ノート:構造主義

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2007年7月28日~2008年1月24日[編集]

質問があります。
>それ以外にも突然変異の生起を一定の形で拘束している構造的要因が生物にはあると考え、
この「構造的要因」とは具体的にどういう物を指すのでしょうか?遺伝子学がその一つとありますが、すなわち遺伝子ですか?池田清彦氏の著作をいくつか読みましたが、具体的にコレである、と説明がなされていなかったように思います。普通は「そう考える根拠はコレコレである」とまず最初に(最初ではなくても、キーワードなのだからどこかで明確に)解説すると思うんですが。なぜ構造的要因などと解釈の余地がいくらでもありそうな抽象的な用語を最初から最後まで定義無く使うのか、未だに分かりません。--124.211.118.91 2007年7月28日 (土) 15:41 (UTC)

http://www.amazon.co.jp/%E3%81%95%E3%82%88%E3%81%AA%E3%82%89%E3%83%80%E3%83%BC%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%8B%E3%82%BA%E3%83%A0%E2%80%95%E6%A7%8B%E9%80%A0%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E9%80%B2%E5%8C%96%E8%AB%96%E8%AC%9B%E7%BE%A9-%E8%AC%9B%E8%AB%87%E7%A4%BE%E9%81%B8%E6%9B%B8%E3%83%A1%E3%83%81%E3%82%A8-%E6%B1%A0%E7%94%B0-%E6%B8%85%E5%BD%A6/dp/4062581205 基本はまあ、遺伝的浮動は完全にランダムじゃなくて、起きうる変化は具体的な既存の形態に拘束されるんだということを 重く見る、あたりで、それ以上は、まあ賛否両論,多少曖昧、というあたりらしいです。 で、遺伝子学云々の記述は、単純に「構造生物学」と「構造主義生物学」を混同した記述でしょう。要訂正。--Clinamen 2007年7月29日 (日) 14:20 (UTC)

お返事ありがとうございます&レスが遅くなりまして申し訳ありません。上で質問した者です。『さよならダーウィニズム』は読みました。それで覚えた疑問でして(それ以外にも同書は進化学説への曲解もあって、居もしない論敵に向かって吠える「わら人形議論」をしているのが大変気になります)。ここで、本の中身について質問するのはどうかと思いましたが、知り合いの生物学教授に聞いたところ、池田氏の生物学に見るべきところはないと言われたもので、ここで生物学に詳しいほかの方の意見を聞けるかと思いまして。

>で、遺伝子学云々の記述は、単純に「構造生物学」と「構造主義生物学」を混同した記述でしょう

については了解しました。

>既存の形態に拘束されるんだということを重く見る

「重く見る」と言うことは「完全にランダムではない」と言える根拠があるわけですよね。それとも「完全にランダムかもしれないが、そうではないかもしれない」程度の強さなのでしょうか。『さよならダーウィニズム』で挙げられている例はどれも古くて、既存の説で説明がつくものなので(同書が書かれた当時はそうではありませんでしたが)、「完全にランダムではない」と主張する根拠は今では無いように思えたのです。ここ数年の、構造主義生物学的アプローチからの研究が読める本、雑誌、論文等をもしご存じでしたら教えていただけるとありがたいです。 --124.211.118.91 2007年8月16日 (木) 06:45 (UTC)

疑問点があります。本文中に

レヴィ=ストロースはサルトルとの論争(この論争により、事実上、サルトルと実存主義は葬られた)

とありますが、このような「実存主義は葬られた」という評価は一般的に認知されていることなのでしょうか? --I have no name 2008年1月24日 (木) 18:01 (UTC)


 構造主義生物学の表記方法について[編集]

ノート:武田邦彦で議論されているとおり、昆虫採集マンの編集に関する理解は誤解です。誤解でないなら悪質な荒らしですが、好意的に誤解と認識しておきます。確たる出典があれば、ある人物の主張に対し「実際の事実はこうであり、よって氏の主張は間違っている」と書くことはできます。多数の管理者が編集・コメントに関わっている武田邦彦の項を見て明らかです。「誰だれが・・・と言う理由で氏の間違いを批判した」とかく必要はありません。これがウィキペディアのルールです。誤解に基づいて編集し人的・機械的リソースを浪費したことについて謝罪・弁明等要求する。他の皆さんも勝手な編集を許さないよう見張ってください --Lancetcell 2009年12月14日 (月) 02:48

