ノート:旧皇族

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2008-03-20T02:04:36 の編集の主旨[編集]

  • 伏見宮家を含む世襲親王家が有した皇位継承権の性格について言及。
  • 門跡を辞して還俗した親王たちの元来の処遇ぶりについて言及。
  • 「旧皇族の構成」について掲載順と括弧内の文言を整理。また具体的人名を加筆。
  • 旧皇族の女系を通じた現皇室との近親関係は、単なる姻戚関係であって「貴種性」云々の問題ではない。
  • 「皇族ノ降下ニ関スル施行準則」の制定について、立法趣旨を再確認し、歴史的経緯を踏まえた政策展開の延長線上にあることを指摘。その運用の実態についても言及。準則の存在意義を過小に評価することは困難。--呆庵入道 2008年3月19日 (水) 17:23 (UTC)

(コメント)竹田恒泰さんの持論が「宮家は血のスペアである」であることは有名ですね。しかし、皇族といえども人間です。皇族である前に人間です。われわれと同じ、血の通った、喜怒哀楽の感情を持つ人間です。その人間をつかまえて、皇族が人として生まれ人として生きることの価値は種付け用の牛や馬と等価であると断言する言論、自らや自らの親族の人間としての尊厳をそこまで貶める言論を「程度が低い」と評さずしてなんと評したらよいのでしょうか。

竹田恒泰さんが執筆に講演にと活躍できるのはなぜでしょうか。それは、竹田さんが竹田恒徳の孫であり、明治天皇の玄孫だからです。われわれと同じただの人だったら、執筆や講演の依頼がたくさん来ることもないでしょうし、単著を3冊も出版することも難しかったでしょう。出版社や講演の主催者にとっての竹田さんの商品価値は、通常こういう政治向きの話(天皇の地位と権能が憲法に規定されている以上、皇位継承問題は文化でも宗教でもなく何よりもまず政治の問題です)はしない旧皇族が積極的に政治問題にコミットしているということです。これを「自らの血統を売り物にしている」という以外にどう表現したらよいのでしょうか。--呆庵入道 2008年5月19日 (月) 12:30 (UTC)


