ノート:南条文雄

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「南條文雄」への改名提案[編集]

失効一ヶ月間コメント無し。--Challemoni会話2018年7月18日 (水) 05:04 (UTC)[返信]

この記事を、現状では転送記事となっている「南條文雄」へ改名することを提案します。

この人物については、一般的に「南条」と「南條」の両方の表記が流通しています。百科事典類では「南条」が優勢のようです。しかし、同時代の文献ではもっぱら「南條」となっており、博物館の企画展などでもこちらがとられています。

典拠なく「南条文雄とも表記されるが、南條が正しい。」と断言するのは危ういと考えましたので、この文の後半は除去しましたが、基本的にはそのように考えて良いと思いますので、改名を提案する次第です。

改名された場合、跡地はそのまま転送記事として残すべきであると思います。--山田晴通会話2018年6月16日 (土) 01:00 (UTC)[返信]

賛成  国立国会図書館デジタルコレクションの[1]では、本の表記は「南条文雄自叙伝」となっているが、実際に同ページにある表紙画像では「南條文雄自叙伝」と読める。また、同書p24-25では、「僧侶名字を唱ふべしとの太政官の布告ありて・・・余は南條を以て氏とせしも・・・」とあり、そのあと若干のいきさつがあったが「南條」となった旨が述べられている。--Sibazyun会話2018年6月16日 (土) 04:24 (UTC)[返信]
反対 「条」と「條」は異なる文字ではなく、同一の文字の新字体と旧字体です。つまり「南条」も「南條」も正しいのです。同時代の文献が旧字体を使っているのは当然であり、それを現代では新字体で表記するのが主流でしょう。Sibazyunさんが提示された国立国会図書館デジタルコレクションの例がそれを実証しており、画像では当時使われていた旧字体「南條」となっているものを現代表記として「南条」にしているのです。現代の百科事典類で「南条」が優勢なのも当然であり、これが明治時代の百科事典類では「南條」が優勢、というよりその表記しかないでしょうね。記事名はこのまま新字体を使い、記事内で旧字体について触れておけば十分です。--アルビレオ会話2018年6月16日 (土) 07:18 (UTC)[返信]

改名提案が失効したので、冒頭の表記を記事名にあわせ、「南條文雄」が旧字体であることを追記しました。--アルビレオ会話2018年7月18日 (水) 08:29 (UTC)[返信]