ノート:北村紗衣

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    特筆性template[編集]

    特筆性templateを付加しました。単なる若手の大学教員だけのように思えます。シェークスピアの研究他で著名な実績を上げられた方なのでしょうか。電子書房を立ち上げたことをどれくらい評価すべきなのでしょうか。ご意見をいただければ幸いです。--Chiba ryo会話) 2015年10月13日 (火) 21:42 (UTC)返信[返信]

    現状、著作の検索結果、単独記事にするには厳しいでしょう。削除依頼送りもやむなし。--hyolee2/H.L.LEE 2015年10月13日 (火) 23:52 (UTC)返信[返信]
    コメント 単なる投稿論文ではなくいわゆる招待論文扱いの著述活動がありますし、学術集会にて単なる一参加者ではなく招待特別発表としてシェイクスピアを論じている実績があることから、特筆性はあると判断いたしました。現在まだ方針にもガイドラインにもなっておりませんが、あえて「特筆性 (人物)の学者・教授の基準」を用いて説明するならば「独立した情報源からその専門分野の重要な専門家であると目されていること」あるいは「同じ専門分野の独立した学者から重要人物であると目されていること」に該当すると考えます。たとえば、学術雑誌に単なる投稿論文が一本載っただけ、あるいは、学術集会に一参加者として一回出席しただけ、といった場合は特筆性があることを証明するに不十分だと思います。しかし、北村博士の場合は、単なる投稿論文ではなく、いわゆる招待論文的扱いの著述活動があります。学術集会の主催者側からの招待に基づく特別発表としてシェイクスピアを論じていることから、「その専門分野の重要な専門家であると目されている」と看做し、特筆性があると判断しました。仮に、シェイクスピア研究者として重要性があると目されていないならば、そもそも学術集会の主催者側から特別発表を行うよう招待されることなどは起こりえないでしょう。なお、私が執筆した初版にはそれらの点についての言及は全くなく、皆様に疑問を抱かせてしまったとするならば私の落ち度だと思います。失礼いたしました。--クールネック会話) 2015年10月14日 (水) 06:48 (UTC)返信[返信]
    コメント 本人でございます。以前Wikipedia:削除依頼/柿並良佑にて私の先輩である柿並さんの記事が、かなりの業績があるにもかかわらず「単著なし」ということで削除されたのを見ると、自分の特筆性には疑問があります。招待発表は出版の業界団体での発表で、若手に最新の研究結果を聞くような企画ですので「その専門分野の重要な専門家」として呼ばれたわけではありません。ユリイカは招待論文ですが、今まで『現代思想』等でかなり招待論文の実績がある研究者も「特筆性なし」とされていることを考えると(研究者には芸能人等に比べてやや厳しい基準が適用されていると思います)、現状の基準で自分の記事が立つのはどうかと思います。ただしこういうことはあまり本人が積極的に関わるようなことでもないと思いますので、自分で削除依頼を出したり投票したりするのは差し控えます。 さえぼー会話) 2015年10月25日 (日) 06:50 (UTC)返信[返信]
    報告 クールネックさんには申し訳ありませんが、今のところ特筆性の証明が十分であるという合意には至らない見込みです。Wikipedia:削除依頼/北村紗衣を提出いたしました。--Damena会話) 2015年10月25日 (日) 07:11 (UTC)返信[返信]
    数多の論文を発表され、大変優秀で闊達な若手研究者であることは記事を拝見し分かりましたが、結局、多数の論文より、一冊のベストセラーなり、大学生にとっても標準的なテキストブックであったが、特筆性を示すものであろうかと思います。この加筆は結局特筆性がないという証左でありましょう。削除依頼が提出されたようですので、そちらでの他執筆者さんの議論を見守りたいと思います。--Chiba ryo会話) 2015年10月26日 (月) 23:10 (UTC)返信[返信]
    私の特筆性とは全く関係ないのですが、現行では学者の特筆性は「一冊のベストセラーなり、大学生にとっても標準的なテキストブック」などでははかられておりません。学者はベストセラーを書くような仕事ではありませんし、現行では人文系の学者は単著の有無等が基準とされているようです(これはこれでいくぶん問題のある基準と思いますが)。なおテキストブックでしたら私も分担執筆したことがありますのでたいして特筆性の証明になるとは思えないところもあります。 さえぼー会話) 2015年10月28日 (水) 12:05 (UTC)返信[返信]

    画像について[編集]

    この編集で追加された画像を除去しました。ウィキペディアはポートレート集ではないので、単に当該人物が映っている画像を複数掲載する必要性はなく、記事対象ではない人物までもが写り込んでいる画像を、いわゆる集合写真からトリミングして掲載する意味も必要性もないと思われます。まして「エディタソンの状況の分かる画像」ではありません。--海獺会話) 2019年10月21日 (月) 22:18 (UTC)返信[返信]

    オープンレターに関する動向について[編集]

    以下の話題は過去のものです。編集しないでください。今後の応答は新しいセクションで行なってください。得られた結論の概要は以下の通りです:
    投票の結果を尊重し、大きく現状を覆すような報道等がない限り現状維持に努める。

    • 議論が長大になっていますので、僭越ながら小節(サブセクション)を区分けさせていただきました。--Assemblykinematics会話) 2022年2月8日 (火) 22:31 (UTC)返信[返信]
    • (スタイル調整2)議論の可読性向上のため、当方の判断で小節を整理・追加しました。--モーチー会話) 2022年2月9日 (水) 10:46 (UTC)返信[返信]
    ありがとうございます 小節を再度整理していただいたこと、感謝申し上げます。確かに2月7日(UTC)の下書きを別に分けるのは微妙な対応でした。また、誰の意見かをセクションタイトルにしたのは良いやり方だと感心した次第です。--Assemblykinematics会話) 2022年2月9日 (水) 15:48 (UTC)返信[返信]

    記述の除去について[編集]

    私が加筆した部分について「訴訟リスクがある」とのことから差し戻しが行われておりました。議論はノートでとのことでしたので提起させていただきます。
    訴訟リスクがあるというのが具体的に何を指しているのでしょうか。wikipediaの方針等で示していただければ幸いです。以下は私の意見です。

    私はWP:NPOVWP:RSWP:V等に基づいて執筆を行いました。仮に「オープンレターに言及すること自体が北村氏から訴訟されるリスクになる」ということであればそれはWP:CENSORに抵触しないでしょうか。 あり得るとすればWP:LIBELですが、こちらは正式な方針ではない上、オープンレターについて言及した記事を元にwikipediaを執筆するのは(少なくとも私が一度加筆した内容では)名誉棄損等にあたるとは考えられません。--圧倒的認識会話) 2022年1月27日 (木) 08:11 (UTC)返信[返信]

    訴訟リスク以前にそもそも今記載すべき内容なんでしょうか。ブログサイトではなく報道機関で報じられてから記載しても遅くはないと思いますが。揉め事の速報をしたいのなら他にいくらでも場所はあると思いますよ。--削り節会話) 2022年1月27日 (木) 09:47 (UTC)返信[返信]
    WP:NPOVWP:RSWP:Vに従っているかどうかが、重要な点だと思います。既にオープンレターに関する動向から数日経っており、信頼できる情報源がありましたので記載した次第です。当然、WP:NOTNEWSについては理解していますので、例えば「2月に入ってから再度提案してみてはどうか」といったご意見でしたら承ります。
    過去の編集履歴を見ていただければわかる通り、私は揉め事の速報を目的とした利用者ではありません。--圧倒的認識会話) 2022年1月27日 (木) 11:30 (UTC)返信[返信]
    コメント 主題の人物の活動において、オープンレターに関する事象が原因でなんらかの活動の変化が認められる場合、「Wikipedia:存命人物の伝記」「削除の方針#ケース B-2:プライバシー問題に関して」に基づいた範囲で記載は可能だと考えます(その点で、「訴訟リスクがある」という差し戻し理由には私も首を傾げるところです)。しかし、今件では「削除の方針#ケース B-2:プライバシー問題に関して」にある「著名人の記事内で、著名活動に多大な影響を与えたとは考えられない逮捕歴・裁判歴・個人的情報など」についてよく検討すべきとも考えられます。また、出典として挙げられたアゴラですが、この出典を運営する会社の代表でかつ主執筆者である池田信夫氏はTwitterなどでオープンレターについて批判的な立場で活発に論じており、このメディアを(特にこの件に関して)中立的なメディアとして信頼して引用して良いか疑問が残ります。では記事「呉座勇一」にオープンレターの元になった事象の記述があることは問題ないかということですが、こちらは『鎌倉殿の13人』での時代考証担当降板など明らかな活動への影響が出ており、また十分に第三者と考えられる媒体での言及もあることから、「Wikipedia:存命人物の伝記」「削除の方針#ケース B-2:プライバシー問題に関して」の範囲で記述は可能だと考えます(今これを書いてる時点ではざっくり除去されてますが)。--しんぎんぐきゃっと会話) 2022年1月27日 (木) 12:02 (UTC)返信[返信]
    ご意見ありがとうございます。加筆修正案を作成させていただきましたのでお時間ありましたら確認していただければ幸いです。
    案では池田信夫がそもそもオープンレターに対して否定的だった、という趣旨の記述もしております。--圧倒的認識会話) 2022年1月27日 (木) 13:22 (UTC)返信[返信]
    あなたが「揉め事の速報を目的とした利用者」であるとは言っていません。あなたがやっていることが「揉め事の速報」でしかないと言っているのです。過去の編集履歴は関係ありません。過去が正しい(本当に正しいかは別にして)というのは現在やっていることが正しいということの裏付けにはなりません。--削り節会話) 2022年1月29日 (土) 06:33 (UTC)返信[返信]
    • コメント しんぎんぐきゃっとさんの意見に概ね同意します。現状、ネットメディアのアゴラ1媒体のみしか報じていなく、さらにこのアゴラはこの件に関して批判的な立場からの論調の記事を継続的に出しているようです。このような偏りがあり、かつ貧弱な情報源しか存在しない状況では、中立的に記述するにも無理があるでしょう。また、こういった本業と関係がないプライベートな事柄で誹謗中傷なども関係している問題では、Wikipedia:信頼できる情報源#存命人物の伝記Wikipedia:存命人物の伝記などの方針に照らして、少なくとも信頼できる情報源が複数報じることが確認出来なければ掲載できないものと理解しています。最後に、個人的な見解を述べさせていただくと、当該人物と関係のある方、よく知っている方(本人物がウィキペディアンであるゆえそういう方は多数おられるでしょう)、そうした方の間ではいかにも重大で、世間を揺るがすような事柄のように感じられている、あるいは語られているかもしれませんが、客観的事実を見れば全くそうではありません。現時点で報じているのは独立系ネットメディア一媒体(アゴラ)のみで、大手メディアで報じているところは皆無です。もし、この事柄に対してあまりに情熱を持っているがゆえに、冷静にそうした事も判断できなくなっているのであれば、もはや中立になることは難しいと思われるので、この件に関しての執筆は避けていただく他ないでしょう。--モーチー会話) 2022年1月27日 (木) 19:45 (UTC)返信[返信]
    コメント 記述の除去理由について どこに書こうか迷いましたが、この位置に書かせていただきます。現在自分が改稿しようとしている人物記事で最近Wikipediaを訴えるという情報があったこと、方針存命人物の伝記」が財団の訴訟リスクを踏まえて書かれていると認識していたことから、「訴訟リスクが高い」と表現させていただきました。ニュアンスとしては「訴える!」と言われるリスクが高いといった感じで、ノートで詳しく書けばよいと思いましたが、不正確で言葉足らずな表現でした。また、説明が遅れましたこと、合わせてお詫び申し上げます。なお前述の例は実際に訴えてはいないようですが、訴えるという意見表明がなされたことにかなり動揺していたことをご理解いただけると幸いです。
    なお、 記述を除去した編集では要約欄に「現状では」と書かせていただきましたが、一つの意味として「現状の書き方、記載内容では」という意味合いがあります。Wikipedia:存命人物の伝記には「記事は「正確な」ものでなければいけません。」とありますが、2022年1月25日15:27:41(UTC)時点の版では、オープンレターを発信した主体が不明瞭であり、北村先生だけに責任があるように受け止められない形でした。オープンレターの中心人物は複数おり、北村先生も連名者として責任はあるとは思いますが、批判を浴びる原因となった運営や対応をした方は別にいらっしゃるようです。また、「批判」という節タイトルで書きこまれていましたが、「論争」や「騒動」といった感じの節タイトルでも良いはずで、「批判」というタイトルはネガティブイメージが強調される形と考えられます。また、呉座先生に対する二次加害も懸念されました。
    加えて、しんぎんぐきゃっと様やモーチー様が指摘されていらっしゃるような出典の問題がありましたし、現在進行形で事態が動いていて情報が錯綜している状況では、中立的な観点を確保し、状況を正確に誤解なく記述するには出典が不足しているのではないかとも考えました。特にWikipedia:存命人物の伝記はネガティブな情報が「有名」であることや「重要」であることを要求しており、現状では本記事「北村紗衣」に記載するためにはそれを満たす出典はまだないと考えた次第です。
    なお、「検証可能性」や「信頼できる情報源」、「存命人物の伝記」、「中立的な観点」の観点から問題のない記述ができる出典が出揃えば、方針・ガイドラインに配慮して記載してよいと考えます。ただ、それは日文研との訴訟が終わり、冷静かつ客観的に事態が分析されてからのことであり、もうしばらく先ではないかと思います。また、呉座先生や北村先生ともに精神的な負担がかかっているようですが、今回の自分の対処がお二方に悪影響を及ぼしていたとしたら心苦しい限りであり、お詫び申し上げたい次第です。--Assemblykinematics会話) 2022年1月27日 (木) 19:57 (UTC)返信[返信]
    • コメント 利用者:へのいちです。(とても長い議論でどこに書くのが良いか迷いましたが、とりあえずここに。メンションを投げるために下記コメント中にいくつか利用者ページへのリンクを張らせていただきます。)
    Assemblykinematicsさんの想定していた「訴えられるリスク」というのが、「誰が」「どの記述」を問題視して訴える話なのか、あまりはっきりとは書かれていなかったように見えました。それでAssemblykinematicsさんの想定していた箇所と同じかどうかはわかりませんが、私が読んでみて気になった記述は「無断で(名義を使用した)」という表現でした。しかしそこについてはどなたも言及していない様子だったので、調査投票に移ろうかというタイミングでいまさらかもしれませんが、一応書いてみます。記述なさった圧倒的認識さんにもメンションをとばしておきます。
    この「無断使用」というのは、このオープンレターに賛同者を募ったところ、著名人に成りすました人から賛意が寄せられ、それを本人からの申し出だと信じてしまったオープンレター側がそのまま賛同者リストに載せてしまったということなのかと思います。いわばオープンレター側も騙された被害者なのだろうと思いますが、心当たりもなく名義を使われた側の被害者がオープンレター側の内実を想像せずに「無断で使用された」と表現したのは理解できます。しかしオープンレター側から見れば、本人からの申し出によって許諾を得たつもりでいたわけなのでしょうから「無断で使用」する意図はなく、このような表現は中傷と感じられるでしょう。全体を俯瞰して中立的な記述にするのであれば、「無断で使用」の文言を使うことは、たとえ実際に一方の側がそう表現したということがわかる引用元を付加したとしても、ちょっとまずいかなと感じます。(ここでの議論は長いので全体を読んではいないのですが、一応「無断」をページ内検索して同様の指摘がないことは確認したつもりです。) --へのいち会話) 2022年3月20日 (日) 04:02 (UTC)返信[返信]

    加筆修正案1(2022年1月27日(UTC)時点の案)[編集]

    コメント 小節を区分けさせていただきました。以下では2022年1月27日13:14:12(UTC)時点の下書きについて議論が行われています。--Assemblykinematics会話) 2022年2月8日 (火) 22:31 (UTC)返信[返信]

    提案 加筆修正案を作成いたしました。ご意見ありましたら当ノートでご指摘いただければ幸いです。 下書きリンク--圧倒的認識会話) 2022年1月27日 (木) 13:19 (UTC)返信[返信]

    • 有識者からの指摘という形式でまとめているのはうまいと思います。ただ、この形式をとると「なぜこのメンツなのか」という疑問が延々とついて回るというデメリットはあります。ですが、代案も思いつきそうにありませんので、私はこの書き方でいいと思います。欲を言えば、「~オープンレター上に追記したが」の後に出典が一つあればいいと思います。(マストではない)--Halowand会話) 2022年1月27日 (木) 16:03 (UTC)返信[返信]
    概ねHalowandさんと同意見です。私から気になる点は①「オープンレター」というのが、事情を知らない人には何のことかよく分からない。②細かいことですが、「北村紗衣」を主語にするのはややくどいので主語は「北村」で良い。……という2点です。①については、もう少し補足が欲しいところです。Twitterの一次資料出典はあまり良くありませんが、有識者(関係者)からの指摘という形式で収まってはいるので、とりあえず中立的な記述としての及第点ではあると思います。ここに「誰々はこう言ってる」のような記述が大量に加えられるような事態になれば、また別に対策を考える必要はあると思います。--しんぎんぐきゃっと会話) 2022年1月27日 (木) 18:13 (UTC)返信[返信]
    追記。京都新聞の記事以外は関係者によるもので、京都新聞のソースも呉座氏がSNSで不適切な発言を繰り返し懲戒処分された、ということを書いた記事であって北村氏の名前は出てきてません。その点で、現時点ではこの主題では第三者言及の確保は困難だと言えます。私の意見として存命人物についての記述は「Wikipedia:存命人物の伝記」「削除の方針#ケース B-2:プライバシー問題に関して」に基づいた範囲で記載は可能、つまり範囲外では記載は不可とする考えに変わりはありません。はっきりとした第三者言及があるまでは記載に消極的立場であることを言明しておきます。--しんぎんぐきゃっと会話) 2022年1月27日 (木) 18:28 (UTC)返信[返信]
    コメント しんぎんぐきゃっと様が書かれているように北村先生と騒動は新聞報道レベルで紐づけされていませんし、上で述べたようにオープンレターの件が有名で記事主題の人物にとって重要とみなすに値する信頼できる情報源は今のところ見当たりません。なお、オープンレターについて記すなら記事「呉座勇一」が先ではないでしょうか?関係者の名前を挙げることなく、オープンレターにも問題があったことを記すことは可能に思えます。ただ、騒動全体を除去するべきという意見もあるようなので、騒動が記載されるならばという前提ではあります。--Assemblykinematics会話) 2022年1月27日 (木) 19:57 (UTC)返信[返信]
    報告下書き案に関して、主に出典面で若干の修正を行いました。--圧倒的認識会話) 2022年1月28日 (金) 11:22 (UTC)返信[返信]

    Aoioui.さんの意見1[編集]

    • 下書き(版番87750771)を見ましたが、よろしくないと思います。出典について逐一述べると、Wikipedia:存命人物の伝記に否定的な記述をするという前提に立てば、「論座」の出典では足りないでしょう(そもそも主題は「呉座勇一」です)。アゴラについては上に述べられている通り中立的なメディアかどうかは疑問があります。オープンレターそのものが出典に使われていますが、これは一次資料です。Twitterについても一次資料でしょう。「存命人物の伝記において、もし間違っていたら中傷となりうる断定・決めつけは情報源の裏づけが必要です。[……]自主公表された本や新聞、ウェブサイトやブログによる情報は、伝記本人のものでない限り、決して使うべきではありませんWP:BLPSOURCES)」「個人のウェブサイトやブログは、ほとんどの場合は適切な情報源としては認められません。WP:V#SP)」「一次資料のみに依拠した大きな段落を作る場合にも慎重になってください。[……]存命人物について一次資料を使うときには、より慎重になってください。WP:PSTS)」などを考慮すれば、否定的な文脈でTwitterの一次資料を使うなど、極めて危険としか思えません。信頼性の高い大手メディアが報じるのを待つことはできませんか。--Aoioui. 2022年1月28日 (金) 18:14 (UTC)返信[返信]
      論座が出典として望ましくない、という主張に関してはWP:RSを読んでも疑問が残ります。また、該当記事の著者である與那覇潤氏は著名な歴史学者としてWP:NOTEを満たしているのはもちろんのこと評論家としても活動されており、仮に論座が2次資料として適切でなくともWP:BLOGSが適用される可能性があります。
      アゴラが中立的なメディアかどうか判断が難しいという点には私も同意しているため、アゴラ運営者の池田信夫氏がオープンレターに対して否定的であることも併記した次第です。より分かりやすくするために肩書を経済学者からアゴラ運営者に修正しようと思います。
      「オープンレターそのものが出典に使われていますが、これは一次資料です。」というご指摘に関しては、WP:V#OSがオープンレター公式サイトにも適用されると考えます。無断で名前を使われたと訴えた評論家の古谷経衡氏、作家の高野秀行に関してもWP:TWITTERが適用されるのではないでしょうか。
      中立的性WP:NPOVの点でオープンレターに対して肯定的評価をしていた有識者の意見を併記するのも一手かと思います。
      当然、上記は現状での加筆修正提案ですので信頼性の高い大手メディアが報じた場合はその記事の記載内容が優先されるべきかと思います。--圧倒的認識会話) 2022年2月1日 (火) 13:42 (UTC)返信[返信]
        • 圧倒的認識さんは、信頼性の高い大手メディアが報じるのを待つことはできないということなんですね。わたしが大手メディアの報道が必要だと思うのは、それが存命人物の伝記というデリケートな案件においては中核となるものだからです。論座は一著者の視点を提供している。これは同意していただけると思います。つまり明らかに中立ではない。アゴラと同じなんですよ。こういう情報は、まず中立な報道があって、それを核に据えた上で、「この件に関してはこういう意見もある」という補助的な使い方なら、まだ理解はできます(使っていいと太鼓判を押しているわけではない)。しかし、現状は核となるものがなく、その補助的な出典しかない。しかも否定的言及である。これが存命人物の伝記においては致命的だというんです。これがアゴラだけでなく論座の使用も不可であるとわたしが主張する理由です。
        • オープンレターそのものも同じです。大手メディアによる中立的な報道を核に据えるならば、使えるかもしれませんが、現状はそれがないので無理という意味です。WP:BLOGSについては勘違いをなさっていると思います。別に論座が自主公表された情報源であると主張しているわけではありません。WP:TWITTERについてはもっと勘違いをなさっていると思います。これは、「それらの情報源自身に関する記事においての自主公表された情報源」に関する方針なので、他者がTwitter上でする発言の使用可能性を謳ったものではありません。他者のTwitterでの言及こそ、WP:BLOGSなのです(だから使えますよという意味ではない)。--Aoioui. 2022年2月1日 (火) 15:32 (UTC)返信[返信]
    Twitterなどで度々「オープンレターに関する動向」について言及していた東浩紀氏が、朝日新聞出版「AERA」の巻頭エッセイで本件に言及しています。エッセイでは呉座氏の北村氏への中傷、オープンレターの公開、呉座氏の所属先への訴訟、北村氏への批判までが整理され、状況を踏まえて現状を「現代における人文知の失墜」と評価しており、発展性があります。ただ、Aoiouiさんの言葉をお借りすれば「核」として使える中立的な報道というのはまだありません。一般的な記事であれば、これらの材料で加筆は可能かも知れませんが、本件は「Wikipedia:存命人物の伝記」「削除の方針#ケース B-2:プライバシー問題に関して」によく配慮する必要があることは再確認するべきです。--しんぎんぐきゃっと会話) 2022年2月2日 (水) 01:19 (UTC)返信[返信]
    些末な部分なのかもしれませんが、「エッセイでは呉座氏の北村氏への中傷、オープンレターの公開、呉座氏の所属先への訴訟、北村氏への批判までが整理され、」の「北村氏への批判」というのはそのエッセイの中には出てこない内容だと思います。そこを正しく記述し直すとするならば「公開状への批判」で置き換えられるでしょう。--モーチー会話) 2022年2月2日 (水) 02:28 (UTC)返信[返信]
    「女性差別は暴力だが、SNSでの糾弾も数の暴力ではないかというわけである」「女性蔑視は許されないが、かといって署名を集め活動停止に追い込むのもやりすぎかもしれない」あたりから「北村氏への批判」としましたが、確かにやや曲解だったかも知れません。上記は東氏のエッセイについて、発端となった呉座氏の北村氏への中傷から現況までをよく整理されていると評価したものとしてご理解ください。--しんぎんぐきゃっと会話) 2022年2月2日 (水) 03:46 (UTC)返信[返信]
    皆様の意見とAERAの出典を踏まえて再度修正を行おうと思います。--圧倒的認識会話) 2022年2月2日 (水) 06:22 (UTC)返信[返信]
    情報ありがとうございます。案を修正しましたのでお時間あれば確認お願い致します。削除の方針#ケース B-2:プライバシー問題に関しては犯罪歴や個人情報が対象であり(これは飯塚幸三の記事で非常に議論されました)、自ら名前を公表して行った取り組みは対象外だと認識しております。--圧倒的認識会話) 2022年2月2日 (水) 11:39 (UTC)返信[返信]

    加筆修正案2(2022年2月2日(UTC)時点の案)[編集]

    コメント 小節を区分けさせていただきました。以下2022年2月2日11:29:57(UTC)時点の下書きに基づいて議論が行われており、途中で誤字修正として2022年2月7日13:18:06(UTC)時点の編集で誤字の修正が行われているようです。--Assemblykinematics会話) 2022年2月8日 (火) 22:31 (UTC)返信[返信]

    報告 案を修正しました。ご確認お願いします。 下書きリンク--圧倒的認識会話) 2022年2月2日 (水) 11:33 (UTC)返信[返信]

    • 黙っていて同意だと思われてしまうと良くないので反対の意思を示しておきます。大手メディアによる出典がないという意味でです。わたしの意見は以前のものと変わっておらず、それが今も適用できる状態にあると考えます(繰り返すことはしません)。--Aoioui. 2022年2月4日 (金) 06:06 (UTC)返信[返信]
    • Aoiouiさんと同じです。「中立的報道」「北村氏の職務上の明らかな影響」がない以上、加筆はできないという考えに変わりはないため、表現をいくら改めても同意できません。--しんぎんぐきゃっと会話) 2022年2月4日 (金) 07:25 (UTC)返信[返信]

    大手メディア報道の有無を理由にWikipedia への記載の可否を決めるなら、Wikpedia は只のマスコミの下請けでしかなく、その存在意義が問われます。(ここまで書かなくとも、大手メディアの記載の有無を理由にしていいなら、Wiklpediaの記事の大半は削除対象になってしまうんではないですかね?)

