ノート:沃沮

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本記事(東沃沮)に北沃沮の記事を統合したいと考えております。2006年1月31日以来編集がされておらず、10月27日になって編集されているMurasagiさんと、私(田英)とで議論を先行させておりましたので、その趣旨を記述します。

統合の根拠としては、
  1. Murasagiさんも東沃沮の記事に追記されていたように、(東)沃沮は本来は夫租県の濊族とするべきものであること
  2. 『三国志』に見える北沃沮は東沃沮条のなかで南沃沮との対比で書かれていること
  3. 北沃沮と東沃沮とは同俗であること
  4. 『三国志』で北沃沮の記事として書かれている「置溝婁・・・」の件をMurasagiさんが東沃沮と北沃沮との両方に記述していただいていること
です。北沃沮は東沃沮と呼ばれた一団のうち、北側のグループあるいは北側の地域であるとして、東沃沮に記事を統合してしまって、その中で節を立てて記述することを考えております。ご賛同いただければ、統合依頼の手続きと、ノートへの提案記入とをしようと思いますので、ご意見いただけますようお願いいたします。また、「置溝婁・・・」の記述について、「津軽との関連」というのは私は初めて見る説ですので、出典などお教えいただけないでしょうか。もう一点、北沃沮が後に「白山靺鞨」になった、というのも出典をお教えいただきたいと思います。ツングースの記事にあるように、靺鞨はツングース系ですが、扶余系はツングースとは考えられていないということですので、沃沮(=濊=扶余)が白山靺鞨になったとするのは整合性が取れていないように思います。以上の記事はMurasagiさんの会話ページに田英が2006年11月16日0:00に記述したもの[1]です。これに対し、Murasagiさんからは
  1. 東沃沮と北沃沮の統合については、賛成します。というかおまかせします。
  2. 「置溝婁・・・」の記述中の「津軽との関連」は、出典については大原利武「漢の五郡二水考」だったと思います。
  3. 靺鞨・穢・ツングース・夫餘の関係については、矛盾はありません。靺鞨は特定の一民族ではなく、部によって民族系統が異なり、複数種族の連合体です。詳しくはいずれ靺鞨の項目に書き足ししようと思ってます。
とするお返事([2])を2006年11月16日0:42にいただいたところです。--田英 2006年11月16日 (木) 11:01 (UTC)
統合依頼に記述(依頼と言うよりは提案表明でしょうか?)してきましたので、ここからまず72時間経過を見ようと思います。統合に反対がなければ、統合を進めます。--田英 2006年11月16日 (木) 12:01 (UTC)

北沃沮の置溝婁の件[編集]

「えぞ・えみしとの関係」については除去し、「津軽との関係」については扱いを小さくしておきました。手元で確認できる三国志を読む限り、置溝婁を北沃沮の中心地とは読めないように思います。現地語での水城の意とすることについても、出典の明記をお願いしたいです。(私が参考文献としてあげている武田幸男編『朝鮮史』にはそのような記述はありませんでしたので、紛らわしくなってしまっているのですが。)--田英 2006年11月20日 (月) 12:42 (UTC)

改名について[編集]

東と北が統合されたのに東沃祖のままなのには何か意図があるのでしょうか?他言語版でも単なる沃沮です。Clarin氏が差し戻しましたがどうしても東沃沮でなければならない理由などあるのでしょうか?改名提案の告知は「移動合戦」と呼ばれる状況を防ぐために推奨されますがなぜ移動合戦がしたいのでしょう?提案の告知がないからというのなら本末転倒でサーバーリソースの無駄遣いです。もし私が移動させたからという理由なら個人攻撃なので止めるべきです。--István 2008年11月6日 (木) 22:58 (UTC)

賛成 統合した以上は沃沮への改名に賛成です。周知については、統合提案によって十分になされたでしょう。改名については、統合の結果として内容と記事名が乖離していて、Wikipedia:ページの改名の「ページ名が記事名の付け方のガイドラインに沿っていないとき」に該当している状況ですので、即時改名でも問題なかったろうと思います。Kurz 2008年11月12日 (水) 04:17 (UTC)
報告 提案者Istvánさんはソックパペットとのことで、現在ブロックされています。Kurz 2008年11月19日 (水) 01:41 (UTC)
賛成 賛成します。北沃沮の記事が含まれている状況で現在の表題は不自然。現在の表題に拘るのであれば北沃沮は再分割すべきだと考えます。--Himetv 2008年12月7日 (日) 23:22 (UTC)
コメント Istvánさんがブロックされてしまいましたので、何か問題が生じているのかと感じ、この提案はしばらく放置していました。改名理由としても問題はありませんし、しばらく異論もありませんでしたし、Himetvさんのご意見もいただきましたので、合意形成されたものとみなしてよいかと考えます。一応3日程度様子を見た上で、異論が出なければ改名します。--Kurz 2008年12月8日 (月) 07:34 (UTC)
異論が特に出ませんでしたので、合意がえられたものとみなし、改名します。ありがとうございました。--Kurz 2008年12月11日 (木) 05:27 (UTC)

保護報告[編集]

編集合戦により1か月保護しました。歴史地図を貼付する際にはその地図が示している西暦年を明示して、適切なキャプションと共に使用するようにしてください。

I have protected this page for 1 month by the edit war. If you use some historical maps, please specify the time of when with an appropriate caption.