理由はともかく、レベルが低いなどという相手を見下したような言い方をすべきじゃないと思いますがね。竹田氏が注目されるのは、むしろその知識が求められているからじゃないんですかね。呆庵入道氏は「宮家は血のスペアである」論に反感を持っているみたいですが、そういう感情の入った書き方は中立的じゃないし、NPOV違反じゃないんですかね。俺にも冷却期間とか言ってましたけど、呆庵入道氏はしばらく皇室記事から離れたがいいと思いますよ。ただでさえ美智子 (皇室)の改名の件で議論が熱くなってる最中だ。そんな時に関わってる問題と近い記事を編集しても、いい編集はできないんじゃないですかね。--アダモステ 2008年5月19日 (月) 15:39 (UTC)
>竹田恒泰さんの持論が「宮家は血のスペアである」である(中略)は種付け用の牛や馬と等価であると断言する言論
この論理自体、独自の研究・解釈にあたり、百科事典であるウィキペディアには不適当だと思います。--経済準学士 2008年5月19日 (月) 15:45 (UTC)
別に私は「竹田恒泰さんの言論は程度が低い」と記事本文に書きたいわけではありません。私の竹田恒泰さんの言動への個人的な評価・感想と、記事本文の記述とは無関係です。あくまでもこれはコメントです。記事本文の記述から、竹田恒泰さんへの私の個人的な感情が読みとれますか?少なくとも私は事実しか書いていないつもりですが。それと、もしも知識が求められているのであれば、旧皇族ではなく歴史学者が招かれるはずだと思いますよ。--呆庵入道 2008年5月21日 (水) 13:20 (UTC) 編集の途中で誤って投稿してしまったため補筆--呆庵入道 2008年5月21日 (水) 13:28 (UTC)
「自らの血統を売り物にしている」って言葉はどう見ても中立的じゃないと思いますがね。好意的とは絶対に言えないでしょう。むしろ敵対的と取られる言葉だ。--アダモステ 2008年5月22日 (木) 02:13 (UTC)
好意的でも敵対的でもない、単なる事実の指摘ですから仕方がありません。いちおうご批判に配慮しまして、竹田恒泰さんがマスメディアに露出する理由は記述しないことにしました。少なくとも、無理にとってつけたように、ほんとうにあるのかどうか、それが理由で講演に招かれているかどうか、立証が難しい「学識」やら何やらを理由として記述するよりは現状のほうがよろしいかと思います。--呆庵入道 2008年5月24日 (土) 12:47 (UTC)
好意的敵対的を判断するのはあなたじゃなくあなたの文章を読んだ読者ですよ。単なる事実の指摘であるなら「旧皇族の子孫としての立場で」などと書くはずですがね。そろそろやめにしませんかね。いいかげんにしないと「無意味な編集合戦」と俺ら荒らし認定されちまいますよ。良くてもリバートと演説以外何もしてないって文句言われても文句は言えないんですよ。--アダモステ 2008年5月24日 (土) 15:28 (UTC)
荒らし認定されたり演説呼ばわりされたりするのがそんなにおいやなら「あえて退く」道を選ばれたらいかがですか。リバート以外何もしてないと文句を言われるのがそんなにおいやなら理不尽なリバートはそろそろ自主的に中止されたらいかがですか。なお、具体的にどこが「あなたの解釈」でどこが「あなたのイデオロギー」でどこが「独自研究」なのかご指摘がなかったのと「なしくずし」は単なる事実の指摘であって、アダモステさんの個人的な印象は編集の理由にならないのと、私が編集した理由に対してなんの反論もないのとで、結局元に戻しました。--呆庵入道 2008年5月29日 (木) 13:22 (UTC)
ここはあんたのホームページじゃないんですがね。人の言葉の揚げ足取りするのはやめてくださいよ。リバートじゃなくて編集したらどうですかね。--アダモステ 2008年5月29日 (木) 17:21 (UTC)
すみません、「なしくずし」と「漸次」はほとんど同じ意味ですので、悪いイメージのある「なしくずし」の語は削らせていただきました。あと、「ありえない」「机上の空論」についても表現を柔らかくしました。また、「敗戦がなかったなら」ではなく「準則が廃止されなかったなら」ですよね。--あるふぁるふぁ 2008年5月29日 (木) 14:56 (UTC)

「1945年の敗戦と占領」「1946年の準則の廃止」「1947年の11宮家51名の皇籍離脱」いずれもいまさらなかったことにも元も戻すこともできない歴然たる事実です。そのような「ありえない」仮定を前提としなければ成立しない議論が「机上の空論」でなくてなんでしょうか。足して2で割って妥協するような真似はなしにしましょう。--呆庵入道 2008年6月3日 (火) 14:41 (UTC)

