ノート:竹内結子

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この記事は一度削除されています。削除に関する議論はWikipedia:削除依頼/Wikipedia:削除依頼/文仁親王妃紀子と同じ問題をご覧ください。


中村獅童との結婚と離婚、そして子供がいる事が本文に全く書かれていないのですが、どうなっているのでしょうか? まさか、その事実さえも「プライバシー」だとか言い出す気違いがいるんじゃないでしょうね?--以上の署名の無いコメントは、110.4.255.94会話/Whois)さんが 平成24年6月8日 (金) 04:12 に投稿したものです(ワーナー成増会話)による付記)。

その通りです。中村獅童との結婚と離婚、子供が居るのは書かないと人物の説明不足。大きな問題なんだから絶対必要です。 これは所属事務所の圧力としか考えられない。イメージダウンかなんかは知らないが事実を記入する必要がある。--以上の署名の無いコメントは、118.12.146.88会話/Whois)さんが 平成25年11月7日 (木) 08:41 に投稿したものです(ワーナー成増会話)による付記)。

死去した日付[編集]

報じられたのが9月27日ってだけで 死亡が判明したのも実際に死亡したのもその日かどうかは不明だぞ--以上の署名の無いコメントは、Regulus6133会話投稿記録)さんが 2020年9月27日 (日) 00:00 (UTC) に投稿したものです(シャメ・コース会話)による付記)。Regulus6133会話) 2020年9月27日 (日) 07:58 (UTC)[返信]

横から失礼致します。 YAHOO!ニュースによると「今日死亡が確認された」と報道されています。[1] ちなみに同記事に「自殺の可能性有」と。--koronapper会話) 2020年9月27日 (日) 00:21 (UTC)[返信]

搬送先で死亡確認のため、死亡は27日だと、 Wiki.taro425会話) 2020年9月27日 (日) 01:00 (UTC)[返信]

亡くなった状況や手段についての記述[編集]

三浦春馬さんの記事もそうなのですが、亡くなった現場の状況や手段の記述は消したほうがいいのではないでしょうか。世界保健機関(WHO)が勧告する自殺を予防する自殺事例報道のあり方の中のやってはいけない事の中に『自殺に用いた手段について明確に表現しないこと』ということが書かれています。昨日、厚労省も過度な報道を控えるようマスコミに勧告を出しています。[2]。これはWikipediaも同じではないでしょうか。あまりにも生々しく書かれているため、Wikipediaを見てまた引きずられる人がいないか心配でたまりません。「自宅で亡くなった」など最低限の情報にとどめておくべきではありませんか。 --R1emon会話) 2020年9月29日 (火) 12:08 (UTC)[返信]

賛成です。それでも一部の報道機関で詳細すぎる報道がなされたりして、またそれを出典としてWikipediaへ記述される事例も見受けられます。 悲しい出来事の連鎖を防ぐためにも、記述は最低限の情報にとどめるべきだと思います。--Miyuki hirai会話) 2020年10月1日 (木) 02:10 (UTC)[返信]

賛成です。--Ahyu24k会話) 2020年10月1日 (木) 03:22 (UTC)[返信]

私は賛成ですけど、WIKIPEDIAでは検閲は行えないのです。事実上自由に書き込みできて自由に閲覧できるSNSが野放し状態なのは時代遅れだと思います。--ゴロンゴ会話) 2020年10月1日 (木) 03:47 (UTC)[返信]

