ノート:浄土真宗

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2003年7月15日からのコメント[編集]

「南無阿弥陀仏」が「南尤阿弥陀仏」となっていましたが、「尤」ではなく「无」であれば親鸞が使ったこともあります。
現生正定聚が入らずに、単に浄土に往生するだけなら、浄土真宗になりませんので、これを付加しました。
近々、全面的に書きたいと思いますので、今しばらくこのままにしておいてください。booze 20:45 2003年7月14日 (UTC)

>「尤」ではなく「无」であれば
すみません、変換ミスでした。Adacom 00:32 2003年7月15日 (UTC)

絶対の幸福でおなじみ歎異抄研究会の「高森顕徹」センセイのことも、いずれは書かなきゃならないと思うと、気が重いぞ・・・(苦笑)Adacom 13:02 2003年7月16日 (UTC)

そんなもん。ボクには書かせないでネ。親爺の同級生だから‥‥ハハハハ booze 13:08 2003年7月16日 (UTC)

いま、外部リンクの
http://www.butaman.ne.jp/~yosimine/honganji/sosiki.html
を見てみたら、大谷派は聞いていた以上に凄いことになっていたみたいで、
大谷派本願寺は解体されていたとは・・・。昭和62かァ、国鉄みたいだな。 訂正しないとAdacom 14:45 2003年7月16日 (UTC)

親鸞聖人に対して単に「没」もマズいので、「浄土にお還りになる・・・」と「浄土 還」でサーチしたら、「還浄」という言葉がヒットした。これを戴きますとばかりに、編集したあとでよく読んでみたら、基幹運動用語だったのかな?・・・別の意味でマズいか??。でも「遷化」とかでは、もっと一般的にイメージしにくい言葉なんで、これで行きますわ。Adacom 15:46 2003年7月18日 (UTC)

外部リンクの最後、「浄土真宗親鸞会批判の真実 家族の絆の正体」は書く必要あるのかな。単なる批判項目にしか見えない。少なくとも、ここでやること?

まず、このページでリンクを追加された方へ『第三者によるノートでの発言の改竄』と判断しましたのでリンクは削除しました。本文のリンクをコメントアウトされた方へ一応、こちらで議論してから削除して下さい。--名称未設定 2006年1月8日 (日) 15:24 (UTC)

浄土真宗では、第十八願にある「五逆(極悪人)を除く」の但書きを削除している?[編集]

「(ただし、浄土真宗では、第十八願にある「五逆(極悪人)を除く」の但書きを削除している。これが悪人正機説につながる。天台宗でも仏説阿弥陀経などの浄土三部経も教典の一部として認められている。しかし、こちらでは「五逆を除く」の但書きは削除されていない)」の記述は、完全に誤った記述である為、削除しました。理由は、本願寺派の聖典である(本願寺派『浄土真宗聖典』(本願寺出版社)大谷派『真宗聖典』(東本願寺出版部)の『仏説無量寿経』に「唯除五逆 誹謗正法」は明記されている。--210.147.5.202 2008年2月9日 (土) 19:56 (UTC)


御文の記載について[編集]

ここは浄土真宗の項目であって本願寺教団の項目では無いのに、御文を元に解釈した記載をするのは不適当では無いでしょうか? 削除・訂正を提案します。

(コメント)脚注に、「御文」の注意事項を記述してみました。--Resto1578 2008年8月11日 (月) 07:11 (UTC)
改めて読んでみて、この記事で蓮如だけを引用するのは問題があるように感じました。また、浄土真宗#歴史でも、東西本願寺が中心であるかのように感じられます。
私も少しずつ書き改めていきたいと思いますが、今後編集なさる方は、あくまで浄土真宗であることを前提に編集いただきたいと思います。--MKT (Talk) 2008年9月23日 (火) 17:17 (UTC)

「真宗十派」の一覧表での「所属寺院数」のことで[編集]

