ノート:東京優駿

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この記事は一度削除されています。削除に関する議論はWikipedia:削除依頼/東京優駿をご覧ください。


ダービーポジションの話や、速い馬(皐月賞)、運のある馬(東京優駿)、強い馬(菊花賞)の話などを抜かれてしまうとなんか味も素っ気もなくなってしまいましたね… 中立的であることと、味も素っ気も無いというのは意味が違いますよ。 これぐらいの情報なら他のサイトのデータ集でも見ればわかるような気が…(といいつつ、自分もそれぐらいしか書いてなかったことに反省)。G 15:28 2003年12月4日 (UTC)

それから、表は非常に見やすいものですが、気になった点を列挙しておきますG 15:58 2003年12月4日 (UTC)

  • 年度ではなく回次としましょう(わざわざ回数を数えているわけですから…、もちろん数え上げてない競走が存在しますが、これらに関してのみ年度で良いと思います)。
  • 競走馬名は登録されていた正式なものを採用しましょう(日本中央競馬会またはその前身の時代から、競走馬名としてァィゥェォは用いられていません)。やっぱりガヴアナーをガヴァナーと見てしまうとがっかりしてしまいます(父親名までは確認が取れてないので後日修正にさせて下さい)。

私からも一つ。 「氏」という表記は必要でしょうか? 残すにしても記事になる時の観点から考えてもリンクからは除外すべきと思われます。arufu 02:48 2004年1月3日 (UTC)

馬名に関して[編集]

現在は馬名に関しては「ァ」「ィ」「ゥ」「ェ」「ォ」は使用でき、かつ「血統名として」登録できるようになっているはずです。

例えばトウショウボーイの場合は種牡馬登録名は「トウシヨウボーイ」のようですが、競走馬としては「トウショウボーイ」です。

競走名[編集]

また、競走名についてですが少なくとも現在の名称は「東京優駿(第n回日本ダービー)」(レーシングプログラムでの表記)または「東京優駿(日本ダービー)」です。 Goki 06:40 2004年5月17日 (UTC)

構成を変えました[編集]

「概要」が全く概要の体をなさず雑多な情報が入り混じっていたので、新たに「概要」をつくり、従前の「概要」の大半は「解説」とし、その下に「条件」「意義」等の小見出をつけました。名称、意義、創設の経緯などに若干の加筆を行いました。一部で表現の修正(「レース」→「競走」、「日本ダービー」→「本競走」、「競走馬生産者」→「産馬業者」※当時は必ずしも「競走馬」ではない。)以下の表記については表現上の疑義や出典の要求を提起される可能性があると考えますが、実際上の異論は少ないか、ないものと考えています。

  • 「日本で最も古くから同一条件で開催されている競走」
  • 「名実ともに日本最大最高の競走だった。」
  • 「日本競馬界の象徴であり最大級の目標であるという点については創設以来の価値を保っている」
    • 「全てのホースマンが憧れ~」の件りは修正前の文章でありますが、「ダービーを憧れや最大の目標としない競馬関係者もいる」という反論を回避するために「最大の」と表しました。

以下の表現については一定の異論があるものと考えます。

  • 「最も幸運な馬が勝つ」の所以に関する記述および脚注にあげた実例
    • 「最も幸運な馬が勝つ」というフレーズの存在について私は異論ありませんが、その意味するところは様々な場面でさまざまに解釈されてきており、わざわざ特定の出典を示さずに一般論的な表現にとどめましたが、私の個人的なイメージとしては、多頭数時代に「馬混みに包まれて脚を余して負けた」とか「大外枠をひいてしまった」とか「たまたまその年だけ7月に開催された」とかいうようなケースがこれに該当すると想定しています。厳密にいえばこれらの事情は「運」ではないと考えますが、これらの事情も「運」のうちと看做されたという意味です。また、こうした表現がいつからあるのかについても明確な出典を示すことができませんでしたが、1960年代の出版物にこうした表現を散見することができ、それ以前の実例と思われるものを脚注にあげましたが、私が実例としてあげたものがその当時から「運」で語られたという出典もありません。
  • 「ある年の一年の競馬を端的に表す場合には有馬記念やジャパンカップの優勝馬や年度代表馬ではなく、その年の本競走の優勝馬が挙げられ」
    • 今回の加筆で一番異論のありそうな表現です。主旨はともかく、言い回しとしてはやや不本意な表現です。--零細系統保護協会 2009年9月3日 (木) 10:25 (UTC)

