ノート:日本国憲法

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戦争放棄・平和主義、制定経緯に関する用語・記載、条文見出し[編集]

  • 「にもかかわらず」?なぜ逆説なのだろう。法的にはポツダム宣言の受諾により、日本政府は憲法を改正する義務を負ったと考えられているが。——以上の署名の無いコメントは、Falcosapiensノート履歴)さんが 2003年4月21日 (月) 08:18 (UTC) に投稿したものです。
まず、Falcosapienssさん、ノートへの書き込みの際はできるだけ署名をお願いします。半角のチルダが4つで署名が入ります。このように~~~~でG 09:00 2003年4月21日 (UTC)となります。
さて、話はそれてしまいましたが、なぜ主な内容の戦争放棄を平和主義に変更したのでしょう。日本国憲法第9条には戦争の放棄と明記されています。ご説明していただければ幸いです。変更するということは何かしらの考えがあってのことと思うので伺いたいのです。あらかじめ断っておきますが、「自衛のための戦争を放棄してない」とかの主義主張の議論を行いたくて書いたわけではありません。(2種類の主張があるならば併記するのがウィキペディアでは推奨されています)。私としてはなぜ変えたのかということが疑問に思ったので…G 09:00 2003年4月21日 (UTC)
署名については気をつけます。まだ、なれないもので。理由は以下の通りです。まず、憲法学の世界では憲法の原則として「戦争放棄」という言葉を用いてはいません。手元にある権威とされるテキストに一通りあたってみたのですが(芦部信喜、浦部法穂、戸波江二、佐藤幸治、野中俊彦、中村睦男、高橋和之、高見勝利、最後4人は共著)、いずれも平和主義としていました。二つ目の理由です。多くの学者が平和主義という用語を用いる理由でもあると思いますが、憲法の原則というからには憲法全体を貫く理念でなくてはなりません。戦争放棄というのは、ただ、9条単独の問題です。憲法の構造を眺めると、9条というのは前文を受けて規定されたものであることがわかります。つまり、戦争放棄は前文の規定する平和主義の具体化の一つの方法にすぎないのです。この様な憲法典の構造上、憲法の原則はと問われた場合に「戦争放棄」と答えるのでは不適切であるとの判断です。いろいろ、やらかすとは思いますが、今後ともよろしくお願いします。Falcosapiens 09:18 2003年4月21日 (UTC)
大変勉強になりました。確かに9条にとらわれるというのは「木を見て森を見ず」になってしまいますね。Falcosapiensさんのように憲法や法律に詳しい方がいらっしゃるのは、ウィキペディアが発展するので大歓迎です。よろしくお願いします。G 09:34 2003年4月21日 (UTC)
  • 戦後処理についてハーグ条約を書かれていますが、1943年11月に米英中首脳が対日戦争の目的・戦後処理の原則などについて宣言したカイロ宣言でもいいのではないでしょうか。私も余り詳しくありませんが。Kenjinhonki 01:41 2004年2月20日 (UTC)
  • 「制定までの経緯:戦争名について」 太平洋戦争、大東亜戦争両者とも意味合いとして一長一短あるし、敢えて「太平洋戦争」「大東亜戦争」にこだわる必要のある文脈でもないので「第二次世界大戦」とすれば良いかと思います。英語に訳すなら「WWⅠⅠ」(ローマ数字の2が機種依存文字なのでⅠ2つで代用してます)になるんだし。--Shinya 11:58 2004年6月5日 (UTC)
「太平洋戦争(大東亜戦争)」を「第二次世界大戦」に修正しました。--Shinya 2004年6月29日 (火) 13:03 (UTC)
  • 「冒頭の部分について」 「特に左派の人は、本憲法を「平和憲法」とも言う。」については、左派だけ特別に言及する必要性を感じないので、削除するか、どうしても残すというなら「右派の人は、本憲法を「押しつけ憲法」とも言う。」を付け加えたほうが中立的になるかと思います。--Shinya 12:24 2004年6月5日 (UTC)
特に異論もなかったので、「特に左派の人は、本憲法を「平和憲法」とも言う。」の一文を削除しました。--Shinya 2004年6月29日 (火) 13:14 (UTC)