足して2で割って妥協したわけではなく、中立的な観点に従って編集したつもりですが…。
  • 「『皇族ノ降下ニ関スル施行準則』と旧皇族」の最後の部分「なお、この準則は~都合が良いからである」までは事実だと思いますが、「しかし、この意見は結局~」以降は意見(あるいは独自研究)になっているようです。出典を示した上で「しかし、この意見に対しては~という批判もある。」であれば反対しません。
  • 「いわば人工的に接ぎ木された皇位継承権である」「なしくずし的に永世皇族に移行してゆき」は好意的でしょうか?「いわば人工的に接ぎ木された皇位継承権である」「なしくずし的に」は無くても文意は変わりません。敢えてこれらを挿入することは印象操作の意図を感じます。--あるふぁるふぁ 2008年6月4日 (水) 08:37 (UTC)
「ありえない仮定」というのは、私は単純な事実だと考えるのですがいかがでしょうか。時間を巻き戻すことはできません。いまさら太平洋戦争をやり直すこともできません。「机上の空論」というのは確かに「独自研究」かもしれませんね。こんな誰も相手にしないアイディアをわざわざ批判した出典を探すのはおそらく困難ですから。しかし、出典はないよりあったほうがいいに決まっています。探してみます。
「いわば人工的に接ぎ木された皇位継承権である」「なしくずし的に永世皇族に移行してゆき」はご指摘のとおり好意的な表現ではありません。かと言って悪意の表現でもありません。中立的な表現です。「参考文献」に挙げた『皇族』のなかで著者の広岡裕児さんは、たとえ宮家に生まれても親王宣下を受けられなければ皇族ではない、と断言しています。世襲親王家の当主の皇位継承権が生得のものではなく、あくまで人為的な恩恵として与えられるものであることを示すのに、非常にわかりやすい表現だと思いますがいかがでしょうか。また、もともと本人1代限りで世襲は認められていなかった元門跡たちの宮家が世襲のものとされたのは、一定の時点で一気に切り換えられたのではなく、かなり私的な個別の事情により五月雨式に移行していったもので、政策的に意図して進められたものではありません。「なしくずし」という表現がもっともふさわしいと考えますがいかがでしょうか。Wikipediaでは、反対意見に対して好意的であることは要求されますが、記事の記述対象に対しては、好意的であることではなく中立的であることが要求されます。--呆庵入道 2008年6月4日 (水) 13:49 (UTC)
「中立的な表現」「好意的」についての理解が私と呆庵入道さんで差異があるように感じます。Wikipedia:中立的な観点には
”記事を書く時には、説明されている全ての立場は、少なくとも賛成できそうに思えるものだというトーンで書くべきです。全ての競合する立場を好意的に説明しましょう。”
とありますので、私は、記事の記述対象に対しても好意的であることが要求されていると理解しています。この理解を前提に、先に挙げた2点の表現は少々問題だと感じています。--あるふぁるふぁ 2008年6月4日 (水) 14:21 (UTC)

あるふぁるふぁさんが引用された部分の直後に、

「例えば、○○の考え方はよいアイディアだ、但し、一部の反対意見によれば、そうしたアイディアは××を見落としていると言われている、という書き方ができます。」

と記されています。引用された部分にも、

「全ての競合する立場を好意的に説明しましょう。」

とあります。好意的に扱われなければならないのは、互いに相違・対立するいくつかの意見のそれぞれであって、記事の記述対象ではありません。あるふぁるふぁさんの解釈は申し訳ありませんがいささか無理があります。

なお、その意味では、アダモステさんの一連の編集は、複数の競合する立場のうちのもっぱらひとつにのみ異常に傾斜した記述に徹していますから、1ヶ月後に保護が解除されたら、ほとんど全部書き直す必要がありますね。彼の拠って立つ立場については、抹殺すべきだとは言いませんが、少なくともWikipedia:中立的な観点に、

「論争を説明する際には、少数の人々が支持する観点が、あたかも非常に広く受け入れられている観点と同じだけ注目に値するかのような書き方をするべきではありません。」

と記述されているのに沿った扱いが必要でしょう。天皇という制度は時代の変化に合わせて自らも変わることで1,000年以上も存続してきたのであって、ただ自説に都合のいい先例を数えあげて「だから正しい」という立場はあきらかに偏っています。長く続いているから正しいのだ、ということなら、殺人も放火も強姦も略奪も「伝統」として保護されなければなりません。なにしろ有史以来絶えたことがありませんから。