Lancetcell さん、昆虫採集マンです。 ノートに投稿するときは、必ず文末に--~~~~ と書くことで署名してください。次からルールを守るように。こういうところもancetcell さんの体質が現れていますね。いいですか、この世に存在するすべての文章は、誰かが書いたものです。ひとつひとつの文章には、それを書いた責任者がいるのです。あなたは、あなたが書く言葉には、「自分で責任を持つのだ」という気持ちになって、しっかりと署名をするように。それと同様に、Wikipediaに掲載する文章も、しっかりとした資料を調べて、誰がその文章を作り出したのか、誰がその文章内容に最終的な責任を負おうとしているのかはっきりと明示するように。
Lancetcell さん、あなたは「ノート:武田邦彦でも言われている」だとか何だとか言ってますが、そのノートに複数のアカウントやIPを使って感情的になって書き込んでいるのは、結局全部あなたひとりじゃないですか。ばかばかしいことを言ってはいけません。ともかくルールを守ってください。私の出典明記の文章を消さないように。
Lancetcellさんは、何か正義心にでも駆り立てられて池田清彦に対してとてつもなく激しい怒りを抱いているようですが、そういう感情に駆られたからといって、その気持ちをWikipediaにぶちまけてはいけないんですよ。ルールを守ってください。
念のためにひとこと言っておくと、私も環境のことは大切に思っていて、池田清彦の環境問題に関する発言内容は間違っていると思っており、それなりに「けしからんなぁ」とは感じてはいますが、それはそれです。それと構造主義の学説の内容は別問題。構造主義のページは無関係です。
例えば、分かりやすい例を挙げると、アルベルト・アインシュタインも自分の子供のことを虐待していたんですよ。それはそれでけしからんことですが、例えば仮に、幼少時に親から虐待された経験ある人などだったら、アインシュタインに対して非常に腹が立つでしょうが、おまけにアインシュタインの理論も部分的にいくつも間違っていた箇所もありましたが、だからといってWikipediaの一般相対性理論のページに「アインシュタインは虐待者だ!これは児童虐待者による理論だ!根本的に間違っているんだ! ○×□△! ×□△○○×□△○!」などと書き込んでみたり、相対性理論のページの理論説明や数式を大量に消去したりしてはいけないわけです。
アイザック・ニュートンだって、彼の唱えた理論体系では「絶対時間・絶対空間」なんてものがあるかのように書かれていましたが、現代ではそれは根本的に間違っていたと分かっています。おまけにニュートンは後半生、錬金術に没頭していました。しかし、だからといって、ニュートンニュートン力学のページに「ニュートンは擬似科学者だ!これは根本的に間違った理論である!  ○×□△! ×□△○○×□△○!」などとばかり大量に書いてはいけないわけです。
もし環境問題に関する池田清彦の発言とそれが間違っているという指摘を書きたいのなら、環境問題のページで数行~10行程度書けばいいだけのことです。ただし、出典付きで。図書館へ1~2時間行ってしっかり調べて出典付きにすればいいだけのことです。公営の図書館は完全に無料ですよ。ひと手間を惜しまないように。ここのページで荒らしをしないように。
Wikipediaというのは自分の考えを書いてはいけないものです。たとえ自分の考えがどれほど優れていても、です。まともなWikipedianたちは、自分を抑えて私見は書かないようにしているし、私だって本当に自分が思っていることや自分の感情なんて全然書いていない。あくまで出典に書かれていること以上は書いていない。他のWikipedianたちは自制しているんですよ。皆、グッとこらえている。Lancetcell さんにも、そういうことに早く気づいてもらいたい。
ともかく公式ルールを遵守して、学者などが言っていることを本や論文で調べて、出典をつけながら、基本的に一体誰がそう言っているのか分かるような形で書くように。単純な物理データみたいなものはカッコに入れて誰が言っているのか分かる形にしなくてもいいです。でも、○○さんの○○に関する意見は間違っている、とか、○○さんは学者として変だ、とかいうのは客観的な事実ではなくて、判断する人ごとに判断は変わることですから、きちんと、誰がそう判断したのか明示しなければなりません。ともかく出典を示すというルールを守るように--昆虫採集マン 2009年12月14日 (月) 14:12 (UTC)

相変わらずの大規模勘違いをしてる人がいます。環境の事なんか(ここでは)関係ありません。ネオダーウィニズムでは不十分なんていう池田の主張がオトボケカンチガイもしくは文系騙しなのです。現在の進化論、進化生物学が不十分なんて、じゃあ十分だと言った人を挙げてくれ。十分なら、研究は終わったと言うことで、もうjournalも科研費も実験もいらなくなるわけ。十分でないから世界中ですさまじい量の研究が行われ、十分でないからこそエピジェネティクスだevo-devoだなんて巨大な分野が形成された。そして池田の議論はそういう新しい展開を考慮していない。 だから、書く必要はないのです。だから池田はダメであるとか言ったら言いすぎでしょう。余分なことはいう必要はない。ただ、現代生物学に寄与していないので、無理やり書く意味がないのです。--Lancetcell 2009年12月15日 (火) 03:23