8枠馬の連対[編集]

1983年メジロモンスニーが初めて…という記述がありましたが、メジロモンスニーは1枠1番です。 最内1番枠との書き間違いかと考えましたが、それなら1962年1着フェアーウインが初ですので、皐月賞時の8枠21番との見間違えではないでしょうか。ということで削除しました。 なお、8枠制での8枠連対は1984年の2着(21頭立て19番)スズマッハが初となります。 --Hayat0 2010年5月22日 (土) 02:30 (UTC)

歴史節における過剰な加筆、および出典のない記述の整理について[編集]

今般、「歴史」節に各回の優勝馬などを詳述する編集がログインユーザーによって行われましたが、すでに「歴代優勝馬」の一覧表もある中で重複する記述が多くあるうえ、出典も一切示されておらず信頼性や検証可能性の担保ができません。当該ユーザーには呼びかけを行いましたが出典の提示はなされていないため、この際加筆前の版まで巻き戻すことを提案いたします。

また、「歴史」節に限らず記事全体として出典のない独自研究や百科辞典的ではない記述が多く含まれているため、これらの記述を整理することもあわせて提案いたします。

上記の2点については、既にノート:天皇賞#歴史節への優勝馬の詳述についてで議論が行われていますので、議論は天皇賞のノートで一括してとりまとめたいと思います。ご意見がありましたら、ノート:天皇賞#天皇賞と同様の加筆が行われた他記事の取り扱いについてにお寄せいただきたく思います。とくに異論がなければ、概ね1週間後をめどとして作業に着手したいと思います。--HOPE会話) 2014年4月14日 (月) 09:44 (UTC)

最年少勝利騎手についての検証依頼[編集]

この版で、第12回の優勝騎手前田長吉が「最年少勝利騎手」とされています。東奥日報(2015年5月20日付)が出典として示されていますが、かなり古い年代の話でもあることから、その他の資料でも検証をお願いしたいと思います。

私が調べた限りでは、島田明宏『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』白夜書房、2011年。ISBN 978-4-86191-730-1でも「最年少ダービージョッキー」として言及されていますが、他の説はないのかとか、そういった点も含めて検証をお願いいたします。--HOPE会話) 2015年5月31日 (日) 11:13 (UTC)

  • いちおう検証の主旨の確認なんですけど、なにを確認すればいいんですかね?
  1. 前田長吉が勝った時点で、彼が過去12回の優勝者の中で一番若い
  2. 2015年5月20日の時点での全優勝者のなかで、前田長吉が一番若い
  3. そもそもそんなことが書くに値するのか、トリビアを超える水準でそのことに言及した情報源があるかどうかの確認

少なく見ても、いまの記述は「いつの時点で」ということがないまま「日本ダービー史上」と書いちゃっているので、いつ現在、としないと未来にわたってもこの記述を毎年チェックしなければいけなくなります。--柒月例祭会話) 2015年5月31日 (日) 12:06 (UTC)

    • コメント 第1に確認したいのは「2015年5月20日の時点での全優勝者(第81回まで)のなかで、前田長吉が本当に一番若いのか否か」という点になります。ご指摘の通り、「いついつ現在」という記載はないので、競走結果の出典が整備済となっている第81回までを基準にして考えています。あとは、これが単なるトリビア程度の話でしかないものなのか、かなりしっかりとした根拠を持って「最年少優勝騎手」として記載できるのかどうか、という点が第2の確認事項です。--HOPE会話) 2015年5月31日 (日) 12:16 (UTC)
  • 報告「G-Search」で「東奥日報の2015年5月20日付け記事」で検索を掛けた結果、「トピックス 東京発/JRA競馬博物館で特別展 騎手・前田長吉(八戸出身)に脚光 活躍、数奇の運命伝える」という記事名で、夕刊1頁全1,269字の記事があることが確認できました。なお記事内で「前田長吉が史上最年少で優勝した」という情報をもたらしているのは、JRA競馬博物館で特別展を担当された学芸員の方でした。実名も載っていました。要するにJRAで事実を認め公に主張されているといえ、情報の信頼性は十分に確保されていると判断します。あと前田長吉特別展の紹介ページですが、こちらにも「史上最年少記録」ということで明記されています。
それから「週刊Gallop 日本ダービー80年史」を当方で確認した結果、215頁に記載がありました。
  1. 前田長吉 20歳3か月15日
  2. 井川為男 20歳6か月27日
  3. 伊藤正四郎 22歳3か月28日
  4. 中村広 23歳0か月20日
  5. 田島良保 23歳7か月28日
ということで、第5位までのデータが載っていました(このデータは2013年5月27日時点のもの)。ひとまずはデータとして確認がとれたことを報告します。馬面長伊奈会話) 2015年6月4日 (木) 07:24 (UTC)
報告 追加報告です。
1: 記事本文へ「2014年時点」の但し書きを追加しました。
※出典の東奥日報は本年2015年のダービーに出稿された記事であるため、この記事では今年2015年の結果はフォローできません。この点を留意して但し書きを行いました。
2: 上に示した通り十分な検証ができたので、「要検証」を撤去しました
以上、実施しましたので、宜しくお願いします。馬面長伊奈会話) 2015年6月4日 (木) 07:56 (UTC)
コメント お手数をおかけしましたが、ありがとうございました。--HOPE会話) 2015年6月4日 (木) 09:22 (UTC)

