ノート:俺の妹がこんなに可愛いわけがない/過去ログ1

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    ネタバレについて

    記事から{{ネタバレ}}{{ネタバレ終了}}を廃して、{{ネタバレ冒頭}}に置き換えることを提案します。

    現在の概要文は、桐乃が隠している秘密とはオタク趣味のことであることを{{ネタバレ}}{{ネタバレ終了}}で囲って隠す構成になっており、概要分の作品解説はやや抽象的で回りくどい内容になっています。確かに「Wikipedia:ネタバレ」では、本の帯や広告に書いてあるものなどはネタバレと見なされないと定義されており、逆説的に言えばこの「桐乃がオタク」であることは本の帯では伏せられているのですから、ネタバレであると言えます。ですがこの伏せられている事実は、現在既刊6巻が発売されている中にあって、第1巻の序盤の構成、

    • 第1巻12ページ……京介のモノローグで小説本編の1行目が始まる。桐乃は1行目から登場。
    • 第1巻13ページ……桐乃が『メルル』のDVDケースを落とす。この時点では桐乃が落としたことは伏せられる。
    • 第1巻19ページ……京介が『メルル』のDVDケースを拾う。
    • 第1巻25ページ……DVDケースの中身がアダルトゲーム『妹と恋しよっ♪』であることが明かされる。
    • 第1巻35ページ……京介が、DVDケースの持ち主が桐乃である可能性に思い当たる。
    • 第1巻38ページ……桐乃が京介に現場を押さえられ、京介が確信を得る。

    をご覧の通り、作中では物語の発端部分の二十数ページで触れられている内容であり、また以降の展開は「ヒロインの桐乃は隠れオタクである」ことを前提にして物語が進んでいくので、これを隠すとストーリーについては事実上何も語れないということになります。

    この記事の初版が作成された当時、「Wikipedia:ウィキプロジェクト ライトノベル」には、「冒頭部分や概要ではネタバレになるようなことは書かないでください」というガイドラインがありました。ですので現在の構成は、当時のガイドラインに沿ったものであると思われます。しかし現在のPJライトノベルでは、プロジェクトのノートでの合意を経て、ネタバレの自粛を求める文言が2009年11月に廃止されています。現在、概要文にネタバレを書いてはいけないというガイドラインはありません。もちろん冒頭部分でこれ見よがしなネタバレを書き連ねる必要はありませんが、{{ネタバレ冒頭}}を置いてネタバレ隠しを諦めることで、概要文の一行目は「おたく趣味を隠している妹と、それを知ってしまった兄のコメディー」のようなシンプルな内容に修正できるのではないかと思うのですが、どうでしょうか。

    なお、アニメが開始前であることに配慮して、ネタバレに対して慎重な意見もあると思うのですが、アニメ公式サイトの導入部解説では、DVDケースの持ち主が桐乃であることは明かされています。この文章では、DVDケースの中身が妹もののアダルトゲームであることには触れられておらず、またそれを桐乃が持っていた理由(桐乃自身がオタクであること)については曖昧にされていますが、後者についてはキャラクター紹介記事で明かされています。--Kanohara 2010年7月26日 (月) 15:16 (UTC)返信[返信]

    報告 特に反対意見もない様子なので、提案のように{{ネタバレ}}を廃止し{{ネタバレ冒頭}}を導入しました。--Kanohara 2010年8月2日 (月) 14:15 (UTC)返信[返信]

    「マイシス」なる略称について

    2010年8月13日 (金) 06:59 (UTC) の加筆で追加された「マイシス」なる略称ですが、Googleや他の検索エンジンで「"俺の妹がこんなに可愛いわけがない" マイシス」で検索しても、同作の略称の意味で使用している用例がほとんどヒットせず、ヒットするのはこの記事のミラーサイトや、この記事を出典とした記事、この記事以降に投稿された投稿サイトの記事ばかりであるため、少なくとも読者の間で広まった用例ではないという印象を受けました。また{{要出典}}を追加したり加筆を行ったIPユーザーの方に問い合わせたりしても出典の提示がなかったため、不正確な内容であると考えて記事から除去しました。

    もし、これが単に私が事実を把握していないだけで、どこかの公式イベントや公式なウェブサイトなどで「こういう略称で呼んでほしい」という公式な発表があったのであれば、そのような発表があったという出典などを示して頂ければと思います。--Kanohara 2010年8月20日 (金) 21:40 (UTC)返信[返信]

    田村麻奈実の誕生日

    作中では、田村麻奈実の誕生日は5月4日と明記されています(原作第2巻、174頁。第11版で確認)。誕生日の情報が記事に必要な内容であるか否かはさておき、過去に二度、この日付を12月4日へと訂正する編集がありました[1][2]。更に以前には「12月4日」の記事でも同様の編集があったようですが[3]、現在この記述は除去されています。

    どこかに「12月4日である」という記述などがあったのでしょうか? 仮にどちらも信頼できる出典であり、一方が作者のミスである可能性があるがどちらが正しいか判断できないという場合には、矛盾した情報が存在することを示して「ある記述では5月4日となっているが、別の記述では12月4日と書かれている」のような形で併記するのが望ましいと考えます。--Kanohara 2010年9月4日 (土) 15:44 (UTC)返信[返信]

    コメント当方所持の原作第2巻(初版)、174ページの記載では、12月4日表記です。どの版で変わったのかは不明ですが、取り敢えず情報として。--TBCT 2010年10月10日 (日) 16:37 (UTC)返信[返信]
    コメント 貴重な情報をありがとうございます。ううむ、それが本当なら厄介ですね。麻奈実は、原作第1巻第15版130頁の「Character file」によればこの時点(6月)で高校2年生の17歳と設定されていて、また小説第2巻105頁によれば、中学から高校には無事に進級できたことになっています。
    高校受験に失敗していない限り、日本の高校2年生は4月1日時点で16歳、3月31日には17歳であるはずなので、もし12月生まれだとするなら、作品世界の学校制度が現実と異なるか、あるいは何か特別な事情があるということになってしまいます。「普通代表」であるはずの麻奈実に何か特別な過去があるというのは考えにくいので、著者が後から設定の矛盾に気が付いて修正したのかもしれません。後から発表されたものの方が正しいように見えますので、とりあえず版によって違いがあることを注釈に記す形にしてみましたが、どうでしょうか。--Kanohara 2010年10月11日 (月) 00:35 (UTC)返信[返信]
    コメント個人的には「著者が後から設定の矛盾に気が付いて修正したのかもしれません」←コレだと思いますが、今のところ確定情報もないので、現状の記載で問題ないと思います。--TBCT 2010年10月12日 (火) 03:05 (UTC)返信[返信]

    分割もしくは整理の提案

    解決済み分割されました。--Kanohara 2010年12月30日 (木) 20:18 (UTC)返信[返信]

    アニメ放映開始前後から記事が急激に長大化しており、200KBに達する勢いです。つきましては、記事全体の4分の1ほどを占めている登場人物節の分割、または記事全体の見直し・整理を検討すべきではないかと思う次第です。正式な分割提案ではないのでテンプレートは貼りませんが、ご意見がございましたらお願いいたします。--Avanzare 2010年11月15日 (月) 11:26 (UTC)返信[返信]