    同様に、理由を明確にできない訴訟リスクを理由に記述を止めるなら、それはWikpediaの存在意義の否定であると同時に言論の自由の放棄であるともいえます。--Raoh the baoh会話) 2022年2月5日 (土) 00:34 (UTC)返信[返信]

    まずは各種方針をお読みになってはいかがですか?--しんぎんぐきゃっと会話) 2022年2月5日 (土) 01:13 (UTC) あと、ここまでの議論の流れ。--しんぎんぐきゃっと会話) 2022年2月5日 (土) 02:37 (UTC)返信[返信]
    コメント コメント依頼に「方針・ガイドライン等に基づいて記載できるかできないか」とあったので気になって来ました。ウィキペディアは大手メディアや著名識者が用意した資料を取りまとめて、それを要約するサイトなので、「下請け」というよいも「下地にしてよりよいものを作り上げ」て存在意義を高めています。他の強豪サイトが存在しているサブカルチャーやご当地の分野は、他サイトとそれなりに戦えるように基準を緩めていたりしますが、存命人物については一度ダメージとなった場合の回復がとても困難なため特に慎重にルールを適用していただきたく思います。
    方針・ガイドラインの研究に熱心になられるのは歓迎したいところですが、(他の方からもご指摘ありますとおり)方針をクリアした後に、それを採用するかしないかという要約作業が控えているので、そこまで議論を進めていただけるとありがたいです。今回の件は大手メディアからも報じられていますが、なぜ実名ではなく「女性文学者」や「女性研究者」の肩書きのみなのか? これを上手に説明できないと掲載に使おうとしている当該メディアと大手メディアを単純に比較することになるため採用がとても難しくなります(つまり大手メディアを採用することは掲載できないということ)。
    社会正義やら読者の知りたいという欲求に支えられているメディアの存在は承知しています。(本件はそこまでには至らないとは思いますが)ウィキペディアは裁判で何十万の支払いと天秤に掛けているようなリスキーなメディアと(特に存命人物記事に関しては)付き合っていられない。と個人的には感じています。(関連:報道が大手1社のみで他が追従してこない場合どうするかの議論)--Triglav会話) 2022年2月9日 (水) 14:22 (UTC)返信[返信]

    圧倒的認識さんの意見[編集]

    しんぎんぐぎゃっとさん。職務上への明らかな影響が必要なのは削除の方針ケースB2(プライバシー、個人情報、犯罪歴)が代表的ですが、今回の加筆には「明らかな影響」がそこまで重要でないことは各種方針,ガイドラインから理解できると思います。AERA,論座,アゴラ,有識者による言及,情報源としては現時点で十分ではないでしょうか。信頼できる情報源ではなく「大手」メディアにこだわっているのでしたら方針等に誤解があると思います。大手メディアは信頼できる情報源ですが、信頼できる情報源が大手メディアと言う訳ではありません。

    Raohさんは方針を読み直してください。 圧倒的認識会話) 2022年2月5日 (土) 02:03 (UTC)返信[返信]

    テンプレートを加筆し、議論誘導を行いました。--圧倒的認識会話) 2022年2月5日 (土) 02:23 (UTC)返信[返信]
    私も決して意地悪がしたいわけではないので、私が納得できれば加筆に合意したいと思っています。気になる点は、「今回の加筆には『明らかな影響』がそこまで重要でない」という部分です。これまで不祥事(とまではいかなくても、論争含めて)についてjawpでは飯塚幸三マツキタツヤ最近では古塔つみなどの加筆を見てきましたが、いずれも「栄典の剥奪」「作品の打ち切り」「作品集の販売停止」など、「明らかな影響」があるもので加筆に納得できるものでした。しかしながら、今回はそういった意味での「明らかな影響」は見受けられません。「明らかな影響」があれば、それは人物の伝記上、説明が必要であることに異論はなくなりますから、加筆の根拠になるという考えです。「AERA,論座,アゴラ,有識者による言及」と出典がありますが、アゴラを除いていずれも著名人が寄稿ないし投稿したもので、「誰々はこう言っている」という範疇を出ません。「誰々はこう言っている」を著名人によるものだからと全て網羅すれば、それはWP:IINFO案件です。アゴラに関して、殊に本件において中立性、信頼に疑念があるということは先に述べた通りです。「大手」メディアに拘りはありません。読み返してみましたが、私は中立的な第三者からの言及については言っていますが、メディアの規模の大小については言及してないと思います。少なくとも、大手メディアだけが信頼できるとは考えていませんし、大手メディアだから即ち信頼できるとも考えていません。(追加)下書きですが、[2][7]がともに東氏のコラムで重複しています。--しんぎんぐきゃっと会話) 2022年2月5日 (土) 02:37 (UTC)返信[返信]
    ありがとうございます。まず、下書きの出典については参照しているページが違うので分けた次第です。ちょっとここはどちらが良いのかよくわからないので再度自分でも調べてみます。
    解釈について、明らかな影響が必要なのはWP:DP#B-2等で指定されている情報に限定されていると私は認識しています。一部抜粋いたします。「著名活動に多大な影響を与えたとは考えられない逮捕歴・裁判歴・個人的情報など(例:大学教授の記事で、車庫法違反で罰金の有罪判決を受けたという事実を記載してはいけません。記載された場合削除の対象になります)」オープンレターに関しては本人が実名で自発的に行った行動であり、逮捕歴・裁判歴・個人的情報に該当するとは考えにくいです。そのため、今回の加筆については「活動に明らかな影響を与えたか」よりもWP:VERIFYWP:NORWP:NPOVが重要だと考えています。wikipedia日本語版においては伝統的に、「後にその活動自体が明らかな影響を与えていなくとも、その人物のエピソードとして関係があれば方針などを遵守の上記載する」ことが認められています。余りにもありふれている事項ですのでどれか一つ例を示す、というのは困難ですが例えば秀逸な記事の三島由紀夫#略年譜には、その後に明らかな影響を与えたのか不明な情報も多数記載されています。また、現時点での北村紗衣にもWP:VERIFYWP:NORWP:NPOVを満たしているもののその後に明らかな影響を与えたとは言えない事項が多数含まれています。
    最後に、WP:IINFOについてですが、例示4項目どれにも当てはまらないように思えます。関連するWP:SURPLUSを見ても、少なくとも現状の加筆案が雑多な情報に該当するとは思えません。当然、箇条書きのように文脈なく批評が列挙されるような編集があれば別だと思います。--圧倒的認識会話) 2022年2月5日 (土) 04:37 (UTC)返信[返信]
    下書きについて、了解しました(そういえば、私はオンラインのソースにおいてページを意識せずにまとめてました。ページが別なら分けたほうが、もしかすると親切かもしれませんね)。まず、冷静な議論ができてることを嬉しく思います。この手の問題で大いに揉めているのも多々見てきたので、それこそ東氏がコラムで憂慮されてるような「罵詈雑言が飛び交う」ようになっていないのは喜ばしいことです。さて、本件についての議論は尽くされたと思います。私の結論としては、やはり反対寄り、しかし圧倒的認識さんのご意見も良く理解できるため、本件に関しては 中立の立場を取ろうと思います。方針の理解については、個人差があるものと考えています。細かい意見の違いを議論しても収拾がつかないですし、法律家ごっこのような議論に向かってしまうのも不本意です。--しんぎんぐきゃっと会話) 2022年2月5日 (土) 05:11 (UTC)返信[返信]
    一部取り消し。議論軽視など不誠実な発言が見られたため。--しんぎんぐきゃっと会話) 2022年2月8日 (火) 15:30 (UTC)返信[返信]
    圧倒的認識さんは、大手メディアの報道に関して誤解されてしまっているようです。私の先のコメントでも、大手メディアが報じることがWP:WELLKNOWNが求める「ある記述や事件が有名で本人の業績にとって重要で記載するに値するもの」かどうかを判断する上での客観的な1つの指標として大手メディアと言ったのであって、大手メディアのみが信頼できる情報源だと言っているわけではありません。Aoioui.さんのコメントでも、中立的な立場からの報道ないし記事を求める主旨で大手メディアによる報道を必要とするとの説明がされています。圧倒的認識さんにおかれましては、まず他の方の意見・コメントを正しく読み取った上でコメント・意見をされるようにお願いします。--モーチー会話) 2022年2月5日 (土) 05:36 (UTC)返信[返信]
    圧倒的認識さん宛 当初、わたしは「信頼性の高い大手メディア」と申し上げたはずで(特別:差分/87756528)、圧倒的認識さんもそのように応じておられた(特別:差分/87824331)。それで何度も繰り返すのもくどいので「大手メディア」と略したもので、基本的にこの議論においては「大手メディア」=「(信頼性の高い)大手メディア」のはずなんですが、圧倒的認識さんの「信頼できる情報源ではなく「大手」メディアにこだわっているのでしたら方針等に誤解があると思います。」という発言を見る限り、既にその前提が抜け落ちている。ここに齟齬があるんだと思います。あくまで「信頼性の高い大手メディア」の話をしているのだ、ということをお忘れなく。--Aoioui. 2022年2月5日 (土) 06:16 (UTC)返信[返信]
    議論の過程での表記ゆれからAoiouiさんの意見を誤解していたようです。こちらの誤解が解けましたありがとうございます。
    一方で私が何度か指摘しているように「大手ではないが信頼できる情報源」というのも存在すると思います。有識者が執筆した論座、アゴラの記事などです。追加で出てきたAERAに関しては週刊誌ですので完全に信頼できる情報源かと言われればそうとは言い切れませんが著者が評論家、人文学者として著名であり、信頼できる情報源に該当するのではないかと思います。 圧倒的認識会話) 2022年2月5日 (土) 09:27 (UTC)返信[返信]

    従六位上河内介さんの意見[編集]

    返信 一連の経緯及び下書きリンクを拝見したうえで自身の意見を述べさせていただきます。もし、私の理解不足があればどうぞご容赦ください。まず、結論から申せば圧倒的認識様の下書きリンクの内容は本文掲載しても差し支えないのではと考えます。その論拠として、一部の議論で「大手メディアによる中立的な報道」が出ることやその内容を核として記載すべき(=中立的な報道がなければ本文掲載は控えるべき)という意見があるように見えますが、その「大手メディアによる(中立的とされる)報道」をある種の文言作成の方針に採用してしまうと、Wikipedia:中立的な観点にある『中立的な観点の方針とは、観点のどれかを「中立的な観点」として採用する行為ではありません。』というのに反するのではないかと思っております。殊に圧倒的認識様が下書きに利用されている出典も朝日新聞社が運営している「論座」や朝日新聞出版が運営している「AERA」、アゴラ研究所が運営している「アゴラ」で公開されているもので、いずれも専門外でない評論家が論証・批評している要旨で記事を掲載されていることから検証可能性や信頼できる情報源という観点でも問題とはいえないと考えられますし、いずれかの評論家の意見が真実として記載されている訳でもなく、文量も公平に記載をされているということ、またそれぞれが多角的な視座から本件を批評していることから中立性も大きく影響するとは断言できないのではないかと思います。また、存命人物の伝記や削除の方針#ケース B-2:プライバシー問題に関してに抵触する懸念を示されている方もいらっしゃいましたが、当該記事の人物が行った運動に対する評論家の批評であり、誹謗中傷などとも性質が異なることから、いずれもこのご指摘には当たらないのではと考えております。--従六位上河内介会話) 2022年2月6日 (日) 14:56 (UTC)返信[返信]
    Wikipedia:中立的な観点を論拠に取られていますが、「意見を事実として記さない/事実を意見として記さない」の項に明らかなように、論座にしろアゴラにしろ「意見」であることは疑いの余地のないところでしょう。では「事実」とは何か。それが「信頼性の高い大手メディア」です。この議論の中で申し上げた核というものは、中立的な観点から言えば「事実(信頼できる情報源によって反論や論争の余地のないものとされた事実)」のことです。これに即して言えば、今の下書きの状態は、事実の提示なきままに意見だけが書かれている状態です。よって、「信頼性の高い大手メディア」による核=事実を求めているという意味ではむしろ中立的な観点の方針とは整合していると考えます。--Aoioui. 2022年2月6日 (日) 15:42 (UTC)返信[返信]
    「では「事実」とは何か。それが「信頼性の高い大手メディア」です。」とありますが、これは方針やガイドラインのどの部分に当てはまるものでしょうか?そもそもWP:Vにも「ウィキペディアに掲載してよいかどうかの基準は「真実かどうか」ではなく「検証可能かどうか」(真偽よりも検証可能性)なのです。」記されておりますが、記事を執筆する際には検証可能であるかが重視されるのであって、「事実」なく「意見」のみが記載されているからといって掲載内容として不適切とまでは言えないのでないでしょうか?まず、下書きリンクの記述もWP:SUBSTANTIATEに従って記されておりますし、それぞれの典拠も検証可能性を満たしているものと思われます。現時点で本文公開しても問題ない基準であると思われますし、もしその内容が不十分であるとすればそれは随時加筆修正すればいいだけないでしょうか。--従六位上河内介会話) 2022年2月7日 (月) 00:05 (UTC)返信[返信]
    アゴラや論座が「意見」であることは合意されていると思います。もし、従六位上河内介さんが「信頼性の高い大手メディア」が報じたことまで「意見」であると捉えておられるのなら、それはとても奇妙なことのように思えますので、論拠が必要でしょう。また、「事実」なく「意見」のみが記載されているからといって掲載内容として不適切とまでは言えないのでないでしょうか?」とのことですが、それはWikipedia:中立的な観点を見落としておられるようです。Wikipedia:中立的な観点/FAQ#意見ではなく事実を記せをご覧ください。「「意見」のみ」は明らかに推奨されていません。
    論点がぼやけがちなので今一度はっきりさせておきたいのですが、わたしの意見は「書くことに反対ではない、しかし大手メディアが報じるのを待つべき」です。これ以外に何もありません。この「問題」が発生してからしばらくの時間が経過していますが、未だに「オープンレター・女性差別的な文化を脱するために・北村紗衣」のどのキーワードで調べても、新聞はどこも報道(「意見」ではない)をしていないわけです。改めて考え直してもらえませんか? 存命人物の伝記において、ネガティブな情報であることも考慮しても書くべきであるような問題だったら、それほど重要である問題を「信頼性の高い大手メディア」がどこも報じないなんてありえないでしょう。--Aoioui. 2022年2月7日 (月) 05:15 (UTC)返信[返信]

    中間取りまとめ[編集]

    とりあえず、大手が報じればより充実した記事になるが現状でも方針等と照らし合わせて問題ない、ということで良いのではないでしょうか。
    「大手ではないが信頼できる情報源」が存在することに関しては異論はないと思うので明日あたりに加筆したいと思います。--圧倒的認識会話) 2022年2月7日 (月) 13:13 (UTC)返信[返信]
    中立の立場から。Aoiouiさんが「考え直してもらえませんか」としているのを、圧倒的認識は完全に無視なされるのですか?この状況で「明日あたりに加筆したいと思います」とおっしゃるのには、正直驚きました。なぜそこまで編集を強行しようとなされるのか、理解に苦しみます。現状、加筆について合意が形成されたとは到底思えません。--しんぎんぐきゃっと会話) 2022年2月7日 (月) 13:43 (UTC)返信[返信]
    圧倒的認識さん宛 どうして急に加筆する方向になっているんでしょうか。編集の強行についてはSymbol oppose vote oversat.svg 強く反対します。合意を取るのでなければ、一体なんのために議論をしているんですか?--Aoioui. 2022年2月7日 (月) 13:46 (UTC)返信[返信]
    「大手ではないが信頼できる情報源」が存在することに関しては異論はないと思います(大手かつ信頼できる情報源が現れればより充実した記事になるでしょう)。議論によって方針上の整合性が明らかになったのではないでしょうか。
    一応、従六位上河内介とAoiouiさんがまだ議論のあるようですのでもう少し様子を見ようと思います。--圧倒的認識会話) 2022年2月8日 (火) 00:34 (UTC)返信[返信]
    圧倒的認識さん宛 これまでの議論を踏まえれば「意見」があるだけで、「事実」はありません。「意見」があることに異論はありませんが「意見」だけでは加筆できません。--Aoioui. 2022年2月8日 (火) 06:19 (UTC)返信[返信]
    具体的にどの方針、ガイドラインに関わるのかお示しくださると助かります。仮に出典を全て「意見」ととらえたとしても「(関連分野著名人の)意見だけでは加筆できない」という方針、ガイドラインは無いはずです。--圧倒的認識会話) 2022年2月8日 (火) 13:58 (UTC)返信[返信]
    圧倒的認識さん宛 既に議論でWikipedia:中立的な観点/FAQ#意見ではなく事実を記せを示しましたが、それでは足りないという意味なんでしょうか。--Aoioui. 2022年2月8日 (火) 14:47 (UTC)返信[返信]
    既に従六位上河内介さんがその点に返信していると思いますが、重ねて。
    Wikipedia:中立的な観点/FAQ#意見ではなく事実を記せの要点はこうです。「意見を扱った事実も含めて、事実を記してください。意見そのものを記さないでください」
    少なくとも私の加筆修正案は「その意見を抱いている特定の個人または集団に本文中で帰属化させて記載するべきです。」を満たしています。
    既に明らかであること、自分で示した方針をしっかりと読めばわかることを何度も聞かれるのは非常に疲れます。--圧倒的認識会話) 2022年2月9日 (水) 05:26 (UTC)返信[返信]
    圧倒的認識さん宛 圧倒的認識さんが下書きの中でやっていることこそ、報道されるべきことなんですよ。そしてそういう報道が信頼できる大手メディアからなされない限り、書く必要はないという意味です。「非常に疲れる」というのは、編集を強行しようとした方がおっしゃる言葉ではないように思います。--Aoioui. 2022年2月9日 (水) 05:37 (UTC)返信[返信]
    なぜ「大手」かつ「信頼できる情報源」にこだわっているのですか?「大手」ではないが「信頼できる情報源」というのはwikipedia3大方針の1つであるWikipedia:検証可能性で言及がされています。
    Wikipedia:検証可能性#新聞社や雑誌の運営するブログWikipedia:検証可能性#自主公表された情報源の例外、がなぜ存在するのか考えていただきたいです。

    「報道が信頼できる大手メディアからなされない限り、書く必要はないという意味です。」
    これは方針・ガイドラインの話ではなく個人の信条の話でしょうか?方針・ガイドラインに基づいた議論を行わずに何度も同じような質問を繰り返されるのは非常に疲れるのです。
    Wikipedia:ノートページのガイドライン#ウィキペディアの方針から逸脱しないの精神を汲んでいただけませんか?--圧倒的認識会話) 2022年2月9日 (水) 05:54 (UTC)返信[返信]

    ──────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────── これ、従六位上河内介さん宛の返信でも書きましたけど、論座やAERAなど、朝日新聞子会社系列の媒体が「意見」を載せているだけで、母体の朝日新聞は何一つ「事実」を報道してない、って視点を完全に落としているんですよね。別に表現の問題なら一流の報道機関でもいんですよ。なぜAERAや論座に比べて明らかに一流の報道機関の朝日新聞では報道しないんでしょう? 重要ではないからですよね。よって否定的な内容として存命人物の伝記に書くに値しません。--Aoioui. 2022年2月9日 (水) 07:15 (UTC)返信[返信]

    従六位上河内介さんの意見からの続き1[編集]

    まず、Aoioui様におかれましてはご意見頂戴しましてありがとうございます。ご指摘いただきましたWikipedia:中立的な観点/FAQ#意見ではなく事実を記せについて確認させていただきましたが、結論を申せば(すごく分かりにくく紛らわしい表現だと思いますが)その文の要旨は「意見を事実として記すべきではありません。」ということであり、この後の文章にも「記述が意見(たとえば、深刻な論争のある議題であったり、一般的に主観的であるとみなされる内容を扱う情報)である場合、その意見を抱いている特定の個人または集団に本文中で帰属化させて記載するべきです。」意見の記載方法も示されています。当然、一部の主張を主張した人物や団体に帰属化させず”反論や論争の余地のないものとされた事実”のように記載されるようであればそれは問題でありふさわしくありませんが、今回の事例でいうとWP:SUBSTANTIATEに踏まえて記述されていることから問題はないと考えております。また、再度お伺いできればと思いますが「では「事実」とは何か。それが「信頼性の高い大手メディア」です。」とありますが、これは方針やガイドラインのどの記述によるものでしょうか?そもそも「存命人物の伝記において、ネガティブな情報であることも考慮しても書くべきであるような問題だったら、それほど重要である問題を「信頼性の高い大手メディア」がどこも報じないなんてありえないでしょう。」というご指摘も頂戴しましたが、井戸端の同様の議論「Wikipedia:井戸端/subj/存命人物の記事の否定的な記載の出典元についての定義」でも「大手メディア」に限定する話はありませんでしたし、WP:WELLKNOWN(存命人物の伝記)においても「信頼できる公表済みの情報源できちんと文書化されているものなら、たとえ否定的なもので当の本人が嫌がろうと、記事に含めるにふさわしいでしょう。」という一文がある通り、”信頼できる公表済みの情報源”があれば記事に含めることは許容されています。下書きリンクの出典はWikipediaにおける信頼すべき情報源と検証可能性では条件に満たしているにもかかわらず、その情報源を「(信頼性の高い)大手メディア」に記事作成のハードルが上がっているのは、どうも理解が出来ずお伺いしている次第です。あと、その「(信頼性の高い)大手メディア」でいえば、「AERA」も十分大手メディアの枠組みに入ると思うのですが、その点はいかがでしょうか。--従六位上河内介会話) 2022年2月7日 (月) 14:11 (UTC)返信[返信]
    コメント 端的なコメントで恐縮ですが、上のコメントでも示した通り、ここでWP:WELLKNOWNを出すのであれば「ある記述や事件が有名で本人の業績にとって重要で記載するに値するもの」の方も考慮すべきでしょう。それからこれは判断が微妙な部分ですが、当人物が著名人あるいは非著名人どちらに該当するかという点もいまだはっきりとしていないとの認識です。--モーチー会話) 2022年2月7日 (月) 15:00 (UTC)返信[返信]
    従六位上河内介さん宛「では「事実」とは何か。それが「信頼性の高い大手メディア」です。」とありますが、これは方針やガイドラインのどの記述によるものでしょうか?」については、「アゴラや論座が「意見」であることは合意されていると思います。もし、従六位上河内介さんが「信頼性の高い大手メディア」が報じたことまで「意見」であると捉えておられるのなら、それはとても奇妙なことのように思えますので、論拠が必要でしょう。」とお答えしております。当然ですが、あくまでこの議論においての「意見/事実」を探っているはずです(論座やアゴラ、AERAが「意見」だと方針・ガイドラインに明記されていなければならないでしょうか?)。
    Wikipedia:中立的な観点/FAQ#意見ではなく事実を記せについては、「一つの簡単な公式化をするならば、「意見を扱った事実も含めて、事実を記してください。意見そのものを記さないでください」となります。」とまとめられているので、独自の見解は必要ないと思います。従六位上河内介さんは、当初は「「事実」なく「意見」のみが記載されているからといって掲載内容として不適切とまでは言えないのでないでしょうか?」とおっしゃっていましたから、下書きに「事実」が存在しないことはお認めになっているはずです。「事実」の出現を待てるのなら、待てばいいだけでしょう。
    また、「それほど重要である問題を「信頼性の高い大手メディア」がどこも報じないなんてありえないでしょう。」というご指摘も頂戴しましたが、……」以下の文ですが、まず井戸端については数年前のもので、その議論が必要なら既に方針やガイドラインに組み込まれているはずです。さらに、重要ではないという点も、反論がないことからお認めになっていると思います。そして「「AERA」も十分大手メディアの枠組みに入る」という、これらすべてのことは「意見」に繋がっていますよね。即ち、論座の意見、アゴラの意見、AERAの意見です。WP:WELLKNOWNで言及されている「例」は、誰か個人の意見があることを示しているでしょうか? 「『ニューヨーク・タイムズ』はこれを記事にして出版し、」ですよね。
    つまり次のようなことです。「重要ではない問題について、複数の意見がある」。オープンレター問題について、現状はこうのはずです。これならば、記事に加筆する必要がない。単純なことだと思います。わたしは、信頼性の高い大手メディアが報じれば、この「重要ではない」も「意見」も覆せる可能性があると思っています。--Aoioui. 2022年2月7日 (月) 15:03 (UTC)返信[返信]
    Aoiouiさま宛 『「「では「事実」とは何か。それが「信頼性の高い大手メディア」です。」とありますが、これは方針やガイドラインのどの記述によるものでしょうか?」については、「アゴラや論座が「意見」であることは合意されていると思います。もし、従六位上河内介さんが「信頼性の高い大手メディア」が報じたことまで「意見」であると捉えておられるのなら、それはとても奇妙なことのように思えますので、論拠が必要でしょう。」とお答えしております。当然ですが、あくまでこの議論においての「意見/事実」を探っているはずです(論座やアゴラ、AERAが「意見」だと方針・ガイドラインに明記されていなければならないでしょうか?)。』という点で念のため確認させてましたが、Wikipediaにおける方針やガイドラインに基づいた「真実」・「意見」ではなく、Aoioui様の独自見解ということでよろしいでしょうか。議論が混乱するのでここではWikipedia:中立的な観点/FAQ#意見ではなく事実を記せにおける「真実」(たとえば、真実であると認められていて、なおかつ深刻な論争の存在しない主題に関する情報)と「意見」(たとえば、深刻な論争のある議題であったり、一般的に主観的であるとみなされる内容を扱う情報)をベースにお話させていただきます。この定義でいえば、論座やアゴラ、AERAの言及も評論家による「意見」としてお分かりになるかと思います。
    次いで『下書きに「事実」が存在しないことはお認めになっているはずです。「事実」の出現を待てるのなら、待てばいいだけでしょう。』とご指摘をいただいておりましたが、何度も申しているとおり「意見」のみだから記事として反映することが出来ないという訳ではありません。まず、Wikipedia:中立的な観点におけるWP:SUBSTANTIATE(偏った記述は帰属化・明確化する)に「偏った意見の陳述は、本文内で帰属化する方法でのみ提示することができます。」「事実に即した意見を扱った記述としてならば、記事に含めることができます。」とあります。一例を示せば、下書きリンクにある『歴史学者である呉座勇一が会員制交流サイト上で北村に否定的な形で言及した結果、国際日本文化研究センターから懲戒処分が下された件に関して【事実】、歴史学者の與那覇潤は【意見の帰属先】「あきらかに「冤罪」と呼ばざるを得ない側面が含まれている」と苦言を呈している【意見】。』という構造であれば記事への記載が認められています。『WP:WELLKNOWNで言及されている「例」は、誰か個人の意見があることを示しているでしょうか? 「『ニューヨーク・タイムズ』はこれを記事にして出版し、」ですよね。』でも確認がありましたが、この場合でも『信頼できる公表済みの情報源できちんと文書化されているもの』に帰属化させての言及することで当該人物に批判的な記事でも記載することが認められています。あと、『重要ではないという点も、反論がないことからお認めになっていると思います。』という点は私の発言のどの箇所を指して申されていることでしょうか。また、言及していないからといって同意したという訳ではございません。
    3つ目に『つまり次のようなことです。「重要ではない問題について、複数の意見がある」。オープンレター問題について、現状はこうのはずです。これならば、記事に加筆する必要がない。単純なことだと思います。わたしは、信頼性の高い大手メディアが報じれば、この「重要ではない」も「意見」も覆せる可能性があると思っています。』これはAoioui様個人のご意見ということでよろしいでしょうか。まず、記事作成は信頼すべき情報源があり検証可能性を満たしていれば記事で言及するのは可能なはずです。また、Wikipedia:中立的な観点/FAQでも「中立的な観点の方針は、「編集上の」偏向が含まれることを禁じていますが、「適切に出典が明示された」偏りのある情報の掲載までは禁じていません。」とある通り「信頼すべき情報源が示されているけど、まだ信頼性の高い大手メディアが報じていない重要ではない問題だから記事に加筆する必要がない。」というのは方針やガイドラインなどどこにもそのようなことは示されていないはずです。
    最後に『あと、その「(信頼性の高い)大手メディア」でいえば、「AERA」も十分大手メディアの枠組みに入ると思うのですが、その点はいかがでしょうか。』にはお答えいただいておりません。また、「(信頼性の高い)大手メディア」が何を指すのかも抽象的ですので方針やガイドラインに沿ってお答えいただけますでしょうか。--従六位上河内介会話) 2022年2月7日 (月) 23:40 (UTC)返信[返信]
    従六位上河内介さん宛 これは、非常に「疲れる」対話です。文字数がどんどん膨れ上がってることからも分かります。だからわたしは前回も、前々回も、軽いまとめを付け加えたのです。従六位上河内介さんの議論はまとまるどころか拡散しています。
    さて、色々言ってもらって申し訳ないのですが、議論は核心に到達していると考えています。「重要ではない問題について、複数の意見がある」について、これをわたしの意見だとおっしゃる。そうでしょうか? モーチーさんも重要性について言及していました。従六位上河内介さんの主張では、なんらオープンレター問題の重要性が証明されていません。これをわたしの意見だとおっしゃるなら、当然従六位上河内介さんにはこの重要性を端的に証明できるはずです。
    もう一度問います。「それほど重要ならば、なぜ信頼性の高い大手メディアで報じられていないんですか?」この質問に真正面から答えていただきたいのです。この問題が本当に重要であるならば、この質問に耐えうるはずです。--Aoioui. 2022年2月8日 (火) 05:26 (UTC)返信[返信]

