ノート:南京事件/過去ログ4

ページのコンテンツが他言語でサポートされていません。

過去ログ[編集]

アーカイブですので、過去のテーマについて議論されたい場合は新規に項目を立ててください。過去ログに投稿されても他の編集者の目にとまらない可能性があります。


この項目がここに移動される以前に同一名称だった項目にはノートページが存在します。詳細はノート:南京事件 (1937年)(移動以前の過去ログ)を確認してください。--Himetv 2010年6月14日 (月) 10:49 (UTC)


この項目が南京大虐殺から移動された際にノートページが移動されませんでした。移動が行われた2010年6月14日 (月) 05:39以前のノートについては、ノート:南京大虐殺をご覧下さい。--Himetv 2010年6月14日 (月) 10:56 (UTC)


  • /過去ログ1・・・2010年6月15日(火)02:30 (UTC)から2011年1月21日 (金) 20:42 (UTC)投稿分まで。「写真について」「冒頭の表現」「WP:V」「Japanese,Chinese,Taiwanese or Hongkongnese:Please speak English.」「什麼時候可以解除保護??」「英語のウィキペディアだと」「続き:写真について」
  • /過去ログ2・・・2011年1月30日 (日) 13:55 (UTC)から2011年5月1日 (日) 04:13 (UTC)投稿分まで。「改名提案」「IPアドレス投稿者氏の投稿内容について、および保護依頼」「タイトル差戻し提案」
  • /過去ログ3・・・2011年5月1日 (日) 04:00 (UTC)から2011年8月24日 (水) 19:48 (UTC)投稿分まで。「改名提案:「南京暴虐事件」」、「今後の記事名の再検討」の前半(「今後の記事名の再検討#中立性の観点から」から「今後の記事名の再検討#「一般的な名称」の判断基準について」まで)

ローカルルール[編集]

こちらの記事ではローカルルールが存在しております。ノート:南京大虐殺をご参照ください。--220.147.7.120 2010年6月15日 (火) 03:17 (UTC)

Dwy氏によるローカルルールの問題提起

こちらのローカルルールについて、Wikipedia:井戸端/subj/「ノート:南京事件 (1937年)」他のローカルルールについてで問題提起をしましたので、お知らせします。--Dwy 2011年8月22日 (月) 17:45 (UTC)

Dwy氏は問題提起されましたが、ローカルルールが正式な手順による変更はなされていない事を示しておきます。コミュニティによって作成されたローカルルールをに則った行動をしていただくよう、お願いいたします。--PSIA 2011年8月30日 (火) 14:45 (UTC)

こちらの議論の結果、ローカルルールは撤廃されました。

今後の記事名の再検討(続き)[編集]

経緯と論点の整理[編集]

経緯の整理案[編集]

 下記表、『1.主な経緯』および『2.主な論点』は、十分な精査、修正が施されておらず、必ずしも客観性、公平性が担保されたものではありません。--Truesight 2011年8月22日 (月) 09:54 (UTC)

コメントRabit gtiです。(1)勝手ながら節レベルを階層化しました[1]。(2)「1.主な経緯」と「2.主な論点」を表で整理してみました。皆様のご指摘、ご意見もお願いします。各引用は断片的で前後は省略、別意見も併記など、一覧性重視です。正確には各リンク先を参照ください。人ではなく内容を重視して、「誰が」は省略しました。なるべく広い観点、網羅性、簡潔性を心がけましたが、当然ながら整理者(私)の認識や表現が入っています(中立性など) (3)「3.使用状況の調査結果」は作成中です。すみませんが、もう1週間お待ちください。

1.主な経緯(案)(最終更新:--Rabit gti 2011年8月28日 (日) 07:01 (UTC)
時期 主な経緯 備考
2003年8月 当記事が「南京事件」名で作成[2] 記事冒頭に「別表記: 南京虐殺、南京大虐殺」と併記。従来の「南京事件」は「南京事件 (1927年)」に改名(移動)、「南京事件」は曖昧さ回避に。
2003年9月 南京大虐殺」に改名[3] 記事冒頭に「単に南京虐殺・南京事件とも呼ばれ」と併記。
2004年5月 関連記事の「南京大虐殺論争」が作成[4] 「南京大虐殺」から論争関係の記述を移動[5]
2010年6月 南京事件 (1937年)」に改名[6] 6月7日、ノート:南京大虐殺#改名提案での提案理由は「歴史学の分野でも、教科書でも客観的な記述として南京事件 (1937年)の方を採用することが増えているので、そちらに統一した方が妥当」、議論参加3名(提案者を含め賛成2名、「南京大虐殺論争」の記事との整合性の観点から「現状維持寄りのコメント」1名)。7日後の6月14日に改名(移動)。
2010年12月 移動元のノート:南京大虐殺#改名提案での2010年6月の改名への批判[7] 主な批判は「一週間で異議なかったとはいえ、わずか二人でこのような論争になりやすい改名を決めるのは依然として性急な編集の色が強い」、「「南京大虐殺」のほうが「南京事件 (1937年)」より、はるかに認知度が高く、見つけやすく、的確な名称」、国会図書館のOPAC検索結果から「南京事件より南京大虐殺の方が認知度が高い」、「国立情報学研究所の論文データ検索サイトciniiで調べたところ、「南京事件」 219件、「南京大虐殺」 260件」、笠原十九司氏等の出典より「「南京事件」の正式な名称が「南京大虐殺(事件)」である以上、正式名称を記事名とするべき」、小学館『日本大百科全書』などの出典、「「南京事件」と呼ばれる事件は三つあり、「南京事件」だけではどれを指すのか曖昧」、高校歴史教科書では「、「南京事件」7件、「南京虐殺事件」7件、「南京大虐殺」6件」、「記事名を「南京大虐殺」に戻すべき」など。

主な反論は「改名の手続きはウィキペディアの公式ルールに則って行われた」、「南京事件という名称は学説の多数派」、「否定派はもちろん肯定派もよく使用する「南京事件」がNPOVの観点から公平」、「南京事件ということばを、ほぼすべての学者が使っている」「教科書をもとに南京事件のほうが多いから、そちらが認知度が高い」、など。

2011年1月 移動先のノート:南京事件 (1937年)/過去ログ2#改名提案での「南京大虐殺」への改名提案 [8] 提案理由は、上記のノート:南京大虐殺#改名提案をまとめた内容[9]

反論は、南京大虐殺事件と南京大虐殺を分けるべき、中立的な言葉ではない、陸軍省が「南京事件」という用語を使っている、OPAC検索は題名以外のヒットが含まれている、CINII検索は「南京大虐殺」という主張に対する批判のヒットが含まれている、など。

コメントでは、英語版の記事名の付け方(非中立的だが一般的な名称)では中立性ではなく世間の判断に従うべきとされている(例:ボストン虐殺事件)、「南京大虐殺」から「南京事件 (1937年)」への改名も性急かつ強引な面が見られる、など。

以後、2011年4月以降の「タイトル差戻し提案」[10]、2011年6月以降の「今後の記事名の再検討」[11]などを経て、現在の議論に続いている。

2011年2月 南京事件 (南京大虐殺)」への改名提案[12] 賛成0名?、直後より提案者を含め議論停止中
2011年5月 南京暴虐事件」への改名提案[13] 賛成0名、2011年7月以降は提案者を含め議論停止中

--Rabit gti 2011年8月21日 (日) 07:19 (UTC)(←表ごとの節分割のため過去署名を貼り付け)--Rabit gti 2011年8月29日 (月) 16:23 (UTC)

論点の整理案[編集]

2.主な論点(案)(最終更新:--Rabit gti 2011年9月4日 (日) 15:16 (UTC)
主題 番号 主張 反論、コメント 合意状況
過去の改名への立場 1-1 2010年6月の「南京大虐殺」から「南京事件 (1937年)」への改名は不適切。仮に手続的には正しくても、その際の判断が誤った情報に基づく提案理由なので、記事名はいったん元の「南京大虐殺」に差し戻してから、改めて議論すべき。 手続き的に正しく合意されているので、改名要望ならば新規の改名提案が必要。合意による差し戻しも新規改名も実際は同じなので、過去の手続きの議論より今後の記事名を議論した方が良い。 未合意
記事名の付け方 Wikipedia:記事名の付け方では「記事の題名は、まず何よりも「日本語話者の大多数にとって、最も曖昧でなく、最も理解しやすいもの」である必要があります。そしてその次に「その記事へのリンクを作成しやすいもの」であることも重要です。」。Wikipedia:記事名の付け方#歴史的事件では「出来る限り一般的に知られており通用しやすい名称を使用する。」。
2-1 学会などの「正式名称」を調べて、それを記事名にすべき(例えば南京暴虐事件への改名) 学名や法律名とは異なり、歴史的事件に「正式名称」は無い。学会は多数あり、各学会での用語統一も無い。「出来る限り一般的に知られており通用しやすい名称」の調査には認知度調査が必要 未合意?
2-2 「南京事件」は「南京(大)虐殺事件」の略称で、「南京事件」では内容が判らず「最も曖昧でなく、最も理解しやすいもの」ではない。 略称とは一部の見解。多くの書籍等で「南京事件」が使われており、曖昧ではなく理解しやすい。南京事件の曖昧さ回避ページもあり、曖昧さは回避できている。 未合意
2-3 「南京事件」は世界史分野や日本以外の諸国では、1927年の事件を指す場合が多い。国際的観点も必要。南京事件 (1937年)では「最も曖昧でなく、最も理解しやすいもの」ではなく「その記事へのリンクを作成しやすいもの」でもない。 現在の記事名は「(1937年)」と年が付いており曖昧ではない。日本語版なので日本語での使用実態を考慮すべき。選定基準は日本語話者の認知度なので、日本以外での認知度は重要ではない。 未合意
2-4 認知度調査は、国会図書館検索やネット上の検索エンジンなどで確認できる 検索システムによっては、検索対象・範囲が不明、検索方法が不明(あいまい検索など)、変動多数、誤差なども要考慮。完全一致でない場合は、略称の方が通常は多数になる。 未合意
2-5 認知度調査は、「南京大虐殺」でヒットした件数でも、内容が「『南京大虐殺』は存在しなかった」(否定論)などの場合は、出典の趣旨を考慮し除外すべき 一般の認知度(用語の普及度)の調査なので、そのまま「南京大虐殺」に数えるべき 未合意
2-6 認知度調査は、学者の論文など専門家の資料を優先判断すべき。Wikipedia:信頼できる情報源#事実では「百科事典の場合では事実とは、その主題についての学者や専門家の共通認識によって同意された記述のこと」。歴史学での議論は一般社会よりも厳密性・正確性が保持されている。 記事名は本文とは異なり、「日本語話者の大多数にとって、最も曖昧でなく、最も理解しやすいもの」で選択すべき。 未合意
2-7 認知度調査は、高校などの歴史教科書も含めるべき Wikipedia:信頼できる情報源#歴史では「K-12水準の教科書は権威があるようには作られておらず、ウィキペディアの編集者は避けるべき」とある。日本では教科用図書検定も存在。教科書は歴史学を反映するものなので、歴史学の動向に包含できる 未合意
2-8 認知度調査の結果が拮抗する場合は、合計数に加えて、最近の増加傾向も考慮すべき(将来多数となる可能性が高いため) 現代用語事典ではないので歴史的用語も重要(最近の数を重視する理由は無い) 未合意
2-9 認知度調査の結果は、2~3割程度の差ならば判断できる 誤差や短期変動を考えると2~3倍の差が無いと認められない 未合意
2-10 認知度調査は、大別して「南京(大)虐殺(事件)」と「南京事件」で比較すべき 「南京大虐殺」と「南京虐殺」と「南京大虐殺事件」と「南京虐殺事件」は、別の用語なので分けて数えるべき 未合意
2-11 認知度調査の基準を合意して決定し、将来また再確認すれば良い 認知度調査の基準の合意には、上記論点(2-1 ~ 2-10)の合意が必要。毎年など頻繁に変動する可能性があるのは良くない。 未合意
「大虐殺」の語と中立性の関係 3-1 虐殺[14]の語は「むごく殺す事」との悪い意味、主観的な意味を持つため非中立的な用語。特に「虐殺があった、無かった」を含む議論の続いている事件では、特定立場の主張を記事名で書く事になり非中立的。 「虐殺」は広く使われており非中立的な語ではない。中立的に記述すべきは記事本文で、歴史的事件の記事名は一般の認知度で選定すべき。なお英語版の「記事名の付け方」(en1en2)では「虐殺(massacre)」を例示し、一般の認知度での選択をガイドしている。「虐殺」の語を含む記事名は多数あり、当記事のみ「非中立的」との意見は、逆に非中立的。 未合意
3-2 「大」は規模を表すので、規模(殺害人数)も議論となっている主題では中立的で無い 東京大空襲など、「大」は単に区別の表現。「大規模な虐殺があったとされている事件」の意味。英語の「Massacre」「Atrocities」などを「大」と訳すかどうかの問題。一般の認知度で判断すべき 。 未合意
複数ガイドの関係 4-1 Wikipedia:中立的な観点は方針文書で、記事名の付け方はガイドライン。その間に矛盾がある場合は方針文書を優先すべきなので、「記事名の付け方」には中立性に関する記述が無くても、「虐殺」の語を含む「南京大虐殺」は採用できない。 今回は方針とガイドラインの間の記述の矛盾ではない。法律では個別法に相当する個別分野のガイドを適用すべき。英語版では「記事名の付け方」も方針文書。方針(中立性)もガイドライン(一般認知度)もいずれも考慮されるべき。 未合意
他記事との整合性 5-1 「南京大虐殺」のみを「南京事件 (1937年)」に改名した結果、「南京大虐殺論争」との記事名整合性が良くない。ホロコーストホロコースト否認のように合わせるべき。 (この解決を兼ねて「統合案」も提案されたが、賛成なし、議論停止中) 未合意
5-2 ウィキペディア各国語版の大多数は「南京大虐殺」に相当。世界的観点から、なるべく揃えるべき。当事件は主に世界史の話。 ウィキペディアは出典にならない。日本語版が各国語版に揃えなければならない義務は無い。世界的観点は主に記述表現に関するガイド。当事件は主に日本と中国の二国間の話。ウィキペディア日本語版なので、日本(日本語)での使用実態を考慮すべき。 未合意
手続き関係 6-1 当ノートで「南京大虐殺」への改名提案はまだされていない。過去にされていても何ヶ月か経過していれば再提案が望ましい。「南京暴虐事件」改名提案など別の議論もされている。 2011年1月に提案済。2011年4月の「タイトル差戻し提案」も内容は改名提案。改名議論は継続している。ウィキペディアは規則主義ではない 未合意
6-2 改名提案、改名提案タグ、趣旨説明などは、同時期に同一人物が行うべき。別人物や期間が異なる場合は「引継ぎ調整」が必要。ガイドに書かれていないがルール以前の常識の問題。 そのようなルールやガイドは無い。多くのノートでも別人の対応や時間差は多い。提案などに属人性は無い。 未合意
6-3 ローカルルールWikipedia:論争の解決の組み合わせにより、提案や議論は一定期間で合意されない場合は終了[15][16] ローカルルールWikipedia:論争の解決には、議論や提案が終了されるとは書かれていない。日本語版には仲裁機関は無い。議論の解決は合意形成のみ。(Wikipedia:井戸端#「ノート:南京事件 (1937年)」他のローカルルールについてでも議論中) 未合意?
今後の案 7-1 主な経緯・論点・用語使用状況をまとめる (作業中)
7-2 合意できる点から合意を進める(南京暴虐事件のタグ除去など) 未合意
7-3 比較基準を決めて使用状況調査で決定(2-11と同じ) 比較基準には多数の事前合意が必要(2-11と同じ) 未合意
7-4 調査投票を行う。論争の解決のステップ4でガイドされている。 多数決につながるので反対。投票の性質について事前合意が必要。現状では有益でない。少なくとも論点をまとめてから。 未合意
7-5 南京大虐殺を新規立稿(南京事件とは意味する範囲が異なるので書き分ける) 出典の大半では同一事件の別称や略称。南京攻略戦、南京事件、南京大虐殺の3記事書き分けは困難。 未合意

以上の2表を作成しての感想ですが (a)論点や出典の大半は、実は初期のノート:南京大虐殺#改名提案に出ている (b) お互いに相手の意見への批判(否定)が中心で、各論点での合意がほとんど無く、論点(対立項目)が増える一方でWikipedia:合意形成の姿勢が見えにくい。(c)今後の進め方では、まずは共通認識できる点を積み上げてはどうか?(採用可能性が皆無で議論停止中の南京暴虐事件改名提案をタグから外す、など)--Rabit gti 2011年8月21日 (日) 07:19 (UTC)

経緯と論点の整理案へのコメント[編集]

コメント時間が無く精査はできていないのですが大きなところで幾つか指摘させてください。

  • 主な経緯での抜け情報について
  • 2011年1月30日 (日) 13:55 (UTC)~2011年2月14日 (月) 00:47 (UTC) に記事名を「南京事件」→「南京大虐殺」とする提案あり、投票が実施される。賛成3対反対8の結果に終わる。
  • 2011年3月15日 (火) 05:50 (UTC)~2011年3月19日 (土) 12:00 (UTC) に記事名を「南京大虐殺(南京事件)」と両論併記にする提案あり、投票が実施される。賛成4対反対5の結果に終わる。
  • 主な論点、1-1、過去の改名への立場、反論は「手続き的に正しく行われた改名を正しい手続きを経ることなく変更することはできない。」です。また、この点は合意事項だと思ったのですが違いますか?
  • 2-1、主張は「記事名は学術用語であり、学会の趨勢に則り記事名を決定すべきである。」です。合意していません。

とりあえず、上記については、表の修正をお願いします。 どうもこの表は筆者であるRabit gtiさんの主張(改名支持)が影響していて公正なものとは言い難い部分もあるのでおかしな部分など気が付いたら修正させて戴きたいのですがよろしいでしょうか。--Truesight 2011年8月21日 (日) 11:12 (UTC)

コメント (スレッドでここに書きます)Truesightさん、ご指摘ありがとうございます。ただ明白な間違いは直しますが、表の前に記載済のように多数の意見を断片化して表にした一覧性優先(正確には各リンク先参照)なので、個々の意見が正確な表現でないとの指摘には反映に限界もあります。(1)経緯ですが、2回とも正式な「投票」開始では無く、投票反対意見も存在し、参加者も少なく、中途半端に終わっているので記載しませんでした。(率直に言って、全体の経緯の中で重要ですか?) (2)論点1-1ですが「過去の改名が不適切なのでまずは差し戻しすべき」との趣旨の意見は(私の意見とは違いますが)続いているので、合意済とは言えないとの認識です。 (3)論点2-1は主に「歴史的事件に正式名称はあるか?」だけの話、論点2-6が「(正式名称は無いので複数存在する呼称の中から)専門家の意見を優先して選ぶべき」または「専門家ではなく一般の認知度を優先すべき」、という視点です(分けています)。論点2-1は「未合意」でも良いですが、「正式名称」と「学会などで一般的な名称」は別と思います。(4)(どうしても)私の観点での整理となりますが、複数の方の直接更新は混乱(各自説の大量書込や編集合戦)を懸念しています。勿論、指摘を頂いて会話を続けた結果、なるほどと思えばなるべく直しますし、私以外の方がその方の観点で整理を発表されるのも歓迎です(乱立は不親切と思いますが)。--Rabit gti 2011年8月21日 (日) 15:41 (UTC) (一部更新--Rabit gti 2011年8月21日 (日) 15:52 (UTC)
Rabit gtiさん、論点整理ありがとうございます。これがありますと、他の利用者も議論参加しやすくなるでしょう。問題はどう紐解いていくかですね。まず合意のハードルが低そうな部分から進めて行って、以降は重要度の高い部分に焦点を充てるようにすれば良いでしょうか。とりあえず「南京暴虐事件」タグ取り外しは同意します。Truesight氏へ、上記の表はRabit gtiさんが労力を掛けて作成されたものなので、作成者の解釈が入るのは当然でしょう。この部分まで同意しないと議論が進まないので、もっと本質的な部分に焦点を当てて議論していきましょう。--kei 2011年8月21日 (日) 14:50 (UTC)
「Rabit gtiさんの労作」という位置づけにしてしまうと後の作業の基礎にすることが難しくなります。Rabit gtiさんの同意を得た上で、加筆修正したい人には加筆修正していただいて、「全ての参加者の共同作業」と言う位置づけにしていく方が良いと思います。(その場合には、やりたい放題だと収拾がつかなくなるかもしれないので、「できるだけ簡潔にまとめる(一項目○○字以内とか)」「反論に対する再反論は書かない(主張か反論・コメントとして書く)」「自分と意見が違う側の記述には触らない」等のルールがあった方が良いかもしれません。--Dwy 2011年8月21日 (日) 15:17 (UTC)
労作だから口を出すなという意味では無くて、大まかな部分が合っているわけなので、表現方法その他の細かい部分にケチを付けていくとキリがないとの懸念です。(これ以上論争の元を作りたくない・・・)そういった部分は議論進行の中で意見交換していけば良いと思います。Dwyさんのご提案である程度ルール付けされて、粛々と進んでいくのなら異議はありません。--kei 2011年8月21日 (日) 15:30 (UTC)
たとえば6-2には「ガイドに書かれていないがルールなので守るべき。」なんて意味不明なことが書かれていますが、こんなこと誰も言ってません。こういう嘘は是正せねばならないでしょ、といっているのです。精査は終わってませんがこのような一文があるだけで上の表の信頼度は推して知るべしだなと思わせます。--Truesight 2011年8月22日 (月) 09:34 (UTC)
申し訳ございませんが、上記のような理由のため、表上部に客観性、公平性が担保されていない旨注意文を置かせていただきました。十分な精査、修正が済んだ後は撤去する予定です。--Truesight 2011年8月22日 (月) 09:58 (UTC)
コメント Truesightさんの上記ご指摘ですが、表の大半は記憶に頼って書きましたが再確認したところ「ガイドに書かれていないがルールなので守るべき。」ではなく(簡略化したとしても)「ガイドに書かれていないがルール以前の常識の問題」でした[17]。失礼しました。とりあえず先に反映しました。しかし「」という表現はどうかと思います。私個人はTruesightさんは論理的な方だと思っていますし、「まとめ」も複数の方から必要性の発言を聞いたので参考になるかと作成し、表のすぐ上に「当然ながら整理者(私)の認識や表現が入っています」と断り書きして、皆様のご指摘を募集した段階のものです。それに対して人のコメントの間に更に注記を入れる行為は初めて見て驚きました。かねて当ノートは強引な進め方が散見されますが、編集者は同じ立場であり、片方が司会や編集長ではありません。また私自身は悪意や議論を増やす目的で書いている積もりはありません。Wikipedia:善意にとるなども再読頂ければと思います。--Rabit gti 2011年8月22日 (月) 16:36 (UTC)
お疲れさまです。まとめてくださった内容について、まだ逐一検討はできませんが、とりあえず、脚注を付けるといいかと思います(表のすぐしたに)。また、表の共同編集による編集合戦の懸念ですが、現在の議論参加者は「査読」能力が高いと思われるので(笑)、おそらくは大丈夫なような気もしますが。まあ、事前に確認するほうがよりよいには違いありませんが。--西方 2011年8月21日 (日) 17:23 (UTC)
あと、この「論点」節以前は可読性を考え、過去ログにした方がいいと思います。--西方 2011年8月21日 (日) 17:25 (UTC)
まとめた努力については、敬意を表します。ただし、まず「手続き」について、何度も説明したにもかかわらず都合の良い書かれ方をされていて残念です。ローカルルールでは読めばわかるように、こちらの「合意の方法」は「論争の解決」のそれぞれのステップごとの期限がはっきりと設けたものであり、「議論または提案は一定期間で強制終了」というものではありませんので、「主張」も「反論」もズレてしまっています。また、「南京大虐殺派」に有利なまとめ方がされていると思ってしまったのは私だけでしょうか?たとえば、「複数のガイドの関係」というところですが、「主張」には「Wikipedia:中立的な観点は方針文書で、ガイドラインの記事名の付け方より優先するため、中立的ではない「(大)虐殺」の語を含む「南京大虐殺」は採用できない。」とあります。この「主張」も間違ってはいませんが、昨今の議論では、「ガイドライン上の記事名の付け方(一般的な名称)」は「南京事件」も「南京大虐殺」も適っており、どちらもガイドライン上問題はない。しかし、あらゆる立場の研究者が使用する用語を見ると「南京事件」を使用しており、この用語が「中立的観点」に適っているというものです。上記のまとめを見ると、「南京大虐殺」のみがガイドラインに適っているように見えてしまいます。他にも気になる点がいくつかありましたが、とりあえずは早速の反応をさせていただきました。--PSIA 2011年8月22日 (月) 11:50 (UTC)
まず西方さんの過去ログ化提案に同意します。すぐ上の節で私の提案がスルーされていますが、また時期を見て必要と感じたら再提案させて頂きます。あと現状ですが、早速懸念した通りに荒れちゃっていますよね。現在論争のある議論で、完全なNPOVの論点整理はまず無理な話しです。細かい表現や解釈において意見対立した全員が満足出来るものなど有るはずがなく、個人毎に多少のズレはあるという事実を受け入れて議論を進めませんか。何よりも大事なのは論点整理ではなく、本記事タイトルがどう有るべきかということです。細かい表現や解釈に異議があるなら、各論点(各節)での議論を進める際の最上部に反論を書きこめば良いと思います。論点に対する現状の反論は、本質的な議論進展には全く貢献していなく、むしろ議論進展の妨げとなっているということを認識しましょう。--kei 2011年8月22日 (月) 15:10 (UTC)
コメント (スレッドでここに書きます)過去ログ化の範囲ですが、少なくとも「改名の趣旨説明ならびにその根拠について」と「一般的な名称」の判断基準について」は、進行中ではないでしょうか?なお過去ログ化は、(今回のまとめ表を含めて)リンクが切断されて追いにくい面もあるので、最低限にして頂きたいです。--Rabit gti 2011年8月22日 (月) 16:30 (UTC)
keiさん皆さんの興味を引く公正で見るべきご提案であればスルーされることもないと思います。次回ご提案のときにはこの点を考えていただけるとよろしいかなと考えます。それとご懸念の通り荒れているということですがどこらへんが荒れているのでしょうか。針小棒大なご意見は歓迎できません。また、完全なNPOVは無理だとか仰ってますが、表作成者と同じ「南京大虐殺」派のkeiさんが言っても全く全然説得力がないのでその点良く良く自覚しましょう。
これからの議論の基礎とするのであれば、両陣営から偏りがないと看做されるものを作成することがスタート地点です。たとえばDwyさんがご提案しているようにお互いが自身が出張するところを記述(反対陣営の主張には手を付けない)とすることで比較的簡単に公平な表を作り出すことができるでしょう。--Truesight 2011年8月22日 (月) 16:07 (UTC)
理解できていない・・・。論点整理は単なる議論の叩き台なので、細かいことに拘っても仕方なく、本質的な問題(タイトル選定)に重点を置いた議論をしましょうということです。それと「自身が出張主張するところを記述」するにしても、議論参加者全員が微妙に意見が違うので、それを全て反映するとなると冗長な読みづらいものになるということです。今の細かい表現に拘ることが、どのような議論進展の貢献をもたらすのでしょうか。--kei 2011年8月22日 (月) 16:22 (UTC)
keiさんは「大虐殺」派なのでそのように言われるかもしれませんが、複数の「事件」派陣営からは公平でないとの指摘が出ているのです。そういった意見を蔑ろにし、身内に有利な議論基礎を設ける我田引水的なものいいは慎んだほうがよろしいのではないでしょうか。議論の総括くらい公平にやろうという気概がないのですか。--Truesight 2011年8月22日 (月) 16:58 (UTC)
コメント Truesightさん、一連の「両陣営」「反対陣営」「身内に有利な議論基礎を設ける我田引水的なものいい」「議論の総括くらい公平にやろうという気概がないのですか」などの表現は、レッテル張り的で好ましくないと思います。政治党派が用語闘争しているのではなく、ここは単に一般向け百科事典で適切な記事名を選定している議論です。私は私個人の意見を書いているだけです。当ノートでは従来より、かなり強引な発言が散見されますが、ウィキペディアは戦場ではありませんも再読ください(私が当初はどちらの記事名でも良いと思っていたのに当ノートに参加したのも、強引すぎる主張の横行はウィキペディアでは良くないと思ったからです)。--Rabit gti 2011年8月22日 (月) 17:13 (UTC)
わたしはいままでの議論の公平な総括を求めているのです。それを妨げ、自身優位な記述に固執するのは我田引水的であるし公平でないということです。レッテル貼りではありません。Rabit gti氏は上記表について「今後の進め方では、まずは共通認識できる点を積み上げてはどうか?」と述べられています。その表が共通認識できる点を積み上げるスタート地点に既に偏りがあるのは今後の議論を進める上で問題ではありませんか。改めて、Dwyさんがご提案しているようにお互いが自身が出張するところを記述(反対陣営の主張には手を付けない)を提案します。ご賛成いただけませんか?--Truesight 2011年8月22日 (月) 17:32 (UTC)
コメント (1)まず、表は「皆様のご指摘、ご意見もお願いします」および「当然ながら整理者(私)の認識や表現が入っています」と冒頭に明記して掲載した、私個人の案です。多数の方の大量の発言から、ごく一部を拾い出す以上、表現の正確さよりインデックス集に近いものです。特に「論点」の細分化は観点(人)によります。(2)上述の前置きをしても「合意されたまとめ」と誤解される事を懸念する方がいるようですので、編集競合の発生軽減を兼ねて節を階層化し、節名と表題に「案」と追記し、後から見た人が混乱しないよう「最終更新」も付加しました。(3)「皆が表を直接編集する」案ですが、個人的にはオープンソース開発的な一種の理想形態とも思いますが、以下理由から現時点では賛成できません (a)現在は私のコメントの一部です (b)「論点」は僅か19で、皆様のご指摘を拝見して、私が疑問点を確認後に19回更新するだけで一巡します (c)既に、論点の場所の認識相違(分類相違)や、主張と反論を同時に直すべき、などの意見も出ており、現状で同時編集が発生すると既に収集が付かない (d)政治的な意図から編集合戦や大量書き込みの懸念もある (e)当ノートも残念ながら強引・乱暴な発言も発生している (f)仮に編集合戦が発生してもノートでは対策が困難(新規参加者に表の編集を認めないのは不平等だし、記事のように保護依頼してノートで議論なども困難)(g)オープンソース開発などでは、より高度なコンテンツ管理ツールを使用している、などです。(4)「反対陣営の主張には手を付けない」ですが、そもそも「陣営別」の表ではなく、既に「陣営」をまたがった修正希望も出ており、そもそも「陣営」内の主張は同一ではなく(したがって、誰がどこを修正して良い・悪いは決められない)、「陣営」という表現自体が不適切です。(5)最後に皆様へお願いです。当コメント以前のご指摘は疑問点を確認後に順次反映予定です。以後のご指摘は、「現在の記述 "xxxxxx"は "zzzzzz" の方が正確ですよ」のような形で簡潔に列挙して頂けると助かります(より早く容易に更新できます)。よろしくお願いします。--Rabit gti 2011年8月23日 (火) 15:17 (UTC)
なるほど。上の表を修正していいのはRabit gtiさんだけという訳ですね。
もう一点質問ですが、指摘をすれば修正していただけるという事ですが、その際、Rabit gtiさんによる検閲みたいなものはあるのでしょうか。つまり第三者から修正依頼があった場合、Rabit gtiさんの権限において却下だとか、改変した上で修正などがありえるのでしょうか。--Truesight 2011年8月23日 (火) 15:38 (UTC)
コメント Wikipedia:ノートページのガイドライン#他人のコメントでは、原則は「決して他人の言葉を、その人が考えていない内容に書き換えたり、除去してはいけません」とあります(例外も記述されていますが)。私の発言を通常は私以外が更新できないのは、ノートの通常のルールで、それを「検閲」や「権限」とは大げさです。印象操作とみなされかねない表現は避けましょう。ご指摘は明らかな間違いでなければ、私は基本的には反映します。ただ、表が意味不明にならないように「論点の場所が違うのでは?」「意見の相違点に絞った記述にして良いですか?」「論点が消えてしまうけど良いのですか?」などの質問は予定しています。「検閲」との相違は、この質問自体が公開で、第三者コメントも大歓迎で、万一「Rabit gtiは横暴だ、けしからん」となった場合は別の方が別の表を作って皆で移動も可能、などです(乱立は不親切ですが独裁よりは良いでしょう)。具体例は以下に書きます。--Rabit gti 2011年8月23日 (火) 16:07 (UTC)
「ノートページで他人のコメントを変更しない」というルールは、ノートページで「共同作業」を行うことを禁止していないと思いますし(他にも例があったように思います)、共同作業になってしまえば「他人のコメント」ではなく「みんなの作品」ですから、だれがどういじっても、ガイドライン上の問題はないように思います。ただ、各自のコメント部分と共同作業の部分は明確に分離しないと混乱を招きますから、共同作業用の節をしっかり分けるか、ノート:南京事件 (1937年)/経緯と論点の整理のようなサブページで作業する方が望ましいかもしれません。--Dwy 2011年8月24日 (水) 16:55 (UTC)