昆虫採集マンです。  (文字下げがわずらわしいので戻します)

Lancetcellさんはどうも理解されていないようだ。

私は、構造主義生物について様々な議論・批判があるということは、百も承知している。念のために勘違いされないように言っておきますが、私は別に構造主義生物学の内容を支持しているとか、絶対に正しいと思っているわけでもありませんし、構造主義生物学のファンではないのです。そういうことを理解するように。Wikipediaは好き嫌いで記事を書くものではありません。出典明示、中立性などの公式ルールに基づいて、中立的な記述を集積してゆく場です。

くれぐれも、Lancetcellさん以外の人まで、Lancetcellさんのような 感情的な反応のしかたや理屈でWikipediaを編集しているなどと早合点しないように。

いいですか、Lancetcellさんの思考のプロセス、編集のプロセスは次のとおりです。

「この理論(オレから見れば)間違っている!他にも間違っていると言っている人がいることも知っている!」→「(オレにとっては)気に入らない!非常に腹が立つ!」→「(オレにとっては)見る価値もない!」→「消してやれ!」

Wikipediaではこのような編集は絶対に禁止されています。Lancetcellさんは、百科事典というものを誤解しています。

いいですか、Wikipediaは百科事典です百科事典というのは、受験生用の「即使える」解法テクニックだけを集めた要点集のような本ではありませんし、中学生向けの異常に単純化された教科書でもありませんし、現実世界では諸説が乱立しているという事実を無視しデタラメなまでに要約してしまった偽史的な本、とも違うものです。「現代○○学に寄与しているから書く!」「現代○○学に寄与していないから消してやる!」というようなものではないのです。百科事典というのは、何らかの理論体系があれば、それがたとえ正しい理論体系でも間違った理論体系でも、「半分正しくて半分間違っている」体系でも、とりあえずは内容をそのままに表示し、具体的にいったいどのような理論体系なのか読者から見て理解できるように、表示するものなのです。

Wikipediaは、書き手にとってどんな利用価値があるかを述べる場でもありませんし、好き嫌いをぶちまける場でもありません。

例えば、今は誰も使っていない、(ある意味で現代人にとっては直接的には役立たずで、現代物理学には寄与していない)エーテル理論でさえも、できるだけ好意的に表示して、詳細に解説するわけです。

例えば、「絶対空間・絶対時間」を想定していたという点で実は根本的に間違っていたというニュートン力学でも、百科事典では比較的好意的に表示します。

いちいちニュートン力学の記事の各行に「だが、念のために言っておくが、この理論体系は、絶対空間・絶対時間を想定しているという点で根本的に間違っている!この行も現在の物理学の視点で厳密に言えば間違い!」などと、理論体系に茶々を入れるような形で解説をいれたりはしないのです。罵詈雑言ばかりが目立ってしまい、理論体系の筋を純粋に追うことができなってしまいます。

「理論体系そのもの」と、それに対して「他の人が勝手に述べた解説」はきちんと区別して、なるべく分離して表示すべきです。

百科事典というのは、過去のものでも、現在のものでも、正しい理論でも、「半分間違っていて半分正しい」理論でも、基本的にはそれをそのままに提示するものです。そしてそのあとで、もし誰かがその理論についての解説や批判があったら、記事の後半に、それをありのままに、いったい誰がそう述べているのか出典を明示してできるだけ出典に忠実に表示すればよい。客観的で絶対的な判断などというものはありません。判断は必ず、誰かの判断です。自分には理論が間違っていると思えても(そしてそれが実際にそうであっても)、「間違っている!」などと自分の考えを書いてはいけません。あくまで「××学者の○○は、△△△△△の点は間違っている、だが□□□の点は評価できるだろう、と述べた。」と、できるだけ出典に忠実に表示すべきです。