未勝利馬の出走資格について[編集]

ただし、青葉賞3着、プリンシパルステークス2着に優先出走権が与えられていた時は、青葉賞およびプリンシパルステークスで優先出走権を得た場合は収得賞金が0であっても東京優駿の出走資格を得ることができた。

この出典を明示願います。--CornBoard会話) 2021年2月22日 (月) 12:57 (UTC)

  • コメント 結論からいうと、検証がどうであれ、少なくとも文章はあちこち修正する必要がありそう。そうでなくてもWP:IINFOの観点で「書くほどのことではない」かも。
  • 青葉賞「1-3着に優先出走権」だったのは、(1)1984-1991年と、(2)1994-2009年。プリンシパルSが「1-2着」だったのは(3)1996-2009年。
  • ここからはひとまず「記憶」ですけど、<未勝利でも青葉賞(3着まで優先出走権)に出走は可能、ただしこの場合は2着に入らないと優先出走権もらえない>だったはず。でも重賞2着だと収得賞金が0じゃなくなるので、前提が成り立たない。だから「収得賞金が0」が成り立つのは、重賞じゃなかった(1)期の青葉賞2-3着と、(3)のプリンシパルS2着だけ。なので、どっちみち前半部は「与えられていた時は」ではなくて「19xx年から19xx年の間は」みたいな表記に直す必要はありそう。
  • この時期の『優駿』や『競馬ブック』のバックナンバーか競馬成績書を見ることができれば・・・。
  • 信頼できる情報源としては反則ですけど2010年のYahoo知恵袋。「JRAが『未勝利馬でもトライアルで優先出走権とればダービー出れる』と回答した」というのがありますね。
  • 1988年ジュネーブシンボリが青葉賞をデビュー戦にして4着。ジュネーブシンボリに関する資料があれば言及がありそう。
  • 1993年ロイスアンドロイスの時は2着までに優先出走権だったけど、未勝利だったので、矢野アナが「この馬は勝たなきゃダメなんです!」と叫んだはず。--柒月例祭会話) 2021年2月22日 (月) 14:30 (UTC)
情報 まず、中央競馬 重賞競走一覧(レース別・関東) (PDF)”. 日本中央競馬会. p. 20. 2021年2月23日閲覧。より「除未出走馬および未勝利馬」との記載なので、恐らく「青葉賞3着、プリンシパルステークス2着に優先出走権が与えられていた時は、青葉賞およびプリンシパルステークスで優先出走権を得た場合は収得賞金が0であっても東京優駿の出走資格を得ることができた。」は成立せず、未出走馬および未勝利馬の場合は、勝利が絶対条件であるはずです。よって、1993年青葉賞3着のロイスアンドロイス(詳細は、「ロイスアンドロイスの競走成績 競走馬データ - netkeiba.com”. 株式会社ネットドリーマーズ. 2021年2月23日閲覧。」を参照)は、ダービー(その年は、ウイニングチケットが勝利)に出走していませんし、もし2着(実際の2着はラリーキャップ)になったとしても、この時の青葉賞はOP特別であり、獲得賞金の上積みはできず、未勝利馬のロイスアンドロイスは、優先出走権を得たとしてもダービーには出走できなかったはずです。因みに、アグネスウインていう馬が、未勝利馬の身でありながら2017年の青葉賞(第24回テレビ東京杯青葉賞(GII) レースデータ - netkeiba.com”. 株式会社ネットドリーマーズ. 2021年2月23日閲覧。)に出走しましたが、12頭立ての最下位に敗れています。また、これも個人ブログなので信頼できる情報源ではないですが、競馬茶論 ~サロン・ド・ケイバ~では、「現在の青葉賞は重賞なので、仮に2着に敗れても優先出走権と収得賞金の両方が手に入る。JRAの定義では「未勝利馬」とは「収得賞金が0円の馬」であるから、ダービー出走に障壁はない。」と記載されていますが。あと、私めの所有している『競馬エイト 蔵出しマガジン 丸ごと日本ダービー』や『週間Gallop臨時増刊 日本ダービー80年史』には、残念ながら上記の青葉賞とプリンシパルSの情報のはありませんでした。こうなると、この文章の検証はほぼ不可能と考えます。--多趣味戦隊ブランケット会話) 2021年2月22日 (月) 15:56 (UTC)
返信 (CornBoardさん宛) [1](2009年、青葉賞の優先出走権が3着までだったときの競馬番組一般事項。p19の、V-(4)-(二))を見れば明確に誤りだとわかるかと思います。--Tamago915会話) 2021年2月22日 (月) 16:29 (UTC)
コメント 一番最近だと、弥生賞でデビューしたヘヴィータンクの事例が最新でしょうか。この時もnetkeibaで記事になっていました