  • 「制定までの経緯:松本試案とGHQ案のメンバーに関する記述について」 松本試案を作成したメンバーについては「委員は東大、東北大、九大の憲法担当教授など憲法に知識の深い者で組織された。」とあるのに対し、GHQ案を作成したメンバーについて「作成した民生局長ホイットニー以下25人のうち、ホイットニーを含む4人が弁護士業務を経験していた。だが憲法学を専攻した者は一人もいなかった。」と書いてあるのは、個別の記述そのものは事実として正しいのかもしれないが、両者を十分な説明なしに並列的に記載するのは誤りかと思うので修正するか削除するほうがよいかと思います。少なくとも、権利章典の部分について、松本試案がGHQ案及び現行憲法と比べて人権に対する無理解という点で致命的に出来が悪いというのは、社会の教科書のほとんどに載っているくらいの通説です。この程度のものしか作れない連中を「憲法に知識の深い者」と書いて、GHQ案作成者を「だが憲法学を専攻した者は一人もいなかった。」と書くのは当時の日本の憲法学のレベルの低さを天下にさらすだけだと思いますがいかがでしょうか。--Shinya 02:15 2004年6月6日 (UTC)
松本試案はあくまで「改正」であることを念頭に、帝国憲法をベースとしてこの条項ををこう変えましょうとしていったものなので、人権へ配慮しているとは言い難いのですが、国民の自由と権利ははっきり認めております。しかしそれ以上に日本国憲法は多くの欠陥があります。そのひとつに国防が全く考慮されていません。自国の憲法に前文や第九条のような自分の安全を脅かす内容は書けません。戦勝国の人間だからこそできたのです。国民の安全が無くなれば人権どころではありません。これはのちに日米安全保障条約で補填され、基地問題などの禍根を残しています。現行憲法の様々な欠陥がどこに由来するものであるかを明示する必要があります。そのひとつがGHQ民政局のニューディーラーと呼ばれる素人たちだったということです。現行憲法成立の実態を隠してはなりません。--Needles 2004年8月30日 (月) 15:47 (UTC)
戦争の放棄の規定そのものには様々な議論がありますが、歴史上の史実としては、民政局の人々よりも、マッカーサーの指示の方に原因があったとされています。それを示した文書がマッカーサーノート(メモ)です。国会図書館 日本国憲法の誕生よりそこにはWar as a sovereign right of the nation is abolished. Japan renounces it as an instrumentality for settling its disputes and even for preserving its own security. It relies upon the higher ideals which are now stirring the world for its defense and its protection.No Japanese Army, Navy, or Air Force will ever be authorized and no rights of belligerency will ever be conferred upon any Japanese force.とあり、この規定をどうするのかに民政局の担当者は翻弄されたともいわれています。こういうのもあって、憲法学云々だけで欠陥を指摘するのも不十分に思うのですが…。憲法の問題点は別に項目を作ったらいかがでしょうか?YuTanaka 2004年9月4日 (土) 07:32 (UTC)
  • 「各条文について」 2004年9月24日 (金) 22:50 に行われた利用者:Swkzさんの編集コメントによれば、「ウィキソースの条文で代替できるので、章レベルのみ残す」とのことですが、条文見出しだけは代替できないと思うのですが、この点どうしましょうか?
とりあえずの次のようなことが考えられると思います。1.このまま削除。(条文見出しの掲載は百科事典にそぐわないので。)2.復活(ただし各条文にリンクが張られるのには賛否両論。)3.適切な憲法解説サイトのリンクを外部リンクに設ける。(適切なサイトがあるのかが問題。)YuTanaka 2004年9月26日 (日) 04:10 (UTC)
個人的には、各章ごとに「表現の自由」とか、「議院内閣制」といった記事への内部リンクを設けるのが妥当だと考えています。もっとも、各記事中で一般的な問題と日本特有の問題を分けて記述されている必要はあると思いますが。なお、削除した理由ですが、条文ごとに記事を作ってリンクを張るのは百科事典としての性質にそぐわないというのが主な理由です。Swkz 2004年9月26日 (日) 05:08 (UTC)