    ──────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────── Aoiouiさま宛 まず、『「(信頼性の高い)大手メディア」が何を指すのかも抽象的ですので方針やガイドラインに沿ってお答えいただけますでしょうか。』にお答えいただいていないので、Aoioui様が想像する「信頼性の高い大手メディア」とは異なる可能性があることを前提に「それほど重要ならば、なぜ信頼性の高い大手メディアで報じられていないんですか?」について、お答えすると「朝日新聞出版が刊行している『AERA』(=信頼性の高い大手メディア)に著名な批評家によるコラム記事が掲載されており本件について報じられている。また、それ以外の出典(論座、アゴラ)もWikipediaにおける記事作成の基準(信頼すべき情報源、検証可能性)を満たしているため記事掲載に用いることは問題ではない。」ということです。まず、何度も私は同じことを申し上げておりますが、今回の記事掲載には信頼すべき情報源と検証可能性を満たしており、Wikipedia:中立的な観点におけるWP:SUBSTANTIATE(偏った記述は帰属化・明確化する)に従った記載であれば記載することは問題ではないはずです。しかしながら、ここの議論では「オープンレターの重要性」に関する言及であったり、「(信頼性の高い)大手メディア」の報道を待つべきなど、本来方針やガイドラインに明記されていないことまで考慮すべき条件として掲げられており、それを記事掲載できない理由とされているのはWikipedia:規則の悪用にも抵触するのではないかと考えております--従六位上河内介会話) 2022年2月8日 (火) 12:02 (UTC)返信[返信]

    AERAの出典を提示した手前、意見しますが、この出典に「(著名な批評家である)東浩紀氏はこう考えている」以上の情報はありません。全てが東氏のいわば「語り」であり、一般紙の記事とは性質が異なります。その点では、AERAの出典は東氏がTwitterで発信しているのを引用するのと変わらないでしょう。--しんぎんぐきゃっと会話) 2022年2月8日 (火) 12:28 (UTC)返信[返信]
    • しんぎんぐきゃっとさま宛 上記について意見させていただきますが、「この出典に「(著名な批評家である)東浩紀氏はこう考えている」以上の情報はありません。全てが東氏のいわば「語り」であり、一般紙の記事とは性質が異なります。」とありますが、東氏のコラムを掲載するにあたって「AERA」に掲載責任が発生するのですから、論評部分の前にある今回の騒動に関する概要説明のところは事実関係として読み取ることは可能です。また、「その点では、AERAの出典は東氏がTwitterで発信しているのを引用するのと変わらないでしょう。」とも申されましたが、WP:RSにおけるAERAの出典(=商業出版された情報源の利用)とTwitterで発信(=オンラインや自己公表された情報源の利用)を同一視するのは無理があろうと思われます。ただ、東氏のTwitterでの発信が、WP:RSでの「自身の専門分野内について記述している著名な専門研究者や、自己公表物を制作している著名な職業ジャーナリストの場合は、この例外になるかもしれません。いくつかの事例では、こうした人々の作品が以前に信用できる第三者的立場の出版社から公表されていて、偽名や仮名ではなく自身の名前で公表しているかぎり、情報源として受け入れられるかもしれません。」という面を指してそのように申されているのではあれば本件は同意させていただきます。また、いずれにせよWikipedia:中立的な観点におけるWP:SUBSTANTIATE(偏った記述は帰属化・明確化する)には問題ないと考えられます。--従六位上河内介会話) 2022年2月8日 (火) 13:32 (UTC)返信[返信]
    従六位上河内介さん宛 わたしは従六位上河内介さんの、少なくとも端的ではない言い回しは、議論を疲弊させるものと感じています(過去参加された議論を拝見しましたが、ノート:小夜左庵国吉は恐るべき長さであると感じました)。このような遠回しの言い方で、合意が取れるとは思えません。この問題は、「重要でないから、報じられていない」で説明がつきます。「信頼性の高い大手メディア」という表現に引っかかりを覚えるなら、まずどこがこの問題を報道しているか教えてもらえませんか。AERAを事実報道のように扱っておられますが、それは明らかに違う。「意見」なんですよ。この点についてしんぎんぐきゃっとさんと意見を同じくしています。「報じられている」ことの定義を変えようというんですか。--Aoioui. 2022年2月8日 (火) 13:49 (UTC)返信[返信]
    情報 従六位上河内介の意見に全て目を通しました。Aoiouiさんは「少なくとも端的ではない言い回しは、議論を疲弊させるもの」と評していますが、私としては従六位上河内介の意見は「具体的な参照方針・ガイドラインを明らかにし」「そのうえで自分の意見を分けて書いている」という点で非常に有意義なものだと思います。中身の批評ではなく単に端的でないことを理由に批判を行うのはWP:CONACHIEVEWP:FAITHの趣旨から外れているのではないかと思いました。--圧倒的認識会話) 2022年2月8日 (火) 14:09 (UTC)返信[返信]
    圧倒的認識さん宛 議論が拡散すると申し上げているんです。こちらの態度は「重要でないから、報じられていない」なんです。圧倒的認識さんが代わりに答えてくださっても構いませんよ。「それほど重要ならば、なぜ信頼性の高い大手メディアで報じられていないんですか?」--Aoioui. 2022年2月8日 (火) 14:47 (UTC)返信[返信]
    Aoiouiさま宛 私の説明が長くて恐れ入ります。さて、Aoioui様にはこれまで同じことをお伺いしておりますが、以下3点お伺いできますでしょうか。 ①「(信頼性の高い)大手メディア」が何を指すのかも抽象的ですので、(この議論や個人の考えに即したものではなく)Wikipediaの方針やガイドラインに沿ってお示しいただけますでしょうか。②今回の記事掲載には信頼すべき情報源と検証可能性を満たしており、Wikipedia:中立的な観点におけるWP:SUBSTANTIATE(偏った記述は帰属化・明確化する)に従った記載であれば記載することは問題ではないはずです。Aoioui様のご意見はWP:SUBSTANTIATEとは異なるようにお見受けしますが本件どの様にお考えでしょうか。③「オープンレターの重要性」に関する言及や「(信頼性の高い)大手メディアの報道を待つべき」などは、本来方針やガイドラインに明記されていないことまで考慮すべき条件として掲げられており、それを記事掲載できない理由とされているのはWikipedia:規則の悪用にも抵触するのではないかと考えております。本件どのようにお考えでしょうか。また、「オープンレターの重要性」や「(信頼性の高い)大手メディアの報道を待つべき」が方針やガイドラインに合致するというのであればそれをお示しください。--従六位上河内介会話) 2022年2月8日 (火) 15:33 (UTC)返信[返信]
    従六位上河内介さん AERAは事実報道ではない、意見ですよね、報じられてることの定義を変えようというんですか、の返事が、「これ」ですか? あの、従六位上河内介さんは「朝日新聞出版が刊行している『AERA』(=信頼性の高い大手メディア)」としていますよね。AERAと朝日新聞本体、どちらが信頼性が高いか、など問うべくもないでしょう。従六位上河内介さんの主張は、朝日新聞は報じてないけど、朝日新聞系のAERAや論座が意見を載せているから、報道扱いにしていいだろうというもの。これは極めて不自然な主張です。このような姿勢では、存命人物の伝記にネガティブな記述ができるとは思えません。--Aoioui. 2022年2月8日 (火) 15:53 (UTC)返信[返信]
    「重要でないから、報じられていない」という方針・ガイドラインは存在しません。
    あえて個人的な予測を言及するならば、大手メディア(特に総合的な情報を扱うメディア)は全ての事象を取り上げれるわけではないので「関連分野の専門家、一部オピニオン誌」から言及されるのにとどまっているのではないかと思います。しかしよく考えてください、フェミニスト批評という専門分野を「大手」メディアが細かく報じることを待つべきなのでしょうか。まずそのような方針・ガイドラインは存在しませんし、例えば宇宙際タイヒミュラー理論の記事は理論解説部分にて関連分野の専門家の情報に頼っています。本当に「大手」メディアが報じるまで加筆してはいけないのですか?

    Wikipedia:信頼できる情報源#信頼性の評価を確認してください。
    「オンラインであれ印刷物であれ、出版したメディアの権威により自動的に信頼性に足りると前提づけることができません。すべての報告は、作成した過程や人々に関する検証が必要です。」--圧倒的認識会話) 2022年2月9日 (水) 07:12 (UTC)返信[返信]
    圧倒的認識さん宛重要でないから、報じられていない」というのは常識の話です。報じられていないことは事実です。これが常識的理解ではないとしたら、圧倒的認識さんは「重要だけど、報じられていない」と主張するおつもりなんですか。もしそうだとしたら、それは大変危険な考えですとだけ申し上げておきます。--Aoioui. 2022年2月9日 (水) 07:23 (UTC)返信[返信]
    私の主張は「重要だけど、大手では報じられていない」ものもあるというものです。
    Aoiouiさんの常識はwikipediaの3大方針、Wikipedia:検証可能性で否定されています。
    Wikipedia:検証可能性#新聞社や雑誌の運営するブログWikipedia:検証可能性#自主公表された情報源の例外、がなぜ存在するのか考えていただきたいです。--圧倒的認識会話) 2022年2月9日 (水) 09:17 (UTC)返信[返信]
    Wikipedia:検証可能性は、載せてもよいものの基準(=載せてはいけないものの基準ともいえる)について定義しているのであって、載せるべきものの基準を定めているものではありません。勘違いされておられませんか。 --紅い目の女の子(会話/履歴) 2022年2月9日 (水) 09:44 (UTC)返信[返信]

    ──────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────── Aoiouiさま宛 圧倒的認識様と紅い目の女の子様のご意見に同意させていただきます。下記の質問についても方針やガイドラインに則したお答えをいただくことが出来ず、「信頼性の高い大手メディア」を「一流の報道機関」と言い換えて従前と同じ主張ばかり繰り返されております。まず、『「重要でないから、報じられていない」というのは常識の話です。』や『「報じる価値がない=重要でない」からでしょう。よって現時点では否定的な内容として存命人物の伝記に書くに値しません。』という言葉には、Wikipediaで遵守すべきである方針やガイドラインに裏打ちされた事実ではなく、Aoiouiさまの意見が一人歩きしているように見えますし、これらの主張はWikipedia:検証可能性Wikipedia:信頼できる情報源とは誤った認識をされているように見えます。誠に恐れ入りますが、Wikipediaにおいてはご自身の意見よりも方針やガイドラインが優先されることをご承知いただければと思います。また、何度もこのようなことを申し上げて恐縮ですが、①~③について、個人の主観や議論での決定事項ではなく、方針やガイドラインに則した見解をお聞かせいただけますでしょうか。--従六位上河内介会話) 2022年2月9日 (水) 10:39 (UTC)返信[返信]

    一部修正--従六位上河内介会話) 2022年2月9日 (水) 12:46 (UTC)返信[返信]
    私と圧倒的認識さんの意見に同意するという、従六位上河内介さんの発言に困惑しています。私が申し上げたいのは、あくまでもWikipedia:検証可能性は載せてもよいか載せてはいけないかの基準を提供しているだけであり、その内容が載せるに値するかどうかについて述べているものではないので、記述することに賛成の方がどれだけWikipedia:検証可能性を持ち出したところで、記述するべきだという結論には決して至りませんよということです。圧倒的認識さんが何度か挙げておられるWikipedia:検証可能性#新聞社や雑誌の運営するブログWikipedia:検証可能性#自主公表された情報源もそうで、これらはあくまでも、これらを使って書いてもいいですよ、と述べているだけに過ぎず、ぜひとも書いてください、と示唆するものではありません。
    Aoiouiさんも、下書きで提示されている出典の記事が検証可能性を満たさないとは仰っておられないと思います(記載に反対されておられるしんぎんぐきゃっとさんやモーチーさんにしてもそうですが)。その点では合意できているはずなのですが、むしろここまで議論が深まってなお未だにWikipedia:検証可能性に固執しておられることの方が、よほど方針の意図することと異なる理解をされておられるということは、この場で指摘させていただきます。
    Wikipedia:中立的な観点についても、実は従六位上河内介さんや圧倒的認識さんの側に誤解があるのではないかと思っています。というのも、お二人は中立的な観点についてずっと、個々の出典が示している「意見」とAoiouiさんなどが指摘している「事実」を並べて、意見だって帰属化して記述すればよいだろうということをおっしゃっておられます。これ自体は部分的には正しいです。しかし、Wikipedia:中立的な観点の本質はそこではないのです。Wikipediaに参加する上で最も重要なWikipedia:五本の柱の最初の項目(WP:5P1)は、Wikipedia:ウィキペディアは何ではないかです。ここの序盤にWP:NOTEVERYTHINGがあります。ここには「(前略)百科事典の記事はあらゆる細部に至るまでのすべてを包括する詳細な解説ではなく、記事主題に関する、それぞれの分野において受け入れられている知識を要約したものであるべきです。検証可能であり、出典の明記された内容が、適切な重み付けをされて取り扱われます。」と記載されています。つまりWikipedia:中立的な観点の意図するところは、記事主題に対してどのようなことをそもそも記載すべきか、までが含まれているのです。この部分を踏まえればAoiouiさんが「このことが記事主題にとって重要なのか」ということにこだわり続けている根拠は明らかです。記事主題にとって重要かどうか、は中立的な観点を踏まえればまずいちばんに検討しなければならないからです。この部分の議論を避けて、細かい一つ一つの意見を載せる載せないという話に持ち込めば、議論が拡散するのは当然です。
    このようなことを申し上げるのは大変恐縮ですが、「Wikipediaにおいてはご自身の意見よりも方針やガイドラインが優先されることをご承知いただければ」と仰っておられることに関して、Wikipedia:規則の悪用もご確認いただけませんか。もちろん方針やガイドラインに沿うことは当然である一方、方針やガイドラインの字面にただ沿えばいいということでもないのです。 --紅い目の女の子(会話/履歴) 2022年2月9日 (水) 12:06 (UTC)返信[返信]
    書き漏れていたので念の為。Wikipedia:規則の悪用を持ち出したのは別にあなた方が意図的に悪用しているというつもりではなく、特に従六位上河内介さんは特別:差分/87938360Wikipedia:規則の悪用を持ち出しておられる以上、それなりに方針やガイドラインを高いレベルで理解しておくことが望ましいですし、そうでなければブーメランが返ってきますよということが言いたく、挙げております。 --紅い目の女の子(会話/履歴) 2022年2月9日 (水) 12:27 (UTC)返信[返信]
    紅い目の女の子さま宛 紅い目の女の子様におかれましては、ご本人の御見解を反して私自身の意見と同様かのような言及をしまして申し訳ございませんでした。当該箇所は訂正させていただきます。ただ、一つ弁明としては「Aoiouiさんも、下書きで提示されている出典の記事が検証可能性を満たさないとは仰っておられないと思います」とありますが、Aoioui様に下書きリンク内の出典が検証可能性に問題ないのではとお伺いした際( 2022年2月7日 (月) 14:11 (UTC)や2022年2月8日 (火) 15:33 (UTC))に、明確な回答が無く不明確であったために議論のミスリードが無いようお伺いしたものであり、紅い目の女の子様の「むしろここまで議論が深まってなお未だにWikipedia:検証可能性に固執しておられることの方が、よほど方針の意図することと異なる理解をされておられるということは、この場で指摘させていただきます。」という表現は、少なくとも言及された当人にとっては事実誤認に基づく不愉快な表現であるとお伝えさせていただきます。--従六位上河内介会話
    紅い目の女の子さま宛 また、私の見識違いであればぜひご教示いただければと思いますが、Aoioui様は『わたしは、AERAや論座に掲載されているのは「意見」であり、「事実」の報道はなく、重要ではないため、加筆するに値しないと言っています。』と述べられていますが、そもそもWikipedia:中立的な観点/FAQ#中立性の欠如は削除の口実になるかにも『記事はどんな形であれ偏りのある情報を含んではならないと表され、それゆえに彼らが偏っていると見なした記述を削除する編集が見られますが、それは中立的な観点の方針に関するありがちな誤解です。中立的な観点の方針は、「編集上の」偏向が含まれることを禁じていますが、「適切に出典が明示された」偏りのある情報の掲載までは禁じていません。』とあります。この中立的な観点から見れば少なくとも下書きリンクの内容は本文中への記載が認められないとまではいえないと思うのですが、本件についていかがでしょうか。--従六位上河内介会話) 2022年2月9日 (水) 13:40 (UTC)返信[返信]
    既に上で述べたことの繰り返しになるのは避けたいのですが、ご説明が不十分だったようなので改めて記載します。既に述べたように中立的な観点が言わんとしていることのおおもとは、そもそも記事の主題に対して書くべき価値があるか、というところまで立ち返ります。
    Aoiouiさんの指摘も、そもそもこのオープンレターに関する話題は現時点では書くに値するような重要なことではないのではないか?ということであって、従六位上河内介さんが今指摘されている、個別の具体的な記述一つ一つが意見であり偏っている可能性があっても許されるのではないかということよりも、ひとつ上の次元の話です。
    もっと言えば、この中立的な観点のFAQが言っているのはあくまでも「掲載までは禁じていない」のであり、「載せるべき」とまでは言っていません。あなたの質問に直接的に答えるのであれば、確かに指摘の通り、認められるか認められないかでいえば認められないということはありません。しかしそのことと、そもそも載せる価値があるかどうかというのは、また別の次元の話なのです。実際FAQから従六位上河内介さんが引用された部分は、記述の偏りについて述べているのであり有用性について述べていません。
    というかこのFAQを字義通りに受け取ってしまうと、とりあえず帰属化して書いてしまえばこのFAQを盾に除去を阻むことができる、すなわち「書いたもの勝ち」になってしまいかねないわけですが、そのようなことがナンセンスなのは従六位上河内介さんにもご理解いただけると思います。このFAQは当然ながら、それを記述することに価値があることを前提としていなければなりません。 --紅い目の女の子(会話/履歴) 2022年2月9日 (水) 14:25 (UTC)返信[返信]
    紅い目の女の子さま宛 浅学菲才で恐れ入りますが、「中立的な観点が言わんとしていることのおおもとは、そもそも記事の主題に対して書くべき価値があるか、というところまで立ち返ります。」「現時点では書くに値するような重要なことではないのではないか?」とありますが、その記事の主題に対して執筆する価値がある情報なのかそうでないかを判断する論拠というのは、Wikipedia:中立的な観点の記述において何を基準とすべきなのでしょうか。また、紅い目の女の子様はAoioui様のスタンスを代わってご説明いただいているようですが、紅い目の女の子様の御見解はいかがでしょうか。--従六位上河内介会話) 2022年2月9日 (水) 23:45 (UTC)返信[返信]
    端的に申し上げますが、Wikipedia:中立的な観点には私が述べたような主題に対して載せる価値があるのかどうかも検討すべきということは書いてあっても(「中立的な観点とは、全ての観点を平等に扱うことではありません。」であったりWP:WEIGHTなど)、そのための明快な基準というのは必ずしも書かれていません。これはなぜかと申しますと、Wikipedia:方針とガイドライン#内容にもありますように、方針はその精神を重視して記載されているからです。最も重要な考え方が整理されていれば、個別具体的な事例に対する基準を設けずともきちんと議論できるでしょう、ということですね。また、これは私がWikipedia:中立的な観点を中心に取り上げたがために生じてしまった誤解だと思いますので責めるものではないのですが、Wikipedia:中立的な観点だけを見ないでください。方針やガイドラインは相互補完的に作られているものであり、切り離して考えるわけにはまいりません。今回の議論の冒頭でも挙げられていますが、例えば本記事は存命人物に関する記事ですからWikipedia:存命人物の伝記の内容を欠かすわけにはいきません。{{要出典}}があるように、通常であれば出典がない記述もこうしたテンプレートと一緒にすることで残置する選択肢がある一方、WP:BLPREMOVEのようにそれは許容されないとする方針文書もあります。このことはどちらかが間違っていることを示しているのではなく、ケースバイケースでどちらを優先するかが変わるということなのです。Wikipedia:方針とガイドライン#内容にもありますが、こうした感覚的な判断は「編集者が常識に基づいて判断」するところに依ってくるでしょう。
    私の見解を問うご発言については意図を掴みかねます。私は既にAoiouiさんが主張されている、「そもそも載せる価値があるかどうかから議論するべき」という見解と同じくする主張を述べており、見解は明らかにしていると思います。
    もしくは、私が今回の記述を載せるべきか載せないべきか、どう考えているのかということを問うておられるのでしょうか。しかし、私がここまで申し上げていることは、今議論している論点がおかしいのではということです。それを主張する際に、私のスタンスがどちらであるかがは無関係でしょう。ここまでの議論を見ていても、私が不用意にスタンスを述べるとその部分に議論がフォーカスしてしまう恐れがあるので、回答を控えます。なぜなら私のスタンスについて議論が始まってしまうと、これもまた論点をずらしてしまうことになるためです。もし、ここまでの私の説明の中で、どうしても私のスタンスとセットで考えないと理解できない点があるなら教えてください。それは私の説明の仕方が悪いので、説明の方を修正します。 --紅い目の女の子(会話/履歴) 2022年2月10日 (木) 02:15 (UTC)返信[返信]
    紅い目の女の子さま宛 ご回答いただきまして恐れ入ります。まず、『紅い目の女の子様の御見解はいかがでしょうか。』とお聞きした理由について説明させていただきます。Aoioui様は以前「論点がぼやけがちなので今一度はっきりさせておきたいのですが、わたしの意見は「書くことに反対ではない、しかし大手メディアが報じるのを待つべき」です。これ以外に何もありません。」(2022年2月7日 (月) 05:15 (UTC)の投稿)と述べられ出典に問題あるのではないかという論点でお話されており、これに対して私と圧倒的認識様は、そもそも「(信頼すべき)大手メディア」とは何を指して「(信頼すべき)大手メディア」というのか、すでに下書きリンクに示している出典はWikipedia:検証可能性における載せてもよいものの基準は満たしているのではないですか?という観点で議論していたと認識しています。これに対して紅い目の女の子様は『私と「そもそも載せる価値があるかどうかから議論するべき」という見解と同じくする主張を述べており、見解は明らかにしていると思います。』としてAoioui様の意見と同一という旨のご回答をされていますが、失礼があれば大変恐縮ではございますが、Aoioui様と意見が同一であるところもあるものの、Aoioui様がご主張されたこと以上のことを”Aoioui様のスタンス”として申されている面があるようにも見えました。ですから、私は”Aoioui様のスタンス”と紅い目の女の子様個人のご意見と分けて御見解をお伺いしたくお聞きした次第です。--従六位上河内介会話) 2022年2月10日 (木) 12:15 (UTC)返信[返信]
    紅い目の女の子さん。まず、1日冷静に考える時間を取っていたので返信が遅れたことお詫びします。
    「載せてもよいものの基準」と「載せるべき基準」が異なることに関しては完全に同意いたします。オープンレターに関する動向は「載せてよい基準を満たしている」という点でコンセンサスが採れたのは非常な大きな前進だと思います。問題は載せてよいが、記事の内容として重要なのかどうか、本人の活動に一定の関係性があるのか、といった点でしょう。しかし、私はそのうえでオープンレターに関する動向は載せる価値があると考えています。「北村氏はフェミニスト批評を専門分野としていること」と「自ら行っているムーブメントであること」が理由です。ここからは方針・ガイドラインの解釈論になってしまうかもしれませんが、私の主張は以上です。--圧倒的認識会話) 2022年2月10日 (木) 14:39 (UTC)返信[返信]