コメント 連続コメントすみません、インデント戻しました。すみませんが、ご指摘頂いた方に、確認させてください。また第三者コメントも大歓迎です。

  • Truesightさんへ
    • 「経緯」ですが、2回の「投票」(もどき)の記載は重要でしょうか?コメント依頼等の方が特筆性があるのでは?
    • 論点1-1「手続き的に正しく行われた改名を正しい手続きを経ることなく変更することはできない。」は「改名は手続き的に正しく行われたので、再度の改名は新規の改名手続きが必要。」で十分では?(表では意見相違点を書くべきですが、「正しい手続き」や合意を否定した意見は無く、論点にはなっていないのでは?)
    • 論点2-1「記事名は学術用語であり、学会の趨勢に則り記事名を決定すべきである。」は、論点2-6では?(私との分類相違が原因とは思いますが。仮に「正式用語」があれば選定自体が不要なので、2つに分けました)
    • 論点6-2「ガイドに書かれていないがルールなので守るべき。」の修正は、前回の修正で良いでしょうか?(簡略化していますが)
  • PSIAさんへ
    • 論点6-3「「議論または提案は一定期間で強制終了」というものではありません」ですが、「改名提案という問題提起をしたが、一週間で議論がまとまらない場合は終了[18]や「前回の「南京大虐殺」の改名提案の議論を「継続している」という主張はローカルルール違反であり、ルール上「不調に終わった」こととされ、議論は終了しているのです。[19]などは、意見変更(取り下げ)なのでしょうか? (そのまま反映してもいいですが、それでは私の従来からの意見と同一になり、意味不明の「論点」になるため)

--Rabit gti 2011年8月23日 (火) 16:07 (UTC)

つまり、上で述べたわたしの質問
「上の表を修正していいのはRabit gtiさんだけという訳ですね。」
→Yes
「指摘をすれば修正していただけるという事ですが、その際、Rabit gtiさんによる検閲みたいなものはあるのでしょうか。」
→Yes
ということでよろしいでしょうか。もしそうであれば、上表を「共通認識を積み上げて」いく為の基礎とするのはいささか問題でしょう。--Truesight 2011年8月23日 (火) 16:37 (UTC)コメント位置修正の際に署名し直すの忘れてました。改めて署名しておきます。--Truesight 2011年8月24日 (水) 13:21 (UTC)

コメント 西方さん、Dwyさん、Truesightさんへのコメントです。

  • 西方さん、表への脚注アドバイスありがとうございました。ただ複雑化は避けたいので(下を見ないと判らない、ノートで<ref>は使いたくない)、全体に冗長な表現を整理し、例示は最低限にしてみました[20]
  • Dwyさん、共同編集案ですが、認識相違があると思います。まず今回の記事名議論は、数ヶ月以上、多数の参加者が多数の論点で大量の発言を重ねており、各発言には前後の経緯や意見変更もあります。従って、正確・公正には過去ログを見るべきで、表は単なるガイド(目次的な箇条書き)です。「各意見を正確・公正に記述した、全員が合意できる、論点まとめ表」のような表は、現実には作成不可能と思っています。次に共同編集案は冷静な議論の場ならば是非賛成したいですが、当主題では編集合戦も懸念されます。Aさん、Bさんが編集後、Cさんが「この論点も分類も全て違う、ここは共同編集が許された範囲だ」と仮に独自研究な大量書込をしても、記事本文と違ってガイド違反の指摘や保護も困難で差別もできません。また、妥当な内容でも「意見」を編集されると「反論」もある程度は対応した内容にすべきで、無限更新になりかねません。このため現在は賛成できません(今後もしない方針ではなく様子見です)。
  • Truesightさん、上記と重複しますが私の意見は以下です。「私なりに論点をまとめた表です。まとめた人により分類も整理も表現も変わります。事実関係の指摘を頂ければ、私がなるべく反映します。ただし目的は論点の整理(洗い出し)で、各立場の表現の正確性を追及した表ではありません(それは誰にも不可能と思っています)。細かい表現より、論点自体の間違いや漏れの確認の方が重要(先決)と思っています(論点が漏れて、後から蒸し返しになり話が堂々巡りになるケースが、当議論でも多発していると認識しています)。

現在のところ、表現は複数の指摘がありますが、肝心の論点自体(数や分類)は、大きく見れば大体洗い出されている、と認識しても良いでしょうか?重要論点の漏れの指摘があれば助かります。 --Rabit gti 2011年8月28日 (日) 02:27 (UTC)

報告「論点6-3」(ローカルルールの解釈)はWikipedia:井戸端/subj/「ノート:南京事件 (1937年)」他のローカルルールについてでも話題が書かれています。--Rabit gti 2011年8月28日 (日) 03:00 (UTC)

コメント 作成していただいた表についてコメントおよび追記願いをします。

  • ひとつ大きく気になるのは、「主張」→「反論」の1サイクルで枠づけされることですね。編集議論においては、「主張」→「反論」→「再反論」→「再々反論」という形で進むのが常態であるわけですが、その反映が難しいことですね。まあ、とはいえ、いずれにしても、表化する努力はしなくてはなりませんが。
  • 合意状況」の欄ですが、未合意なのか、停止なのか、それとも議題としては終了しているのか、という判定はたしかに難しいですが、私見では「議題として終了」しているものは多くあるように思われます。むろん、議論はいずれの議題も再継続・再議論可能ですから、その意味での「終了」はありません。しかし、争点となったまま膠着したものと、明確な反駁のないまま放置されているものとは区別した方がいいです。「未合意」か「終了」の判定をどうするかについてですが、(下記「使用状況」表3の暫定的色分けのように)終了したと思われるものについては暫定的に「終了」とし、それについて異論(「議論は終了していない」)が出た場合に、「未合意」にする、というやり方はいかがでしょうか?以下、私見で終了しているものを挙げます。
    • 1-1.(新規改名提案に関しては、これもまあ私見ですが、この表をもって、Rabitgtiさんが新規改名提案されれば済むと思うのですが…。あと、この1-1は、6-1と統合することが可能では?すくなくとも、6.「手続き関係」のなかにいれるべきだと思います。)
    • 2-1.(「正式名称」の一案として「南京暴虐事件」等が提案されたが、一般的な認知度もないため、議題としては終了。ただ、「正式名称」問題は2-6の歴史学での動向に継承されている)
    • 2-2.(略称問題については終了している)
    • 2-3.
    • 2-4.(検索機構の問題そのことについては議題としては終了。→いかなる検索結果であれば、「信頼に足る情報源」としての条件を満たすのか?という問題に移行している)
    • 2-5.(2-4が終了していると同様の理由で終了している)
    • 2-7.(教科書における表記はすでに本文にも記載されている。また、教科書は歴史学の動向に包含できる)
    • 2-8については終了しているというよりかは、「歴史的用語」が重要というまとめで、思い至りましたのが、むしろ「南京事件」記事はそのまま存続で、「南京大虐殺」「南京暴虐事件」という新規立項が可能であれば、それでかなりのことが解決できると思いました。もちろん、記事の棲み分け(重複)問題をどうするかは、かなり大変でありますが。
    • 2-9.(2-4が終了していると同様の理由で終了している)
    • 2-10(2-4が終了していると同様の理由で終了している)
    • 3-2は3-1に議題としては包含されるため、終了。
    • 4-1は、追記のうえ(後述)で終了。

以上のようにまとめてみますと、改めて利用者:Rabit gtiさんと私とでは状況認識また考え方がだいぶ違うのだなと思います。問題の数を増やしたり減らしたりすることで議論は継続していきますが、その過程で古い問題が新しい問題へと変換したり、または継承していくことで、古い問題が、当初の議論としては「終了」していると私は考える傾向が強いのかもしれません。むろん、これは「議論はすでに終了している」と一方的に宣言しているのではありません。ただ、議論の結果、複雑に問題がいりくんでいったと同時に、問題はかなりクリアにもなってきていると私は感じていたため、もしそうでないとすると、再議論しなくてはなりませんね。これに関して、いま現在はとりあえずの議論のまとめと、新たな議論への更新ということについてはすでに合意されていると思いますし、今後、番号順に議論していって、協同で「終了」を確認していくということにもなる旨をすでに複数の方が言明されておりますので、この点は心配はないですが。このいわば「機械的に番号順に議論していく」というのは、案外議論の解決には役立ちそうな予感もします。

  • それから、以下、表への追記・反映をお願いします。
    • 2の「記事名の付け方」という問題のグループ分けについてですが、「記事名の付け方(一般的な認知度)」として、その脚注に(Wikipedia:記事名の付け方#記事名を付けるにはの「認知度が高い - 信頼できる情報源において最も一般的に使われており、その記事の内容を表すのに最も著名であると考えられるもの。」を参照)を入れる。脚注をつけると上下いったりきたりになり、可読性を損ねるのではないかというRabit gtiさんの指摘について、一般論としてその指摘には納得しますが、この場合にはあてはまらないと思いますし、私は脚注は最低限にとどめるにしても、このような脚注があることで、表の階層化ができ、したがって可読性(全体の問題の俯瞰)が獲得できると思います。なお、「記事名の付け方(一般的な認知度)」には2-1は入らないですが、これは前記しましたように2-6に包含できるかと思います。
  • 2-1「主張」→「(たとえば南京暴虐事件への改名)」を追記。
  • 2-2の「反論」→「略称とは一部の見解。多くの書籍等で「南京事件」が使われており、曖昧ではなく理解しやすい。南京事件という曖昧さ回避ページもあることで、曖昧さは回避できている。」と追記。
  • 2-3の「反論」の「主に日中間の事件。」は不要であるため、削除。「選定基準は日本語話者の認知度なので、日本以外での認知度は関係ない。」は「日本語版であるため日本語での使用実態を考慮すべき。選定基準は日本語話者の認知度なので、日本以外での認知度は重要ではない。」
  • 2-6の「主張」→「認知度調査は、学者の論文など歴史学の動向を優先判断すべき。歴史学での議論は一般社会よりも厳密性・正確性が保持されている。」と追記。
  • 2-7の「反論」→「教科書は歴史学を反映するものであり、したがって歴史学の動向に包含できる」を追加。
  • 4-1の「反論」→「方針(中立性)もガイドライン(一般認知度)もいずれも考慮されるべき」を冒頭に追加。
  • 5-2.「反論」に「ウィキペディア日本語版である以上、日本(日本語)での使用実態を考慮すべき」を追記。

とりあえず以上です。現在、問題(議題)のグループ分けについても、どうしても認識の違いがあるので、それらの違い(ずれ)を擦り合わせて行くと、だいぶ、問題の種類もクリアになると思います。--西方 2011年8月28日 (日) 05:04 (UTC)

コメント Rabit gtiです。西方さん、建設的・具体的なコメントありがとうございます。

  • 「主張」「反論」の列は、ご指摘のように「再反論」以降も本来は書くべきですが、列追加と重複増を懸念して悩み、かなり乱暴な2列に治めました。列名は「ある意見」「他の意見」(それぞれ複数意見混在)の方が実際に合っている気もしますが、どうでしょうか?
  • 「合意状況」は、ご指摘のように実際は「議論中」「議論停止中」「議論済(いったん納得して他議論へ移行)」などもあると思います。現在は、私個人が「これは実際には終わった話」と思っているものでも、関係者が明確に合意宣言したものだけを「合意済」としています(つまりほとんど存在しません)。理由は(1)「合意した覚えは無い、勝手に判断するな」との指摘の回避(合意形成は広い意見の共通点を探るべき) (2)スタート時は「全て未合意」でも良い(今後、再確認を含めて「合意」判定していけば良い)。なお「終了」の場合「結論」が必要ですが大多数の論点では不明です。
    • 1-1. 1-1は「過去の改名を問題と考える差し戻し論」、6-1は「(過去の改名にかかわらず)新規の改名提案の有無」と分けています。私の意見は「差し戻しも新規改名提案も実質同じ」ですが、「差し戻しと新規改名提案は違う」意見も複数存在するため、分けました。
    • 2-1.私は「正式名称は無い」の意見ですが、「正式名称を使うべき」の意見も続いています(「正式名称」という言葉の意味相違とは思いますが)
    • 2-2.「略称である」と「略称とはいえない」は平行線では?
    • 2-3.「(1937年)」表記が「曖昧」かどうかは平行線では?(曖昧なので補っているだけ、リンクも不便、との意見もある)
    • 2-4.検索結果の考慮点は列挙されたが、どの考慮点を採用するかは未合意では?(別論点への統合論とは思いますが)
    • 2-5.件数をそのまま使う(認知度)か、使われ方も考慮する(意見数)かは、平行線では?
    • 2-7.教科書は本文には記載ですが、認知度判断の対象にするかは平行線では?
    • 2-8.新規立項案は、過去の統合案に似ていると思いますが、現在の問題は当記事の記事名では?(大東亜戦争の例では各国語間リンクもほとんど無い)
    • 2-9.平行線では?
    • 2-10.平行線では?
    • 3-1は「虐殺」の話(「南京虐殺」や「南京暴虐」も該当)、3-2は「大」の話(「南京虐殺」は該当しないので、折衷案として提案された事もある)
    • 4-1.合意ができた訳ではない

思うに、西方さんと私では、現状認識は実はそれほど違わないものの、「終了」の評価基準が違う気がします。私は、多数の意見が存在している以上、わずかでも異論があるようであれば(平行線のまま議論停止中を含め)、まずは広く「未合意」とした方が、幅広い合意形成に繋がると思っています。また「終了」ならば各結論を明示したいです。なお、論点が多少ともクリアになってきたならば、表を作ったりご指摘を頂いた意味が多少はあった訳で、良かったです。

  • 以下は表への反映依頼への対応状況です。いかがでしょうか?漏れや問題があればお願いします。
    • 2.反映しました(ただし脚注は表の下ではなく、2-1の前に<small>で書いてみました。脚注追加のお陰で各論点中の重複説明が簡素化できました)
    • 2-1.反映しました(ただ2-1は私は「学名など唯一の正式名が明確に決まっているもの」との意図なので混在ですが...)
    • 2-2.反映しました(「南京事件という曖昧さ回避ページもあることで」→「南京事件の曖昧さ回避ページもあり」と短縮。)
    • 2-3.反映しました(「あるため→なので」と短縮。バランスをとり「主張」に世界的観点を追加。)
    • 2-6.反映しました。
    • 2-7.反映しました(「であり、したがって」→「なので」と短縮)
    • 4-1.反映しました(ただし冒頭ではなく暫定で末尾の文を置換。平行線で「いずれも考慮すべき」は最後に登場したのでは?)
    • 5-1.反映しました(「である以上→なので」と短縮。「主張」も「べき」に統一)

--Rabit gti 2011年8月28日 (日) 07:18 (UTC)

反映ありがとうございます。「主張」と「反論」は意味がはっきりしているので、私はいいと思います。「再反論」についてですが、これは別の連鎖した問題として考えることができますね。たとえば2-1の「反論」に大して「再反論」があり、その「再反論」が重要である場合は、2-1-1などとして階層的に記述させれば、問題の系統図が見えやすくなるかと思います。まあ、とはいえ、問題の系統図などもあればあったで便利だとは思いますが、とりあえずこれまでの議論のまとめとしては現状+さらなら査読による発展があれば、新規参加者に対しても十分に親切であるし、かつ問題もずいぶん見えるかと思いますので、とりあえずの案としてしるしておきます。

ちょっと疲れたので(笑)、一点のみ。略称については私が問題提起を展開したと記憶しますが、私は「略称というのは笠原氏の個人的な見解ではないか」という意見に賛同した次第です。他に同趣旨の記述があればまた別かもしれませんが、とりあえず「略称か否か」については、問題提起者としては、撤収します。すなわち終了です。

他の点については、また改めてコメントすべきことがあればコメントします。--西方 2011年8月28日 (日) 11:43 (UTC)

「南京大虐殺」と「南京事件」の使用状況の整理案[編集]

コメントRabit gtiです。上の「経緯と論点」の話とは並行可能と思い節を追加しました。)遅くなりましたが、「南京大虐殺」と「南京事件」の使用状況を私なりにまとめた表です。過去にノートに書かれた内容に、図書館やネット上で確認した内容を追加して表にし、やや感覚的にですが色をつけました。図書館では書籍の選択や順序が恣意的にならないよう一定の基準で選択しました。あくまで私個人が作った表なので、立場や観点により表現や色は異なると思います。間違いの指摘や別の調査結果などがあればお願いします。

3.「南京大虐殺」と「南京事件」の使用状況(ピンク:有力?、黄色:やや有力?)(最終更新日時:--Rabit gti 2011年9月4日 (日) 17:04 (UTC)
分野 項目 「南京大虐殺」(一部「南京虐殺」も併記) 「南京事件」(内容が1937年の事件を含まない場合は除外) 備考
百科事典○:該当項目あり、×:該当項目なし、△:その他。順序は棚の並び順。両項目記載なしは除外。 世界大百科事典(平凡社、2007年) ○「日本軍が南京において行った虐殺」(田中宏) △「中国、南京市で起こった事件。1913年、1927年、1937年の3つの事件をさす。」(田中宏)(説明は1913年、1927年のみ。1937年は「南京大虐殺」の項目を参照との形) 東京都立中央図書館で確認
ブリタニカ国際大百科事典(TBSブリタニカ、1998年) ×(項目なし) △(項目なし。ただし「南京」の項目中に「日本軍の大規模な略奪、虐殺は南京事件として知られている」と記載あり) 東京都立中央図書館で確認
日本大百科全書(小学館、1987年) ○「中国軍の捕虜・敗残兵および一般市民に対して行った大虐殺事件」「日本でも最近は南京大虐殺事件、南京大虐殺とよばれるようになった」 △ 「1913年、1927年、1937年の3回、中国の南京で起こった日中関係事件」(説明の大半は1913年、1927年。1937年の詳細は「南京大虐殺」を参照) 東京都立中央図書館で確認
新世紀ビジュアル大辞典(学習研究社、2004年) ○「中国の捕虜・敗残兵・一般市民を殺害した事件」 ×(同名の項目はあるが記載内容は1927年の事件のみ) 東京都立中央図書館で確認
「万有百科大事典」第二版、昭和56年、小学館 × ○(神田文人) [21]
KODANSHA ENCYCLOPEDIA OF JAPAN(講談社、1983年) × ○「Nanjing(Nanking) Incident」の項目あり。1927年、1937年の事件を記載。 東京都立中央図書館で確認
ブリタニカ百科事典(英語オンライン版) Nanjing Massacre ×
Larousse(ラルース百科事典。フランス語) × × [22]
Yahoo!辞書検索(Feペディアの件数は除外) ○3件(大辞泉、日本大百科全書、ジャパンナレッジ) ○2件(大辞泉、日本大百科全書。ジャパンナレッジの3件は1913年、1927年の事件と思われるため除外。) 日本大百科全書(小学館)は上記と重複だが表現相違あり。
世界史書籍(事典、年表など総論的なもの)(○:該当項目あり、×:該当項目なし、△:その他。順序はほぼ棚の並び順。両項目記載なしは除外) 世界史大年表(山川出版社、1992年) △「南京虐殺事件」 × 東京都立中央図書館で確認、一部修正[23]
世界歴史大事典(教育出版センター、1985年) △(「南京虐殺事件」の項目あり) △「3つの事件の総称」(1937年の事件の説明の中に「"南京虐殺"、"南京大虐殺"として印象されるようになった」と記述。) 東京都立中央図書館で確認
机上版世界史年表(歴史学研究会、2001年) × 東京都立中央図書館で確認
歴史学事典 7 戦争と外交(弘文堂、2009年) △(南京事件の項目中に併記) ○「南京大虐殺事件、略称として南京事件という。単に南京大虐殺ともいう」(笠原十九司) 東京都立中央図書館で確認、追記[24]
日本と世界の主要全事件総覧(教育社、1993年) × 東京都立中央図書館で確認
世界史用語集(山川出版社、1993年) × 東京都立中央図書館で確認
山川世界史総合図録(山川出版社、1997年) △「南京陥落(南京虐殺事件おこる)」 × 東京都立中央図書館で確認
新版 世界史事典(評論社、2001年) ×(記載なし) ×(1927年の事件のみ記載) 東京都立中央図書館で確認
世界の歴史(中央公論新社、1999年) ×(1927年の事件のみ記載) 東京都立中央図書館で確認
スーパー世界史(講談社、2001年) ○「南京で多数の中国人が虐殺された(南京大虐殺)」 × 東京都立中央図書館で確認
もういちど読む山川世界史(山川出版社、2009年) △「南京虐殺事件をはじめ、多くの虐殺事件をひきおこした」 × 東京都立中央図書館で確認。同社の高校歴史教科書をベースにした市販本。なおノートでの教科書調査結果[25]
世界グローバル年表(東洋書院、2000年) × 東京都立中央図書館で確認
世界の歴史大図鑑(河出書房新書、2009年) × 東京都立中央図書館で確認
『世界歴史事典』(全10巻、平凡社,1956年) ×? [26]
『アジア歴史事典』(全10巻、平凡社,1961年) ×? [27]
「角川 世界史辞典」2001年、角川書店 × [28]
「山川世界史小辞典」2004年、山川出版社 × [29]
「アジア歴史事典」1961年,平凡社 × ○(臼井勝美) [30]
「日本歴史大事典」小学館、2001年 ○(笠原十九司) × [31]
世界史書籍(総論だが分野・時代限定のもの) 戦争・革命で読む世界史(自由国民社、2002年) × 東京都立中央図書館で確認
20世紀 世界紛争事典(三省堂、2000年) × ×(1927年の事件のみ記載) 東京都立中央図書館で確認
20世紀現代史(一藝社、2003年) ○(中国側の呼称として記載) × 東京都立中央図書館で確認
20世紀年表(毎日新聞社、1997年) △「南京虐殺事件」 × 東京都立中央図書館で確認
20世紀(角川書店、1998年) △「南京虐殺」 × 東京都立中央図書館で確認
20世紀の歴史 15 第二次世界大戦(平凡社、1990年) ○「南京大虐殺」(索引) × 東京都立中央図書館で確認
FACTS ABOUT THE 20th CENTURY (George Ochoa, Melinda Corey、2001年) △「Nanjing (Nanking), Rape of (1937) Massacre in China」 × 東京都立中央図書館で確認。[32]と同じ。
THE OXFORD COMPANION TO WORLD WAR II (OXFORD、1995年) × 東京都立中央図書館で確認
日本史書籍(事典、年表など総論的なもの) 「岩波 日本史辞典」1999年,岩波書店 × [33]
「日本史総合年表」第二版、吉川弘文館,2005年(初版は2001年) △「南京虐殺事件」 × [34]
「日本史大事典」平凡社1993年 ○(江口圭一) ○(田中宏) [35]
「日本史大百科全書」第五版,1990年、小学館 ○(洞富雄) ○(洞富雄) [36]
「日本史広辞典」山川出版社,1997年 [37]
「日本外交史辞典」山川出版社,1992年(新版) × ○(中川尚) [38]
「日本外交史辞典」大蔵省印刷局,昭和56年(旧版) × ○(中川尚) [39]
「国史大辞典」吉川弘文館,1989 △「南京虐殺事件」(藤原彰) × [40]
辞書等 「広辞苑 6版」岩波書店 [41]
「日本語大辞典」11版、1992年(初版は1989年)、講談社 × [42]
「日本国語大辞典」第二版、2001年、小学館 × [43]
「英文日本大事典」講談社、1994年、第6版 Nanjing Massacre(南京虐殺事件) Nanj(k)ing Incident(南京事件) [44]
OXFORD ENGLISH DICTIONARY,1989年 × × [45]
国会・政府 衆議院(サイト内検索[46]) 50件(固有名詞「南京大虐殺記念館」のヒットも含む) 28件(「委員会ニュース」では常に「いわゆる」表記)
参議院(ホームページ検索[47]) 9件 3件
総務省([48]、「"」付きで検索) 0件 1件(後述の外務省文書と重複)
防衛省・自衛隊(「"」付きで検索) 2件(論文中の引用箇所) 0件
文部科学省([49]、日付指定なし) 4件 5件 どちらも検定先の教科書の記述を含む(例:[50]
外務省([51]) 9件 11件(購入書籍名も含む)
外務省(日中歴史共同研究[52] 2010年1月報告書。欄外の参照書籍名は除外) △「南京虐殺事件」を使用(p6) ×(1927年の事件名としてのみ使用) 日本側の自国論文
外務省(日中歴史共同研究[53] 2010年9月報告書。欄外の参照書籍名は除外) ○「南京大虐殺事件」を使用(p5) ×(1927年の事件名としてのみ使用) 中国側論文の翻訳版
報道機関 読売新聞(サイト内検索[54]) 3件(固有名詞を含む) 4件(書籍名を含む)
朝日新聞(サイト内検索[55]) 11件 16件
毎日新聞(記事検索) 2件(映画名を含む) 1件
msn産経ニュース(ニュース検索、「"」付きで検索) 16件 13件 いずれも引用を含む
一般サイト検索 Google(Web検索、「"」付きで検索) 1,840,000 件 (Nanking Massacre 246,000 件, Nanking Atrocities 298,000 件, Rape of Nanking 476,000 件 ) 1,940,000 件 (Nanking Incident 2,530,000 件, いずれも1913年、1927年の事件も含む) 対象範囲不明、変動多数(厳密な比較には不向き)
bing([56]、「"」付きで検索) 328,000 件 (Nanking Massacre 517,000 件, Nanking Atrocities 202,000 件中, Rape of Nanking 787,000 件 ) 329,000 件 (Nanking Incident 92,800 件, 1913年、1927年の事件も含む) 同上
書籍・論文 一般書籍(Google books[57]、「"」付きで検索) 5,230 件 10,200 件(1927年の事件も含む、例[58][59][60]) 同上
論文(Google Scholar[61]、「"」付き、引用部分を含めない) 14,400件(引用を含めないと221件) 46,700件(引用を含めないと312件) 同上
一般書籍(Amazon、カテゴリー「本」、詳細検索[62]、「書名」で検索) 48件 (「南京虐殺」24件) 60件 keiさん、Henon さんの確認結果[63]を反映
一般書籍(国会図書館NDL-OPAC) 70件(ヒットは和図書のみ) 69件(ヒットは和図書のみ) 「タイトル」検索で該当文字を含まない書籍名も多数ヒット(検索方法不明。厳密な比較には不向き?)。ノートでの言及[64]Henon さんより重複ありの指摘[65]
論文検索(国立情報学研究所CiNii[66]) 262件 221件 ノートでの言及[67][68][69][70]、他多数
ウィキペディア各国語版出典にはできない世界的観点の参考) 英語版 en:Nanking Massacre(記事中の日本語名も「南京大虐殺」) ×
ドイツ語版 de:Massaker von Nanking(記事中の日本語名も「南京大虐殺」) ×
フランス語版 fr:Massacre de Nankin(記事中の日本語名は無し) ×
イタリア語版 it:Massacro di Nanchino(記事中の日本語名は無し) ×
スペイン語版 es:Masacre de Nankín(記事中の日本語名も「南京大虐殺」) △(記事中に日本語併記)
ポルトガル語版 pt:Massacre de Nanquim(記事中の日本語名は無し) ×
ロシア語版 ru:Японские военные преступления в Нанкине(「南京での日本の戦争犯罪」、記事中の日本語名は無し)
中国語 zh:南京大屠殺(記事中の日本語名も「南京虐殺事件」) ×
備考 ウィキペディア日本語版での「歴史上の大量虐殺」の記事名 (記事名に「虐殺」の語を含むもの)サンドクリークの虐殺ウンデット・ニーの虐殺アルメニア人虐殺シンガポール華僑虐殺事件マニラ大虐殺江華良民虐殺事件旅順虐殺事件聞慶虐殺事件タイビン村虐殺事件フォンニィ・フォンニャットの虐殺ハミの虐殺ゴダイの虐殺ソンミ村虐殺事件プリイェドルの虐殺 (記事名が「地名+事件」のもの)済南事件平頂山事件通州事件カティンの森事件葛根廟事件通化事件麗水・順天事件居昌事件老斤里事件ハラブジャ事件 (その他「虐殺」に近い意味の用語や事件名)ジェノサイドホロコースト民族浄化ホロドモールポグロム大粛清キリング・フィールド

「南京大虐殺」と「南京事件」の使用状況の整理案へのコメント[編集]

コメント Rabit gtiです。上の表を作成しての個人コメントです。

全体 「有力?」「やや有力?」の判断基準は厳密ではありません(「虐殺」の語を重視するかどうか、「南京虐殺事件」や「南京事件 (1927年)」の扱いなどによっても変わる)
サイト・書籍 大差はなし(全体では「南京事件」がやや多い。年代的には1970年代は本多勝一の「中国の旅」や日中国交正常化の影響もあり「南京大虐殺」が、1990年代以降はソ連崩壊中国脅威論の書籍出版増の影響もあり「南京事件」が多いと思われる。「南京事件」でヒットする書籍は、日中戦争や日中関係の分野が多い印象。)
百科事典 「南京大虐殺」がやや多い(世界史や中国史の分野では「南京事件」は1927年の事件を指す場合が多い)
世界史書籍 「南京大虐殺」が多い(世界史や中国史の分野では「南京事件」は1927年の事件を指す場合が多い)
国会・政府 どちらも公式用語的には使われていないと思われる(ヒットの大多数は、発言の引用や議事録、固有名詞や書籍名など。各省庁、どちらも「いわゆる」やカッコ書きが大半。)
報道機関 大差はなし(ヒット数が少なく誤差の範囲内。そのヒットの多くも引用や固有名詞。同一新聞で記事により変わる事もある。)
ウィキペディア記事名 虐殺事件の記事名は「虐殺」を含むネーミングがやや多い(翻訳したものに多い印象。日本語版以外では更に多い模様。「地名+事件」は虐殺だけでなく軍事行動など全体を含めたものも多い。また「地名+事件」は地名のみで特定容易な分野内で使われやすい(例:「ロス事件」は世界的には通じない)