    コメント 多分に長大化させた張本人は私ですね。分割は本来望ましくないので、あまり登場人物節に偏らないよう留意して加筆を進めたつもりですが、確かに脚注を除いても文章量が加筆前の2倍になっていますね。全体に占めるサイズ的に1/4というのは微妙なところに思え、個人的には賛成でも反対でもありませんが、分割する場合はレギュラーの登場人物(京介、桐乃、麻奈実、黒猫、沙織、あやせ、加奈子、赤城兄妹、三浦、真壁)のごく簡単な解説は残した方がよいと思います。--Kanohara 2010年11月15日 (月) 12:37 (UTC)返信[返信]
    賛成 俺の妹がこんなに可愛いわけがないの登場人物への分割で賛成です。--whitepeach 2010年11月20日 (土) 20:16 (UTC)返信[返信]
    賛成 登場人物節に占める割合が全体の1/4なっていることから、分割に賛成します。--Louis XX 2010年11月21日 (日) 00:04 (UTC)返信[返信]
    反対 全項目遍く充足した記述がなされているため、他の項目に倣うがごとくに登場人物のみを例外的に分割するというのはあまり賛成できませんし、分量が多くともそれが整理さえされていれば須く分割するべきであるとは思いません。--TTTNIS (会話 | 投稿記録-Commons-) 2010年11月21日 (日) 02:47 (UTC)返信[返信]
    (追記)つまり、登場人物を分割してしまえば、用語の部分が浮いてしまい、記事としてアンバランスで美しくない、ということなのですが…ただ、反対意見が私だけのようなので、議論への差支えがないよう、中立としておきます。--TTTNIS (会話 | 投稿記録-Commons-) 2010年12月9日 (木) 07:58 (UTC)返信[返信]
    この作品はアニメをそんなに見ていないという程度の知識ですが、整理に対して何か述べるとすれば、印象としては登場人物や用語の解説でこんなに小説のページの脚注いるかな?というのが正直な意見です。現状、分割について述べるとするなら俺の妹がこんなに可愛いわけがないの登場人物の分割を支持します、加えて俺の妹がこんなに可愛いわけがない ポータブルも分割対象に加えるのも得策と考えます。容量だけを理由に分割すべきでないとする意見もわからないではないですが、200KB近い容量に対して「分けれるところは分ける」という妥当な手段を用いないというのは、容量の問題をないがしろにしていると思うと考えます。--B.R 2010年11月24日 (水) 14:30 (UTC)返信[返信]
    コメント 分割に関しては特に意見を持っていないのでどちらでもありませんが気になるのは脚注が過剰であることです。ストーリーの内容に関していちいち原作小説の出典を持ってくる必要性が感じられません。基本的に原作小説に関しての記事なのですから、原作を読めばわかるような情報に対して出典は必要ないと考えます。--KTM kota 2010年11月24日 (水) 17:35 (UTC)返信[返信]
    コメント 脚注に関しては私が関わった他記事でも色々と指摘されることもあるのですが、私個人の考えについては私自身の利用者ページに書いてみました。なお、「Wikipedia:スタイルマニュアル (フィクションの記述)」には「記載されている全ての情報には検証可能性と信頼できる情報源によって支持された表現が必要とされ、一次情報を含む全ての情報源は記事において適切な参照を必要としています。全ての情報には参照を付け、資料を引用してください」という言及があります。
    メディアミックス作品のゲーム版については、あまり百科事典的な記事に育たないことが多く、この段階から記事を分割するのは時期尚早に思えますが、記事化の構想のある方がいるのであれば反対はしません。なお、私自身はゲームを購入する予定がないので、記事の充足化を進めるのは他の方に任せます。
    長大化していると言えば、作中作の節についても記事の1/6程度を占めており、整理や分割の考慮が必要かも知れません。個人的には、アニメやゲームや同人誌を物語の主軸に扱っている本作において、作中作の内容やそれに対して登場人物たちが示した反応、本編の物語上で果たす役割などはかなり重要だと思って加筆を進めているのですが、作中で1回しか登場しない作品などについては整理の余地があるかも知れません。--Kanohara 2010年11月24日 (水) 18:39 (UTC)返信[返信]
    報告 一週間ほど議論が停滞しており、議論の活性化の意味も込めて{{分割提案}}の告知を行っておきました。--Kanohara 2010年12月2日 (木) 21:34 (UTC)返信[返信]
    ( 賛成 )いずれの項目の分割提案には賛成です。しかしながら、優先度から言って真っ先に登場人物からの分割が望ましいと思います。--UKIDEN 2010年12月3日 (金) 12:51 (UTC)返信[返信]
    コメント バイトの大きい順に行くと「人物」59KB、「用語」44KB、「解説」31KB…という感じです。人物については賛成ですが、ゲームに関しては、なぜ部分的に分割されるのでしょうか?後一応、{{内容過剰}}を貼っときました。--アルシオン 2010年12月4日 (土) 15:21 (UTC)返信[返信]
    情報 ゲーム節の分割理由に関しては、B.Rさんからの提案内容を参照して下さい。個人的には、ゲーム節の分割については賛成でも反対でもありません。--Kanohara 2010年12月4日 (土) 16:17 (UTC)返信[返信]
    賛成 容量も200KB近くあるので分割には賛成いたします。まずは登場人物の方の分割のみでよいでしょう。--ヘチコマ 2010年12月6日 (月) 14:39 (UTC)返信[返信]

    ちょっと私見を交えつつ、今までの意見をまとめます。

    • Avanzareさんからの提案である登場人物節の分割については、whitepeachさん、Louis XXさん、B.Rさん、UKIDENさん、アルシオンさん、ヘチコマさんから賛成意見があり、TTTNISからは反対意見がありました。賛成理由としてはほぼ全員が容量を挙げており、それに対する反対意見としては現状で十分まとまっており容量のみを理由に分割すべきではないという理由が挙がっています。また、私(Kanohara)からは、分割後にも親記事に主要登場人物の簡単な一覧を残すことを提案しています。#登場人物の簡易一覧をご覧ください。
    • 私(Kanohara)からの提案である作中作の分割については、UKIDENさんからの賛成意見がありました。一方でUKIDENさん、ヘチコマさんからは、登場人物の分割を優先して他は後回しという趣旨の意見がありました。提案者として補足させていただきますと、登場人物の紹介が分割される一方で作中作の情報のみ親記事に残るのは、ややバランスが悪いのではないかという懸念を感じています。登場人物が分割されて用語のみが親記事に残っている例としては、「とある魔術の禁書目録」「涼宮ハルヒシリーズ」のような例があります。
    • B.Rさんからの意見であるPSPゲーム版の節を分割については、UKIDENさんから、登場人物より優先度は低いとする条件付きではあるものの賛成意見がありました。一方でアルシオンさんからは疑問意見が出されており、またヘチコマさんからは登場人物の分割の方が優先であるという意見が出されています。なお私の方から補足させていただきますと、PSPゲーム版では「原作の設定にはないifルート」なるものの存在が予告されていて[4]、もし「PSP版の新垣あやせはヤンデレキャラになっている」といったゲーム版の設定に触れるのなら、内容を本編の設定と混在させるのか、別記事にして分けるのかといったことをあらかじめ決めておいた方がよい気はします。
    • B.RさんとKTM kotaさんからは、現在の記事は脚注が過剰であるという意見がありました。これについては、脚注をせっせと増やしている張本人である私(Kanohara)からの意見である「利用者:Kanohara#脚注と私」をご覧ください。本作の場合、あまり信頼できない語り手(主人公の京介)の解説が正しいか否かに迷う場面が多いのと、事実確認をしようと思っても登場箇所が拡散しているために目当ての場面を探すことに苦労することが多いので、調べ物の手がかりとして脚注は有益だと考えています。

    まとめとしては以上です。--Kanohara 2010年12月8日 (水) 23:52 (UTC)返信[返信]

    コメント その後、TTTNISさんから反対意見の取り下げがありました。登場人物のみを分割すると用語の部分が浮いてしまいバランスが悪くなるというTTTNISさんの意見については、個人的には同感です。これについて私は、用語関係の記事(#作中作の節)を同時に分割することで解決したいと考えていますが、前述のまとめのように「登場人物の分割を優先して、その他については後回しにした方がよい」という意見もあるため、意見には相違があります。この点についても意見を頂ければと思います。--Kanohara 2010年12月9日 (木) 10:02 (UTC)返信[返信]

    反対 (一部) ゲーム単体での分割を反対します。BRさんの意見も一理ありますが、それにしても規模が小さすぎ、逆に特筆性を失いかねません。それよか、ベタにアニメなどから分割していった方がいいと考えます。自分が考える案及び順番として、

    1. 俺の妹がこんなに可愛いわけがないの登場人物
    2. 俺の妹がこんなに可愛いわけがないの作中作
    3. 俺の妹がこんなに可愛いわけがない (アニメ)もしくは俺の妹がこんなに可愛いわけがない (メディアミックス)

    です。いかがでしょう?--アルシオン 2010年12月11日 (土) 07:58 (UTC)返信[返信]

    コメント アニメ版はあまり原作の内容をアレンジすることなく、概ね原作に忠実な内容での展開が行われていて、原作者の関与の度合いも大きいこともあり[5]、あまり分割を前提としない書き方で記事を書き進めていたので、仮にアニメに関する内容のみを切り分けるとなると正直面倒だなと思います。ドラマCDや漫画やトレーディングカードも同様です。データベース的な部分のみを分割して「本項ではデータのみを掲載する。作品の内容については親記事を参照」として丸投げする手もあるかも知れませんが、個人的にはあまり賛同できません。
    ゲーム版については、ゲームシステムやゲーム版独自のストーリー内容についての解説を加えることで、同じゲームスタッフ(ガイズウェア)による「とらドラ・ポータブル!」ど同程度の加筆内容は見込めるかと思います。ただし、仮に分割という形式で記事を分けることになったとしても、現在の解説文程度の内容は親記事に残す必要があると思いますので、記事を作るとするなら分割という形ではなく新規記事として作成するのが良いのではないかと思います。--Kanohara 2010年12月11日 (土) 10:17 (UTC)返信[返信]
    情報 一応、分割に際して必要な文案も作ってみました。「#作中作の簡易一覧」「#PSP版ゲームの記事について」をご覧下さい。--Kanohara 2010年12月11日 (土) 23:46 (UTC)返信[返信]

