ノート:日本刀/過去ログ1

ページのコンテンツが他言語でサポートされていません。
過去ログ1 過去ログ2

日本刀の地鉄、刀身構造について

日本刀の地鉄はどうして砂鉄から作られる和鋼(玉鋼)としか説明されないのでしょうか。 砂鉄製鉄が分かっているのは江戸の永代たたらだけです。 新説の考古学、製鉄史では古代から中世は鉄鉱石、輸入地鉄を沢山使っています。 昔は砂鉄製鉄遺跡とされていたものが、輸入銑鉄から鋼を作った遺跡に判定が覆っています。 日本刀は玉鋼で作るという偏った考えが昭和新刀の誤解も招いていると思います。 古刀は舶載鉄も使い、同じ時期の鉄刀、鉄器の分析は輸入の鉄鉱石の成分を示すものが多いです(佐々木稔著「鉄の時代史」他)。 玉鋼から地鉄の説明をするのであれば「新々刀の例だと・・」という前提を明確にするべきではないでしょうか。 でも幕末の短い期間の新々刀だけを説明するのは日本刀の説明にはなりません。 日本刀を玉鋼だけで説明すると輸入鉄を使った古刀や新刀は日本刀ではないことになります。 これは刀身の構造も同じです。 軟らかい心鉄を硬い皮鉄で包むのは新刀からだと言われています。古刀はそのような構造とは言い切れません。 古刀は一枚鍛えや割刃金が多いと指摘されています。若し古刀が判らないのなら「判らない」と書くことが必要です。 玉鋼しか説明しないからいつの間にか日本刀はそれだけだったと誤解が広がったと思います。 さる軍刀研究のホームページに日本刀の研究が載っていました。http://www.k3.dion.ne.jp/~j-gunto/gunto_028.htm 今までの日本刀とは全く違った見方が記述されています。科学データに裏付けされた内容です。 地鉄と刀身の構造は根本的に内容を訂正し直す必要があると思います。今の説明のままだと永い日本刀の歴史を説明していることにはなりません。内容の信用を失うと思います。--利定 2009年5月21日 (木) 13:59 (UTC)

:地鉄に関しては、磁鉄鉱等、様々なものを原材料に造られてきたと考えます。中古の鉄を卸鉄(おろしがね)の方法で再利用するといった工夫は鉄の生産が乏しかった江戸時代以前から行われていたことでしょう。仰る通り、タタラ吹きの「玉鋼」のみが日本刀の原材料ではないことは、新々刀、現代刀の刀工の工夫(卸鉄、自家製鉄等)をみても分かることです。然しながら炭素量の調整含め、刀工が刀剣用に適した鋼(和鋼)に仕上げて日本刀を鍛造していたことに異論はないことと考えます。「日本刀の製法」に一部加筆しました。

古刀は研ぎ減ったものを見れば、その多くに芯鉄が出ており、無垢鍛えが主流だったとはいえないと思います。青江の澄み肌、来地鉄の表現然り、古刀においても芯鉄を用いたものが主流だったと考えます。慶長新刀以降は、鎬地柾がかる美濃伝の作刀方法が全国へ普及したことは遺作、刀工の移動状況を見ても納得出来ることですが、「古刀は一枚鍛えや割刃金が多いと指摘」している研究者を明確にしていただければ幸いです。

刀剣の作刀技術、科学構造については、鈴木卓夫著「作刀の伝統技法」理工学社出版、鈴木卓夫著「たたら製鉄と日本刀の科学」雄山閣出版をご覧下さい。詳細な科学データに裏付けられた内容です。--Rokurokusanjin 2009年12月3日 (木) 06:31 (UTC)

地鉄に関して、玉鋼以外に言及したのは一歩前進ですが、「和鋼を鍛造したことに異論はないことと考えます」とのご意見は些かピント外れと思われます。日本刀に和鋼が使われたことを誰も否定してはいません。 問題なのは、渡来鉄が古代から近世に至るまで大きな比重で日本刀に使われていたことに全く触れていない(或は意図的に抹殺している)点にあります。これは明らかに偏見ではありませんか? 私も利定さんと同じ見解です。この点でのRokurokusanjinさんの見解をお聞かせ下さい。

刀身構造に関しては鈴木卓夫氏の著書二例を紹介されてこれを根拠に「古刀も芯鉄(心鉄)が主流だった」と主張されているように読み取れますが、もしそうであれば全く理解に苦しみます。 鈴木卓夫著「たたら製鉄と日本刀の科学」は著者が日刀保に勤務している時に「日刀保たたら」の構築に参画した経験を著述したもので、大筋は日刀保たたらの説明と後半は現代刀工が作った現代刀の解説です。 一例のみ南北朝末期の破損古刀の刀身が紹介されているだけです。その古刀も心鉄を使ったと著者は述べていますが、刀身断面写真を見ればその解釈は甚だ疑問です。 この著書を根拠に古刀は心鉄構造が一般的だったと主張されるのであれば、Rokurokusanjinさんは何か大変な勘違いされているのではありませんか。 この著書の余談ですが、前段のたたらの解説部で最も初歩的な学術用語の取り違えとその解釈違い、「月の輪古墳」の誤説の引用、刀身の折返し鍛錬層が強靱の秘密・・・等々、首を傾げたくなる内容がが多々あります。 「作刀の伝統技法」は未読ですがその内容は大凡見当が付きます。彼の他の著書も読みましたが、世間にあふれる江戸中期以降の永代たたらと新々刀をベースにした現代刀解説の範疇を超えるものではありません。 玉鋼の成分、現代刀の断面写真、刀身表面の硬度などが掲載されていますが、古刀からの日本刀の解説と言えるような代物ではありません。 「古刀は一枚鍛えや割刃金が多いと指摘している研究者を明確にしてほしい」とのことですが、これは奇異なご要望ですね。 既に利定さんが紹介された右記サイトの各項目に多くの研究者、刀工の見解が論拠として明確に示されています。 http://www.k3.dion.ne.jp/~j-gunto/gunto_028.htm

これ以上の論拠を示せとはどういう意味でしょうか。Rokurokusanjinさんはこのサイトを一度も読まれたことがないようですね。充分な論拠が示されていますからお読み下さい。 古刀は心鉄構造が主流だったと言われるのであれば、むしろ、Rokurokusanjinさんがその論拠を示されるのが筋だと思います。話があべこべです。是非論拠を示して下さい。--Orangutan0904 2010年1月6日 (水) 19:15 (UTC)

日本刀の記述内容に関して個々の内容を検討する以前に冒頭の書き出しからして全く陳腐です。「日本固有の製造法によって作られた」、「折り返し鍛錬法で鍛え上げられたのが日本刀の特徴」との根拠はありますか? 世界の歴史上の刀剣と比較してそのように言い切れるでしょうか。前提からして既に疑問です。 これを見るだけでウィキペディアの日本刀記述のレベルが容易に判断されてしまうでしょう。世間の「日本刀のおとぎ話」となんら変わりがありません。 私は過去にウィキペディアの執筆者と同じような日本刀の認識をしていた時期がありますが、今は全く違います。 利定さんやOrangutan0904さんが紹介されている旧日本帝国陸海軍軍刀という軍刀ホームページを読んだ時は大変な衝撃でした。今までは名のある出版社の日本刀の解説書を信じていましたが、それが完全に色褪せてしまいました。 従来の日本刀解説書は「新々刀~現代刀」の解説書と言っても過言ではないでしょう。古刀を含む「日本刀全般」の解説書ではないと言うことが分かりました。本来、解説内容がどの時代の刀を対象にしているかを明記するべきだと思います。 それにもかかわらず、それを日本刀の全てであるように印象づけているところに大きな問題があるわけです。これはたたら製鉄についても同様です。著者が古刀も新々刀も同じと思っている場合は不勉強の一言に尽きます。無意識或は意図してそのようにしているのならそれは詐欺行為と言えます。 作刀工程や四方詰めの刀身構造の記述もこれと同様です。誤解を招く記述は百科事典にふさわしくありません。

上記お二人が紹介された軍刀ホームページは今まで誰も触れようとしなかった日本刀の実態を明らかにされようとしているものです。世の中の通俗的な日本刀解説とは一線を画す論文だと思います。 私の知人達(日本刀研究者、武道家を含む)もみんなその資料性を高く評価しています。製鉄、鋼材の世界史を視野に置いた明確な論拠に基づいた論文です。このような論文は過去に恐らくなかったと思います。 この軍刀ホームページの論文を見ますと、「日本固有の折り返し鍛錬法で鍛え上げられたのが日本刀の特徴」との認識は妄想といわざるを得ません。一方的な独りよがりであることが明確です。軍刀ホームページの著者はこれを「日本刀神話」と表現されています。私は「おとぎ話し」と呼ぶことにしています。 私はこの軍刀ホームページ論文から日本刀専門家と称する人達が如何に不勉強で偏狭な日本刀観に支配されているかを思い知らされました。このウィキペディアの記述もその範囲を出るものではありません。 刀身美、鑑定、刀匠、流派には熱心だったようですが、日本刀の基本である武器の認識(鋼材、刀身構造、武器性能)が完全に欠落していました。