新しい試み(2004/9/26)- 条文掲載、憲法解釈、基本原理[編集]

  • めちゃくちゃ失礼やねんけど、大きく変更しやした。百科事典とはいえ、ちんまりしすぎてるんちゃうかなーと思たんじゃ。そこらへんにあるリアル百科事典になってしまうのもどうかなと思わへんか?ここはひとつ、法律をほとんど知らない人を念頭に、素朴な疑問や論点に対する最低限の解説(もしくはリンクのプラットホーム)になるものをみんなで作るちゅーのはどないですか?失敗したら元に戻せばええしのー。あとな、日本国憲法はやっぱり一番有名な法律やからな、法律とはどないなもんやねん!?ちゅうところにも配慮できるとええんちゃうかな。百貨事典の枠ぎりぎりやけどな。ま、それもチャレンジや。チャレンジにしてはちょっと荒削りすぎる今回のアップやけど許して。--Kafekafe777 2004年9月26日 (日) 17:32 (UTC)


条文を掲載されたようですが、基本的にすべての序文の掲載は行わないことになっています。Wikipedia:原典のコピーはしないをご覧ください。また、本文の一部を削除することについては、Wikipedia:ウィキペディアで起こしがちな間違いの「3.意味のある記述を削除してしまうこと。」に触れられていますのでご一読ください。以上の点から、編集が行われる可能性がありますが、ご了承ください。YuTanaka 2004年9月27日 (月) 03:36 (UTC)
また、wikipediaはテキストブックではありません。テキストのプロジェクトは、wikibooksがありますので、こちらで執筆されるのがよいかと。あと<br>記号は、通常の改行には用いないことになっています。YuTanaka 2004年9月27日 (月) 05:18 (UTC)
いろいろやらかしてスマン。それから、丁寧に編集してもろたみたいやな。ありがとう。俺もちょこちょこ書いていくつもりです。--Kafekafe777 2004年9月27日 (月) 11:40 (UTC)
  • 憲法解釈についてなのですが、ほとんどが刑法解釈の例であるため、憲法固有の説明が少なく思われます。とりあえずコメントアウトして記事の下部に持ってきましたので、もし掲載されるのであれば、加筆などをされるのがよろしいかと。あと、wikibooksにも項目を作っておきます。どうしても入ってくれない教科書的な記述はここに入れるといいと思いますので。 YuTanaka 2004年9月27日 (月) 13:52 (UTC)
あと、wikibooksにも項目を作っておきます。と、思ったら憲法という項目でありました。記事に本文にリンク張っておきます。YuTanaka 2004年9月27日 (月) 13:54 (UTC)
憲法解釈のとこは俺もどうもアカンなーと思てました。憲法運用上の判例の重要性を指摘したかったんやけど、うまく書けんかったんや。ちょっと考える。Kafekafe777 2004年9月27日 (月) 14:13 (UTC)
民主主義と国民主権、自由主義と基本的人権の尊重をいっしょくたにするんはどうかな?まとめたいっちゅうのはワカルんやけどなー。まとめた状態で修正してみます。でも今日はもう眠いから寝る。またな。Kafekafe777 2004年9月27日 (月) 14:44 (UTC)
確かに違う概念であるとは思うのですが、本来なら民主主義については記事「民主主義」で、自由主義については、記事「自由主義」で述べるのが望ましいと思われまして。あと、基調となる思想についての項目が不用意に乱立するのも防ぐ意味合いで一緒にしています。
高等学校レベルで恐縮ですが、ホッブズの「リバイアサン」、ルソーの「社会契約論」、ロックの「市民政府論」、そしてモンテスキューの「法の精神」等々をはじめ、憲法にはさざまな参照すべきものがありますよね。その思想について、項目が立っていくと概観がきわめて難しくなることが予想できます。なので、暫定的かつ短絡的とも思える処置ではありますが、憲法の三大原則の中で述べる形としてあります。
詳細な説明はやはりwikibooksに譲るしかないかと。別項目ですが教育勅語の文語訓読等をwikipedia内でやろうと思ってもそれはかなり難しいわけで、それは百科事典の限界として別のところで行うしかないと思うのです。概説程度ならwikipediaにも記載はあるべきでしょうが挿入位置は吟味が必要かと。YuTanaka 2004年9月28日 (火) 01:52 (UTC)
三大原則の中で述べる形にしたのはええんちゃうかな。全体を俯瞰しやすくなった。ただ書き方が難しいねんなーこれが。国民主権のとこはちょっと書き替えた。218.110.197.40 2004年9月28日 (火) 13:30 (UTC)