--Rabit gti 2011年8月27日 (土) 14:55 (UTC)

Rabit gtiさん、お疲れ様でした。これをきっかけに議論が一気に進むと良いですね。書籍ですが、最も網羅性が高いと思われるamazonでは完全一致検索で南京事件493件南京大虐殺636件南京虐殺301件となっています。--kei 2011年8月27日 (土) 15:35 (UTC)--kei 2011年8月28日 (日) 00:38 (UTC)
keiさん。amazon検索ですが、タイトルのみで検索すると、南京事件60件、南京大虐殺48件、南京虐殺24件となっているように思います。--Henon 2011年8月27日 (土) 19:25 (UTC)
Henonさん、ありがとうございます。詳細検索で見るとそのようですね。長期に及ぶ議論で、記事の長さが新規参加者を阻む要因となっている中で、誤った情報があると更に混乱を招くことにもなりますので上記発言は撤回しておきます。申し訳ございませんでした。--kei 2011年8月28日 (日) 00:38 (UTC)
Rabit gtiさん、表作成の労をとっていただいたことに敬意を表します。
使用状況という点について、少し細かいことですが、国会図書館の一般書籍検索でヒットする和書籍について、簡単に調べてみました。以下、タイトル順に並べたときの検索番号で議論します。
  • 「南京事件」の項目の中で、
10. 終戦50年と「日本」 / 西原武臣. -- 西原武臣, 1994.12
11. 終戦50年と「日本」 / 西原武臣. -- 全貌社, 1995.10
は10が非売品。総ページ数は265pと292pで増加。
21. 天皇の軍隊と南京事件 / 吉田裕. -- 青木書店, 1986.1
22. 天皇の軍隊と南京事件 / 吉田裕. -- 新装版. -- 青木書店, 1998.6
は総ページ数が232pで完全に一致。
26. 南京事件 / 秦郁彦. -- 中央公論社, 1986.2. -- (中公新書)
29. 南京事件 / 秦郁彦. -- 増補版. -- 中央公論新社, 2007.7. -- (中公新書)
は、26が269pで29が370pで大幅増加。
49. 南京事件の総括 / 田中正明. -- 展転社, 2001.11
50. 南京事件の総括 / 田中正明. -- 謙光社, 1987.3
51. 「南京事件」の総括 / 田中正明. -- 小学館, 2007.7. -- (小学館文庫)
は、それぞれ347p,343p,253p。49と50は若干書名が違う。51は再構成版らしい。
私の個人的な意見ですが、少なくとも11,22,51は除いて66件とカウントする方がよいような気がします。(類似図書ということで5件除いて64件としてもよいかもしれないくらいだと思います。)
  • 「南京大虐殺」の項目の中で、
8. この事実を… / 侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館[他]. -- ストーク, 2000.2
9. この事実を… / 侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館[他]. -- 南京大学出版社, 1999.11
はともに431p。
20. 天皇の陰謀. 1 / デイヴィッド・バーガミニ[他]. -- NRK出版部, 1988.9
21. 天皇の陰謀 / デイヴィッド・バーガミニ[他]. -- 現代書林, 1983.4
は同一のものではないか。前者が「決定版」。ともに第一分冊「南京大虐殺と原子爆弾」をさしていると思われる。
26. 南京大虐殺 / 洞富雄. -- 現代史出版会, 1975
27. 南京大虐殺 / 洞富雄. -- 現代史出版会, 1982.12
は、前者234p。後者は決定版で302p。
28.南京大虐殺 / 藤原彰. -- 岩波書店, 1985.4. -- (岩波ブックレット ; no.43)
29.南京大虐殺 / 藤原彰. -- 新版. -- 岩波書店, 1988.10. -- (岩波ブックレット)
は前者が63p。後者62p。
34.南京大虐殺への考察 / 斉藤忠二郎. -- 〔斉藤忠二郎〕, 〔1996〕
35.南京大虐殺への考察 / 斉藤忠二郎. -- 〔斉藤忠二郎〕, 〔1996〕
はともに42p。
53.「南京大虐殺」のまぼろし / 鈴木明. -- 文芸春秋, 1973
54.「南京大虐殺」のまぼろし / 鈴木明. -- 文芸春秋, 1983.11. -- (文春文庫)
55.「南京大虐殺」のまぼろし / 鈴木明. -- ワック, 2006.6. -- (WAC bunko)
は、274p,302p,323p。55は54の新版。
15. 新「南京大虐殺」のまぼろし / 鈴木明. -- 飛鳥新社, 1999.6
も同一著者だが、こちらは509p。
69.わが南京プラトーン / 東史郎. -- 青木書店, 1987.12
70.わが南京プラトーン / 東史郎. -- 青木書店, 1996.10
はどちらも259p。
私の個人的な意見では、9,21,29,35,70は除いて65件とカウントするとよいのではないかと思います。(類似図書として9件除いて61件としてもよいくらいだと思います。)
この2つの処理をすると、「南京事件」の方が多いという見方もできなくはありません。上のRabit gtiさんの表を修正するべきだと主張するものでは必ずしもありませんが、やや有力の色分けを「南京大虐殺」の方に入れるのはどうかと思います。厳密ではないとされるなら尚更この項目は色付けはしないというほうがよいのではないかと提案しておきたいのです。--Henon 2011年8月27日 (土) 19:12 (UTC)
コメント keiさん、Henonさん、指摘・情報ありがとうございます。表に以下更新を行いました。 (1)「最終更新日」の追加 (2) Amazon書籍名検索の行追加(色なし) (3)国会図書館NDL-OPACの備考にHenonさんの「重複ありの指摘」とリンク追加(色なしに変更) 。Amazonは洋書も確認したいです。重複は他検索でもありうるので、レベルを合わせる観点で件数の修正ではなく備考に記載にし、色を外しました。--Rabit gti 2011年8月28日 (日) 02:06 (UTC)
Rabit gtiさん。
  • amazonの洋書検索ですが、日本語版amazonの場合のタイトル検索では、
Nanking atrocityが3件。rape of Nankingが28件、Nanking Massacreが4件、Nanking incidentは2件でした。
米国版amazonの場合のタイトル検索では、
Nanking atrocityが9件。rape of Nankingが42件、Nanking Massacreが19件、Nanking incidentは2件でした。
ただ、これらの検索には重複も多くあり、例えば「The rape of Nanking」などはペーパーバック版などかなり多くの重複があるように思われました。また件数が少ないこともあります。これらの点に注意は必要かと思います。
  • 使用状況の整理案の並び順ですが、並び順が重要度の順というわけではないとしても、書籍や論文における使用状況を、国会・政府や報道機関の項目の下に置くのは疑問です。そもそも国会・政府や報道機関の項目は非常に数が少なく、そこに優劣の色分けをすることにも疑問が残ります。一般サイト検索は確かに何を検索しているか不明確ですが、しかし国会・政府や報道機関の項目にあるデータと比べればきわめて多くのデータを扱っているので、これも上に持ってきた方がよいと思います。--Henon 2011年8月29日 (月) 18:36 (UTC)
辞典、百科事典、また書籍も出版年は重要なので、明記されることを願います。(私も図書館に行きださずですみません、といいたいところですが)あと、事典の追記を願います。
  • 『世界歴史事典』(全10巻、平凡社,1956年)では、「南京事件」で立項。
  • 『アジア歴史事典』(全10巻、平凡社,1961年)では、「南京事件」で立項。--西方 2011年8月28日 (日) 05:16 (UTC)
コメント 西方さん、出典(2件)追加ありがとうございます。表の「百科辞典(その他)」に追記しました[71]。2出典とも「南京大虐殺」の項目は存在せず、で良いでしょうか? 出版年はそのうち反映したいと思います(自分が使ったのが悪いのですが、東京都立中央図書館に普段行く方がいらっしゃると有難いのですが...)。--Rabit gti 2011年8月28日 (日) 07:40 (UTC)
中央図書館(都ではありません)にいって調査してまいりました。重複があるかもしれませんが、ご点検のうえ、表への追記をお願いします。また既出の書籍についても情報を補足します(執筆者など)。
  • 「国史大辞典」吉川弘文館,1989:南京虐殺事件(執筆者:藤原彰)以下、()内は項目執筆者。
  • 「アジア歴史事典」1961年,平凡社:南京事件(臼井勝美)
  • 「岩波 日本史辞典」1999年,岩波書店:南京大虐殺
  • 「角川 世界史辞典」2001年、角川書店:南京事件
  • 「山川世界史小辞典」2004年、山川出版社:南京事件
  • 「日本史総合年表」第二版、吉川弘文館,2005年(初版は2001年):南京虐殺事件
  • 「日本史大事典」平凡社1993年:南京事件(田中宏)、南京大虐殺(江口圭一):(両方項目あり)
  • 「世界史大年表」1992年、山川出版社:南京虐殺事件
  • 「日本史大百科全書」第五版,1990年、小学館:南京事件(洞富雄)、南京大虐殺(洞富雄):(両方項目あり)
  • 「世界大百科事典」改訂新版、平凡社:南京事件、南京大虐殺:(両方項目あり)
  • 「広辞苑 6版」岩波書店:南京事件、南京大虐殺:(両方項目あり)
  • 「日本語大辞典」11版、1992年(初版は1989年)、講談社:南京事件
  • 「日本国語大辞典」第二版、2001年、小学館:南京事件
  • 「英文日本大事典」講談社、1994年、第6版:Nanj(k)ing Incident(南京事件),Nanjing Massacre(南京虐殺事件)
  • 「日本歴史大事典」小学館、2001年:南京大虐殺(笠原十九司)
  • 「日本史広辞典」山川出版社,1997年:南京事件、南京虐殺事件(両方項目あり)
  • 「万有百科大事典」第二版、昭和56年、小学館:南京事件(神田文人)
  • 「日本外交史辞典」山川出版社,1992年(新版):南京事件(中川尚)
  • 「日本外交史辞典」大蔵省印刷局,昭和56年(旧版):南京事件(中川尚)
  • 「20世紀世界紛争事典」三省堂、2000年:項目なし(南京事件も南京大虐殺も記載なし)。
  • 「近代日中関係史年表」岩波書店、2006年:事件名なし(「…多数の中国人を暴行殺害」とあるのみ)
  • 「歴史学事典 7 戦争と外交」平成11年、弘文堂:南京事件(笠原十九司)
  • OXFORD ENGLISH DICTIONARY,1989年:項目無し
  • Larousse(ラルース百科事典。フランス語):項目無し。
  • ドイツ語の百科全書(書名は失念):項目無し。
提案  調査して思いますのは、案外、「南京事件」と「南京大虐殺または南京虐殺事件etc..」の両方が立項されていたことでした。これらおよびRabitgtiさん作成の表の事典調査をあわせて考えますと、「南京事件」と「南京大虐殺」の両方が立項されるのが、最終的にはベストかな、とは思います。内容の棲み分けについては複数の事典をみましたところ、項目「南京事件」は事件の文脈、戦線拡大、概略的なことがメインで、「南京大虐殺」の方は虐殺の内容についてのみ書かれていました。これを参考にして、いずれは新規立項をされるのが一番いいかと思いました。樺太のノートページでも似たような改名論議がありましたが、結局はサハリンの新規立項で議論は落着しそうです(まだ議論は続く可能性は当然ありますが)。同じように、いくつかの事典をモデルにとれば、南京大虐殺南京事件とは異なるという見方も可能です。樺太サハリンはもともと違う概念であるように、南京大虐殺南京事件とも全く異なる概念である、ということができます。本来別々の言葉を、改名に固着することで、無理に統合する事態が発生し、結果、議論が長期化した、という見方を、私は現在採用したくおもいつつあります。--西方 2011年8月28日 (日) 11:32 (UTC) なお、新規立項の手順ですが、現在リダイレクトページである南京大虐殺に加筆すればよいかと思います。なお、以前、リダイレクトページを新規記事として利用していいのかどうか、不明だったので、方針とガイドラインを調べたのですが、リダイレクトページはあくまで曖昧さ回避ページであり、新規記事にすることで曖昧さが回避でき、また、記事冒頭に他項目へのリンクなどが明記されていれば、問題ないかと思います。--西方 2011年8月28日 (日) 11:49 (UTC)
コメント 西片様の指摘は当たっていると思います。 「南京事件」の学問的な定義は時間的にもより、幅広く「南京事件」の内容は「南京大虐殺つまり1937年の南京事件」だけではなかったと思います。「南京事件」は学術用語ですし、「南京大虐殺」も論文中に広く使われています。 一方南京事件 (1937年)はルール違反ではないにしろウィキペディアンが便宜上つけた名前です。 私は議論がそれでまとまるのであれば、「南京大虐殺」の方は虐殺の内容についてのみ書いて、その他の知りたい情報については「南京事件」を参照して下さいでも良いと思います。--Dictionwolf 2011年8月29日 (月) 00:27 (UTC)

(インデント戻し)あと、表「百科事典(ウィキペディア各国語版)」の項目ですが、これは配置(順番)としては最後の備考にあるべきものだと思います。出典として利用できないが、判断の参考にはなるということでは合意もとれてると思いますし。--西方 2011年8月28日 (日) 12:38 (UTC)

また「百科事典」と「百科事典(その他)」という分類については、「百科事典」「歴史学関連(系)事典」「その他」という分類を希望します。私のいう「その他の辞書」とは、国語辞典などの、歴史学プロパーでない事典類のことです。--西方 2011年8月28日 (日) 12:43 (UTC)

西方さん、私もそこは近い考えを持っています。言葉の定義として考えた場合、「南京事件」は、当時の南京攻略戦において、行われた犯罪行為(略奪、レイプ、無抵抗の捕虜・民間人の大量殺害)の総称であり、南京大虐殺はその中で、最も被害が大きいことで象徴的な虐殺事件を指したものと考えれば、両方の立項も不自然では無いのかなとの考えもあります。ただ分けるとなった場合、本記事に関しては、元は「南京大虐殺」だったので、記事内容も虐殺事件を中心に組み立てられており、その場合は「南京事件」のページを新たに作る方がしっくり行くように感じます。--kei 2011年8月28日 (日) 15:16 (UTC)

Rabit gtiさま。非常に詳細な調査ごくろうさまでした。他言語版Wikipediaの使用状況については、くりかえしになりますが、なんら参考になりませんので項目から除去しておいたほうが良いかと考えます。--大和屋敷 2011年8月28日 (日) 17:27 (UTC)たとえば、私がかりに他言語版のタイトルを「THE RAPE OF NANKING」とその現地語訳に移動させていったとしても、リバートがかかるのはせいぜい英語版、可能性として仏・独版程度であって、その理由もおそらく「議論なく移動を戻す」といった程度の理由によるもので、そもそも当事件のTITLEがなにが適切かといった視点での真剣な議論未満であるはずでしょう。Wikipediaにおいて「関心が向けられず」「放置されている」問題は重大です。他Wikipediaがこう書いてあるから真実であり、日本語版を修正すべきだと考えがちなのは、日本語話者にありがちな学習態度です。--大和屋敷 2011年8月28日 (日) 17:31 (UTC)

コメント 大変勝手ながら、編集競合発生を抑制し、表単位で更新が容易なように、表ごとに節分割しました(最初からしておくべきでした。私の見込みが甘かったです)。問題があればお知らせください。--Rabit gti 2011年8月29日 (月) 16:23 (UTC)

コメント 連続コメント失礼します。
  • 西方さんへ。出版年を確認して記入し、「図書館で確認」などは1列目から備考に移動し、1列目の分類を見直し(まだ暫定です)、直接は出典にはならないもの(ウィキペディア各国語版や、Web・書籍検索結果など)は表の下部に移動しました。西方さん新規確認の書籍は、私の新規約1O点と一緒に次回反映予定です。使用状況表に限らず、1列目は見づらいので改善予定です。なお、この表は「本文用の出典一覧」(検証可能性が重要)ではなくて、「ノート議論用の使用状況確認結果」(単なる使い捨て用)にすぎないので、「出版年とか表の下とか、本当に必要かなあ」と内心思ってましたが、出版年が判ると年代での傾向有無が見えやすいですね。ただ、表の上下は、これ以上はあまりこだわりたくないです(記事でもノートでも、自分の都合の良い結果を上に移動したがる人が出て編集合戦になりがちなので。最終的には分類ごとに出版年でソートするのが機械的で良いとも思います。)
  • 南京大虐殺の新規作成案(現リダイレクトの記事化案)ですが、確かに両項目書かれた出典も多いですが、その大半は「~とも呼ばれる」など同一の事件として記述しており、範囲などで用語を明確に使い分けている例は私はまだ1件も見ていません。また南京攻略戦(戦闘全般)、南京事件(虐殺の周辺の戦闘状況?)、南京大虐殺(特に虐殺事件そのもの)と3段階になると、記述分けや編集者の誘導はかなり困難と思いますし、現在の当記事の内容をどちらが直接継承するかで議論となると思います(内容的に各国語間リンクは「南京大虐殺」と思いますが)。
  • 大和屋敷さん、各国語版と国際的な観点は、論点5-2でも「未合意」としています。また他国語版を「真剣な議論未満であるはずでしょう」と推測で決め付けるのは良くありません。(既述のように当事件に限らず海外では「虐殺」系の記事名は日本以上に多数使われており、特に日本関係に多用されている訳ではありません。また各国語版が「出典には使えない、合わせる義務がある訳ではない」事と、「参考にする必要もない、整合性を持たせる必要性も無い」とは異なります。実際、多くの記事改名議論では各国語版も参考にしています。)
--Rabit gti 2011年8月29日 (月) 17:47 (UTC)

他の「虐殺系?」記事がどのようなtitleであろうが、それは「南京事件」とは無関係で独立した記事であり、同一に議論する必要はありません。議論を拡散させないでください。他の記事がこうだから当記事もこうすべきとの主張は(適切なtitleを選定しようとする検討参加者の誠実な努力に対して)迷惑です。他言語版の「南京事件」記事ノートをそれぞれ見れば、記事titleについて該当言語版でいかに「関心がもたれていない」かは一目瞭然です。Wikipedia自身は検証可能性を満たした信頼できる情報源ではありません。他言語版Wikipediaのtitle選定状況は日本語版のtilte選定にまったく無関係です。--大和屋敷 2011年8月30日 (火) 02:50 (UTC)そもそも虐殺系なる認定もきわめて個人的な断定であり問題があります。記事南京事件は「虐殺系記事」ではありません。ただの歴史的事象を説明した記事の一つにすぎません。(※無意識のグループ化による誤謬)。無意識のレッテル(ラベル)を先に塗布してしまっており、このラベルだからこういうタイトルであるべきという演繹型推論を強調(レトリック)しています。他のWikipediaがこうだからこうすべき、はWikipediaルールに抵触する思考法です。--大和屋敷 2011年8月30日 (火) 02:55 (UTC)

大和屋敷さんとRabit gti さんとの今の議論(ウィキペディア他言語版云々)は、この「使用状況(使用実態)」の表ではなく、うえの論点(主張と反論)の表の「他記事との整合性」に移動すればよいと思います(こういう場合のため、脚注があるとよいかと思います)。--西方 2011年8月30日 (火) 10:08 (UTC)
舌足らずでした。この件は争点(論点)でもあるため、うえの論点整理表に、「備考:各言語版のウィキペディアでの項目名」については、移動した方がよいと思います。ただし、全文は長大であるので、脚注にするほうがいいです。--西方 2011年8月30日 (火) 10:12 (UTC) すなわち、「日本語における使用状況の表の作成」であれば、合意がとれるわけで、せっかくの客観的かつ建設的な表なのですから、争点であるものについては、争点整理表にまとめましょう。でないと、また不要な議論へ拡散してしまいますので。むろん、私も考慮されるべきは日本語での使用実態のみと考えていますので、この件については大和屋敷さんの異議に賛同します。--西方 2011年8月30日 (火) 10:16 (UTC)
すみません、あとどこの図書館で調べたとか、誰の情報提供か、などは、データとしては不要であるので、削除してもらえませんか?注釈、脚注などで記載されるのであればかまいませんが。--西方 2011年8月30日 (火) 10:19 (UTC)
もっとも重要なのは「一般的な名称」となりますが、各国の使用状況や他の「虐殺事件」記事との整合性も考慮する必要があると思います。よって「全くの無関係」ではなく「多角的な見地のひとつ」という観点としては意味があるでしょう。--kei 2011年8月30日 (火) 13:58 (UTC)
keiさん、各国版の立項を参照データとしてみなすかそれとも、データ(情報)として考慮に値しないと考えるか、で争われているのですから、これは争点として論点表に移動すべきではないでしょうか?協同作業においては、ある程度は妥協されませんと、下手するとこの表全体への異議が出てしまいます。別に削除といっているわけでなく、「移動」を提案をしているのですから、そこは許容していただきたいところです。--西方 2011年8月30日 (火) 14:50 (UTC)  すくなくとも、「ウィキペディア各国語版」「備考」については、改名反対派からすれば、議論誘導として解釈しえるわけです。「日本語での使用実態」についての調査については、双方で合意がとれている。合意できていないものは、争点として、論点整理表に移動すべきです。--西方 2011年8月30日 (火) 14:54 (UTC) 「多角的な検討」は論点に関する議論で行うべきであり、こちらの使用実態に関するデータはあくまで客観的な参考資料として別に考える必要があると思います。--西方 2011年8月30日 (火) 15:04 (UTC)
あと、南京大虐殺への新規立項ですが、今後の議論の経過次第では、私が新規立項しようかと思います。まさか、新規立項まで反対されるとは思いませんので(笑)。でもあらかじめ、この新規立項についても議論した方がいいのかもしれませんねえ。南京大虐殺を新規立項しても、「いや、そもそも南京事件(1937年)という曖昧な記事名の記事が存在すること自体があってはならないことであるから、一度、南京事件に戻したうえで、「南京大虐殺」へと改名すべきである」みたいな流れになる可能性もありますから。ただまあ、新規立項についてはこの表のできあがりとそれ以降の議論をみて、あらためて提案しようかと思います(第三者的にいえば、せっかくここまで議論してきたのに、という気持ちももしかしたら双方にあるのかもしれませんし)。--西方 2011年8月30日 (火) 15:04 (UTC)

「南京事件」で適切だと思います。【(1937年)】はWikipediaというデータシステムが要求する技術的タグにすぎないものです。「南京大虐殺」という用語の選択は「日本語話者の大多数にとって、最も曖昧でなく、最も理解しやすいもの」の観点から問題があると思います。せいぜい南京大虐殺論争の記事のなかで「南京大虐殺」なる述語を使用する論者を紹介するにさいして利用する程度で宜しいのではないかと考えます。--大和屋敷 2011年8月30日 (火) 20:27 (UTC)

私も大和屋敷さんとほぼ同意見です。付け加えるなら、何度も繰り返しますが、あらゆる立場の研究者が共通して使用している用語が「南京事件」(秦や東中野などは一般的に「南京大虐殺」を使用しない)であり、これこそ中立的で多数派で主流の用語と判断しています。--PSIA 2011年8月30日 (火) 21:18 (UTC)
大和屋敷 さん、PSIAさんが、なぜいま総論的な発言をなさるのか、ちょっと理解できません。いまは、この表を作ることに当面は専念し、これまでの論点整理表と併せて、コメント依頼なり調査投票なりの次のステップに進もうという流れで合意がとれていたかと思うのですが…。別に議論を仕切るつもりは毛頭ないのですが、あれ?と思った次第です。(まあ、私も新規立項を先走って提案したりしてますので、ひとのことはいえないのですが。)--西方 2011年8月31日 (水) 07:53 (UTC)
そうですね。取り敢えずは、記事名選定において関連があるであろう項目を列挙することを中心に考え、有効性の有無や重要度の高低については、あとの議論で行うこととしましょう。--kei 2011年8月31日 (水) 14:11 (UTC)
とりあえず、本記事にある改名提案の「南京暴虐事件」は、全く議論に上がっていないので、それをを外して「南京大虐殺」だけにしても良いのでは無いでしょうか。--kei 2011年9月3日 (土) 15:22 (UTC)

コメント 遅くなりましたが、西方さんが確認して頂いた世界史・日本史の書籍と、私が図書館で確認した世界史の書籍を追加しました[72]。ただ「両項目なし」は既存と合わせて現在は未記載です。事典等の「南京事件」は1937年の事件を含んでいるのかも重要に思います(後からですが表タイトルに追記しました)。以下は詳細です。

  • 表は、順序や表記より内容の充実を優先した方が良いと思います。順序は用途や観点により「ノートで議論が多いものが上」「ヒット件数が多いものが上」「件数の正確性の高いものが上」「出典になるものが上」「なるべく分野別に」「書籍は出版年順に」「出版社別に」「日本語以外は別に」など相反するので、全部を満たすのは不可能です。私の最初は「大体、ノートで最初から良く出ているものを上」(Web/書籍検索 → 書籍/他言語版 → 政府など)でしたが、出典にならないものを下にしたのが現状です。この表は「集める」事を優先しており、位置にはこだわらず、例えば「このガイドの観点から、対象となる表のここを見ると、こんな傾向が見られる」というように、目的・用途に応じて必要な箇所を抜き出して頂くのが現実的と思います。
  • ウィキペディア各国語版での使用状況は、過去のノートでも複数の論点(使用頻度、用語の中立性、他記事との整合性、世界的観点など)で話題に出ています。(上記と重複しますが)この表は広く「使用状況」の表で、特定の論点や調査に限定した表ではないので、英語名称の使用状況や、各国語版での各国語および日本語の使用状況も含めています。各論点で表を分けるのは非効率なので、各目的で必要でない箇所は無視すれば良いと思います。
  • 情報元の図書館名やコメント差分リンクを「備考」に掲示している理由は以下です (1)情報提示者の明確化(私がまとめて反映しているため、私が確認していない情報もあり、履歴での追跡は手間がかかるため) (2)利便性(相違指摘などの場合、再確認しやすい)(3)中立性・公開性(都合の良い書籍を選別して掲示している訳では無い事が、少なくとも該当図書館に行けば検証可能) (4)「備考」欄なので、不要な情報と思えば無視できる。ただ不要意見も頂きましたので、情報提供者のアカウント名は削除し、リンクのみに簡略化しました。
  • 西方さん、keiさんもご指摘のように、この節では使用状況の表へのコメントを中心にし、各論点の主張は今後のそれぞれの節で行って頂くのが、進め方としては判りやすいと思います(なお論点に7-1~7-5を追記しました)。

--Rabit gti 2011年9月4日 (日) 16:12 (UTC)