Webサイトを見ても未だ「日本刀のおとぎ話」にはしゃぎ廻っている人達が圧倒的に多いですが、そうでない人達が着実に増加しつつあります。

軍刀ホームページの中にある「日本刀考」のサイトが果たした役割は大きいと思います。 「ウィキペディアの日本刀の解説は美術刀剣界のおとぎ話」というのが知り合い達の率直な認識です。一部の手直しでウィキペディアの要件を満たすような内容ではありません。 例えば日本刀の歴史の項目にしても見解に異論がある刀工や流派の散漫で冗長な説明に何の意味があるのでしょうか。世界の刀剣との相対論の中では全く無意味なことです。日本刀が武器として誕生した以上は、世界の刀剣を視野に置いた日本刀の実態と特徴を述べるのが本筋ではないでしょうか。 刀身美についてもそれは民族の武器観に依るものです。西洋人は武器を多分に消耗品と考えています。消耗品に余分な付加価値は無意味です。西洋剣が美的に劣るから日本刀が優れているというのは独善的主観であって、合理的な西洋人から見ると美的付加価値は無駄と判断しても不思議はありません。むしろ思いもつかなかったことかも知れません。どちらが優秀かと言う議論は全くナンセンスです。 武器という視点が無いからそういう独善的評価をしてしまう訳です。こうした視点の歪みが戦国時代の「数打ち物」や「軍用刀剣」の蔑視に繋がった訳です。日本刀を独善的個人の趣味で語るのは趣味本では許されても百科事典で述べるものではありません。 日本刀の実質内容をおとぎ話でおざなりにお茶を濁しているのは語るべき知識を何も持ち合わせていないからではないでしょうか。だから美的要素、刀匠や流派などの附帯的知識を総花的に羅列する結果になる訳です。日本刀の実質については一部の現代刀(新々刀)を語っているのみです。 刀身表面の表現記述方法の解説などは論外です。 長くなりますので止めますが、刀工、流派、鑑定などは別に独立したウィキペディアを立てて、「ウィキペディア日本刀」は日本刀の生い立ち、時代背景と作刀技術、刀剣そのものの実質内容を客観的且つ簡潔に記載し直すべ゜きだと考えます。

又、ウィキペディアの日本刀の参考資料は極めて貧しく、特定の組織やその関連に偏り過ぎています。然も古刀や中世以前のたたら製鉄に関しては何の参考にもならない資料ばかりです。 Rokurokusanjinさんは鈴木卓夫氏の著書を「詳細な科学データに裏付けられた内容です」と有力な論拠にされていますが何を裏付ける有力データと考えられたのですか? 戦前からもっと詳細な各種科学データが公表されていますし別に目新しいものではありません。利定さんの「古刀は一枚鍛えが多い」という指摘に対する回答なら、この本のデータは何の関係も無いと思います。 ひょっとして破損古刀のたった一例をもってその論拠とされているのでしょうか。もしそうであればOrangutan0904さんが言われるように私も著者の強引な心鉄構造説は間違いだと思っています。断面写真で一目瞭然です。日刀保に薫陶を受けた人によくある傾向に思えます。 名誉毀損に触れるのでこの著者の資質の論評を避けますが、その一端はOrangutan0904さんがご指摘の内容に現れています。古刀一枚鍛えの断面写真は他の資料に複数出ています。一度も見られたことがないのでしょうか。 前述の旧日本帝国陸海軍軍刀ホームページの中にある「日本刀考」サイトには信頼性が高い資料が多数明示されています。 「鋼の折返し鍛錬」は原始的製鉄(学術用語では製練)の段階では万国共通の精練(製鋼とも云う)手法です。日本刀独特のものではありません。「鍛錬」や「鍛え上げる」という語感に「特別に強くなる」という妄想を膨らませて酔い痴れる傾向にありますが、鍛錬の実態はそんなものではありません。人力精練に「鍛錬」という言葉を当てはめたのが誤解を招く結果になったといえましょう。冒頭の書き出し(基本前提)の間違いと日本刀の鋼材、刀身構造はせめて早急に書き直すべきです。根本は日本刀記述の全面改訂です 表現があからさまになりましたが、それもウィキペディアの信頼性を願う為のものですので御勘弁くださいませ。--一貫斎 2010年1月10日 (日) 14:11 (UTC)

今まで、ウィキペデイアの「日本刀おとぎ話」(一貫斎さんの言葉を借用)は百科事典として論外と思っていました。しかし、利定さんのご指摘を偶然見つけてウィキ執筆者の反応に興味を持った次第です。 この度の的外れな回答に唖然としました。基本的にOrangutan0904さんや一貫斎さんが既にご指摘の通り、私の見解もお二人と同じです。 Rokurokusanjinさんの「古刀は・・・・無垢鍛えが主流だったとはいえない」とのお答えに対してそうでない見解が他に沢山あります。そのように断言される根拠をお聞かせ下さい。 「研ぎ減ったものを見れば・・・」との散文表現は論拠になりません。「青江の澄み肌、・・・慶長新刀以降は、鎬地柾がかる美濃伝の作刀方法が云々・・・」とのお答えも利定さんへの回答に全くなっておりません。刀身表面の地肌で刀身構造が分かるのでしょうか? 全く不可解です。 又、「青江の澄み肌、鎬地柾がかる」など一般の読者の存在を斟酌しない「こけおどしの特殊用語」を振りかざすのは控えられた方が宜しいかと思います。百科事典は同好の趣味本ではありません。 利定さんの古刀に関する指摘に対して「慶長新刀以降は・・・・」との見解も理解できません。慶長新刀以降の刀がそうだから古刀も同じと言われているのでしょうか? それとも日本刀とは新刀以降の刀と思われているのでしょうか? この信じられないスレ違いは一体何に起因するのでしょうか。 更に、利定さんが軍刀サイトを紹介されて論拠を示されているのですからそのサイトを読まれてから回答されるのが礼儀だと思います。 もし読まれた上でそう言われるのであれば、そのサイトを無視する明確な論拠をお示し下さい。 私は数ある日本刀の解説書の中で、お三方が紹介されている「日本刀考」サイトは初めて日本刀の実態に迫った希有な研究論文だと思っています。 市販の日本刀解説書はRokurokusanjinさんの回答に見られるように新刀・新々刀を引き合いに出して、古刀も同様と言わんばかりの解説内容に最大の問題があった訳です。 又、ウィキの記述は日本刀の本質に対する見識が見受けられません。美術要素にのみ偏重して日本刀を見るから日本刀の本質が神懸かり的な記述となる訳です。 一貫斎さんがご指摘の冒頭の「折返し鍛錬のおとぎ話」がいつの間にか手直しされたようですが(俄仕立ての観が拭えません)、その場合は改訂された経緯をこのノートに表明されるのが内容を指摘した人に対する礼儀だと思います。

(財)日本美術刀剣保存協会を中心とする美術刀の「井の中」で泳いでいる限り日本刀の「大海=本質」を語ることは難しいでしょう。 何故なら、武器であった日本刀の本質を否定して出発したのが日刀保と美術刀関係者だからです。お互いの議論のスレ違いはここに原因が求められます。日本刀は美術刀愛好者だけの占有物ではありません。地刃の見方や刀匠・流派を知っていることが日本刀を必ずしも知っていることにはなりません。 鍛錬、地鉄、刀身構造などの偏った見方がそれを証明しております。 刀の本質に関心を寄せる人達が存在することを知って頂ければ幸いです。日本刀の実質を語る為には日本刀認識の軸足を根本から考え直す必用があるのではないでしょうか。失礼はお許し下さい。--Ooiken2110 2010年1月14日 (木) 15:23 (UTC)

私は『鈴木卓夫著「作刀の伝統技法」は未読だがその内容は大凡見当が付く』と2010年1月6日 (水) 19:15 (UTC)に記述しました。憶測で見解を述べるのは過ちであり、それを論拠にされたRokurokusanjinさんにも失礼になることに思いが至りその著書を読ませてもらいました。 結論的には矢張り最初の予見通りでした。世の中の客観性を欠く日本刀解説本と同類でした。個々の指摘点は多々ありますが紙面の都合で同書2-6ページの次の文章を挙げておきます。 「明治時代には宮本包則や羽山円真らによって洋鉄による作刀がこころみられました。また戦時中にはかなり多くの洋鉄刀がつくられています。しかし、これは日本刀の形をしていても真の日本刀とはいえません。 それは洋鉄でつくられたものは、リンやイオウが多く純度が高くないため、曲がりやすく、折れやすく、錆やすく、また切れ味もおとるからです」(引用終わり)。これには何の科学的根拠も示されていません。 玉鋼が最優秀というのであれば、近隣諸国を含めた国内外の砂鉄、鉄鉱石の成分を表示してその相対論として科学的に証明できた時に初めて「科学データに裏付けられた内容」と認められます。単に玉鋼の成分を表示したものは「それだけ」のことです。玉鋼刀が最高で洋鉄刀が最低との主張も同様です。両者の強度試験を実施してそのデータから初めて結論が得られます。玉鋼刀の硬度を示してもそれが最高の刀を証明することにはなりません。鈴木卓夫氏の他の著書も永代たたら、玉鋼、現代刀を述べるのみで異なる比較試料をも包含した巨視的考究の視点が完全に欠落しています。比較対象が無い単体の成分や硬度データをいくら羅列しても「それだけ」のことです。 これがRokurokusanjinさんがご推奨の「詳細な科学データに裏付けられた本」の内容です。「科学データに裏付けられた内容」という鈴木本の評価は読者へ誤解を与えるので適切ではありません。世の中に根拠の無い日本刀認識を与えている点でも問題だと思います。--Orangutan0904 2010年1月16日 (土) 17:18 (UTC)