    情報 まだ整理についての議論が尽くされていない部分もあると感じましたが、160.237.236.129さんによって登場人物の節が分割され、「俺の妹がこんなに可愛いわけがないの登場人物」の記事が作成されました。とりあえず分割についての反対意見はなかったと認識していますが、分割の条件として提案した簡易一覧の掲載、作中作の一覧の分割、その他脚注の整理は行われていません。ややなし崩し的な印象はありますが、これについてはこちらの方で行っておきます。--Kanohara 2010年12月21日 (火) 06:05 (UTC)返信[返信]

    報告 エラーが出ていた脚注の整理、登場人物の簡易一覧の掲載、および「俺の妹がこんなに可愛いわけがないの作中作」への分割も行いました。内容の整理については「#整理提案」へ、B.Rさんから提案されていたPSP版ゲームの記事への分割については「#PSP版ゲームの記事について」で、引き続き話し合いを続けたいと思います。--Kanohara 2010年12月21日 (火) 09:58 (UTC)返信[返信]

    登場人物の簡易一覧

    解決済み記事へと反映させました--Kanohara 2010年12月21日 (火) 09:58 (UTC)返信[返信]

    まだ正式に分割提案も提出されていませんし、現時点で分割の合意が得られるか否かは流動的であると思いますが、仮に分割する場合、親記事に残す内容の文案を作ってみました。

    私からは、親記事にこの程度の簡単な解説を残すことを提案します。残す場合、誰を記載するか意見が分かれると思いますが、とりあえずこの一覧では「Character file」に掲載されているか否かを基準にし、順序もそれに沿った形にしてみました。「そもそもこのような一覧が必要か否か」という論点を含めて、叩き台になれば幸いです。--Kanohara 2010年11月21日 (日) 14:50 (UTC)返信[返信]

    その後情報の取捨選択を進め、修正してみました(利用者:Kanohara/下書き#俺の妹がこんなに可愛いわけがない 2010年12月9日 (木) 09:56 (UTC) の版)。少しサブキャラクターに関する情報も増やし、代わりにキャスト情報を削っています。声優については人物記事の内容を見れば十分かと考えました。--Kanohara 2010年12月9日 (木) 10:02 (UTC)返信[返信]

    報告 特に反対もなかったため、記事へと反映させました。--Kanohara 2010年12月21日 (火) 09:58 (UTC)返信[返信]

    作中作の簡易一覧

    解決済み記事へと反映させました--Kanohara 2010年12月21日 (火) 09:58 (UTC)返信[返信]

    明確な反対はないものの、登場人物の分割を先に済ませるか同時に行うかで意見が分かれている作中作の分割ですが、これについても一応、簡易一覧の文案を作ってみました。

    「Character fileに掲載されているか否か」という基準があった登場人物の場合と異なり、個人的な独断(主に複数巻に登場するか否か、ウィキペディアの本項の記事中で言及されているか否か)で選んでいますが、これについても意見があれば宜しくお願いします。--Kanohara 2010年12月11日 (土) 23:46 (UTC)返信[返信]

    報告 特に反対もなかったため、記事へと反映させました。--Kanohara 2010年12月21日 (火) 09:58 (UTC)返信[返信]

    PSP版ゲームの記事について

    解決済み新規記事として作成されました。--Kanohara 2010年12月30日 (木) 20:18 (UTC)返信[返信]

    PSPゲーム版の分割については、B.Rさんによる提案以降は賛成意見1反対意見21と、残念ながらあまり支持されていないように感じますが、前の発言では色々と無責任なことも言ってしまったこともあり、実際に新規記事として作成して成り立つかどうかを検証するためにも、一応「記事化したらこのような感じになるのでは」というイメージで草稿を作ってみました。

    私自身はPSPゲーム版の記事にあまり深入りするつもりはなかったので、他に温めていた文案がある、あるいはもっと別の内容にしたいという方がいれば、この草案は無視しても、一部のみを勝手に借用したりしても構いません。もともと現在の親記事にあるゲーム節の内容も、第1段落以外はほぼ私がパブリックドメインとして寄稿した内容なので[6][7][8]、必要であれば(私の著作権が及ぶ範囲に関しては)表現の重複や履歴継承の手続きなどは気にせずに複製して構いません。もしこの草案のままで記事化するのであれば、そのまま利用者サブページから移動して構いませんし、検討の結果、PSP版ゲームの記事を作るのはやっぱりやめようということであれば、これは没にしても構いません。--Kanohara 2010年12月11日 (土) 23:46 (UTC) 反対意見の人数を訂正。--Kanohara 2010年12月12日 (日) 00:03 (UTC) 下書きを一部修正--Kanohara 2010年12月21日 (火) 09:58 (UTC)返信[返信]

    質問 その後積極的な賛成意見もなく、提案に対する意見もないので、登場人物と作中作の記事の分割後もそのままにしてありますが、これについてはどうしましょうか? ゲーム記事の分割を提案していたB.Rさんからの意見も頂ければと思います。--Kanohara 2010年12月21日 (火) 09:58 (UTC)返信[返信]
    ゲーム記事の分割についての意見を述べます。まず提案意図は容量軽減の意図しかなく、作中作の分割という案も浮かばず、発言をした時点の現内容を見た上で提案しました。今の記述量が少なくとも、かなり大きく育った記事において、記述量が少々ながらも受け皿の一つは必要であると考えた上に、ゲームについて書こうとする有志の方がいれば、育つ主題だと思っていた次第です。ですが、ゲームの分割についてはここの議論の推移に任せるというスタンスでいます。--B.R 2010年12月21日 (火) 12:53 (UTC)返信[返信]
    ううむ、では記事はどうしましょうかね。このまま誰からも賛成も反対もないようなら、議論の叩き台として作ったページも勿体ないですし、利用者サブページから通常名前空間に移動してしまおうとも考えているのですが。
    特筆性を理由にゲーム節の分割に反対していたアルシオンさんの真意がちょっと分からない(分割ではなく独立記事としてなら良いのか、分割前の記述量を見る限りスタブ未満になるから反対だという主張なのか、ゲーム企業・ゲーム雑誌・原作関連出版社以外の当事者出典がない発売前のキャラゲーには特筆性がないという趣旨の主張なのか)ので、少し他の方の意見を待ちます。--Kanohara 2010年12月22日 (水) 14:52 (UTC)返信[返信]
    (撤回に近いかもしれません)確かに私は上記のスタンスではいます。ですがゲームの事項がKanoharaさんの下書きの通りとして、それをKanoharaさんが下書きの通りにまとめたとするなら、せっかく草案もあり、一つの記事としてまとめているならそれを用いない手はないと考えます。反対の理由がゲームの記述量の少なさならKanoharaさんの草案は、提起されていたデメリットを解消したと思いますし、何なら賛成意見を投じたっていいとすら思っています(「まとめたとするなら」といった言い回しなのは私が本作について未見であり知識を持ちえていないからです)。--B.R 2010年12月22日 (水) 16:42 (UTC)返信[返信]

    報告 では、特に反対もなかったため、草案の内容をそのまま「俺の妹がこんなに可愛いわけがない ポータブル」へ移動させました。--Kanohara 2010年12月30日 (木) 20:18 (UTC)返信[返信]

    整理提案

    失効内容過剰の基準に合致しない整理提案。賛同意見なし。--Kanohara 2010年12月26日 (日) 21:15 (UTC)返信[返信]

     上の方で分割提案ばかりか先行しておりますが、並行して整理及び内容削除の論議も進行させたいと思います。とりあえず、

    1. 登場人物
    2. 用語
    3. 作品解説
    4. 概要

     について、整理することを提案します。また、1・2については、Kanoharaさんの簡易表記ほどにまで削減すべきと思います。

     3・4についても、統廃合したうえで、発行部数と章における巻に位置づけ、ボツの代案だったことだけでいいと思います。--アルシオン 2010年12月13日 (月) 06:59 (UTC)返信[返信]