各派の寺院数については、以前の版では、たとえば「浄土真宗本願寺派」であれば『本願寺(通称 西本願寺)(京都市下京区)   末寺数 10497』のように、"末寺数" で表されていました。

それに対して、新しい版では "所属寺院数" で表されているようですが、今のような一覧表の形ですと、各数字は、本山に所属する寺院数(末寺数)ではなく、各派に所属する寺院数(本山+末寺数)として読み取られるだろうと思います。

要するに、仮に今のような表し方にするのであれば、各数字に1を足しておく必要があるのではということなんですが。 --Tossie 2008年9月17日 (水) 06:36 (UTC)

と言うよりは、元の「末寺数」というのを特に変える必要もないのではと思いますが。--Tossie 2008年9月17日 (水) 12:58 (UTC)

(コメント)こんにちは、Tossieさん。各派に所属する寺院数(本山+末寺数)として読み取られことは考えていませんでした。しかし、現在記述されている寺院数には問題があり、表にするときもその数値をどのようにするか考えましたが、とりあえず前の版の寺院数を用いました。
まず、寺院数を詳細に把握できる資料は、文化庁による『宗教年鑑』からの数値と考えられます。それには、「寺院数」と記載されているようです。(私自身は、この年鑑を持っていません。)1ヶ寺まで寺院数が分かる資料は、その宗派が公式HPなどに公表していない限り、この年鑑によるものと考えられます。(『宗教年鑑』は、規模の大きい公立の図書館に蔵書されています。)
よって「各宗派の寺院数から本山を1を足す」「末寺数に戻す」との提案ですが、根拠となる出典がない限り、本山が含まれているか、含まれていないかが確認できない状態だと考えます。現在の版には、大谷派(浄土真宗#脚注を参照)と単立寺院以外は、出典が明記されていません。何年度の調査の寺院数なのかも分かりません。Wikipedia:検証可能性の点からも、問題があると状態だと考えます。
また、寺院数は開山・廃寺による変動により調査年を明記することなく確定することは、検証困難だと考えます。
(提案)本願寺派・約10,500、大谷派・約8,900、高田派・約640…のように、「所属寺院数は、開山・廃寺により変動するため概数。」等の注意書きを「== 宗派 ==」の下に注意書を追記し、所属寺院数は概数で記述(大谷派の例のよう様に、可能であれば脚注に、調査年を明記した資料・寺院数を記述)した方が、適切と考えますが、いかがでしょうか?
(参考)『宗教年鑑』平成13年度版(平成12年調査)では、本願寺派は10,314・大谷派は8,659・高田派629…となっています。(出典とした資料〈浄土宗 善照寺HPより〉
平成14年(平成15年度版か?)の資料が記載されている『図解雑学 浄土真宗』(ナツメ社、2005年)には、本願寺派は10,464・大谷派8,838・高田派636…と記載されています。
上記の様に、年によって寺院数は異なり、また現在の版の寺院数とも異なり、検証の可能性に問題があることが分かると思います。--Resto1578 2008年9月18日 (木) 02:01 (UTC)
宗教年鑑における数字が宗教法人の数であるならば、被包括宗教法人数には本山であるところの宗教法人も含まれています。単なる寺院(非宗教法人も含む)であるならば、これは宗教教団の自己申告ということになるでしょうが、おそらく『宗教年鑑』が採用する数値は、前者ではないでしょうか。
そうであれば、本山を含むかどうかという問題もクリアされると思います。(そもそも+1する必要がない)--MKT (Talk) 2008年9月18日 (木) 02:46 (UTC)

本セクションでのお話は、用語の意味について確認するためのものです。

今のような一覧表で "所属寺院数" のように示す場合は、その意味は、それぞれの派の本山およびその末寺(本山の支配下にある寺院)を合わせた総数と解釈されませんかという点です。