Rabit gtiさん、表への反映ありがとうございます&お疲れさまです。しかしながら、OEDやラルースについては権威ある事典ですので、記載して頂きたく思います(ドイツのものは私の失念なので結構ですが)。なぜならそれも「国際社会における使用実態」の事例であるからです。もし記載されないようでしたら、ウィキペディア各国語版の件も含め、また表の公正性について議論がはじまるかと思いますし、そうした現在では無用な議論を避けるためにも、反映をお願いします。--西方 2011年9月4日 (日) 16:30 (UTC) 表を何度も照合しないとわからなかったのですが、私の調査した国語辞典等も反映されておりませんね?それはなぜですか?せっかく、「客観的な」表を作ろうとしているのに、表作成提案者の独断で調査内容の反映が左右されるようでしたら、非常に問題なのですが。--西方 2011年9月4日 (日) 16:39 (UTC) 「近代日中関係史年表」なんかも反映されていませんね…。説明もなく、編集によって「工作」しているとみなさざるをえないのですが。三日以内に反映をお願いします。もしそれができないようでしたら、私の方で別の表を作成します。--西方 2011年9月4日 (日) 16:43 (UTC)
コメント すみません、純粋な作業漏れで、国語辞典等の6件ほどは未反映です。しばらくお待ちください。--Rabit gti 2011年9月4日 (日) 16:44 (UTC)(追記:とりあえず、辞書等の明らかな漏れと、項目なしのため意図的に未反映のOEDとラルースは、反映しました[73]。「近代日中関係史年表」など「項目なし」や「事件名なし」は未反映です(両項目なしは未掲載は、最初の表で明記していました。いわばヒットした一覧表です。私が図書館で調べたものも、項目なしを含めると約3倍になってしまいます。)細部の未反映や不正確はまだある可能性がありますが、とりあえず明らかな箇所を反映しました。なお未反映を自分で気づかなかった事はお詫びしますが、反映依頼も反映も公開作業なので隠せる内容でもなく、「工作」とはいささか過剰な表現かと思います。)--Rabit gti 2011年9月4日 (日) 17:21 (UTC)
コメント 西方さんの反映依頼リストと、私の対応を以下に掲示します。
  • 「国史大辞典」吉川弘文館,1989:南京虐殺事件(執筆者:藤原彰)→日本史
  • 「アジア歴史事典」1961年,平凡社:南京事件(臼井勝美)→世界史(総論)
  • 「岩波 日本史辞典」1999年,岩波書店:南京大虐殺→日本史
  • 「角川 世界史辞典」2001年、角川書店:南京事件→世界史(総論)
  • 「山川世界史小辞典」2004年、山川出版社:南京事件→世界史(総論)
  • 「日本史総合年表」第二版、吉川弘文館,2005年(初版は2001年):南京虐殺事件→日本史
  • 「日本史大事典」平凡社1993年:南京事件(田中宏)、南京大虐殺(江口圭一):(両方項目あり)→日本史
  • 「世界史大年表」1992年、山川出版社:南京虐殺事件→世界史(総論)既存に反映
  • 「日本史大百科全書」第五版,1990年、小学館:南京事件(洞富雄)、南京大虐殺(洞富雄):(両方項目あり)→日本史
  • 「世界大百科事典」改訂新版、平凡社:南京事件、南京大虐殺:(両方項目あり)→百科事典(既存、反映なし)
  • 「広辞苑 6版」岩波書店:南京事件、南京大虐殺:(両方項目あり)→辞書
  • 「日本語大辞典」11版、1992年(初版は1989年)、講談社:南京事件→辞書
  • 「日本国語大辞典」第二版、2001年、小学館:南京事件→辞書
  • 「英文日本大事典」講談社、1994年、第6版:Nanj(k)ing Incident(南京事件),Nanjing Massacre(南京虐殺事件)→辞書(日本史でしょうか?)
  • 「日本歴史大事典」小学館、2001年:南京大虐殺(笠原十九司)→世界史(総論)
  • 「日本史広辞典」山川出版社,1997年:南京事件、南京虐殺事件(両方項目あり)→日本史
  • 「万有百科大事典」第二版、昭和56年、小学館:南京事件(神田文人)→百科事典
  • 「日本外交史辞典」山川出版社,1992年(新版):南京事件(中川尚)→日本史
  • 「日本外交史辞典」大蔵省印刷局,昭和56年(旧版):南京事件(中川尚)→日本史
  • 「20世紀世界紛争事典」三省堂、2000年:項目なし(南京事件も南京大虐殺も記載なし)。→未掲載
  • 「近代日中関係史年表」岩波書店、2006年:事件名なし(「…多数の中国人を暴行殺害」とあるのみ)→未掲載
  • 「歴史学事典 7 戦争と外交」平成11年、弘文堂:南京事件(笠原十九司)→世界史書籍(総論)の既存に反映
  • OXFORD ENGLISH DICTIONARY,1989年:項目無し→辞書
  • Larousse(ラルース百科事典。フランス語):項目無し。→百科事典
  • ドイツ語の百科全書(書名は失念):項目無し。→未掲載
--Rabit gti 2011年9月4日 (日) 23:42 (UTC)
Rabit gtiさん、純粋に作業の過程だったのですね。すみませんでした。疑念がちょっとこちらで走ってしまいました。工作等はむろん撤回し、深くお詫び申し上げます。--西方 2011年9月5日 (月) 03:21 (UTC)  「英文日本大事典」について質問されておられますね。これは日本に関する英語の辞典で、いわば「Dictionary of Japan」ですね。一般の辞典、または一般の百科事典という扱いでいいと思います。--西方 2011年9月5日 (月) 03:26 (UTC)
コメント 大きな更新は一段落した気がするので、いくつかまとめてコメントします。
  • 西方さん、私も作業漏れがある状態で掲示してしまい失礼しました。「英文日本大事典」は、とりあえず現状の辞典に入れておきます。なお、確認して頂いた書籍で「南京事件」の項目が存在するものは「全て1937年の事件について書かれている」という認識で勝手に「○」を付けてしまいましたが、良いでしょうか? 私の場合は「1937年の事件がどうのような事件名で書かれているか」という観点で確認したため、私が都立中央図書館で確認した 26冊中では、「南京事件」は11冊に記載され、うち3件は○(1937年の事件)、4件は△(1937年や1927年等の事件)、4件は×(1937年の事件は含まれていない)でした。ただ、見直すと私の記号の基準も一貫しておらず、色々な内容をまとめた表なので同じ基準でなくても良いとも思っています。
  • 論点や使用状況の表は、表記ではなく、分類や内容に多数のご指摘(この論点が抜けてる、観点自体が違う、など)を予想していましたが、ごく大筋ではカバーされている、との認識で良いのでしょうか? 他にもあればお願いします。
  • 以前に西方さんご指摘[74]の「新規改名提案に関しては、これもまあ私見ですが、この表をもって、Rabitgtiさんが新規改名提案されれば済むと思うのですが…。」ですが、私が新規改名提案しても良いのですが、私は前の提案が無効ではない(続いている)と思っている事と、私は元々は「南京大虐殺」への積極的な改名論者では無いためです。元々は、当時の強引な運営、乱暴な表現、ガイドの独自研究すぎる解釈などを不適切と考えて参加[75][76]し、その後はガイドに冷静に従えば「南京大虐殺」も意外と悪くないと思い至ったものの、基本的にはガイドに従って冷静・客観的に記事名の議論や選定ができれば良い、との立場です。
  • 西方さんが以前に提案[77]されて、keiさんが賛成された過去ログ化ですが、「経緯と論点の節より前」は最近2週間以上は更新が無くなったので実施しても良いでしょうか?
--Rabit gti 2011年9月12日 (月) 14:13 (UTC)
Rabit gtiさんへ。
  • 「南京事件」項目の対象となる事件の扱いについてですが、コピーをとったわけでなく、あくまでメモだけだったので、そのメモと記憶をたどりますと、ほぼすべて三つの事件に触れていたかと思います。両方の項目がある場合は、「1937年の事件→南京大虐殺」という風に、いわばリンクといいますか、別項参照のパターンが多かったように思います。ただ、すみません、いま現在あらためて確認するには、いまいちど図書館にいかねばならなくなるので、100%の断言はいたしかねるところです。
  • 「論点表」についてですが、また議論するなかで、記載を要請される場合もありますでしょうし、また論点も増えたりする場合もあるかもしれませんので、暫定的なものということでは、現在のものでよいのではないのでしょうか?現在まで特に、整理の内容そのものについては特に異論もないようですし。むろん、この表が「今後変更されることはない」などということがないのが条件で。つまり、いつでも、要請があれば、反映など更新に対応していただくのであれば。
  • 改名提案については、個人的には、やはり新規に改名提案される方がいいかと思います。しかしながら、論点表や資料対照表などが作成されたことで、議論を集中させることがより容易になったこと、また新規の議論参加者に対しても可読性が保証されましたし、「議論の実質的な継続性」と「手続き上のルール」自体も議論の争点となったことなども表になっておりますので、Rabit gtiさんの方でやはり「新規改名提案は不要」と主張されるのであれば、私は妥協いたします。私としては、「手続き論」よりも、より実質的な論点での議論が展開することを望むからです。
  • 過去ログ化は元来私が要求したものですので、是非という感じです。--西方 2011年9月16日 (金) 13:32 (UTC)
コメント 西方さんへ。(1)「ほぼすべて三つの事件に触れていたかと思います」との情報、ありがとうございます。一番気にしていたのは「南京事件の項目で、1937年の事件が含まれていなかった」という「×」にすべきケースなので、特に追加情報が無ければ現状のままとさせて頂きたいと思います。(2)表は勿論「当議論が継続中は、変更依頼(特に情報追加)は歓迎」です(量によっては時間を頂いたり、記載順序の希望のように両立困難なものも存在しますが)。(3)私も、より実質的な論点での議論が展開することを望むため、という理由から、新規の改名提案は疑問と思っています。提案内容は明確で議論は継続中です。仮に「一定期間経過後は新規の改名提案が必要」などとすれば、過去のノートの議論パターンを見ても、「今後も1か月毎には必要」とか「今後は1週間毎に必要で、毎回違う理由が必要だが、過去の理由と実質的に同じかどうかは誰がどう判断すべきか」など、現在以上に不毛な「手続き論」に陥る事が目に見えているからです。(4)ノート:南京事件 (1937年)/過去ログ3を作成し、「経緯と論点の整理」より以前の節を移動しました。問題があればお知らせください。(5)今後ですが「今後の進め方について」の節を作成するのはどうでしょうか?(論点や利用状況を見ての議論や、今までに登場したタグや調査投票に関してなど)--Rabit gti 2011年9月19日 (月) 14:08 (UTC)
  • 5の新規節ですが、「論点」(または「論点表」や「これまでの論点(表)」)・「論点(表)についての議論」の二段構成でいいと思いますが。「今後の進め方について」という節名だと、手続き論として誤解されるかもしれませんので。
  • あと、「調査投票」も別件でかつ大きな話題でもあると思われますので、独立した節でいいかと思います。
  • 「論点表についての議論」ですが、各論点について、再び長い議論が再開されることも十分に考えられますが、はじめから各論点ごとに下位節を作るほうがいいのか、とりあえず議論を区切らずに再開するのか、二つあると思います。私は、どちらでもいいですが。--西方 2011年9月23日 (金) 13:38 (UTC)
本筋の議論については、後から参加される利用者の可読性を考えますと論点毎に立節する方が良いと思いますが、終結しない議論が複数節で発生すると、かえって議論終結から遠のいてしまうことも十分に考えられますので、節を区切らない方が良いと考えます。(議論に区切りがついた後に、適切な節名を設けて区切るなら賛成です)それと議論の進め方としては、まずは提案や意見のある方がその論点を中心に進めてみて、終結しないまま議論停滞や他の論点に移った場合は、Rabit gti氏の作成された「2.主な論点」表を新たな情報を加えて更新させていくようにするのはいかがでしょうか。--kei 2011年9月23日 (金) 15:04 (UTC)
コメント すみません、例えば以下の節構成で良いのでしょうか?「論点」は論点表の修正追加などの議論でしょうか? 節分割は、個人的には論点6-3(旧ローカルルール)や論点7-2(南京暴虐事件)などは、「論点についての議論」の節を分けて(階層化して)の平行進行は容易と思います。しかし肝心の論点2(認知度)、論点3(中立性)、論点4(複数ガイドの関係)、論点5(複数記事の整合性)などは、相互に関連付けて発言される方が多いので、分けても機能しにくいかと思っています。--Rabit gti 2011年9月27日 (火) 15:51 (UTC)
節分割は議論の推移をみてからでよいと思います。で、言い忘れていたのですが、上の「論点の整理案」表は、あくまで「案」で、その後の査読期間と議論を持ったわけですから、「主な論点」または「論点表」として、新たに下の「論点」節の冒頭に転載する方がいいと思います。むろん、但し書きとして「議論の推移次第で表は加筆修正される」などといったことが必要ですが。あるいは、上の表との重複をさけた方がいいというのであれば、上の表から「案」というのを除去していいように思います。「経緯」「「南京大虐殺」と「南京事件」の使用状況」についても同様です。--西方 2011年9月29日 (木) 04:39 (UTC)
コメント 大変遅くなりましたが、西方さんのご意見に従い、「主な経緯表」「主な論点表」「主な使用状況表」の3表を以下の節に転載(最新版の単純コピー)しました。(重複を懸念し移動も考えましたが、今後の過去ログ化も考え、過去分の後からの修正は最低限にした方が良いかと思いました。)--Rabit gti 2011年10月9日 (日) 07:48 (UTC)

皆様お疲れ様です。政治的な問題なので合意にいたるのは厳しいとは思いますが。
上のほうに新聞記事の統計がありましたがウェブ記事は母数が少なく意味がないので、各社有料記事データベースで調べてみました。結論からいうと新聞記事では「南京大虐殺」のほうが一般的です。

南京大虐殺 南京虐殺 南京事件
聞蔵II(朝日1985~) 1,462 (68%) 347 (16%) 337 (16%) 2,146 (100%)
ヨミダス(読売1986~) 434 (62%) 83 (12%) 180 (26%) 697 (100%)
FACTIVA 1,891 (54%) 432 (12%) 1,169 (33%) 3,492 (100%)
朝日を除く全国紙と地方紙の総合データベース。産経の記事数が多いのは90年代の記事も含まれるため。他紙はは2000年代から。以下各媒体へのブレークダウン。
産経(東京版+大阪版) 575 (37%) 167 (11%) 815 (52%) 1,557 (100%)
毎日(本社版+地域版) 213 (66%) 72 (22%) 36 (11%) 321 (100%)
読売 83 (44%) 21 (11%) 86 (45%) 190 (100%)
中日 127 (73%) 21 (12%) 25 (14%) 173 (100%)
北海道 70 (64%) 21 (19%) 18 (17%) 109 (100%)
西日本 66 (100%) 0 (0%) 0 (0%) 66 (100%)
雑誌検索 61 (69%) 0 (0%) 27 (31%) 88 (100%)
東京新聞 0 (0%) 0 (0%) 36 (100%) 36 (100%)
朝鮮日報 0 (0%) 14 (100%) 0 (0%) 14 (100%)
TVウォッチ 0 (0%) 0 (0%) 17 (100%) 17 (100%)
ついでに国会図書館の雑誌記事データベースも。
雑誌記事検索(1969~) 260 (51%) 38 (7%) 216 (40%) 514 (100%)

四大紙では産経だけが突出して「南京大虐殺」よりも「南京事件」が多いというのが興味深いです。
記事数統計という客観的なデータではっきりとして傾向が出てますけど、受け入れられない人には受け入れられないんでしょう。なんせ政治的な問題ですから。--Bugandhoney 2011年10月3日 (月) 15:48 (UTC)

論点[編集]

主な経緯表[編集]

コメント 西方さんのご意見に従い、上記の#経緯の整理案より最新版をコピーしました。便宜的な表なので詳細は原文(各リンク先)を参照ください。この表の更新提案も当ノートでお願いします。

1.主な経緯(案)(最終更新:--Rabit gti 2011年8月28日 (日) 07:01 (UTC)
時期 主な経緯 備考
2003年8月 当記事が「南京事件」名で作成[78] 記事冒頭に「別表記: 南京虐殺、南京大虐殺」と併記。従来の「南京事件」は「南京事件 (1927年)」に改名(移動)、「南京事件」は曖昧さ回避に。
2003年9月 南京大虐殺」に改名[79] 記事冒頭に「単に南京虐殺・南京事件とも呼ばれ」と併記。
2004年5月 関連記事の「南京大虐殺論争」が作成[80] 「南京大虐殺」から論争関係の記述を移動[81]
2010年6月 南京事件 (1937年)」に改名[82] 6月7日、ノート:南京大虐殺#改名提案での提案理由は「歴史学の分野でも、教科書でも客観的な記述として南京事件 (1937年)の方を採用することが増えているので、そちらに統一した方が妥当」、議論参加3名(提案者を含め賛成2名、「南京大虐殺論争」の記事との整合性の観点から「現状維持寄りのコメント」1名)。7日後の6月14日に改名(移動)。
2010年12月 移動元のノート:南京大虐殺#改名提案での2010年6月の改名への批判[83] 主な批判は「一週間で異議なかったとはいえ、わずか二人でこのような論争になりやすい改名を決めるのは依然として性急な編集の色が強い」、「「南京大虐殺」のほうが「南京事件 (1937年)」より、はるかに認知度が高く、見つけやすく、的確な名称」、国会図書館のOPAC検索結果から「南京事件より南京大虐殺の方が認知度が高い」、「国立情報学研究所の論文データ検索サイトciniiで調べたところ、「南京事件」 219件、「南京大虐殺」 260件」、笠原十九司氏等の出典より「「南京事件」の正式な名称が「南京大虐殺(事件)」である以上、正式名称を記事名とするべき」、小学館『日本大百科全書』などの出典、「「南京事件」と呼ばれる事件は三つあり、「南京事件」だけではどれを指すのか曖昧」、高校歴史教科書では「、「南京事件」7件、「南京虐殺事件」7件、「南京大虐殺」6件」、「記事名を「南京大虐殺」に戻すべき」など。

主な反論は「改名の手続きはウィキペディアの公式ルールに則って行われた」、「南京事件という名称は学説の多数派」、「否定派はもちろん肯定派もよく使用する「南京事件」がNPOVの観点から公平」、「南京事件ということばを、ほぼすべての学者が使っている」「教科書をもとに南京事件のほうが多いから、そちらが認知度が高い」、など。

2011年1月 移動先のノート:南京事件 (1937年)/過去ログ2#改名提案での「南京大虐殺」への改名提案 [84] 提案理由は、上記のノート:南京大虐殺#改名提案をまとめた内容[85]

反論は、南京大虐殺事件と南京大虐殺を分けるべき、中立的な言葉ではない、陸軍省が「南京事件」という用語を使っている、OPAC検索は題名以外のヒットが含まれている、CINII検索は「南京大虐殺」という主張に対する批判のヒットが含まれている、など。

コメントでは、英語版の記事名の付け方(非中立的だが一般的な名称)では中立性ではなく世間の判断に従うべきとされている(例:ボストン虐殺事件)、「南京大虐殺」から「南京事件 (1937年)」への改名も性急かつ強引な面が見られる、など。

以後、2011年4月以降の「タイトル差戻し提案」[86]、2011年6月以降の「今後の記事名の再検討」[87]などを経て、現在の議論に続いている。

2011年2月 南京事件 (南京大虐殺)」への改名提案[88] 賛成0名?、直後より提案者を含め議論停止中
2011年5月 南京暴虐事件」への改名提案[89] 賛成0名、2011年7月以降は提案者を含め議論停止中

--Rabit gti 2011年10月9日 (日) 07:48 (UTC)

主な論点表[編集]

コメント 西方さんのご意見に従い、上記の#論点の整理案より最新版をコピーしました。便宜的な表なので詳細は原文(各リンク先)を参照ください。この表の更新提案も当ノートでお願いします。

2.主な論点(案)(最終更新:--Rabit gti 2011年11月23日 (水) 14:09 (UTC)
主題 番号 主張 反論、コメント 合意状況
過去の改名への立場 1-1 2010年6月の「南京大虐殺」から「南京事件 (1937年)」への改名は不適切。仮に手続的には正しくても、その際の判断が誤った情報に基づく提案理由なので、記事名はいったん元の「南京大虐殺」に差し戻してから、改めて議論すべき。 手続き的に正しく合意されているので、改名要望ならば新規の改名提案が必要。合意による差し戻しも新規改名も実際は同じなので、過去の手続きの議論より今後の記事名を議論した方が良い。 未合意
記事名の付け方 Wikipedia:記事名の付け方では「記事の題名は、まず何よりも「日本語話者の大多数にとって、最も曖昧でなく、最も理解しやすいもの」である必要があります。そしてその次に「その記事へのリンクを作成しやすいもの」であることも重要です。」。Wikipedia:記事名の付け方#歴史的事件では「出来る限り一般的に知られており通用しやすい名称を使用する。」。
2-1 学会などの「正式名称」を調べて、それを記事名にすべき(例えば南京暴虐事件への改名) 学名や法律名とは異なり、歴史的事件に「正式名称」は無い。学会は多数あり、各学会での用語統一も無い。「出来る限り一般的に知られており通用しやすい名称」の調査には認知度調査が必要 未合意?
2-2 「南京事件」は「南京(大)虐殺事件」の略称で、「南京事件」では内容が判らず「最も曖昧でなく、最も理解しやすいもの」ではない。 略称とは一部の見解。多くの書籍等で「南京事件」が使われており、曖昧ではなく理解しやすい。南京事件の曖昧さ回避ページもあり、曖昧さは回避できている。 未合意
2-3 「南京事件」は世界史分野や日本以外の諸国では、1927年の事件を指す場合が多い。国際的観点も必要。南京事件 (1937年)では「最も曖昧でなく、最も理解しやすいもの」ではなく「その記事へのリンクを作成しやすいもの」でもない。 現在の記事名は「(1937年)」と年が付いており曖昧ではない。日本語版なので日本語での使用実態を考慮すべき。選定基準は日本語話者の認知度なので、日本以外での認知度は重要ではない。 未合意
2-4 認知度調査は、国会図書館検索やネット上の検索エンジンなどで確認できる 検索システムによっては、検索対象・範囲が不明、検索方法が不明(あいまい検索など)、変動多数、誤差なども要考慮。完全一致でない場合は、略称の方が通常は多数になる。 未合意
2-5 認知度調査は、「南京大虐殺」でヒットした件数でも、内容が「『南京大虐殺』は存在しなかった」(否定論)などの場合は、出典の趣旨を考慮し除外すべき 一般の認知度(用語の普及度)の調査なので、そのまま「南京大虐殺」に数えるべき 未合意
2-6 認知度調査は、学者の論文など専門家の資料を優先判断すべき。Wikipedia:信頼できる情報源#事実では「百科事典の場合では事実とは、その主題についての学者や専門家の共通認識によって同意された記述のこと」。歴史学での議論は一般社会よりも厳密性・正確性が保持されている。 記事名は本文とは異なり、「日本語話者の大多数にとって、最も曖昧でなく、最も理解しやすいもの」で選択すべき。 未合意
2-7 認知度調査は、高校などの歴史教科書も含めるべき Wikipedia:信頼できる情報源#歴史では「K-12水準の教科書は権威があるようには作られておらず、ウィキペディアの編集者は避けるべき」とある。日本では教科用図書検定も存在。教科書は歴史学を反映するものなので、歴史学の動向に包含できる 未合意
2-8 認知度調査の結果が拮抗する場合は、合計数に加えて、最近の増加傾向も考慮すべき(将来多数となる可能性が高いため) 現代用語事典ではないので歴史的用語も重要(最近の数を重視する理由は無い) 未合意
2-9 認知度調査の結果は、2~3割程度の差ならば判断できる 誤差や短期変動を考えると2~3倍の差が無いと認められない 未合意
2-10 認知度調査は、大別して「南京(大)虐殺(事件)」と「南京事件」で比較すべき 「南京大虐殺」と「南京虐殺」と「南京大虐殺事件」と「南京虐殺事件」は、別の用語なので分けて数えるべき 未合意
2-11 認知度調査の基準を合意して決定し、将来また再確認すれば良い 認知度調査の基準の合意には、上記論点(2-1 ~ 2-10)の合意が必要。毎年など頻繁に変動する可能性があるのは良くない。 未合意
「大虐殺」の語と中立性の関係 3-1 虐殺[90]の語は「むごく殺す事」との悪い意味、主観的な意味を持つため非中立的な用語。特に「虐殺があった、無かった」を含む議論の続いている事件では、特定立場の主張を記事名で書く事になり非中立的。 「虐殺」は広く使われており非中立的な語ではない。中立的に記述すべきは記事本文で、歴史的事件の記事名は一般の認知度で選定すべき。なお英語版の「記事名の付け方」(en1en2)では「虐殺(massacre)」を例示し、一般の認知度での選択をガイドしている。「虐殺」の語を含む記事名は多数あり、当記事のみ「非中立的」との意見は、逆に非中立的。 未合意
3-2 「大」は規模を表すので、規模(殺害人数)も議論となっている主題では中立的で無い 東京大空襲など、「大」は単に区別の表現。「大規模な虐殺があったとされている事件」の意味。英語の「Massacre」「Atrocities」などを「大」と訳すかどうかの問題。一般の認知度で判断すべき 。 未合意
複数ガイドの関係 4-1 Wikipedia:中立的な観点は方針文書で、記事名の付け方はガイドライン。その間に矛盾がある場合は方針文書を優先すべきなので、「記事名の付け方」には中立性に関する記述が無くても、「虐殺」の語を含む「南京大虐殺」は採用できない。 今回は方針とガイドラインの間の記述の矛盾ではない。法律では個別法に相当する個別分野のガイドを適用すべき。英語版では「記事名の付け方」も方針文書。方針(中立性)もガイドライン(一般認知度)もいずれも考慮されるべき。 未合意
他記事との整合性 5-1 「南京大虐殺」のみを「南京事件 (1937年)」に改名した結果、「南京大虐殺論争」との記事名整合性が良くない。ホロコーストホロコースト否認のように合わせるべき。 (この解決を兼ねて「統合案」も提案されたが、賛成なし、議論停止中) 未合意
5-2 ウィキペディア各国語版の大多数は「南京大虐殺」に相当。世界的観点から、なるべく揃えるべき。当事件は主に世界史の話。 ウィキペディアは出典にならない。日本語版が各国語版に揃えなければならない義務は無い。世界的観点は主に記述表現に関するガイド。当事件は主に日本と中国の二国間の話。ウィキペディア日本語版なので、日本(日本語)での使用実態を考慮すべき。 未合意
手続き関係 6-1 当ノートで「南京大虐殺」への改名提案はまだされていない。過去にされていても何ヶ月か経過していれば再提案が望ましい。「南京暴虐事件」改名提案など別の議論もされている。 2011年1月に提案済。2011年4月の「タイトル差戻し提案」も内容は改名提案。改名議論は継続している。ウィキペディアは規則主義ではない 未合意
6-2 改名提案、改名提案タグ、趣旨説明などは、同時期に同一人物が行うべき。別人物や期間が異なる場合は「引継ぎ調整」が必要。ガイドに書かれていないがルール以前の常識の問題。 そのようなルールやガイドは無い。多くのノートでも別人の対応や時間差は多い。提案などに属人性は無い。 未合意
6-3 ローカルルールWikipedia:論争の解決の組み合わせにより、提案や議論は一定期間で合意されない場合は終了[91][92] ローカルルールWikipedia:論争の解決には、議論や提案が終了されるとは書かれていない。日本語版には仲裁機関は無い。議論の解決は合意形成のみ。(Wikipedia:井戸端#「ノート:南京事件 (1937年)」他のローカルルールについてでも議論中) 未合意?
今後の案 7-1 主な経緯・論点・用語使用状況をまとめる (作業中)
7-2 合意できる点から合意を進める(改名提案タグからの南京暴虐事件の削除など) (改名提案タグからの南京暴虐事件の削除は合意により反映済)
7-3 比較基準を決めて使用状況調査で決定(2-11と同じ) 比較基準には多数の事前合意が必要(2-11と同じ) 未合意
7-4 調査投票を行う。論争の解決のステップ4でガイドされている。 多数決につながるので反対。投票の性質について事前合意が必要。現状では有益でない。少なくとも論点をまとめてから。 未合意
7-5 南京大虐殺を新規立稿(南京事件とは意味する範囲が異なるので書き分ける) 出典の大半では同一事件の別称や略称。南京攻略戦、南京事件、南京大虐殺の3記事書き分けは困難。 未合意

--Rabit gti 2011年10月9日 (日) 07:48 (UTC)

主な使用状況表[編集]

コメント 西方さんのご意見に従い、上記の#「南京大虐殺」と「南京事件」の使用状況の整理案より最新版をコピーしました。便宜的な表なので、記載順序や記述レベルは厳密ではありません。この表の更新提案も当ノートでお願いします。

3.「南京大虐殺」と「南京事件」の使用状況(ピンク:有力?、黄色:やや有力?)(最終更新日時:--Rabit gti 2011年10月20日 (木) 16:25 (UTC)
分野 項目 「南京大虐殺」(一部「南京虐殺」も併記) 「南京事件」(内容が1937年の事件を含まない場合は除外) 備考
百科事典○:該当項目あり、×:該当項目なし、△:その他。順序は棚の並び順。両項目記載なしは除外。 世界大百科事典(平凡社、2007年) ○「日本軍が南京において行った虐殺」(田中宏) △「中国、南京市で起こった事件。1913年、1927年、1937年の3つの事件をさす。」(田中宏)(説明は1913年、1927年のみ。1937年は「南京大虐殺」の項目を参照との形) 東京都立中央図書館で確認
ブリタニカ国際大百科事典(TBSブリタニカ、1998年) ×(項目なし) △(項目なし。ただし「南京」の項目中に「日本軍の大規模な略奪、虐殺は南京事件として知られている」と記載あり) 東京都立中央図書館で確認
日本大百科全書(小学館、1987年) ○「中国軍の捕虜・敗残兵および一般市民に対して行った大虐殺事件」「日本でも最近は南京大虐殺事件、南京大虐殺とよばれるようになった」 △ 「1913年、1927年、1937年の3回、中国の南京で起こった日中関係事件」(説明の大半は1913年、1927年。1937年の詳細は「南京大虐殺」を参照) 東京都立中央図書館で確認
新世紀ビジュアル大辞典(学習研究社、2004年) ○「中国の捕虜・敗残兵・一般市民を殺害した事件」 ×(同名の項目はあるが記載内容は1927年の事件のみ) 東京都立中央図書館で確認
「万有百科大事典」第二版、昭和56年、小学館 × ○(神田文人) [93]
KODANSHA ENCYCLOPEDIA OF JAPAN(講談社、1983年) × ○「Nanjing(Nanking) Incident」の項目あり。1927年、1937年の事件を記載。 東京都立中央図書館で確認
ブリタニカ百科事典(英語オンライン版) Nanjing Massacre ×
Larousse(ラルース百科事典。フランス語) × × [94]
Yahoo!辞書検索(Feペディアの件数は除外) ○3件(大辞泉、日本大百科全書、ジャパンナレッジ) ○2件(大辞泉、日本大百科全書。ジャパンナレッジの3件は1913年、1927年の事件と思われるため除外。) 日本大百科全書(小学館)は上記と重複だが表現相違あり。
世界史書籍(事典、年表など総論的なもの)(○:該当項目あり、×:該当項目なし、△:その他。順序はほぼ棚の並び順。両項目記載なしは除外) 世界史大年表(山川出版社、1992年) △「南京虐殺事件」 × 東京都立中央図書館で確認、一部修正[95]
世界歴史大事典(教育出版センター、1985年) △(「南京虐殺事件」の項目あり) △「3つの事件の総称」(1937年の事件の説明の中に「"南京虐殺"、"南京大虐殺"として印象されるようになった」と記述。) 東京都立中央図書館で確認
机上版世界史年表(歴史学研究会、2001年) × 東京都立中央図書館で確認
歴史学事典 7 戦争と外交(弘文堂、2009年) △(南京事件の項目中に併記) ○「南京大虐殺事件、略称として南京事件という。単に南京大虐殺ともいう」(笠原十九司) 東京都立中央図書館で確認、追記[96]
日本と世界の主要全事件総覧(教育社、1993年) × 東京都立中央図書館で確認
世界史用語集(山川出版社、1993年) × 東京都立中央図書館で確認
山川世界史総合図録(山川出版社、1997年) △「南京陥落(南京虐殺事件おこる)」 × 東京都立中央図書館で確認
新版 世界史事典(評論社、2001年) ×(記載なし) ×(1927年の事件のみ記載) 東京都立中央図書館で確認
世界の歴史(中央公論新社、1999年) ×(1927年の事件のみ記載) 東京都立中央図書館で確認
スーパー世界史(講談社、2001年) ○「南京で多数の中国人が虐殺された(南京大虐殺)」 × 東京都立中央図書館で確認
もういちど読む山川世界史(山川出版社、2009年) △「南京虐殺事件をはじめ、多くの虐殺事件をひきおこした」 × 東京都立中央図書館で確認。同社の高校歴史教科書をベースにした市販本。なおノートでの教科書調査結果[97]
世界グローバル年表(東洋書院、2000年) × 東京都立中央図書館で確認
世界の歴史大図鑑(河出書房新書、2009年) × 東京都立中央図書館で確認
『世界歴史事典』(全10巻、平凡社,1956年) ×? [98]
『アジア歴史事典』(全10巻、平凡社,1961年) ×? [99]
「角川 世界史辞典」2001年、角川書店 × [100]
「山川世界史小辞典」2004年、山川出版社 × [101]
「アジア歴史事典」1961年,平凡社 × ○(臼井勝美) [102]
「日本歴史大事典」小学館、2001年 ○(笠原十九司) × [103]
世界史書籍(総論だが分野・時代限定のもの) 戦争・革命で読む世界史(自由国民社、2002年) × 東京都立中央図書館で確認
20世紀 世界紛争事典(三省堂、2000年) × ×(1927年の事件のみ記載) 東京都立中央図書館で確認
20世紀現代史(一藝社、2003年) ○(中国側の呼称として記載) × 東京都立中央図書館で確認
20世紀年表(毎日新聞社、1997年) △「南京虐殺事件」 × 東京都立中央図書館で確認
20世紀(角川書店、1998年) △「南京虐殺」 × 東京都立中央図書館で確認
20世紀の歴史 15 第二次世界大戦(平凡社、1990年) ○「南京大虐殺」(索引) × 東京都立中央図書館で確認
FACTS ABOUT THE 20th CENTURY (George Ochoa, Melinda Corey、2001年) △「Nanjing (Nanking), Rape of (1937) Massacre in China」 × 東京都立中央図書館で確認。[104]と同じ。
THE OXFORD COMPANION TO WORLD WAR II (OXFORD、1995年) × 東京都立中央図書館で確認
日本史書籍(事典、年表など総論的なもの) 「岩波 日本史辞典」1999年,岩波書店 × [105]
「日本史総合年表」第二版、吉川弘文館,2005年(初版は2001年) △「南京虐殺事件」 × [106]
「日本史大事典」平凡社1993年 ○(江口圭一) ○(田中宏) [107]
「日本史大百科全書」第五版,1990年、小学館 ○(洞富雄) ○(洞富雄) [108]
「日本史広辞典」山川出版社,1997年 [109]
「日本外交史辞典」山川出版社,1992年(新版) × ○(中川尚) [110]
「日本外交史辞典」大蔵省印刷局,昭和56年(旧版) × ○(中川尚) [111]
「国史大辞典」吉川弘文館,1989 △「南京虐殺事件」(藤原彰) × [112]
辞書等 「広辞苑 6版」岩波書店 [113]
「日本語大辞典」11版、1992年(初版は1989年)、講談社 × [114]
「日本国語大辞典」第二版、2001年、小学館 × [115]
『大辞林』三省堂 ×(1927年の事件のみ記載) [116]
「英文日本大事典」講談社、1994年、第6版 Nanjing Massacre(南京虐殺事件) Nanj(k)ing Incident(南京事件) [117]
OXFORD ENGLISH DICTIONARY,1989年 × × [118]
国会・政府 衆議院(サイト内検索[119]) 50件(固有名詞「南京大虐殺記念館」のヒットも含む) 28件(「委員会ニュース」では常に「いわゆる」表記)
参議院(ホームページ検索[120]) 9件 3件
総務省([121]、「"」付きで検索) 0件 1件(後述の外務省文書と重複)
防衛省・自衛隊(「"」付きで検索) 2件(論文中の引用箇所) 0件
文部科学省([122]、日付指定なし) 4件 5件 どちらも検定先の教科書の記述を含む(例:[123]
外務省([124]) 9件 11件(購入書籍名も含む)
外務省(日中歴史共同研究[125] 2010年1月報告書。欄外の参照書籍名は除外) △「南京虐殺事件」を使用(p6) ×(1927年の事件名としてのみ使用) 日本側の自国論文
外務省(日中歴史共同研究[126] 2010年9月報告書。欄外の参照書籍名は除外) ○「南京大虐殺事件」を使用(p5) ×(1927年の事件名としてのみ使用) 中国側論文の翻訳版
報道機関 読売新聞(サイト内検索[127]) 3件(固有名詞を含む) 4件(書籍名を含む)
朝日新聞(サイト内検索[128]) 11件 16件
毎日新聞(記事検索) 2件(映画名を含む) 1件
msn産経ニュース(ニュース検索、「"」付きで検索) 16件 13件 いずれも引用を含む
一般サイト検索 Google(Web検索、「"」付きで検索) 1,840,000 件 (Nanking Massacre 246,000 件, Nanking Atrocities 298,000 件, Rape of Nanking 476,000 件 ) 1,940,000 件 (Nanking Incident 2,530,000 件, いずれも1913年、1927年の事件も含む) 対象範囲不明、変動多数(厳密な比較には不向き)
bing([129]、「"」付きで検索) 328,000 件 (Nanking Massacre 517,000 件, Nanking Atrocities 202,000 件中, Rape of Nanking 787,000 件 ) 329,000 件 (Nanking Incident 92,800 件, 1913年、1927年の事件も含む) 同上
書籍・論文 一般書籍(Google books[130]、「"」付きで検索) 5,230 件 10,200 件(1927年の事件も含む、例[131][132][133]) 同上
論文(Google Scholar[134]、「"」付き、引用部分を含めない) 14,400件(引用を含めないと221件) 46,700件(引用を含めないと312件) 同上
一般書籍(Amazon、カテゴリー「本」、詳細検索[135]、「書名」で検索) 48件 (「南京虐殺」24件) 60件 keiさん、Henon さんの確認結果[136]を反映
一般書籍(国会図書館NDL-OPAC) 70件(ヒットは和図書のみ) 69件(ヒットは和図書のみ) 「タイトル」検索で該当文字を含まない書籍名も多数ヒット(検索方法不明。厳密な比較には不向き?)。ノートでの言及[137]Henon さんより重複ありの指摘[138]
論文検索(国立情報学研究所CiNii[139]) 262件 221件 ノートでの言及[140][141][142][143]、他多数
ウィキペディア各国語版出典にはできない世界的観点の参考) 英語版 en:Nanking Massacre(記事中の日本語名も「南京大虐殺」) ×
ドイツ語版 de:Massaker von Nanking(記事中の日本語名も「南京大虐殺」) ×
フランス語版 fr:Massacre de Nankin(記事中の日本語名は無し) ×
イタリア語版 it:Massacro di Nanchino(記事中の日本語名は無し) ×
スペイン語版 es:Masacre de Nankín(記事中の日本語名も「南京大虐殺」) △(記事中に日本語併記)
ポルトガル語版 pt:Massacre de Nanquim(記事中の日本語名は無し) ×
ロシア語版 ru:Японские военные преступления в Нанкине(「南京での日本の戦争犯罪」、記事中の日本語名は無し)
中国語 zh:南京大屠殺(記事中の日本語名も「南京虐殺事件」) ×
備考 ウィキペディア日本語版での「歴史上の大量虐殺」の記事名 (記事名に「虐殺」の語を含むもの)サンドクリークの虐殺ウンデット・ニーの虐殺アルメニア人虐殺シンガポール華僑虐殺事件マニラ大虐殺江華良民虐殺事件旅順虐殺事件聞慶虐殺事件タイビン村虐殺事件フォンニィ・フォンニャットの虐殺ハミの虐殺ゴダイの虐殺ソンミ村虐殺事件プリイェドルの虐殺 (記事名が「地名+事件」のもの)済南事件平頂山事件通州事件カティンの森事件葛根廟事件通化事件麗水・順天事件居昌事件老斤里事件ハラブジャ事件 (その他「虐殺」に近い意味の用語や事件名)ジェノサイドホロコースト民族浄化ホロドモールポグロム大粛清キリング・フィールド

