ノート:皇太子徳仁親王妃雅子

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ローカルルール[編集]

皇位継承発生時には、プロジェクトで合意されたプロジェクト:日本の皇室#皇位継承に関するローカルルールに従ってください。--Garakmiu2会話) 2016年3月17日 (木) 07:55 (UTC)

静養関連の編集[編集]

こちらで非常に大量の加筆、とくにオランダ旅行の件で大幅な加筆がされたのですが、問題点の多いものと感じます。

  • 同行スタッフの一覧表 - まるごと不要。WP:IINFO
  • 細かなスケジュール - 理由は同上。
  • 雑誌記事の引用 - 多すぎる。Wikipedia:著作権で保護されている文章等の引用に関する方針などに照らして、削除の対象になる可能性。また引用と加筆者によるまとめの境があいまいで、引用とおぼしき敬称入りの文(百科事典の記述に敬称はつけてはいけない)が混入している。
  • 中立性 - 上記引用が多いことに関連して、本項人物に関し中立性を欠いている印象を持つ。Wikipedia:中立的な観点Wikipedia:存命人物の伝記。本項や関連人物項目のノートなどを見るに、過去に本項人物に悪意を持つソックパペットの荒らしなどで深刻な被害があった模様のため、中立性には特に気を遣う必要ありと思われる。

以上を踏まえて修正、コメントアウトなど行う予定です。ご了承のほど。--Garakmiu2会話) 2016年1月7日 (木) 15:43 (UTC)

雑誌記事の引用に関しては雑誌記事と一般の報道記事とリレイティブに考慮しても、編集の利便性が高く、wikipediaにおいて廣くソースとして用いられており、信憑性と合理性は高く、本義に逸脱し得ないと考えます。何如でしょうか。個人的に内省し、引照すると、WP:IINFOに合致する事象がいくつかありますので、「一部撤去」とさせて頂きます。その根拠として、同行スタッフの一覧表・細かなスケジュールに於いては、皇太子同妃両殿下と東宮職職員との相関性を表顕することが目的としており、中立性保持のため偏向的な文義は添削しましたし、恣意的に投稿していません。よろしくお願い致します。--クラウンプリンセスの秘密会話) 2016年1月8日 (金) 15:25 (UTC)
雑誌記事をソースとして利用することは重要ですが、引用については信ぴょう性の問題とは別に、日本の著作権法を元にしたWP:引用要件の3.4.5を満たす必要があります。ここの「記事本文」とはウィキペディア編集者が自分の言葉で書いた文章ということになりますし、引用文がそれより多くなるのは本末転倒であるということになります。また先に指摘した、敬称の混じった文章は、5.の本文と被引用文の明確な区別に違反しています。またあまりに多すぎるために、6.の必然性が感じられず、内容がご夫妻に離婚を勧める派の視点を数回繰り返すものになっているだけに異様な印象を与えます。それから、引用されている海外マスコミの報道内容については、現物を確認できないため信頼できる情報源にあたるかどうかの判断が難しいです(雑誌ひとつにとっても、堅い雑誌なのか、日本の東スポみたいなものなのかも分からない)。クラウンプリンセスの秘密さんの意図が恣意的でなかったかどうかは一応善意にとりたいとは思いますが、客観的にみるとそういうものになっているので改善が必要だということです。個人的な意見ですが、オランダのマスコミが批判的に報道したのが事実だとしても王室とはその後も招いたり招かれたりの良好なお付き合いが続いてるらしいので今になってとくに問題にするほどのことなのかと思います。
スタッフ一覧については、侍従長はともかくほかのスタッフは私人にあたるためプライバシーの侵害にあたる可能性(WP:NPF)。せいぜい人数だけで充分です。
そもそもこの方の人生のうちほんの数日オランダに行った件だけ、流れのある略歴の後ろのほうで節に分けて書く必要性が分からないです。今見られる状態のように、数行触れるだけで充分じゃないでしょうか。
なお厳密に引用が正当かどうか(引用の範囲を逸脱したまる写しとして著作権法違反になりそうか)は、出典を確認する必要があるので時間がかかりそうです。ウィキペディア上の著作権については、Wikipedia:著作権などの方針も確認ください。--Garakmiu2会話) 2016年1月8日 (金) 17:33 (UTC)