    反対 3、4の内容をアニメ化が発表される以前頃まで戻し[9]、分割後の記事内容を各キャラクター数行程度に留めるという提案だと理解しますが、これらの内容を百科事典の内容として有益であると考えて加筆を続けていた者としては反対です。私としては「プロジェクト:ライトノベル#書くべき内容について」や「プロジェクト:ライトノベル#記事の書き方」に沿う形で、プロジェクトが求めている「作品の沿革、作者の意図、ほかの作品からの影響、社会的な反響や評価」を様々な視点から捉えるよう務めたつもりです。簡易表記については、分割後にも親記事に残す内容として提案したもので、これ以上の内容が不要だと提案している訳ではありません。
    まあ、この記事が、twitter[10]や外部の匿名掲示板[11]で色々と苦言を呈されているのは十分承知しているのですが、この作品が昨今の時事問題やインターネット上の流行にも踏み込んだ時代性のある娯楽作品であることや、著者がWeb上で作品の意図を積極的に発信しており資料を集めやすい作品であることなども踏まえて、私としてはこれらを有益な内容であると考えて加筆しています。多少冗長な内容を取捨選択する必要はあるかも知れませんが、提案の内容については反対です。--Kanohara 2010年12月13日 (月) 13:58 (UTC)返信[返信]
    質問 とりあえず、{{内容過剰}}を張り付けたアルシオンさんは、どの辺りが内容過剰であると感じたのかを具体的に説明して頂けませんでしょうか。「Template:内容過剰」によれば、テンプレートは「Wikipedia:過剰な内容の整理」で定められた基準に沿った運用が求められており、同ガイドラインによれば、タグの貼付に異議があるときにはノートで異論を述べ、それが内容過剰の基準に合致していない場合は{{内容過剰}}を剥がすことができるとされています。各項目の内容が必要な理由については上記発言で説明したつもりです。
    ガイドラインでは{{内容過剰}}を貼った利用者に対して、責任のある運用を求めています。この記事における過剰な内容の整理に関する運用基準は「Wikipedia:過剰な内容の整理#概要」「プロジェクト:ライトノベル#基本的な執筆の指針」「プロジェクト:アニメ/過剰な内容の整理」などで示されており、具体的には要約されていない内容や些末な設定の列挙などがそれにあたるとされていますが、提案にあるような内容を記事に必要な内容だと考えて加筆を行っている私としては、具体的に理由を示して頂けないと、提案には同意できません。--Kanohara 2010年12月13日 (月) 23:11 (UTC)返信[返信]

    コメント遅れてすんません、アルシオンです。Kanoharaさんの疑問に対して説明を試みますと、

    1. 登場人物について - 心情変化や細かな感情の動きを明記する必要があるのでしょうか?{{ネタバレ}}を置いて警告をするまで書き込む理由が分かりません。警告するほど物語の核心に迫る内容の明記は読者に誤った解釈を与えかねず、百科事典としての中立性に欠いていると思います。
    2. 作品解説について ― 第三者機関からの評価などはまだ必要かと思いますが、影響を受けたから、関連しているからと、ここまで深く書く必要性の理解に苦しみます。関連項目という立派なセクションがあるのですから、そこに説明を挟む程度でいいと考えます。
    3. 用語解説(特に作中作)について - この項目の作品への位置づけがいかに重要であるかは理解しているつもりですが、ゲーム自体が重要なのであって、内容についてさほど重要でないと思います。

    というような感じです。また、整理があっての分割論議であることを忘れないでほしいです。--アルシオン 2010年12月18日 (土) 05:56 (UTC)返信[返信]

    コメント 関連項目はいわばリンクであり、そこに説明を書くべきではないと思いますが。--TTTNIS (会話 | 投稿記録-Commons-) 2010年12月18日 (土) 06:51 (UTC)返信[返信]
    (アルシオンさんの発言に対する コメント)言うまでもなくウィキペディアは執筆者個人が解釈を挟むこと(独自研究)を禁じていますが、信頼できる情報源から公表された解釈や解説は積極的に載せるべきで(「プロジェクト:ライトノベル#書くべき内容について」も参照)、個人的には、むしろ他の記事でそうした情報が少なすぎると感じています。解釈を挟みようがない、作中で事実とされている事柄についても同様で、それが登場人物の心情変化にせよ、作中作の内容にせよ、作品が描こうとしている主題や物語全体に関わる内容であるなら、出典を示したうえで積極的に書くべきです。作品に対する反響や批判に関わるならなおさらです。
    例えば作中作について「桐乃が入れ込んでいる作品は世間では低俗とされている作品だが、ある一面では評価を得ている」といった内容に言及し、作中においてこれらの作品がどのように扱われているかを説明することは、BPOの槍玉にも挙がった「アダルトゲームが好きな女子中学生」という一見不謹慎な設定の必要性にも関連しており、こうした説明を省くことは、逆に中立性を損ねると考えます。そういったネタバレの情報を抜きにして作品の紹介を読みたいという読者に対しては、ウィキペディアではなく作品の公式サイトがその役割を果たしているかと思います。もちろん、作品の理解に繋がらない情報であるなら整理してよいと考えますし、分割提案についても容量のみが問題視されているのですから、記述を整理して分割の必要がなくなるならそれが望ましいでしょう。ただ、アルシオンさんが挙げた事柄については、私は整理の根拠とするような内容だとは感じません。
    それと関連項目節を用いた作品解説については、TTTNISさんの言うように不適当かと思います。それに、何の説明もなく関係性のある作品を列挙するだけでは、それは分かる人にはリンク先を見なくても分かるし、分からない人にはリンクをクリックしても意味が分からない、つまり無意味なものになってしまいますし、いちいち説明をつけていけば、それは雑多な箇条書きになってしまいます(「Wikipedia:雑多な内容を箇条書きした節を避ける」を参照)。雑多な箇条書きにならないように是正すれば、結局今の形に戻ってくるということになります。そもそも関連項目節は脚注より下に置くことになっていますが(Wikipedia:スタイルマニュアル)、<references/>や{{Reflist}}よりも下に置いた脚注はエラーになってしまうため、作品との関連性を出典を用いて補足することができなくなってしまうという問題もあります。--Kanohara 2010年12月18日 (土) 08:18 (UTC)返信[返信]
    コメント 最後の発言から一週間が経過しましたが、異論に対する反論がありませんでした。もちろん、現在の記事にも無駄な部分は多いとは思われますが、少なくともアルシオンさんが過剰であるとして挙げた理由は漠然としていて、ポータルやプロジェクトで制定された内容過剰の基準に合致していないように思われます。これにより「Wikipedia:過剰な内容の整理#タグの貼付に異議があるとき」における、{{内容過剰}}を除去することができる状態になったと考えますので、テンプレートは剥がさせて頂きます。
    他の内容過剰の基準に合致した理由により、内容が過剰であるという意見があれば、改めて整理提案を提案して頂ければと思います。--Kanohara 2010年12月26日 (日) 21:15 (UTC)返信[返信]

    アニメ、若しくはメディアミックスの分割提案

    記事全体が20万バイトに達する勢いのため、俺の妹がこんなに可愛いわけがない (アニメ)、若しくは俺の妹がこんなに可愛いわけがないのメディアミックスへの分割を提案します。--Louis XX 2011年6月18日 (土) 14:59 (UTC) 修正。--Louis XX 2011年6月18日 (土) 14:31 (UTC)返信[返信]

    俺の妹がこんなに可愛いわけがない (アニメ)に賛成。アニメだけでなくメディアミックスだと漫画なども含み、逆に見にくくなる可能性があるので(仮に実写映画化とかされれば、原作が同じ以外関係ないアニメと映画がメディアミックスの記事内で総括されることになるため)。アニメと関係の深い(キャストが共通しているなど)ラジオなどは、俺の妹がこんなに可愛いわけがない (アニメ)に含めていいかと思われます。--Gose Psay Rose 2011年6月29日 (水) 04:14 (UTC)返信[返信]
    1ヶ月経過して反対意見が特に無いため、念のため来週末まで様子を見た上で分割作業を行いたいと思います。--Louis XX 2011年7月28日 (木) 12:32 (UTC)返信[返信]

    報告 先程分割作業を終えました。--Louis XX 2011年8月6日 (土) 14:59 (UTC)返信[返信]

    コメント 分割お疲れ様です。しかしながら、しばらくこの記事の加筆には関われずにいた私が口出しするのもなんですが、少々分割範囲には異議があります。ドラマCDはアニメとキャストが共通しているものの原作準拠の内容ですし、ゲーム『俺の妹がこんなに可愛いわけがない ポータブル』も、OPムービーがアニメ版に準拠しており、アニメ版の設定も反映されてはいるものの、内容はどちらかというと原作側に寄っているという印象を受けました。これらは一見すると絵柄がアニメ版のキャラクターデザインに準拠しているようにも見えますが、アニメ版のキャラクターデザインを担当した織田広之氏と原作イラストのかんざきひろ氏は同一人物であるため、そう見えるだけではないかと思います。--Kanohara 2011年8月6日 (土) 21:22 (UTC)返信[返信]