--Rabit gti 2011年10月9日 (日) 07:48 (UTC)

主な使用状況表に関する議論[編集]
  • 「ウィキペディア各国語版」の項目は外してください。ノートでの他人の編集は無断で再編集できない、というルールがあることを盾に独断で色づけするなどといった印象操作をするのは止めてください。カラーリングも外すよう要求します。「備考」の項目もあなたの主張ですので不要です。--大和屋敷 2011年10月9日 (日) 10:08 (UTC)
  • このような要求は道理が欠けている。あくまでも参考のもので9月4日作成のものをここにコピーしただけで、どうして当初何も言わなかったのですか?参考のものだからそもそも参考になれる情報をなるべく羅列すべきであり、賛成するかどうかは個人の自由である。またカラーの部分も決して議論参加者に賛同を強要するものではない。このような要求こそ、情報を遮断し印象操作の疑問を高めたことではないか。--Zhxy 519 2011年10月11日 (火) 06:51 (UTC)
コメントこの使用状況表についての議論は、まだ節がつくられておりませんが、どうでしょう、「論点についての議論」節に移行しませんか? とはいえ、議論はすでに再開しておりますから、一応、この大和屋敷さんの疑義についてコメントいたします。私も同意見で、「ウィキペディア各国語版」は外すべきだと思います。ウィキペディアそれ自体は出典としての条件を満たしていないこと、また日本語版は日本語圏における使用実態が考慮されるべきこと、がその理由です。なお、Zhxy 519さんが「どうして当初何も言わなかったのですか?」とおっしゃっていますが、これは実際の経緯とは違いますし、この表が作成されるまでは議論を保留していたのです。いま現在は、表が暫定的に作成され、議論が再開される条件が整ったのですから、様々な疑義があってよいはずです。「どうして当初何も言わなかったのですか?」という、(表作成という)既成事実をもって相手を論破するようなやり方は、よくありません。なお、カラーリングについては、私はいまはよくわからないこともあるので、コメントは差し控えます。--西方 2011年10月11日 (火) 09:03 (UTC)
  • 「ウィキペディア各国語版」の存続希望。(理由1)タイトルを決める際は結局、他のウィキペディアのタイトルを参考にするしかないから。(理由2)日本語版(とロシア語版)だけ「虐殺」という言葉をタイトルに使用していないという事実を摘示しているから。南京の虐殺事件を過小評価しようとする動きは日本国内に限った論調であり、日本語版ウィキペディアはタイトルでこの特定の観点を推進しているおそれあり。--Bugandhoney 2011年10月11日 (火) 21:28 (UTC)
  • Bugandhoneyさんの提示された「(理由1)タイトルを決める際は結局、他のウィキペディアのタイトルを参考にするしかないから」というのは、正直、意味がわかりません。使用実態があり、信頼にたる情報源・出典を持つ事柄であれば、記事は他の国のウィキペディアで記事がなくともあっていいわけですし。「南京事件」が仮に日本だけの呼称だとしても、すでに表にありますように、複数の辞典や書籍に記載がある以上、存在していいわけです(なお、私自身は過去ログでも発言しましたが、「南京事件」「南京大虐殺」双方の記事があっていいと現在は考えています。)。「タイトルを決める際は結局、他のウィキペディアのタイトルを参考にするしかない」という意見は、あなたの主張でこそあれ、[[144]]のどこにも記載がありません。むろん、「参考」にしてはいいです。ただし、「参考にするしかない」というのは、いいすぎでしょう。
  • また「理由2」のうち「南京の虐殺事件を過小評価しようとする動き」云々についてですが、「南京事件」の記事名を推奨する編集者の意図をこのような政治的編集意図にあるものとして還元するのは、一方的なきめつけにすぎません。場合によっては「個人の政治的、社会的立場を決めつけて攻撃する」という個人攻撃にあたりますので、ご注意ください。--西方 2011年10月12日 (水) 08:52 (UTC) つまり、Bugandhoneyさんの提示された理由1,2のいずれも、存続または「南京大虐殺」への改名への積極的な理由としては十分な理由とはいえません。--西方 2011年10月12日 (水) 09:03 (UTC)
この議題は、論点表の「他記事との整合性5-2」ですね。(「主な使用状況表についての議論」の節化を希望しようかと思いましたが、こうして重複するとなると節化もあまり有効ではありませんね。)--西方 2011年10月12日 (水) 09:31 (UTC)
  • (単なる感慨なので読み流してください)「既成事実をもって相手を論破する」というのは2010年6月の改題にぴったりだなあと。当時のやり取りは今のやり取りと比べると恐ろしいほどあっさりしてますよね。手続き的にもアレなところがあって、編集回数のすごく多い記事なのに改名提案も出してないみたいですし。ところが、これを元に戻そうとすると、ものすごい量の、それこそウィキペディアの記事が(独自研究ですけど)ひとつ書けてしまうほどの調べものが必要になってくるわけですよ。なおかつ、それは徒労に終わる可能性が高いわけで。「南京大虐殺」への改題に反対する人は、現在のタイトルという既成事実をたてに改題提案を退けることができるわけで、なんとも不公平な話だなあと。誰かの責任ではないですけど。--Bugandhoney 2011年10月11日 (火) 23:59 (UTC)
「現在のタイトルという既成事実をたてに改題提案を退けることができるわけで、なんとも不公平」とおっしゃってますが、いつ、だれがそのようなことをしましたか?こうして長い議論をしているのは、何なのでしょうか?「単なる感慨なので読み流してください」とおっしゃいますが、議論が続行している以上、ノートに書き込まれたものは、他人が読みうるという意味で発言なのです。Wikipedia:礼儀を忘れないをお読みください。2010年6月の改名時には私は編集には参加しておりませんでしたが、後からみるに、偶々議論が起こらなかっただけですし、逆にいえば、今後、議論が停滞した時期に、改名提案がなされ、一週間異論がなければ改名することに問題はないように、当時の改名手続きも、強行されたわけではないでしょう。それに、繰り返しですが、議論はその後、ずっと続いています。「不公平」なんてことはないです。--西方 2011年10月12日 (水) 09:03 (UTC)
西方さん、ご意見ありがとうございます。ただ、個人を特定もしていないのに個人攻撃といわれてちょっと戸惑っています。いちおう「おそれ」という言葉を使って決め付けてないように書いたつもりだったのですが。政治的な意図はなくとも結果的に特定の観点を推進している、というような場合もあると思います。ただ、2010年6月に改題を行ったユーザーは特定の観点を推進しようとする問題のあった人みたいですね。投稿ブロックされてますし。
はっきり書きますけど、「南京大虐殺」へと改題する「積極的な理由」というのはないと思います。同様に「南京事件」であり続ける積極的な理由もないとは思いますが。「南京大虐殺」も「南京事件」も言葉としては同じ程度に通用していて、実際この項目は両者の名前で存在したことがあったわけで。要はどちらのほうがより望ましいか、という話だと思います。技術的なことを書けば、「南京大虐殺」は「南京事件」にリダイレクトするわけですし。
「他の項目名を参考にするしかない」というのは他の項目名は西方さんが挙げたガイドラインに沿って決められている、という意味です。法の世界に例えるとガイドラインは法律、それらが適用された記事名や記事の内容は判例みたいな関係にあると思ってます。あるガイドラインが実際にどのように適用されているかを調べないと記事名や記事の内容を決めるのは難しいと思います。ガイドラインには特に「南京大虐殺」を記事名として使用してはだめとは書いてないわけですから。
「今後、議論が停滞した時期に、改名提案がなされ、一週間異論がなければ改名することに問題はない」というのは本当ですか?西方さんがたまたまいないときを見計らって改題提案で告知もなしにノートだけで改名提案して賛成1、反対1のコメントのもと一週間で「南京大虐殺」に改名するのは別に構わないと。こういうやり方はだめだというのは比較的同意が得られやすいと思っていたのですが。だから元に戻せという意味ではないです。--Bugandhoney 2011年10月12日 (水) 13:15 (UTC)
  • 「個人攻撃」といっても、具体的に誰に対して、というのではなく、Wikipedia:個人攻撃はしないにおける「個人の政治的、社会的立場を決めつけて攻撃する。論争の相手をナチ、レイシスト、右翼、左翼、ブルジョワジー、プロレタリアートなどと決めつけて批判するなど。」といった場合を念頭においたもので、つまりBugandhoneyさんの言い方が「(虐殺)否定派」「肯定派」という「決めつけ」だとすれば、これは「個人攻撃」にあたるかもしれない、ということです。また、「政治的な意図はなくとも結果的に特定の観点を推進している、というような場合もある」とおっしゃっておりますが、これに該当するのは、「南京事件」という名称よりむしろ「南京大虐殺」の方ではないか、と考えるわけです。私は「南京事件」にしたからといって、史実(事実)としての虐殺的な事象が和らぐなんてことはありえないと思います(「ホロコースト」という言葉それ自体は「扇情性」のない、いわば普遍的な言葉ですが、だからといってナチスの人種政策が「和らぐ」とか「過小評価」になるとかはない、と思います)。他方、「南京大虐殺」の方はBugandhoneyさんもおっしゃっておりますように、扇情性が強く、また「特定の政治的意図ないし観点を推進する」ことに寄与していると思います。日本政府および日本の歴史学者の見解がすべて完全に正しくはないように、中国政府や中国および欧米で言論活動を行う学者や著述家の見解がすべて正しいわけではない、ということです。(私自身は、これらの件については、歴史学における厳密な研究の発展によってのみ解決すると思っています。)
  • リダイレクトの件ですが、以前、別記事でリダイレクトページを加筆編集して新規記事にしました(そもそもそのリダイレクトは間違いであったのですが)。このやり方は、私の知る限り、禁止されておりませんし、そもそも、リダイレクトとは、曖昧さ回避のためのもので、記事がより厳密化かつ詳細になるこで曖昧さが回避されるのは、本来的に好ましいことでしょう。
  • ガイドラインについてですが、この長い議論もガイドラインの解釈を巡ってのものです。論点表やまた下の「論点にかんする議論」節でも私が発言しておりますように、たとえば中立性という方針の観点から、「南京事件」の呼称の方が好ましい、と考えるわけです。「他の項目名を参考にする」ことと「各国語版のうち記事名が多い方に従うべき」と主張することは全く異なることです。
  • 改名手続きについてですが、まあ、私はそのように考えていますよ。「本当ですか?」といわれても、どう答えればよいのかわかりませんが(笑)。もし、改名手続きに関して、この記事のような非常に政治的な論争の多い項目については、審査期間を長く儲けたり、また、ローカルルールを設置するなどして、いろいろ対処法があるかと思います。私は、そうした手続きのことよりも、「南京事件」「南京大虐殺」の呼称のいずれが適切か、またその際にその根拠は何か、というところで十分に議論される方が先だと思います。現在の議論が最終的にどこで収束するのかは不明ですが、双方で合意に達するのであれば、その時点で、手続きその他でローカルルール化すべきものはする、ということでよいのではないでしょうか?--西方 2011年10月12日 (水) 13:58 (UTC)
私は2010年6月の改題のやり方には明確に反対ですね。私自身は「南京大虐殺」に改題するべき、と考えていますが、議論が停滞していることを利用して反対意見があるにもかかわらず「南京大虐殺」へと改題を強行しようとしている人がいれば止めさせようとしますし、自分で改題提案の告知を出しますね。少人数で短期間に議論したほうがよい結果が得られるなんてことは絶対にないですよ。何度も書きますがだからといって元に戻せというわけではないです。それ以外の点に関しては、下のほうに後で書きます。--Bugandhoney 2011年10月12日 (水) 15:00 (UTC)
追加希望1[編集]
  • (追加希望)上に挙げた新聞記事データベース検索結果と日本語版ウィキペディア使用状況(リンクしているページ数;2011-10-10現在)。
「南京事件 (1937年)」へリンクしているページ―158件
「南京大虐殺」へリンクしているページ―210件
「南京虐殺」へリンクしているページ―4件
--Bugandhoney 2011年10月10日 (月) 15:17 (UTC)
  • 「大」のつかない項目名を「南京大虐殺」に含めるべきではありません。「南京虐殺事件」「南京虐殺」「Nanjing (Nanking), Rape of (1937) Massacre in China」「Nanjing (Nanking), Rape of (1937) Massacre in China」のために「南京大虐殺」と「南京事件」の間に、どちらにも属さない欄を設けるべきです。--miya 2011年10月10日 (月) 15:36 (UTC)
賛成 miyaさんの意見に賛同します。南京事件について三つか否かという所まで厳密に問われ、仕分けしているのですから、同様に、「南京虐殺事件」「南京虐殺」など、「南京大虐殺」以外の項目を独立させるべきです。また、それらを「南京大虐殺」として同一視することはできません。--西方 2011年10月12日 (水) 09:12 (UTC)
  • あと、これは細かい話しで、かつ、以前も発言したことの繰り返しですが、「備考」のうち「東京都立中央図書館で確認」といったことは、情報=データとしては殆ど意味がないと思いますので、削除を要求したく思います。出典となっている書籍は各図書館などで実際に再調査できるわけですし、都中央図書館で調べようが、県立、市立、区立図書館または大学図書館で調べようが、どこの図書館で調べたところで、出典さえ照合できれば問題はないわけですから。この議論におけるように争点が多数ある場合は、できるかぎり、データ等は必要最小限にまとめる方が適切だと思います。--西方 2011年10月12日 (水) 09:21 (UTC)
反対 miyaさんの意見に反対です。「南京虐殺事件」「南京虐殺」「南京大虐殺」で、意味に大きな違いは無いでしょう。--kei 2011年10月12日 (水) 12:12 (UTC)
反対 おそらく議論の肝は「虐殺」という扇情的な言葉をタイトルに含めてよいのかどうかにあると思われ。--Bugandhoney 2011年10月12日 (水) 12:44 (UTC)
keiさん、「意味に大きな違いはない」というのであれば、「南京事件」でも「南京大虐殺」でもどちらでもよい、ということになりませんか?名指す対象が同じで、表現が違うというだけの話であれば。事件をいかに表現するかで、名称に関する議論が続いているのですから、ここはいかに表現するのかについて、正確さ・厳密さを優先すべきでしょう。--西方 2011年10月12日 (水) 13:14 (UTC)
(勝手に補足)『「南京虐殺事件」「南京虐殺」「南京大虐殺」で、(虐殺という言葉が含まれている点において)意味に大きな違いは無い(が、「南京大虐殺」と「南京事件」では虐殺という言葉のあるなしで意味に大きな違いがある)』という意味では。--Bugandhoney 2011年10月12日 (水) 15:00 (UTC)
コメント 『「南京虐殺事件」「南京虐殺」「南京大虐殺」で、(「大」という字が含まれている点において)意味に大きな違いがあります。「大」の一字があるせいで、中立性が大きく損なわれています。--miya 2011年10月13日 (木) 01:47 (UTC)
「南京虐殺」は中立であり、タイトルとして適切であるということですか?それとも「南京事件」=中立、「南京虐殺」=中立性がやや損なわれている、「南京大虐殺」=中立性が大きく損なわれている、という意味ですか?--Bugandhoney 2011年10月13日 (木) 12:17 (UTC)
Nanjing MassacreとNanjing Great Massacreの違いだと思います。英語版でさえも「Great」はつけられていない。「ウィキペディア各国語版に習う」とするBugandhoneyさんの立場を一貫させるのであれば、「南京虐殺」とすべし、と主張する方が論理的には合理的です。「大」とはそもそも度合いを示すものです。逆に言えば、「南京小虐殺」だとどう感じますか?もっとも「大虐殺」とすべきだと考える方にとっては「南京虐殺」も「南京事件」も「過小評価」することになり、つまり「小虐殺」という意味になる、と感じられておられるようですが…。このように、「大」とか「小」とかいう度合いを示すと、どうしてもその事件についてのニュアンスを形成してしまいがちです。
そもそも、南京大虐殺論争#論争史南京事件 (1937年)#名称にもまとめられていますが、1971年の本田勝一の「百人切り」に対して鈴木明が1973年に『「南京大虐殺」のまぼろし』を刊行して以来、「南京事件」その他の呼称よりも「南京大虐殺」の語の方が一般性を獲得していきましたが、それは日本国内での当時の論争がヒートアップした結果でした。それはのちに江沢民反日政策の際にも再燃し国際化し現在にいたりますが、つまり「南京大虐殺」という語は、政治的な論争の素材または道具として利用されてきたという経緯・歴史があります。とくに江沢民の政策の影響は強いわけですが、1995年に日中戦争の被害者数を3500万(国共内戦の被害者数との峻別がなされているかどうか不明。日中戦争#日中戦争の被害参照)として発言した時期と、この「南京大屠殺」の議論は重なっています。また江沢民がはじめた反日教育においても「『南京大虐殺』について「残虐性と野蛮性を暴露せよ」「教師は日本軍の残虐行為の部分を生徒に真剣に読ませて、日本帝国主義への深い恨みと激しい怒りを生徒の胸に刻ませよう」「南京大虐殺の時間的経過と人数を生徒に覚えさせよ」という方針が教師に示されています(反日教育#反日教育の実態 )。
このように、「南京大虐殺」は意味的にも(語のニュアンス)、その語の使用のされ方の経緯からしても、非常に政治的かつプロパガンダ的かつイデオロギー的な意味を含んでいますし、実際、そのような強い意味を帯びたうえで使われています。いわく「南京大虐殺を認めないのか!」「虐殺を「なかった」とするのか!」などといった。あげくのはては、ここでの議論のように、「南京事件」という元来は洞富雄のような歴史家も使用していた言葉に対して、「虐殺を過小評価しようとする動きが認められる」みたいなことが発言されもします。
私はすでに結論ないし解決策を提示しておりますが、それはすなわち、「南京大虐殺」と「南京事件」の両方の記事があるべきだということです。「南京事件」という呼称をしようすることが「虐殺を過小評価しようとする動きにつらなる」とお考えであれば、信頼に足る情報源に依拠したうえで、「一部、虐殺を過小評価しようとする動きにおいて“南京事件”が使われる」と「南京大虐殺」記事内で書くとよろしいでしょう。もっとも、私は、ここでの議論以外で、「南京事件」=「虐殺の過小評価」とするような刊行物は知りませんが。--西方 2011年10月14日 (金) 02:42 (UTC)
それは単に知らないだけです。
  • Not for the first time, Japanese textbooks downplay atrocities committed by the Emperor’s troops during the war between China and Japan in the 1930s. That conflict that became part of a world war in the 1940s, just as those who warned against ignoring aggressors had said it would. But in today’s Japanese textbooks, what the world knows as the Rape of Nanking has become just an “incident.” The Rape of Nanking was no incident. It was a six-week-long massacre. It was a historic European-style horror committed in that Chinese city by Japanese troops in 1937-38. Paul Greenberg, Washington Times (2005-04-28)(抄訳:日本の歴史教科書がレイプ・オブ・南京を『事件』と呼びかえることによって皇軍によって行われた暴虐行為を過小評価しようとするのはこれが初めてではない。レイプ・オブ・南京は事件ではない。それは6週間続いた虐殺である。)
  • A couple of years ago, the Japanese consul general at New Orleans dropped by to straighten me out about the Rape of Nanking-a six-weeks-long orgy of rape, murder, torture and general barbarity that a Japanese textbook had just referred to as "the Nanking Incident." Useful things, euphemisms. It was as if a German text had referred to the Holocaust as the Auschwitz Incident. Paul Greenberg, The Arkansas Democrat Gazette (2007-03-07)(抄訳:レイプ・オブ・南京と呼ばれる6週間続いた数々の暴虐行為を日本の歴史教科書は単に『南京事件』と呼んでいるという私の見解を正そうと数年前日本公使が訪ねてくれた。(南京事件という呼称は)ありふれた婉曲表現だ。これはドイツの歴史教科書がホロコーストのことをアウシュビッツ事件と呼ぶようなものだ。)
  • South Korea and China claim the Japanese textbook: (中略)Downplays atrocities The Nanking massacre, the Imperial Army's 1937 slaughter of thousands, is referred to as the 'Nanking Incident'. Jonathan Watts, The Oberver (2001-07-15)(抄訳:韓国と中国は日本の歴史教科書が1937年の南京虐殺を南京事件と呼ぶことによって暴虐行為を軽視しようとしていると主張している。)
  • Some Japanese commentators refuse to call the event the "Nanking massacre" (南京大虐殺, Nankin daigyakusatsu). They prefer to call it the "Nanking Incident" (南京事件, Nankin jiken), which is vaguer. Ming Pao(明報、香港の英字紙;2007-03-01)(抄訳:日本人コメンテーターの中には『南京大虐殺』という呼び方を拒否するものがあり、『南京事件』というあいまいな呼び方を好む。)
グリーンバーグ氏の記事は2005年の歴史教科書検定騒動の話で、これに対してニューオーリンズ領事館の北野公使が同紙上で反論を試みています。二人のやりとりは産経の古森さんが記事にしているので日本語でも要点は確認できます。
誤解があるようですが、私は記事タイトルは「南京虐殺」でも一向に構いません。「南京大虐殺」や「南京事件」と比べると使用頻度は低いものの、用語として定着してますし、「南京事件」よりはましです。「南京虐殺」に反対しているのはてっきり西方さんのほうだと思っていたのですが。何度も書きますが、「南京大虐殺」にしろ、「南京虐殺」にしろ、「虐殺」という言葉に反対するのであれば「大」のあるなしにこだわる意義はないです(「南京大虐殺」と「南京虐殺」は記事タイトルとして採用されないという点において意味に違いがない)。
「Nanjing Great Massacre」は英語の言葉として存在しないので英語版の記事タイトルになりようがないです。逆に言うと、「南京大虐殺」は「南京事件」と同程度の使用実績のある日本語の言葉であり、両者が同じ出来事を指していることは日本語話者に幅広く認識されているので日本語版タイトルの候補になります。
ホロコーストは日本語だと音しかないのでまがまがしい感じはしないですが、英語だと「大虐殺」「全滅」という意味です。地名や「事件」ではありません。南京大虐殺で例えると、南京を省略して「大虐殺」というだけで南京の事件を表すようになったということです。ですから、ホロコーストという呼び方を用いる限りナチスの悪行が和らぐはずがないです。ナチスの悪行を和らげるような記事タイトルがあるとしたら、グリーンバーグ氏が挙げている「アウシュビッツ事件」(地名+事件とし、何が起きたのか示さない)や当時のナチスの呼称であった「ユダヤ人問題の最終的解決」という婉曲表現になるかと思います。ホロコーストという言葉の由来はホロコーストen:The_Holocaust#Etymology_and_use_of_the_termに詳しいです。
「ジャパン」が日本という国の記事名にふさわしくないのは、日本語での使用実績がない、ないしは日本という国を表す言葉として日本語では一般的な言葉ではないからです。逆に、外国語由来ではあっても日本語で使用実績があり一般的である言葉なら、日本語版タイトルは英語版と同じになります。Ex.パーソナルコンピュータen:Personal computer。海外の使用実績を云々する前に日本での使用実績を議論しないとしょうがないです。「南京大虐殺」は日本語の言葉であり「南京事件」と同程度の使用実績があり、なおかつ両者は語彙的に置き換え可能で同じ出来事を指していることが広く認識されているので日本語版タイトルの候補になります。日本語版記事名として不適切な外国語版記事名の例は中国語版の「南京大屠殺」です。日本語では一般的な呼称ではないから。
最後に大胆な両論並立の提案ですが、個人的には賛成です。「個人的には」というのは、同じ事柄に対して二つの記事を立てるのはウィキペディア的にはNGみたいだからです。Wikipedia:ページの分割と統合を参照してみてください。実際、過去の一時期、南京大虐殺は二つの項目名で並存していました。当時は「南京大虐殺」が当記事のタイトルであったところ、これに不服な人たちが「南京事件 (1937年)」を立てたようですが、内容がないとのことで削除扱いにされています。Wikipedia:削除依頼/南京事件 (1937年)参照のこと。「南京大虐殺」という項目名を立てたところで、いつかの時点で統合提案が出るのは目に見えていて、そうすると統合後の記事名をどうするかでまた同じ問題でもめることになります。(ただ、この場合は同意にいたらなかったら両者は並存し続けるわけで、「南京大虐殺」という新記事が削除に当たらない程度に内容があった場合どういう扱いになるのか興味はあります。)あと、「俺はこの記事を書くからお前らはこっちの記事に書け」というのウィキペディアでは原理的に不可能ですね。誰でもどの記事でも編集できるんで。--Bugandhoney 2011年10月17日 (月) 16:44 (UTC)
すでに改名以来1年間経ったが、この1年間は一刻でも論争が止まった時がないと言えよう。ついこのような感想が口から出てしまった。(苦笑)失礼。--Zhxy 519 2011年10月18日 (火) 08:09 (UTC)
大元の論争が収束しないことにはウィキペディアの記事もまとまらないままでしょうね。--Bugandhoney 2011年10月18日 (火) 16:36 (UTC)
Bugandhoneyさん、情報ありがとうございます。たしかに紹介された情報は、記事本文に掲載される価値があると思います。統一教会系のワシントン・タイムズは、情報源としての信頼性は薄いとは思いますが、いまはそれは置いておきましょう。正直、このノートでの議論が先取りされて議論されていたことを知って驚くとともに、嬉しく思っています(とはいえ、これらの「主張」に私は個人的には反論はありますが、それも過去の議論の蒸し返しになるので繰り返しません)。さて、「日本語における使用実態」ですが、使用状況表にもあり、かつ私も発言しておりますように、「南京事件」「南京大虐殺」いずれもが使用実態があり、双方ともに一般性も獲得しているわけです。だからこそ、こうして議論が半分膠着しつつ長期化しているわけで。両方の立項については、私もあくまで最終的な解決策として提示しているのであり、ここでの議論が互いに十分に合意できれば、立項する必要もないとは思います。しかしながらいつ合意できようかというわけです。「住み分け」については、 確かに事典や刊行物とは異なり、ウィキペディアの性格上、若干の問題もあるかもしれませんし、また将来どういう規則がつくられるかもわかりませんが、本物の百科事典の複数のものが両方立項していることと、双方ともに使用上の一般性を獲得している以上、私は立項することでここでのいまの議題は収束するとは思います。あと、ひとつ、Bugandhoneyさんにお聞きしたいのですが、南京大虐殺論争という項目との関係についてはどうお考えなのでしょう?すなわち、出来事の詳細に関してはいまだ不明な点も多く、それゆえ、現在も研究が続けられているし、議論も続いており、つまり出来事についていまだ歴史学的な実証のレベルで決着がついていない。ホロコーストつまり強制収容所におけるジェノサイドについても議論は続いていますが、しかしそもそも、南京事件とホロコーストはまったく別種の出来事でしょう。私がいわんとしたことは、「名称(表現)における意味の違い」なのですが、そこは理解してもらえないようですね。ここはまた再度議論した方がいいかもしれません(なお、ホロコーストの語源については私も加筆したことがありますので知っております。過去にそれについてここで発言してもおります)。--西方 2011年10月19日 (水) 15:55 (UTC)
お返事ありがとうございます。この議論に加わったのは比較的最近なので、西方さんの過去の発言を見落としていたらどうかご容赦ください。
ワシントンタイムズはそういうこと言っちゃうと、同紙上で北野公使が代弁した日本政府の見解もデタラメ、ということになっちゃうと思いますが。古森さんも誤解してますけど、ポール・グリーバーグ氏は「ワシントンタイムズ記者」ではないです。The Arkansas Democrat―Gazetteの論説委員です。記事はシンジケートを通してワシントンタイムズにも配信されたというだけです。ということは記事末尾に書いてあって、リンクしたのは単にオンラインでも読めるからです。ちなみに、この方、ピューリッツァー賞の社説執筆部門を受賞してます。だから、北野公使も捨て置くことができなかったのでしょう。
表記と論争に関しては私の見解は以下のとおりです。第一に、南京で虐殺が起きたことは歴史的事実であること。まぼろし派とか中国共産党の30万人説とか極端な例はありますけど、秦氏がいうところの捕虜を含めて最大で4万人が殺害されたというのはここにいる全員が同意できるのではないかと。歴史学的には日本側の史料だけでも数万人規模の殺害があったことは証明できるはずです。それで「虐殺」という言葉はMicrosoft Bookshelfによると「〔人や動物を〕△一度に大量に(残酷な方法で)殺すこと」とあります。「残酷な方法で」というのは但し書きで、虐殺という言葉には必ずしも悪意や違法性は伴っていないです(余談ですが「暴虐」には悪意が伴っており、「南京暴虐事件」ないしその英訳「南京アトロシティーズ」は中立性を損なっているおそれが高いです)。西方さんの主張は、南京事件を南京大虐殺と呼ぶことによって中国共産党の犠牲者数水増しに加担するのはどうなのよ、ということだと思うのですが、大量殺害があったにもかかわらずそれを虐殺とは呼べないのはおかしいと思ってます。単に人数の問題ではないですけど、他の虐殺事件はこれよりも少ない犠牲者数であるにもかかわらずウィキペディア記事名で「虐殺」と何の問題もなく表記されているわけで。
第二に、論争があることを理由に記事名の表記で客観性を装うことはウィキペディアのいう中立性ではないということ。ホロコーストが好例だと思うのですが、たとえばイギリスにはデビッド・アーヴィング、イランにはアフマディネジャドという有力なホロコースト否定論者がいますけど、大虐殺があったかどうかが争われていることを理由に、ないしはホロコーストがイスラエルに政治的に利用されているという主張を理由に、イギリス版ウィキペディア(そんなものはないですが)やペルシア語ウィキペディア(ホロコーストがなんと呼ばれているかまるっきり知らないですが)が「大虐殺」という意味の言葉「ホロコースト」という記事名を避けて「アウシュビッツ事件」などと呼ぶのがウィキペディアのいうところの中立性なのか、ということです。
最後になりましたが、表記をめぐる諍いはウィキペディアに限った話ではなくあちこちで起きているみたいで、こんな解決法もあるみたいです。東京新聞の2009年2月3日の記事です。
  • 埼玉県平和資料館は2005年3月、館内に常設展示している「昭和史年表」中の「南京大虐殺」の表記と揚子江岸に散乱する遺体の写真を白い紙で覆った。この扱いをめぐる議論は1年8カ月間続き、07年11月にようやく、「南京事件・南京大虐殺」と変更し、写真には説明書きを加えて展示を再開。
要するに、タイトルに両論併記です。西方さんの言う住み分けなり、変則的な解決法はここでは同意されるかもしれないですけど、南京大虐殺に関心のない他のウィキペディア執筆者の反応がちょっと予測できないです。たぶん、日本語版ウィキペディアに論争を持ち込んで混乱させるなって言うんじゃないかな。--Bugandhoney 2011年10月19日 (水) 21:58 (UTC)

(インデント戻し)Paul Greenberg氏は同姓同名で複数のジャーナリストがおられるようですね。記事を読む限りでは、どちらの氏によるものか、特定しかねますが…(重大な問題ではありませんが)。en:Paul Greenbergではないですよね?