ご紹介の本を読んだことはありませんが、Wikipediaは特定の立場や学説を批判する場ではありません。もしその研究者に問題があるのなら、それを批判する別の研究者の著作を紹介して引用すれば足ります。そうした文献を提示できないでこの場で批判しても、それは編集者の独自研究になってしまいます。--薔薇騎士団 2010年1月17日 (日) 22:57 (UTC)

ウィキペディア日本刀の有力論拠とされている参考資料の反論として単に書籍・論文名を表記するだけで「こと足りる」でしょうか。このノートを見られる方々がそれらをことごとく読まれて判断されるとは限りません。 参考資料名の羅列だけだと多くの読者は判断に困られるでしょう。「ノート日本刀」を読むだけでも本文記述内容の大凡の適否が掴めることが必用だと思います。「ノート日本刀」が設けられている意味もそこにあるのではありませんか。 抑制的にと言う意味では薔薇騎士団さんのご主旨は理解できますので記述を変更いたしました。 只、他の人と同様、私は最初の書き込みに有力な論拠となりうる「日本刀考」というWeb論文を提示しております。その背景には膨大な参考文献が明示されています。「そうした文献を提示できないでこの場で批判しても」との薔薇騎士団さんのご指摘は甚だ心外です。否定を為にする否定とも受け取れますが・・・何か別の意図があるのでしょうか。 「日本刀考」の著者が参考にされた著書名を全部挙げてもよろしいですよ。かなりの量になりますが・・・。 又、世の中の出版物(含むWeb論文)で著者の独自研究(思考力が介在したと解釈する)ではない書籍・論文が存在するのでしょうか? あるとすれば、日本刀の解説書に多く見られるように、他人の著書・論文を検証もせずに安易に流用している書籍・論文だけでしょう。 資料を示さない論述が独自研究と否定されるのなら、新分野、過去の資料が参考とならない独創的な視点の研究論稿は全て否定されることになります。 重要なことは参考資料の有無ではなく、論稿に科学的に納得できる論拠が示めされているかどうかです。資料性に乏しい資料をいくら参考文献として提示しても、参考文献を提示した論稿は容認できるという馬鹿な話にはならないでしょう。 是非「独自研究」と言われる定義をお示し下さい。--Orangutan0904 2010年1月18日 (月) 12:52 (UTC)

わたしはOrangutan0904さんの主張自体はそれなりにもっともだと思います。ただウィキペディアは誰でも編集可能で、記事が気に入らなければ、Orangutan0904さんが記述を追加することもできわけです。一人で全部の観点から記事をカバーするのは大変ですし、美術刀として日本刀に関心をもっている人ならばその方面からの記述が主になるのは仕方ないと思います。実際、現代の日本で「実戦」で使用する目的で日本刀に関心がある人はほとんどいないでしょうし、大半の愛好家は美術刀としての日本刀に興味があるでしょうから、その方面が記事の中心になるのは仕方ないと思います。--薔薇騎士団 2010年1月18日 (月) 15:25 (UTC)

薔薇騎士団さんの文献提示の意味が理解できません。利定さん、Orangutan0904さん、Ooiken2110さん、それに私と 旧日本帝国陸海軍軍刀http://www.k3.dion.ne.jp/~j-gunto/gunto_028.htm というサイトを資料として既に提示しています。 ホームページでは資料提示にならないという意味でしょうか? このサイトは今までに無い日本刀の実態に迫った論文です。本として出版されていないという理由だけで差別するのは如何なものかと思います。このサイトには著者が参考とされた多数の文献が提示されています。 タイトルが「軍刀」ですが、もはや軍刀に留まらない日本刀考察の一級資料と断言出来ます。--一貫斎 2010年1月18日 (月) 15:29 (UTC)

そのサイトはよく調べていますし、立派だとは思いますが、ただあくまで個人のサイトなので出典にはなりえません。官公庁や公的機関ではありません。詳しくはWP:RSを御覧下さい。また、その個人サイトに出典が記載されていても、やはりちゃんとその出典に目を通して記事本文中に、その出典を記載すべきです。--薔薇騎士団 2010年1月18日 (月) 15:43 (UTC)

薔薇騎士団さんが言われる「大半の愛好家は美術刀としての日本刀に興味があるから仕方がない」とのご意見は否定するものではありません。そうであれば日刀保の名前で象徴されるように百科事典としてタイトルを「美術刀」としたほうがふさわしいのではないでしょうか。 例えば銃に興味がある人が実銃を撃つことを目的に銃器の実用性能に興味を持っている訳ではありません。武器として実際使わなくても実用性能を知りたいという人が大半だと思います。 日本刀の実態(鋼材、刀身構造、性能など)に関心を寄せる人も大半がそのような人だと思います。日本刀の本質は武器(戦後の概念はねじ曲げられましたが)ですから武器性能に関心を持つのは極めて自然ではありませんか。だから即「実戦で使用する目的」と思われるのは話の全くの飛躍です。何かを勘違いされていますね。 それに日本刀の実質に関心を寄せ、実際に日本刀を使われている武道家達も決して少くはありません。趣味の世界ですから日本刀を美術刀と思われるのも結構です。否定されるべきものでもありません。 その余りに日本刀の本質までボカしてしまうことが百科事典として正しい在り方でしょうか。まして「おとぎ話」でお茶を濁して良いのでしょうか。他の方々も恐らくその観点で意見をのべられている筈です。 どうしても日本刀の武器であった本質を否定して戦後の美術刀概念に固執されるのであれば、なおさらタイトルを美術刀と変更すべきです。--一貫斎 2010年1月19日 (火) 15:59 (UTC)

ここは「書き方やルール」を議論する場でないことを百も承知でどうしても所感を述べなければなりません。 何故なら薔薇騎士団さんが参考資料の明示が議論の絶対条件であり、参考文献を明記しない記述は「独自研究」で検討に値しないと指摘されました。 そのご指摘でウィキペディアには「絶対条件」が存在することに気づかされ、その条件なるものが何かおかしいと直感しました。 その為に2010年1月18日 (月) 12:52 (UTC)の書き込みで「独自研究」他の疑問を薔薇騎士団さんに呈した次第です。 その後調べまして意外な実態に驚きました。利定さん始め皆さんは御存知だったのでしょうか。 ウィキペディアの記事における三つの方針は、「検証可能性、中立性、独自研究は載せない」とのこと。 検証可能性とは「真実であるかどうか」ではなく「検証可能かどうか」なんだそうです。要は、参考文献を提示しておけば下町のおばちゃん達の井戸端会議の主張でも構わないということです。 参考文献とは、例えば名のある出版社や知名人の本であれば信頼性ある資料なんだそうです。鈴木卓夫氏の本で指摘したように例え記述の間違いが論理的に証明できても中身の真偽に関係なくそれは信頼できる資料ということになります。 ウィキペディアの記事、参考資料を信頼するもしないも読者が勝手に判断してくれと言うことです。信頼性ある資料を提示しないものは独自研究となって、例えノーベル賞受賞論文でもウィキペディアでは排除されます。 これは異常ではありませんか。唖然としました。ウィキペディアをある面で買い被っていたことに衝撃を受けました。

もっと大きな問題はウィキペディアの三つの方針の解釈が流動していることです。例えば「信頼性ある資料」の定義一つをとっても、解釈人に依って自由に解釈を書き換えられることです。この解釈は過去何回も書き換えられています。最も基本である尺度が定まっていません。定義が無い訳です。

現行解釈でも「独自研究ではないことを示す唯一の方法は、その記事の主題に直接関連のある情報を提供している信頼できる資料を参考文献として記し、その資料に記された内容に忠実に記述すること」・ 「独自研究の排除は記事(本文)にのみ適用され、ノートページには適用されません」とあります。当然のことと理解出来ます。 この解釈を適用すれば、薔薇騎士団さんのご指摘は間違いだということになります。私は「ノート」に書きこんでいるのですから。 「ノート日本刀」では一々参考文献を提示しなくても私や一貫斎さん、Ooiken2110さんの主張は充分に有効です。又、「軍刀」サイトは独自研究として必ずしも排除されるものではありません。

利定さんは参考文献を提示されていたにも拘わらずウィキペディア本文の執筆者の反応が無く、参考文献を提示されたRokurokusanjinさんの回答がピントハズレなのも、薔薇騎士団さんが参考文献を提示すれば事足りると言われた意味が漸く解りました。「本文」と「ノート」の要件の取り違えに起因したようです。只、薔薇騎士団さんは論議の中身では無く「記述の形式」のみに拘られているようにお見受けします。「国滅亡して憲法だけが残った」ということにならなければ宜しいですが。 悲劇は、大多数の読者がウィキペディアの記述は正しいものと誤解していたことです。読者は一々参考文献を基に記述の検証などしません。この盲点を利用すれば著述者は独善的見解を自由に主張できる訳です。そうであればウィキペディアの存在そのものが有害とも言えます。著述者が本文を敢えて訂正しない所以です。空しいの一言です。--Orangutan0904 2010年1月19日 (火) 22:02 (UTC)

私もそんな方針があることを知りませんでした。調べてみたらOrangutan0904さんがご指摘のように「ウィキペディア」に過大評価をしていたようです。 「独自研究」の解釈一つをとっても異論が噴出して討議中です。しかもその解釈は各自が独自の解釈で書き換え可能なものです。 要は解釈が確定されなくて各自が自分の都合が良いように勝手にそれを使っている訳です。 従って薔薇騎士団さんの「独自研究」、「信頼に足る資料」の解釈は薔薇騎士団さん独自の解釈です。これこそ完全な独自研究です。 未確定の解釈で人心を撹乱するような行為はお慎み下さい。