で、『○○派は、本山は△△、末寺数は◇◇』のように表したりする場合の "末寺数" とは概念が違うんじゃないでしょうかという点です。

なお、寺院数のそもそもの根拠・出典に関係しての問題点などは、私の方でも、セクションを改めて触れようかと思っておりました。後ほどそのようにしますので、よろしくお願いします。--Tossie 2008年9月18日 (木) 07:10 (UTC)

(コメント)用語の意味として、「浄土真宗本願寺派は、本山は本願寺、末寺数は10,497」のようにあらわすと、末寺数の根拠となる数値が文化庁の『宗教年鑑』であるならば、MKTさんの指摘の通り、既に本山の数値が含まれています。現在の数値は、それぞれの派の本山およびその末寺(本山の支配下にある寺院)を合わせた総数です。「末寺数本山を除いた寺院数」とするのであるならば、Tossieさんの指摘には矛盾が生じてしまいます。
「末寺」の表現が、一般的に理解しやすいかという問題もあると思います。当初この点で「末寺数」から「所属寺院数」に変更しました。参考文献とした千葉乗隆『図解雑学 浄土真宗』ナツメ社、2005年、243頁の記述も「所属寺院数」です。
私には、真宗大谷派のことしかわかりませんが、『真宗大谷派宗憲 宗教法人法』真宗大谷派宗務所出版部の11頁、真宗大谷派宗憲の第八章に、「本派に属する寺院及び教会」とあり、同章第七十二条には「寺院を分けて、別院及び普通寺院とする。」としています。よって『広辞苑』や『大辞林』で定義される「本山の支配下の寺院」の意として「所属寺院数」と記述する事に問題は無いと考えます。また、「(その宗派に)所属(する)寺院(の総)」の意でも、問題ないと考えます。
また寺院数の要点は、各宗派の規模を表す数値であると考えます。よって規模を比較する上でも、可読性の面でも、一覧表による現在の記述が適切と考えます。
寺院数の出典等はセクションを改めてとのことでしたが、関連する事項なので提案します。
前述したように、「所属寺院数は、開山・廃寺により変動するため概数。」の注意書きを追記(もしくは脚注に追記)した上で、
表示案
宗派名 本山 通称 本山所在地 所属寺院数
浄土真宗本願寺派 本願寺 西本願寺 京都市下京区 約10,500
真宗大谷派 真宗本廟 東本願寺 京都市下京区 約8,900
真宗高田派 専修寺 本山専修寺 三重県津市 約640
真宗佛光寺派 佛光寺 京都市下京区 約390
真宗興正派 興正寺 京都市下京区 約500
真宗木辺派 錦織寺 滋賀県野洲市 約200
真宗出雲路派 毫摂寺 福井県越前市 約60
真宗誠照寺派 誠照寺 福井県鯖江市 約70
真宗三門徒派 専照寺 福井県福井市 約40
真宗山元派 證誠寺 護念院 福井県鯖江市 21
と概数であらわし、あいまいな表現を避けるために脚注に「平成14年現在、10,464ヶ寺。(千葉乗隆『図解雑学 浄土真宗』ナツメ社、2005年、243ページより)」と出典を明記するのが適切かと考えます。(ただし、平成14年の数値では、少し古い資料かと思います。)概数であれば、本山が含まれるかどうかの問題も生じません。

(参考数値)

  • 本願寺派…10,464(10,314)
  • 大谷派…8,838(8,659)〔8.871〕
  • 高田派…636(629)
  • 興正派…497(514)
  • 仏光寺派…390(361)
  • 三門徒派…36(36)
  • 出雲路派…61(57)
  • 山元派…21(21)
  • 誠照寺派…71
  • 浄興寺派…14
  • 長生派…27
  • 北本願寺派…1
  • 同朋教団…6
  • 浄光寺派…2
  • 弘願真宗…34
  • 木辺派…199(187)