    一部転記提案

    解決済み--Kanohara 2011年8月27日 (土) 16:25 (UTC)返信[返信]

    俺の妹がこんなに可愛いわけがないから俺の妹がこんなに可愛いわけがない (アニメ)へと転記された内容のうち、ドラマCDとゲーム記事に関する記述を元の記事に戻す形で転記することを提案します。理由は以前述べた通りです。過去の版から一部記述を復帰するという形になるため、GFDL上は転記という手続きを取る必要はないのですが、合意の元で分割が行われその後も現在の分割基準に沿った加筆や整理などが行われているため、再度の合意形成を呼びかけます。--Kanohara 2011年8月7日 (日) 13:16 (UTC)返信[返信]

    反対 ドラマCDとゲーム節の両者が、アニメ版と同一の声優やキャラクターデザインだった事と、最近分割されたロザリオとバンパイア絶対可憐チルドレンがこれらを含んでいたため、ドラマCDとゲーム節はアニメ記事に付随すべきであると思います。仮にこの記事を転記するなら、ロザリオとバンパイアや絶対可憐チルドレン等他の記事の転記提案も検討すべきだと思います。--Louis XX 2011年8月6日 (土) 13:59 (UTC) 修正。--Louis XX 2011年8月7日 (日) 14:07 (UTC)返信[返信]
    情報 アニメ版と同一のキャラクターデザインであるのは原作も同じで、本作の場合は原作挿絵を手掛けるイラストレーターがアニメ版のキャラクターデザインも担当しています(かんざきひろ氏と織田広之氏は同一人物です)。確かにドラマCDが「プレ・アニメ版」としての性格を含んでいる面は否めませんが、本作のドラマCDをアニメ版の関連グッズと見なすのは少々無理があるかと。ドラマCDは公式サイトで視聴できますが、聞いての通り、ドラマCD第1話はテレビアニメ第2話、ドラマCD第2話はテレビアニメ第7話と同一の状況を再現しているものの、少々趣が異なっています。原作小説に声がついて嬉しいという需要はあっても、アニメ版のファンが買い求める内容とはちょっと違うように思えます。また、ドラマCD第3話は、アニメ化決定が報じられる前に発売された内容にもかかわらず、時系列的にはテレビアニメTRUE ROUTE最終話以降(桐乃が留学から帰国した後)のエピソードとして位置づけられています。
    ゲーム版も、時系列的にはテレビアニメTRUE ROUTE最終話以降の内容になりますが、ゲームが発売されたのは、GOOD END放送後のTRUE ROUTE配信開始前というタイミングでした。ゲーム版が「基本的に原作小説がベース」であることは公式に明言されています。電撃文庫としてのタイアップである「絶対ヒーロー改造計画」への言及をアニメ版の記事に含めるのも奇妙に思えます。ただし劇中劇キャラクターデザインがアニメ版準拠に設定されている「俺の妹・真妹大殲シスカリプス」は、アニメ版の記事に置いた方が適切かも知れません。
    他の記事でも、例えば原作準拠の「らき☆すた 萌えドリル」をアニメ版の記事に掲載するのは不適切でしょう。それと同じことが言えるかと思います。--Kanohara 2011年8月7日 (日) 14:50 (UTC)返信[返信]
    賛成 転記に賛成します。--ゆき2 (Talk / Contributions) 2011年8月13日 (土) 02:31 (UTC)返信[返信]

    提案から1週間が経過しましたが、Louis XXさんの反対意見に対する反論に、明確な反論はありませんでした。アニメ版に準拠した設定のメディアミックス作品も出ている「ロザリオとバンパイア」の記事や、原作記事・アニメ記事の双方に記述がある「絶対可憐チルドレン」と比べて、本記事の場合は事情が異なりますので、「他の記事がそうだから本記事もそうすべき」というのは当てはまらないかと思います。本記事がドラマCDやゲームの内容を原作記事に移すのなら、「ロザリオとバンパイア」「絶対可憐チルドレン」の記事もそれに合わせるべきだ、とLouis XXさんが思ったとしても、それは事情の異なる本記事にはあまり関係のないことですから、そちらの記事のノートで提案して下さればと思います。--Kanohara 2011年8月15日 (月) 03:53 (UTC)返信[返信]

    報告 その後も唯一の反対者であったLouis XXさんからの意見は出されませんでした。「Wikipedia:合意形成」によれば、コミュニティに対して十分な告知が行われているのであれば、沈黙を同意とみなすことができるとされていますので、転記に関する合意形成はされたと考え、提案の内容を実行させて頂きました。--Kanohara 2011年8月27日 (土) 16:25 (UTC)返信[返信]

    「ホームコメディ」か「ラブコメ」か

    Asuperuさんと私との間で編集合戦になってしまっており、Asuperuさんの利用者ページでも対話を呼び掛けているのですが、より広い範囲で議論を必要とする問題かと考えてこちらにも相談を持ちかけます。

    さて現状を確認しますが、Asuperuさんは「『俺の妹』はホームコメディではない、ラブコメである」という立場であり、私は逆の立場ということになります。「ラブコメである」とするAsuperuさんの主張の根拠となっているのは以下のインタビュー記事で、「ラブコメ」という単語が登場しているから、『俺の妹』はラブコメなんだ、というものです。

    三木:『俺の妹』のシリーズは最初から背水の陣で、今までやらなかったところを斬り込んでいくという精神があります。一般的なラブコメは「女の子たちはみんな主人公が好きなベクトルなんだけど、中心の男の子はどこにも寄り付かない」という風潮がありますが、「普通の健全な男子高校生が女の子から告白されたらどうするか?」と言うことに今回挑戦してみました。

    ―――特定の女の子と付き合うのは、ラブコメではタブーなんでしょうか?

    三木:潜在的でも故意でも、ユーザー以上に創作側はタブー視はしているのではと思います。 — 三木一馬、かーず、アキバBlog 2011年5月10日

    ですが私は、このインタビュー記事はあくまで「一般的にラブコメとはこういうものだ」という一般論を語っているものであり、別に『俺の妹』が実はホームコメディではなくラブコメだった、という話をしているようには受け取れないと感じています。確かに『俺の妹』の作中には、幾らかはそういう展開が含まれているとしても、このインタビュー記事は第7巻から第8巻の「恋愛編」に限定した内容のことを話しているように受け取れます。例えば別のインタビュー記事で、三木一馬氏はこのように言っています。

    三木:自分的な注目ポイントは中盤のお話で、伏見さんのファンキーな面というか、純粋にエンターテインメントを描いているエピソードが挿入されているので、そこが良いと思っています。いわゆる恋愛ものですと、ここまで進んでくるといつもの関係性が成立せずに、ちょっとシリアスになったりする事もあるんですけど、そこを感じさせない、みんなに笑って欲しいっていう明るい想いが凄く詰まっているので、そこは是非読んでもらいたいです。 — 三木一馬アキバBlog 2010年11月10日

    こうした記述は、「もし『俺の妹』が恋愛をメインに扱った作品であったのならこうなるけれど、(恋愛はメインでないので)そうならない」という内容にも読むことができるように感じます。一方、『俺の妹がホームコメディである』ということに関しては、以下のような出典があります。

    原作ファンであり、「俺の妹」を“新時代のホームコメディ”と称する岩上氏は、「自分がぜひ動いているのを見てみたいと思わせる力があった」と、アニメ化をオファーした理由を最初に語った。 — ASCII.jp編集部、ASCII.jp 2010年5月5日
    ホームコメディだなと。で、まったく新しいホームコメディだなと。そのホームコメディの中に今まで、歴史上エロゲーが入ったことはなかったと思うんですけど(笑い)。しかもそれをね、中心にして二人の仲が変わっていくっていう。斬新すぎると思いましたね。 — 岩上敦宏、マチアソビ 2010年10月10日 該当時間6分10秒-6分33秒

    作者である伏見氏自身は、ニコニコ生放送で中継されたトークショー「俺の妹駒大に立つ!!」で、「あくまでホームコメディ」という立場を表明していました。ただし、その時の発言は幾つかの個人ブログなどに転載されているものの、この出典に関しては原典がリンク切れて閲覧することができないため、検証可能性がない状態になっています。ただしこの出典を抜きにしても、2011年5月10日のアキバBlogの記述を根拠に、岩上敦宏氏の「ホームコメディである」という発言を無効な出典として取り消すのは、少々無理があるように感じるのですが、他の方はどう解釈されるでしょうか?--Kanohara 2011年10月10日 (月) 07:58 (UTC)返信[返信]