    従六位上河内介さんの意見からの続き2[編集]

    {Aoioui.さんが2月8日 (火) 15:53 (UTC)に投稿したコメント}(返信補助)--モーチー会話) 2022年2月9日 (水) 11:24 (UTC) ──────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────── Aoiouiさま宛 「AERAと朝日新聞本体、どちらが信頼性が高いか、など問うべくもないでしょう。」という点では朝日新聞の方が情報源としての信頼性が高いのは当方も同意いたします。しかし、問うているのはそういうことではなく、Wikipediaの記事執筆は信頼すべき情報源と検証可能性を満たせばOKというのが前提にあるにもかかわらず、ここの議論では(何を指して大手メディアと呼ぶかわからないまま)「(信頼性の高い)大手メディア」を出典として出すべきというような方針やガイドラインから一人歩きしたような議論が為されているので質問している次第です。また、Aoioui様のご意見も恐れ入りますが方針やガイドラインのどの部分に裏打ちされたものが不明確です。取り急ぎ①~③について、個人の主観や議論での決定事項ではなく、方針やガイドラインに則した見解をお聞かせいただけますでしょうか。--従六位上河内介会話) 2022年2月8日 (火) 23:09 (UTC)返信[返信]

    • 従六位上河内介さん宛朝日新聞の方が情報源としての信頼性が高いのは当方も同意いたします。」であれば、これで話は尽きているように見えますが。信頼性の高い大手メディアが何を指すか分からないということにこだわっておられるようですが、別に一流の報道機関に置き換えてもいいんですよ(この「一流」にも細かな定義はありませんが、コミュニティーはこのガイドラインに納得しています)。というか、「特別な主張には特別な証拠が求められる」においての「一流の報道機関で取り上げられていない最近の出来事に関する、驚くべきまたは重要な報告」というのは、今回のことに類似しているのではないですか。特別な証拠がありますか? 意見だけでしょう。AERAが朝日新聞出版から出ているというなら、母体の朝日新聞はAERAよりも信頼性が高く、間違いなく「一流の報道機関」と言えます。なぜ母体の朝日新聞が報じていないのですか? 何か特別な理由があるのでしょうか? 違いますよね。「報じる価値がない=重要でない」からでしょう。よって現時点では否定的な内容として存命人物の伝記に書くに値しません。--Aoioui. 2022年2月9日 (水) 05:06 (UTC)返信[返信]
      違和感の正体がわかりました。Aoiouiさんは「もっと良い情報源があるからそれを待とう」とおっしゃりたいのでしょう。
      私が出典として出したAERAの記事がWikipedia:信頼できる情報源であることには異論はないと思います。そのうえで「朝日新聞はもっと信頼できる」としているようですが、これは非常に無意味な問いです。
      朝日新聞より日経新聞の方が一般的に高級紙と言われているからといって、朝日新聞の出典が無効になるわけではないですよね?AERAや関連分野の専門家が書いた評論も同じです。
      これはもう方針・ガイドライン以前の問題ですが...--圧倒的認識会話) 2022年2月9日 (水) 07:21 (UTC)返信[返信]
      • 圧倒的認識さん宛 いいえ。わたしは、AERAや論座に掲載されているのは「意見」であり、「事実」の報道はなく、重要ではないため、加筆するに値しないと言っています。--Aoioui. 2022年2月9日 (水) 07:29 (UTC)返信[返信]

    • モーチーさま宛 遅くなりましたが、モーチーさまへの返答もしるさせていただきます。『ここでWP:WELLKNOWNを出すのであれば「ある記述や事件が有名で本人の業績にとって重要で記載するに値するもの」の方も考慮すべきでしょう。』とありますが、今回の記述は本記事人物が呼びかけ人として主導した社会運動に対する記事ですよね。本記事人物の専門はフェミニスト批評であり、今回の社会運動もフェミニズムを本旨とした運動だったはずです。また、その運動に対して批評家の記事が公開されているのですから「ある記述や事件が有名で本人の業績にとって重要で記載するに値するもの」という条件はみたしているものと考えられます。また、WP:WELLKNOWNには評論家の意見として「評論家の見解は、それが項目本人の著名性に釣り合う重要なものでなおかつ百科事典的で、記事に有益で、信頼できる情報源に基づくものならば、記事を損なったり評論家に肩入れするような書き方でない限り明言すべきです。」として、評論家の意見を掲載することも認められています。続いて『それからこれは判断が微妙な部分ですが、当人物が著名人あるいは非著名人どちらに該当するかという点もいまだはっきりとしていないとの認識です。』ともありますが、本記事人物は学者として女性史学賞を受賞するなど顕著な功績をのこしており、本記事人物をメインとした特集記事がいくつか組まれていることから著名人として見なして問題ないかと思います[1][2]。--従六位上河内介会話) 2022年2月8日 (火) 12:23 (UTC)返信[返信]
      • コメント もし本人の特筆性について話し合いが必要なら、これ以上の議論の混乱を避けたいので、節を分けてください。--Aoioui. 2022年2月8日 (火) 14:54 (UTC)返信[返信]
        • 従六位上河内介宛 能書きを垂れるのもいい加減にしてください。大手メディアから事実が報道されたら載る、出ないので載らない。それだけです。納得していないのはあなたです。あなたが根拠として挙げたWP:WELLKNOWNは、評論家の意見を掲載できる、ということを示すものです。何度でも繰り返しますが、納得していないのはあなたの方です。--Halowand会話) 2022年2月8日 (火) 15:11 (UTC)返信[返信]
    • 反対 掲載賛成派がこの体たらくとは見下げました。同じ穴の狢と思われたくないので、意見を翻し、掲載に反対ます。大手メディアから事実が報道されたらさらに意見を翻します。--Halowand会話) 2022年2月8日 (火) 15:11 (UTC)返信[返信]
      • 全て取り消します。--Halowand会話) 2022年2月8日 (火) 16:07 (UTC)返信[返信]
        罵詈雑言を記載したのちに、取り消し線で撤回するという煽りは流石にどうなのでしょう。
        どうか、Wikipedia:礼儀を忘れないWikipedia:エチケットの精神を尊重していただけませんか?

        意見を撤回しているようなので返信は野暮かもしれませんが、「大手メディアから事実が報道されたら載る、出ないので載らない。」という方針・ガイドラインはどこにもありません
        (譲歩として、そもそもAERAは大手メディアではという議論は一旦おいておきましょう)
        wikipedia3大方針、Wikipedia:中立的な観点Wikipedia:検証可能性Wikipedia:独自研究は載せないを確認してください。Wikipedia:検証可能性#新聞社や雑誌の運営するブログに照らし合わせれば、論座やアゴラが出典として機能することは明らかであるほか、出典の著者は評論家や歴史学者であることからWikipedia:検証可能性#自主公表された情報源の例外「関連分野において著名な専門研究者や有名ジャーナリスト(記者)が自主公表した場合」を満たしていると言えるでしょう。--圧倒的認識会話) 2022年2月9日 (水) 05:39 (UTC)返信[返信]
        • 圧倒的認識さん宛 取り消し線でコメントを撤回するのはWikipediaの議論においては認められた方法です(Help:ノートページ#投稿済のコメントの修正などWP:REDACT)。「煽り」だというのは筋違いでしょう。--Aoioui. 2022年2月9日 (水) 05:46 (UTC)返信[返信]
          一時の感情ではなく、よく考えたうえで本当に「撤回は認められた方法であるから煽りではない」と思っているのでしたら非常に残念です。
          罵詈雑言に対してはもう言及しません。--圧倒的認識会話) 2022年2月9日 (水) 05:58 (UTC)返信[返信]
          • 罵詈雑言に対してはもう言及しません。」と言ったあとに「罵詈雑言も観測できてしまうため、第三者によるコメントを依頼します。」ですか。他者により除去されていますが、あまりこういうことはしない方が良いと思います。--Aoioui. 2022年2月9日 (水) 08:19 (UTC)--Aoioui. 2022年2月9日 (水) 08:19 (UTC)返信[返信]
            議論も1周しましたし、コメント依頼が必要ではないでしょうか?相手方を「体たらく」と評するような罵詈雑言も観測できてしまうため、第三者によるコメントを依頼したいです。--圧倒的認識会話) 2022年2月9日 (水) 09:20 (UTC)返信[返信]
            • 本当によく分からないんですが、取り消し線で取り消した発言をまだ「煽り」とか、「罵詈雑言も観測できてしまう」と思っているんですか? 取り消し線での取り消しを認めないという方には、Wikipediaであまりお目にかかったことがないのですが……。この件については、本当に冷静になった方がいいと思いますよ。--Aoioui. 2022年2月9日 (水) 13:54 (UTC)返信[返信]
            • コメント こちらこちらのツイートを拝見した限り、Halowand様はまず冷静さを失って書き込んでしまい、直後に猛省して取り消し線で訂正されたのだと考えられます。ツイートでも謝罪していらっしゃるようですし、「煽り」とは違うように思えます。--Assemblykinematics会話) 2022年2月9日 (水) 15:48 (UTC)返信[返信]
              • コメントAssemblykinematics様、上記ツイートについてご教示頂きましてありがとうございます。「能書きを垂れるのもいい加減にしてください。」「掲載賛成派がこの体たらくとは見下げました。」とまで言ったことをwikiで言及した本人にではなく、ご自身のTwitterで謝罪されたのは理解に苦しみますが、当該人物が猛省されていることは承知いたしました。--従六位上河内介会話) 2022年2月9日 (水) 23:30 (UTC)返信[返信]
              外部でそのような事情があったのでしたら煽り、というのは決めつけが過ぎたかなと思います。
              (Twitterで書いてくださったことをこちらにも書いていただければ助かりました)
              仕切り直して生産的な議論が出来ればいいと思っています。改めてよろしくお願いします。--圧倒的認識会話) 2022年2月10日 (木) 14:24 (UTC)返信[返信]

    Assemblykinematicsさんの意見[編集]

    報告 全体的にインデントを少し調整させていただきました。--Assemblykinematics会話) 2022年2月10日 (木) 22:03 (UTC)返信[返信]

    コメント 大手報道以前に、現状の下書き案は方針Wikipedia:存命人物の伝記」が求める「正確」であることを満足していないと考えられます。現実世界で時間がないため詳細は省きますが、なぜそう考えられるのかご検討いただけると幸いです(2022年2月12日(JST)まで返信は難しそうです)。また、基本的には本記事でバランスよく正確に記述すること自体が難しいと考えています(#他の記事との関連についても参照)。--Assemblykinematics会話) 2022年2月8日 (火) 22:31 (UTC)返信[返信]

    Assemblykinematicsさん。私の考えを記載させていただきます。
    Wikipedia:存命人物の伝記の「正確」は議論において新しい観点だと感じたため確認を行いました。
    「記事は「正確な」ものでなければいけません。特に、その人物の生涯の細部については、信頼性の高い参考資料だけを用いるべきです。」(原文ママ)
    の記述はWikipedia:信頼できる情報源にリンクされているため、ここで言う「正確」はWikipedia:信頼できる情報源に該当していること、かと思います。

    私の加筆修正案の出典がWikipedia:信頼できる情報源を満たしているかについては既に何度も何度も議論されていますが、明らかです。
    お忙しいことについて把握いたしました。--圧倒的認識会話) 2022年2月9日 (水) 06:43 (UTC)返信[返信]
    返信 (圧倒的認識様宛) 新型コロナの感染拡大の影響で日程が変わった(変えていただいた)ため、返信いたします(予定を後回しにしている状態ですが……)。まず「Wikipedia:独自研究を載せない」に抵触している記述があります。
    歴史学者である呉座勇一が会員制交流サイト上で北村に否定的な形で言及した結果、国際日本文化研究センターから懲戒処分が下された件 — 利用者:圧倒的認識/sandboxにおける2022年2月7日13:18:06(UTC)時点の版
    という記述がありますが、出典である
    を有料部分も含めて読み込みましたが、
    『応仁の乱』などのベストセラーで知られる呉座勇一氏(日本中世史)が、SNSでの「炎上」がきっかけで、NHK大河ドラマの時代考証を外れることになった。発端は、フェミニストとしての批評活動でも知られる北村紗衣氏(英文学)との論争である。 — 與那覇 2021
    としか書かれていません(これは無料で読める部分です)。そもそも停職処分が下されたのは2021年の秋であり、出典は2021年3月2829日の記事です。時系列的には
    日文研はHPで井上章一所長名のお知らせを掲載。・・・と謝罪。呉座さんには所長、副所長が厳重な注意を行い、誠実に謝罪するよう厳しく指導したという。 — 花澤茂人 (2021年3月24日). “SNSで女性研究者を中傷 呉座勇一助教を日文研が注意”. 毎日新聞. 2022年2月9日(UTC)閲覧。
    三月二十三日、NHKは呉座氏が来年の・・・を降板すると発表した・・・さらに翌日には、抗議が来ていた国際日本文化研究センター本体も動くことになった。・・・所長らが厳重注意し、北村氏に謝罪するよう指導した。 — 山内雁琳「ポリコレ派への共感 強制する社会の歪み」『正論』第597号、2021年6月、159-166頁。NAID 40022550043
    といったように3月24日に所長からの厳重注意がなされているため、これを懲戒処分とお書きになっているのかもしれませんが、どちらにせよ出典にはないことを記載されています。解説はまだ続きますが、まずどのようなご了見でこのような記述をなさったのか確認したい次第です。--Assemblykinematics会話) 2022年2月9日 (水) 15:48 (UTC) 出典の誤字を訂正。--Assemblykinematics会話) 2022年2月9日 (水) 21:35 (UTC)返信[返信]
    Assemblykinematicsさん。懲戒処分、としたのは呉座氏のwikipedia記事の記載を踏襲しました。こだわりはありませんので、より正確な修正案があれば変更いたします。--圧倒的認識会話) 2022年2月10日 (木) 14:17 (UTC)返信[返信]
    追記:呉座氏の記事にあった「懲戒処分」の出典はこちらの京都新聞の記事でした。https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/662517
    確か、この出典は私の加筆修正案過去版で使っていたのですが「京都新聞の記事では北村の名前は出ていない」という指摘を受けて撤去した記憶です。
    どのような修正が考えられますでしょうか。--圧倒的認識会話) 2022年2月10日 (木) 14:47 (UTC)返信[返信]
    コメント どちらにしても独自研究であり、事実を誤認していらっしゃいます。
    歴史学者である呉座勇一が会員制交流サイト上で北村紗衣に否定的な形で言及した結果、国際日本文化研究センターから懲戒処分が下された件に関して、歴史学者の與那覇潤は「あきらかに「冤罪」と呼ばざるを得ない側面が含まれている」と苦言を呈している[3][4] — 利用者:圧倒的認識/sandbox(2022年1月27日13:03:07(UTC)時点の版)
    という記述は下書き案の当初からありましたが、まず
    には北村先生への不適切な投稿が懲戒の直接的な原因とは書かれていません。いろいろと説明不足な記事ですが、タイトルには「長期にわたりSNSで不適切発言繰り返す」とあり、日文研所長のコメントには「被害を受けられた方々」といった記載があります。
    比較的呉座先生に擁護的な研究者の方々も、
    三月二十日、呉座氏は自らのアカウントを公開状態にして・・・<中略>・・・過去のツイートや「いいね」欄の粗探しにまで拡がった。 — 山内 2021, pp. 161–162
    嶋理人氏(歴史学者。熊本学園大学講師)は、拙稿の内容が「呉座さんは北村さんひとりを中傷しただけ」(嶋氏の原文ママ)だとする呉座擁護論だったと錯覚させる記述をしているが、まったく事実に反する。無償部分でも読めるとおり、私はまず北村氏への加害に関して呉座氏を批判した上で、有償部分では別の女性作家(のフェミニスト的な言動)を同氏が揶揄した事例について、明白に呉座氏の側が誤りだと断じ、彼の思考のいかなる点に問題があったかを指摘している。 — 與那覇潤 (2021年11月17日). “北村紗衣氏の「事実誤認」についての疑問:呉座勇一氏の日文研「解職」訴訟から考える⑤”. アゴラ 言論プラットフォーム. 2022年2月10日(UTC)閲覧。
    と記しており、呉座先生ご自身がアカウント削除直前にツイートした文面でも、
    呉座勇一です。私はツイッターの利用方法を誤り、多くの方の心を傷つけてしまいました。<中略>私のツイートにより傷ついた方々、ご迷惑をおかけした方々に重ねてお詫び申し上げます。この度は誠に申し訳ございませんでした — 呉座勇一 (2022年4月6日) のツイート(山内 2021, p. 162より引用)
    といったように、対象を複数形にして謝罪しています。また、懲戒処分後のブログ記事
    • 呉座勇一 (2021年10月25日). “懲戒理由”. 呉座勇一のブログ. はてなブログ. 2021年11月2日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2022年2月10日(UTC)閲覧。
    においても、北村先生への誹謗中傷だけが懲戒理由ではないという主旨の説明がなされています。加えて日文研の公式発表でも
    多様性を尊重する研究姿勢に反して、SNS上において行った不適切発言によって、被害を受けられた方々、また不快な思いを抱かれた方々に対し、改めて心よりお詫び申し上げます。 — 井上章一 (2021年10月15日). “国際日本文化研究センター研究教育職員に対する懲戒処分等について”. 国際日本文化研究センター. 2022年2月10日(UTC)閲覧。
    と書かれており、「被害を受けられた方々」と複数形になっています。
    なおオープンレターに気を取られて皆様あまり意識していらっしゃいませんが、呉座先生の懲戒や日文研への提訴について、お膝元である『京都新聞』以外の新聞報道が見つかりません。思った以上に問題は複雑で、二次加害が及ぶ範囲が広いと考えられるため、大手新聞もうかつに手を出せないのではないでしょうか。--Assemblykinematics会話) 2022年2月10日 (木) 22:03 (UTC)返信[返信]
    詳細な出典非常に助かります。
    利用者:圧倒的認識/sandbox#呉座勇一氏とのトラブルの部分についての修正提案かと思いますのでまずは私の案を記載いたします。

    ①京都新聞等の出典は使わない。呉座氏不適切発言の対象を「北村」から「北村ら」に変更。「懲戒処分」を「処分」に変更。「処分」の根拠としてこちらのアゴラ記事を出典に追加( https://agora-web.jp/archives/2053751.html )。

    こちらでいかがでしょうか。與那覇氏の記事は関連分野の専門家が執筆したWikipedia:信頼できる情報源ですので、そちらに沿った形としました。
    より良い改善案がありましたら具体的に案を書いていただければ幸いです。明日明後日で皆様の意見を踏まえ、私の下書き案を修正します。 圧倒的認識会話) 2022年2月12日 (土) 05:57 (UTC)返信[返信]

    ──────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────── 返信 (圧倒的認識様宛) 圧倒的認識様がおっしゃられる「與那覇氏の記事は関連分野の専門家」とはどのような意味でしょうか?與那覇氏は元々歴史学者で、その著者の中で呉座氏と対談しています。

    自分は図書館から本を借りてきているので詳細を確認できますが、出版社サイトの

    でも内容や著者紹介をご確認いただけます。

    この時点で與那覇博士の専門は「日本近現代史」となっております。圧倒的認識様は「「処分」の根拠としてこちらのアゴラ記事を出典に追加」と書いておられますが、「処分」についての専門家と考えられるのは

    • SNSでの誹謗中傷に詳しい法律の専門家
    • 労働問題や解雇処分に詳しい法律の専門家

    になるはずで、弁護士検察官裁判官などの法律関係の方や、法学の研究者ではないでしょうか。方針Wikipedia:検証可能性」では基本的に査読・校閲された情報源を求めており、専門家の見解が使用可能なのは専門家の専門性が査読・校閲機能を上回る場合に限定されるはずです。

    そして何より対談相手・共著者(與那覇 2019, pp. 388–389には共著者と書かれています)であり、最近も

    といったように與那覇博士と呉座先生は一緒に鼎談をしているため、第三者の評価とは言えない状況です。--Assemblykinematics会話) 2022年2月12日 (土) 17:56 (UTC)返信[返信]

    @Assemblykinematics
    新しい出典の明示誠にありがとうございます。論座の記事に「過去共演経験がある」という趣旨の記述がありましたがそこまで関係が深いとは知りませんでした。完全に私のリサーチ不足です
    Wikipedia:検証可能性#自主公表された情報源の「関連分野において著名な専門研究者や有名ジャーナリスト(記者)が自主公表した場合」を私の下書き案の根拠としていました。(歴史)学者同士であり、アカデミアの人事、処分について一定の知見があると考えたためです。「歴史家として呉座氏と関係のある與那覇氏によると...」という書き方もできなくは無さそうですが、そこまで関係が深いと「友人で作家の...氏によると...」のような出典に近くなってしまい、Wikipedia:検証可能性#自主公表された情報源の例外趣旨を正確に汲み取れてるかが微妙になってしまうのではないかと私自身も思います。関連する事例や方針・ガイドラインを調査してみます。また、新しい出典による指摘を真摯に受け止め、明日までには公開する新しい下書きでは修正しようと思います。 圧倒的認識会話) 2022年2月13日 (日) 13:35 (UTC)返信[返信]

    VZP10224さんの意見[編集]

    報告 僭越ながら、小節を区分けさせていただきました。--Assemblykinematics会話) 2022年2月12日 (土) 17:56 (UTC)返信[返信]

    横から失礼 横から失礼 上記改稿の最中なのかもしれませんが、現時点(2022年2月7日 13:18(UTC))の版を読みました。まず、「呉座勇一氏とのトラブル」節について、これを北村紗衣の記事の文章として記載するのは違うのではないかと感じました。理由としては、この論争において本人の地位になにがしか変化があったことが見えませんので、必ず掲載しなければならないというものではありませんし、掲載すること自体に対する数々の異論が出ていることも、現時点では掲載すべきでないという意見を補強するものとなっています。内容としても、この内容では北村紗衣の記事ではなく呉座勇一に記載すべき内容と考えますが、すでに呉座勇一の記事には該当する事実の記載があり、結果として草案の加筆は不要です。次に、「オープンレターに対する有識者からの指摘」節について確認したのですが、「オープンレターを公開し、約1300人の賛同を集めた」ことの出典が東浩紀のAERAの記事で、オープンレターは公開されていないのかと思いきや、そのあとに「無断で名義が使用されたと主張している」ことの出典としてオープンレターの原文が挙げられているなど、この1点だけ取り上げても「無茶苦茶」といってよいほどの代物です。また、東浩紀のAERAの記事を引用していますが、これって北村氏本人のことではなく、完全にその周囲で巻き起こっている数々の発言を評したものですよね。これを掲載するのはさすがに「蛇足」といってもよいでしょう。--VZP10224会話) 2022年2月12日 (土) 12:22 (UTC)返信[返信]

    @VZP10224
    情報 北村氏の専門分野「フェミニスト批評」に係る活動として記載する価値があるでしょう。そもそもwikipediaに「必ず記載しなければらなないもの」という規定は一般的には存在せず、方針・ガイドラインと照らし合わせてその都度「記載してはいけないもの」の判断をするのが適切です(Wikipedia:合意形成)。

    「無茶苦茶」との急なご指摘について、まず、東氏AERA記事は「1300人超の賛同者を集める事態に発展した。(原文ママ)」との記載があるため出典としております。Wikipedia:信頼できる情報源#情報源Wikipedia:中立的な観点Wikipedia:検証可能性Wikipedia:独自研究は載せないでは1次資料だけでなく2次資料、3次資料を使うことがより良いとされているため、(1次資料も要件を満たせば記述できますがせっかく2次資料があるので)2次資料であるAERAを出典としています。ちなみにAERAの記事については、「北村氏本人について」評論している記事ではありませんが「北村らが行ったムーブメント」に対して評論している記事です。これは「蛇足」だとは言い難いでしょう。また、「蛇足」というのは主観だと思いますのでどの方針・ガイドラインに照らして適切でないか示していただきたいです。
    オープンレターに関する1次資料を「その賛同者欄に関して、評論家の古谷経衡、作家の高野秀行等が無断で名義が使用されたと主張している」の出典にしている理由は、Wikipedia:出典を明記する#三大方針との兼ね合いの「検証可能性や中立的な観点を確保するとともに、読者がさらに深く調べる際の参考に資するという重要な目的があります」という趣旨に照らして記載したものです。出典の位置についてこだわりは無いのですが、「無茶苦茶」だと方針・ガイドラインを示さず評されるのには違和感を覚えましたので反論させていただきました。