ついでながら、私は皇室にも旧皇族にも天皇制にも好意をいだいていますので誤解のないようよろしくお願いします。天皇制の存続の可否を問う国民投票が実施されたら、迷わず「存続」に1票を投じることでしょう。現在のミャンマーやティベットのように「存続」に投票したら生命の危険があるような状況ならば話は別ですが。ただ、私は天皇や皇族たちの人柄や言動を敬愛しているのであって、万世一系だの神武天皇のY遺伝子だのというばかげた迷信を敬愛しているわけではないので、なかには「この人だけはどうしても好きになれない」という人もいるのはどうすることもできません。--呆庵入道 2008年6月9日 (月) 14:47 (UTC)

「自らの血統を売り物にしている」「人工的に接ぎ木された皇位継承権」「なしくずし的に永世皇族に移行」「ありえない仮定」「机上の空論」といった表現は、呆庵入道さんにとっては「少なくとも賛成できそうに思えるものだというトーン」あるいは「○○の考え方はよいアイディアだ、但し…」という書き方に沿った書き方なのでしょうか?私にとっては「○○の考え方はばかげたアイディアだ」と言っているように見えるのですが…。
また呆庵入道さんが皇室等々に好意を抱いているか、どうしても好きになれない人がいるかどうかは、Wikipediaの編集に反映されない限りは、全く興味がありませんし、百科事典の編集にどのような意義があるのかわかりません。--あるふぁるふぁ 2008年6月11日 (水) 10:22 (UTC)
例示された私の表現は、基本的に価値中立的なものだと私は考えています。事実は冷厳なものです。婉曲な表現を使おうが、直截な表現を使おうが、指し示す内容は同じです。旧皇族であることによって支えられている知名度、親王宣下が停止されたとたんに消滅する皇位継承権、恣意的に行われた宮家の乱立、1945年の敗戦と占領はいまさらなかったことにはできないこと、などは、いずれも単なる事実であって、それ以上でもそれ以下でもありません。ただ、確かに「机上の空論」は「ばかげたアイディア」に近いニュアンスを含むものですから、保護が解除されたら記事から削りましょう。
皇室等に対する好意云々については、あるふぁるふぁさんが「記事の記述対象に対しても好意的であることが要求されていると理解しています」と述べられたことを踏まえて述べたものです。ご指摘のとおり、編集者が記述対象に対して好意をいだいているか、敵意をいだいているかは、百科事典の編集にとってはなんの意義もありません。まったくそのとおりだと私も考えます。にもかかわらず、あるふぁるふぁさんがNPOVを「記事の記述対象に対しても好意的であることが要求されている」ものとして理解しようとするのは、あきらかに矛盾した態度です。百科事典の記事を編集する際に、記述対象に対して好意的でなければならないとすれば、人工妊娠中絶、死刑廃止、核廃絶などのテーマについては、賛成論者しか編集に参加できなくなります。アルカーイダ、オウム真理教、国家社会主義ドイツ労働者党などのテーマについては、彼らの思想を信奉する者しか編集に参加できなくなります。これをもって「中立性」と呼ぶことができるでしょうか。--呆庵入道 2008年6月23日 (月) 14:42 (UTC)
前回の「記事の記述対象に対して好意的」については正しくなかったようです。改めてWikipedia:中立的な観点を読み返してみると、「好意的」であるべきなのは「記事の記述対象」ではなく「記事対象について述べられた全ての立場」に対してですね。呆庵入道さんのご指摘の通りですので撤回いたします。
「婉曲な表現を使おうが、直截な表現を使おうが、指し示す内容は同じです」とのことですが、同じ内容であっても表現によって読む者に与える印象は異なります。少なくともWikipediaにおいては、中立的な立場とは「AとBの意見について呆庵入道さんが中立的な立場からどちらが妥当かを決める」のではなく「AとBの双方の意見があることを述べる」ことです。編集者は、否定的なニュアンスを含む語や表現、無くても意味が通じる不必要な修飾語句などは極力排して事実を述べるだけに徹するべきではないでしょうか。--あるふぁるふぁ 2008年6月23日 (月) 19:44 (UTC)