中学や高校や大学の教養課程程度のレベルを超えて、過去の歴史や科学史をじっくりと学べば分かるのですが、科学の世界や学問の世界では、批判している側も間違っていたということもありますし、どっこいどっこいだった、ということもありますし、批判している側のほうがむしろ間違っていた、ということも多々あります。例えば、ニュートンが万有引力理論を唱えた時は、同時代の学者の多くはそれが間違っていると見なしていて、例えばライプニッツなどは、ニュートンはキチガイであるかのように言いました。最近の例では、例えば、セントラルドグマを見てごらんなさい。つい最近(ほんとについ最近までですよ)、生物学者のほとんどが熱狂的に全面的に信じていて、誰かが「遺伝子には後天的な情報が付加される可能性がある」などと発言しようもんなら、「そんな考えはオカルトだ!非科学だ!擬似科学者め!! そんな考え方はセントラルドグマで否定されているんだ!!!」などと、ほとんどの生物学者や大学生は魔女狩りでもするような雰囲気で叫んでいました。ところが、実はセントラルドグマ自体が問題ぶくみだったということが今では指摘され(修正/否定)されつつあるわけです。

結局、ある説が現在の学会で主流であろうがどうであろうが、そんなことは真理であるかどうかの保証にはなりません。科学史というのは、二転三転したり、同じところを行ったり来たりしたり、誰も予想もしないドンデン返しをしているものです。(決して、中・高生向け教科書で描かれているようには)直線的には進んでいません。

ある時点で主流派の立場に染まって、それを規準にして、「好き・嫌い」で判断し、あたかも科学のすべての営みがその説に向かって進んでいたかのように見たり、主流派の説と矛盾する説については、存在自体を否認して記述を消そうとしたり、説の内容をそのまま紹介せず、批判的なコメントばかりを書くような態度は、ホイッグ史観というものです。こういう態度は、およそ学問的とは言いがたいもので、学問の世界では非常に評判が悪いものです。これは学問ではなく、ペテンや情報操作の一種です。Lancetcellさんはどうもホイッグ史観的な思考形態を採るようですが、Wikipediaの場ではそれをしてはいけません。

様々な分野の主流派が現在支持している諸理論体系も、あと20~30年もすれば、かなりの部分はひっくり返って否定されてしまっている可能性は相当にあります。どの説が将来どのような扱いになるか、誰も予想できません。つまり、なにごとも絶対の真理としては書かないほうがいいのです。今現在 主流派となっている説であろうが、マイナーな説であろうが、記述はできるだけ中立的に記述すべきです。

ですから、どんな理論を扱うにしても、結局 Wikipediaの公式ルールを遵守するのが正解であり、何か言われていることは、「あくまである人物によって言われていることにすぎない」と分かるような形で、中立的に表示するべきです。

構造主義生物学の話に戻すと、この理論の評価は割れていますが、現在の評価がどのようなものであれ、あるいは将来的に万有引力理論のような扱いになっても、あるいはルイセンコ主義のような扱いになっても、最近発展中のエピジェネティックの理論のような扱いになっても、ともかくWikipedia:中立性を遵守して、「○○は □□と述べた」と記述しておけば、将来的にも、右往左往して記述を変更する必要がありません。Wikipediaの中立性を遵守した記述にしておけば、将来、全く方向性の異なった新しい解説や評価が登場しても、それを時系列的に、後方に追記するだけですむからです。結局、ウィキペディアの公式ルールを守った表示にするべきなのです。

--昆虫採集マン 2009年12月15日 (火) 07:00 (UTC)


コメント 構造主義生物学は議論のある内容なのは確かだと思いますので、ここの項目で記載するのではなく、主な提唱者である池田清彦の項目に彼の主張として記載するか、構造主義生物学の項目に分割して、そちらで論争について記載したほうがよくありませんか。たとえばシブリー・アールキスト鳥類分類ルイセンコ論争のように。--Kurz 2009年12月15日 (火) 03:34 (UTC)
Kurzさん、後でもしくは明日コメントします。--昆虫採集マン 2009年12月15日 (火) 07:06 (UTC)
Kurzさん、コメントありがとうございました。英語版にはすでにen:Structuralism (biology)が存在していましたし、今後も加筆するとなるとバランス上よろしくないので、記事を分割し、 構造主義生物学を作成しました。--昆虫採集マン 2009年12月15日 (火) 14:14 (UTC)

どこまでも自分中心の編集をする人で、語尾も「と批判されている」を「と書かれているという」に変えてしまいました。面倒なので直しませんが、あきれた人です。

ちょっと軟化しようかな[編集]

構造主義生物学という独立の項目作るという案が出たのでちょっと軟化予定。そっちに書けばよろし。あまり干渉しない(たぶん)。 ここ見てる人はご存知でしょうが、構造主義の項目にあの池田の主張のボリュームは異常としか言いようがない。英語版も参照。まずはレビストロ~スをドーンと詳説するのが当然で、彼をしのぐ分量の記述がまともに見える人は、何も知らない人でしょう。独立項目作ってね。