    提案 純粋に出典の修正提案等ありましたら参考にしたいのでご提示願います。 圧倒的認識会話) 2022年2月12日 (土) 14:30 (UTC)返信[返信]
    ご説明いただきましたが、ウィキペディアのそれぞれの方針やガイドラインなどをご理解いただけたうえでの発言ではないということで理解しました。また、既に投票に向けた準備を進められているようで、ご自身の中で何かしらの結論を得られている状態のようです。どのような内容で投票をされるのかわかりませんが、事ここに至っては投票の場で自分の意見を明らかにするのがよいと考え、これ以上の言及は控えます。--VZP10224会話) 2022年2月13日 (日) 22:45 (UTC)返信[返信]

    他の記事との関連について[編集]

    紙媒体や電子ジャーナルの出典を加えて記事「呉座勇一」の改稿を準備中で、その過程でオープンレター「女性差別的な文化を脱するために」についても言及する予定です。また、昨今は日本以外でもウェブ上で著名人がオープンレターを出したことについて報道が出ていますので、記事「オープンレター」にそのことも加筆するつもりです。その際に、呉座氏と北村氏の名前を挙げずに「女性差別的な文化を脱するために」についても記す予定で、Googleフォームで行われて多くの賛同者を集めたこと、その後紛糾したことを簡潔に記載することになると思います。

    方針Wikipedia:存命人物の伝記」では、存命人物の否定的な記述について「正確」であること、「有名」であること、本人にとって「重要」であることを求めています。今後このオープンレターについて新聞が報道するかどうかは分かりませんが、月刊オピニオン誌や学会誌で複数の言及がなされるのは時間の問題だと考えられます。それら査読・校閲を満足するWikipediaが考える信頼性を備えた情報源の言及がなされれば、「有名」である条件を満足することになりますが、記事主題の本人にとって「重要」であることにはなりそうにありません。また、背景や全体的な関係性を「正確」に本記事で説明することは難しいと考えられます。

    そのため、例えば「来歴・人物」節に

    と書き加えるぐらいが落とし所ではないでしょうか。もしくは「女性差別的な文化を脱するために」を単独記事として立項できるのであれば、

    とし、両人物記事から騒動を切り離せると思います。なお、これらはいずれも将来的な話です。--Assemblykinematics会話) 2022年2月8日 (火) 22:31 (UTC)返信[返信]

    私も、記事「呉座勇一」との関係はいずれ考えなくてはならないと思っていました。(オープンレターは事実上呉座氏を名指ししているが、名目上は呉座氏を名指ししていない、という問題もあります)
    現時点では「女性差別的な文化を脱するために」がWikipedia:独立記事作成の目安を満たしているか微妙だと思いますが、Assemblykinematicsさんの意見の通り、将来に向けて考えることは非常に重要だと思います。--圧倒的認識会話) 2022年2月9日 (水) 05:44 (UTC)返信[返信]
    返信 (圧倒的認識様宛宛) ガイドラインWikipedia:独立記事作成の目安」では、単独記事の立項には第三者からの有意な言及があることを求めています。現時点では
    • 山内雁琳「ポリコレ派への共感 強制する社会の歪み」『正論』第597号、2021年6月、159-166頁。NAID 40022550043
    という文献があり、これは『文藝春秋』や『中央公論』レベルの校閲機能を備えた信頼できる情報源と考えられますが、現在では論争の当事者(第二者)でいらっしゃるため、第三者言及とは言えなさそうです(2021年6月当時は北村氏との接点はなかったかもしれませんが、記事の内容や主張からすると第三者とはみなしにくそうです)。また、
    については週刊誌である『AERA』に掲載された記事であるため、信頼できる情報源とはみなしにくいのが現状です。そのため、現状では明らかに独立記事にできる状態ではありません。ただ、山内 2021, p. 164には、オープンレターについてどういった人が提言者(呼びかけ人)で、どのような人たちが賛同者として募ったのか、どれだけの人数を賛同者として集めたのか、および中核となる主張が引用されてあります。記事「オープンレター」に節、もしくは小節として「女性差別的な文化を脱するために」のセクションを設けることはできそうで、そうすればリダイレクトとして立項することになり、人物記事での記述の肥大化は防ぐことができそうです。--Assemblykinematics会話) 2022年2月9日 (水) 21:35 (UTC)返信[返信]
    コメント不勉強で申し訳ありませんが、1件質問致します。Wikipediaが中立的に、可能な限り事実に基づいた情報を提供するとして、Wikipediaの情報自体が元々の事象に影響を及ぼしうる場合、そのリスクについてどう対応するか指針はございますでしょうか。その辺についてもそろそろ検討が必要なタームに入ったものと考えています。--Mjolnir会話) 2022年2月9日 (水) 08:51 (UTC)返信[返信]
    返信 (Mjolnir様宛宛) 期待する指針かどうか分かりませんが、悪影響を与えないために編集者が従うべき方針として、「Wikipedia:存命人物の伝記」があります。たとえば
    ウィキペディアの記事は、検索エンジンによる検索結果の上位に現れる機会が増えました。これは同時に、記事の当事者の雇い主や同僚、友人、隣人、知人といった当事者の生活に影響を与えるような人たちが、当事者についての記述をウィキメディアのサイト上で探し当てる可能性も増えたということでもあります。存命中の人々に関する記事については、中立的な観点に立ち、情報源をきちんと挙げて確かな解説を行うといったことについて編集コミュニティの責任も大きくなっています。
    明らかな宣伝や単純な荒らしへの対応は比較的容易ですが、一部にしか知られていないような人物では誤りや情報源の不確かな記述が見逃され、改善に時間を要します。悪意のある編集者が中傷するための編集を継続して行っている場合には対応が難しくなります。 — Wikipedia:存命人物の伝記#方針の位置づけ
    短期間ないし興味が限られた題材を扱う記事における情報の追加や削除の際に、人間の尊厳と個人のプライバシーの尊重を考慮する。 — Wikipedia:存命人物の伝記#方針の位置づけ
    存命人物の伝記は責任を持って、保守的・中立的・百科事典的に書くべきです。他の分野の記事ではできの悪い記事でも、よくなるのを気長に待っていればいいでしょうが、存命中の人物の記事の場合はばっさり削るか、消してしまうべきです。 — WP:BLPSTYLE
    編集者は、伝記や伝記的情報について、悪意ある項目作成や加筆に目を光らせるべきです。誰かが底意ある議題 (agenda) や偏っている観点を押しているように見えるなら、また誰かが底意がある偏った記述を加えようとしているように見えるなら、信頼できる第三者によって公表された情報源を要求し、項目本人の著名性に関連が深いものであることを証明するよう求めてください。 — WP:BLPGOSSIP
    といったものがあります。本来百科事典の記事というのは、ものごとがある程度収まってから十分な時間をかけて情報収集、推敲、査読・校閲を重ねて記されるものだと思います。なお、元々の事象に影響を与えるものとしては、書くことによる影響と書かないことによる影響が考えられます。前者で中途半端な記述で誤解を招きかねない場合は、WP:BLPSTYLEに基づいてひとまず記述することを差し控えることになると思います。後者の場合は難しいところで(記憶に新しいものとして、こちらこちらが挙げられます)、
    もし、ある記述や事件が有名で本人の業績にとって重要で記載するに値するものであり、信頼できる公表済みの情報源できちんと文書化されているものなら、たとえ否定的なもので当の本人が嫌がろうと、記事に含めるにふさわしいでしょう。 — WP:WELLKNOWN
    ウィキペディアに含めるにはふさわしいが、私人としてのプライバシーは尊重すべき人物の項目があります。
    こういう場合、編集者は抑制して、それらの人々の知名度に釣り合う情報だけを記事に含めるようにすべきです。どちらとも決めにくい場合の経験則は、「害にならないことだけをせよ」です。 — WP:NPF
    などとの兼ね合いといったところでしょうか。--Assemblykinematics会話) 2022年2月9日 (水) 15:48 (UTC)返信[返信]
    コメント Mjolnir様宛の返信へ補足 Wikipediaでは通常、方針「Wikipedia:検証可能性」やガイドライン「Wikipedia:信頼できる情報源を満足する、記述内容に応じた査読・校閲がなされた出典をもとに記述を記載します(著者が査読・校閲を上回る専門性を有する場合は別だったりもします)。ですが、方針「存命人物の伝記」では
    場合によっては当該人物自身によって公表されたものを文章化する方がよいかもしれません。 — WP:BLPSTYLE
    自主公表された本や新聞、ウェブサイトやブログによる情報は、伝記本人のものでない限り、決して使うべきではありません — WP:BLPSOURCES
    あるいは、プレスリリースや個人のウェブサイト、ブログ、自伝などで情報を提供するかもしれません。<中略>下記のような場合、当事者提供の情報を記事に加筆しても構いません。<中略>本人のブログや個人サイトは、たとえ出典として用いなくても、外部リンクの選び方の観点から、外部リンク参考文献にリストしても構いません。 — WP:BLPSELFPUB
    と書かれており、存命人物の記事本人の情報発信を出典に用いることができます。「記載しない」ということが難しいのであれば、上記方針に基づいて記事主題の人物のブログなどを用いて、現実との差を埋めることが可能です。--Assemblykinematics会話) 2022年2月9日 (水) 21:35 (UTC)返信[返信]
    概ね理解できました。ありがとうございます! Mjolnir会話) 2022年2月13日 (日) 10:12 (UTC)返信[返信]

    Aoioui.さんの意見2[編集]

    コメント 議論の可読性向上のため、当方の判断で小節を挿入させて頂きました。--モーチー会話) 2022年2月11日 (金) 11:42 (UTC)返信[返信]

    コメント 議論の流れについて なにか議論が混雑しているので改めて書きますが、わたしが現時点での加筆反対に用いているのは「信頼できる大手メディアに報じられていないこと」「あるのは意見だけであること」で、これは見て分かるからシンプルなんですよ。だから、新たな情報源があれば態度が変わるかもしれません。現時点で情報源として一番強いのは、信頼できる大手メディアの事実報道なのだろうと考えています。

    しかし、加筆賛成側がやっているのは新たな情報源を出す行動ではない。今ある情報(アゴラや論座やAERAなど)が「信頼できる大手メディアの」「(意見ではなく)事実報道である」ように見せようとしている。だからどんどん議論が複雑化していく。でも、こういう流れは不毛なんですよ。どれだけ言葉を尽くしても、アゴラや論座やAERAに掲載されている個人の意見が、信頼できる大手メディア(一流の報道機関)の事実報道に取って代わるわけがない。だからこそわたしは「朝日新聞系列で意見があるのに、なぜ母体の朝日新聞では報じてないのか」と具体名を出して質問したのです。これには「もっと良い情報源のことか」だとか、うまく答えている形跡がない。それでまた、複雑化した議論に戻ろうとする。こういう流れは、事実の報道がないという現実を無視しようと論陣を張っているようにしか見えません。やってほしいことはこういうことじゃないんですよ。このオープンレターの事柄が記事主題本人にとって「有名で本人の業績にとって重要で記載するに値するもの」であることが一目で分かるような情報源を出してほしいんです。できませんか? もしできないなら、そういう情報源が出てくるまで待ちませんか? これで「待つことができない」のであれば、わたしが意見を変えることもないでしょう。--Aoioui. 2022年2月10日 (木) 17:06 (UTC)返信[返信]

    Aoiouiさま宛 度々で恐れ入りますが、私は3点の質問事項(2022年2月8日 (火) 15:33 (UTC)投稿)を始め、方針やガイドラインに照らして現行の出典に対するスタンスを確認しております。「「朝日新聞系列で意見があるのに、なぜ母体の朝日新聞では報じてないのか」と具体名を出して質問したのです。」とあるような個別具体例ではなく、議論を個人の主観に依拠したものでない方針やガイドラインに裏打ちされた論拠を求めています。まず、この観点をご質問いただいていないにも関わらず、「だからどんどん議論が複雑化していく。でも、こういう流れは不毛なんですよ。」と、そもそも議論自体を軽視するようなことを申されるのはあまりに不愉快です。議論を複雑化させずに合意に持っていくためには、まずあなたのご主張を従前どおり記入するのではなく、あなたのご主張が方針やガイドラインが当てはまっているか(どの方針やガイドラインの、どの記述に当てはまっているか)という質問に答えていただくことが先決ではないでしょうか。
    また、事実関係の確認ですが、紅い目の女の子様は「Aoiouiさんも、下書きで提示されている出典の記事が検証可能性を満たさないとは仰っておられないと思います」と仰っていました(2022年2月9日 (水) 12:27 (UTC)投稿)が、Aoioui様は「下書きで提示されている出典の記事が検証可能性を満たさない訳ではない(=下書きで提示されている出典の記事は検証可能性を満たしている)」という解釈でよろしいでしょうか。本件まず確認させてください。--従六位上河内介会話) 2022年2月11日 (金) 00:20 (UTC)返信[返信]
    わたしの発言の最後の一行も理解できないなら、無理をしてお返事をいただくこともありません。--Aoioui. 2022年2月11日 (金) 04:59 (UTC)返信[返信]
    @従六位上河内介さん 人の発言を切り取るのはやめていただけないでしょうか。私がそのコメントの中で申し上げたかったことの趣旨は、「そもそも載せる価値があるかどうかから議論するべき」ということだというのは、繰り返し申し上げたはずです。載せる価値があると判断した上で、実際にどう記述するのが良いかが議論されます。下書きで提示されている出典の記事は検証可能性を満たしているかどうかというのは後者の話です。前者の意図で行った発言を、後者の意図で議論をすすめる論拠に使うのはおやめください。 --紅い目の女の子(会話/履歴) 2022年2月11日 (金) 05:18 (UTC)返信[返信]
    もろもろ議論拝見させていただきました。現状、ガイドラインに照らし合わせた結果大きな問題なく記載できる内容というコンセンサスはとれているかと思います。それで記載するに値すると判断するには十分なのではないでしょうか。記載する価値があるか否かという部分は、ここまで議論が紛糾している以上平行線です。コンセンサスが取れているところで記載可否を判断するしかないかと考えます。Epicra会話) 2022年2月11日 (金) 10:17 (UTC)以上のコメントは、Epicra会話投稿記録)さんが[ 2022年2月11日 (金) 07:23‎ (UTC)]に投稿したものです(モーチー会話)による付記)。返信[返信]
    そのようなコンセンサスがあるように見えません。新しい情報源を出してくださいと言っているんです。--Aoioui. 2022年2月11日 (金) 09:07 (UTC)返信[返信]
    『圧倒的認識氏の下書きはガイドラインに抵触しないため記載自体は可能である』という議論を経て、今は『記載するに値する重要な情報』かで議論しているという認識です。「重要か否か」についてはここまで議論が尽くされてなお平行線になっている上に、両者感情的になられているので、その議題で中立的な結論を出すのが不可能なのではないでしょうか。Epicra会話) 2022年2月11日 (金) 10:17 (UTC)以上のコメントは、Epicra会話投稿記録)さんが[2022年2月11日 (金) 09:27‎ (UTC)]に投稿したものです(モーチー会話)による付記)。返信[返信]
    Epicraさんがそのような認識を持っていることは理解しましたが、そのようなコンセンサスはありません。--Aoioui. 2022年2月11日 (金) 10:11 (UTC)返信[返信]
    あくまでルール的に記載「可能」(「するべき」ではない)かという部分に関しては同意されてるのかと思ったのですが、それならばこの内容は「記載不可能」だと考えているということですか?Wikipediaのルールを確認する限り「重要な情報ではないから記載できない」ということはないと思うのですがEpicra会話) 2022年2月11日 (金) 10:34 (UTC)返信[返信]
    Epicraさん宛 この議論で再三示されている「有名で本人の業績にとって重要で記載するに値するもの」という点は、ウィキペディア日本語版の方針WP:WELLKNOWN)に記載されていることですよ。 モーチー会話) 2022年2月11日 (金) 12:07 (UTC)返信[返信]
    紅い目の女の子さま宛 上記のコメントについてご気分を害されたようでお詫び申し上げます。このコメントの目的としては、紅い目の女の子様がAoioui様の見解として申された内容が正確であるかをご本人に確認したく引用した形でお聞きした次第です。--従六位上河内介会話) 2022年2月11日 (金) 14:07 (UTC)返信[返信]
    Aoiouiさま宛 何度も回答をお願いしているにもかかわらず、ご主張ばかりでお答えいただけず誠に残念です。私も圧倒的認識様もEpicra様も『下書きリンクの出典はWikipedia:検証可能性」やWikipedia:信頼できる情報源をすでに満たしているため“新しい情報源”を待たずとも加筆するのは可能』という見解かと思います。(誤りがありましたらご指摘ください。)また、下書きリンクの出典の検証可能性や信頼できる情報源についてもご回答がございませんでしたので、方針やガイドラインに基づく回答が無ければ“問題なし”と見做して議論を進めさせていただければと思います。また、Aoioui様は「現状、ガイドラインに照らし合わせた結果大きな問題なく記載できる内容」というコンセンサスはないと述べておられました(2022年2月11日 (金) 09:07 (UTC)投稿)が、逆にAoioui様がおっしゃる「新しい情報源を待つべき」というコンセンサスも無いのではないでしょうか。また、複数人から「現状、ガイドラインに照らし合わせた結果大きな問題なく記載できる内容」ではないか?、という見解が示されており、それを否定されるのであれば否定意見に足る挙証責任を果たしていただけますでしょうか。--従六位上河内介会話) 2022年2月11日 (金) 14:07 (UTC)返信[返信]
    モーチーさま宛 モーチー様に以前ご指摘いただきました WP:WELLKNOWNに関する意見について、以前私の見解を投稿(2022年2月8日 (火) 12:23 (UTC)投稿)させていただきましたが、そちらについてはいかがだったでしょうか。--従六位上河内介会話) 2022年2月11日 (金) 14:07 (UTC)返信[返信]
    従六位上河内介さん宛 本当に分かってないみたいなのではっきり申し上げますが、わたしは「わたしが意見を変えることもないでしょう。」と言ったんです。コンセンサスの話を持ち出したのはわたしではありません。繰り返しになりますが、わたしの発言の最後の一行も理解できないなら、無理をしてお返事をいただくこともありません。--Aoioui. 2022年2月11日 (金) 14:44 (UTC)返信[返信]
    従六位上河内介さん宛 従六位上河内介さんから、WP:WELLKNOWNについて条件をみたしているとの意見を頂きました。全体的に前提としている事実(「今回の社会運動もフェミニズムを本旨とした運動だった」など)が、従六位上河内介さんの見解なのか記事で示されている見解なのかはっきりとせず、もし従六位上河内介さんの見解を基にした事実を前提に論を進めているなら、条件をみたしているとの結論にはなり得ないと思いました。 モーチー会話) 2022年2月11日 (金) 15:23 (UTC)返信[返信]
    モーチー様宛 横から失礼します。與那覇氏の記事において『フェミニズムの理想とバンドルして拡散し、署名を募る』という記載がありますし、東氏の記事の中に『「女性差別的な文化」があるとする公開状(オープンレター)』という記載もありますので「フェミニズムが本旨」というのは従六位上河内介様独自の見解ではなく、識者のなかでの共通見解であると見なせるかと思います。Epicra会話) 2022年2月12日 (土) 03:32 (UTC)返信[返信]
    Symbol comment vote.svg 追記 WP:BLPSTYLEには、「中立的に、事実に即し、ウィキペディアの各方針を他の記事よりも厳密に遵守しながら書いてください。」とあり、WP:BLPCATには「記事には事実を記述すべきであり、その結果としてカテゴリタグが使用されます。それらの事実には出典が必要とされます。」とあります。これに「意見を扱った事実も含めて、事実を記してください。意見そのものを記さないでください(Wikipedia:中立的な観点/FAQ#意見ではなく事実を記せ)」を加味すれば、「記事には出典に基づく事実が必要であり、その事実に即して書かれるべき」ということが分かります。
    これに加えて、WP:BLPGOSSIPにより、「偏っている観点を押しているように見えるなら[……]信頼できる第三者によって公表された情報源を要求し、項目本人の著名性に関連が深いものであることを証明するよう求め」ることができますし、また「ある記述や事件が有名で本人の業績にとって重要で記載するに値するもの(WP:WELLKNOWN)」である証明も求められます。加筆賛成側にこれらの証明ができているようには見えません。
    逆に、「意見」だけでも存命人物の記事に否定的な記述をしてよい、という方針やガイドラインは発見できませんでした。どこかにあるのでしょうか?--Aoioui. 2022年2月11日 (金) 16:39 (UTC)返信[返信]
    Aoiouiさま宛 「「意見」だけでも存命人物の記事に否定的な記述をしてよい、という方針やガイドラインは発見できませんでした。どこかにあるのでしょうか?」についてお答えいたします。まず、Wikipedia:中立的な観点/FAQ#中立性の欠如は削除の口実になるかにも『記事はどんな形であれ偏りのある情報を含んではならないと表され、それゆえに彼らが偏っていると見なした記述を削除する編集が見られますが、それは中立的な観点の方針に関するありがちな誤解です。中立的な観点の方針は、「編集上の」偏向が含まれることを禁じていますが、「適切に出典が明示された」偏りのある情報の掲載までは禁じていません。』とあります。また、Wikipedia:中立的な観点におけるWP:SUBSTANTIATE(偏った記述は帰属化・明確化する)に従った記載であれば記載することは問題ではないはずであり、何度もこの点は問題ないのではと指摘しております。また、WP:WELLKNOWNの観点から「もし、ある記述や事件が有名で本人の業績にとって重要で記載するに値するものであり、信頼できる公表済みの情報源できちんと文書化されているものなら、たとえ否定的なもので当の本人が嫌がろうと、記事に含めるにふさわしいでしょう。」とあり、下書きリンクの出典も信頼できる情報源として不適切という意見もございませんでした(2022年2月11日 (金) 14:07 (UTC)投稿の「下書きリンクの出典の検証可能性や信頼できる情報源についてもご回答がございませんでしたので、方針やガイドラインに基づく回答が無ければ“問題なし”と見做して議論を進めさせていただければと思います。」)ので、差し支えないものと思います。更にWikipedia:存命人物の伝記では、評論家の意見として「評論家の見解は、それが項目本人の著名性に釣り合う重要なものでなおかつ百科事典的で、記事に有益で、信頼できる情報源に基づくものならば、記事を損なったり評論家に肩入れするような書き方でない限り明言すべきです。」として、評論家の意見を掲載することも認められています。いずれにしても既存の出典が信頼すべき情報源や検証可能性を満たしていないという典拠がなければ、記述にたる情報源として認められるとおもいます。--従六位上河内介会話) 2022年2月12日 (土) 02:12 (UTC)返信[返信]
    従六位上河内介さん いえ、違います。それらすべては、ご自身で述べられている通り「評論家の意見を掲載すること認められて」いるということを示しているに過ぎません。わたしが聞いているのは「「意見」だけでも存命人物の記事に否定的な記述をしてよい、という方針やガイドライン」です。そしてそれは存命人物の記事に否定的な記述をするという側面から、Wikipedia:存命人物の伝記になければなりません。もう一度質問しますが、「意見」だけでも存命人物の記事に否定的な記述をしてよい、という方針やガイドラインはございますでしょうか。--Aoioui. 2022年2月12日 (土) 04:59 (UTC)返信[返信]
    @Aoioui
    なぜここまで同じ質疑応答が繰り返されているのかはわかりませんが、「誰誰がこのような行動をした」「誰誰がこのような意見を述べた」というのは事実でしょう。
    「評論家の意見を掲載すること認められて」いるのなら書いてよいのではないでしょうか。認められているのですから。
    それでもガイドラインを回答するとすればWikipedia:存命人物の伝記#評論家の意見(批判・あら探し) でしょう。私の下書きでは「何が専門の誰がこのように述べた」と明確にしております。 圧倒的認識会話) 2022年2月12日 (土) 05:41 (UTC)返信[返信]
    圧倒的認識さん「誰誰がこのような行動をした」「誰誰がこのような意見を述べた」というのは事実でしょう。」というのは、圧倒的認識さんが主張している「帰属」の話ですよね。これは、意見を記事に書くときには「Aは〇〇と言った」と帰属してくださいねという意味であって、帰属すれば「事実」になるという意味ではありません。意見を帰属したら「事実」として扱って良い、というのはどこの方針・ガイドラインに書いてありますか。また、圧倒的認識さんにもお伺いします。「意見」だけでも存命人物の記事に否定的な記述をしてよい、という方針やガイドラインはございますでしょうか。「Wikipedia:存命人物の伝記#評論家の意見」はあくまで「意見」も書けるという意味であって、「意見」だけでも存命人物の記事に否定的な記述をしてよい、という意味ではありません。どこにそのような限定がありますか。--Aoioui. 2022年2月12日 (土) 05:52 (UTC)返信[返信]
    Aoioui様 Wikipedia: 中立的な観点#偏った記述は帰属化・明確化するにおいては『事実に即した意見を扱った記述としてならば、記事に含めることができます。』とありました。すなわち『〜(事実)において〜氏が〜と言った(意見)』という形式で帰属化した場合『意見のみ』の記載とは言えないのではないでしょうか。圧倒的認識氏の下書きを拝見すると『オープンレターを公開し、約1300人の賛同を集めた。』は事実、『アゴラ運営者で経済学者の池田信夫は、オープンレターが事実上特定個人をターゲットにしている事に関して苦言を呈している』は帰属化された意見と、『事実に基づきながら意見も記載している』形式なのでaoioui様の解釈とも矛盾しないかと思われます。Epicra会話) 2022年2月12日 (土) 09:04 (UTC)返信[返信]
    Epicraさん宛『オープンレターを公開し、約1300人の賛同を集めた。』は事実」とおっしゃいますが、出典は明らかにAERAの「意見」です。「意見」と「事実」の差を理解しておられないと思います。Epicraさんにもお伺いしますが、「意見」だけでも存命人物の記事に否定的な記述をしてよい、という方針やガイドラインはございますでしょうか。--Aoioui. 2022年2月12日 (土) 10:03 (UTC)返信[返信]
    Aoioui様 そもそも一次資料であるオープンレターそのものに「いただいた賛同署名は合計1294筆」と明示されていますし、それを元に『約1300通』という事実を専門家が執筆したものがAERA(二次資料)です。これは主観ではなく客観的事実なのでWikipedia:信頼できる情報源#用語の定義をみても到底意見であるとは定義できないと思うのですが、何か認識が違っていたらご指摘ください。専門家個人の言及記事だから記載内容すべてが主観的な意見である、というのは大手出版社が刊行する媒体に載っている以上編集者からのファクトチェックや校正も入るという前提があるので、無理筋かと思います。また、『「「意見」だけでも存命人物の記事に否定的な記述をしてよい』とはおそらくどなたも主張されておらず、論点がややズレているのではないかと思いますが、そのような方針やガイドラインは私の解釈ではありません。Epicra会話) 2022年2月12日 (土) 11:14 (UTC)返信[返信]
    Epicraさん宛『「「意見」だけでも存命人物の記事に否定的な記述をしてよい』とはおそらくどなたも主張されておらず、」ここは極めて重要です。了解しました。そもそもAERAはエッセイであり、エッセイは事実報道だという主張はあまりにも奇妙であると申し上げておきます。「エッセイのこの部分は事実で、この部分は意見です」というのは、Epicraさんの独自研究です。--Aoioui. 2022年2月12日 (土) 11:24 (UTC)返信[返信]