Bugandhoneyさんのおっしゃる「虐殺という言葉には必ずしも悪意や違法性は伴っていない」「「暴虐」には悪意が伴っており、「南京暴虐事件」ないしその英訳「南京アトロシティーズ」は中立性を損なっているおそれが高い」という見解についてですが、そういう具合に話が進んでくると個々人の語感の解釈の違いに議題が移ってしまうなあと思います。「南京事件」は、否定派・肯定派・中間派(私はこの「派」の分類は好きではないのですが便宜上使います)のいずれも使用していることから、「個々人の語感の解釈の違い」すなわち「個々人の語の解釈における“政治的感覚”の違い」から解放されているがゆえに、「南京事件」は名称として適切ではないかといっているのです。

それから「西方さんの主張は、南京事件を南京大虐殺と呼ぶことによって中国共産党の犠牲者数水増しに加担するのはどうなのよ、ということだと思う」というのは、私の発言意図とは違いますし、そのように還元されるのは困ります。私がいっているのは中共見解に「加担」するか否かでなく、「南京大虐殺」という語は、その語の使われ方において非常に政治的・政治思想的なニュアンスが強いといっているのです。上に指摘した点とあわせていうならば、「南京事件」という名称は、「個々人の語感の解釈」「個々人の語の解釈における“政治的感覚”」「政治的・政治思想的なニュアンスまたは偏向または前提」といった事柄から、「南京大虐殺」という名称よりも解放されているのではないか、ということです。なお、いつもこれをいわねばならないのが非常に気になるのですが、私自身は虐殺はあったと考えています。しかしそれがホロコーストまたは1948年に国連採択されたジェノサイド条約におけるジェノサイドに該当するか否かについては、違うと考えるとともに、特に後者のジェノサイドか否かについては国際刑事裁判所で争うべきことではないかと考えます。もちろん、そうした国際司法的な認定以前に、十分な実証と検証が行われることが前提ですが(後述)。

Greenberg氏らの「南京事件 incident」という言い方についての疑義は、このノートでの議論とあわせて考えると興味深いのですが、「南京事件という名称を使用した者は虐殺否定論者」というロジックは短絡極まりないし、もしそれが正しいのであれば、秦氏も肯定派の笠原氏も、「南京事件資料集」(青木書店1992)などもみな「虐殺否定論者」になってしまう。そういう論理ないし議論は、英語圏から発せられたということから考えると、非英語圏つまり日本語圏での議論での実状をまったく理解しないうえでのただのいいがかりにすぎないわけです。実際、このGreenberg氏らへの反論が日本での刊行物において発表されたのかどうかは私は知りませんが、反論としてはいまの指摘で十分であるし、実際、Greenberg氏らの議論は、そもそも何が問題となっているのか、問題と議論の本質を見誤った素人(歴史学者ではないという意味です)の主張にすぎません。これも繰り返しになりますが、私自身は、これらの問題、つまり「事件」か「大虐殺」かという議論の個別の問題は、歴史学における厳密な実証と検証によるしか答えはでないと考えています。つまりは二三人のジャーナリストが書評で述べた見解よりも、国内外での歴史学における議論の方が、優位にたつとみなします。私がここでの議論に参加するようになったはじめの方でも書いたことですが、私自身は「南京事件」「南京大虐殺」いずれでもいいのです。それは両方とも語としての一般性を持つからです。しかし、「大きくはどちらでもいい」ということと、このノートでの議論およびこうした議論を可能にしているウィキペディアのシステムへの敬意という意味で私は、「細かく議論するのであれば」いくつかの根拠から「南京事件」の方が好ましいと考えるわけです。その根拠をあらためてまとめます。いずれも、この議論に限定したことであって、一般論ではありません。 1)双方とも一般性を保っているがゆえにいずれかを選ぶ(いまは記事両方の立項はおきます) 2)中立性の観点。政治的な意味を強く帯びる「南京大虐殺」よりも、「南京事件」は肯定派否定派問わず使用されていること、従って、比較的「政治的な意味合い・偏向」がより少ない点から、「南京事件」の方が中立的である。 3)歴史学における呼称・語の使用という観点(これは2と重なる、または2を補足するものです)。これは正確性といってもいいですが、歴史学は、専門的な社会科学として価値自由ないしは厳密な実証手続きを求められる。したがって、ジャーナリストの個人的な主張よりも、この問題が歴史の問題であり、それゆえ歴史学専門における議論の方が参照されるべきである。同様に書評よりも、十分な査読や検証を経た学術論文の方が、反証可能性も高く、優先されるべきである。(記事内にジャーナリストや専門外の論者による見解が記載されるべきではないということではまったくない。)

もし、今後、日本および世界の歴史学において「南京事件は虐殺の度合いを過小評価することにつながるがゆえに使用されるべきでなく、南京大虐殺と呼ばれるべきである」という指針が、すべての歴史学者の総意として採択された場合には、私はむろんそれに従います。

逆に言えば、Bugandhoneyさんの論拠は二三人のジャーナリスト書評をご自身の論拠として依拠されますが、「南京事件」を使用している論文、書籍、百科事典の存在をどのようい論駁されるのでしょう?なぜ無視されるのでしょう?

「アウシュビッツ事件」とはそれにしてもなんて言い方でしょうね。強制収容所はアウシュビッツだけではないし、ザクセンハウゼン強制収容所だってブーヘンヴァルト強制収容所だってマウトハウゼン強制収容所だって、あるのですから。ホロコーストをいうのであれば「強制収容所における大量虐殺事件」とか、他にも言い方があるでしょう。Bugandhoneyさんの議論には、自分と異なる見解の者を非常に愚弄する傾向があるように感じます(私を中共加担警戒論者に還元したり、またあたかもホロコースト否認論者であるかのように解釈したり。これは「南京事件」という呼称を「アウシュビッツ事件」になぞらえられたことに関してそういっています)。もっと、私および、あなたと見解の異なる見解に関しては、十分にその趣旨や論理を理解されたうえで、議論に参加してください。

タイトル内に双方を表記するのは、どうなんでしょうね。私的には曖昧さ回避および可読性の観点から好ましくないと思います。下の「 論点についての議論」におけるRabit gtiさんへのお答えとも重なりますが、私は双方立項になぜそこまで抵抗なさるのか、理解できません。刊行された百科事典においても双方が立項されている事例が複数あるではないですか。--西方 2011年10月21日 (金) 16:13 (UTC)

繰り返しになりますが、ポール・グリーンバーグ氏はThe Arkansas Democrat-Gazetteの論説委員です。リンクをクリックしてMore storiesというところをクリックし続ければ、彼がこの二つの記事を書いたことは確認できます。英語版の人は同姓同名の別人です。彼の記事を紹介したのは、ここでの議論以外で、「南京事件」=「虐殺の過小評価」とするような刊行物は知らないとおっしゃっていたので紹介したまでです。要するに、「南京の虐殺事件を過小評価しようとする動きは日本国内に限った論調であり、日本語版ウィキペディアはタイトルでこの特定の観点を推進しているおそれあり」と昔書きましたけど、これは私の単なる思い付きではなく英語記事で確認できるくらいには流通している見解であるという事実を述べたかっただけです。探せば日本人でも似たようなことを言ってる人はいるとは思いますが。氏の見解は支持しないとのこと、私としては残念の一言です。ある政府が過去の行為をどのように呼ぶべきかというのは政治的な問題であって歴史学者が決めるようなことだとは思えませんが。北野公使は西方さんと似たような反論をしています。違うところもありますが。日本語で確認したいのであればぜひ古森さんの記事にあたってください。2005年6月5日付け記事です。
「南京事件」という呼称を「アウシュビッツ事件」になぞらえられたのは私じゃなくてグリーンバーグ氏なわけで、それに関しては私のほうからはなんとも。「アウシュビッツ事件」という言葉を使って彼が何を言いたかったのかいまいち伝わっていないような気がしますが、要するに西方さんが「アウシュビッツ事件」とはなんてひどい言い方だ、というのと同じようにグリーンバーグ氏も「南京事件」とはなんてひどい言い方だ、ということが言いたかったわけです。「南京事件という名称を使用した者は虐殺否定論者」というのはニュアンスがちょっと違って、南京事件という虐殺という言葉を省いた言い換えはあいまいで婉曲的な表現であって、日本政府は虐殺の責任をもあいまいにしようとしている、というようなことが言いたいわけです。だから、北野公使はそれは違うと反論したわけです。日本政府は虐殺に関して認めて謝罪してますから。そういう観点で言うと「強制収容所における大量虐殺事件」というのは何が起きたかはっきり示しているので、あいまいでも婉曲的でもない呼び方、となります。
「暴虐」という言葉は別に個々人の語感に頼る必要はなくて辞書にあたるとよいです。Microsoft Boolshelfには「理由なく人の命を奪うなど、乱暴が許容の範囲を逸脱する様子」と書いてあります。悪意とか違法性が強調された言い方です。実際、南京暴虐事件という呼び方は殺害以外にレイプなども含めて非難するときによく使われると思います。
今までの書き方から西方さんが虐殺を否定はしていないとは思ってました。少なくとも、虐殺は事実であるという見解において同意することができて嬉しいです。私いつもいたってまじめにやり取りしているつもりなんですけど、相手からはよく愚弄しているとか言われるんですね。なんでなんでしょう。--Bugandhoney 2011年10月21日 (金) 18:52 (UTC)
お知らせくださった情報について、私自身も再調査および確認をおこなったうえで本文に加筆しました。グリーンバーグ氏の論説への個別の反論はここでこれ以上行っても無意味ですので繰り返したくありませんが、「南京事件」という呼称が「過小評価」につながる、という指摘は、肯定派もこの呼称を用いている以上、「批判」にさえなっていないと思います。グリーンバーグ氏の見解はあくまで少数意見で、本来なら記事本文に加筆する特筆性が十分にあるか微妙なのですが、ここでの議論をふまえますと、記述される価値があると思い、加筆しました。むろん、他にも南京事件という呼称についての疑義や批判があればお知らせください(できれば日本語文献で)。
あらためて本記事のタイトルをどうするかに戻すならば、日本語圏で、肯定派否定派問わず、使用されている実態のある「南京事件」は記事タイトルとして適切であると思います。--西方 2011年10月22日 (土) 10:11 (UTC)
確かに、否定派は南京大虐殺という用語は避けるでしょうね、原理的に。ところで、『「南京大虐殺」は意味的にも(語のニュアンス)、その語の使用のされ方の経緯からしても、非常に政治的かつプロパガンダ的かつイデオロギー的な意味を含んで』いると仰ってましたけど、具体的に誰がそのような見解を主張しているのですか?--Bugandhoney 2011年10月24日 (月) 14:08 (UTC)
私がいっているのは、南京大虐殺論争や本記事にもありますような、「南京大虐殺」があったのは確実であるのに、認めないのか!と糾弾する勢力です。あるいはそうした糾弾において使われる場合、という方が正確かもしれません。いわゆる肯定派といってでしょう。むろん、丁寧な論をすすめているひともいるかとは思いますが。あと、むろん、中国側も含まれるでしょう。なお念のため、いっておきますが、私の発言のこの文言それ自体についての「ソース」なんてありませんよ。私の発言ですし(笑)。この発言は、ここでの議論において発言されたものです。本文中に記載されるものについては「出典」は必要ですが、議論における発言のすべてに出典を求めるのは議論の妨害です。なお、私が論争史について言及するときに参照しているのは笠原「南京事件論争史」です。この本は著者が「肯定派」であるため、一部偏向もありますが、そうしたことを超えて、概観するうえで便利です。--西方 2011年10月28日 (金) 03:13 (UTC) コメントを読むうえで、また書き込むうえで、長過ぎましたので、便宜上、分節しました。ご理解ください。なお、Bugandhoneyさん、この話題、すでに下でも再発・重複していますから、下でやってくれませんか?あと,Wikipedia:腕ずくで解決しようとしない#考えは議論の場で—実地証明は無用では「第三者の目には反面教師マッチポンプ、あるいは過去に廃棄されたアイデアを持ち出して車輪の再発明をしているようにしか映らず、元のままで良いと思われる場合もあるでしょう。それらの行動はウィキペディアを妨害する行為です。なぜかといえば、こういった編集は結局、その「証明」の後始末(掃除や差し戻し)に無関係の多くの利用者の手を煩わせることになるからです。一般的に、この種の編集は、こういったことは問題解決の役に立たないと考える人々から強い反発を受けます。多くの読者は、そのようなテクニックは意地が悪く、百科事典的でない、と考えます。通りすがりの人を、善意に基づかない、怒りと反発を導き出すことを目的とした編集の応酬へ巻き込むものだからです。原則として、持論は議論の中で直接述べるのがもっともよいことです。皮肉やごまかしは抜きです。意見をはっきりと述べるのが、尊敬・同意・合意を得るのにもっともよい方法です。」とあります。--西方 2011年10月28日 (金) 03:23 (UTC)
そもそも、「日本語圏で、肯定派否定派問わず、使用されている実態のある「南京事件」は記事タイトルとして適切である」との私の発言に対して、その直後に、「確かに、否定派は南京大虐殺という用語は避けるでしょうね、原理的に。」というのは印象操作に該当します。印象操作とは「他の編集者の行動や言動を、無分別であるかのように印象操作することがあります。これもルールを悪用した行為となります。また、Wikipedia:礼儀を忘れないにも違反します。自説のために印象操作を多用する編集者は、事態を鎮めようと参加した第三者の善意からの発言であっても、ささいな箇所のみあげつらい、その大意や真意をつかまず自分の都合のいいように曲解しようとします。このような元の発言者が明らかに意図していないであろう解釈の仕方は、当然無効です。」(Wikipedia:腕ずくで解決しようとしない#ルールの悪用と解説されています。Bugandhoneyさんは以前「私いつもいたってまじめにやり取りしているつもりなんですけど、相手からはよく愚弄しているとか言われるんですね。なんでなんでしょう。」と発言されておられますが、それは、このような印象操作的なやりとりを行うことで、結果として議論の進行を妨げることになっていることが明らかにしているでしょう。Wikipedia:礼儀を忘れないWikipedia:エチケットを熟読されると、そうした受け取られ方は減って行くと思います。--西方 2011年10月28日 (金) 03:47 (UTC)
いや、単に西方さんと似たような意見の人が(できれば著名人で)他にいないのか知りたかっただけです。「南京大虐殺」があったのは確実であるのに、認めないのか!と糾弾する勢力がいることを指摘している人が他にいなかったら仕方ないです。西方さんがいうように、出典がないことだけをもってそのような意見を排除する理由にはならないと思います。ただ、個人的な体験は、それを経験したことにない人にとってはちょっと理解しづらいかもしれないです。少なくとも私は誰かに南京大虐殺を認めないのかと糾弾されたことがないんで。--Bugandhoney 2011年10月29日 (土) 00:06 (UTC)
うーん、そういうことでしたら、南京大虐殺論争に関する本にも、同様の調子で書かれているものはざらにあると思いますがね。前掲笠原氏なり、あるいは「虐殺否定派を批判する肯定派」の本を読めばいいかと思いますが。--西方 2011年10月29日 (土) 12:16 (UTC)
追加希望2[編集]

ウィキペディアそのものは信頼できる情報源ではありません(en:WP:CIRCULAR)。外国語版Wikipediaがこのようにタイトルをつけているからこうすべき、という主張方法ではなく、その版を作成するにさいして利用した「外部の・信頼できる引用元」を紹介するようにしてください【その言語版において明記されていればですが】。なければ当然参考になりません。おそらくこのルールでおこなえば英語版・中国語以外は英語版の簡略化翻訳にすぎないため、参考にならないでしょう。Wikipediaの編集ルールは誠実に守る努力をしましょう。ウィキペディアそのものは信頼できる情報源でありませんので検討対象に含めてはいけません。直接当該言語の「信頼できる情報源」を持ち込んでください。--大和屋敷 2011年10月19日 (水) 05:43 (UTC)

外国版ウィキペディアの記事名を表に含めることを支持するのは、外国語版Wikipediaがこのようにタイトルをつけているから同じにすべきだ、ということを主張したいがためではないです。第一の理由は、日本語記事タイトルをめぐる争いは、日本国内における虐殺の規模や性質をめぐる論争を反映しているのであって、日本以外の国では南京大虐殺は虐殺事件であるという認識が定着しているからタイトルをめぐる争いが生じない(がために画一的なタイトルとなる)、という事実を端的に表しているからです。このことは別に外国語版記事名を用いなくとも、日本語版や英語版の南京大虐殺論争の記述に日本人の名前ばかりが出てくることからも確認できるとは思いますが。南京事件という国際的な出来事の記事名を決める際に、日本に限定したローカルな論争が強く影響しているという点は留意したほうがいいと思います。
第二の理由は、「虐殺」という言葉は扇情的ではあっても、直ちに中立性を損なっているとはいえず、記事名に用いることができることを示しているからです。日本語版ウィキペディアと各国語版ウィキペディアにおける、「虐殺」とそれに対応した語を記事名に用いた記事がそのことを証明しています。端的に言って「虐殺」はウィキペディアの記事名で「あり」です。繰り返しになりますが、これは「虐殺」という言葉を当項目に用いなければならない、という主張ではないです。
直接当該言語の「信頼できる情報源」を持ち込めとのことですが、たとえばイタリアの歴史教科書には「Massacro di Nanchino」と書いてあったとして、反対する人からは「だから何?」の一言で済まされそうです。「南京大虐殺」(と「南京虐殺」)という用語が日本語の信頼できる情報源で頻繁に使用されているという事実は表の他の部分で確認していただければと。
ちなみに、英語版・中国語以外は英語版の簡略化翻訳にすぎない、とのことですが、非常に疑わしいです。各国語版の初版を確認してみました。
英語版からの翻訳がはっきりしているのはイタリア語版だけで、それ以外はスタブからスタートしていて各言語で独自に発展しているようです。私は外国語は英語しか読めないのですが、ドイツ語版は構成からして英語版とはずいぶん趣が異なり、初版の機械翻訳には「2万人の女性がレイプされた」という当時の英語版にない記述があります。
さらにちなみに、以前日本語版以外では記事名をめぐる議論はないとおっしゃってましたけど、英語版のディスカッションを読む限り記事名に関する議論はあります。Nanking Incidentへの改題を検討してたわけではないですけど。--Bugandhoney 2011年10月19日 (水) 16:49 (UTC)

コメント 遅くなりましたがいくつか。(1)#主な使用状況表「使用状況をまとめた表」で、「出典(のみ)の表」ではありません。従って「ネット検索結果で確認した使用状況(対象の大多数はブログや雑誌紹介)」も「ウィキペディア各国版での使用状況(出典にはならないと表に明記済)」も「特定の図書館での全百科辞典での使用状況(現在は備考に記載)」も含めています。利便性重視なので、「なるべく表に入れた方が一覧性がある」ために個々の出典も含めましたが、日中戦争関係は、歴史副読本、復員者による自費出版、政治的な多数の書籍など多数の出版物が存在して総数不明なので、出典の列挙(のみ)では意図的に特定の出典を大量に入れて「こちらが多い」と印象操作する事が非常に容易です。記事名選定など用語の普及度の確認には、一定の条件下での客観的な比率確認の方が適切です。なお当ノートの議論の論点は多数あり、各論点や立場によって、表のどの部分を根拠・参考とするか(どこを除外するか)は変わります。どの論点で表のどこを参考にすべきかは、今後の各論点の議論で語るべきと思います。仮に「自分の都合の悪いデータの削除主張合戦」を始めたらきりがありません。冒頭に記載済ですが「便宜的な表」です。厳密な正確性や、あらゆる立場から中立的な表(不可能と思いますが)を目指した表ではありません。(2) Bugandnoheyさんの「追加希望」ですが、「大辞林」追加しました。情報ありがとうございました。これはネット版でしょうか?[145]。しかし、「リンクしているページ」は純粋に過去のゴミ(本来は2010年10月の改名をした方が、Wikipedia:ページの改名#リダイレクトの修正を怠っているだけ)ではないでしょうか? また「コトバンク」と「はてなキーワード」は反対が出て追加を見送った経緯があります。勿論、このノートや節に何を書いてはいけないというルールは無いので、私以外の表を掲示して頂く事も自由です。(3)表はモバイル端末環境などを考慮して列は最低限にしています。過去のノートでも「南京大虐殺」「南京虐殺」「南京大虐殺事件」「南京虐殺事件」は全て別の用語、との意見まであり、分け方自体が未合意です。しかし従来も今も「虐殺を含むかどうか」が最大の議論となっているので、表では便宜上、列で「南京大虐殺」と「南京事件」を分け、「南京虐殺」は(「虐殺系」として「南京大虐殺」に併記して)記号で「△」にし、更に一部は本文を記載しています。なお「Massacre」は「大虐殺」や「虐殺」と訳されています[146][147]マニラ大虐殺の英語版はen:Manila massacreです。逆に「Nanjing Great Massacre」という表記はあまり無いと思います。従って「Greatが無いから「大」はおかしい」というのは、翻訳的には疑問です。なお「虐殺」の語の是非は論点3-1、「大」の語の是非は論点3-2なので、その主張をここで繰り返しても不適切と思います。(4)「パーソナルコンピュータ」の例が出たので余談ですが、日本で信頼できる新聞雑誌を含めて圧倒的に多いのは「パソコン」ですが、記事名は本来名称の「パーソナルコンピュータ」です。(単に多ければ適切とは限らない)--Rabit gti 2011年10月20日 (木) 16:25 (UTC)

表の更新お疲れ様です。今の表のままでも南京事件と南京大虐殺が用語として同程度に通用しているというのははっきりしているとは思いますが。
大辞林はオンライン版ヨミダスに付属していて、調べてたときについでに検索しました。「リンクしているページ」は純粋に過去のゴミとも言い切れないかと。本記事の改題にあわせてウィキペディア執筆者がいっせいに表記の仕方を切り替えるというのは考えにくいです。出典に「南京大虐殺」と書いてあれば何も考えずにそのまま「南京大虐殺」と書いてリンクするだけかと。ウィキペディアにおける使用状況が少しはうかがえるのでは。「コトバンク」に反対が出るのは意外ですね。朝日新聞が運営しているのに。
一定の条件下での客観的な比率確認ということでしたら、私が行った新聞記事検索がお勧めです。少なくとも今、表にある「報道機関」よりははるかにましです。
パソコンはそういうことではなくて単に「正式名で書く」というウィキペディアのルールに従っているだけでは。今のタイトル「南京事件(1937年)」などという表記も資料ではめったに目にしませんが、これも単にウィキペディアのルール、技術的な理由ですよね。--Bugandhoney 2011年10月20日 (木) 19:45 (UTC)
コメント Bugandhoneyさんへ。(1)大辞林の情報ありがとうございました。(2)「コトバンク」は私の勘違いで、ユーザーが書く辞書ではなく、「朝日新聞、朝日新聞出版、講談社、小学館などの辞書から、用語を一度に検索できるサービス」でした[148]。この場合、探すのは便利ですが、表にはヒットした各辞典等[149]を書く方が良いのではないでしょうか(確かに、特定の検索サイトや、特定の図書館での確認結果比率があるように、コトバンクでの比率、もあってよいとも思いますが)(3)Wikipedia:ページの改名#リダイレクトの修正では、記事改名後には各記事からのリンクは一斉に直すべきです(私が記事改名した場合は、100箇所程度なら直後に直しています)。(4)Bugandhoneyさんによる新聞記事検索の表は、2週間以上どなたからも内容の指摘もなく、各種調査結果はなるべく1箇所にまとめた方が良いと思いますが、新聞記事検索の表は完成されており列構成が少し違います。以下いずれがよろしいでしょうか? (a)Bugandhoneyさんの許可を頂ければ、私の表の直後に単純コピーで挿入します(2表が続く形になります) (b)私の表とは別に、Bugandhoneyさんが当節に移動またはコピーして頂く。(5)「南京事件(1937年)」の表記は論点2-3関連と思います。カッコ追加はWikipedia:曖昧さ回避#平等な曖昧さ回避ですが、本来はカッコの中には「分野」が想定されています(異なる分野では同一の語で別の意味で使われている事が多いとの前提)。従って「歴史的事件」の分野内で、更に「年」をカッコにするのは本来の趣旨からは例外的で、Wikipedia:記事名の付け方の冒頭の「記事の題名は、まず何よりも「日本語話者の大多数にとって、最も曖昧でなく、最も理解しやすいもの」である必要があります。そしてその次に「その記事へのリンクを作成しやすいもの」であることも重要です。」の観点からはマイナス要因(禁止されてはいないが、できれば避けるべき)と思います。一般的な読者は「南京事件(1927年)」と「南京事件(1937年)」では区別として曖昧で、曖昧さ回避ページの南京事件に頼っています(記事名から見分けにくい、年まで暗記している人は少ない、記事名では各事件の内容が全く判らない、カッコがあるのでリンクが張りにくい)。複数事件の普及した呼称が「南京事件」しか存在しないなら「年」だけに頼る事は止むを得ませんが、拮抗する複数候補がある場合は「最も曖昧でなく、最も理解しやすいもの」を選択すべきというのがガイドです(繰り返しですがロス事件世田谷事件は、記事名としては不適当なのと同じです)。--Rabit gti 2011年10月21日 (金) 02:33 (UTC)
お返事ありがとうございます。(2)はそうですね。そっちのほうが正確です。各項目はいずれも朝日新聞からで、要するに朝日新聞は各用語の解説を紙上で行ったことがあるということです。(4)今の表に合うように「報道機関」と入れ替えるというのはだめですか?Rabit gtiさんがそれでもかまわないのだったら、作業は私がしてもいいです。(5)は全面的に賛成です。わざわざあいまいさ回避を強いるような記事名にしなくてもいいですよね。「南京大虐殺」という、はっきり区別できる別名があるのに。ウィキペディアの技術的な理由ですけど、なにかと不便ではあります。--Bugandhoney 2011年10月21日 (金) 12:42 (UTC)
コメント Bugandhoneyさん、私のコメント番号間違いも訂正して頂き、ありがとうございます(ただ、相手によってはクレームされかねないのでご注意を) (4)「南京虐殺」の列はどうされます? (6 - 追加)確かに「パソコン」の正式名称が「パーソナルコンピュータ」です。ノートパソコンテレビアニメなど、日本では略称の方が普及し記事名となったものもありますし、歴史的事件に本当の意味の「正式名称」は存在しませんが、基本は「曖昧さを減らすよう、記事名はなるべく正式名称(と言えるもの)を使い、略称は使用頻度が高くてもリダイレクトにする」と思います。表にもありますが「歴史学事典 7 戦争と外交(弘文堂、2009年)」では「南京大虐殺事件、略称として南京事件」とあり、この見解では「南京事件」は記事名にはあまり向かないともいえます(略称論は過去に西方さんも取り上げましたが、論点には私が書き忘れてました)。--Rabit gti 2011年10月21日 (金) 14:54 (UTC)
Rabit gtiさんが「歴史学事典 7 戦争と外交(弘文堂、2009年」も略称としてる旨を発言なさっていますが、この記事は「南京事件は略称」としている(私の知る限りは)唯一の論者である笠原十九司氏が執筆したものです。表にも明記されています。--西方 2011年10月21日 (金) 15:37 (UTC)
「南京虐殺」はとりあえず無視ということで。少数派なので大勢には影響しませんし。「南京大虐殺」に足すこともできますけど、反対が出そうです。ただ、そうなると比率が微妙になります。比率のことを言うと「南京大虐殺」と「南京事件」と両方の言葉が出てくる記事もたくさんあります。だから、「南京大虐殺」か「南京事件」という言葉が入っている記事総数に対する一方の言葉が入っている記事の割合を計算しなおそうと思ってます。--Bugandhoney 2011年10月21日 (金) 18:52 (UTC)