参考文献…『図解雑学 浄土真宗』243ページ、「真宗各派の所属寺院数と門信徒数(平成14年)」より。

()内は、宗教年鑑平成13年度版より。

〔〕内は、『中外日報』2007年9月1日付より。

上記の順序は、『図解雑学 浄土真宗』の記述の序列。「仏光寺派」は、「佛光寺派」と正式名を用いた方が適切と考えます。--Resto1578 2008年9月18日 (木) 11:44 (UTC)

Resto1578さんのお示しになられた表案に賛同します。頻繁に変動することが予想される数値については、概数をもって示し、適宜「注」の形で出典等を示すのが妥当だろうと思われます。
前の私のコメントで、Tossieさんには誤解を与えたようですが、末寺という表現は本末制度に由来する俗語的表現であり、現在の宗教法人法では包括法人と被包括法人との関係によっていわゆる「本山と末寺」の教団が構成されています。Tossieには既にご存じのこととは思いますが、その点を指摘したつもりでした。その意味で、末寺数とするのではなく、所属寺院数とするのはよりよい表現であろうと存じます。--MKT (Talk) 2008年9月19日 (金) 07:03 (UTC)

上記の議論を本文に反映しました。所属寺院数を概数で表す宗派は、50ヶ寺以上を有する宗派に限定しました。50ヶ寺以下の宗派は、脚注に数値の年と出典のみ記述しました。浄土真宗東本願寺派の所属寺院数に、要出典のテンプレートを貼り付けました。--Resto1578 2008年11月20日 (木) 18:22 (UTC)

記述の削除・追記について[編集]

コメントOkidokiさんの「2009年3月13日 (金) 12:21時点における版」における記述の改変を、一旦差し戻しました。

Wikipedia:出典を明記した上で、記述の改変の理由をご回答いただけたらと存じます。

また、一部宗派のみで説かれている教義は、Wikipedia:中立的な観点の面からも、その該当する宗派の記事にセクション等を設けて、書き込むことが望まれます。

議論は、以下にお願い致します。--Resto1578 2009年3月13日 (金) 15:42 (UTC)

補足
私が、ノートページを編集している間に、利用者:MKTさんにより差し戻しが行われました。要約欄に「rev」とあるのは、そのためです。--Resto1578 2009年3月13日 (金) 16:34 (UTC)


教義の節について、独自研究とおぼしき内容が多くありますので、とりあえず要検証扱いとなっていた部分を削除しました。出典の明記は各派の論争を避けるためにも、また独自研究を避けるためにも必要でしょう。みなさん一家言あるところだとは思うのですが、編集合戦を避けるためにも慎重な記述をしていただければと思います。--Kurz 2009年11月5日 (木) 11:18 (UTC)

そうですが、宗名は戦後に、名乗ってる派閥があると言うのが、事実であり、また参照できる訳です。ルールに従って従って編集できないのでしょうか?

門徒物知らず[編集]

また合理性を重んじ、作法や教えも簡潔であったことから、近世には庶民に広く受け入れられたが、他の宗派からはかえって反発を買い、「門徒物知らず」(門徒とは真宗の信者のこと)などと揶揄される事もあった。 門徒物知らずという記述がありますがニュアンスが違います。 門徒の方が僧侶によく「仏教の…も知らない」と避難する場面を見かけます。宗教は勉強するだけでよいわけではなく、伝え聞いた話や体験したしたことから総合的に解釈されるものと思われます。僧侶というと勉強のみならず口伝や体験が備わっているので仏教をより熟知しているはずです。しかし、門徒の方で平然と仏教を僧侶に説く場面を見かけます。他宗教や他宗派ではほぼ見かけないことです。浄土真宗のお坊さんはとても我慢強く受け止めている思いますし大変に残念なことです。 さらに時々に他宗派の寺院にも持論を展開している門徒の方もいます。そのために「門徒物知らず」と言われているのです。他宗はのみならずです。