Orangutan0904さん、一貫斎さん、私の問題提起は当然検討対象として有効です。 「軍刀」サイトのように有力な一次資料に裏付けられたものは独自研究ではありません。 個人のWebサイトが必ずしも排除されるものではありません。--Ooiken2110 2010年1月22日 (金) 14:57 (UTC)

日本刀の性質について

私の父からの口頭での話で恐縮です。
祖父、もしくは曽祖父のどちらかは詳しくは知らないのですが、戦場に赴いた際に日本刀(先祖から伝わるとか言ってる備前長船ツグイエ?とか言う物らしいのですが、よく知りません。)を持って戦っていたところ、丁度刀身のど真ん中に鞘の上から弾丸が的中し、大きく反れ曲がったそうです。しかし、戦闘(戦争ではなく、口頭上の表現だと一戦交えた後らしいです)が終わってそのままカタナを持ち帰り、割れた鞘から刀だけを取り出して見ると、形状記憶合金よろしく、ほぼ通常の状態に戻っていたという話を聞きました。
こういう事は、実際ありえるんでしょうか?真横にひん曲がった刀が元に戻るって言うのはどうにも考えられません。また、刀身にはその時のキズが残っているとの事で、幼少期に一度持った事があるんですが、その時はそんな事意識してなかったので、よく確認してません。
ちなみにその刀は祖父が亡くなった後に、本別町の美術館に寄贈してあります。--122.16.64.71 2008年9月12日 (金) 00:43 (UTC)

安綱等について

2005年1月29日の編集で、かなりの文章を削りましたので、その理由についてご説明します。本記事は、全体に文章が冗長なうえ、専門用語が多くて、予備知識のない一般読者には大変読みにくいと思います。しかも、記述内容には事典の項目としての学術的な正確さを欠く箇所が散見され、かなりの手直しが必要と思われます。
(1)伯耆国安綱を「現存作のある最古の刀工」としている点について
「伯耆国安綱が現存作ある最古の刀工である」という趣旨の記述が2箇所にありました。安綱については、古伝書には大同年間(9世紀初め)の人とありますが、現在の刀剣史では、安綱は三条宗近、古備前友成などと同時期で、10世紀終わり頃の刀工と見るのが通説です。この時代の刀工は芸術家ではなく身分の低い職人だったので、生涯について信じるに足る史料もなく、安綱の現存作もすべて二字銘で、年紀のあるものは皆無です。したがって、安綱の正確な活動期も不明であり、彼のみを最古の刀工と断ずる根拠はありません。以前の編集では「三条宗近、古備前友成、伯耆安綱など」が現存在銘作ある最古の刀工であるという、中立的・客観的記述になっていたのを、「宗近」「友成」という語をわざわざ削ってまで「伯耆国安綱が最古」という記述にされていましたので、中立的記述に改めました。
(2)湾刀出現以前、古墳時代から奈良時代の直刀には鍔がなかったとの記述について
鍔は古墳時代の直刀にもあります。したがって、「直刀には鍔がない」ことを前提としているこの付近の記述は全面的にカットしました。その直前の「頑丈な蕨手刀に直刀が対抗できなかった」との記述についても、根拠が乏しいと思われるため、カットしました。蕨手刀は茎が短く(片手分の長さしかない)、直刀とは用途が違ったはずです。直刀から湾刀への変遷時期、その理由については「解明されていない」というのがもっとも妥当な説明と思われます。Urania 2005年1月29日 (土) 16:11 (UTC)見出しの追加--Urania 2007年12月30日 (日) 15:47 (UTC)

小烏丸太刀について
2005年2月1日の編集で行った訂正について説明します。(1)「大宝律令」は刀剣書ではありません。「天国」を大宝年間の刀工とする伝承と混同されているのではないでしょうか。(2)小烏丸太刀は「無銘」です。同太刀の茎は生ぶ茎で保存状態もよく、「朽ち込んで」銘が消えたのではありません。以上ご理解をお願いします。Urania 2005年2月1日 (火) 14:34 (UTC)

「韓国刀」?

「韓国刀問題」なるセクションが追加されましたが、事実関係はどうなっているのでしょう。正直言って、この手の記述は誇張があるような気がしてしまってしょうがないのですが。 -- NiKe 2005年3月22日 (火) 01:22 (UTC)

韓国に日本刀そっくりの刀があり、韓国がオリジナルであると主張があり、韓国居合(これもオリジナルであると主張)まであるのは事実です。剣道日本にも日韓居合の交流で韓国の刀ですえものを切った記事がありました。ただ日本刀の記事に「韓国刀問題」をつけたほうがいいかどうかは議論したほうがいいのではと思います。Izayohi 2005年3月22日 (火) 01:44 (UTC)

誇張があるとお思いでしたら、反証資料を基に、反論を行えばよろしいかと思われます。私は剣道と剣術を多少は学び、また、古流武術研究を行っているものですが、当方の調べた限りにおいては、「誇張」どころか、だいぶ控えめな書き方のようです。韓国刀問題を日本刀の場所に付けることに関しては賛成です。

私は賛成できません。韓国刀の項目の中身は、よいと思います。以前、インターネット上にあった、韓国のこういうところが許せない!と、いった気持ちの伝わる、膨大な文章がうまくまとまっていると思います。(読み切る前に消去されていましたが。)この内容ならば、ある程度真実を載せているし、思想的な問題もかなり改善されていると感じました。 しかし、日本刀の項目に韓国刀問題を載せるのは、賛同できません。 ここは日本刀についての項目ですので、関連項目だけでいいと思います。--Pluto 2005年9月24日 (土) 02:13 (UTC)

「昭和新刀」

昭和刀の今日の誤解は美術刀剣界が流した情報が原因です。 刀剣の目的が刃文・地肌を表現することだと思っているからです。 戦後は日刀保の名称が示すように意識的にそのように導かれています。 その為に刃文や地肌が無い刀を否定する風潮になりました。 日本刀の目的はそんなものではないと思います。 もう一つは和鋼を使わないことを理由に昭和刀は否定されました。渡来鉄を使った古名刀、新刀はかなり存在します。だから洋鋼を鍛えた刀が日本刀ではないという理由にはなりません。 こうした地鉄、地肌・刃文に関連する昭和刀の時代の状況が全く記述されていません。 明治の廃刀令で刀匠はほとんど転業しました。たたら製鉄も大正末には無くなりました。この状況説明は大変重要だと思います。 こんな状況でどのような地鉄を使って大量に日本刀を作るかが研究されて昭和刀が生まれました。昭和版戦国時代です。 戦国時代というと直ぐに「数打ち物」と軽蔑しますがこれは刀の正しい認識でしょうか? 武器の目的を考えると実に合理的な日本刀だったと思います。刃文や地肌で戦う訳ではありませんから恐らく刃文も地肌も無かったでしょう。 昭和刀は時代の要請に応える為に、与えられた環境の中で知恵を絞って作られました。これらを批判するのは余りにも状況を知らなさ過ぎる独善と言えましょう。 昭和刀の中には鉄板を切り出した粗悪刀もありましたが、その状況に対応する為に科学的に研究された刀が沢山登場しました。粗悪刀という中には間違った解釈のものもあります。半鍛錬刀の誤解も正す必要があります。これは手の代わりに機械打ちしたもので、半分しか鍛錬していないという意味ではありません。 古来の日本刀にも凡刀・駄刀は沢山あります。これらに触れないで昭和の粗悪刀だけを取り上げて昭和刀全部を粗悪刀と印象づけるのは公平ではないでしょう。触れるなら両方を書くべきだと思います。 刀は時代の状況を反映して外見も地鉄も構造も変わってきました。昭和刀はその一つだと思います。 手段は時代で変わりますから手段を特別扱いするのはどうかと思います。 こうしたことから昭和刀の解説には時代の状況を説明することが必要です。 途中から玉鋼の靖国刀、菊水刀などが登場しますが、近代科学で作られた昭和刀は日本刀史からみると最終形態の日本刀と言えるでしょう。 今のウィキの説明は日本刀の基本認識が無い為に、美術刀と実用刀がゴチャマゼになって非常に中途半端な説明になっていると思います。例えば刀身構造の説明でも、歴史からみても四方詰めを代表例にするのは如何なものでしょうか。日本刀を代表する古刀の実態とは違うと思われます。 美術刀(銃刀法解釈を含む)を説明するのか、歴史上の日本刀を説明するのか明確にした方が良いように思われます。 美術刀と日本刀の説明は各々別のタイトルに分けてはどうでしょうか。 又、日本刀の本来の説明をするのなら日刀保を含めて刀剣界の情報は何の参考にもならないし逆に弊害が多いと思います。刀剣関係者は日本刀を美術刀とすることを目的にしているからです。--利定 2009年5月22日 (金) 11:20 (UTC)