論点についての議論[編集]

コメント 当記事の記事名選定の議論は、かねて多数の論点があるため#論点の整理案の表#主な論点表もご参照ください。--Rabit gti 2011年9月27日 (火) 15:51 (UTC) リンク修正--Rabit gti 2011年10月9日 (日) 07:48 (UTC)

ウィキペディア各国語版での記事名と同一のものにすべきか否か?<世界的観点・中立性について>

2011年10月9日 (日) 10:08 の大和屋敷さんの疑義以降の「ウィキペディア各国語版」の項目に関する議論ですが、論点表の「他記事との整合性5-2」と重複しますので、こちらで再提起します。また、議論を徒に繰り返すよりも、過去の議論をふまえたうえで議論を深めたく思います。「ウィキペディア各国語版での記事名に配慮すべし」という趣旨の意見についてですが、論点表にありますようにこれはいわゆる世界的観点つまりWikipedia:日本中心にならないようにをひとつの根拠としています。以下、この「方針またはガイドラインの草稿」(Wikipedia:日本中心にならないようには現在、正式な方針ではありません)について提起します。 同草稿には、まず「日本人だけに提供される百科事典」でも「日本の事物だけを本来の対象とする百科事典」でもないことが留意されるべきことが書かれています。また「日本の事物を対象としたプロジェクトであるという誤解や思い込みから、日本以外への記述が、表現や構成において不当な扱い(本来の対象と付随的な情報というような序列化)を受けたり、抑制されたり、なおざりにされたりしてはならない」とも記されています。また「日本語能力を持つが、日本社会の構成員でも、あるいは日本人でもない閲覧者に対しても、有益かつ違和感なく理解できる記事を、ウィキペディアの基本的方針である「中立的な観点」 (Neutral Point Of View、NPOV) を維持しつつ提供することは可能でもあり、また必要」ともあります。さらに「日本の事象についてのみ、あるいは意図的に偏重して記述することは望ましくありません。このことは日本以外の事情の記述を、意図的に排除や抑制すべきでなく、可能な限り記述に努めるべきであるということで、日本の事情についての記述を必要以上に抑制すべきということではありません。日本社会に属する執筆者が充実しているということの利点をあえて損なう必要はありません。ただし、日本に限定していない記事名との整合性には留意する必要があります。」ともあります。さらに「たとえ個人的な観点でなくても、特定の地域・国家に限定された観点のみを採用しない この項目については詳細は中立的な観点を参照ください」と一般的な指針節にあります。

これらの草稿指針に現在の「南京事件」の記事が該当するか否かについてですが、「日本以外の事情の記述を、意図的に排除や抑制」しているわけでもないことは、「南京大虐殺ともよばれる」といった冒頭での記述からも明らかです(むろん、本文においてさらに詳細が記述されています)。

また、すでにこの「世界的観点」草稿指針が触れているように、この指針は、中立性とも絡んでいます。「南京事件」と「南京大虐殺」は用語または術語または事件名として、いずれが中立的かという問題がでてきます。「南京大虐殺」が適切とする編集者のなかには「南京事件という名称で、事件または虐殺的な事象を過小評価しようとしている」という意見または政治的な解釈がこれまでも散見されましたが、少なくとも、私にはまったくそのような意図はありません。そもそも事件の規模やその内実については、現在、歴史学をはじめ議論が続いているわけで(南京大虐殺論争#「虐殺」の定義参照)、この事件を「大虐殺」と呼ぶべきかそうでないのか、については、まだ十分に合意がとれているわけでもない(このノートにおいてでなく、歴史学などでの議論においての話です)。この件については、以前、「他の虐殺事件においても虐殺の存否は議論されている」という指摘がありましたが、いまは他の事件がどうのでなく、あくまでこの南京事件に限定して話をすすめるべきです。

「南京事件」が「日本中心かどうか」については、結局、事件の内実について、特に日中間の歴史学において合意がとれていない以上、「南京大虐殺」に記事名をすることは政治的な配慮でこそあれ、中立的な観点とはいえません。また、日本語版は日本語での使用実態をふまえるべきで、海外での使用実態を優先できません(海外で「日本」のことをJapanというからといって、記事「日本」が「Japan」に改名すべきでないように)。

また、「南京事件」が「中立性」を保持しているか否かですが、私個人は保持していると考えますが、これは個人的な見解にすぎません。では、なにを根拠に、この記事名が「中立性」を保持しているといえるかといえば、使用状況表にありますように、多数の百科辞典によってこの「南京事件」で立項されていること、また、いわゆる「南京大虐殺肯定派」もこの名称を使用していること(笠原氏ほか)などが理由となります。

以上をもちまして、「南京大虐殺」よりも「南京事件」の方が適切であると私は考えます。

しかしながら、私自身は、現在、「南京大虐殺」「南京事件」の両方が立項されるのが最善だと考えています。実際、多数の百科事典において両項目が立項されています。ただ、この「南京大虐殺」新規立項は、今後の議論が最終的に平行線を辿りつづけた場合の解決策であると思っておりますので、いましばらく議論の推移をみたく思っています。--西方 2011年10月12日 (水) 10:47 (UTC)

「虐殺」の定義について大量虐殺をみておりましたら、やはりこの「大量虐殺」という概念それ自体が曖昧であるといいたくなります。「大量虐殺」にはリストがありますが、「虐殺」と「戦争」がどこで線引きされるのか、そもそも「虐殺」のない戦争などあるのか?といいたくなります。また、「南京大虐殺」は論者によってはしばしばジェノサイドと表現されもします。「ジェノサイド」の定義の問題もありますが、すくなくともこの南京戦線における虐殺は「民族浄化」などとは何の関係もない。しかし、これらの問題についてはここで議論することはできません。実際の信頼に足る著作物においてこうした根本の問題を十二分に議論しているものがあれば、それらを記事本文のなかに加筆編集していくしかないわけですから。--西方 2011年10月12日 (水) 14:14 (UTC)
コメント (1)まずサブタイトル(?)の「ウィキペディア各国語版での記事名と同一のものにすべきか否か」は、「同一のものが望ましいか?(どの程度まで考慮すべきか?)」程度が適切と思います。「(必ず)同一のものにすべき」とまでは誰も言っていないし、各国語版間でも相違はあるので「同一」は不可能だからです。(2) Wikipedia:記事名の付け方#歴史的事件では「出来る限り一般的に知られており通用しやすい名称を使用する。」で、#主な使用状況表でも「南京大虐殺」と「南京事件」は大筋では拮抗しています。ただし世界的に、あるいは日本でも世界史の分野では「南京事件」と言えば南京事件 (1927年)の方を指す場合が多く、そもそも「(地名)+事件」という呼称は相対的・曖昧な用語(日本人から見れば、南京の事件と言えば、南京事件 (1937年)を連想する場合が多いというだけ。ロス事件世田谷事件と同じで、多いから認知度があり適切とは単純に言えない。)という面はあります。(3)上の節にも書きましたが、そもそも「Massacre」を「大虐殺」や「虐殺」と訳します[150][151]。「Massacres」は多数の事件で使われています(en:Template:Massacresや、各記事の出典を参照)。freedictionary.comでは「無差別で残虐な大量殺人」とされてます。なお「虐殺」と「戦争」と同様に、「戦争」と「事変」と「事件」の境界も曖昧です。特に古代の戦争は戦時国際法も無く、捕虜や一般市民の殺害(虐殺)も多いため、区別困難(= 筆者や描写次第)なのは当然です。近代以降は通常、戦闘や正式な刑罰以外の、無抵抗(武器を持たない、保護下)の相手の組織的殺害を指す場合が多いようです(海戦や空戦は大半は軍人同士なので虐殺と呼ばれる事は稀です。圧倒的な戦況を「まるで虐殺であった」と表現する事はありますが。)(4)「南京大虐殺」の立項(現在のリダイレクトの記事化)は、以前に書いた通り、賛成できません。#主な使用状況表でも大多数の出典でも「別称」「略称」と同一事件の呼称です。また「南京事件の方が広い範囲として、用語が使い分けられている」などの出典は無く、南京事件 (1927年)などは(場所が同じなので同呼称になってしまっただけで)時代も主役も異なる別事件です。更に現実的にも南京攻略戦を含めて3記事を範囲に応じて記述を書き分けられるとは思えません。同一事件の記事ならば、1記事にし、他方はリダイレクトにするのが適切と思います(建設的に妥協案や着地案を案出されているのとは推測しますが、別名ごとに記事をコピーして増やすのは後の編集を考えても不便で不毛と思います)。--Rabit gti 2011年10月20日 (木) 17:26 (UTC)
  • 他言語版の編集内容は言語に絶するものもありますので信頼したり安心しないことですね。チェコ語版はIチェンの「The Rape of Nanking」をほぼ唯一の情報源に編集されているくらいですから(しかも上質な記事!)、自国に無関係な内容に関する他言語版の「無関心」と「放置」、そしてプロパガンダとは恐ろしいものです。--大和屋敷 2011年10月21日 (金) 16:24 (UTC)
私のいう双方立項は「コピー」などとは全く考えていません。「南京事件」記事とは十分に弁別性を持つ記事のことです。--西方 2011年10月21日 (金) 16:56 (UTC)
アイリス・チャンの本は駄本だというのはPOVなわけであって、実際には好評価している書評もたくさんありますし、POVをもとに他のウィキペディア執筆者や記事を見下すというのはどうなんでしょう。--Bugandhoney 2011年10月21日 (金) 19:18 (UTC)
チャンの本は日本はもとよりアメリカの歴史学者からも相当の批判が出され、つまりはこきおろされています。ザ・レイプ・オブ・南京#反響と批判参照。出典としての信頼性からいうと、少なくとも、この一冊だけを出典とするのはそれこそ、中立的観点からも問題でしょう。--西方 2011年10月22日 (土) 03:38 (UTC)

調査投票について[編集]

コメント 調査投票を行うかどうかの議論です。個人的には、調査投票には拘束力は無く、合意形成に繋がるかは疑問ですが、仮に行う場合でも少なくとも#論点についての議論が一巡(?)してからの方が望ましいと思います。--Rabit gti 2011年9月27日 (火) 15:51 (UTC)

改名提案タグからの「南京暴虐事件」の削除提案[編集]

提案 記事冒頭の改名提案タグから「南京暴虐事件」の削除を提案します#主な論点表の論点7-2)。現在は「このページの名前に関して「南京大虐殺」もしくは「南京暴虐事件」への改名が提案されています」です。削除理由は以下です。(1)「南京暴虐事件」への改名案は#主な経緯表の通り、2011年1月に提案されたまま賛同者ゼロで議論停止状態 (2)提案者が現在では再び「南京事件」を主張しており、現主張者ゼロと思われる (3)使用状況より「南京事件」または「南京大虐殺」以外の案は今後とも採用見込みが無い。一週間ほど反対が無ければ反映予定です。--Rabit gti 2011年11月12日 (土) 14:04 (UTC)

報告 1週間以上、異論が無かったため、合意されたとみなして反映しました[152]。関連する「主な論点表」の「論点7-2」も更新しました[153]。--Rabit gti 2011年11月23日 (水) 14:10 (UTC)

旧ローカルルール関連議論の終了合意提案[編集]

提案 #主な論点表の「論点6-3」ですが、その後#ローカルルール撤廃の提案でローカルルールが撤廃されて、更に2か月以上経ちますが、(撤廃前の当時としては、という話を含めて)この議論は停止しており、また今後も「論点」として意識しておく必要性も無いかと思っています。そこで「論点6-3」の「合意状況」を現在の「未合意?」から「ローカルルール廃止に伴い、議論終了に合意済」のように更新して良いでしょうか?一週間ほど反対が無ければ反映予定です。--Rabit gti 2011年11月23日 (水) 14:30 (UTC)

2011年8月30日(火)02:29以降の一連の版について[編集]

Miya氏により再編され大和屋敷がリバートをかけ疑問氏により「大きく内容(印象)が変わるので、ノートによる議論を経た上で編集願います。」なる理由で再リバートされた版について。もともとMiya氏により再編されたものですので、まずMiya氏により「大きく内容(印象)が変わるので、ノートによる議論を経た上で編集願い」たく宜しくお願い申し上げます。(※2011年8月30日(火)19:49版においてPSIAさんのお名前を間違えて指定しておりましたがMiya氏の誤りでした。お詫びしてノートにて訂正させて頂きます。申し訳ありませんでした。)--大和屋敷 2011年8月30日 (火) 20:15 (UTC)

失礼しました。こちらの確認ミスでした。申し訳ない・・・。--kei 2011年8月31日 (水) 13:18 (UTC)
こんにちは。Wikipedia:井戸端/subj/「ノート:南京事件 (1937年)」他のローカルルールについてがきっかけでローカルルールを読み返してみたのですが、ノートにおいて合意を得ずに記事を編集し、その内容をリバートされた場合とあるということは、別段、合意を得ずに編集しても再リバートしなければ問題ないのではないかと考えたのです。内容を見ていただければ、すくなくとも、論争のきっかけが朝日の連載であったことや「議論」セクションの移動、などはどなたからも異議は出ないだろうと想像していました(「一般市民への被害 と 敗残兵の掃蕩 と 投降者の殺害の切り分け」にしても、よく見ていただければ、本文自体はほとんど変えていないつもりでした)。見通しが甘かったことはお詫びします。--miya 2011年9月7日 (水) 02:24 (UTC) そうして、そう考えたきっかけが(井戸端の議論に加えて)大和屋敷さんのいくつかの編集であったことを追記させていただきます。--miya 2011年9月7日 (水) 02:30 (UTC)「井戸端の議論に加えて」をカッコ書きで追加しました。--miya 2011年9月7日 (水) 02:33 (UTC)

ローカルルール撤廃の提案[編集]

上の#ローカルルールの節でご案内しました議論の結果、今のルールについて疑問・問題があることで意見の一致を見ました。更に、Wikipedia:井戸端/subj/「ノート:南京事件 (1937年)」他のローカルルールについて#提案においてローカルルールの撤廃が提案され、現在のところどなたからも異議が出ていませんので、ほぼ合意形成ができたといってもよい状態になっています。
しかし、ローカルルール廃止の手続き論としては、「ローカルルールが不適切で不要と思うのなら個々のページでそれを議論すればよい」というご意見があり、井戸端での合意形成だけでは手続きが不充分かもしれないという疑義があります.
つきましては、こちらのローカルルールの撤廃を、再度こちらでも提案させていただきます。撤廃の理由等に関するこれまでの議論につきましては、井戸端の議論をご参照ください。
ご意見がおありの方は、こちらにでも、井戸端の議論の方にでも、どちらでも結構ですので、コメントをお願いします。--Dwy 2011年9月11日 (日) 05:00 (UTC)

特に意見があるわけではないですが、これは当時の編集合戦への対処で作成されたのですよね?現在、編集合戦は起こっていませんし、長い議論にみなさん関わっているのみですので、たしかにこのルールは現時点では不要かと思います。また編集合戦が起こるようでしたら、復活させるなり、すればいいかと思います。--西方 2011年9月11日 (日) 15:11 (UTC)

私もケースバイケースでよいと思います。今回のMiya氏の編集と私によるリバートについても、Miya氏から十分に説明いただきみなさんの合意により反映されるのならそれでけっこうだと考えます。逆に、ノートでの議論はまだしも本編のリバート合戦は禁止行為ですのである程度の説得的な範囲でのローカルルールの設定にもとくに反対はしません。--大和屋敷 2011年9月11日 (日) 15:57 (UTC)
賛成 基本的には西方さん、大和屋敷さんのご意見と同様です。私も井戸端にKs aka 98さんが記載して頂いた当ローカルルール作成の経緯[154]を読み、当時は導入の必要性があったかもしれませんが、現在の状況では特に不要(当面は通常の記事と同様のルールで十分、再導入が必要になれば再度議論すれば良い)と思い、ローカルルール廃止に賛成します。--Rabit gti 2011年9月12日 (月) 12:44 (UTC)

特に異論がありませんでしたので、ローカルルール撤廃の合意が成立したものと判断いたします。ありがとうございました。--Dwy 2011年9月19日 (月) 16:41 (UTC)

分割提案[編集]

改名議論でも少し出ていましたが、この記事とは別に南京大虐殺を立てて、そちらに南京事件 (1937年)#名称などの部分を分割することを改めて正式に提案します。--miya2011-10-21T16:05:47

  • 「事件」とされる内容については南京事件、戦闘行動については南京攻略戦、戦後とくに日中国交回復以降に日本国内で活発化した論争については南京大虐殺論争という分類でよいと考えますので、ご提案には反対とさせて頂きます。他の方の活発なご検討を宜しくお願い申し上げます。--大和屋敷 2011年10月21日 (金) 16:15 (UTC)
「南京事件」「南京大虐殺」双方の立項案をちらちらと発言している者としては、まずは、「分割」とは違うということ。特にmiyaさんの提案なさっている南京事件 (1937年)#名称の部分は、仮に分割することになっても南京事件記事に存続すべき内容だと思います。あと、南京大虐殺記事の場合は、分割ということではなく、「新規立項」になると思います。すなわち現在のリダイレクトページに「南京事件」とは異なる内容が加筆され、新規記事として更新されるのはいかがか、というのが、私がちらちらと述べている提案です。いまこの点についていえば、南京大虐殺がそのように新規記事としてつくられる場合、例えば、「南京大虐殺として問題視され、議論され、報告されてきた虐殺。云々。しかし、虐殺の実態については議論がある(南京大虐殺論争および南京事件参照)」という格好になるのが基本形だと思います。「南京大虐殺」とすべしという方々のこれまでの発言をみましても、もちろん、各々異なるのですが、しかし、「虐殺の実態については疑うところがない」という一点張りになっているように感じます。南京大虐殺論争の記事内容を読めばわかりますように、「虐殺の次元・度合いつまり実態」については、様々な個別の事象について見解や説が異なっており、とうてい、否定派肯定派を問わず、一元化できません。上にも書きましたが、「大虐殺」があたかもジェノサイド条約で定義されたジェノサイドに該当するかのような言い方なのです。であれば、なぜ国際刑事裁判所や国連で「南京事件」がジェノサイドであったと認定されないのか。認定されていない以上、南京事件は「大量虐殺(ジェノサイド)」として正式に認定されていないということです。東京裁判南京軍事法廷においてこの事件は実在が確定していますが、近年の研究によって、当時の判決の資料となった証言や書籍が、証拠資料としての完全性を保持しているかどうかについて新しい見解が提出されています(「新しい見解」即「虐殺否定派」ではないのに十分注意してください)。--西方 2011年10月21日 (金) 16:53 (UTC)
ジェノサイドと大量虐殺は似て非なる概念です。ウィキペディアも別の記事になってますし。国際刑事裁判所は90年代になってできたものなので、わざわざ60年前の事件を審理しないんじゃないかな。ジェノサイドも比較的新しい概念です。アルメニア人虐殺のようにさかのぼって適用される例もありますが。国際法的には東京裁判で裁かれて「有罪判決」を受けているわけで、わざわざまた審理しなおすというというのは考えにくいです。というか、「ジェノサイドとは認定されていない」というのはそれはそのとおりですけど、東京裁判ですでに大量虐殺と認定されているので、国際法的には決着しているということでは。--Bugandhoney 2011年10月21日 (金) 19:03 (UTC)英語版からの翻訳ってできないですかね。今の記事、調べものの役にぜんぜん立たないんで。--Bugandhoney 2011年10月21日 (金) 19:32 (UTC)
項目の論点が拡散するのでホドホドにお願いいたします。議論が横にそれかねませんでしたので勝手ながら位置ランクを修正させて頂きました。十分な外部文献をもとに編集検討される場合は別項目を新たに立ててそちらでお願いいたします。--大和屋敷 2011年10月22日 (土) 02:18 (UTC)
反対 分割案にも、「南京大虐殺」の別内容での新規立項案にも、反対です。詳細は[155]の(4)と同じで、大多数の出典では「南京大虐殺(事件)」も「南京事件 (1937年)」も同一事件を指しています。多くの百科辞典では、両方の項目がある場合でも大多数は、片方は要約程度で「詳細は他方を参照」となっており、ウィキペディアではリダイレクトや曖昧さ回避に相当します(別の事件や範囲が書かれている訳ではありません)。単なる別称ならば、現状のように同一記事内で並記すべきです。量的にも独立の必要がありません。また、「南京大虐殺(事件)」と「南京事件 (1937年)」が、「別の概念・範囲・用語であって、使い分けられている」というような出典や事実はほとんど(全く?)無く、独自研究です。最近ではノート:長州征討などでも改名議論がありましたが、「長州征伐、長州征討、長州出兵、幕長戦争、長幕戦争」などで、多少のニュアンス相違はあるにせよ、名称部分だけなり記事全体を、別記事にする話にはなっていません。--Rabit gti 2011年10月22日 (土) 01:30 (UTC)
反対 すみません、態度表明を忘れていました。分割には反対です。Rabit gtiさんへ。新規立項ですが、まだ正式に提唱していませんので、念のため。--西方 2011年10月22日 (土) 16:24 (UTC)
みなさんのご意見はわかりました。現時点で合意が得られる見込みなしということで、提案を取り下げます。--miya 2011年10月25日 (火) 14:49 (UTC)

「南京大虐殺」の新規立項について[編集]

ところで「南京大虐殺」の新規立項についてRabit gtiさんから反対がありましたが、新規立項について反対することって、ウィキペディアの方針/ガイドラインになにか依拠できるものがありますかねえ?まあ、ありえるとすれば、立項したあとで、「南京事件」への統合提案が出されることでしょうか(以前たしかそういう話がちらりと出たように記憶します)。ただまあ、「南京大虐殺」という記事が、主に「これこれの虐殺があったと主張されるもの」として、虐殺の内容について書かれるものがあったいいと思います。これまたうろおぼえですが、南京大虐殺論争があるから、重複のため反対、というどなたかの意見もあったかと思います。しかし、厳密に考えれば、「論争」の記事と「虐殺」の記事とは、やはり弁別されるものとして異なるかと思います。ただまあ、これは、いかに「南京大虐殺」記事を十分に他記事と弁別的な記事として執筆するか、という話になり、それを私が書くとなると、なんだか私の立場としては、本末転倒な感じもいたしますが。--西方 2011年10月29日 (土) 12:50 (UTC)

「南京大虐殺」の新規立項自体を差し止める権限はだれにもないと思います。新規立項されたあとで、「重複」を理由に削除依頼が出される可能性はあります。投稿者が「重複」には当たらない価値ある記事を作成できなければ、削除依頼が出て「重複により削除」という結論になるかもしれません。また、改名議論で結局「南京大虐殺」に改名するという合意ができた場合は、新記事のほうは「南京大虐殺 (史観)」あるいは「南京大虐殺 (プロパガンダ)」などのような、カッコつきの項目名に変更を余儀なくされると思いますが。なお、:トピックが異なるので、見出しをつけて節を分けました。もっと適切な見出しがあったら修正してください。--miya 2011年10月31日 (月) 17:57 (UTC)
コメント 「記事の立項を差し止める権限はだれにもない」という主張は、看過できない誤り。ウィキペディアの記事には、記事として存在すべき要件がある。明らかな不適切が事前に判明しているのであれば、それが差し止められる「べき」なのは自明--Ch0331 2011年11月3日 (木) 00:14 (UTC)
Wikipedia:特筆性の観点だと思いますが、前段議論は新規立頁のさいに要請される特筆性の条件は満たしているという前提だと思います。--大和屋敷 2011年11月3日 (木) 02:00 (UTC)
みなさん、ご意見、ありがとうございました。いずれのご意見も、この件について再確認するうえで大変参考になりました。--西方 2011年11月3日 (木) 17:23 (UTC)
コメント 私の見解は以下です。(1)「記事の立項」も「記事の編集」と基本は同じ(原則は誰でも自由にできるが、特筆性や出典が必要で、議論があれば合意形成が必要)(2)Help:新規ページの作成#概要には「ウィキペディア内に類似の記事が既に作成されているか確認してください。(中略)正式名称や別名、別の表記なども調べましょう。」とあります。(2) 通常、別表記でも明らかに範囲が異なり分量もある場合などは別記事化がされている(大日本帝国日本大東亜戦争日中戦争太平洋戦争第二次世界大戦など)(3)「南京事件」と「南京大虐殺」は、信頼できる出典の大多数で明らかに別称 (4)改名議論中の片方立項強行は、現状固定化目的の議事妨害とみなされても仕方が無い。--Rabit gti 2011年11月5日 (土) 04:57 (UTC)

70年以前は「南京大虐殺事件」と事件をつけるものしか無かったか[編集]

【これを消すなら 1970年以前に用いられた「事件」のつかない「南京大虐殺」の例を挙げてください】とのコメントとともに投稿されておりましたが、これは厳密に独自研究(「自分が調査した限りではこうであった、反論があれば例示せよ、反論がなければ掲載させろ」趣旨)になっていませんか。おそらくノートでの議論のためにわざわざ多くの文献を渉猟して頂いた、ある種の成果なのだと思うのですが、それは編集方針を検討するための調査としては非常に有意義ではありますが、本編記事を構成する記事としては(本当かどうか確証されていない、信頼できる情報に基づいていない)情報になると考えます。--大和屋敷 2011年10月21日 (金) 18:33 (UTC)面白い情報でやはりどうももったいない気がしてしかたなかったのでちょっと工夫してみました。--大和屋敷 2011年10月21日 (金) 18:46 (UTC)

私も興味を持って調べてみました。古い新聞記事を見る限り『「事件」のつかない「南京大虐殺」は70年代になってから』というのはそのとおりのようです。東京裁判当時の記事は呼び方が一定してないです。「南京虐殺」とか「南京事件」とか「南京の凶悪事件」とか。「南京大虐殺」という言葉が出てくるのは朝日だと1971年2月19日の「日本軍南京大虐殺の写真や文献展」という記事からです。読売だと、私が調べた限りでは1958年9月3日の『「中国のなかの日本人」「侵略」』という書評が初出ですが、このときは「事件」がついてます。--Bugandhoney 2011年10月21日 (金) 19:12 (UTC)
笠原十九司『南京事件論争史—日本人は史実をどう認識してきたか』(平凡社新書, 2007年)に付された年表(pp.285-293)は完全な年表ではないですが、便利です。miyaさんが加筆されたこの件ですが、同書の概略を示せば、1.「論争」の原点としての東京裁判 2.「論争」の発端としての1970年代(本田勝一→鈴木明→洞富雄ほか)3.以降の論争の継続/という具合です。それと、これはまた本文に加筆しますが、同書によれば、60年代に教科書検定がきつくなる前までは、「南京暴行事件」と記述されていたそうです(p.101)。論争の発端は本田氏「中国の旅」(71年8月末から連載開始)ですが、笠原同書p109によれば、「南京大虐殺」を見出しで使用している記事は、「潮」71年8月号、三留理男「中国レポート(最終回) 冷酷な皆殺し作戦 南京大虐殺」『サンデー毎日』72年11月19日号があります。--西方 2011年10月22日 (土) 04:01 (UTC)

ジェノサイドという語について[編集]

以下「大量虐殺(ジェノサイド)の語源学-あるいは「命名の政治学(ポリティクス)」[156]より引用。

  1. ジェノサイドという語はラファエル・レムキン(Raphael Lemkin)により1941年頃に作出された用語であり、人種(race)あるいは部族(tribe)を意味する「ジェノ(geno)」と、ラテン語「カエデレ(caedere))」から派生し「殺す(killing)」を意味する「サイド(cide)」とを結合させた、新造語「集団的人間破壊(Genocide)」である(P.24-25)。
  2. レムキンは1933年にマドリードで開催された国際刑事法学会の準備のため「ヒトラーのホロコースト」「アルメニア人虐殺」に関する論文を書き、「集団的人間破壊(mass slaughter)」阻止のための法論を展開したが、彼の希望は阻止され、当時居住していたポーランド内での批判を含め賛同者はいなかった(P.21)。
  3. サマンサ・パワーによればレムキンの戦いは「ジェノサイド」という名辞をめぐる戦いである(P.22)
  4. ジェノサイドということばが法的実効性を獲得したのは1945年のニュルンベルク裁判においてであった(P.25)。ナチ指導者に対して「人道に反する罪」が問われたが概念的にジェノサイドと重なり合う部分が大きい(P.25)。
  5. レムキンによればジェノサイドとは「ある国民や民族集団の破壊を指す、国民全構成員の大量虐殺によって完遂される場合を除けば必ずしもある国民を直ちに破壊することを意味するわけではない。むしろ集団自体の絶滅を目的として生存の基本的な基盤を破壊しようとする様々な行為をあわせた企図を表す。この企図がめざすのは国民的諸集団の、政治的、社会的諸機構、文化、言語、国民感情、宗教、経済活動の解体、人間の安全・自由・健康・尊厳、さらにはその集団に属する個人の生命の破壊である。ジェノサイドにはふたつの位相があり、ひとつは被抑圧集団のナショナルパターン(様式)の破壊、もうひとつは抑圧者の様式の強制である(P.16-17)。

ウィキペディアにはジェノサイドという記事があります。--大和屋敷 2011年10月22日 (土) 03:15 (UTC)

「名称」節加筆・再構成[編集]

「名称」節を加筆し、時系列に基づいて再構成しました。理由は、これまで「歴史学」「教科書」その他、領域ごとに書かれていたのですが、時系列でないと、前後関係や、時代背景などとの関係が見えにくくなると思われたためです。異論あればここで議論をお願いします。なお、Bugandhoneyさんから提供いただいた情報も加筆しました。また、いずれ必要に応じて、使用状況表での調査を本文に反映させたいと思います。--西方 2011年10月22日 (土) 09:57 (UTC) あと、古森氏の記事とは[157]ですね?個人のブログでしたので、リンクは本文においては控えました。--西方 2011年10月22日 (土) 10:23 (UTC)

  • 論争史の紹介になってしまっている箇所(Iチャンの項目)は簡潔にまとめました。「Nanking Incident表記に関する海外での議論」については元記事にない記述がなされていましたので、確認できる記述のみ残し他は一旦コメントアウトしました。--大和屋敷 2011年10月23日 (日) 06:59 (UTC)
それです。同一の内容です。古森さんの日本語記事だけを出典にして、グリーンバーグ氏はこう主張して、それに対して北野公使がこう反論した、というまとめ方が一番親切だと思います。古森さんの記事だけを出典にするとグリーンバーグ氏の肩書きをどうするかが悩みどころですが。あとグリーンバーグ氏がユダヤ人というのはどこ情報ですか?Grünbergはドイツの地名であってドイツ系というくらいしか言えないと思いますが。あと、ポールってクリスチャンに多いファーストネームですね。出典で確認できないからとコメントアウトすると同時に出典にない情報を付け加えるのってどうなんでしょう。--Bugandhoney 2011年10月24日 (月) 04:19 (UTC)

この節の編集検討の経緯はよく存じませんので、過剰にならない程度に適切に引用してください(名称に関する紹介節ですので)。あたらしい節を構成するに十分なボディが用意できそうならまた別ですが、グリーンバーグ氏のコメントのみで一節を構成するのは【中立性の観点】からやりすぎな気がします。たしか日本でも「大・虐」の語義に関する議論をおこなっていたPDFを見つけたことが合ったのですが、いま検索してもヒットしませんでした(googleっただけの哀しいところです)。なおユダヤ人というのはまったく別人(複数の実業家)の履歴を間違って検索していた結果でしたので削除します。--大和屋敷 2011年10月24日 (月) 07:14 (UTC)ありましたありました。「チャイナリスク」磯和男[158](PDF-P.31)に語としての「南京事件」「南京大虐殺」についての言及あり。--大和屋敷 2011年10月24日 (月) 07:50 (UTC)