人権規定と統治規定の説明で,人権規定の背後には自由主義,統治規定の背後には民主主義の各理念がある,というような説明があるが,これは,正確でないと思う。と言うのも,人権規定の例とされる国民の選挙権は,民主主義的意義があるし,統治規定の中の裁判所による違憲審査権は,自由主義的意義がある。さらに,民主主義的意義を有する選挙権は,統治の対象となる国民自身が,究極的には統治権を有し,いわば事前的に(専制君主などの)専断的な統治権の行使を防ぐという意味では(間接的にも)自由主義的とも言える。上述の説明は,訂正した方がよいと思う。——以上の署名の無いコメントは、124.101.243.129ノート/Whois IPv4IPv6)さんが 2006年12月29日 (金) 13:44 (UTC) に投稿したものです。

権力分立・三権分立[編集]

最近ウィキペディアに登録した都人と申します。一応憲法学専攻なので本稿を拝見しました。さっと読んだレベルで気になったのは「三権分立」という用語が何箇所かで使われている点です。憲法学の世界では「権力分立」のほうが一般的だと思います。重要なのは権力が分散しているということであって、3つに分かれている必要は必ずしもありません。私としては「三権分立」を全て「権力分立」に置き換えるべきだと思いますが、「三権分立」のほうが一般にはなじみがあることを考えると「三権分立(権力分立)」という表記ではどうでしょうか?皆様のご意見を伺いたく存じます。--都人 2005年5月18日 (水) 13:36 (UTC)

アメリカ等と違って、日本の場合は権力の対立構造を理論的に考えてから民主的な政治体制を構築したという、まさに成文憲法のニーズによって作成されているため、曖昧で恢復的な権力構造の構築ではなく、明確な権力の対立を法構造の中で恩賜的に抽出して進水させた作り方から、三権分立でよいのではないですか。--T34-76 2008年9月4日 (木) 11:40 (UTC)

天皇制廃止論[編集]

「天皇制を廃止するかどうか - 天皇制廃止論」←一部では実際に行はれていて、まったくないわけではないので掲載してもいいんじゃないですか?--Grimm 2006年12月25日 (月) 10:23 (UTC)

憲法改正論議の項目が関連項目として挙げられており、その中で触れられていますから、直接憲法でリンクする必要はないでしょう。日本国憲法はその気になれば関連項目はいくらでも広がっていきますので、他の項目と比べても階層の整理はきちんとしておいたほうが記事としての見通しが良いと思います。--磯多申紋 2006年12月25日 (月) 22:34 (UTC)

法令番号[編集]

削除いたしました。他の法令とは異なり、日本国憲法が何らかの番号を伴って引用されることはありません(例えば、国民年金法1条参照)。もし法令番号があるというのであれば、その根拠となるような公式文書をご教示いただきたく思います。--Poohpooh817 2008年1月12日 (土) 16:07 (UTC)

形式的な意味の憲法[編集]