    存命人物の伝記の否定的な記述について[編集]

    コメント 当方の判断で、議論の見通しの観点から、小節を挿入して議論の区分けを行いました。--モーチー会話) 2022年2月13日 (日) 09:16 (UTC)返信[返信]

    わたしは「記事には出典に基づく事実が必要であり、その事実に即して書かれるべき」ということを方針を用いて証明しました。対して、加筆賛成側は「「意見」だけでも存命人物の記事に否定的な記述をしてよい」という方針やガイドラインを提示できていません(Epicraさんによれば誰も主張してない)。これは極めて重要です。

    おそらく、この現状に対抗するため、圧倒的認識さんやEpicraさんは下書きの中の「意見」を、帰属化しているから「事実」だ、と主張しているのでしょうが、帰属化すれば事実になるという方針やガイドラインも提示できていません。つまり、下書きには帰属化された「意見」しかありません。かつ、「意見」だけでも存命人物の記事に否定的な記述をしてよい、という方針やガイドラインはありません。よって下書きの出典すべてが現時点では不適切です。

    特に、「自主公表された本や新聞、ウェブサイトやブログによる情報は、伝記本人のものでない限り、決して使うべきではありません(WP:BLPSOURCES)」はこの議論の冒頭の方でお示ししたのに、未だにtwitterでの個人の意見が下書き(版番87922105)にある。そして加筆賛成側はこの下書きに問題がないという。これは非常に無神経なことです。

    加筆賛成側は、これが存命人物の伝記であることを軽視していると思います。存命人物というのは今を生きている尊厳ある人間のことなのに、意見だけでもいいから否定的なことを記事に書いちゃおうという姿勢を貫くのは、正直言って信じられないという思いです。--Aoioui. 2022年2月12日 (土) 11:24 (UTC)返信[返信]

    Aoioui様 少し落ち着いてください。相手の心情を推測してレッテルを貼るような行為は中立的な議論とは言いがたく、不毛です。私と圧倒的認識氏の間でも認識の齟齬があるのに、党派的にまとめられても双方困ると思います。そして私が「意見ではなく事実なのではないか」と主張しているのを理解しながら「意見だけでもいいから否定的なことを記事に書いちゃおうという姿勢を貫く」といわれても困惑してしまいます。そしてエッセイ=事実報道だとは主張していません。エッセイ(特殊の主題に関する試論)の中にも信頼に足る事実が含まれているという認識です。Epicra会話) 2022年2月12日 (土) 11:50 (UTC)返信[返信]
    Epicraさん宛 失礼なことを承知で申しますが、まずそもそも署名の仕方を昨日覚えたばかりの初心者の方が、他のベテラン編集者の方と肩を並べて、方針ガイドラインではこうであるとご自身の解釈をとうとうと述べながら、積極的に難しい議論に関与されている状況に違和感を感じざるをえません。ほんとうにこの議論で合意形成を目指したいのであれば、ご自身が初心者であるという立場を踏まえた上での発言をされるようにお願いします。 モーチー会話) 2022年2月12日 (土) 11:51 (UTC)返信[返信]
    モーチー様宛 まず、正確な署名の修正などお手を煩わせてしまったことお詫び申し上げます。aoioui氏もわざわざ署名の仕方をご教示いただき勉強になりました。ただ、私としてはWikipediaのノートは開かれた議論の場であると認識していますので、何か変なことを言っていたら議論の中で遠慮なくご指摘いただければと思います。お怒りのようなので冷静な議論のためここで「初学者なので黙っています」というのもやぶさかではないのですが、そのような前例を作ってしまったら他の新規編集者さんが萎縮する原因を作りかねないため、今後も是非議論に参加させていただければと思います。Epicra会話) 2022年2月12日 (土) 12:21 (UTC)返信[返信]
    モーチーさま宛 (議論の本筋とは外れますが意見させていただきます。)Epicra様に対して新規参加者であることを理由に「積極的に難しい議論に関与されている状況に違和感を感じざるをえません。」と仰るのはおかしいのではないでしょうか。まず、新規参加者であっても議論に積極的に関与するのは認められています。そして、「ご自身が初心者であるという立場を踏まえた上での発言をされるようにお願いします。」というような新規参加者は分をわきまえろと言わんばかりの発言は、Wikipedia:新規参加者を苛めないでくださいにも抵触する発言であり看過出来ません。先ほどのEpicra様への発言は本当に何も問題が無かったか、もう一度振り返っていただけないでしょうか。--従六位上河内介会話) 2022年2月12日 (土) 12:06 (UTC)返信[返信]
    現時点でも議論が煩雑化してまとまる見込みが見えない状況で、方針ガイドラインに触れたばかりの方(昨日の時点で普通に署名をすることもままならなかった方)が積極的にガイドライン解釈を巡る議論などに関与することは、常識的に考えて、議論をさらにややこしくして合意形成を遠ざける材料だと考えますがいかがでしょう。新規参加者の方が議論に参加することは否定しませんが、新規参加者であるならば新規参加者なりに守るべき議論のエチケットというものはあるのではないでしょうか。 モーチー会話) 2022年2月12日 (土) 12:25 (UTC)返信[返信]
    モーチーさま宛 改めて申し上げます。“昨日の時点で普通に署名をすることもままならなかった方”であろうと新規参加者にもガイドライン解釈を巡る議論などに関与することは認められています。また、「常識的に考えて、議論をさらにややこしくして合意形成を遠ざける材料だと考えますがいかがでしょう。」とも申されましたが、現状Epicra様との議論は初学者として不慣れなところはあれど、方針やガイドラインに従って丁寧に議論されており議論を妨げられるようなことはしていません。もし仮に、Epicra様との議論のやり方として不適切なところがあれば、その時はWikipedia:新規参加者を苛めないでくださいにある通り「新規参加者には、親切に、礼儀正しく、そして根気を持って接しなければなりません。」として、我々が指摘すればいいだけではないでしょうか。しかしながら、モーチー様のご主張はEpicra様の議論を委縮させる行為であり明らかに不適切であり、この発言自体も議論の合意形成を妨げる発言になります。あまりにも新規参加者への敬意なき発言に大変不愉快であり、冷静な議論をされていたモーチー様がそのような発言をされるとは非常に残念です。誠に恐れ入りますが、今回の発言について撤回を求めます。--従六位上河内介会話) 2022年2月12日 (土) 12:47 (UTC)返信[返信]

    @Aoioui
    少し落ち着いてください。感情的な動詞が多数含まれており、Aoiouiさんの意図を読み取るのが困難になってしまっています。
    『未だにtwitterでの個人の意見が下書き(版番87922105)にある。そして加筆賛成側はこの下書きに問題がないという。これは非常に無神経なことです。』とありますが、Wikipedia:検証可能性#自主公表された情報源の「例外となりうるのは、関連分野において著名な専門研究者や有名ジャーナリスト(記者)が自主公表した場合」に該当するのではないかと既に何度も何度も説明しております。そしてWikipedia:信頼できる情報源#意見(用語定義の章)をよく読んでください。「意見とは、誰かが抱いている見解であり、その内容は検証できる場合もできない場合もあります。しかし、ある人やグループがある意見を表明したということは事実であり(つまり、その人がその意見を表明したのは真である)、そのことが検証可能である(つまり、そうした人や団体が意見を表明したことを示す適切な情報源を参照できる)ならば、そのことはウィキペディアに含めることができます。」とあります。
    Aoiouiさんは独自の「事実」と「意見」を定義しているように思えますが、この点回答していただけないでしょうか。 圧倒的認識会話) 2022年2月12日 (土) 14:50 (UTC)返信[返信]
    圧倒的認識さん宛 何度も何度も説明されているところ大変恐縮なのですが、圧倒的認識さんは、下書きにある、Twitterが出典になっている否定的な言及に関して、「Wikipedia:検証可能性#自主公表された情報源の「例外となりうるのは、関連分野において著名な専門研究者や有名ジャーナリスト(記者)が自主公表した場合」に該当する」から、「自主公表された本や新聞、ウェブサイトやブログによる情報は、伝記本人のものでない限り、決して使うべきではありません(WP:BLPSOURCES)」は打ち消して良いとか、あるいは上回っていると考えていて、「決して使うべきではありません」とするWP:BLPSOURCESの文面には従わなくて良いと考えているということでしょうか? この点を明言していただきたいのですが。--Aoioui. 2022年2月12日 (土) 15:13 (UTC)返信[返信]
    圧倒的認識さん、Epicraさん宛 追記します。Epicraさんは「「意見ではなく事実なのではないか」と主張している」のであり、そして、圧倒的認識さんは「Aoiouiさんは独自の「事実」と「意見」を定義しているように思えます」とおっしゃっていますが、WP:YESPOVにはっきり書いてあります。即ち、意見ならば帰属すべきで、事実は帰属すべきではないのです。下書きを見たところ、ほとんどが帰属化=意見として扱われていることが分かります。(アゴラのように偏りがあるサイトのツイートまとめが未だに出典に残っているのは悪い冗談のように見えています)。
    それが分かっているから、「歴史学者である……」とか「北村らが2021年4月4日に、……」の部分は帰属を外しているのでしょう。しかしこれはおかしい。論座やAERAのそもそもの記事が、個人に帰属化されているからです(題名を見ても記事を見ても、東浩紀や與那覇潤に帰属化されていることが分かります)。先程も申し上げましたが、個人に帰属化されている出典を使って「これは事実が含まれている」というのはただの独自研究です。ですからわたしは下書きには「意見」しかないと申し上げているのです。--Aoioui. 2022年2月12日 (土) 17:54 (UTC)返信[返信]
    aoiouiさん宛 「記事が個人に帰属している」ということですが、同様の議論で以前従六位上河内介さんも「AERAに掲載責任が生じるので、論評部分の前にある今回の騒動に関する概要説明のところは事実関係として読み取ることは可能」とご説明しています。私もつい先ほどの議論で「大手出版社が刊行する媒体に載っている以上編集者からのファクトチェックや校正も入るという前提がある」と申しております。商業媒体は複数の人間が関わってチェックしているから信頼できる情報源として使用できるのであり、個人ブログじゃないのですから「完全に個人の意見なので、その中に信頼できる事実はない」というのは無理筋です。後は『事実に即した意見を扱った記述としてならば、記事に含めることができます。』というガイドラインに則せば記載可能でしょう。といいますか、これが記載「可能」であるという見解自体は掲載否定派の紅い目の女の子氏も議論のなかで「これ自体は部分的には正しいです」と同意していますし、井戸端のどちらかというと掲載否定派の第三者も「掲載自体は可能」という判断をしています。もはやここに関しては議論の余地がないのでしょうか。--Epicra会話) 2022年2月13日 (日) 03:40 (UTC)返信[返信]
    Epicraさん宛 分かって言っているんだと思いますけど、わたしも「意見」掲載可能という話はしていますよ。というか、「意見」掲載可能→すべて「意見」では無理→加筆賛成側に対して、出典を示した事実の定義および「意見」だけでも存命人物の記事に否定的な記述をしてよい、という方針やガイドラインの要求→加筆賛成側から「意見」とされているものに「事実」が含まれているとの主張→加筆賛成側がわたしに「事実」と「意見」の定義を要求→わたしが定義を説明、改めて意見だけでは無理と説明、「意見」を勝手に「事実」にするのは独自研究とも説明→Epicraさんが「意見」掲載可能と主張、の流れなので完全に堂々巡りになっています。すべて「意見」だからダメなんだ、という話だったじゃないですか。もうお忘れになったんですか?
    なお前段に関しては完全に独自研究である旨申し上げておきます。出版社が個人に帰属して出した記事を、Wikipediaが方針に基づいて「意見」と判断しています。読み取ることが可能、とか、「誰が」可能だと言っているのですか。従六位上河内介さんであり、引用したEpicraさんですよね。どう思っていようが、それは勝手ですが、形式上記事が帰属している以上、Wikipediaとして帰属していると読み取るしかないのであり、それ以外の解釈はすべて独自研究です。--Aoioui. 2022年2月13日 (日) 04:52 (UTC)返信[返信]
    Aoiouiさま宛 何度も恐縮ですが、Aoioui様はWP:SUBSTANTIATEの解釈を読み違えられているのではないでしょうか。WP:SUBSTANTIATEには「「ジョン・ドウの野球技能は、アル・ケーラインやジョー・トーリといった野球関係者から賞賛されている」というように、事実に即した意見を扱った記述としてならば、記事に含めることができます。」とあります。この場合の意見とは「ジョン・ドウの野球技能は賞賛されている」ですが、これを事実(真実であると認められていて、なおかつ深刻な論争の存在しない主題に関する情報)のようにそのまま言及とすると不適切ですが、「アル・ケーラインやジョー・トーリといった野球関係者から賞賛された」という事実に帰属させて言及すればOKであり、これこそ「事実に即した意見を扱った記述としてならば、記事に含めることができます。」という意味になります。私やEpicra様が独自研究したわけではなく、あくまで方針に沿って言及しているのみです。Aoioui様の「意見」のみで記事を執筆してはならないという説明は、WP:SUBSTANTIATEの読み違えからくるものではないでしょうか。「意見」のみで記事を執筆してはならないと仰るならば、まず、個人の解釈によるものではなく方針やガイドラインに裏打ちされた論拠をお示しください。--従六位上河内介会話) 2022年2月13日 (日) 05:33 (UTC)返信[返信]
    従六位上河内介さん Epicraさんが「『「「意見」だけでも存命人物の記事に否定的な記述をしてよい』とはおそらくどなたも主張されておらず、」としているため、この話題はもう「「意見」だけでは存命人物の記事に否定的な記述をしてはいけない」に落ち着いたと思うんですが、違うんですか? 意見がバラバラなので困ってしまいます。わたしはもう、「記事には出典に基づく事実が必要であり、その事実に即して書かれるべき」ということを方針を用いて証明したではありませんか。これを否定したいのなら、「「意見」だけでも存命人物の記事に否定的な記述をしてよい方針やガイドライン」をお示しくださいと言っているんです。--Aoioui. 2022年2月13日 (日) 06:19 (UTC)返信[返信]

    Aoiouiさんの論点[編集]

    コメント 改めて ここで明確にしておきましょう。存命人物の伝記に否定的な記述をするにあたって、

    • なぜ「意見」だけではいけないのか→「記事には出典に基づく事実が必要であり、その事実に即して書かれるべき」ということを方針を用いて証明済み(特別:差分/87987617
    • なぜ下書きが意見だけと言えるのか→多くが帰属され、また元記事からして帰属されているから
    • 「意見」と「事実」の区別は何か→帰属すべきものが「意見」、帰属すべきでないものが「事実」
    • 「意見」の中に「事実」があるように見える→元記事からして帰属されているものについて「事実」を読み取るのは独自研究

    よって、「意見」だけでは存命人物の伝記に否定的な記述ができないと主張しています。--Aoioui. 2022年2月13日 (日) 06:34 (UTC)返信[返信]

    Aoiouiさま 上記についてお答えさせていただきます。「なぜ「意見」だけではいけないのか→「記事には出典に基づく事実が必要であり、その事実に即して書かれるべき」ということを方針を用いて証明済み(特別:差分/87987617)」については、特別:差分/87992313においてWikipedia:存命人物の伝記でも掲載は問題ないことを方針を用いて証明済みです。「「意見」の中に「事実」があるように見える→元記事からして帰属されているものについて「事実」を読み取るのは独自研究」については特別:差分/88013268にて独自研究でなくWP:SUBSTANTIATEの趣旨に基づいており問題ないと証明済みです。また、WP:SUBSTANTIATEから「偏った意見の陳述は、本文内で帰属化する方法でのみ提示することができます。」とありますが、WP:SUBSTANTIATEのみでは加筆できないという論拠はどこにありますでしょうか。--従六位上河内介会話) 2022年2月13日 (日) 08:26 (UTC)返信[返信]
    従六位上河内介さん宛 わざわざ「方針を用いて証明済み」という言葉をオウム返しにして頂いているのは(言葉遣いに敏感な従六位上河内介さんの立場からすれば)意味が分かりませんが、その次の発言でわたしが否定しています。「~もできる」と「~だけでもよい」は違うと申し上げましたよね。「WP:SUBSTANTIATEのみでは加筆できないという論拠はどこ」とのことですが、存命人物の伝記に否定的な意見だけを書こうというときに、なぜ「中立的な観点」だけを守ればいいと思っているんでしょう。わたしの「記事には出典に基づく事実が必要であり、その事実に即して書かれるべき」は、Wikipedia:存命人物の伝記から導いています。--Aoioui. 2022年2月13日 (日) 09:30 (UTC)返信[返信]

    堂々巡りがお好きなようですが、わたしのスタンスは説明し尽くしましたし、まとめもしましたし、なぜわたしが下書きの加筆に反対しているかは見てもらえば分かる状態でしょう。従六位上河内介さんが井戸端で議論を拡散させてるあたりなんかはもう自ら混乱を招いているようなもので、これ以上の「乱闘」にはお付き合いできませんね。わたしは、根拠をしっかり述べた上で明言しますが、加筆に反対です。くれぐれも下書きについて「「方針・ガイドラインに照らして掲載もできる」という点では[……]コンセンサスがとれている」のようなミスリードをしないよう、お願い申し上げます。--Aoioui. 2022年2月13日 (日) 09:30 (UTC)返信[返信]

    論点整理[編集]

    コメント 投稿日時順序に沿った位置になるよう、上の節から分割・移動しました。--モーチー会話) 2022年2月13日 (日) 10:51 (UTC)返信[返信]

    論点整理の提案[編集]

    提案 投票の準備として、一度皆様の意見(論点整理)を5,6個の箇条書きで完結に書いていただけないでしょうか。(Aoiouiさんのように)

    メンション:@Epicra @モーチー @従六位上河内介 @Halowand @Assemblykinematics

    理由:Wikipedia:論争の解決#ステップ4: 投票を行うためです。Wikipedia:論争の解決#ステップ2: 論争の相手と話し合うでの合意形成は見込めず、Wikipedia:論争の解決#ステップ3: 第三者を交えて議論するを参考にWikipedia:コメント依頼を行いましたが議論は平行線でツリーが分散しどこに返信するべきかわからない状況になりつつあります(そして、返信が無いことを理由に反論無しとみなされることは誰も望んでいないと思います)。Wikipedia:調査投票の方法#調査投票の手順を参考にするため、まずは皆様による論点整理が必要ではないかと思い、主要な議論参加者にメンションさせていただきました。「論点整理」という章を作り自身の見解をを記述することは、後の投票参加者にとっても有意義なものになると思います。私はこの投票準備期間の間に皆様の意見を踏まえて下書きを修正します。--圧倒的認識会話) 2022年2月13日 (日) 10:36 (UTC)返信[返信]

    • コメント 投票で何を決めるのか不明ですので、具体的にお願いします。それと一度皆様の意見(論点整理)を5,6個の箇条書きで簡潔に書いていただけないでしょうかということですが、まず先に圧倒的認識さんがそのように意見を書いてみてください。--モーチー会話) 2022年2月13日 (日) 11:20 (UTC)返信[返信]
      大枠はオープンレターに関する動向を記載するかどうかですが、具体的な投票の選択肢を決めるために論点整理を求めています。Wikipedia:調査投票の方法#調査投票の手順「議論の要約、各意見を簡潔に並べたもの、などの投票前に論点がわかるもの、が用意できているか?」を参照しました。私は自身の下書き案を修正した後に書こうと思います(自身の下書き案を記載しても良いのでは、という主張のため)。 圧倒的認識会話) 2022年2月13日 (日) 12:58 (UTC)返信[返信]
      論点は出尽くし、議論も尽くされたので、投票フェイズに進むという認識でいらっしゃるようですが、それなら、下書き案の修正すべきところの指摘もこれまでの議論で出尽くしたのではないでしょうか。それをご自身で拾って案を修正されればよいかと。なお、私の意見はこれまで出された他の方の意見に全て含まれているため、あえて改めて私の意見として提示し直す必要はないと思いますので、この場では控えさせて頂きます。--モーチー会話) 2022年2月13日 (日) 13:21 (UTC)返信[返信]
      投票で何を決めるのか分かりませんが、ウィキペディアは多数決主義ではありませんし、投票は議論の代用とはなりません。錯綜した議論を一度整理するための調査投票ならば歓迎されましょう。念のため申し上げました。--しんぎんぐきゃっと会話) 2022年2月13日 (日) 13:30 (UTC)返信[返信]
      @しんぎんぐきゃっと
      ご懸念はよくわかります。実際私も投票は最後の手段とするべきだと考えています。
      私はWikipedia:論争の解決に従ってステップ1,2,3と進めてきました。しかし、それでも合意形成が困難な状況にあるのでステップ4のWikipedia:論争の解決#ステップ4: 投票を提案しているのです。お示し頂いたWikipedia:投票は議論の代用とはならないは私論であり「この文書との間に矛盾がある場合、方針やガイドラインに従ってください。」とあります。ガイドラインのWikipedia:論争の解決に従っていただけますとスムーズに進むかと思われます。当然、投票準備行為の論点整理は純粋に錯綜した議論を整理することにも繋がりますので、ぜひ皆様にご協力願いたい所です。 圧倒的認識会話) 2022年2月13日 (日) 13:44 (UTC)返信[返信]
    というかWP:DR#4には「調査投票の方法の原則に従って」とあるので、案内されているのはそもそもが拘束力のない調査投票ですよね?(WP:GVOTE調査投票は拘束力のある投票ではありません。また、大多数の意思で反対派を押さえつける方法でもありません。)--Aoioui. 2022年2月13日 (日) 15:06 (UTC)返信[返信]
    すみません、本日予定がありもろもろ反応出来ていませんでした。これは初学者としての質問なのですが、そもそも議論の決着において拘束力のあるルールは存在するのでしょうか?それがないから圧倒的認識氏はガイドラインに従ってこの提案をしてるのではないでしょうか。そもそもこの反応を見てると記載賛成派(党派的にまとめるのは本意ではありませんが便宜上)は少数派のように思えるのですが…Epicra会話) 2022年2月13日 (日) 16:50 (UTC)返信[返信]
    「議論の決着において拘束力のあるルール」というのは私の知る限りないですね。そもそも規則主義は否定されてるので、方針やガイドラインというのはあくまで従、主は記事そのものと考えるべきでしょう。言い換えれば方針やガイドラインは記事執筆を補助するためにあるということです(こう書くと当たり前のことですが)。日本語版においては仲裁機関などは存在せず、Wikipedia:論争の解決でさえ「時が解決するのを、ひたすら待つ」としてるくらいです。Wikipedia:論争の解決のステップ4については、Aoiouiさんの認識を支持します。投票は議論の補助にはなれど、多数決のようなことはあってはなりません。腕ずくもだめです。ただ、このノートの文字数は6万2000文字を超えています。改めて各位の考えを簡潔にまとめて議論の見通しを良くするための投票ならば試しても良いのではないでしょうか。--しんぎんぐきゃっと会話) 2022年2月13日 (日) 17:12 (UTC)返信[返信]
    しんぎんぐきゃっとさま 念のため質問したのですがほぼ私の認識と相違ありませんでした。今回の場合多数決腕ずくのルールを避けてなお、論争の解決に至らないので本意ではないものの一旦論争の整理のため多数決に頼らざるを得ないということですね。ありがとうございます。Epicra会話) 2022年2月13日 (日) 17:32 (UTC)返信[返信]
    コメント 多数決というのが単に多数派の意見を採用するという意味なのであれば、「多数決に頼らざるを得ない」というのはいかなる状況でもありえないと思います。例えとして適切か分かりませんが、投票結果に法的拘束力がないという点では住民投票に近いかもしれません。--しんぎんぐきゃっと会話) 2022年2月13日 (日) 17:41 (UTC)返信[返信]
    @しんぎんぐきゃっと
    「調査投票」ですので、多数決でそのまま無理やり合意形成を行うのではなく、誰がどの案に賛成して、どの案に反対しているかを明らかにすることが目的です。
    (投票、という形式になるのは不本意ですが後から確認する人にとって有意義なはずです)
    しんぎんぐきゃっとさんの調査投票を行おうという意見とほとんど同じですね。--圧倒的認識会話) 2022年2月14日 (月) 04:55 (UTC)返信[返信]