リンク先ですが、私は一応確認したうえで貼ったので、再度調べます。たしかに、名称節でここまで量があるのはどうか、というご指摘もわかりますが、まあ、この名称節は、「「南京事件」受容史」、「南京事件と戦後史」のような内容でもありますからねえ。いい節名または構成案が浮かび次第、また編集します。あと、グリーンバーグに関してですが、南京大虐殺論争か、グリーンバーグ氏について新規立項するといいかもしれませんね。--西方 2011年10月24日 (月) 13:12 (UTC)
大和屋敷さんの提供なさった磯論文の31頁ですが、板倉由明氏の主張のようですね(磯氏の引用の仕方がちょっとわかりにくい)。たしかに、グリーンバーグ氏の議論も含めると、この「名称に関する議論・論争」は、南京大虐殺論争で記載された方が、内容的にも適切かもしれませんね。しばらく考えてみます。--西方 2011年10月24日 (月) 13:20 (UTC)
われながら、過剰な節化だと思い、再度編集しました。--西方 2011年10月24日 (月) 13:31 (UTC)
ジョナサン・ワッツ氏の記事というのは2001年「新しい歴史教科書」問題のときに、中国と韓国政府が共同して修正を要求したというはなしの報道で、日本語記事もあるはずだと思って探したのですが、呼び変えに言及したものはなかったです。日本語記事だとこういう感じ。(朝日新聞、2001年05月18日、中学歴史教科書への中国修正要求 8項目の要旨)
  • ■南京虐殺事件 日本軍は……南京を占領した(このとき、日本軍によって民衆にも多数の死傷者が出た。南京事件)。東京裁判では、日本軍が……南京を占領したとき、多数の中国人民衆を殺害したと認定した……実態については資料の上で疑問点も出され……今日でも論争が続いている。
  •  《コメント》日本軍が一般人と捕虜に対して計画的に大規模な虐殺を行った事実を隠している。極めて少数の異論を普遍性をもった議論として誇張、「南京大虐殺」の真実性や極東国際軍事法廷(東京裁判)の結論を疑うように誘導をする意図がある。
南京大虐殺論争史か歴史教科書問題に加筆するといいかもです。--Bugandhoney 2011年10月24日 (月) 14:01 (UTC)

その2項は「プロパガンダだ」「事実だ」という論争を的確に表していますね。「南京大虐殺」とは南京+大虐殺という合成語ではなくこれで一つの名辞であり、この語は大量の民間人をふくむ30万人の屠殺を前提とした、ひとつの結論であり、これをプロパガンダであって事実の点で批判すべき点が多い(南京事件)とするか、事実を事実として認めよという対立なわけでありますな。ナチスドイツは国民党の軍事顧問だったという史実も曰くありげであります。--大和屋敷 2011年10月24日 (月) 15:17 (UTC)

大和屋敷さん、議論の本筋からは離れますが、「ナチスドイツは国民党の軍事顧問」というとちょっとばかり語弊があるかと思います(中独合作参照)。あと、国共内戦にも書いてありますが、1941年からはアメリカも軍事顧問をやってます(フライング・タイガース)。また、「南京大虐殺」の「証言」とされる本を書いたハロルド・J・ティンパーリはイギリス共産党とも関係のあったひとですが、国民党宣伝部顧問になっています。ティンパーリの本「WHAT WAR MEANS」の実態については研究がはじまったばかりのようです。また1929年の中ソ紛争以降の動向、あともちろん、中国共産党軍とソ連の関係などもあわせて考えると、日本は、中国大陸で、中国+ソ連+英米+ドイツ(途中まで)と交戦していたわけで、「日中戦争」という呼称自体、本当は実態とは異なりますよね。余談とはいったものの、こうしたことが一般に十分に認識しているとはとうていいえず、こうした作業がはじまった一因に「南京大虐殺」論争があったわけで、いわゆる「虐殺否定派」(肯定派からの名付けの側面もありますが)はこうした実証作業を行ってもいる。論争によって事件について歴史的分析が進んでいることをすぐ「歴史修正主義だ!」などとして感情的に糾弾するのは本当に困り者です。--西方 2011年10月28日 (金) 04:47 (UTC)
「南京大虐殺」がプロパガンダだとは前から感じていましたが、ポール・グリーンバーグ氏の記事を読んで、「南京大虐殺」でも「南京事件」でもない「南京虐殺事件」がウィキペディアの項目名としてはふさわしいのではないかと考え始めています。グリーンバーグ氏について検索するとピューリッツァー賞を受賞している新聞人だったので、とりあえずenwpにスタブにを立てておきました。--miya 2011年10月25日 (火) 15:14 (UTC)
少なくとも、南京虐殺ないし南京虐殺事件という呼称には、それは中国共産党がプロパガンダで捏造した固有の名辞だからだめという理由で反対されることはないでしょうね。--Bugandhoney 2011年10月25日 (火) 18:19 (UTC)
論点表2にもありますが、Wikipedia:記事名の付け方#歴史的事件では「出来る限り一般的に知られており通用しやすい名称を使用する」とあるわけで、そうすると、やはり「南京事件」か「南京大虐殺」か、という話になるかと思います。それに、他にも名称は多数あるなか、なぜ「南京虐殺事件」か。なぜ「南京暴行事件」ではないのか、のような論点も出されかねない。「正式名称」に関しても論点表2において過去の議論の要約がまとめられています。やはり一般的な認知度から「南京事件」か「南京大虐殺」かとなるでしょう。グリーンバーグ氏の疑義については、日本語の使用実態を理解したうえでのものではない、ひとつの観点にすぎません。
上への答えとも重複するのですが、Bugandhoneyさん。繰り返しですが、「南京事件を使うのは虐殺否定派、南京大虐殺を認めないから」みたいなあなたの固定観念のおしつけはいい加減やめてください。議論の妨害です。たしかに一部で、虐殺はなかったから「南京事件」へと言い換えるべきだ、みたいな事もあるかもしれません(中国、韓国側が指摘するような)。しかし、だとすれば、虐殺肯定派が「南京事件」を著者名などで普通に使うのはなぜでしょうか?これをどう説明しますか?日本では、肯定派否定派いずれも「南京事件」を使うから、「虐殺否定派」しかいないのですか?本多勝一だって洞富雄だって笠原氏だって、みな「南京事件を使ってるから、虐殺否定派だ」みたいな話になるじゃないですか。Bugandhoney さんは「中国共産党がねつ造との理由」うんぬんおっしゃいますが、そもそも、「南京大虐殺」を言い出したのは、日本の親中派ですし、本多勝一の本に対する鈴木明、そして鈴木明に対する反論が起こるなかで一般化したのです。まあ、この論争発生史についてはこれだけで論文になるような話題じゃありますが。
南京大虐殺へと改名すべきと考えるひとたちは、なぜ改名すべきとお考えなのですか?「南京事件という呼称は虐殺を過小評価しているから」というBugandhoney さんの指摘以外で、改めて聞きたいです。--西方 2011年10月28日 (金) 02:43 (UTC)
説得するということは相手の考えを改めさせるさせるということであって、それを「おしつけ」と言われましても。「南京事件を使うのはすべからく虐殺否定派だ」ということが言いたいわけではなくて、「虐殺を過小評価しようと南京事件と言い換えるものもいる」というだけです。そういう観点をどれだけ重視するかはその人次第としか。南京大虐殺を歴史的事実として積極的に認めようとする人たちと南京大虐殺は捏造ないし過大に評価されていると考える人たちは、二つの異なる集団なわけであって、南京大虐殺は歴史的事実であると考える人のなかに南京事件という用語を使用する人がいるということは、南京大虐殺は捏造ないし過大に評価されていると考える人たちのなかに虐殺を過小評価するために南京事件と呼びかえるものは一人もいない、ということの証明にはならないですよ。実際、反対意見がある中、本項の南京事件への改題を強行したユーザーには何らかの政治的意図があったことは伺えるとは思いますが。この人は自分の考えを押し付けたと呼んでもいいと思いますが、私は意見を述べているだけで記事タイトルや本文には何も手をつけてないですよ、今のところ。
虐殺肯定派が南京事件を著作物のタイトルに使用するのはなにも複雑なことではなくて、単に用語として定着しているからでは。同様に、南京大虐殺も用語として定着しているので、肯定派は著作物のタイトルに使用しますね。否定派は南京大虐殺を否定しているので、著作物のタイトルに使用する場合は否定的な文脈でしかないと思いますが。特段、私の意見というわけでもない、当たり前のことなので、議論を妨害していると言われましても。--Bugandhoney 2011年10月29日 (土) 00:07 (UTC)
「南京事件と言い換えるものもいるというだけ」という点、了解しました。ただ、まあ、各編集者の「編集意図における政治的意図」については、それを問うても仕方ないような気もしますよ。だって、「政治的意図があって編集した」ことを「正す」という「編集意図」は、これもまたひとつの「政治的な意図」でしょうしね。私は、各編集者の個人的な政治観は、基本、ウィキペディアの、とりわけノートにおける議論において、問えないと思っています。「問えない」というのは「触れない」というのと違いますし、どうしても合意に向けては、互いに確認したくなる気持ちもあるし、それもまたそれはそれでよいとも思っていますが。私自身は以前の改名をなさった方がどういう編集意図があったかということを問うつもりもないし、その改名それ自体に異議もないです。私も偶々、このノートの議論を目にして、どちらかといえば南京事件でいいのではないか、ということで参加するようになりました。ただ、そのかつての改名が「南京事件→南京大虐殺」という改名提案であったとすれば、やはりそれは別の項目として新規立項すればよいのではないか、と考えたかと思います。あと、「南京大虐殺は捏造ないし過大に評価されていると考える人たちのなかに虐殺を過小評価するために南京事件と呼びかえるものは一人もいない、ということの証明にはならない」という点ですが、同様に、「南京事件という呼称を用いたからといって虐殺が“なかった”と主張することにはならない」と考えます(ずっと繰り返しこのことは私はいっていますが)。--西方 2011年10月29日 (土) 12:41 (UTC)
コメント 多数の出典を見ても「虐殺があったとの立場でも南京事件を使っている例がある」と「虐殺が無かったとの立場でも南京大虐殺を使っている例がある」というのは事実ですが、傾向として「大規模な虐殺があったという立場で南京大虐殺を優先的に使っている人も多い」と「虐殺はなかったという立場で南京事件を優先的に使っている人も多い」というのも客観的事実と思います。産経新聞や、最近の中国批判の新刊書の多くや、当ノートでも東京裁判や中国を批判する方(当事件を政治的キャンペーンと断定する方)のほぼ全員は「南京事件」を主張しています。ただし世界的には(日本でも中国史や世界史では)「南京事件」は1927年の事件を指す事もあり、「南京大虐殺」(または相当する和訳)が多数と思います。--Rabit gti 2011年11月12日 (土) 13:54 (UTC)
  • 最後の一文(結論部分)が憶測なので堂々巡りなわけでしょう。世界的には「南京事件」は1927年の事件を指しており南京大虐殺が多数だというのを、Wikipedia他言語版のような検証可能性・信頼性が否定されている情報源「ではなく」、直接の文献を持ち寄ってくださいということです。とたんにヤル気がでなくなるのなら、そのような憶測にもとづく主張は行わないようにしてください。--大和屋敷 2011年11月12日 (土) 18:20 (UTC)
いやまあ、別に「南京事件」に相当する用語の外国での使用例を大和屋敷さんが提示してもいいんですけどね。常識的に考えて、各国語ウィキペディア執筆者はランダムに記事名をつけるわけではなくて、その言語で一般的に用いられている用語を記事名に採用するわけで。各国語での使用例は調べることはできると思いますが、「南京虐殺」に相当する単語がよく使用されていること(「南京事件」に相当する単語が使用されていないこと)を示すことができれば考えを改める用意があるかどうかをまずお知らせください。たとえ「南京虐殺」に相当する用語ばかりが各国語で使用されていたとしても、「外国語は関係ない」と一言で済まされて骨折りに終わりそうなんで。
「Wikipedia他言語版のような検証可能性・信頼性が否定されている」というのは誰が主張しているのですか?大和屋敷さんの個人的な意見ですよね?記事がだめなんだったら気づいた人が直してくれるとうれしいです。--Bugandhoney 2011年11月23日 (水) 22:56 (UTC)
ここはWikipedia日本語版です。日本語版では日本語の呼称を用いることになっており、基本的にこのプロセスにおいて他言語における呼称は一切影響するものではありません。それとWikipediaはWikipedia自身の出典とはなりえないことに留意してください。--Truesight 2011年11月24日 (木) 05:52 (UTC)
ご無沙汰してます。仕事が忙しくて暫くは議論参加出来そうに有りませんが、意見させて頂きます。何度か申し上げたとおり、外務省の公式HPでの用語は「南京大虐殺」です。これは、世界的にも通用し、NPOVに基づいた表現として「南京大虐殺」を使用しているわけですから、Wikipedia他言語版のような検証可能性・信頼性が否定されている情報源日本語版では日本語の呼称を用いるとの反論には該当しません。それでも「南京大虐殺」表記を否定する根拠をお持ちということでしょうか。--kei 2011年11月24日 (木) 13:00 (UTC)
お邪魔します。外務省は括弧付きで使用していますよね。括弧付きとは「実体がその言葉どおりであるかどうか疑問がある、という意を表す。[159]という意味になるものです。外務省の出典をモトに括弧もナシで一般用語のように「南京大虐殺」を使用することはNPOVとはなりません。--218.226.121.140 2011年11月25日 (金) 02:04 (UTC)

ウィキペディア自身が信頼できる情報源たりえるかどうかという議論については日本語版Wikipediaの過去の議論でたびたび提起され確認されています。Wikipedia:井戸端/subj/Wikipediaの他記事を出典として記事を執筆することの是非あるいはWikipedia‐ノート:検証可能性/Archive01#幾つかの問題点のなかの「議論の参考として」を参照。英語版ウィキペディアの検証可能性には「Do not use articles from Wikipedia or from websites that mirror its content as sources, because this would amount to self-reference.Similarly, do not use sources that present material originating from Wikipedia to support that same material in Wikipedia, as this would create circular sourcing .」とハッキリ記述されています。--大和屋敷 2011年11月25日 (金) 04:09 (UTC)

  • 18.226.121.140さんへ。そういった使用方法もありますが、単にタイトルに使用する場合や、他の文字よりも強調したいときに使用する場合などもあります。今回の使用では「多くの非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できないと考えています。」との一文とともに「痛切な反省と心からのお詫びの気持ち」とまで表現されているので、「実体がその言葉どおりであるかどうか疑問がある、という意を表す。」とされる主張とは矛盾しており、その論理では無理があるでしょう。(外務省が、そういった日本語に堪能な日本人だけに分かる暗号めいた文章を公式HPで表現するはずがありませんし)
  • 大和屋敷さんへ。今回の議論を「情報源」とするのは少し違うように感じます。海外のwikipedia記事そのものを情報源とするのとは違いますから。--kei 2011年11月25日 (金) 15:29 (UTC)
  • それといい加減、改名提案の「南京暴虐事件」は外しませんか。議論にもなっていませんし・・・。--kei 2011年11月25日 (金) 15:41 (UTC)
確かに括弧には、「単にタイトルに使用する場合や、他の文字よりも強調したいときに使用する場合」に使用する場合もあります。しかし括弧付に「実体がその言葉どおりであるかどうか疑問がある、という意を表す。[160]という可能性がある以上、わざわざ括弧付で使用している外務省の出典を元に、その用語がNPOVという事はできないでしょう。国として少しでも他国の人間に「殺害」があれば謝罪するのは当然のことです。それが「虐殺をした」を認めたことにもならず、「南京大虐殺」の用語を一般用語として認めたことにもならないのは当然ですよね。--218.226.121.140 2011年11月25日 (金) 16:33 (UTC)

検証可能性は公式のガイドラインです。ご不満があるようでしたら当該ガイドラインのノートにて記述内容の変更を提案してみてはどうでしょうか。--大和屋敷 2011年11月25日 (金) 19:20 (UTC)

それはウィキペディアの記事はウィキペディアを出典にして執筆してはいけない、ということでしょ。「Wikipedia他言語版のような検証可能性・信頼性が否定されている情報源」というのはそういう意味じゃないですよね?ウィキペディアの記事は原則的に検証可能性を満たすように書かれるわけですし、おおむね信頼されていると思いますが(ウィキペディアの出典としての信頼できる情報源という意味ではなくて)。たとえば、検証可能性が満たされていれば記事名に採用されている用語が信頼できる情報源で実際に用いられていることは確かめることはできますよね。出典がその言語で書かれていれば。日本語版以外では英語の出典が多いとは思いますが。外国語での使用例は別の方法でも確かめることもできるとは思いますが、とりあえずそのような作業に意味があるのかどうかが知りたいです。
「日本語版では日本語の呼称を用いることになっており、基本的にこのプロセスにおいて他言語における呼称は一切影響するものではありません」というのはガイドラインなどとしてどこかに書いてありますか?それともあなたの意見ですか?日本語版には一応JPOVというのがあるのですが。
「括弧付き」はかなり枝葉のような。検索してみると括弧なしで南京大虐殺と書いてある文書もありますし、逆に「南京事件」と括弧付きで書いてある文書もありますし。ちなみに南京虐殺の用語も見受けられますね。外務省ホームページでは例によって、南京大虐殺という用語と南京事件という用語が同じ程度に通用しているということぐらいしか分からないと思います。強いて言えば、あるかないかを議論するときは普通、「南京大虐殺」という用語が用いられるとは思いますが。
あと、大和屋敷さんはなんで「南京暴虐事件」を戻したのですか?この用語を支持しているわけじゃないですよね?一応、Rabit gtiさんが削除の予告をしてましたけど。--Bugandhoney 2011年11月25日 (金) 21:28 (UTC)
なるほど。外務省は南京事件も南京大虐殺も使用しているようですね。そして単純に数を計算すると「南京事件」を最も多く使用している。外務省が使用する用語をNPOVとするならば「南京事件」が最優先となりますね。どの道、keiさんの論理は通用しないということでしょう。--218.226.121.140 2011年11月25日 (金) 22:42 (UTC)
いやまあ、9対11なんで...。それでいて「南京事件」には1927年のほうを指す文書が含まれていたり、中国語の文書が含まれていたりするんで...。どっちのほうががよく使われているかをこれ以上争ってもあまり生産的ではないと思うのですが。日本語ではどちらの用語も同じ程度に用いられているというのが実情であって、どこかが正式名として採用していると決めるのは難しいですね。ただ、二つの用語は用いられる文脈が異なっていて、どちらの文脈のほうがより好ましいかという点でなかなか合意に至らないということでは。--Bugandhoney 2011年11月25日 (金) 23:32 (UTC)

英語版ウィキペディアの検証可能性には「Do not use articles from Wikipedia or from websites that mirror its content as sources, because this would amount to self-reference.Similarly, do not use sources that present material originating from Wikipedia to support that same material in Wikipedia, as this would create circular sourcing .」とハッキリ記述されていますので、他言語版であれWikipediaを直接の情報源にしてはいけません。他言語版を参照したい方は、その版を執筆するにあたって参照された情報源を直接提示するようお願いします。またこのルールに不満のある方は当該ガイドラインのノートにて記述の変更を提案してみてはどうでしょうか。--大和屋敷 2011年11月26日 (土) 13:02 (UTC)

海外のウィキペディアを情報源として記事構成するのと、各国のウィキペディアではタイトルがどのようになっているのかを見るのとは根本的に意味が違ってくるでしょう。それと大和屋敷氏にお願いですが、可読性が低下するので同じ話題はできるだけインデントを下げてご発言頂けませんか。あと、また暫く議論参加出来る自身が無いので、Bugandnohey氏の発言を支持する旨の意見表明をさせて頂きます。218.226.121.140氏への反論も同じくです。よろしく。--kei 2011年11月26日 (土) 15:36 (UTC)

意味が分かりませんね。検証可能性ルールをどのように読めば「タイトル選定に、外部の信頼できる情報源は必要なく、他言語版Wikipediaのタイトルをそのまま翻訳して利用してよい」との解釈になるのでしょうか?--大和屋敷 2011年11月26日 (土) 17:00 (UTC)

「218.226.121.140氏への反論も同じくです。」って何の反論なっているというのか意味がわからない・・・。また、意見ではなく人によって賛同することを表明するっておかしくないですか?今後どんな意見を言うかわからないのに。つまり自分と敵対している人に反論する人の意見は何でも支持するって姿勢ですよね。--218.226.121.140 2011年11月26日 (土) 19:54 (UTC)
揚げ足取りをしても意味がありません。前回発言に賛同したということは文脈を見れば分かるはずです。大和屋敷氏へ。言ってもいないことを勝手に想像して反論しても議論進展には貢献しません。「他言語版Wikipediaのタイトルをそのまま翻訳して利用してよい」とは一言も言ってません。意味が分かりません。--kei 2011年11月28日 (月) 16:59 (UTC)
コメント 皆様の議論を拝見してコメントです。(1)極論や、相手の言っていない事を批判しても、建設的な議論にはならないと思います (2)ウィキペディアの記事は日本語版でも他国語版でも「出典」にはなりませんが、「使用状況、使用傾向」の参考になる場合はあります。これはブログ等も含めたネット検索や、書籍検索と同様です。(逆に、世間一般での使用傾向を確認する際には、専門書の出典を調べても意味がありません)(3) 日本政府ですが「カッコの有無や、その意味」を語る以前に、1つの文書で政府方針とは判断できません。#主な使用状況表の「国会・政府」を見る限りでは、政府全体または各省庁で特定の用語を「正式名称」としては使用していません。(強いて言えば、文部科学省の検定意見で「南京事件」がやや多いのと、日中歴史共同研究の日本側学者の「南京虐殺事件」ですが、どちらも政府が一般に公式的に使用したものではない。)(4)大和屋敷さん、「どの時点の合意か不明です[161]とありますが、#改名提案タグからの「南京暴虐事件」の削除提案です。そもそも、大和屋敷さんは現在は当記事名は「南京事件」とすべきとの主張に戻っていますが、「南京暴虐事件」も提案中(あるいは再提案予定)なのですか?--Rabit gti 2011年11月30日 (水) 15:30 (UTC)

提案中です。当方の提案は「南京暴虐事件」及び次善としての「南京虐殺事件」です。前者は東京裁判における日本語版判決正文titleであり、後者は日中歴史共同研究のさいに利用された日本語版用語になります。百科事典が参照すべき情報源としてはスジが良く信頼できるものと言えます。【最も良く知られ、信頼できる情報源において最も頻繁に利用されている用語を使用すべき】なるTitle選定基準を仮に採択基準とする場合には「南京事件」が妥当であろう、と判断しております。ただしこの採択基準は合意されていませんので、title「南京事件」についての判断は仮定を前提に置いた意見、になります。--大和屋敷 2011年12月1日 (木) 01:21 (UTC)

  • 「日本語版だから日本語における使用実態を考慮すべき」という点についてですが、Wikipedia:記事名の付け方#記事名を付けるにはでは、「認知度が高い - 信頼できる情報源において最も一般的に使われており、その記事の内容を表すのに最も著名であると考えられるもの。見つけやすい - 読者にとって記事の中で見つけやすいもの」などが選定の基準として挙げられています。Wikipedia:記事名の付け方#歴史的事件では「出来る限り一般的に知られており通用しやすい名称を使用する」とあり、これについてもすでに散々議論してきた点だと思います。つまり日本語版において「マッサカル オブ 南京」とかいう呼称の可能性はないわけですし、またそのような可能性を検討することは実際、無意味です。(海外版に準じろとする主張の無意味さもここにあります)
  • また、「各国語版も参考にすべき」という点について。すでに本文において、海外での議論や動向については記述もありますし、Wikipedia:日本中心にならないようにの観点からも何の問題もないどころか、むしろその規則に準じています。
  • また、「参考にする」ということと「(海外版の記事名に)準じろ」ということは異なりますし、海外版の記事名を参考にしたからといって、それが記事名選定の直接的な根拠になることもありません。
  • 海外での使用実態や議論の動向などは当然、本文のなかに記述される方が適切であるのは間違いありませんが、それはすでに記述されているし、もっと記述されてもいいでしょう。しかし、そもそも、「南京大虐殺か南京事件か」という論点について、海外版の記事名を持ち出さずとも、日本語圏における情報源で議論すれば事足ります。そして、それはすでに行われてきました。
  • 「南京大虐殺」の方が「南京事件」よりも適切とするには、「南京事件という呼称が一般的でない」こと、また「南京事件という呼称が中立的でない」ことが証明されねばなりませんが、そのいずれも反駁されています。日本の百科事典や出版物等において「南京事件」は一般的であるし(「南京大虐殺」も無論一般的です)、また歴史学等における議論においても、いわゆる否定派肯定派ともに「南京事件」を使用していることから、中立性を損ねているようなこともありません。幾度も繰り返しになりますが、「南京事件は虐殺を過小評価する目的で、一部の否定派が用いる」ということを主張されたいのなら、信頼できる出典とともに本文内に記述されればよいのではないでしょうか?そうした作業もなさらずに、記事名のみを変更しようとするから、無理が生じ、また説得力も持てないのではないですか。--西方 2011年12月5日 (月) 21:09 (UTC)
そりゃまあ、「タイトルを『マッサカル オブ 南京』にしろ」と主張している人がいれば確かに無意味ですけど、そういう人は今のところいなんで...。各国語版に準じるということは、タイトルを『マッサカル オブ 南京』にするということではないです。--Bugandhoney 2011年12月8日 (木) 15:48 (UTC)

titleに「事件」を含めることの意義について[編集]

日本語「事件」に対する英語訳Incidentが当てられることが規定路線になっておるようですが、この翻訳方法がそもそも間違いであり、日本語でいうところの南京事件とはThe (rape,Slaughter,murder) case of Nankingの意味です。英語訳Incidentを故意的にあてたがる英語使用者は「あたかも何も発生しなかったがごとく」印象付けようとしている、かのように逆に思わせる意図があるのではないでしょうか。南京事件が問題であるとすればその焦点は「合法殺人」の問題であり、単純な戦争犯罪(兵による民間人への暴行)であったり、違法に命令された軍令についての、兵や司令官個人に対する問責ではないでしょう。多くの検証があるように、当時の軍令では民間人への虐殺を指令するようなものはなかった、中国人やその文化を民族として抹殺する政治的目的(ジェノサイト)はまったく確認できない。南京で行われたのは戦闘行動であり、一部の民間人が巻き込まれた可能性があり、一部の兵が軍法違反を行った可能性があり、あるいは中華民国兵による自演の可能性もある。こういった点はどのような戦場でも発生することであり「南京事件」の本質ではない。問われるべき論点は「降伏した敵兵の、合法的な殺害」であり、これは国際法上の解釈ではかならずしも違法とはいえなかった。ここが論点なはずです。敵兵とは倫理的に対等な戦闘者であり、郷土や同朋を守るために戦闘に参加している者である、それゆえ捕虜に対する待遇という特別な倫理観(戦場における倫理観)が確立されており、また1929年ジュネーブ条約がある(当時の日本は未批准)。この場合、「国際法上は合法な行為であったとしても倫理的に糾弾されるべきではないか」が論点であり、東京裁判(南京裁判)ではニュルンベルグ原則に従い国家指導者個人の責任として問責され、包括的に有罪とされた。そしてその結論を日本は受諾したわけです。なんだか、あたかも無法なことが戦場で行われて、その無法性を確立された実定法により裁判されたかのような記述を招きかねない糾弾方法(title「大~」)が好ましくないのはこの点であり、ニュルンベルク以降に行われた国際法上のあたらしい実行は「たとえ国内法上、国際法上において合法であったとしても」倫理的に糾弾すべき生命・財産・文化への迫害は容認しない、国家指導者の責任を問うというものです。よって、ここでは法廷での審尋および判決・判示であることがハッキリわかるよう「事件The case of 」を含めるべきである。以上は意見です。--大和屋敷 2011年12月1日 (木) 02:00 (UTC)

なるほど。大和屋敷さんは「事件」という言葉のあるなしにこだわっていたのですね。「南京大虐殺」に反対する人は「虐殺」という言葉のあるなしにこだわっているとてっきり勘違いしていました。私としては「南京暴虐事件」も「南京虐殺事件」も反対しないです。「南京事件」よりはましなんで。
特に「南京虐殺事件」は、有力なタイトル案「南京大虐殺」と「南京事件」の折衷案とも言えますし、大のない「南京虐殺」は二つと比べると使用頻度は低いものの、おそらく3番目に利用されることの多い用語なので、良いと思います。
「南京暴虐事件」に関しては、前も書きましたが「暴虐」は悪意を強調する言葉で、なおかつ東京裁判で連合国側が犯罪行為として糾弾する際に用いた用語であるわけで、POVであることははっきりしていると思いますが。東京裁判で認定された犯罪行為を指す言葉というのは、虐殺行為はなかった、ないしはあったとしても違法ではなかったと主張したい人たちがもっとも避けようとする言葉であるとは思いますが、私としては反対しないです。
incidentに関しては、英語では大和屋敷さんが説明したような日本語の意味が含意されています。en:Nanking Massacreを読めば、Incidentと固有名でタイトルには使用されてはいないものの、一般名詞として本文で頻繁に使用されていることから分かると思いますが。英語の単語は実際にどのような文脈で使用されているかでその意味を判断していただければと。
日本語の「事件」という言葉に関しては、別にタイトルに含まれていても構わないですが、日本語としてはそのあるなしで意味が変わるとは思えません。たとえば、ベトナム戦争でいうとPhong Nhi and Phong Nhat Massacreは日本語版では「フォンニィ・フォンニャットの虐殺」と「事件」なしのタイトル、逆にMy Lai Massacreは日本語版では「ソンミ村虐殺事件」と事件ありのタイトルになっていますが、事件という言葉のあるなしで何か性質の違いを表わそうとしているわけではないです。「ソンミ村虐殺事件」は単に「ソンミ村の虐殺」と呼ばれていてもなんらおかしくないわけで、実際そのようにも呼ばれていますし、単に歴史的な経緯で日本語では「ソンミ村虐殺事件」と呼ばれることが多いからウィキペディア執筆者がその言葉をタイトルとして採用した、というだけですね。「南京大虐殺」と「南京虐殺」の違いも似たようなもので、別に「南京虐殺」と呼ばれていてもなんらおかしくないわけで、実際そのようにも呼ばれていますし、単に「南京大虐殺」と呼ばれることが多いので過去に記事タイトルに採用されていたわけで、「大」という言葉になにか特別な意味があるわけではないです。--Bugandhoney 2011年12月1日 (木) 14:20 (UTC)

英語版ウィキペディアの検証可能性には「Do not use articles from Wikipedia or from websites that mirror its content as sources, because this would amount to self-reference.Similarly, do not use sources that present material originating from Wikipedia to support that same material in Wikipedia, as this would create circular sourcing .」とハッキリ記述されていますので、英語版の記事にこう書いてあるから、だとか日本語版の類似の記事ではこう表現してあるから、なる論述方法は検証可能性を満たしておらず検討する材料として響かないものです。ご意見の主旨としては拝読させていただきました。--大和屋敷 2011年12月9日 (金) 05:27 (UTC)むろん当方の冒頭記載の一文についてもあくまで意見でありますので「読み置く」程度に留めて頂ければ十二分であります。--大和屋敷 2011年12月9日 (金) 05:29 (UTC)