十七条憲法は国家の統治の基本を定めるべき文書として定められたものではありませんので、(例えば「ナルちゃん憲法」がそうでないのと同様に、)形式的意味においても憲法ではありません。 このような誤解を招かないよう、定義も併せて修正いたしました。--Poohpooh817 2008年1月12日 (土) 16:07 (UTC)

『法律学小辞典 第4版』(有斐閣)の「憲法」の項目によれば、「形式的意味の憲法」とは「憲法という名称の成文の法典(憲法典)。わが国の「十七条憲法」がこれにあたる。」とのことです。また、同書によれば、「実質的(固有の)意味の憲法」とは「国家の統治の基本を定めた法。」とあります。したがって、十七条憲法は、実質的意味の憲法であるか否かは争いあるものの、形式的意味の憲法であることに疑いはないと思われます。--新芽 2008年1月12日 (土) 17:44 (UTC)
第3版では、「憲法という語が日本で初めて使われたのは、「十七条憲法」(聖徳太子)であるが、これは現在いうところの憲法とは異なる。」「形式的意味の憲法は普通の法律に比べてより強い効力をもち、国法体系の頂点の地位を占める。」とあります。記述がそんなに変わってしまったのでしょうか。後ほど確認いたしますが、仮にそのような記述になっているとしても、それは誤っていると言うしかありません。なお、仮に「憲法」の漢字2文字が判断基準といたしますと、漢字文化圏以外には憲法は存在し得ませんし、「ナルちゃん憲法」や「憲法」という表題の教科書は憲法になってしまいますし、そのような定義には何ら意味がありません。「憲法という名称」という説明のされ方がされているとすれば、それは、「「国家の統治の基本を定めた法」とか「国の最高法規」といった意味の名称(ないし形式)」という意味です(この点は厳密には定義されていないですね。)。だからこそ、そのような意味での「constitution」の名称及び形式を付されたアメリカ合衆国憲法などは形式的意味の憲法ですし、そのような意味での「憲法」とか「constitution」の名称も形式も付されていない十七条憲法や憲法の教科書やどこかの団体の定款(「contitution」は定款の名称に用いられることがありますね。)などは形式的意味の憲法ではありません。--Poohpooh817 2008年1月14日 (月) 23:17 (UTC)
上記の件、確認いたしました。憲法学者の編集委員は高橋和之(元東大教授。憲法学会の重鎮です。)で、第3版とは変わっていないはずですが、どうしてこのような変な記述になってしまったのかはよく分かりません。なお、高橋和之の教科書『立憲主義と日本国憲法」(有斐閣)(最も代表的な憲法の教科書の1つです。)では、憲法という形式が与えられた法典が形式的意味の憲法である旨の記述があり、「憲法という名称」などという表現は用いられていませんから、第4版の記述は高橋和之の説ではないものと思われます(弟子に丸投げしたところ、出来の悪い弟子が変な記述にしてしまったのかもしれません。)。--Poohpooh817 2008年1月15日 (火) 20:38 (UTC)

「和をもって尊しとなす」や「篤く三法をうやまう」のはその後の日本の国是だから、やはり「憲法」と言えるかも知れません。どちらにしても、奈良時代と、幕末と、明治の「憲法」という言葉(訳語)は違う概念なので言葉にひきずられすぎだと思います。アメリカ合衆国憲法と日本国憲法は国の成り立ち(構造)が違うので比べても混乱するだけでしょう。--T34-76 2008年9月4日 (木) 11:55 (UTC)

追加[編集]

当記事の終わりに以下のものを追加して頂けないでしょうか。

[[uk:Конституція Японії]] ——以上の署名の無いコメントは、202.71.90.139ノート/Whois IPv4IPv6)さんが 2008年4月19日 (土) 09:30 (UTC) に投稿したものです。

アメリカ陸軍の作成した日本国憲法草案について[編集]

日本国憲法は大日本帝国憲法の改正となっているが、天皇主権を否定し、国体の変更を強要した憲法であり、とうてい大日本帝国憲法の改正などというものではないという有力な意見もあります。したがって、その整合性を保つため、8月革命説などもあるわけです。--T34-76 2008年9月17日 (水) 09:18 (UTC)