競馬番組一般事項の2021年版のp.3によれば「未勝利競走とは,競走(地方競馬および外国の競馬の競走を含む。)に出走したことがあって,上記(3)の収得賞金に算入する額がない馬(以下「未勝利馬」という。)が出走できる競走をいう。」とあります(「上記(3)」には「第1着、中央競馬の重賞競走の第2着、日本グレード格付管理委員会により格付けされた地方競馬指定交流競走の第2着、外国の重賞競走の第2着、(後略)」と2着が本賞金に加算されるケースが例示)。これをみるにJRA的には「1着経験はなくても重賞2着経験があれば未勝利とはみなさない」なんだと思います。人によっては「未勝利」という言葉を純粋に勝利経験がないことと定義する人もいるでしょうし、そういう人から見れば「未勝利でも(重賞2着以上なら)GI出走できる!」といえるのかもしれません。
ただ、賞金は加算されないけど権利の出る弥生賞3着やプリンシパル2着に関しては、確実に出走できないはずです。Tamago915さんの提示なさった10年前の規則においても、現在の規則においても「GI競走のうち下表1から4の左欄に定める競走については,未出走馬および未勝利馬以外の馬が,下表1右欄の競走で第(中略)~着となった場合は,それぞれの表の左欄の競走に優先出走を認める。」「GI競走のうち下表5および6の左欄に定める競走については,未出走馬および未勝利馬が,下表5右欄の競走で第2着以内となった場合(中略)は,それぞれの表の左欄の競走に優先出走を認める。」とあり、「下表5(未勝利馬でも2着に入ればGI出走が認められる競走)」にはプリンシパルステークスやアネモネステークスなどの2着賞金が加算されない競走は含まれておりません。--(あ)会話) 2021年2月22日 (月) 20:55 (UTC)
情報 本題とは違う形で実は、ダービーに“未勝利馬”が出走しておりました。それは、アオミキャップ(詳細は、「アオミキャップ競走成績 競走馬データ - netkeiba.com”. 株式会社ネットドリーマーズ. 2021年2月23日閲覧。」を参照)という馬で、出走したのは1989年第56回(勝利馬はウィナーズサークル、芦毛初のダービー馬としても有名)、24頭中19着という成績でした。ただ、この馬は本題である「青葉賞およびプリンシパルステークスで優先出走権を得た場合の収得賞金が0(未勝利)の馬」には当てはまらず、ダービーより2走前の毎日杯2着で賞金を加算できた馬、すなわち競馬番組一般事項『(3)収得賞金 イ 獲得賞金 (二)中央競馬の重賞競走の第2着』に該当する馬となったため出走できた(地方で獲得した賞金は、確か中央移籍後の獲得賞金とかに多少加味されるのではないかと思いましたが?)ものと思われます。また、この馬は未勝利馬でも“中央競馬では未勝利馬”です。というのは「○地」と表記される地方競馬(東海公営、恐らく名古屋か笠松競馬)から中央競馬に移籍した馬で、しかも地方では6戦6勝という馬でした(この情報の出典は、「蔵出し⑲ 1989年 平成元年」『蔵出しMagazine 丸ごと日本ダービー』芹沢邦雄 山本正範、発行人 渡辺秀茂、産経新聞社〈競馬エイト創刊30周年記念シリーズ〉、2001年5月7日、90 - 91頁。)。さらに細かいことを言えば、追加登録料金200万を払ったとか、転厩した当初は、6戦6勝という戦績と、父がオグリキャップと同じダンシングキャップなので鳴り物入り(恐らく『オグリキャップの再来』とか)で中央に来たのでしょう。現に、中央初戦のシンザン記念では1番人気で出走したくらいです(因みにそのレースは、16頭中13着に惨敗)。これ以上は話しが脱線していくのでそのくらいにして、この情報は、本来なら出走できないはずの“未勝利馬”が出走できた馬として捉えてください。あと、本題に関することで1つ失念していることがあったと思いましたが、それは後ほど『蔵出しMagazine 丸ごと日本ダービー』などを査読してからお伝えします。よろしくお願いします。--多趣味戦隊ブランケット会話) 2021年2月23日 (火) 04:14 (UTC)
返信 ((あ)さん宛) 確認ありがとうございました。現在でも皐月賞、桜花賞、NHKマイルカップのトライアル競走については収得賞金が0のままでは優先出走権が発生せず、ダービーとオークスについても同様だったと確認できました(菊花章と秋華賞のトライアル競走に未勝利馬は出走できない)。
返信 (多趣味戦隊ブランケットさん宛) ご指摘の点ですが、中央競馬で未勝利でも、地方競馬の賞金は前述の競馬番組一般事項で定義された算出式に基づいて計上されますので、未勝利馬扱いになるわけではありません。極端なところだとオグリローマン(オグリキャップの妹ですね)が中央競馬移籍後は未勝利で桜花賞に出走、勝利(中央ではこの1勝のみ)という例もご存知かと思います。