    コメント Asuperuさんの示されている出典先を拝見しましたが、この作品が「ラブコメである」と言及されているようには読めませんでした。Kanoharaさんの言われるとおり、一般論を語っているものでしかないように見受けられます。
    Kanoharaさんが上記で示されているマチアソビの動画で、作者である伏見氏自身が「まずは一言で説明すると、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』というお話は、仲の悪い兄と妹のホームコメディです。」(該当時間3分11秒-3分21秒)と発言されている箇所も確認できました。いちおう公式なサイトに載っている動画ですし、こちらも出典として掲示されるのはいかがでしょうか。
    他に有意義な言及をされているものが示されでもしないかぎり、「ラブコメ」ではなく「ホームコメディ」とすることが妥当なのだと思います。--Sonchou 2011年10月10日 (月) 11:53 (UTC)返信[返信]
    報告 3分11秒-3分21秒の方は私も見落としていました。情報をありがとうございます。Sonchouさんの意見を受けて、記事に「ホームコメディである」ことの出典として追加しておきました。--Kanohara 2011年10月10日 (月) 12:03 (UTC)返信[返信]

    さてAsuperuさんの利用者ページで返答がありましたが、結論から言いますと、私としてはAsuperuさんの編集が不適切であるという確信を強めています。

    まずAsuperuさんは、ウィキペディアに掲載する情報は、古い情報よりも新しい情報が優先であるという考えをお持ちのようですが、これは誤りです。「Wikipedia:ウィキペディアは何ではないか#ウィキペディアは情報を無差別に収集する場ではありません」をご覧ください。「最近の展開に関する情報を記載することは、時には適切なことですが、速報をことさら強調したり他の情報と異なる扱いにすべきではありません」とあります。そもそも本作は既刊9巻中の第7巻発売時点まで「ホームコメディである」と作者や関係者の発言でも定義され、そのように展開してきたのですから、第8巻で多少ラブコメ要素があったからといって全部覆すというのは暴論というものです。

    そして、Asuperuさんは「ラブコメである」という根拠として、「ラブコメであるという自分の独自研究を決定的に覆す根拠がない」という論法を展開していますが、これは「詭弁#未知論証(ad ignorantiam)」あるいは「無知に訴える論証」の記事でも紹介されているように詭弁の一種です。「ラブコメである」と断定している出典がない状態で、「ホームコメディである」という作者本人の発言を覆す理由にはならないと考えます。今のところAsuperuさんの主張には、Asuperuさんがそう思ったという根拠しかなく、これはウィキペディアで禁じられている「独自研究」にあたるものです。

    最後に、Asuperuさんが独自に導き出した推論が、検証可能ではないが真実を言い当てている可能性についても一応論じておきますが、これもないと考えます。まずAsuperuさんは「最近のイベントではホームコメディという語が使用されていない」ことを根拠に挙げていますが、「秋の大反省会」より後に行われた2010年11月の「俺の妹駒大に立つ!!」に「あくまでホームコメディ」という発言があったことから、この解釈には前提からして誤っていることになります。またAsuperuさんが根拠として挙げている、2011年5月発売の第8巻発売直後のインタビュー時点で作者が心変わりしたという解釈についても、当の第8巻あとがきで作者自身が以下のように述べており、疑わしく感じます。

    シリーズの今後についてですが、『兄妹』というテーマを描くにあたって、これはぜひとも書いておかねばならというもの。こういうのを描いたら面白いだろうというもの。次巻からは、この二つを書いていきます。まあ、いつもと同じと言えば同じなのですが、特典で書いた短編がどれも好評だったので、次からは遠慮なく変則的な話も混ぜていく予定です。ジャンルもテーマも変わりませんが、いままでとは一味違う『俺の妹』をご期待ください。 — 伏見つかさ、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』第8巻、305頁。ISBN 978-4-04-870486-1

    時系列に並べると、つまり第7巻終了時点で「ホームコメディである」と言っていて、第8巻のあとがきで「次からも兄妹を描くというテーマは変わらず、ジャンルも変わらない」と予告しており、Asuperuさんが根拠としている第8巻発売記念インタビューはその直後ということになります。その前提を踏まえて、「一般的にラブコメとはこうだ」という話題に触れているインタビュー記事を、第8巻のあとがきを執筆した後に前言を弄したとする根拠して読むのは、かなり苦しいと言わざるを得ません。その後で「実はラブコメである」という発言があったわけでもありませんし。

    Asuperuさんがラブコメであることの根拠としている『俺の妹がこんなに可愛いわけがないポータブル』についても、以下のような発言があります。

    ゲームならではとか、本編ではできないことをやってほしい、と。例えば全ヒロインとつき合うとか、桐乃と京介が実は血が繋がっていなかったエンドとか、そういうのもいいんじゃないか、と。 — 三木一馬、『俺の妹がこんなに可愛いわけがないポータブル ザ・コンプリートガイド』、125頁。ISBN 978-4-04-870352-9

    ゲームの恋愛要素は、あくまで本編とは異なる要素として組み込まれたものです。「ゲームは本編ではできなかった展開として、全ヒロインと付き合う展開が用意された。実際にゲームでは付き合える。だから本編もラブコメである」という論理展開はおかしくないでしょうか?

    それと仮に、ゲーム版の「実は血が繋がっていなかった」ifルートのように、桐乃の兄に対する思いが異性に対する思いであったと明かされるようなどんでん返しが本編の結末に用意されていたとしても、物語全体で見れば主人公の京介は桐乃を妹と定義しそのように振る舞っているのですから、それまでの「ホームコメディとしての『俺の妹』」を覆すものにはならないと考えます。

    以上のように、Asuperuさんの主張には無理があると考えます。--Kanohara 2011年10月15日 (土) 17:15 (UTC)返信[返信]

    Kanoharaさんの主張には疑問な部分が多々あります。 まず、インタビューの内容の一部だけを取り出して同じ言葉を何度も繰り返し誘導するように提示していますが、編集者はその後にラブコメとしてタブー視しているものに挑戦し意見は受け止めるといった発言しています。ホームコメディとして認識しているのであれば、Kanoharaさんの主張する「一般的なラブコメ」について比較として出す必要もありません。 次に過去の情報と新しい情報の優先制についてですが、これは歴史的資料などについての話ではありません。AとされていたものがBであった場合それに準拠するのは当然です。 また、私がゲームを根拠としているというのは誤認識です。本編でできないこと云々については、原作内において出来ないことをゲームで出来るという発言のみであり、全ヒロインとつきあえる展開があるのはゲームだけである。だから原作はホームコメディであるという論理展開の方が無理があります。--Asuperu 2011年10月16日 (日) 14:15 (UTC)返信[返信]

    ◆「ホームコメディ」と「ラブコメ」は排他的な概念なのでしょうか?両立するような気がするのですが。コメディとシリアスのようなものなら両立は難しいかもしれませんが、コメディ同士であれば作品話やマルチメディア展開の状況次第では両立するように思います。その観点から、少なくとも「ホームコメディだからラブコメでない」「ラブコメだからホームコメディでない」という理由付けは不適切と考えます。「AとされていたものがBであった」というニュアンスであればBが第一義ですが、「Aとされる場合もあり、Bとされる場合もあり」や「作品初期はAを目指していた/Aと評価されていたが、作品後期ではBを目指していた/Bと評価された」というケースでは両ジャンルを満たすと思いますし、今回のケースは両ジャンルを満たす可能性のあるケース(排他的でないケース)かなと思います。
    次に、既に提示いただいている「ホームコメディである」とする見解とその出典は妥当と考えます。再度書きますが、「ラブコメだからホームコメディでない」という理由付けには同意できません。「ホームコメディである」としている/されていたこと自体を否定する何かがない限り、「ホームコメディである/ホームコメディであった」と記載することを妨げるのは不適切と考えます。
    最後に、「ラブコメである」については意見を保留します。探せば、原作者サイドではなく、「ラブコメとも見ることができる」というニュアンスの第三者言及資料はどこかにありそうな気もするのですが、それが見つかれば(記載順はともかくとして)両ジャンル併記でいいだろうと思います。そして、それが見つかるまでの間、現行の出典をベースにして、記載とするか出典無効とするか除去とするかについては、今のところ意見はありません。--NISYAN 2011年10月16日 (日) 06:47 (UTC)返信[返信]