誤解を招く表現[編集]

>誤解を招く表現であるが、不文憲法は憲法典の不存在を意味するに過ぎず、憲法が全く文書によって規定されていないことまでも意味するものではない とありますが、これでは、「不文憲法は憲法典の不存在を」以下が誤解を招く表現であると誤解されかねません。219.125.220.95 2008年11月20日 (木) 12:23 (UTC)

愚かな日本人の逆思考[編集]

自主性を欠き法文も意味も解釈も浅はか、憲法違反が皆を不幸にして、自滅へ向かう事まで考えない様に思える。 恐怖に屈し、信用といっては自己判断を怠け、自滅をしても他人の所為だと思い込み、何度も攻撃を続ける。 視野が狭く、感性が乏しい。認識力なども不足して、足の引っ張り合いだけはする様だ。 表現などは保障されてない為、本質からの判断をお願いします。 因って、保障する事も困難な為。 --222.225.177.85 2008年11月25日 (火) 05:05 (UTC)伊藤憲宏

日本国憲法に関する秘密は米国においては永久秘密扱いであることの記載提案[編集]

日本国憲法に関する秘密は、米国においては永久秘密扱いとされ、通常、米国の情報公開法、情報自由法、年限の経過後公開される原則から除外されていることについて、是非記載する事を提案します第162回国会 本会議 第16号(平成17年4月1日(金曜日))。--124.25.157.21 2011年6月30日 (木) 06:39 (UTC)


「日本国憲法」の読み方について[編集]

日本国憲法(にほんこくけんぽう、にっぽんこくけんぽう、日本國憲法)は、~ となっていますが、日本国憲法の読み方は「にほんこくけんぽう」だけではないでしょうか。--Srbt 2011年8月9日 (火) 15:07 (UTC)

かつて、「日本」の読みを統一しようと試みられたことはありましたが、結局、決めないまま今日に至っています(参照:日本国号に関する質問主意書)。--新芽 2011年8月9日 (火) 17:59 (UTC)
今上陛下は、即位後朝見の儀をはじめとして「にほんこくけんぽうをまもり」というように「にほんこく」派のようですが、一方で陛下は「だいかんみんごく」と「ご」を濁音で発音されています。清音派と思いきやある一面では濁音(半濁音)派、というのは、それだけ日本語のフレキシブル性を示すものでありましょう。あまりこだわっても仕方ないのでは。「っぽん」でも「ほん」でも許される、それでいいではないですか。それこそが日本らしさだと思いますよ。少々情けない感も漂いはしますが。--無言雀師 2011年8月10日 (水) 15:13 (UTC)

習う時期[編集]

日本国憲法は、6年生で習う。

The Constitution of Japan について[編集]

The Constitution of Japan (国会図書館: http://www.ndl.go.jp/constitution/e/etc/c01.html )

日本国憲法の英文は、単なる翻訳ではなく GHQの承認後(議会の承認無く)「英文官報」で交付された正式な憲法であること。 また上諭には、昭和天皇のサインもあること。 --歴史家会話) 2013年2月16日 (土) 21:03 (UTC)

保護解除依頼が出ています[編集]

この項目はログイン利用者さんによってWikipedia:保護解除依頼に提出されています。その保護解除依頼のコメントでは「保護解除しても大丈夫かどうか議論をお願いします」とあります。保護解除の是非の議論をよろしくお願いします。--121.1.150.163 2014年11月10日 (月) 10:12 (UTC)

日本の民間憲法草案について、要出典を付けました[編集]

「日本の民間憲法草案」について要出典を付けさせていただきました。 特に憲法草案要綱以外について、出典が出ない場合は、憲法草案要綱のみに書き改めたいと思います。(範囲指定箇所と相当箇所のみ)--AtagoKohun会話) 2016年10月9日 (日) 03:24 (UTC)