    以下、各人の論点整理--圧倒的認識会話) 2022年2月14日 (月) 15:16 (UTC)返信[返信]

    圧倒的認識さんの論点整理[編集]

    情報 下書きを記載することができる根拠のまとめ

    --圧倒的認識会話) 2022年2月14日 (月) 15:04 (UTC)返信[返信]

    Aoiouiさんの論点整理[編集]

    (以下自ら貼り付けました--Aoioui. 2022年2月14日 (月) 15:32 (UTC))返信[返信]

    コメント 改めて ここで明確にしておきましょう。存命人物の伝記に否定的な記述をするにあたって、

    • なぜ「意見」だけではいけないのか→「記事には出典に基づく事実が必要であり、その事実に即して書かれるべき」ということを方針を用いて証明済み(特別:差分/87987617
    • なぜ下書きが意見だけと言えるのか→多くが帰属され、また元記事からして帰属されているから
    • 「意見」と「事実」の区別は何か→帰属すべきものが「意見」、帰属すべきでないものが「事実」
    • 「意見」の中に「事実」があるように見える→元記事からして帰属されているものについて「事実」を読み取るのは独自研究

    よって、「意見」だけでは存命人物の伝記に否定的な記述ができないと主張しています。

    (貼り付けここまで--Aoioui. 2022年2月14日 (月) 15:32 (UTC))返信[返信]

    Symbol comment vote.svg 追記 経緯がないと誤解を招くかもしれないので念のため書いておきますが、上に書いてないからといってわたしが重要性を度外視しているわけではなく、むしろ積極的に主張していました。こちらは端的に言って「大手メディアの報道がないから重要ではない」と主張しているのだから、それに対して重要性を説けばいいものを、今ある情報で充分とか大手メディアとは何ぞやとかガイドラインではどうという話しか返ってこなかったため、新しい情報源が出ない限りは反対ですと宣言したんです(特別:差分/87970003)。それでもなお、定義がどうこうという話をしているので、これはもう後処理の段階なんだなと考えてまとめたのが上の箇条書きの発言です。--Aoioui. 2022年2月22日 (火) 17:28 (UTC)返信[返信]
    コメント へのいちと申します。完全に話題から脱線するので申し訳ないのですが、気になったので。
    Aoiouiさんがお書きになっている中に「帰属する」「帰属される」という動詞があるのですが、ぱっと読んだときによく意味が分からなくて、このノートで「帰属」を検索して他の使われ方を見てみたところ、どうやら、「特定個人の意見が、まさにその個人の意見であって普遍的事実ではないことがわかるように記述された状態」のことを言っているのですね。簡潔に表現するにしても他の方は「帰属化する」とか「帰属化される」のように表現していることが多いようです。「帰属化」にしても、他ではあまり見かけないウィキペディア独特の言い回しだと思いますが、さらに省略して「化」まで省いてしまうと、裸の「帰属する」という動詞と区別がつかなくなって「何が何に帰属する」という目的語を期待して読むことになるので、それで面喰ったのでした。1文字くらいなので省略しすぎないほうが良いかなと思いました。脱線失礼しました。--へのいち会話) 2022年2月27日 (日) 04:22 (UTC)返信[返信]
    • Aoiouiさま宛 あなたの上記ご主張とこれまでの議論の背景を踏まえて確認させていただきたいことがあります。まず、あなたは落合陽一の2021年2月9日 (火) 11:04時点における版 において、当該存命人物記事の批判的内容を記載されるにあたり、biz-journalやbuzzfeedといったネット記事を出典として批評家の見解を加筆されていたかと思います。また朝日の『好書好日』や産経ニュースも出典に挙げられていますが、これも報道による記事ではなく文筆家のコラムや書評記事を論拠に掲載されています。あなたは批評家や文筆家のコラム記事という報道記事とは異なる出典で、個人に帰属化する表記で存命人物の批判的な意見を加筆されたにも関わらず、一方で北村先生の記事では上記ご主張や「そもそもAERAはエッセイであり、エッセイは事実報道だという主張はあまりにも奇妙であると申し上げておきます。」(2022年2月12日 (土) 11:24 (UTC)投稿分)「AERAのそもそもの記事が、個人に帰属化されているからです(題名を見ても記事を見ても、東浩紀や與那覇潤に帰属化されていることが分かります)。先程も申し上げましたが、個人に帰属化されている出典を使って「これは事実が含まれている」というのはただの独自研究です。」(2022年2月12日 (土) 17:54 (UTC)投稿分)と仰るのはダブルスタンダードではないでしょうか?
    また、弁護士ドットコムの記事について、「(弁護士ドットコムを報道と考えているひとはそんなにいないのでは)」とご指摘いただいておりますが、この記事を確認していると会見を取材したうえで北村先生側及び呉座先生側両者の主張を掲載しており中立性についても問題ないと考えております。当該記事に対して信頼性に疑問があるのであれば、Wikipedia:検証可能性」やWikipedia:信頼できる情報源の基準を満たないという論拠をお示しください。
    次いで「いずれにせよこの内容で、本人にとってこの問題が重要であることが確認されているわけではないと思います」ともご指摘いただいておりますが、弁護士ドットコムの記事でも北村先生が出席の上でコメントしており、記事内の言及についても『発端は、国際日本文化研究センター(日文研)の助教だった呉座さんがツイッター上で、フェミニスト批評で知られる武蔵大学准教授の北村紗衣さんに対する誹謗中傷を繰り返していたことだ。その後、北村さんやその支援者たちが差出人となって、2021年4月にインターネット上で「オープンレター〜女性差別的な文化を脱するために」(オープンレター)を公開して、女性差別を生み出す文化から抜け出すよう呼びかけた。』と北村先生と呉座先生との問題点及びオープンレターへの北村先生の中心人物として出られていることが示されているではないですか[1]。また、別に北村先生へのインタビュー記事において、インタビュアーの「このオープンレターはどういう経緯で出されたんですか?」という質問に関して、北村先生は「これは、わたしが落ち込んでいたときに、知り合いの方が「オープンレターのような宣言を出したらいいんじゃないか」と提案してくださった感じです。」ということで自身の関与について発言しています[2]。(2022年2月27日 (日) 06:49 (UTC)投稿分引用)本人が関与したことをお認めになっており、ご自身から発信されていることを「いずれにせよこの内容で、本人にとってこの問題が重要であることが確認されているわけではないと思います」と申されるのは、(私個人の見解としては)無理があろうかと思います。--従六位上河内介会話) 2022年3月12日 (土) 00:52 (UTC)返信[返信]
    「論点整理への意見」という節があるのにここに返信するのは意味不明なのですが、どちらにしろわたしは既にこの問題について語り尽くしているため、これ以上返答はしません。投票待ちといったところですね。--Aoioui. 2022年3月12日 (土) 04:40 (UTC)返信[返信]

    従六位上河内介の論点整理[編集]

    (まず、掲載の是非に論点を絞って言及させていただきます。)

    1.本件は掲載の妥当性がある記述か?
    まず、私は本件については北村先生の専門であるフェミニスト批評に関係する記述であり、呉座先生と北村先生のSNS上でのトラブルから端を発した「女性差別的な文化を脱する」ことを目的に行われた社会運動であることから、掲載の妥当性があると考えます。そして、この次に北村先生が起こしたこの社会運動が掲載する価値があるかを検討しなければなりませんが、現行の記事を確認していると、北村先生のフェミニズム関係の活動と『週刊文春WOMAN』(週刊誌のムック本)におけるキャトリン・モランとの誌上対談についても記事内で言及されています。これも北村先生がフェミニスト批評の研究者として特記すべき事項として掲載されたものかと思いますが、一方で本件のような実名でご自身が呼びかけ人として実施した女性研究者に関する社会運動について、その運動に関する批評家の言及が掲載出来ないというのは、北村先生のフェミニズムに関する活動の記載において、適切な重み付けといえないのではないでしょうか。殊に本件は批判的な言及であるから、誹謗中傷に当たらないように細心の注意を払うべきなのは事実です。しかしながら、既に複数の媒体で本件について言及されており、いずれも情報源の信頼性が十分であると考えられる(後述)こと、またこれら以外の媒体でも著述家である古谷経衡氏の「「オープンレター」問題にみるネット署名の危険性」など有意な言及があることから掲載にまで至る重要性は満たしているものかと思います。
    2.情報源の信頼性について
    また、掲載の妥当性を検討するにあたって信頼すべき情報源(適切な出典)の有無が重要となりますが、この情報源については産経新聞社で刊行している『正論』と朝日新聞出版の『AERA』を中心に信頼性を担保出来ると考えています。
    以前Assemblykinematics様はこの『正論』の記事について「現在では論争の当事者(第二者)でいらっしゃるため、第三者言及とは言えなさそうです(2021年6月当時は北村氏との接点はなかったかもしれませんが、記事の内容や主張からすると第三者とはみなしにくそうです)。」と仰っておりましたが、そもそも記事で言及された当時は筆者と北村先生は接点が無かったはずであり、その後筆者が北村先生と論争関係になったことを理由として遡及的にこの文献を参照することは出来ないというのは理解に苦しみます。(この理論が成立するなら、批判的な記事を書いた人物に対してSNSや相手に手紙を送付して論争巻き込んで当事者化することで"批判封じ"をすることを認めてしまいます。)また、「記事の内容や主張からすると第三者とはみなしにくそうです」とも仰られていましたが、私も実際にその記事を読みましたが、筆者は北村・呉座両者に対して厳しい論調で問題点を指摘しており、第三者とはみなしにくいというには根拠が弱いと考えます。更にこの記事は呉座先生のページで参考文献として用いられておりますが、記事の内容や主張から第三者とみなしにくいという理由で北村先生のページでは使えない参考文献を、一方で呉座先生のページでは出典として使えるというのは公平性に適うのでしょうか。その点も踏まえて『正論』での記述も本件の言及に対して出典に用いることは可能と考えます。
    そして、「週刊誌である『AERA』に掲載された記事であるため、信頼できる情報源とはみなしにくいのが現状です。そのため、現状では明らかに独立記事にできる状態ではありません。」とありますが、これも異議があります。かつてAssemblykinematics様も議論に加わっていた井戸端での「大衆紙は政治問題や存命人物の批判の出典に使用できるか?」において、週刊誌だから出典として一律NGという結論は無かったはずです。そもそも週刊誌の出典として認められない記述は「ある情報筋によれば…」など情報元が不明確であり、検証可能性を満たさないものは当然認められないことは承知しています。しかし、(記事に掲載する特筆性があり、かつ発言元が帰属している書き方をしている前提で)「専門的な相応の権威ある人物が記名で寄稿」した記事まで信頼すべき情報源として不適当とは見なされていなかったはずです。また、現在北村先生のページには既にAERAや(週刊誌同様信頼性が弱いとされる)ウェブマガジンを参考文献に挙げて出典にされている一方で、AERAに掲載されていることを根拠に東先生のコラムは出典として不適当と述べられるのは矛盾していないでしょうか。
    以上を踏まえて、オープンレターに関する記述でいえば『AERA』や『正論』などそれぞれ論調の異なる媒体でも言及されており、(今回は言及しませんでしたが)朝日新聞系列のオピニオンサイトである『論座』、また評論家である古谷経衡氏も言及されていることを踏まえれば情報の信頼性は十分担保できるものと考えます。
    3.誹謗中傷と批評は分けて考えるべきでは?
    掲載に反対する方には北村先生への二次被害を憂慮して掲載すべきでない(もしくは被害の可能性を踏まえて掲載しない方に倒すべき)という意見があることは承知しております。もちろん北村先生を誹謗中傷するような記述というのは情報源の有無に関わらず掲載すべきでないというのは私も同じです。しかし、今回のオープンレターに関する記述というのは、北村先生が呼びかけ人として行われた社会運動であり、その批評も社会運動に関する見解を述べたものになります。オープンレターのきっかけとなったのは呉座先生がSNSで北村先生を指して不適切な投稿をしたという経緯があるため北村先生への二次被害を警戒されているのでしょうが、人格否定とは関係のない社会運動に対する見解すら誹謗中傷と同様の捉え方をすると、そもそもWikipediaにおける存命人物への批評自体が掲載出来なくなります。また、批評が誹謗中傷の範疇に含むとして記述が排除されるならば、(極論ではありますが)人物記事において、当該人物やその賛同者にとって都合がいい内容だけを恣意的に記載することを認めることになります。特にこれまでの議論を見ているとオープンレターに関する記述を呉座先生のページには記述する(またはオープンレターで単独立項する予定)であるという一部意見も拝見しましたが、一方の当事者である呉座先生のページには記載OKで、一方北村先生のページには記載NGというのは平等性に欠くと考えます。当然記述に関しては悪意ある記述は排除するべきではありますが、下書きリンクの内容も誹謗中傷など二次被害に抵触するようなものがあるとは疑わしいうえ、上記で挙げた文献についても北村先生の個人攻撃を行うものでなければ、そのような懸念は当たらないものと考えます。

    --従六位上河内介会話) 2022年2月22日 (火) 15:12 (UTC)返信[返信]

    返信 (主に従六位上河内介様宛) いくつか事実誤認があるようなので、
    • 確かに山内雁琳先生が『正論』でオープンレターに言及した記事について「記事の内容や主張からすると第三者とはみなしにくそうです」と書きましたが、これは記事「女性差別的な文化を脱するために」の単独立項がガイドライン「Wikipedia:独立記事作成の目安」を満足するかどうかという話で、出典に使えるかどうかの話ではありません。
    • 呉座先生の記事に将来的に記載する可能性があると書きましたが、これは呉座先生のキャリア・業績に重大な影響があったためであり、北村先生の記事とは状況が異なります。ただし、節全体をコメントアウト(2022-02-25T20:04:29時点の編集)するまで、結果的にずっと書いてませんでした。これは当時はオープンレターが懲戒処分や内定取り消しに影響したという信頼できる情報源が見当たらなかったからです。なお、呉座先生の記事では本人の謝罪文を逸脱する内容は書かないように配慮していました。山内 2021, p. 164にも書かれているオープンレターの文面抜粋には、呉座先生が認めていることから逸脱している表現も見受けられたため、どの記事においてもオープンレターに関連して呉座先生の名前を出すのはリスクが高いと考えています。
    • 個人的な見解として、例えば本人物記事のキャトリン・モランの節を修正するなどしてフェミニズムに関する小節を設けて置き、その中で「なお、2021年4月に・・・らとともに「女性差別的な文化を脱するために」というオープンレターを公開した(山内 2021, p. 164)。」と触れ、記事「オープンレター」の中で「2021年4月に・・・らが「女性差別的な文化を脱するために」というオープンレターを公開し、普段政治的な活動や発言が見受けられない人たちも含めて、約1280名を超える署名を集めた(山内 2022, p. 164)。ただし・・・や・・・により、本人の同意なく提言者や署名欄に名前があったケースが指摘されている[3][4]。」と書く程度は許容される可能性もあると考えています。オープンレターに関連して呉座先生と北村先生のことについて言及するのは、双方のプライバシーや二次被害、名誉棄損への配慮や、昨今の訴訟や代理人弁護士の懲戒請求、情報開示請求といった混乱に鑑みて、記載すべきではないと考えます。
    といった点について補足しておきます。--Assemblykinematics会話) 2022年3月6日 (日) 00:59 (UTC) 少し修正・追記を行いました。--Assemblykinematics会話) 2022年3月6日 (日) 01:51 (UTC)返信[返信]
    • 返信 上記返答においてお答えいたします。『呉座先生の記事に将来的に記載する可能性があると書きましたが、これは呉座先生のキャリア・業績に重大な影響があったためであり、北村先生の記事とは状況が異なります。』とありますが、これはオープンレターが呉座先生のキャリア・業績に重大な影響を及ぼしたものと認識されているということでよろしいでしょうか。以前、『紙媒体や電子ジャーナルの出典を加えて記事「呉座勇一」の改稿を準備中で、その過程でオープンレター「女性差別的な文化を脱するために」についても言及する予定です。』(2022年2月8日 (火) 22:31 (UTC)投稿分)と述べられていましたが、北村先生が行った社会運動であるオープンレターが呉座先生のキャリア・業績に重大な影響を与えたのならば、それは北村先生の記事においても相当の特筆性はあるものと見なされるのが普通ではないでしょうか。そのため、当事者である呉座先生のページには記載OKで、一方北村先生のページには記載NGというのは平等性に欠くと考えた次第です。また、『山内 2021, p. 164にも書かれているオープンレターの文面抜粋には、呉座先生が認めていることから逸脱している表現も見受けられたため、どの記事においてもオープンレターに関連して呉座先生の名前を出すのはリスクが高いと考えています。』とありますが、参考文献にオープンレターの文面抜粋(=呉座先生が認めていることから逸脱している表現)があることよって、記事掲載にあたりどのようなリスクを併発するのでしょうか。
    また、本件においては呉座先生のお名前を出さず『ある男性研究者…』といった匿名化や、WP:NPOV における“情報源が内包する偏向“にある「中立的な観点は、複数の信頼できる情報源においてその意見が持つ重みに基づいて、諸情報源が内包する偏りのバランスをとることによって達成されるべきであり、特定の編集者の観点と観点が一致しない情報源を除外することによってなされるべきではありません。」に照らして、例えば弁護士ドットコムにある呉座先生側の意見も掲載することで情報源の釣り合いをとることでリスク回避する方法もあると考えています。
    (Assemblykinematics様の個人的見解であることを承知の上でご指摘させていただきますが)『本人物記事のキャトリン・モランの節を修正するなどしてフェミニズムに関する小節を設けて置き、その中で「なお、2021年4月に・・・らとともに「女性差別的な文化を脱するために」というオープンレターを公開した(山内 2021, p. 164)。」と触れ、記事「オープンレター」の中で「2021年4月に・・・らが「女性差別的な文化を脱するために」というオープンレターを公開し、普段政治的な活動や発言が見受けられない人たちも含めて、約1280名を超える署名を集めた(山内 2022, p. 164)。ただし・・・や・・・により、本人の同意なく提言者や署名欄に名前があったケースが指摘されている[1][2]。」と書く程度は許容される可能性もあると考えています。』とありますが、北村先生の記事に言及する内容としては、なぜオープンレターが出されることになったのか、オープンレターが出されたことにより周囲にどのような影響があったのかが示されておらず、記事内の他の言及と比較しても内容があまりに短く読者に誤解を与えないでしょうか。
    (推測にて恐れ入りますが)オープンレター関係の記述に呉座先生・北村先生のお名前を出さないように“最低限”の記述としてご提示いただいたのかと思います。しかし、今回議論しているオープンレター関連の記述というのは、先般私が示しました通り下書きリンクの内容記述や出典は社会運動に対する批評であり、個人攻撃やプライバシーに抵触するものなのか疑問があります。当然、出典や記述に批評の範疇を超えた個人攻撃や明確にプライバシー侵害しているものがあれば記述すべきでないのは理解できます。しかし、これに当てはまらない批評記事や実名で公表されている社会運動(オープンレター)なども個人攻撃やプライバシー侵害(の恐れがある)と指摘されると、「Wikipedia:存命人物の伝記#評論家の意見」の趣旨そのものを否定することにならないでしょうか。
    『昨今の訴訟や代理人弁護士の懲戒請求、情報開示請求といった混乱に鑑みて、記載すべきではないと考えます。』とありますが、呉座先生への反訴に関してはともかく、懲戒請求や情報開示請求に関しては厳密にいえばオープンレターの本旨とは別の事柄であり、本記事に掲載を検討している内容と関連が薄いと考えられるため、混乱を鑑みて掲載すべきでないと言うには論拠に弱いのではないかと考えます。次いで、二次被害についても申されていますが、これは呉座先生のノートでAssemblykinematics様が既にご指摘されております通り、掲載しないことによって批判が集まることは想定されないのでしょうか。現に北村先生がWikipediaの著名な執筆者であることから、オープンレターが削除された際に北村先生が削除に関連しているかのような推測がSNSで相次ぎTogetterのまとめが作成されている事態も起こっています。そのため必要以上にオープンレターに関して言及する必要はありませんが、掲載しないことにより北村先生への二次被害を生み出す懸念もあるため最低限の言及はしておくべきだと思います。--従六位上河内介会話) 2022年3月9日 (水) 13:58 (UTC)返信[返信]
    文言の一部修正--従六位上河内介会話) 2022年3月9日 (水) 15:41 (UTC)返信[返信]
    従六位上河内介さん宛 記事呉座勇一のことはそっちでやってくださいとしか言いようがないのですが、Togetterのことなんかはどうでもいいでしょう。記事にオープンレターのことを書いても書かなくても、Twitterがそれで盛り上がればTogetterにまとめられる可能性はあります。--Aoioui. 2022年3月9日 (水) 15:54 (UTC)返信[返信]

    論点整理への意見[編集]

    以下、各人の論点整理への意見--圧倒的認識会話) 2022年2月14日 (月) 15:16 (UTC)返信[返信]

    • 基本的にAoioui氏と圧倒的認識氏の主張が軸になって議論が展開されていたので、細かいところの認識の違いはあれど大筋の対立意見という意味ではこの二名の記載で十分なのではないでしょうか。(もちろん不十分と考える方がいれば記載するべきですが)--Epicra会話) 2022年2月15日 (火) 10:16 (UTC)返信[返信]
    • 何をしようとしているのかいまいちピンと来てないので静観しておきますけど、これ最終的には下書きを記事に書く・書かないで投票するんですよね?--Aoioui. 2022年2月15日 (火) 11:06 (UTC)返信[返信]
    aoiouiさん宛 まずは一つ一つ論点を整理してお互いの認識の齟齬を炙り出し、投票によってどういったガイドラインの解釈が妥当かということをハッキリさせようとしているのだと思います。なので最終的な書く書かないはもう少し先の話かと。--Epicra会話) 2022年2月15日 (火) 13:15 (UTC)返信[返信]
    報告 Epcra様とAoioui様の上記の書き込みは最初「#論点整理への意見」(各人の論点整理への意見)に書かれていましたが、場所はこちらの方が適当と思われたので、移設させていただきました。--Assemblykinematics会話) 2022年2月15日 (火) 21:05 (UTC)返信[返信]
    コメント コメントの内容的な部分を考えての移設だと思いますが、もともとあったセクションでも特に問題がなさそうでしたので元の位置に戻しました。--モーチー会話) 2022年2月15日 (火) 22:04 (UTC)返信[返信]
    コメント 論点整理をまとめる時間がすぐに取れませんし、合意形成期間として急過ぎる気がします。自分の論点整理を書き込めるのは2月19日(土)(JST)頃になると思います。なお、それまでの間に2022年2月15日 (火) 00:59 (UTC) 時点のTEN様による意見を論点としてまとめておくと良いように感じました。--Assemblykinematics会話) 2022年2月15日 (火) 21:05 (UTC)返信[返信]
    今のところ、上での投票についてのやりとりを読む限りでは、議論の見通しを良くするための調査投票を実施するということまでしか決まっていないようです。これから圧倒的認識さんが具体的な投票の選択肢を提示されるようですし、まだどのような調査投票になるかさえ掴めていない段階なので、実際に投票フェイズに移るとしてもこの議論進行ペースからすると、だいぶ先のような気がします。--モーチー会話) 2022年2月15日 (火) 22:20 (UTC)返信[返信]
    投票案作成が遅れてしまい申し訳ありません。基本的にモーチーさんの言う通りとなります。
    急用が入ってしまい、じっくりwikipediaに時間をかけることが今後1,2週間減ってしまいそうです。ただ、投票自体急ぐことでもないので論点整理を充実して頂けると助かります。--圧倒的認識会話) 2022年2月20日 (日) 14:57 (UTC)返信[返信]

