報源」とは、「本人の主張」や「それを確認したという第三者の発表」などではなく、そういった一次資料を中立的な第三者あるいは報道機関のようなところが要約・解釈し、さらに信頼できる機関による評価・査読を経て出版・公表されたものです。個々人の信頼性のことではないことに注意してください。
  • 「検証可能な内容」とは、Wikipedia:検証可能性#「真実かどうか」ではなく「検証可能かどうか」にあるとおり、「一次資料の中身を執筆者ないし読者が確認/検証できるか」(つまり主張が真実かどうか検証できるか)ということはでなく、出典として示された信頼できる情報源を入手・閲覧することができるか、ということです。
「一次資料を一切使ってはいけない」というわけではありません。詳しくは以前書いたとおりですが、要は使い方が問題なのです。「意見」そのものを主張しないでください(「意見」の内容そのものを「事実」として記載しないでください)。
なお、記事を執筆する際には百科事典的な記述を心がけてください。少なくとも記事を読んでいて急に「なお、一次資料として~」という文章があらわれると、読者は強い違和感を憶えるでしょう。また後文についても、こういった記述が百科事典に必要なのかどうかを考えてみると良いかもしれません。

上記とは別件となりますが、作品リストからまた「ナイト=ゴーント」が除去されていました。以前書いたとおり、現在廃刊だとしても、よほどの作品数があるとかでもない限り過去の作品も掲載しておく価値はあると考えます。また、ネット上のどこを探しても、ナイト=ゴーントが実は存在しない作品だったとか、作者本人がナイト=ゴーントの出版そのものの公表を拒んでいるとか、そういった情報は見当たりませんでした。記述の復帰はいったん見送りますが、どういった理由でナイト=ゴーントをリストから除去しているのか、意図などお聞かせいただけますでしょうか。--Sacrada会話2016年4月29日 (金) 06:06 (UTC)[返信]

コメント 上記からずいぶん時間が経ってしまいましたが、自己公表の情報源も削除されていたようです(通知で気付きました)。いずれにせよ、信頼できる情報源が見当たらず、自己公表された情報源とそれを確認したとする第三者の言及のみで記載するのは元々無理がありましたし、いつまでも百科事典的でない記述を残しておくのも問題があると思っていたので、除去しました。--Sacrada会話2019年12月8日 (日) 13:26 (UTC)[返信]