    コメント まず、この作品が「ラブコメ」すなわち恋愛を主題とした作品であるなら、主要登場人物は男女の仲と言う意味で、愛し愛される関係であるはずです。それは誰が? 誰と? Asuperuさんが根拠として挙げている「普通の健全な男子高校生が女の子から告白され」という説明は、京介が黒猫から告白された出来事のことを指しているわけですが、その京介と黒猫は8巻で交際を始めつつもその巻のうちに分かれてしまいます。まあ「恋愛編」の内容は確かにラブコメ的であるとして、その関係が終わってしまったのなら、「AとされていたものがBであった場合それに準拠するのは当然」である主張するAsuperuさんの理屈では、「『俺の妹』はもはやラブコメではない」ということになるのではないでしょうか?
    そもそも本作は、第8巻時点で「兄と妹の物語」とされています。前の発言で引用したように、第8巻のあとがきには、本作は『兄妹』というテーマを描いていて、次巻からもテーマもジャンルも変わらないと説明されているわけです。では京介と桐乃の関係はラブなのか? という点ですが、本作はそれを示唆しつつもあくまでそれを認めず、ホームコメディであると言い張る形で物語が進んでいるわけで、それをラブだと断定するのは、いくら見え見えに見えても未完結の推理小説の真相を勝手に推理して書くことと同じで、独自研究、未来の予測Wikipedia:創作物を基にした逐次的な編集#対象となる行動のケース4、などに当てはまるため宜しくないと考えます。独自研究を交えてラブであろうと推定するとしても、第7巻の内容は、桐乃はラブとして勝負をかけたものの京介はあくまで兄と妹の関係に踏みとどまった、という形で決着がついているので、『俺の妹P』のifルートで触れられたアルバムの秘密のような新たな切り札が登場しない限り、「ラブコメ」としては終わっていることになります。
    それに近親相姦の表現に目を光らせる東京都青少年の健全な育成に関する条例の改正が成立した今、京介と桐乃の関係をラブであるとウィキペディアが規定してしまい、『俺の妹』は不道徳な作品であるという言説が世論に影響を与えるようなことになると、原作者に迷惑がかかることになります。そのような事態になった時の責任は我々には取ることができませんし、取らされるような事態になってはなりません。ただでさえファンの間ではカップリングが激しい作品だというのに。「ラブコメである」とする根拠が、一般論を語っているに過ぎないようにも読める文章で、しかも破局という形で終わった関係について説明したものであるというのは、記述の重さに見合わない薄い根拠であると考えます。何度でも言いますが、Asuperuさんがどれだけ「それはラブコメでないという根拠にはならない」という主張を積み重ねても、インタビューの中に「ラブコメ」という単語が登場したという事実が「『俺の妹』はラブコメである」という事実へと変化することはありません。--Kanohara 2011年10月19日 (水) 01:23 (UTC)返信[返信]
    コメント 8巻で「兄と妹の物語」という事が示された訳ですから、それを「ラブコメ」とするのは独自研究及び近親相姦であるとの誤解を与えかねず、また、出典自体「ラブコメである」と定義付けている訳ではないため除去した方が良いと思います。--Louis XX会話 / 投稿記録) 2012年4月5日 (木) 11:59 (UTC)返信[返信]
    コメント公式に何コメディか言及されている訳ではないにも拘らず関係者の発言の一部を根拠として「ホームコメディ」か「ラブコメ」か二者択一でWikipediaで決めなければならない理由が分かりません。単に「コメディ」でいいのでは? 「ホームコメディ」「ラブコメ」の概念に照らせば妹が不在だった時期の一連のエピソードや各ヒロインの短編エピソードの一群は「ホームコメディ」には当たらず、また1巻のエピソードなど妹がらみの一部(相談の類)は「ラブコメ」には当たらないので、単純に「ホームコメディ」か「ラブコメ」かを決めるのは無理があると思います。また、この議論自体が馬鹿馬鹿しいです。ここで決めたからといって本作が「ホームコメディ」か「ラブコメ」のどちらかに決まるわけでもありません。
    Kanoharaさま宛:兄妹でラブコメ=近親相姦と考えるのが普通であるというのは一体どこから来た思考なのでしょうか? 兄弟愛とか親子愛って普通に使われると思いますが、それが近親相姦と考える人は単にエロ思考が強い人だけなのではないでしょうか? そういった偏った思考を元に東京都青少年の健全な育成に関する条例を持ち出して『京介と桐乃の関係をラブであるとウィキペディアが規定してしまい、『俺の妹』は不道徳な作品であるという言説が世論に影響を与えるようなことになると、原作者に迷惑がかかることになります。』と主張するのは議論として不適切だと思います。Wikipediaの記述が世間的に大きな影響を与えた前例でもあるのでしょうか? 無いのでしたら発言を撤回したほうがよいと思います。よほど強い根拠が無い限り仮定の話には意味がありません。--駄ニメ会話) 2012年4月11日 (水) 10:26 (UTC)返信[返信]
    コメント 駄ニメさんとはお久しぶりです。
    さて、駄ニメさんは「公式に何コメディか言及されている訳ではない」と仰られますが、それは事実誤認です。この説の冒頭で示しましたように、『俺の妹』がホームコメディであることは公式に言及されています。「ラブコメディである」とする根拠となる発言が、あくまで一般論として出されたものであるのに対して、「ホームコメディである」とする発言は、『俺の妹』を主語に置いています。言うまでもなく、物語の一部分だけを切り取って「この辺りの描写はホームコメディではない」などと評論するのは独自研究ですし、出典には「ホームコメディ」であると定義されているものを勝手に「コメディ」に書き換えるのは如何なものかと思います。
    また、駄ニメさんは「ラブコメディ」の「ラブ」を兄妹愛や家族愛の意味でも定義しうるのではないかと仰りたいようですが、それはさすがに無理でしょう。辞書でも、ラブコメディのラブとは恋愛の意味であると定義されています。なおWikipediaの記述が世間的に大きな影響を与えた前例としては、ジョン・シーゲンソーラー ウィキペディア経歴論争Essjay騒動ほか、いくつかの事例[12][13]があります。--Kanohara会話) 2012年4月11日 (水) 15:53 (UTC)返信[返信]

    事件節の必要性について

    作者への脅迫事件を作者の記事ではなくあえてここに書く必要性はないかと思いますが、いかがでしょうか。一読者の行動に関する記述を一時的に報じられただけのニュースを出典として記述する必要はないかと思います。--TTTNIS (会話 | 投稿記録-Commons-) 2012年5月6日 (日) 13:52 (UTC)返信[返信]

    まず最初の報道から1ヶ月近く経ってからの特集記事なので一時的に報じられただけと捉えるのはどうかと思います。フィクションのストーリー展開がきっかけとなって事件が起こること自体かなり珍しいですし、作品名やキャラ名まで広く報道されましたからこの作品から事件を連想する閲覧者も多いのではないかと思います。また、この記事は他所よりもディテールまで扱っている記事ですので事件についてだけ扱わなくするのはバランスに欠けるのではないでしょうか。記述の必要はあると思います。ただし、態々セクションまで作る必要はないのでもう少し簡潔にしようという話であれば同意します。--61.123.83.169 2012年5月6日 (日) 15:08 (UTC)返信[返信]
    報道されたからのみで何でもかんでも書いて良いわけではないでしょう。簡潔であろうと一言も書くべきではありません。現時点でその事件が作品自体に著しい影響を与えたことが確認できませんし出典の記事や作者のブログを見ても作者自身のコメントも確認できません。これでは作品に対する反響の一例としても特記に値しません。「著しい影響」として作品自体が路線を変更した、早期に完結した、書籍、DVDなど関連商品が販売自粛になった、アニメ二期が中止・延期になったなどで作者、製作者側がこの事件の影響であることを認めない限り瑣末なエピソードに過ぎません。--122.134.163.154 2012年5月6日 (日) 15:34 (UTC)返信[返信]
    コメント 朝日、毎日、産経、共同通信といった主要な報道機関も事件を取り上げていますし、作品にまつわる出来事のひとつとして簡単に言及する程度は紙幅を割いてもよいのではないかと思います。アスキー・メディアワークスによる公式なコメントは、毎日新聞の記事で確認できます。なお、こうした事件について言及したウィキペディアの記事としては、「いぬかみっ!」などの前例があります。
    ただ、テロリストの主張主張をウィキペディアで詳細に取り上げるべきではなく、大きく扱う必要はないと考えます。「展開が気に入らないとして原作者を脅迫し、逮捕されたファンがいた」といった一行程度の記述で十分でしょう。それ以上詳しく書くのであれば、ウィキニュース辺りに記事を作って、そこへリンクするのが良いかと思います。--Kanohara会話) 2012年5月7日 (月) 09:17 (UTC)返信[返信]
    私はそれでかまわないです。--61.123.83.169 2012年5月8日 (火) 14:43 (UTC)返信[返信]