韓国刀についての記述で、スプリング鋼を使用した日本刀様式の刀剣を「昭和新刀」とされておりますが、これは誤りではないでしょうか?
刀は作刀時期によっておおまかに「古々刀」「古刀」「新刀」「新々刀」「昭和新刀」「現代刀」と類別されておりますが、天明(1781年)以降から大正までの新刀以後、昭和期に作刀された刀は基本的に全て昭和新刀です。
これはスプリング鋼を使おうが上質な白紙鋼を使おうが玉鋼を使おうが昭和新刀です。中には戦場からの要求でステンレス鋼を材料に用いたものもありますが、「昭和期に作刀された日本刀様式の刀剣」なので、広義には昭和新刀と言えるでしょう。素材に隕鉄を使った刀が日本刀と認められているのですから、素材に玉鋼以外の鉄を使っていても問題ないはずです。
昭和20年の終戦前後の混乱期も含め、昭和新刀にはスプリング鋼を機械鍛錬/機械鍛造した刀だけでなく、非常に上質な刀も多数作刀されています。終戦まで毎年行なわれていた新刀展覧会の出品作品などはその最たるものでしょう。 昭和新刀は全て自動車のリーフスプリングで作られた粗悪品と取られかねない記述は修正したほうが良いと思います。
--2005年5月13日 (金) 07:45 (UTC)

これについては、ネット上で広まっているほとんどの記述も、「昭和新刀」を粗製スプリング刀とされていることに表されるように、「大戦中期から末期に作成された刀剣の大多数」が物資と時間の欠乏によって、粗製刀だったことが原因だと思われます。(乱造品やスプリング刀の数が非常に多かったため、他の真面目な作刀がそれによって覆い隠されてしまった形なのでしょうか)また、軍隊内でも戦意高揚のためか、「スプリング刀」「模造日本刀」と呼ばせず、それらを全て「昭和新刀」と呼ぶように義務づけられていたという説もあります。(この場合、昭和新刀と呼ばれていた、ではなく、昭和新刀と呼ばれてはいたが、が正しい記述でしょうか)「昭和新刀」については、上記で記述されているように、「年代ごとの区分」であれば、戦中・戦後の場合は全て「昭和新刀」の区分に入ります。粗悪品=昭和新刀ではないという記述は必要でしょう。--60.237.249.129 2005年5月14日 (土) 05:41 (UTC)

玉鋼の正確な製法は現在失われており、昭和新刀(というか明治期以降に鍛えられた刀)は近代製鉄による鋼か、あるいは転炉で鋼にする前の銑鉄から玉鋼にしたもので打たれていると窺がった事がありますが……--220.102.139.209 2005年10月22日 (土) 22:54 (UTC)

"粗悪品=昭和新刀ではないという記述は必要でしょう"に同意です。 220.102.139.209さんのおっしゃる話は、わたしもどこかのサイトで見たような気がします。Pluto 2005年10月28日 (金) 10:28 (UTC)

韓国刀の記述について

韓国刀という項目が新規に作成されたのですが、中立性に疑問があり項目としてもいくつかの不足があるものの、専門的な知識が必要で困っています。日本刀の項目と合わせて編集方針を決めるのがよいかと思いますので、ご協力頂ければ幸いです。詳細はノート:韓国刀をご覧下さい。--Gleam 2005年5月15日 (日) 14:14 (UTC)

韓国等が「倭刀」なるものを自国の伝統的刀剣として流行させようとしています。日本刀の朝鮮でも呼び名が倭刀で あることを早期に明言する必要性があるのではないでしょうか?

鈴木眞哉氏について

遠戦嗜好などの鈴木理論は批判も多く通説に属するものではないので、鈴木眞哉氏のページにわけた方がよいのではないのでしょうか。 日本刀は、神器としての宗教的価値や美術的価値が重視される一方で、戦場ではそれほど活躍しなかったと思われる。日本の合戦は中世の弓や近世の鉄砲などといった遠距離兵器が主体であり、中距離での戦いは槍などで闘ったあと、首を取るための組み打ちで終結するため、日本刀は槍の補助として使われるにとどまったものと推測されている。赤穂浪士の討ち入りや、新撰組の隊士が剣戟の後、殆ど無傷であったことから考えても分かるように、鎧や鎖帷子を身につけた相手に対しては余り効果が無かったと考えられる(*1)。

以上の部分の移動もしくは削除を提案します。

--222.5.80.201 2005年6月15日 (水) 21:54 (UTC)


 戦場で日本刀があまり用いられなかったことは鈴木氏個人の意見と言うよりは史的な事実として確認できると思います。  従って削除は必要ないと思われます。220.159.57.169


「あまり用いられなかった」ということに対する反証ではなく「用いられなかった」 という説に対する反証になりますが、日本の史書はともかく国外でも例えば朝鮮の史書に 日本軍の日本刀をかざしての突撃の脅威について述べられております。また戦場でしか 使いようのない野太刀の使用の記録も実物も実際は残っております。 「あまり用いられなかった」というのが獲物の一つでしか無いという話なら妥当ですが 本文は遠戦・厭戦思考であり刀は戦場で「用いられなかった」という鈴木氏の奇説として 話題になった説を定説のようにしるしております。

よって本項からは鈴木氏の項目への移動または削除が妥当です。 --219.125.103.68 2005年6月16日 (木) 06:01 (UTC)


鈴木氏の主張は、明治以降過度に強調された「白兵主義」へのアンチテーゼとしての趣を持つものです。 その内容は歴史的な証拠を種々提示して論証してあり、ある程度の合理性を認めることが出来ます。 従って削除の必要なないものと考えます。 220.210.13.69


完全に間違いとはいえないものの、議論の余地が有り、尚且つ奇説と考える向きもあると思われます。 従って、移動及び、注釈、或いは反証を記述する必要があるのではないでしょうか。 削除の必要性に関しては無いかと思われます。2005年8月13日 (土) 17:31 220.254.0.4氏による。


刃筋を立てないとピストルの弾丸でも曲がると思うのですが、他にも、日本刀の弱点の記述が少なすぎるような気がするのですが。2005年9月8日 11:09


できれば議論の際は発言者と発言時刻をわかりやすくするために~~~~と記入して時刻入り署名をしていただけるとありがたいのですが。--Snow steed 2005年9月8日 (木) 07:41 (UTC)


 鈴木氏の学説がどうこうというのはあまり問題とすべきではないのではないでしょうか。大事なのは平安期から室町期にかけて、武士の武芸は弓馬の道であったということであり、武士にとって日本刀は弓矢に比べて補助のものであったという史実です。『平家物語』などに代表される軍記物語や『今昔物語集』の武士や兵(つわもの)達がは弓で戦っていますし、『吾妻鏡』などでも流鏑馬や合戦での弓の功を記していても、刀術に関する記述はありません。十一世紀の『新猿楽記』の武士像にも「合戦・夜討・馳射・待射・照射・歩射・騎射・笠懸・流鏑馬・八的・三々九・手挟等の上手」とあり、弓術ばかりで剣術に関する記述がありません。はては一騎打ちさえもが弓矢で行われていました(『今昔物語集』「巻二十五 源充と平良文と合戦せる語 第三」)。絵巻物でも、合戦の様子の中で武士が太刀を佩いていないものも多々あります。それはつまり合戦で太刀や刀を必要とする場面が少ないということです。鈴木氏の学説ほどであったかは定かではないでしょうが、武士の合戦においては日本刀は補助の武器でしかなかった時代が長いとは言えるはずです。  長文となってしまっていますが、もう一つ気になることがあるので記します。それは日本刀の発生についての記述です。古代の鋳造の直刀と日本刀の間では明らかな断絶が見られます。なのにその二つをあたかも関連が有るかのように記しているのは誤解を招くと思います。刀の前段階が太刀で、その前が毛抜形太刀であるのは異論がないと思います。そうすると日本刀の直接の先祖は俘囚の作と考えられている蕨手刀とする学説が有力なのではないかと思います。というか他に日本刀の先祖に関する学説あるのでしょうか。                       恥ずかしながら私は鈴木氏の論文を呼んでいないのですが、鈴木氏の論に違和感を感じられている方が多いようなので、別の論文を挙げておきます。高橋昌明『武士の成立 武士像の創出』(東京大学出版会 1999年)。比較的近年の武士に関する論文で著名なものです。研究者間の評価は、少々「暴力団的」な記述がされているけどしっかりしている、などのようなものだったと記憶しております。 2005年9月23日 (金) 23:47


上記の内容はおもしろいのですが、保護、いつになったら解除されるんでしょう。--Pluto 2005年9月24日 (土) 03:12 (UTC)


合戦では通常の太刀の有用性が弓や槍に比べて低かったという推測は的を射ていると思いますが、それと”鎧や鎖帷子を身につけた相手に対しては余り効果が無かった”ということは同一ではないと思います。 赤穂浪士の討ち入りや新撰組隊士の戦いでは十分な装備と相手の不意を突くことで戦果を挙げただけでしょう。(池田屋では藤堂、永倉は負傷) 日本刀では効果がないのに槍ではどうして効果が出ると思えるのか、考えれば不自然さがわかると思います。

また合戦と戦場とは分けて考えるべきではないでしょうか。 合戦で用いられることが少なかったということも、実戦性が低かったという事と同一ではありません。 倭寇が船上での日本刀剣の実戦性を見せつけたのは有名な話ですし、戦場(戦う場)は合戦の時だけではありません。 2005年10月6日 (木) 


「太刀の時代」の項目に、砂鉄が取れた地域に伯耆国と備前国があるのに出雲国が無いのは片手落ちだとおもいます。備前国は確かに製鉄は古くから成されていたようですが、古代においては砂鉄精錬の遺跡はほとんど無く、山陰に集中しています。