報告 本節冒頭の引用部分は誤りと断定できますので、これから当方で記述を修正いたします。その他の関連する部分については、別途洗い出しや精査なども必要かと思われますので、今回は静置します。--Tamago915会話) 2021年2月23日 (火) 04:51 (UTC)
コメント ちょっとまってください。
1985年の東京優駿にはディクタプリンスが5戦0勝(それまでの最良の着順は4)で出走しています。優先出走権以前の話として「未勝利馬 (収得賞金が0の馬)に出走権は与えられない。」に反しています。
(あ)さんやTamago915さんがお示しの規則類は、あくまで「2009年時点」や「2021年時点」の話であって、普遍的なものではないです。「青葉賞の優先出走権」のことに限定しても、1984年以降例外なくずっとそうだった、のかどうかは裏が取れていないです。
そもそも最初に大前提として「2017年現在のもの」とことわり書きがある条件下の記述なので、そもそも「過去のこと(3着まで云々の時期)」の話は不必要だと思うんですよね。仮に残すとしても、それは別枠にでも「過去の出走条件の遍歴」みたいな節をつくって、そこに書くべきこと。遡ればNHK杯がトライアルだった時代もあれば、ずーっと遡れば初出走が東京優駿みたいなことも可能だったわけで。--柒月例祭会話) 2021年2月23日 (火) 06:23 (UTC)
これは言葉尻の問題ですけど、論理としては、「3着で優先出走権を得ても、未勝利だと出走できない」のではなく、「未勝利だと、3着では優先出走権が与えられない」という順番じゃないかなあ。--柒月例祭会話) 2021年2月23日 (火) 06:25 (UTC)
返信 (柒月例祭さん宛) コメントありがとうございます。ディクタプリンスの件ですが、netkeiba.comで見るとデータが壊れていて、1985/3/30の1回小倉7日目3Rで勝利した1勝が抜けていると思われます(netkeiba.comの会員専用画面での戦績一覧には、このレースだけ日付順に並ばず新しいほうから3つ目に表示されています。詳細のリンク先が壊れていて、別のレースになってしまいます)。
また、優先出走権についての私が修正した部分は、単純に削除でもよいし、歴史的なものとして記述を分けてもよいと思います。ですがそこは、別途議論して方向性を決めればよいものであり、明らかな誤りを放置してよい理由にはならないので、取り急ぎの修正としては妥当だったと判断しております。
過去の優先出走権の取り扱いについても、ディクタプリンスの戦績についても、紙媒体を含めて追加の情報が必要ですね。情報提供できる方はおりますでしょうか。--Tamago915会話) 2021年2月23日 (火) 06:54 (UTC)
返信 (Tamago915さんおよび柒月例祭さん宛) まずは、ディクタプリンス件ですが、『蔵出しMagazine 丸ごと日本ダービー』のpp66 - 67と『週間Gallop臨時増刊 日本ダービー80年史』p146(両方とも、1985年の第52回日本ダービーの出走箱を掲載した『競馬エイト』の紙面を載せている)では、「1小 3.30 未勝 ① 二千 2051 津曲」(左から1回小倉 3/30 未勝利戦 1着 2000m 勝ち時計2分5秒1 騎手:津曲浩二)でした。よってディクタプリンスは未勝利馬ではありません。netkeiba.comでも、こういった条件馬では正確に把握しきれていないのか、時たま間違って掲載されているようなので、今後はお気をつけください。
次に、アオミキャップの件ですが、確か地方競馬時代の賞金は中央移籍後に計上されていたと思っていたので、改めてアオミキャップの獲得賞金を調べたら、ダービー出走時点で1750万円で、毎日杯2着の賞金が700万円(レースの2着本賞金は1400万円だけど、獲得賞金はその半額となる)で、地方時代の獲得賞金が7501050万円でした。それに、地方競馬で未勝利の馬が中央に移籍できるはずもなく、アオミキャップは純粋な未勝利馬ではないということですね。これは、例外的な扱いとして出典が着けられるref付き注釈で記述できるのではないかと思います。因みに、オグリローマンについては失念しており、Tamago915さんのご指摘を受けて、『週間100名馬 Vol.34 オグリローマン』で確認したところ、確かに桜花賞以外は未勝利でした。ただ、桜花賞の前走チューリップ賞(実は、この年に同レースが重賞(GIII→現・GII)格上げされた)で2着になり優先出走権を獲得はしていました。