浄土真宗の宗名  宗名について [編集]

浄土真宗は、江戸後期まで一向宗と呼ばれていて、1774年(江戸後期)に宗名を始めてつけた団体などの事ですので、 親鸞や蓮如と言う人がいたとしても、鎌倉仏教として扱うのは百科事典として疑問が残ります。 年号を記入しましたが、取り消されました。暫くして以下を文献として最掲しますが、意義としての根拠はごさいますでしょうか?

https://system.jpaa.or.jp/patents_files_old/201205/jpaapatent201205_063-072.pdf

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%80%E5%90%91%E5%AE%97

コメント 「浄土真宗は(中略)江戸時代後期に開山した」、「1774年(安永3年)鎌倉時代初期の僧である親鸞が(中略)展開させる」とは、一般的理解と甚だしく乖離しているとして差し戻させて頂きました。本項目は「浄土真宗」という名称のみを解説する記事ではなく「浄土真宗と称されているもの」を解説する記事ですので、その筋に沿った適切な編集を望みます。--Saigen Jiro会話) 2018年11月28日 (水) 04:56 (UTC)
(追記)合わせて、半角・全角等についてWikipedia:表記ガイドもご一読願います。--Saigen Jiro会話) 2018年11月28日 (水) 04:57 (UTC)

>一般的理解と甚だしく乖離しているとして差し戻させて頂きました。

一般的理解と言うのは、誰かの一般的理解でしょう? そうでは無く、参照された資料に基づいた記載が求められています。資料によれば、浄土真宗と言えば西本願寺だけで、あとは真宗と言う記載で、西本願寺が浄土真宗と名乗るのは、戦後の事とあります。

(追記)合わせて、記載にはルールがあってWikipedia:検証可能性もご一読願います。

「名乗り」を「開山」と表現すること、親鸞が1774年に生きているかのように表現することは、一般的とは思えません。表現が適切でないという主旨で申し上げております。--Saigen Jiro会話) 2018年11月28日 (水) 06:41 (UTC)

繰り替えしますが、一般的かどうかでは無く、参照可能性を求められていて、親鸞が生きているかどうかは問われていません。
既に「二次世界大戦後」と改めました。
修正頂いたようですが、『国史大辞典』・『日本大百科全書(ニッポニカ)』・『世界大百科事典』の「浄土真宗」項では戦後の教団成立とは表現されていません。あくまでも戦後に教団が成立したのではなく公称が成立したのだと思いますが、ご確認ください。--Saigen Jiro会話) 2018年11月28日 (水) 07:33 (UTC)
明治五年に真宗と呼ぶように行政指導があったが、戦後に管理しなくなったので浄土真宗と呼ぶ派も出たのでしょう?また名前も無いのに教団が成立したとする所なのでしょうか?
IP氏の主旨を換言すると、「日本」の記事では「日本(ないし日本国)」という呼称が成立したあとのことでないと書けないということでしょうか。「後世に「日本」と呼ばれる国」は、名前がなくても成立しているかと存じます。また『国史大辞典』・『日本大百科全書(ニッポニカ)』・『世界大百科事典』の「浄土真宗」項では、「浄土真宗」の公称成立以前の教団も含めて解説されておりますので、重ねてご確認ください。--Saigen Jiro会話) 2018年11月28日 (水) 08:14 (UTC)
浄土真宗では名前も付く前から成立してたとする根拠は何か?と言うことです。またニッポニカを根拠にしておられますが、そういう事とは場違いな資料を根拠にしても無駄ですよね?bclーbt30
信頼性の高い三次資料の市販百科事典を場違いとは甚だ遺憾ですが、逆に親鸞〜戦後まで教団としては存在しないとする文献はあるのでしょうか。お言葉ですが中高生レベルの教科書とも相違する認識かと存じますし、冒頭提示の文献でもそのような言及は無いように認識します。ご教示願います。--Saigen Jiro会話) 2018年11月28日 (水) 13:55 (UTC)
 >逆に親鸞〜戦後まで教団としては存在しないとする文献はあるのでしょうか。 > 存在していない団体なので当たり前に文献も当たり前にありませんよ。夜郎自大な態度を改めてください