為編輯戰保護了1個月。粘貼歷史地圖的時候明示那個地圖表示著的西曆年,與恰當字幕一起請使用。

편집 분쟁에 의해 1개월 보호했습니다. 역사지도를 첨부할 때에는 그 지도가 나타내고 있는 서역년을 명시하고, 적절한 캡션과 함께 사용하도록 해 주십시오.--ろう(Law soma) D C 2010年10月8日 (金) 01:10 (UTC)

言語系統の書き方案[編集]

一旦ここでまとめてから、本文に反映させますので、以下に書いたものに足りないものがあれば書き足してください。--トムル 2011年9月25日 (日) 02:14 (UTC)

==言語系統==
中国の史書によると、夫余の言語は高句麗と同じとされ[1]、沃沮ともほぼ同じとされる[2]。一方、東の挹婁は独特の言語を使っていたとされ、夫余系(濊系、濊貊系)の言語と異なる[3]。ここで2つの言語系統が存在することがわかるが、夫余系(濊系、濊貊系)の言語が現在のどの系統に属すのかについては古くから論争があり、現在に至ってもよく解っていない。

  • ツングース系説…日本の学説や事典では、粛慎系の靺鞨や勿吉とともに夫余もツングース系であるとされており[4]、現在の日本でポピュラーな説となっている。
  • ツングース系+モンゴル系説…比較言語学的研究により、穢貊系(濊系、扶余系)の語彙[5]の多くがツングース系の語彙と共通し、かつモンゴル系の語彙も含むことから、夫余・高句麗語はツングース系をベースとしたモンゴル系との混成語であるとする説[6]。これに対し、粛慎系の言語はモンゴル系などが混じっていない「純ツングース系」とされる。
  • 夫余・韓系説…比較言語学的研究により、『三国史記』所載の高句麗地名から抽出した高句麗語語彙が、ツングース系語彙よりも朝鮮・日本語語彙に多く共通するとして、アルタイ祖語は夫余・韓共通語とテュルク・モンゴル・ツングース共通語の二つに分離し、前者が原始韓語と原始夫余語とに分かれ、ついで原始夫余語が高句麗語と原始日本語とに分かれたとする説[7]。しかし、村山七郎や清瀬義三郎則府は、高句麗語と朝鮮語は遠いことを示し[8]、そもそも高句麗語の存在や不正確さも指摘している[9]
  • 古シベリア(古アジア)系説…中国史書の記述(上記)から粛慎系の言語系統と濊系の言語系統が異なると判断し、粛慎系をツングース系と仮定すれば、濊系は古アジア系となる説[10]