    • 従六位上河内介さんの見解が掲載されましたが、それも含めて何点か確認させてください。
    圧倒的認識さんの論点から。「当人の専門分野(フェミニスト批評)と大きな関係がある」→フェミニスト批評と、女性差別に対抗するための運動について、どの程度関係性があるのか説明されている資料が提示されていません。関係性が証明されていないものを並べてあたかも関係性があるように見せかけるのは、情報の合成であり、執筆者の独自研究です。圧倒的認識さんの論点では、私にとっては掲載のための前提条件から躓いているので、「掲載すべきではない」という意見が変わりません。
    従六位上河内介さんの論点から。フェミニスト批評と女性差別に対する運動を論拠なしに結び付けているのは圧倒的認識さんの論点と同様に、ウィキペディアでは情報の合成となる手法です。さらに言えば、『古谷経衡氏の「「オープンレター」問題にみるネット署名の危険性」など有意な言及』とされていますが、原文に当たると、古谷経衡氏が述べているのは、過去に自分が発表した愛知県知事リコール署名偽造事件に関する意見にも言及しつつ、ネット署名活動一般に対する危うさを述べたものであって、オープンレターは自身が巻き込まれたことから言及しているだけ、ということになるかと思います。その自身の行動に関する言及が当時の感情なども交えながら長文にわたって述べられているので、「『オープンレター』問題への有意な言及だ」と見えてしまうかもしれませんが、中核となる意見でないものをあたかも主要な意見であるかのように提示して論拠とするのは、適切ではないと考えています。掲載文の追伸としてではありますが「実際のところ、小生の氏名を僭称した下手人は、いまだに闇の中に潜伏しており、まったく判明しておりません。」と述べているとおり、一連の「オープンレター」問題に北村氏がかかわっているかどうか、古谷氏は言及していないわけです。なので、古谷経衡氏の言及を根拠とするのは適切ではない、となります。
    現状では、どのような書き方をしても一連のオープンレターの騒動の中心人物として北村氏が携わっているかのように見える記述が避けられない以上、WP:NPFにある『どちらとも決めにくい場合の経験則は、「害にならないことだけをせよ」です。』に従って、このこと自体に言及すべきではない、となります。「1.本件は掲載の妥当性がある記述か?」で掲載すべきではないとなっている以上、現時点では「2.情報源の信頼性について」と「3.誹謗中傷と批評は分けて考えるべきでは?」に対する言及はしません。--VZP10224会話) 2022年2月23日 (水) 02:23 (UTC)文言修正--VZP10224会話) 2022年2月23日 (水) 04:16 (UTC)返信[返信]
    VZP10224さん。オープンレターがフェミニスト批評の専門分野とは関係ないという主張でしょうか。
    女性差別に対抗するための運動(オープンレター)は本人が実名と「武蔵大学准教授」という肩書を公表して行ったムーブメントです。--圧倒的認識会話) 2022年2月26日 (土) 10:47 (UTC)返信[返信]
    • 返信遅くなりました。今日から時間に余裕があり、議論に復帰できそうです。Aoiouiさんの意見について、少なくとも「何人が賛同した」「無断賛同の対応がオープンレターに記載された」というのは事実ではないのでしょうか?--圧倒的認識会話) 2022年2月26日 (土) 03:04 (UTC)返信[返信]
    • VZP10224様のご指摘についてお答えします。「どのような書き方をしても一連のオープンレターの騒動の中心人物として北村氏が携わっているかのように見える記述が避けられない以上WP:NPFにある『どちらとも決めにくい場合の経験則は、「害にならないことだけをせよ」です。』」という記述については、弁護士ドットコムにおけるオープンレター側による呉座先生への反訴に関する記者会見でも北村先生が出席の上でコメントしており、記事内の言及についても『発端は、国際日本文化研究センター(日文研)の助教だった呉座さんがツイッター上で、フェミニスト批評で知られる武蔵大学准教授の北村紗衣さんに対する誹謗中傷を繰り返していたことだ。その後、北村さんやその支援者たちが差出人となって、2021年4月にインターネット上で「オープンレター〜女性差別的な文化を脱するために」(オープンレター)を公開して、女性差別を生み出す文化から抜け出すよう呼びかけた。』と北村先生と呉座先生との問題点及びオープンレターへの北村先生の中心人物として出られていることが示されています[5]。また、別に北村先生へのインタビュー記事において、インタビュアーの「このオープンレターはどういう経緯で出されたんですか?」という質問に関して、北村先生は「これは、わたしが落ち込んでいたときに、知り合いの方が「オープンレターのような宣言を出したらいいんじゃないか」と提案してくださった感じです。」ということで自身の関与について発言しています[6]
    本件について情報の合成ではないかとご指摘がありましたが、本件は北村先生自身も関与を認めていることからご指摘には当たらないと思います。また、古谷経衡氏の記事についてご指摘いただいておりますが、本件はオープンレターが第三者による言及があるという特筆性を示すために傍証として提示したものであり、古谷氏の記事のみを論拠にしてオープンレターの有意性を示すものではございません。
    もし追加で論点がごさいましたら、論点整理の小節を立項いただけますと幸いです。--従六位上河内介会話) 2022年2月27日 (日) 06:49 (UTC)返信[返信]
    • 投票手続きの進行状況について。2月13日に論点整理を募ってから3週間ほどが経ち、論点整理についてほぼ出揃った状況かと思います。投票手続きとしてあと残るステップは、投票の実施要項を提示して、それについての合意を形成するだけです。つきましては、投票提案者である圧倒的認識さんからの投票の実施要項の提示を待ちたいと思います。--モーチー会話) 2022年3月5日 (土) 12:11 (UTC)返信[返信]
    • コメントノート:呉座勇一#記述のコメントアウトについて」に関連するコメントを書き込んでいますので、こちらでもご紹介しておきます。なお、2022年3月7日(JST)まで現実世界で年度末の処理がありますし、他の存命人物の記事でWikipedia:存命人物の伝記に鑑みて修正が必要な記事の改稿準備を進めていることもあり、論点を書きまとめる頭の余裕がありません。論点を記述できていませんが、これまでの言及をうまく反映していただけると助かります。--Assemblykinematics会話) 2022年3月6日 (日) 01:51 (UTC)返信[返信]
    • コメント 投票前の事前質問なのですが、これまでに提示された『オープンレター』を扱った資料の中には、オープンレターとフェミニズムの関係について言及して批評する記事はありましたが、オープンレターを当人物の「フェミニズム活動」に絡めて論評している内容の記事などはありますでしょうか?--モーチー会話) 2022年3月22日 (火) 17:17 (UTC)返信[返信]

    加筆修正案3[編集]

    コメント 上のセクションとは別の話題となっているため、新たに小節を挿入してセクション分離を行いました。--モーチー会話) 2022年2月26日 (土) 11:33 (UTC)返信[返信]

    情報 弁護士ドットコムニュース(Yahooニュース)がオープンレターに関する訴訟動向を報道しました。タイトルには『武蔵大准教授の北村紗衣氏、甲南大非常勤講師を提訴 「ツイッターで名誉毀損された」』とあり、オープンレターと北村氏の関係についてはより明らかになったと思います。代理人弁護士が内容証明郵便を勤務先に送付した件もコメントとして紹介されているため、下書き案にいくつか修正を加えてもいいかもしれません。--圧倒的認識会話) 2022年2月26日 (土) 10:38 (UTC) https://news.yahoo.co.jp/articles/d501c26624858936b2a57ecc9775811dce91eb65返信[返信]

    報告 下書き案を修正しました。以下修正のポイントです。
    • オープンレターの説明を「呉座勇一が北村に対しておこなった「誹謗中傷」に関連して、女性差別の文化を脱却するようもとめた公開文書」に変更(弁護士ドットコムの記載を参考に)
    • 男性の投稿は「否定的な投稿」として記載(記事内では「ポリコレリベサヨうんこ学者」「異常性格」などの投稿が紹介されていました)
    • 北村の記者会見での発言と男性の取材回答双方を記載
    なお、記事冒頭には「ツイッター上で名誉を傷つけられたとして、武蔵大准教授で、フェミニズム批評で知られる北村紗衣...提訴した。」とあり、北村とオープンレターの関係性がより明らかになったと思われます。アゴラや論座が信頼できる大手メディアかどうかで議論もありましたが、弁護士ドットコムという専門家メディアも報じたことでこの点は解消できたと思っています。--圧倒的認識会話) 2022年2月26日 (土) 11:13 (UTC)返信[返信]
    コメント 投票前の論点整理中だと思うので手短に。使うなら配信元の方がいいと思いますが[7]、いずれにせよこの内容で、本人にとってこの問題が重要であることが確認されているわけではないと思います(弁護士ドットコムを報道と考えているひとはそんなにいないのでは)。--Aoioui. 2022年2月26日 (土) 11:30 (UTC)返信[返信]
    「弁護士ドットコムニュース」は出典として申し分ないと思いますが、Aoiouiさんの認識では弁護士ドットコムニュースはアエラや論座と同程度の信頼性・検証可能性ということでしょうか。--圧倒的認識会話) 2022年2月26日 (土) 16:19 (UTC)返信[返信]
    そうですね。主題は名誉毀損での提訴ですし、本人の業績に対する重要性がなさそうですから。--Aoioui. 2022年2月26日 (土) 16:39 (UTC)返信[返信]

    投票準備[編集]

    投票の性質についての合意形成を行います。返信が遅れて申し訳ないです。--圧倒的認識会話) 2022年3月14日 (月) 09:28 (UTC)
    Wikipedia:調査投票の方法に基づく投票の性質の整理です。
    3月21日までに大きな反対が無ければ3月21日より投票開始でいかがでしょう。
    3月23日までに大きな反対が無ければ3月23日より投票開始でいかがでしょう。 3月25日より投票開始でお願いします。返信[返信]

    • 問題は何か?

    「オープンレターに関する話題が記事主題を説明する上で必要な情報であるかどうか」

    • 選択肢の候補は?

    ①「オープンレターに関する話題が記事主題を説明するうえで必要である」 ②「オープンレターに関する話題が記事主題を説明するうえで必要ではない」

    • 選択肢が三つ以上ある時、回答者は複数の選択肢を選択できるのか?

    ①、②それぞれに 賛成 反対 を記載。条件付き賛成・反対は使わず。(投票例:① 賛成 反対 )

    • 投票の開始・終了日時は? (適切な期間を投票に割り当てること)

    3月25日から3月31日まで

    • 投票結果の集計方法は? (最多数をとったものを選ぶか、3分の2以上などのラインを設定するか)

    賛成票を1ポイント、反対票を-1ポイントとし、最多数をとったものを選ぶ。なお、追加の信頼できる情報源が出た場合は再考を要す。

    • 議論の要約、各意見を簡潔に並べたもの、などの投票前に論点がわかるもの、が用意できているか?

    「論点整理」を参照

    --圧倒的認識会話) 2022年3月14日 (月) 09:28 (UTC) 修正 --圧倒的認識会話) 2022年3月19日 (土) 08:48 (UTC)棄権を追加--圧倒的認識会話) 2022年3月22日 (火) 10:09 (UTC)返信[返信]

    投票準備へのコメント[編集]

    • 賛成 投票案に賛成します。--モーチー会話) 2022年3月14日 (月) 10:10 (UTC)返信[返信]
      問題・選択肢を修正したので再度確認していただければ幸いです。--圧倒的認識会話) 2022年3月19日 (土) 08:50 (UTC)返信[返信]
    • Aoiouiさんの論点整理において、過去の投稿と今回の論点で矛盾したところがあり、御本人に確認をしましたが「どちらにしろわたしは既にこの問題について語り尽くしているため、これ以上返答はしません。」と回答いただいておりません。御本人としては語り尽くしていると申されていますが、過去の投稿と論点の中核・これまでの説明とが矛盾した状態のまま投票に移ってしまうと、方針やガイドラインで定めていないものを論点に組み込んで実施する恐れがあるため、aoioui様に挙証責任として合理的な説明していただいてから投票に移るべきではないでしょうか。--従六位上河内介会話) 2022年3月15日 (火) 00:19 (UTC)返信[返信]
      • 査読を経たメディアを出発点とした論争と、オープンレターに関する一連の動きが、本当に同じものに見えているなら、こういった議論に参加しない方がいいですよ。記事「呉座勇一」についてもそうですが、各々事情が違うものを同じ土俵に上げないでください。ここでは、誰も従六位上河内介さんの作った人物記事に絡めて議論してないでしょう。そんなことは不毛だと知っているからです。そういった議論姿勢は改めることをおすすめします。--Aoioui. 2022年3月15日 (火) 05:18 (UTC)返信[返信]
        @Aoioui様、あなたは「各々事情が違うものを同じ土俵に上げないでください。」と申されておりますが、私は以前AERAの記事の信頼性について、WP:SUBSTANTIATEを踏まえてお話した際に「この話題はもう「「意見」だけでは存命人物の記事に否定的な記述をしてはいけない」に落ち着いたと思うんですが、違うんですか? 意見がバラバラなので困ってしまいます。わたしはもう、「記事には出典に基づく事実が必要であり、その事実に即して書かれるべき」ということを方針を用いて証明したではありませんか。」と返答されましたね。これまでのあなたの発言を確認しておりましたが、出典が「(信頼性の高い)大手メディア」でないことや、評論家の批評記事であった(=報道記事でない)ことから一貫して記載に反対されていたかと思いますが、一方であなたは報道記事でもない書評記事やウェブ媒体だけを論拠に、評論家に帰属化するようにして存命人物の批判的な記述されていたことから、本ノートにおけるあなたのご主張に強い疑義の念を抱いております。あなたは「各々事情が違うものを同じ土俵に上げないでください。」と申されますが、どの記事においても方針はガイドラインといった遵守すべきことは同じでしょう。そして、あなたの主張に矛盾があれば、あなたの主張なのですから当然挙証責任として説明する必要があります。もしこのままあなたが方針やガイドラインに裏打ちされた合理的な説明が為されないのであれば、あなたのご主張は信用を失います。本ノートの議論にも関係する話にもなりますので、相手の議論姿勢を諌める前にまずお答えいただけますでしょうか。--従六位上河内介会話) 2022年3月15日 (火) 15:25 (UTC)返信[返信]
        • これ以上返答はしません、と申し上げた通りです。従六位上河内介さんがわたしを信用していないことは大変よく分かりました。--Aoioui. 2022年3月15日 (火) 15:48 (UTC)返信[返信]
        @Aoioui様、まず返答はしませんと一方的に対話拒否のようなことをされるとは非常に残念です。あなたのご主張に矛盾があるためお伺いしているにも関わらず、一方的に必要なしと判断してご自身の主張にとって都合の悪い内容を話さない姿勢は、ノートでの議論として正当と認められるのでしょうか?また、ご自身の主張と都合の悪いことは挙証責任を果たさず言及しないまま、本ノートにおける投票や議論に参加する資格があるとお考えなのでしょうか?これ以上、矛盾したご主張について挙証責任を果たされず議論を空転させることを諒とされるのならば、本ノートでの言及を一切お控えいただければと存じます。--従六位上河内介会話) 2022年3月16日 (水) 23:35 (UTC)返信[返信]
    • 従六位上河内介さん 横から失礼しますが、従六位上河内介さんがAoiouiさんに対して執拗に返答を求め続けている内容の性質からいって、この議論ページで行うことではなく、相手の会話ページか利用者の行為についてのコメント依頼ページで行うことのように思います。したがって、今後、同様の性質のコメントが本ページで繰り返された場合、それらのコメントを本議論ページから然るべき場への転記することを提案いたしますので、ご理解のほど宜しくおねがいします。--モーチー会話) 2022年3月17日 (木) 09:25 (UTC)返信[返信]

    • コメント 井戸端の関連する話題を拝見したのでコメントしておこうと思います。ノートの議論が長すぎて全体像の把握が困難なのですが、上で行われている論点整理の内容と調査投票の内容が一致していないように思います。論点整理で議論されている内容は要するにオープンレターに関連する話題は「記事に書くべき内容かどうかどうか」なのに対して、実施される投票案は「用意された下書きを反映するのに賛成か反対か」の投票になっています。論点整理の内容から考えるなら調査投票の対象は、「オープンレターに関する話題が記事主題を説明する上で必要な情報であるかどうか」ではないでしょうか。その後、書くべき内容なら何を元に書くかの合意形成を行う、必要のない内容なら加筆せず終了、という次のステップに入るものではないかと思います。
    • 下書き案の方も拝見したのでこちらの方にもコメントいたしますが、現在の内容から考えて、オープンレター関連(呉座氏関連?)の情報が必要だとしてもこのまま記事に反映するべきではないと思います。有識者からの指摘とありますが、言及されている人物が本件に関連して有識者であるというのは説明を要する表現に見えます。まずもって言及されている古谷経衡氏、高野秀行氏は本文の説明的には名義の無断使用に対して削除を求めただけで「有識者」として何か見解を述べたり事実関係の整理をしているわけではないようですし、池田信夫氏がTwitterで述べたコメントに特筆性があるとも考え難いです。経済学者が本件についてどのような専門性を持っているのか良くわからないですし、出典に使われているTwitterのスレッドを見ると「私もオープンレター問題には興味なかったが、これは社会学系や英文学系のバカ発見器だね。放射脳やコロナ脳のような『フェミ脳』という病気があるんじゃないか。」という本人のコメントが繋げられており、はっきり言って意見を表明したといった類のきちんとした文章ではないです。一般論としてこれを信頼できる出典として扱えるとはとても思えません。また、「歴史学者である呉座勇一が会員制交流サイト上で北村ら女性に否定的な形で言及した結果、国際日本文化研究センターから処分が下された件に関して~」と言った本文も、正直予備知識が少ない人間には意味がわからないのが正直なところです。本文の内容をそのまま読むと、1.呉座氏が北村氏ら女性に否定的な形で言及した、2.国際日本文化研究センターから処分が下された、3.與那覇潤氏は冤罪だと苦言を呈した、という流れですが、文章上北村氏は客体であり主体は呉座氏または国際日本文化研究センターなはずで、「女性に否定的な形で言及」が主題ならこれを書くべき場所は呉座勇一、「冤罪」が主題なら国際日本文化研究センターになるのではないでしょうか。オープンレターに関する情報を加筆する場合でも現時点の下書き案は大幅な調整が必要で、個人的にはこれを読む限りは特筆性が乏しいように感じます。--TEN会話) 2022年3月15日 (火) 17:43 (UTC)返信[返信]
    • 提案 投票の主題は@TENさんの指摘された点と考えます。なんのために調査投票するのか、まとめの流れを守り前提を次の趣旨に訂正してください。(TENさんの2022年3月15日 (火) 17:43 (UTC) 時点ご指摘の引用)返信[返信]
    • 『調査投票の対象は、「オープンレターに関する話題が記事主題を説明する上で必要な情報であるかどうか」』(引用ここまで)
    井戸端も拝読し、調査投票は討議にひとつの踊り場を設けようというご意図と読み解きました。であればこそ、調査投票の目的自体に{{反対}}するほかないなど、議論の空転だけは避けたく、なにとぞご検討願えないでしょうか。これまでの熱い討論まで反故になると恐れます。
    論を進めた皆さん、小見出しに分けて整理に努めた皆さんには、この場をお借りし深く謝意を申します。前から気になりながら時間を割けず、本腰を入れて読んだら2時間かかりました。すでに小冊子1冊ほどの文字量であります。--Omotecho会話) 2022年3月17日 (木) 04:16 (UTC)返信[返信]
    @TEN@Omotecho
    修正いたしました。確認いただければ幸いです。--圧倒的認識会話) 2022年3月19日 (土) 08:50 (UTC)返信[返信]
    調査のための#投票準備の改訂版を拝見、どうぞ調査へ進んでくださればと考えます。お手数をかけました。--Omotecho会話) 2022年3月19日 (土) 10:48 (UTC)返信[返信]
    • コメント 圧倒的認識さん投票案の修正、ご苦労様でした。修正された投票案に再度の賛成を示します。
    ただ、修正したところすぐの指摘で忍びないですが、②番の「オープンレターに関する話題は必要であるが、下書き案には修正が必要である」の選択肢は必要ないと考えます。現在の状況は、下書き案に対する指摘はもうすでにここまでの議論で出尽くしているか、もしくはもうこれ以上修正のコメントをする方が出てこないかのいずれかの段階に至っており、それでも合意の見込みがないため、次の投票のステップへと進もうということだと理解しています。もしまだ修正が必要と考える方がおられるのであれば、投票を始める前に#加筆修正案3へコメントをして、最終的な下書き案を提示するようにするのが順序として先でしょう。投票後に修正しては、①番の「オープンレターに関する話題は必要であり、下書き案をそのまま記載する」へ集まった票も意味のないものとなってしまっては元も子もないかと。したがって、下書き案を修正してまた再度の投票になるのもコミュニティの負担となりますから、投票の選択肢としては②を抜いて、①と③のみとすべきだと考えます。--モーチー会話) 2022年3月19日 (土) 12:09 (UTC)返信[返信]
    • コメント 現状だと文言が変更されただけで結局「用意された下書きを反映するのに賛成か反対か」の投票になることに変わりが無いように思います。そのテーマで投票をするならモーチーさんの言うように①と③での投票になるだろうと思いますが、ノート上の議論を見るにそもそも 「オープンレターに関する話題が記事主題を説明する上で必要な情報であるかどうか」に合意が存在しないまま下書き案を作って「方針上これは加筆して良いのだ」という話に移行してしまっているのが議論の収集がつかない原因であろうと思ったので上記のコメントをしました。同様の指摘は既に過去の書き込み(差分)行われているようですが、その後の議論ではこの点を考慮しないまま出典の信頼性や下書きの内容に焦点が移ってしまっています。「下書き案を修正してまた再度の投票になるのもコミュニティの負担」という点については、下書き案を用いるかどうかについて決めるのがまた投票によるというのは可能な限りは避けるべきものだと思います。また、上にも述べた通り私は現状の下書き案は内容・出典の双方で大きな問題があると認識しています。特に使われている各出典を読む限り最終的に情報の出元の大半がTwitterであることが確認できることから、このノートでの議論自体がWikipediaの記事改善を巡る討論というよりSNS上のいわゆる「炎上」の余波という性質を強く持っていると考えており、オープンレター関連の話題が必要な情報であるという投票結果が出るようであれば加筆修正案についてはコメントさせていただこうと思います。
    • なお、投票参加資格については明記しておいた方が良いだろうと思います。恐らく最初に投票の話題が出たのが2022年2月13日 (日) 10:36 (UTC)なので、この時点で50回以上の編集回数があることなどと、多重アカウントを使用しての投票の禁止は明記しておいた方が良いのではないでしょうか。他の項目については特に問題はないだろうと思います。--TEN会話) 2022年3月19日 (土) 15:38 (UTC)返信[返信]
      • 多重アカウントによる投票はそもそもWikipedia全体で禁止されているので別に書かなくてもいいと思いますよ(WP:ILLEGITに「多重投票」と明記されている)。--Aoioui. 2022年3月19日 (土) 16:16 (UTC)返信[返信]
      • 後段の投票参加資格についてですが、この投票の結果をそのまま議論の結論としようとしているわけではなく、どの程度合意に近いかなどを探る目的での投票ですので、参加資格などの制限も特に必要はないと思います。--モーチー会話) 2022年3月20日 (日) 03:50 (UTC)返信[返信]
        • コメント 多重投票について、了解です。参加資格はWikipedia:投票にも一応項目として存在しますし愉快犯対策としてWikipedia上の投票でよく定義されているのであった方が良いかと思いましたが、必要ないということであればそれで特に異論はないです。--TEN会話) 2022年3月20日 (日) 10:39 (UTC)返信[返信]
          はじめまして。この話題にコメントするためにアカウントを取得しました。問題はなにか?に対して『「オープンレターに関する話題が記事主題を説明する上で必要な情報であるかどうか」(引用ここまで)』であるならば選択肢の候補は?に対するのは①「オープンレターに関する話題が記事主題を説明するうえで必要である」、②「オープンレターに関する話題が記事主題を説明するうえで必要ではない」の2択ではないかと思います。現状①、②の文言に比べて現状③の文言が少し乱暴に見えてしまう点も少し気になりました。また、慣れない場で恐縮ですが投票結果の集計方法は?の内容が実質、最多得票の案を採用する多数決になっていないでしょうか?着地点が難しいのでどうあるべきだと思うという点まで落とし込めていないのですが懸念を表明させていただきます。--ぷにを会話) 2022年3月21日 (月) 02:54 (UTC)返信[返信]
          @ぷにを さま「多数決になっていないでしょうか」というご指摘に関しては強制力のない調査投票であるため、指摘が当たらないのではないかと思いました。一方で仮に③が最多得票数になれば私としては数か月(これは新しい情報源を待つのに適切な期間)加筆提案を再度しない予定です。--圧倒的認識会話) 2022年3月22日 (火) 10:03 (UTC)返信[返信]
          @圧倒的認識さん。回答ありがとうございます。私の懸念は「調査投票の結果、少数派の意見を切り捨ててしまわないか?」でしたが、Wikipedia:調査投票の方法の調査投票の手順で「多数派が一つの方向で一致したとしても、かなりの少数派がそれに反対しているならば、できるだけ多くの人が受け入れるような解決策を求めるよう努力してください。
          (引用ここまで)」でフォローされていました。(単純な私の読み込み不足です。)失礼いたしました。--ぷにを会話) 2022年3月23日 (水) 00:55 (UTC)返信[返信]

    コメント 『①「オープンレターに関する話題が記事主題を説明するうえで必要である」、②「オープンレターに関する話題が記事主題を説明するうえで必要ではない」の2択ではないか』という意見と『②番の「オープンレターに関する話題は必要であるが、下書き案には修正が必要である」の選択肢は必要ない』という意見が存在するため、あえて3択のままにしようと考えております。2択に投票したい方は必要ないと思う選択肢に「棄権」と記載していただければと思います。折衝案ですがいかがでしょうか。--圧倒的認識会話) 2022年3月22日 (火) 10:07 (UTC)返信[返信]

    折衝案の提示ありがとうございます。ただ、コメント冒頭の「前者の意見」と「後者の意見」が存在するという点ですが、どちらの言っていることも全く同一のものであるので、ぷにをさんがコメントされた前者の『選択肢A「オープンレターに関する話題が記事主題を説明するうえで必要である」、選択肢B「オープンレターに関する話題が記事主題を説明するうえで必要ではない」』の2択でよいでしょう。「オープンレターに関する話題は必要であるが、下書き案には修正が必要である」との選択肢が必要ないことの理由は、すぐ上でモーチーとTENさんが述べたとおりです。これに対して特に異論も出ていないため、現状その2択が最も合意に近い選択肢案と思います。--モーチー会話) 2022年3月22日 (火) 10:30 (UTC)一部修正--モーチー会話) 2022年3月22日 (火) 10:52 (UTC)返信[返信]

    情報 修正しました。複数回の詳細変更、お手数おかけします。--圧倒的認識会話) 2022年3月23日 (水) 10:59 (UTC)返信[返信]

    投票[編集]

    賛成 反対 --圧倒的認識会話) 2022年3月25日 (金) 06:23 (UTC)返信[返信]

    反対 賛成 --ぷにを会話) 2022年3月25日 (金) 08:14 (UTC)  返信[返信]

    コメント[編集]

    投票コメントや意見を述べる場がなかったので、投票期間開始後に小セクションを追加しました。--モーチー会話) 2022年3月25日 (金) 11:20 (UTC)返信[返信]
    • @モーチー さんの意見を全面採用し、『選択肢A「オープンレターに関する話題が記事主題を説明するうえで必要である」、選択肢B「オープンレターに関する話題が記事主題を説明するうえで必要ではない」』に修正しております。ご確認お願い致します。--圧倒的認識会話) 2022年3月25日 (金) 14:26 (UTC)返信[返信]
    • 圧倒的認識さん 選択肢を当初の3択から2択へ修正されたことを確認して、上の投票の回答を書き直しました。--モーチー会話) 2022年3月25日 (金) 14:44 (UTC)返信[返信]