東宮職以外の人物も東京新聞('14の上半期発行部数517,000部)の朝刊に記載されておりましたので、個々の権利等を蹂躙するような事象ではないです。また、同行員であった看護師の○○氏は、国立精神・神経医療研究センター認知行動療法センター長大野裕氏の知人であります。加え、ヘアードレッサー(ケア)を担当した○○氏は皇后陛下・皇太子妃殿下の着付けを二代共担当した○○氏の御孫で居らします。これらを踏まえ冷静に吟味致しましても、皇太子同妃両殿下の行啓に際して、両殿下と何らリンクする人物が同行した、という事実を記す必然性は不定ではないと考えます。また、これらは注釈にて付合する形で記したいと考えます。何如でしょうか。 それから、個人的にも海外報道に関しては偏向的な文義が多いと感じましたので、オランダ地方紙「レーワルデル・クーラント」(Leeuwarder Courant)・・・が皇太子同妃に関して詳しく言及した、という程度の抽象的事実関係を記載するのが良いと考えます。 合致したご意見には、しっかりと享受致しました。ありがとうございました。返信お願いいたします。--クラウンプリンセスの秘密会話) 2016年1月11日 (月) 05:08 (UTC)削除以来のため個人名を伏せる。--Garakmiu2会話) 2016年1月21日 (木) 16:02 (UTC)

クラウンプリンセスの秘密さんはソックパペットの疑いで無期限ブロックとなりました。上記で反論されている件は、公人でなく私人に関するBLPの基準があるため認められません。詳しくは方針をご覧ください。存命人物関連の方針では、新聞等で広く報道される死刑囚の実名も基本的には載せられませんので、それに照らせば看護師なども載せられる基準に値しないと考えられます。それ以前に、単純にWP:IINFOとして載せる必要はありません。--Garakmiu2会話) 2016年1月11日 (月) 10:06 (UTC)

家系について[編集]

雅子妃の高祖父は、小和田道蔵匡利だとありますが、これを裏付ける資料は存在しません。

神一行著の『閨閥 改訂新版 特権階級の盛衰の系譜』には、「(小和田家の)はっきりした系譜は曽祖父にあたる金吉からしかわかっていない」とあります。

村上市郷土資料館のHPでも「小和田新六から曾祖父金吉までの家系については不明の点が多く、これからの調査に待つところが大きいのが現状です」と説明されています。

雅子妃の曽祖父・小和田金吉の父が誰であるかは現時点では確定していませんので、高祖父については削除すべきだと考えます。--Agora2016会話) 2016年1月13日 (水) 09:17 (UTC)

現在記述スタイルが箇条書きになっているので確定的のような印象を与えますね(WP:TRIV)。本来ならこういう記述は文章で書き(○○によれば、金吉の父は道蔵匡利であるという説があるが、…〈出典〉WP:SUBSTANTIATE)というような形で、高祖父以上は現時点では分かっていないということを具体的記述にしていくのがウィキペディアとしては推奨されるスタイルです。安易に除去するのでなく、スタイルを変えていくのが望ましいと思います。--Garakmiu2会話) 2016年1月13日 (水) 13:45 (UTC)
ウィキペディアで認められている方法で他記事からコピーを行い、記述を修正しました。--Garakmiu2会話) 2016年1月13日 (水) 15:36 (UTC)
『週刊現代』を出典にした部分は、資料を直接見た結果、そのデータが一切載っていないことがわかったため除去しました。これを加筆したのはどうやらソックパペットで、見たところ雅子妃のアンチサイトのデータをもとに加筆し、そこにある参考文献を添付したようですが、実際に出典を確認したわけではないのでこうなったようです。出典を確認していないだけでも大いに問題ですが、アンチサイトを無批判に利用するとか、どうかしているとしか思えません。家系についてはちゃんとした出典で後日修正します。--Garakmiu2会話) 2016年3月5日 (土) 04:09 (UTC)