https://www.amazon.co.jp/%E6%B5%84%E5%9C%9F%E7%9C%9F%E5%AE%97%E8%BE%9E%E5%85%B8-%E6%B5%84%E5%9C%9F%E7%9C%9F%E5%AE%97%E6%9C%AC%E9%A1%98%E5%AF%BA%E6%B4%BE%E7%B7%8F%E5%90%88%E7%A0%94%E7%A9%B6%E6%89%80/dp/4894162814/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1543455764&sr=8-1&keywords=%E6%B5%84%E5%9C%9F%E7%9C%9F%E5%AE%97%E8%BE%9E%E5%85%B8 浄土真宗辞典によると >なお明治5年(1872)に新政府が「真宗」の公称を認めた。その後、本願寺派では昭和21年(1946)に定めた宗制・宗法において、宗名を「浄土真宗」と公称している。(浄土真宗辞典) http://j-soken.jp/ 名乗ってる所が、参照可能な文献を残しています。従うよう、お願いします。

私が確認したかったのは、市販百科事典・一般教科書の記載内容とは相違するご編集だという点なのですが、IP様としては相違も問題無しとのご認識のようですね。承知いたしました。確認の際の私の姿勢が夜郎自大と感じられたのであれば、率直にお詫び申し上げます。--Saigen Jiro会話) 2018年11月30日 (金) 08:09 (UTC)
市販されている百科事典だからと言って間違った事だって書いてあります。問題は、だからと言って新興宗教だと言って貰っても困ると言うことです。明治までは真宗にしても名前が無いし、江戸後期としても新興宗教になりかねない事です。
Wikipediaの三大方針(独自研究は載せない中立的な観点検証可能性)に沿った範囲でのご発言・ご編集を願います。--Saigen Jiro会話) 2018年11月30日 (金) 11:05 (UTC)
浄土真宗事典が、どれに抵触するんですか?私の書いたものでは無いのですけど?
浄土真宗事典の記載内容以上のことを述べられるとともに、意に沿わない他文献は一蹴されているかと存じます。--Saigen Jiro会話) 2018年11月30日 (金) 19:53 (UTC)
 一次資料二次資料と言う概念が、wikipediaにはあって、ニッポニカは二次資料です。従って掲載価値が低い訳です。編集ルールに従えませんか?
 三大方針とも結局は関係がありませんね? また浄土真宗事典以上の事と言うのも判りません。 少し建設的な発言をお願いします。

(インデント戻す)「浄土真宗は親鸞没後に教団としては成立、戦後に公称成立」というのが市販百科事典・一般教科書の見解ではないかという私の意見に対しまして、それら文献を個人見解で一蹴したうえに、戦後まで教団としては存在していないと「文献はありません」としたうえで主張し編集を強行されている点、さらに「新興宗教と言って貰っても困る」などと典拠なく見解を強要なさる点は、三大方針に沿うものでは無いと認識します。また一次資料・二次資料・三次資料に関してもWikipediaのルールに沿ったご主張では無いと認識します。お互いにらちがあかない状況かと思いますし、私の認識が多分に間違っている可能性も承知しておりますので、コメント依頼を出して第三者の意見を求めました。--Saigen Jiro会話) 2018年12月1日 (土) 12:21 (UTC) でh、言いますね。どうしてニッポニカは、一次資料なのですか?また戦前には真宗と言う名前だったものを引き継いでいるので、浄土真宗と言う公称はありませんね?みんな判っているのにウソ付くことも無いでしょう?言いがかりを止めませんか?