(「ていあん」に間違って投稿されたようなので、移動させました。間違いじゃなかったらすいません。Pluto 2005年10月23日 (日) 00:27 (UTC))


これはあくまで勝手な推測ですが、刀は槍が使いにくい戦場、即ち屋内での戦闘を中心に用いられたのではないでしょうか。確かに野戦では圧倒的にリーチのある槍が有利と思われますが、長さが5メートルもあるような槍は、天井まで約2メートル、障子と障子のあいだも約2メートルという狭い空間では使いにくいものと思います。

2007年6月15日

文章の変更案

野太刀は、合戦でも武器として使用されたはずなので、日本刀が「あまり用いられなかった」でよいと思います。 提案された文章には”戦場ではそれほど活躍しなかったと思われる。”とあるので、これについてはそれほど問題はないと思われます。

”赤穂浪士の討ち入りや、新撰組の隊士が剣戟の後、殆ど無傷であったことから考えても分かるように、鎧や鎖帷子を身につけた相手に対しては余り効果が無かったと考えられる”の部分については、”余り効果が無かった”の部分を「効果が薄かった」に変更しておけば問題ないと思います。もちろん長柄武器でも効果は薄くなるとおもいます。

移動・削除を提案された文章の改善案です。Pluto 2005年10月28日 (金) 10:20 (UTC)

同意されたと考えてよろしいですね?Pluto 2005年11月24日 (木) 18:44 (UTC)

ていあん

かいじょはいいとしてるびのかっこをぜんかくにしてほしいのですが(1ぎょう)--Lisa 2005年10月3日 (月) 11:17 (UTC)

とても読みにくいので、Amaterasu氏の利用者ページ以外では、「解除」くらいは漢字で書いて、区読点を付けるようにして頂きたいのですが。Pluto 2005年10月5日 (水) 10:33 (UTC)

保護解除のお知らせ

保護を解除しました。KMT 2005年12月9日 (金) 22:28 (UTC)

ありがとうございます。Pluto 2005年12月10日 (土) 09:45 (UTC)

help for french's article about nihontô : i m looking for kanji

I m looking for someone who can help me for writting the Kanji in french article about sword:
http://fr.wikipedia.org/wiki/Sabres_japonais

Thanks !

Katana We have a marvellus article.

Loves from Türkiye

kızılsungur

「日本刀の表記」について


「極力具象的な表記がなされ、鑑賞者の主観的な思い入れが混入する事を排除」した記述の例として >奉書紙の裂き口の如し
>雪の叢消えの如し
>松の葉に雪が積もれたるが如し
があがっていますが具象的ですか?鑑賞者の主観が排除されてますか?一素人から見ると、たとえ話をしているだけでかえってきわめて抽象的で、なにを表現しているのかわかりにくいです(だいたいその直前にある「記述例」にもそんなこと書いてないですし)。なにか具体的なモノに例えれば客観的というのはいかがなものでしょうか。古来から慣習的に「奉書紙云々」と記述するのが主流なのであればそれはその旨において(伝統的記述方式として)説明を掲載する意味があるでしょうが、だからといって”匂い口が締まってサーッと消え入りそうに刃先に向かう”とか”変化の激しさ”とは対照的に”静寂”な作風という記述が否定されるものではないとおもいます。そもそも「日本刀表記の例」としてあげられているのは特定の一振りの状態について説明したものだし、「奉書紙云々」は刃文についてのみ一言で表現したにすぎないものです。 しかし「匂い口がしまってサーッ」はあるていど総体的にとらえているわけで、記述がある程度曖昧になるのは仕方のないことです。このようにそもそも記述する対象が異なっているわけですからこれらを比較して甲乙することはできないはずです。--222.13.35.33 2007年9月9日 (日) 03:10 (UTC)

大太刀に関して

大太刀の説明に関してなのですが、多くのインターネットサイト[1][2][3][4]や娯楽作品、広辞苑などから 斬馬刀=大太刀・野太刀や長巻の用途に応じた別称。と確認できます。大太刀というのは、刃渡り90cm以上の日本刀(太刀)の総称ですので、大太刀の用途として『使い方は重量に任せて叩き斬るのが一般的。また、馬の脚を斬るなどにも。』と記載して良いと考えるのですが。--Siek 2008年3月19日 (水) 23:13 (UTC)

現存している大太刀のうち、刃渡1.5mを超えるもののほとんどは、神社仏閣に寄進されております。まだまだ整理途中ですが大太刀をご覧下さい。分かる限り、刃渡り、反り、重量まで記載しております。実戦に供されたと推測される現存健全作(国宝指定の豊後友行、岡山県文化財指定の古刀中最長の末備前長船法光)は体配から鑑み、寸の長い太刀であり、身幅が極めて広いわけでも重ねが厚いわけでもなく「重量に任せて叩き斬る」という表現が相応しいか疑問があります。むしろ付け加えるならば「その長大な姿から、敵を威圧し味方の士気を高揚させるための一軍の象徴的武器の性質を備える」といった、大太刀が持つ神秘性に関しての一文でしょう。--Rokurokusanjin 2009年12月3日 (木) 05:07 (UTC)

各部名称

どうしても各部名称が欲しかったので、いろいろ本見ながら書いたのですが、だんだんとどれもこれも怪しく見えてきてしまいました。もしもおかしなところがあれば修正・ご指摘をぜひお願いいたしますm(__)m--すぐり 2008年5月4日 (日) 16:54 (UTC)

interlang先の混乱

2008年6月20日 (金) 17:02 Komischn (会話 | 投稿記録 | ブロック) M (65,955 バイト) (interlang fix, all those referred to the katana) の編集[5]で、かなりの言語版へのリンクが失われたのですが、この編集でのリンク先で削られた言語が読める方、確認をお願いできませんでしょうか? 

日本語版では、刀は「(サーベルなども含めた)片刃の刃物全般」を表す項目で、他の言語版で言う「Katana」はではなく、この記事=日本刀に対応する概念だと思います。zhは、日本刀へのリンクで問題ないものですので戻しましたが、他の言語版については読めないもので判断がつきませんでした。--Suguri F 2008年6月21日 (土) 00:14 (UTC)

韓国語版のリンクを差し戻しました。--hyolee2/H.L.LEE 2008年6月21日 (土) 00:26 (UTC)

出典の明記、独自研究のテンプレについて

2009年12月3日付けで上記テンプレートが添付されていますが、肝心のどの記述について、出典を求めているのか、また独自研究と考えているのかの指摘がノートでなされていません。WP:CITEに「どの記述に出典が求められるかについて、ノート欄で指摘し、執筆者に出典を求めること」とありますように、具体的な箇所を指摘してからテンプレを貼った方がより編集者との意思疎通ができると思います。なお、本記事には一応参考資料、出典、脚注が存在しますので、形式的には問題ありません。--薔薇騎士団 2010年1月18日 (月) 04:07 (UTC)

{{独自研究}}や{{出典明記}}のテンプレートはこれらのテンプレートの解説にもあるように、どの箇所に対する要求か具体的にノートで指摘してください。これらのテンプレを何の指摘もなしにただ至る所に貼りまくる荒らしがいて、たびたび問題になっています。秀逸の記事選考のページも拝見しましたが全体の印象を述べているだけで、具体的な箇所の指摘がなされていません。{{要出典}}なども併用して、どの箇所に対して出典を要求しているのか明らかにすれば、より記事を改善するのが早くなります。また単に記事の精度を高める目的なら{{精度}}などを代わりに使ってみて下さい。--薔薇騎士団 2010年1月19日 (火) 13:58 (UTC)

たしかに「本記事には一応参考資料、出典、脚注が存在します」。しかし「一応」でしかない。秀逸選考での指摘にあるとおり、全体の分量に対しあまりにも不足しており、不足箇所を指摘せよというのであれば全体と言うほかありません。具体的な箇所を指摘せよ、と要求しうるのは、それなりの品質を備えた記事であればこそです(どこもかしこも駄目なものを、細かく教えろ、そうでなければ直さない、というのは甘えと言うべきです)。こうした状態の責めはこの記事にあるのであり、それを「全体の印象を述べているだけで、具体的な箇所の指摘がなされていません」とするのは、出典の明記の責任を(あるべきところ以外の)他に転嫁するものとして感心しません。

また、「参考資料」が挙示されていても意味はありません。出典の明記や独自研究テンプレートの要請するところに対し、関係が有るという意味で確かに「参考」にはなるでしょう。しかし、記事中の記述のどこをどういう風に裏付けているのか対応関係が明らかではない以上、それらは参考文献ではなく、出典が明記されていることや独自研究ではないことの挙証とすることは出来ません。

したがって、この記事には、出典は明記されておらず、出典を欠いた独自研究としての疑いが残ります。こうした記事の現状に即するならば、せいぜい全体的な指摘を被るのがせいぜいでしかありません。それを省みることなく、荒らしの可能性を仄めかし、テンプレートの除去に固執する行為に対し、生地の品質向上につながらない行為と考え、賛同しかねます。これ以上差し戻しはしませんが、熟考を勧めます。--ikedat76 2010年1月19日 (火) 16:36 (UTC)

本記事は秀逸な記事に値するレベルに達していないとは、私も思います。また、多くの記述に問題があると思います。ただ出典に問題がある箇所をノートで具体的に指摘するのは、テンプレの解説でも求められていることでもあり、指摘なしにただ貼付する行為は過去に多くのトラブルが発生しているのでどうかご理解ください。--薔薇騎士団 2010年1月20日 (水) 04:32 (UTC)
秀逸な記事のレベルではもちろんありません。しかし、それ以下の水準の記事としても充分ひどい質の記事ではないでしょうか。別に秀逸な記事としてどうこう、ということだけで件のテンプレートを追加したわけではありません。--ikedat76 2010年1月20日 (水) 16:44 (UTC)