コメント 失念していたこと 柒月例祭さんからも出ていましたが、プリンシパルSの前にあったダービートライアルNHK杯のことが、私めの述べた失念していたことであり、その点についても調査して色々と述べようかとも思いましたが、検証できるか確証が持てなかったのがNHK杯で何着までが優先出走権を得られるか(確か5着までだと思いますが)、そもそも未勝利馬がNHK杯に出走できたかどうか(できたとは思いますが、創設当時からダービーの最有力トライアルだったので、昔はハイセイコーやカブラヤオーなどの皐月賞を勝った馬がここに出走していたこともあり、未勝利馬は登録しても出走は叶わなかったかもしれないし、第1回から全出走馬の競走成績なんて1人では、とてもとても追えない)、この2点ができなかったので、本文にはNHK杯まで遡ったことは記述しないでおこうと思います。ですが、1勝馬まで範囲広げた上で、1984年のグレード制導入後から1995年までのNHK杯やOP特別時代の青葉賞で優先出走権を獲得した馬で、結構とんでもない成績の馬もいくつかいたので、下記に紹介します。
  • 1984年ダイゴウリュウ:2戦目の函館新馬戦勝利後、8戦未勝利で、通算11戦目のNHK杯3着で優先出走件を獲得、本番は19着大敗。
  • 1985年メジロジェスター:その年の3月2日に阪神競馬場の新馬戦でデビュー、次の折り返しの新馬戦も含め2着で、同月31日の未勝利戦1着の後、青葉賞3着で優先出走権獲得、本番は11着(因みに鞍上は柴田政人元騎手)。
  • 1985年アクティブダイナ:その年の1月6日に中山競馬場の新馬戦てデビューし4着、その後4戦目の未勝利戦で1着、400万下特別2戦敗戦後、青葉賞2着で優先出走権獲得、本番は15着。
  • 1987年コスモダビンチ:前年の8月13日函館競馬場でデビューし4着後、通算9戦目の同年12月7日の未勝利戦でようやく勝利、その後3戦全敗、通算13戦目のNHK杯5着で優先出走権獲得、本番は12着。
  • 1987年チョウカイデュール:前年の6月8日札幌競馬場でデビューし5着後、4戦目の未勝利戦で1着、その後7戦全敗、通算12戦目の青葉賞2着で優先出走権獲得、本番は5着(この中では唯一の掲示板確保)。
また、トライアルを出走していなかったり、トライアルで大負けした1勝馬が出走できたダービーもいくつかあったのですが、その頃の出走頭数は最大28頭と超多頭数時代だった(その代表が1979年ハヤテアズマ1985年バンダルオー)ので、ある程度まあ出走可能だったのかなと思いますが、私めとしては「よくそんな賞金で出走できたな」と思いました。なお、上記の情報はnetkeiba.comの他に、『蔵出しMagazine 丸ごと日本ダービー』と『週間Gallop臨時増刊 日本ダービー80年史』を使用しました。最後に、紹介した5頭ともどもその上の獲得賞金750万円か800万円の馬は、それらはトライアル6着以下とかトライアル出走していない組なので、彼らは優先出走権獲得したと読み取れるので、上記のような表現をしました。--多趣味戦隊ブランケット会話) 2021年2月23日 (火) 09:38 (UTC)(一部加筆--多趣味戦隊ブランケット会話) 2021年2月23日 (火) 11:47 (UTC)、計算間違い修正--多趣味戦隊ブランケット会話) 2021年2月24日 (水) 15:45 (UTC)
返信 ディクタプリンスについては私の検証が甘かったですね。すみません。
時代を遡れば、創設まもない頃は東京優駿が初出走とかでも可能でした。なので、この部分の記述がまるで全時代を通じて適用されるかのような書き方になっているのがダメです。上にも書いたように、節の最初で「2017年現在」とするならば2017年のことだけ書けばいいのであって、過去の余計なことを書こうとするからおかしくなります。
下でCornBoardさんもおっしゃっているように、原則は「青葉賞3着で優先出走権もらえたときは収得賞金0でも出れた」としてある直接的な出典を示すのが正解で、そうでないと独自研究やIINFOです。
いまさらですが、この部分は、もともとは妥当な記述だったところに出典なしで改変したのがマチガイ。
記事は全体として天皇賞とかに比べて出典が甘いのと、「現在のダービー・最新情報」と「ダービーの歴史・変遷」の話が入り乱れているのも、やりにくいところがありますね。私は「歴史」派なので、多趣味戦隊ブランケットさんがおっしゃるように「NHK杯5着まで優先出走権だった」ことも書くべきだと思います・・・が、「最新情報だけでいい派」の方もいます。肥大化冗長化との兼ね合いもあるし、最終形は別記事かなあ。--柒月例祭会話) 2021年2月24日 (水) 02:23 (UTC)