コメントひとまず61.214.239.236さんは、発言に署名をしていただくようにお願いします。

ノートページ利用者の会話ページでは、発言の末尾に署名してください。基本的なエチケットでもあります。署名することにより、いつ誰が何を言ったかが理解しやすくなり、議論を追うことも容易になります。(Wikipedia:署名より)
署名の方法 発言の末尾に、「--~~~~」(半角ハイフン2つと、半角チルダ4つ)と入力する。これ以外の方法もあるので、Wikipedia:署名#署名の方法を参照してください。
--柒月例祭会話) 2018年12月1日 (土) 13:04 (UTC)

強制でしたら従いますが、どうなっていますか?

Wikipedia:署名およびWikipedia:エチケットはいずれも利用者の行動のルールとして、「方針」に位置づけられています。すなわち、「多くの利用者に支持されており、すべての利用者が従うべきだと考えられています。」
Wikipedia:ウィキペディアへようこそにも「ノートページに投稿する際には署名を忘れずに行ってください。」とあります。
このようにウィキペディアにはさまざまな決めごとがあります。Wikipedia:FAQ_投稿者向け#ウィキペディアに参加するにもありますように、「ウィキペディアはその『方針』に賛同する方であれば」編集できるのであり、換言すれば「投稿したのであればウィキペディアの『方針』を理解し、同意したということ」とみなされます。逆に、「方針」を守らずに編集を続けると、最悪の場合、投稿できなくなる可能性もあります。
せっかくですから、あわせてWikipedia:説明責任もご案内します。こちらは「方針」ではなく「ガイドライン」(多くの利用者が基本的に同意しており、従うことが推奨)です。こちらの文書には次のように書かれています。
  • 「多くの利用者は「既存の記事を大幅に変更する際にはアカウントを取得し、ログインし、説明責任が果たせる立場になった上で編集してほしい」と望んでいます。」
  • 「ログインしないでの編集は現在は認められていますし、そのこと自体に対して他の利用者が異議を唱えることはできません。しかし、ログインしていないのは、自身の投稿に自信がなかったり、責任を持ちたくないためであるとか、ウィキペディアの方針に沿っていないことを自覚しているため、と見られることも多々あります。」
なお、ウィキペディアは基本的に、協力的な共同作業と対話によって成り立っていますから、「強制でないなら従わない」というような態度で、共同作業の円滑さや生産性を妨げるようなふるまうとしたら、感心しません。上にも書きました通り、署名をして発言者を明確にすることは共同作業をすすめていくうえでの一般的なマナーに通じます。私の経験上、「方針でないなら守る必要はない」というような方は得てして、多くの利用者からの支持を失っていき、投稿できなくなる状態に追い込まれるケースが多いです。--柒月例祭会話) 2018年12月1日 (土) 14:16 (UTC)
IPは荒らしとしてブロック・記事は半保護にしました。--ぱたごん会話) 2018年12月1日 (土) 15:24 (UTC)
あら、まあ、しかたがないですね。手遅れ気味ではありますが、IPさんには何点か申し上げておきます。
議論の相手方を「夜郎自大」などと罵るのはWikipedia:礼儀を忘れないという「行動のルール」「方針」に明白に違反しています。(こんなのは、いちいち文書化されていなくても、ダメなことだというのはおわかりいただけますよね。)
「行動のルール」やマナーの件はウィキペディアに参加する上での基礎的素養ですから、そこがダメであれば、記事の中身を論じる資格がない、ということになります。ご留意ください。
で、議論を概観しましたところ、論争の背景には次のような要素があるように思います。いかがでしょう。
  • (A)いわゆる「宗名問題」