私はノート日本刀の「日本刀の地鉄、刀身構造」(以下別項と記す)の中で初めてWikipedia記述の三大方針を知った者です。 Orangutan0904さんがご指摘のように大変な欠陥を内包していることに気づかされました。 その為に独自研究のテンプレを張られた(書き込みから拝察しまして)ikedat76さんに強く賛同します。 一般読者の妄信防止及びWikipediaの正しい認識を持って貰う為にも必用です。更に加えて、然るべき注意書きを冒頭に常設すべきと考えます。 理由: ①大半の読者はWikipedia本文を信頼性の高い情報として盲目的に捉えている。 ②参考文献、出典主義の落とし穴。真実性の検証を読者に委ねている。一般読者は検証など想定外。「ノート」を参照する人さえ少ない。研究論文的発想の間違い。逆にそこまで検証する人は元々Wikipediaなどを相手にしない。 ③Wikipediaが内包する方針の欠陥を悪用して意図的、独善的持論の展開が巧妙に仕組める。 以上を総合判断しますとWikipediaの意図とは関係なく、結果論として偏向、虚偽情報を一般読者に垂れ流す有害図書となる可能性を孕んでいます。

薔薇騎士団さんは本文記事が正しいという前提に立たれているようですが、記事を書いた人に第一責任があり、前述の危険性を孕んでいる状況を勘案しますと反論に対する挙証責任は著述者が負うべきものです。 それが悪用を抑止して本文の質の向上にもつながります。 反論者に挙証責任を求めても、今回の別項の事例に見られるように利定さんの鋼材の見解を7ヶ月も放置し、鋼種の改訂も認められません。反論者の挙証はほとんど意味をなしません。

私は薔薇騎士団さんのお立場を存知上げませんが、別項の「形式論」での突然のご指摘に大変な違和感を感じました。官僚・役人の「前例主義」・「形式主義」を髣髴とさせます。 形式論を無用とは申しません。只、本質的な議論の最中に、「角を矯めて牛を殺す」ような手続き論や形式論を突然持ち出されるのは如何かと思われます。 薔薇騎士団さんの「独自研究」、「信頼の置ける資料」の解釈は分かりましたが、私は全く異なる見解を持っております。

Orangutan0904さんもこの点の疑問を提示されています。

形式論に溺れると実態と乖離した無思考の解釈に陥り易くなります。又、「参考文献を提示すれば事足りる」とのご指摘は討議の機会制限となります。 何れも重要な問題ですから別途議論の必要性を感じます。

先に、「注意書き」の必要性を述べましたが、日本刀に限ってという特殊例かも知れません。 他の分野では一つのテーマに対して複数の異なる見解が存在するのが常識です。健全な分野では当然だと思われます。 ところが日本刀の実質(地鉄、刀身構造、折返し鍛錬、武器性能など)に関しては明治以来どの書籍も不気味な程に同一です。しかも明らかに虚構が証明できる内容です。 そのような資料を幾ら参考文献・出典に羅列しても何の意味もありません(出展主義の盲点)。「Wikipedia日本刀」がその好例です。冒頭の注意書きを必須とする理由です。 権威を無条件に信じる思考力停止の結果とも言えますが、刀剣界に蔓延している「おとぎ話」に比肩する書籍、論稿が存在しなかったことが根本原因だと思われます。 私を含めて別項で見解を述べられた方々がいみじくも挙げられた「軍刀」サイトが従来の虚構を打破する唯一の論文だからです。 しかし、薔薇騎士団さんのように個人サイトという形式上の理由で中身の検証もせずに排除する人、利害が反する為に立場上認めたくない人も美術刀剣界には多いと聞いております。 日本刀の実態に関心のある人なら、そこに表示されている参考文献を確認するだけでも価値あることだと思います。美術刀剣界では予想もしない資料が発掘されています。 「造兵彙報」などはその典型です。新々刀に準拠した現代刀の強度試験と実態はこの科学的資料の他にありません。 我々が探索しても事実上閲覧が不可能な資料がエッセンスとして多数記載されています。 「ノート」に参考文献名を挙げるだけでは意味がないと言われるOrangutan0904さんのご主張は正解です。「軍刀」サイトの要約文を読むしか方法がないからです。 個人の独自研究などというものではありません。将に一次資料そのものと言えるものです。 それでも個人サイトだから排除する(この解釈にも異論あり)という薔薇騎士団さんの硬直した思考には真実を見ようとする姿勢が感じられません。こうした形骸化した考えが日本刀の実質に関する虚構を蔓延させた原因ではないでしょうか。 「形式」と「真実の記述」とのどちらが本質ですか。「角を矯めて牛を殺す」の再考を求めます。--Ooiken2110 2010年1月22日 (金) 14:38 (UTC)

本記事の内容については、私もいろいろ疑問に思う箇所があり、時間が取れれば追加補筆していきたいと思います。また独自研究と思われる箇所もあります。ただテンプレートの貼りっぱなしは、荒らしのように受け取れることがあるのも事実ですので、面倒でも該当箇所に{{要出典}}を追加するなり、ノートで疑問箇所を書くなりした方が、当該箇所の記事改善に役立ちます。--薔薇騎士団 2010年1月22日 (金) 15:46 (UTC)
Ooiken2110さん、Orangutan0904さん含め、現行の記事の内容に批判的な方々に申し上げておきますが、薔薇騎士団さんのご指摘(個人サイトは参考文献として用いることは出来ない)は妥当なものですし、私も同じ意見です。個人サイトに書いてあるというだけでは、百科事典に求められるべき高い水準の信頼性を担保する出典を提供できません(Wikipedia:信頼できる情報源)。インターネットではいわゆる「中の人」がどんな人なのか、一切の担保がなく、だれでも自称専門家を名乗れてしまいます。
現行の記事に問題があるという指摘を私は幾度かしていますが、そのことはOoiken2110さん、Orangutan0904さんといった日本近代刀剣研究会よりの立場をとる方々が主張されるような方向で記事を修正することを求めたものではありません。また、そうした方々に直ちに賛同することを意味するわけでもありません。たとえ現行の記述であったとしても、適切な仕方で出典と文献参照が示されれば(内容において裏づけがあることが適切な形式で示されれば)、充分な品質の記事になったと判断することはあり得ます。
最後に申し添えておきますが、Wikipediaの編集は誰でも参加できるわけではありません。Wikipediaの方針に賛同できる方のみに参加いただいています(逆に言えば、賛同できないのであれば、参加はご遠慮ください)。例えば、Wikipediaにおいては、ある記述が真実であるか否かよりも検証可能であることが明確に要求されています(Wikipedia:検証可能性#「真実かどうか」ではなく「検証可能かどうか」)。Wikipedia:検証可能性はWikipediaの方針文書の中でもとりわけ根幹にある文書であって、これに同意できないのであれば、該当する方針文書の改定を求めるか(望みは無いでしょう)、参加をあきらめてWikipedia外でやるか、どちらかです。--ikedat76 2010年1月23日 (土) 09:20 (UTC)
(追記)Ooiken2110さん、Orangutan0904さんの「批判」は既に今までに何度も出てきたものでありWikipedia:よくある批判への回答にまとめられています。車輪の再発明というやつですね。--ikedat76 2010年1月23日 (土) 09:33 (UTC)

薔薇騎士団さんへ: 1.玉鋼しか説明しない偏りの証明 論拠=佐々木稔著「鉄と銅の生産の歴史」、石井昌國・佐々木稔共著「古代刀と鉄の科学」、桃崎祐輔著「中世の棒状鉄素材に関する基礎的研究」七隈史学第10号、俵国一著「日本刀の科学的研究」、佐々木稔著「鉄の時代史」雄山閣、 北田正弘著「室町期日本刀の微細構造~日本刀の材料科学的研究」内田老鶴圃、 2.刀身構造説明の偏りの証明 論拠=近重眞澄著「東洋練金術」内田老鶴圃、「日本刀及日本趣味」中外新論社、「日本刀の秘奥」佐藤富太郎/堀井秀明 日本刀講座別巻一 雄山閣、北田正弘著「室町期日本刀の微細構造~日本刀の材料科学的研究」内田老鶴圃、 3.折返し鍛錬が日本独特という間違いの証明 「日本刀及日本趣味」中外新論社、俵国一著「日本刀の科学的研究」、島立利貞著「鉄の文化史」産業考古学会鉱山金属分科会 私が記憶している文献のみです。僅かな冊数でもこれを読むのは大変ですが一度目を通されたら如何でしょう。記述に一部著者の間違いなど判断を要するものがあります。