==脚注==

  1. ^ 『三国志』魏書烏丸鮮卑東夷伝 高句麗「東夷舊語以為夫餘別種,言語諸事,多與夫餘同」、『後漢書』東夷列伝 高句驪「東夷相傳以為夫餘別種,故言語法則多同」
  2. ^ 『三国志』魏書烏丸鮮卑東夷伝 東沃沮「其言語與句麗大同,時時小異。」濊「言語法俗大抵與句麗同,衣服有異。」、『後漢書』東夷列伝 東沃沮「言語、食飲、居處、衣服有似句驪。」濊「耆舊自謂與句驪同種,言語法俗大抵相類。」
  3. ^ 『三国志』魏書烏丸鮮卑東夷伝 挹婁「其人形似夫餘,言語不與夫餘、句麗同」、『後漢書』東夷列伝 挹婁「人形似夫餘,而言語各異」
  4. ^
    • シロコゴロフ著、川久保悌郎・田中克巳訳『シロコゴロフ 北方ツングースの社會構成』(1942年、岩波書店)p285-p287「鳥居龍蔵氏は彼らを北朝鮮の強国、夫余及び高句麗の建設者と見做し、彼等をツングースであろうと考えている。」
    • 『白鳥庫吉全集 第4巻』(1970年、岩波書店)P536「『穢貊は果たして何民族と見做すべきか』穢貊の言語には多量のTunguse語に少量の蒙古語を混入していることが認められる。想うにこの民族は今日のSolon人の如く、Tunguse種を骨子とし、之に蒙古種を加味した雑種であろう。」
    • 井上秀雄、他訳注『東アジア民族史1-正史東夷伝』(1974年、平凡社)p103「(高句麗、夫余の)両族は、ともにツングース系と考えられている。両族が同系であることは始祖神話(東明・朱蒙伝説)の類同によっても推測できよう。」
    • 加藤九祚『北東アジア民族学史の研究』(1986年、恒文社)p156「高句麗は北扶余から発したとされるが、その北扶余がツングース・満州語族に属することは定説となっている」
    • 三上次男・神田信夫編『民族の世界史3 東北アジアの民族と歴史』(1989年、山川出版社)p161「Ⅱ(夫余、高句麗、濊、東沃沮)の言語はツングース・満州語の一派か、またはそれに近い言語と思われるが、むしろ朝鮮語と近い親縁関係にあるか、詳しく調べてみなければわからない。」
    • 鳥越憲三郎著『古代朝鮮と倭族』(1992年、中央公論社)「高句麗は紀元前1世紀末、ツングース系の濊族によって建国」
    • 『Yahoo!百科事典』「【濊貊】前3世紀ごろモンゴル系民族に押されて朝鮮半島北東部に南下し、夫余(ふよ),高句麗(こうくり),沃沮(よくそ)を構成したツングース系の諸族を含むのである《浜田耕策》。【夫余】古代中国の東北地方に割拠していたツングース系と思われる民族が建てた国名《村山正雄》」
    • 諏訪春雄「高句麗や百済を建国した夫余族はツングース系の遊牧民族(学習院大学教授 諏訪春雄通信)」
    • 南出喜久治「私の見解では、高句麗は、建国の始祖である朱蒙がツングース系(満州族)であり、韓民族を被支配者とした満州族による征服王朝であつて、韓民族の民族国家ではないと考へている。(いはゆる「保守論壇」に問ふ ‹其の五›日韓の宿痾と本能論)」
  5. ^ 中国史書にわずかに見える漢文語彙。
  6. ^ 白鳥庫吉「穢貊は果たして何民族と見做すべきか」(『白鳥庫吉全集 第4巻』1970年、岩波書店)「穢貊の言語には多量のTunguse語に少量の蒙古語を混入していることが認められる。想うにこの民族は今日のSolon人の如く、Tunguse種を骨子とし、之に蒙古種を加味した雑種であろう。」
  7. ^ 三上次男・神田信夫編『民族の世界史3 東北アジアの民族と歴史』(1989年、山川出版社)p169「彼(李基文)によると、アルタイ諸語と朝鮮語の間に動名詞語尾と若干の曲用語尾について一致が見られるという。また、語彙の比較においては、かなりの一致が朝鮮語とアルタイ諸語に共通して見出され、そのうち、朝鮮語とツングース諸語の間に語彙の一致がもっとも多く、ついでモンゴル諸語との間にも興味深い一致が見出され、チュルク語との間には一致するものが非常に少ないという。(中略)こうした状況のなかで、李基文は『三国史記』所載の高句麗地名からかなりの語彙を抽出し「高句麗語」としてとらえ、朝鮮語、日本語、ツングース語との比較を試みた(1966年)。そして、高句麗語が、朝鮮語(新羅、中世語)と著しい語彙の一致をみせ、日本語とも多くの共通語をもち、ツングース語とも若干の一致例をみせるとし、アルタイ祖語が夫餘・韓共通語とチュルク、モンゴル、ツングース共通語の二つに分離し、前者が原始韓語と原始夫餘語とに分かれ、ついで原始夫餘語が高句麗語と原始日本語とに分かれたとして、高句麗語は日本語と朝鮮語との親縁関係をつなぐミッシング・リングの位置を占めると主張した。《梅田博之》《李基文「韓国語形成史」(『韓国文化史大系Ⅴ.言語・文化史』)ソウル1967 p21-122、李基文「高句麗の言語とその特徴」(『白山学報』4号)1968(中村完訳、『韓』第10号 東京韓国研究院 1972;池田次郎・大野晋編『論集 日本文化の起源5 日本人種論・言語学』平凡社 1973 p594-627)》」
  8. ^ 清瀬義三郎則府『日本語学とアルタイ語学』(明治書院、1991年)
  9. ^ 金東昭(訳:栗田英二)『韓国語変遷史』(明石書店、2003年)、金芳漢『韓国語の系統』(三一書房、1985年)
  10. ^ 朱国忱・魏国忠(訳:佐伯有清・浜田耕策)『渤海史』(1996年、東方書店)

高句麗や夫余と同じく、韓系説を載せないか、系統不明説や日本語同系統説も併記すべきかと。--59.85.37.143 2011年10月2日 (日) 09:19 (UTC)

ノート:夫余での合意により、この案で言語系統を書かせていただきます。--トムル 2011年10月8日 (土) 14:08 (UTC)