  • (B)Aに伴って、記事主題を「現在の、浄土真宗なる宗教法人(法令を存在根拠とする団体)」(狭義)とみなすのか、それとも「ひろく浄土真宗と呼ばれる宗派」(広義)として扱うのか。
(B)について、『ニッポニカ』には1774年以降の「いわゆる宗名問題」の説明があります。これにしたがえば、鎌倉期に興った「浄土真宗」とみなされる宗派には「真宗10派」があり、1774年からの宗名問題を経て、1872年の法的扱いにより、浄土真宗10派のうち「本願寺派」が『浄土真宗』を名乗り、残りの9派が『真宗』を名乗っている。
すなわち、「浄土真宗」なる語は、(1)親鸞以降の真宗10派の総称、(2)真宗10派のうち本願寺派に限定(since 1872)、という2つの用法がみとめられるということです。
私が見たところ、記事は(1)の観点でまとめられています。『ニッポニカ』など各種の一般的な辞典類([1])や文化庁の宗教年鑑 p22でも、「浄土宗の一派」「親鸞を開祖」として鎌倉期を草創期とし、「広義」の意で扱っています。すなわち、社会一般の見解と記事の枠組みは一致していると言えます。
(2)の意では、浄土真宗本願寺派という記事がこれを担っているようです。
浄土真宗浄土真宗本願寺派も、どちらの記事も信頼できる情報源が不十分ですし、改善の余地が大きいことは確かです。ただ、これらの記事群は、そもそも論争がある主題といえるでしょう。ふつう以上に中立性などに注意しながら編集しなければいけない記事です。
IPさんの主張は、「浄土真宗本願寺派」の立場に立脚して「1872年以降に浄土真宗を公称している派以外は『浄土真宗』としては認めない」というような立場であるようにみえます。しかし、市販の各種辞典類などに鑑み、こうした主張は中立性を欠くとみられます。
「二次資料」に関するご発言がありますが、IPさんの「一次資料」「二次資料」に関するご主張は、ウィキペディアのポリシーと合致していないようにお見受けします。詳しくはWikipedia:信頼できる情報源にありますが、ウィキペディアでは、「二次資料」が重視されます。『ニッポニカ』などの百科辞典類は「三次資料」に位置づけられており、「ウィキペディアの目的には信頼できる情報源とみなされます」。これに対して「書こうとしている対象の状況に非常に近い情報源」は「一次資料」に位置づけられ、「ウィキペディアの記事は一次資料に基づくべきではな」いです。この記事の場合、「浄土真宗本願寺派総合研究所」による『浄土真宗辞典』は、「書こうとしている対象の状況に非常に近い情報源」といえるでしょう。すなわち取扱要注意の情報源ということになるのです。--柒月例祭会話) 2018年12月1日 (土) 16:18 (UTC)
コメント 私は仏教のことは本当によく知らないので、自分で手を出すことはしませんが、いまの浄土真宗の記事は少し改良の余地があるようには思いました。
  • 「浄土真宗」というのは親鸞が興した。ただし(親鸞の著書のなかに「浄土真宗」という語があるとはいえ)、長い間「一向宗」などと呼ばれていた。この「一向宗=浄土真宗」は「真宗10」派と呼ばれる諸派に分派していき、江戸時代に彼らが「一向宗」を「浄土真宗」の名称に改めようとして論争が起きた。明治時代に宗教団体が法的に管理されるようになると、「真宗10派」のうち本願寺派だけが「浄土真宗」を公称し、他の派は「真宗」を公称するようになった。そのため現在は狭義での「浄土真宗」は本願寺派だけを示すことになるが、世間一般ではいまも「真宗10派」全体の総称として「浄土真宗」の語が用いられている。
的な概略を、冒頭に近いところで簡潔に説明するといいなあと思います。読者にとっても道案内として有用だろうと思いますし、IPさんもこのような概説が冒頭部にあれば、いくらかご納得いただけるのではないかなあ、と思います。--柒月例祭会話) 2018年12月1日 (土) 16:35 (UTC)
コメント等ありがとうございます。冒頭の概説の必要性について承知いたしました。--Saigen Jiro会話) 2018年12月2日 (日) 20:09 (UTC)