「中立的であること」と「好意的であること」の関係について、あるふぁるふぁさんと見解を共有できて安堵しております。ありがとうございます。心底うれしく思います。

さて、次に「表現が読む者に与える印象」についてですが…。そもそも「印象」というのは一定の客観性を持ちうるものなのでしょうか。あるふぁるふぁさんが例示された「人工的に接ぎ木された皇位継承権」「なしくずし的に永世皇族に移行」「ありえない仮定」といった「表現」について、私は否定的なニュアンスを感じません。感じないからこそ記事に書きこんだのであり、感じないからこそそれを理由なく抹消することに抗議したのです。「表現が読む者に与える印象」は読む者ひとりひとりで異なるものであり、すべての読者が同じ印象を共有できることはむしろ少ないのではないでしょうか。

中立的な立場とは「AとBの双方の意見があることを述べる」ことである。そのとおりです。私も全面的に賛成です。しかし、私が書いた記事のなかの、あるふぁるふぁさんが問題にされている部分(「自らの血統を売り物にしている」についてはすでに私自身の手で削ってしまったので除きます)について「AとBの双方の意見がある」ことを私は知りません。代々の当主に対して天皇との血縁関係を完全に度外視した親王宣下が継続的に行われなければいずれ宮家が自然消滅に追い込まれることは、戦国時代に伏見宮家以外の宮家がすべて没落したことであきらかです。明治維新前後に叢生した宮家はいずれも本来1代限りのもので、さまざまな名目で個別的かつ他律的に世襲の特権を与えられていったのが実態です。歴史を振り返るときに「あれをなかったことにできさえすれば」という願望を込めるのは無意味でありタブーですらあります。私の表現は確かに記述対象に対する一片の好意も感じさせないものかもしれませんが、それは中立的であろうとすればこそです。また、私はこれらの修飾句が不必要だとは考えていません。感情的な思い入れをこめた文飾ではなく、単なる事実の指摘に過ぎないからです。--呆庵入道 2008年7月1日 (火) 12:22 (UTC)

私が否定的で不必要と感じる表現について、呆庵入道さんは「否定的なニュアンスを感じません」「これらの修飾句が不必要だとは考えていません」とのことですので、語から受ける印象が呆庵入道さんと私とで異なるということですね。これまで生きてきた環境が違うのですから、これは仕方ないことかもしれません。
とはいえ、呆庵入道さんと私とで共有できる部分できない部分が明確になり、私の認識が改まった点、呆庵入道さんが修正してくださった記述もあり、私としては一定議論の成果があったと考えますので、この辺にしたいと思います。
議論にお付き合いいただきありがとうございました。--あるふぁるふぁ 2008年7月1日 (火) 15:09 (UTC)

2008-05-21T22:39:55の編集の主旨[編集]

旧皇族を皇族にして皇位継承者を確保することが「解決策」として広く認知されていれば、とうに実行されているはずです。「解決策を提示できた」と断定するのは時期尚早ですね。--呆庵入道 2008年5月21日 (水) 13:44 (UTC)

「ありえない仮定」ではない、と主張されるのは、1945年の敗戦と占領、その後の60年以上の時間の流れを、全部なかったことにしてからにしてください。おできになりますか。準則を踏まえて1947年の11宮家51名の皇籍離脱をなかったことにしようとするのは、徳川恒孝さんを「世が世なら18代将軍」と表現するのと同レベルの冗談でしかありません。--呆庵入道 2008年5月24日 (土) 12:39 (UTC)

2008-05-24Tの一連の編集の主旨[編集]