  • 『「自宅で亡くなった」など最低限の情報にとどめておくべき』とのご提案ですが、現在の版において簡潔に書かれている程度の自殺首吊りの事実まで除去することを意味するなら反対です。ただ、存命人物ではなくなったとはいえ家族や元家族が(関連付けられた記事も存在する)著名人である以上、報道された内容を無差別にまとめるのは慎んだほうがいいでしょうし、出典があるから何でも書いていいというわけでもなく(奥山英志#失踪報道から自殺の発覚の例がありますが)、検証可能性などの方針やガイドラインに反することのないよう情報源はスポーツ紙や週刊誌等、除外すべきであるとは思います。
  • 一方で日本政府、自殺問題で警鐘 女優・竹内結子さんの死去受け 写真3枚 国際ニュース:AFPBB Newsなどの報道にもあるとおり、このことが社会に与えた影響など特筆すべき事項があれば、今後は加筆があり得るところを死因からして触れない、言葉を濁すようでは、そういったこと(ある意味、記事の成長)までけん制することなってしまいます。--市井の人会話) 2020年10月1日 (木) 06:52 (UTC)[返信]
  • コメント Wikipediaが止むを得ず干渉され得るのは拘束力を持つ各種法令等だけであって、それに当て嵌まらないようであれば百科事典としての掲載する内容を外部からの要請に応じて変更するという態度は決して望ましいものではなく、せいぜいで「免責事項」テンプレートでの注意喚起ぐらいが限度でしょう。一私設サイトであるWikipediaに目を通すか否かの判断は読者各位の自己判断であって、それを読んでの影響に関しては一切の責任を負いかねるというものです。もっとも単純に百科事典の記事として掲載すべき内容であるかどうかは市井の人さんご指摘の通り追々吟味すべきでしょうが、それは厚労省の要請云々とは関係なくあくまで百科事典として掲載すべきか否かに応じて検討すべきかと存じます。--Miraburu会話 / 投稿記録 2020年10月1日 (木) 17:29 (UTC)[返信]
  • まず、マスコミがルールを破っていますよね。竹内さんの親族や所属事務所が発表したわけでもなくそれをソースにするのはいかがなものでしょうか。自殺したという事実はともかく、それ以外のセンシティブな問題は公式に発表されたものだけを掲載すべきだと思います。  --ロバン会話) 2020年10月3日 (土) 10:28 (UTC)[返信]
  • 一つ気付いたこととして、現時点では大衆紙ネタですが、【竹内結子】竹内結子さんと三浦春馬さんに「共通項」…心理学者が分析|日刊ゲンダイDIGITALという記事で心理学者の富田たかし氏が「竹内さんが三浦さんと同じクローゼットを選んだという点から、三浦さんの影響は否めないでしょう」と指摘されています。これを出典として加筆するにはソース自体は好ましくないと考えますが、専門家の誰が言ったかが明確になっています。ただ書いたのはあくまで大衆紙の記者・編集者なのでやはり除外が無難でしょうか。しかしながら今後、このような話が著書や学術的資料で出てくるかもしれません。多くの場合、存命人物ではなくなったとはいえ実名による言及は避けられるかもしれません。であれば、それを情報の合成で掲載することはあってはならないと思います。--市井の人会話) 2020年10月3日 (土) 12:55 (UTC)[返信]
  • 先にも述べましたが、情報としては最低限の、自宅で自殺という事実さえ記述されればいいことだと思います。ロバンさんの言われるように今回は公式に発表されていない情報をマスコミ(一般紙も)が掲載しています。現在それをソースとしてWikipediaにも記述されている状況となっていますが、情報の真偽は別として、ここまでの記述は必要なものか疑問に思っています。--Miyuki hirai会話) 2020年10月3日 (土) 13:33 (UTC)[返信]
  • 日本時間の今日いっぱいで編集全保護が解除されますので、その後、編集が重なっても、ここまで、どの程度記述されていることについて言われているか、あとで検証が容易になるよう現在の版を示します。出典(時事通信、読売、スポーツニッポン)の詳細は版から直接ご確認ください。
2020年(令和2年)9月27日2時ごろ、夫の中林大樹により東京都渋谷区にある自宅の寝室(クローゼットの中)で首をつった状態で発見され、搬送先で死亡が確認された。40歳没。遺書は見つかっていない[2][3][6]。
  • まず、この記述は読売による言及でほぼ全体的に検証可能性を満たしています。しかしながら発見されたのがクローゼットと触れているのは読売だけであり(他にも探せばあるのですがWikipedia:検証可能性#信頼性に乏しい情報源に該当しないのは現時点では読売以外にないようです)、時事通信が寝室としたのと併せてようやく「寝室の一角にあるクローゼット」だとわかるのが現状です。よって「寝室の一角」で言葉を濁さず記述できると思いますが、Wikipedia:独自研究は載せない的には寝室だけにしておくか自宅にとどめておくほうがいいとも思います。そもそも一般的なクローゼットでどうやったら、という混乱はあるようですので、実際にはウォークインクローゼットなのだとしたほうがいいのですが出典(選び)次第でしょうね。
  • 発見現場となった自宅がある東京都渋谷区の記載については基礎情報の死没地には欠かせませんし、通信社からして触れていることもあり検証可能性その他の方針・ガイドラインに反するものではないでしょう。
  • なお、スポーツニッポンは出典としてなくても記述との対応に漏れはなく、「Wikipedia:検証可能性#信頼性に乏しい情報源」に該当するためとりあえず除去した上で、他にもその類の出典を元に安易な考えで加筆が行われるのを手を止めていいただくように出来ないかと思っています。--市井の人会話) 2020年10月4日 (日) 04:32 (UTC)[返信]
  • どなたからも出てこないので、そろそろ検証可能性とは別の方針による目安について申し上げます。
  • Wikipedia:中立的な観点#観点の中立とは何ではないかからまずは「中立的な観点とは、中間的な観点のことではありません。」を。いわゆる落とし所によく使われる手ですが、今回のケースでは上で触れましたWikipedia:独自研究は載せない#特定の観点を推進するような、発表済みの情報の合成Wikipedia:言葉を濁さないの両立をはかることによって次のポイントにひきずられることなくWikipediaの独自性が保てることがあるとも言えると思います。
  • 中立的な観点とは、特定の観点のことではありません。」は、(なんとなく、や無根拠でないのはわかりますが)これ以上のWHOや厚労省によるガイドラインを盾に取った主張でも言えることでしょう(法令遵守よりもさらに広義のコンプライアンスとするまでもなく)。「全ての観点を平等に扱うことではありません。」や「中立的な観点とは、多数派の観点のことではありません。」もこのような話し合いでは頭に入れておくべきことでしょう。--市井の人会話) 2020年10月6日 (火) 04:42 (UTC)[返信]
  • 報告 暫定的に修正を行いました(差分)。要約欄にて述べた理由をもって説明に代えさせていただきます。--市井の人会話) 2020年10月6日 (火) 06:51 (UTC)[返信]
  • このような事例ではいつものことかもしれませんが、亡くなった日を含む3日間でのこのページへのアクセス数は約500万件です。何かあったら一番最初にWikipediaを見るという人すらいることを考えると、影響力は恐ろしいものがあるとは、しみじみ思います--Miyuki hirai会話) 2020年10月6日 (火) 13:13 (UTC)。[返信]
    • 単なる個人的な所感なのであれば、ユーザーページの方に書かれる事をお勧めいたします。--Miraburu会話 / 投稿記録 2020年10月6日 (火) 20:11 (UTC)[返信]
  • 一番最初に書き込んで何もできずに申し訳ありません。冷静な判断、編集ありがとうございます。--R1emon会話) 2020年10月13日 (火) 09:10 (UTC)[返信]