話を原点に戻すためにインデントも戻します。検証自体は「「東京優駿 (日本ダービー)」『中央競馬全重賞成績集【GI編】』日本中央競馬会、1996年、7-117頁。」や当時の競馬番組を見れば概ね可能なのです(手っ取り早くこれらが検証可能なGate J.がこのご時世なので閉鎖中なのですが…)。Tamago915さんの指摘の内容もわかっているうえで書いています。言いたかったのは、

  • 検証しているならその出典を示してください。
  • 検証なしにこのようなことは書かないでください。

ということだけです。--CornBoard会話) 2021年2月24日 (水) 00:26 (UTC)

返信 (CornBoardさん、柒月例祭さん宛) お二方のご意見に同意します。本件については誤った記載を修正し、典拠も示しましたが、そもそも書かれなくてもよい文章であったことは確かで、単純に除去でもよかったという考えに至っております。
歴史的な記述として、優先出走権の取り扱いの変遷を記載することもよいと思いますが、その内容や体裁については自分はとくに意見を持たないので、お任せしたいと思います。--Tamago915会話) 2021年2月24日 (水) 03:23 (UTC)
報告 とりあえず私めの方で、本文には2021年現在として現状検証可能な範囲での文章にまとめて記述しました。例のアオミキャップ以外にも、1998年にミヤシロブルボンが中央初出走がダービーということが判明したので、それらは出典が着けられるref付き注釈で記述しました。よろしくお願いします。--多趣味戦隊ブランケット会話) 2021年2月24日 (水) 15:45 (UTC)