ikedat76さんへ:  私こそikedat76さんと同類に見られるのは真っ平です。「賛同する」との前言をお返しします。日本近代刀剣研究会とは何ですか? ご自分が何を言われているのかお分かりですか?  Wikipediaの三大方針は貴方に言われる前に確認しています。この方針に落とし穴があるから、その危険性(前述しています)に利用される参考資料の捉え方を指摘したまでです。 脈絡の無いことを突然持ち出しての妄言やピント外れの反論はあなたの資質を疑われますよ。 私は日本刀実質の記述の:間違いを指摘しているのです。読解力が不得手のようですからハッキリ申し上げましょう。 昔、Wikipedia日本刀を一度読み「陳腐」として二度と見ることもありませんでした。私が何かの意図を持っているならとっくに本文を書き直しています(勿論執筆者に無断でそのような失礼なことはしませんが)。 「Wikipedia日本刀」が他のWikipediaの正当な評価に悪影響を与え兼ねないとの懸念で、記述の偏りを指摘しているだけです。現状のままでも私にはどうでもよいことです。「軍刀」サイトの日本刀各項目はサイト検索で常に上位を占め、Webの書き込みでもそれで勉強された人達の日本刀の再認識に言及するサイトが広まっています。 そうした読者が「Wikipedia日本刀」を見たら何と感じるでしょう。Wikipediaの信用を貶めることを懸念して申し上げただけです。

ikedat76さんが屁理屈を振り回されるのは勝手です。どなたかが指摘されておりましたように陳腐な参考文献を何の検証もせずに本文を正当化するという愚かしさを指摘しているのです。 あなたの様な人が執筆者なら、「低劣記事の見本」として従来通りの記事をそのまま継続されることをむしろ喜びます。 「折返し鍛錬が日本独特」など、訂正前の本文に戻されたらどうですか。それをお薦めしますよ。 ikedat76さんにWikipediaの品位など語られるのは笑止の限りです。 私を攻撃したいでしょうがkedat76さんのような次元の人とこれ以上議論する積もりはありません。 何が正論かは、このページを読まれる読者の方々がそれを判断されるでしょう。--Ooiken2110 2010年1月24日 (日) 14:22 (UTC)

ウィキペディアの記事は信頼性に乏しいと創設者が認めている。 私が「ノート日本刀」の地鉄・刀身構造の項で、薔薇騎士団さんの「参考文献の提示でこと足りる」とのご指摘に対して「直感的におかしい」と反発しました、更に三大方針を読んだ後にその危険性を例えで述べました。 今回、更に調査をして判明したウィキペディアが抱える基本的問題の一部を紹介します。直感通りでした。近々、このノートに別項を立ててその詳細を記述する予定です。 基本的欠陥: 記事に対する査読制度がないため、問題ある記述はコミュニティーの自己管理により解決されることに委ねられている。問題のある投稿が他の利用者によって修正・除去がなされるまでは一時的であっても適切でない記述が公開され、問題が長期間見逃されたり、後述する編集合戦により編集できない場合に問題のある記事が長らく修正・除去できないという問題もある。 米国では、史実と異なったウィキペディアの記事を引用した学生が落第して、ウィキペディアの創設者ジミー・ウェールズに苦情を寄せた。これを機に、ジミー・ウェールズはウィキペディアを学術研究の出典として利用するのを止めるよう訴えた。大学機関のいくつかは学生のレポートにウィキペディアを引用することを禁止している。 ラリー・サンガーは新しい百科事典プロジェクトを始めた理由は「ウィキペディアの権威が失墜したからだ」としており、「ウィキペディアのコミュニティはウィキペディアを信頼できるものに変える準備ができていない」旨を述べている。 (http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%82%AD%E3%83%9A%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2#.E8.A8.98.E4.BA.8B.E3.81.AE.E4.BF.A1.E9.A0.BC.E6.80.A7 ウィキペディア - Wikipedia)

ウィキペディアの創設者ジミー・ウェールズ自ら記事の信頼性が乏しく、有効な解決策が見いだせないと認めています。ウィキペディアには方針を含めて基本的な欠陥が露出し、各国で様々な紛争と混乱を生じています。スペイン語版ウィキペディアは活動を中止して新たな「エンサイクロペディア・リブレ」を立ち上げ、ウィキペディアの復活は完全に否定されました。 特に管理者不在の日本語版ウィキペディアは更に深刻です。最も基本となる各々の方針解釈に絶対的な定義がありません。「独自研究、信頼できる資料」の解釈を取り上げても現在論争中なのはご存知のはずです。個人・コミュニティー(分野)各々が勝手に解釈してそれをあたかも絶対条件のように書き換えたり主張しているのが大問題なのです。 三大方針の一つの「検証可能性」には根本前提である「記事に対する査読制度がない」という致命的欠陥を持っています。「査読制度」とは「本文を裏付ける参考文献の真偽を検証する有効なシステム」ということです。これが欠落しているのです。 それが参考資料の真偽検証(査読制度)の問題です。ウィキペディアは「善意」が成立の前提条件です。「善意」とは「執筆者は必ず正しい記述をする。参考文献は全て真実の情報である」ことを前提にしているということです。ところが「悪意」(嘘の記述、信頼できない参考文献)の場合はウィキペディアの真実性は全て瓦解します。結果、安易にウィキペディアを信じてしまう読者に誤った情報を垂れ流し、有害辞典に変貌します。 世界のウィキペディアが信用を失い他の百科事典が模索されているのはこの「落とし穴」が原因です。「善意」の前提が幻想であり、元々現実的ではなかったということです。従って、「本記事には一応参考資料、出典、脚注が存在しますので、形式的には問題ありません」という薔薇騎士団の見解には重大な欠陥があります。そう言えるのは「参考文献が真実」という前提が有って初めて成り立つものです。 先にOoiken2110が指摘されている「形式に溺れる危険性」とはこのことです。ウィキペディアの欠陥を認識せず、表面的形式のみ整えれば良しとする考えがウィキペディアを堕落させた大きな要因の一つだったのです。私が地鉄・刀身構造の項で指摘したのは将にこのことです。Ooiken2110さんは本項の上に欠陥が生まれる三つの理由を挙げられていますが卓見です。 世界の科学者、百科事典の研究者の多くが等しくこの点を指摘しているところです。他の「中立性」、「独自研究」の解釈にも基本的問題があります。「個人サイト」の解釈も薔薇騎士団さんの解釈が正しいものとは必ずしも言えません。三大方針の問題点はWebで「ウィキペディアの問題点」で検索して下さい。本も出ているようです。ご自分で探して勉強して下さい。参考文献の真実性が如何に重要であるかがお分かりになります。 安易な俗説を主張されるのは危険です。これらは別項で分かり易く説明する予定です。再度整理します。ウィキペディアの方針を表層的に捉え、形式を整えるのは「必用条件」にしか過ぎません。ウィキペディアの最大欠陥である「査読制度」を補完するには慎重な参考文献の選択と中身の検証が絶対条件となります。それが出来て初めてウィキペディアの品位を保証する「必用&十分条件」が整ったことになります。「ノート」での主要討議は参考資料の検証が主にならなければならない理由です。『「ノート」は参考文献の検証をする場所ではない』という薔薇騎士団さんの認識は間違いです。「査読制度」に代わる唯一の場所が「ノート」だからです。参考文献の真偽を討議するのに参考文献名を挙げるだけでは何の意味も無いことがお分かりでしょう。この検証作業が本文記事の品位を担保する唯一の方法だからです。私が鈴木卓夫氏の著書に論評を加えた理由です。ウィキペディアの認識を根底から見直して下さい。

ikedat76さんが私とOoiken2110さんを見当外れの妄想やピント外れの低劣な解釈を振りかざして難癖を付けられましたので一言申し上げておきます。「本当の馬鹿は自分を馬鹿と思っていないから本当の馬鹿なのだ」と言う聖路加病院の医師の名言があります。ここは大人が討議する場所です。幼稚園児が落書き遊びをする場所ではありません。ご乱心は見苦しいものです。Ooiken2110さんが「相手にせず」と言われるのは尤もです。退出すべきはウィキペディアの本質さえ満足に理解できない資質のikedat76さんの方です。ikedat76さんのような人が「ウィキペディア日本刀」を堕落させているのです。--Orangutan0904 2010年1月25日 (月) 18:45 (UTC)

 

百人斬について

山本氏が真正の刀と軍刀を混同しているとする記述がありますが、そういう以前に軍刀で百人も斬れたのかどうか甚だ疑問です。わざわざ百人斬をするためだけに真正の日本刀を用意したり、数回の使用で使えなくなるからといって軍刀をたくさん用意することも非現実的だと思います。--58.95.173.61 2010年3月14日 (日) 10:25 (UTC)


趣味的表記 宣伝的表記の節の客観性について

言わんとしていることは分かるのですが、刀を美術品として評価する傾向がある以上、主観的な評価がされるのは仕方がないことです。もっというと、この節は刀を美術品として見る傾向そのものを否定しているようにも感じますが、それは記事執筆者の個人的見解でしかありません。

正直言って、この節は学問的な基準を満たしているとは思えませんので、記事を大幅加筆するか、それができなければいっそ削除したほうがいいと思います。--薔薇騎士団 2010年3月15日 (月) 00:45 (UTC)

提案から二ヶ月以上経過しましたが、反論がなかったため当節を削除しました。--薔薇騎士団 2010年5月23日 (日) 08:04 (UTC)

冒頭テンプレート画像

英語版からの単純移入だとおもいますが、(金属の鞘や柄など)明らかに伝統的な日本刀の拵えではありませんでしたので岡山城で撮影されたとされる無銘刀の画像に差し替えました。英語版Wikipediaの記述も相当怪しげなものがありますのであっさり信用しないようご注意ください。英語版やドイツ語版など西欧版が正しくて日本語版が間違ってると考え勝ちなのは日本人にありがち・陥りがちな発想法です。--大和屋敷 2010年8月8日 (日) 13:03 (UTC)