  • 「神武天皇の男系の子孫」というのは事実ではなく信仰です。
  • 明治天皇や昭和天皇の血を引く東久邇家や竹田家はもはや皇族ではありません。
  • 1代限り宮家が永世皇族に移行していったのはなしくずし以外のなにものでもありません。1889年の皇室典範制定を除けば、時期も理由もバラバラかつ恣意的ですから。移行の過程も少しずつ小出しに移行していった宮家が多い。
  • 伊勢大宮司というのは、常勤の職なのでしょうか。非常勤の職なのでしょうか。現職の鷹司尚武さんが就任したときの新聞報道では、当時鷹司さんは東京都にお住まいとのことでした。大宮司就任を機に、三重県に転居して、毎日社務所に通勤して、それなりに忙しくさまざまな実務をこなしているというのであれば、名誉職ではない、と言うことができるでしょう。確認されましたか?それと、伊勢大宮司だけが名誉職でないことが確認できても、名誉職についた旧皇族が、ほかのなんらかの公私の役職についた旧皇族のなかでも少数派である、ということでなければ、記事の書き直しにはつながらないと考えます。
  • 旧皇族の記事なのに、東久邇稔彦が皇族だった時期の役職を記述していることがそもそもの間違いでした。--呆庵入道 2008年5月24日 (土) 13:19 (UTC)

宮家の相続に関して[編集]

2008年8月11日 (月) 21:57(UTC)の版2008年8月14日 (木) 08:34(UTC)の版 を投稿する際に表現に迷った箇所がいくつかありましたのでノートに記述しておきます。

まず、世襲親王家の当主および継嗣、ならびに世襲親王家出身の宮門跡は時の天皇もしくは上皇の養子または猶子となって親王宣下を受けたわけですが、この「養子」または「猶子」という用語の扱いに迷いました。中川八洋氏によれば皇室における「養子」や「猶子」、「実子」という用語は単に個人的な「疑似親子」になるという意味であり、民法的な「養子」の意味はなく、皇室における民法的な「養子」は明治時代初期に数例存在した宮家間養子だけであるそうです。確かに、江戸時代には、ある世襲親王家の皇族が別の世襲親王家の継嗣になるということは一例もありませんでした。なお、有栖川宮家の第2代当主良仁親王(後西天皇)の男子の長仁親王尚仁親王桂宮家(当時は八条宮家)の第4代と第5代をそれぞれ相続しておりますが、長仁親王が八条宮家を相続した時点(1666年(寛文6年))において、既にその父君の良仁親王は有栖川宮家(当時は花町宮家)を出て皇位を継承し(1655年(承応3年))、さらには異母弟の識仁親王(霊元天皇)に譲位して(1663年(寛文3年))上皇になっておりますので、この例は宮家間養子とは言えないと思われます。また宮家から新しく宮家が分家するということも幕末に宮門跡が還俗して宮家を創設するまでは前例が存在しません。だから皇位継承や宮家の相続は、一般の国民の「家」の相続とは性質が異なるのではないかと考えます。私は本来は理系の人間であるためか歴史学界の潮流には詳しくはありませんが、上記の中川氏の説を積極的に支持した文献を見たことは現在のところありません。私が無知なだけかも知れませんが。

続いて、賀陽家の嫡流(長男系統)は既に断絶しているとした件に関して。「皇族ノ降下ニ関スル施行準則」と旧皇族の項目の系図において邦寿王の名前の後ろに(断絶)と記載しましたが、これが適切かどうかは迷いがあります。実子がなく、そのために賀陽家の嫡流(長男系統)が絶えたということを示すために(断絶)と記載したわけですが、そのように記載するのなら同じ系図の道久王と博明王の名前の後ろにも(断絶の見通し)と記載しないとつり合いが取れないように感じます(北白川道久氏と伏見博明氏はお子さまはいずれも女子3人で男子はなく、養子を取らないそうなので現当主を最後に断絶が予想されています)。「準則」の規定を厳密に適用するのなら、賀陽宮家は邦寿王に男子がいるかどうかに関わらず宮家としては邦寿王の代で廃絶となることとされていたので(断絶)という記述はまずいかも。何か他に適切な表現はないでしょうか。--まさふゆ 2008年8月14日 (木) 13:04 (UTC)

修正を加えました。--まさふゆ 2008年8月14日 (木) 13:47 (UTC)