    コメント ブログをやっている作者本人ではなくアスキー・メディアワークスのコメントですか。やはり作品を解説する中でその事件の重要度が理解できません。主要な報道機関が取り上げたことは無差別だろうと書かせてくれ、そこまではいかなくとも自分は書かないが他人が書くのは一切止めるつもりはないということでしょうか?報道機関に取り上げられるのはハードルが低いものですので書くべき出来事は「報道された」以外で著しく影響を与えたことに限定するべきでしょう。いぬかみっ!の方も事実かもしれませんけど出典が無いのが問題ですね。まあウィキペディアにおいて「特筆性が明白な事物の記事(存命人物は除く)の中で新聞記事など出典に基づいた記述なら『〜と報道された』という形でもあったほうがいい」と考えの人が圧倒的な状況ではこのような意見はほとんど聞き入れられないと感じますが。あくまでも個人的考えとしてそんな事件を起こす人を「ファン」と認めていいんでしょうか?--122.134.138.189 2012年5月9日 (水) 08:59 (UTC)返信[返信]

    むしろ「ファン」でなければこんな事件は起こさないでしょう。--60.237.42.46 2012年5月13日 (日) 08:45 (UTC)返信[返信]
    コメント 122.134.138.189さん個人がその人物をファンであると認めるか否かは内心の自由ですので、心の中でどう思うかはご自由に解釈するのが宜しいかと。ですが、ウィキペディアの記事として書く場合は「Wikipedia:検証可能性#「真実かどうか」ではなく「検証可能かどうか」」のルールに沿う必要があるので、我々の主体性を反映させるべきではなく、事件を報じたマスコミが「ファン」だと言うなら「ファン」と書き、「ファンとは言えない」と報じるなら「ファンではない」と書くべきでしょう。--Kanohara会話) 2012年5月15日 (火) 09:50 (UTC)返信[返信]

    「報道された」以外で記載に値する具体的な理由が1週間提示されなかったため脅迫関連は除去しました。--220.102.17.176 2012年5月16日 (水) 14:51 (UTC)返信[返信]

    ちょっと強引すぎるんじゃないですか?こんな前例を作ると、他の記述も特記性がないからと除去していいことになりますよ。--61.123.83.169 2012年5月17日 (木) 11:12 (UTC)返信[返信]
    こういうネガティブな出来事の記載は報道されようとも書かないほうがいいという判断を含めて慎重に願います。今回の事件で作者製作者側が萎縮するなどこれといった影響も確認できません。--125.194.235.11 2012年5月17日 (木) 14:58 (UTC)返信[返信]
    そういう問題じゃありません。ガイドラインに関係なく重要度を決めて納得のいく反論がなければ除去という今回のケースを認めてしまったら、この記事では重要度の低いものは除していいということになりますが、この議論に関わった方はそれでよいのかと聞いているんです。--61.123.83.169 2012年5月17日 (木) 16:43 (UTC)返信[返信]
    下の節によると他の方も黙認されている訳ではないようなので一部を戻しました。--61.123.83.169 2012年5月21日 (月) 23:19 (UTC)返信[返信]
    IP:61.123.83.169会話 / 投稿記録 / 記録 / Whoisさんもちょっと強引すぎるんじゃないですか?他方に問題ふっかけてまで、手段を選ばずに例の事件を執拗に記述したいとしか思えずもはや「作品が嫌いだからイメージを下げたいのかあんたは」と言いたい気分です。ともかく報道されたから以外でどうしても記載しなければいけない理由を説明しない限り除去しなければいけません。--125.197.121.251 2012年5月22日 (火) 03:42 (UTC)返信[返信]

    (インデント戻します)おじゃまします。ここまでの議論を見せていただいて、根本的におかしいと思います。『事件のことを書くのが作品をおとしめることになる』のでしょうか?『作品や作風に影響を与えていない事実は書かない』のは正しいのですか?それはどちらも根拠のないものと思えます。*むしろ、その作品が社会に与えた影響は、書くべきではないんですか?それがネガティブなものであろうと、それは実際に作品と無関係に生じたはずはないのです。この件は世間の(一部かもですが)過熱ぶりを示す重要なエピソードと思えます。私自身としては作者がストーリー展開に意見募集したりと言ったところが、いかにもラノベ世界のあり方を著すものだと思うし、それにつなげて論じるのもアリでしょうし。ま、そこまで行くと出典が別に必要でしょうが。--Ks会話) 2012年5月22日 (火) 05:04 (UTC)返信[返信]

    そこらへん絡めてうまく文章組み立てて書く分にはいいと思いますけど、現状だとこの事件のことを書くためだけに節が挿入されて、という感じになっていて記事として綺麗じゃないですし、事実の羅列は記事にとっていいことじゃない、と思います。例えば自動車の記事で何月何日どの部位に関するリコールが出された、なんていちいち書くのもよろしくないですし、書くのであれば特筆性を持たせるような書き方をしないといけないんじゃないかな、と思います。--TTTNIS (会話 | 投稿記録-Commons-) 2012年5月22日 (火) 09:16 (UTC)返信[返信]
    コメント 私には事実の羅列はダメだが、作中用語の羅列はよいと言う感覚が理解できないんですよ。批評の対象になっていないのはどっちも同じでしょう?サブカル記事だから事典的でない内容も多少扱いますっていうスタンスを取るならバランスは取るべきですよ。--61.123.83.169 2012年5月22日 (火) 13:12 (UTC)返信[返信]
    基本的に事実の羅列は駄目ではないにせよ、つまらないでしょう。ですが、この事件がこの作品の影響を示す物であること、この事件のことを記述することに関しては、全体に承認されたと見ていいですね。ありがとうございます。--Ks会話) 2012年5月22日 (火) 13:53 (UTC)返信[返信]
    用語節は登場人物節と同じくあらすじ節の補完として、あらすじ節に記述することができない部分をグルーピングして記述することであって、その用語も作中にキーとなるものとして登場しているから書く、というものではないでしょうか。舞台設定を理解するのに必要な用語と、どこぞの誰が勝手に起こした犯罪の記述有用性を同列に考えられる感性の方が私には理解しかねます。--TTTNIS (会話 | 投稿記録-Commons-) 2012年5月22日 (火) 13:58 (UTC)返信[返信]
    私は用語節には何一つ言及していませんが。それに、さっきおっしゃってましたよね。「そこらへん絡めてうまく文章組み立てて書く分にはいいと思いますけど」。しっかり『いいと思う』といってもらっています。私の考えとしては、独立した節を立てる必要はなく、今ある節の中に含めればそれで十分、でも、書いておいて損はない、そんな感じです。--Ks会話) 2012年5月22日 (火) 14:24 (UTC)返信[返信]

    この節を見てモヤモヤしますし今でも記述を除去したい気分です。新聞が報じたことは例え偏向報道なのが明らか(今回の報道に偏向は感じなかったと言っても)でも問答無用で記載(出典の有無のみが絶対的な基準)ってスタンスで本当に問題ないのでしょうか?ウィキペディアに携わる者はマスコミの犬でなければいけないのでしょうか?大手新聞社の報道姿勢はアニメやゲームに関して長年偏見があるのは目にも明らかなのに一切疑問を呈してはいけないのでしょうか?例としてどこかの新聞か週刊誌が根拠(実名)を示さず「自然雑誌の人は『動物写真家はいくらでも犯罪を起こしますよ』と語っている」と書いたらすんなり動物などの関連記事に記載するのでしょうか?事件が起きたことだけでも特記に値するという皆さんの考えにある意味危険性(ウィキペディアの炎上メディア化、2ちゃんねる化)を感じます。こんな記述が作品自体の理解を深めることに繋がるのでしょうか?このことに関してはもう少し慎重であるべきではないかとKsさん他皆さんに言いたいです。--122.132.192.10 2012年8月11日 (土) 03:40 (UTC)返信[返信]

    作品に関する評価には、作品そのものの評価と、作品の社会における位置や与えた影響、という両面があります。その作品が社会に与えた影響が作品に無関係なわけではありません。122.132.192.10様には以下の2点をご検討いただきたい。
    • 出典があれば何を書いてもOKとは、誰が言っているのでしょうか?少なくとも私は言っていませんし、そう思うこともありません。逆に、出典のないことを書くなとはどこでも言われることですね。私自身は、出典のあるものから必要なものを取捨選択するのが当然と思っています。
    • 「大手新聞社の報道姿勢はアニメやゲームに関して長年偏見があるのは目にも明らか」というのは、事実でしょうか?むしろ、そう考えるのであれば、あなたはその分野に肩入れしているためですね。逆に、その分野に触れたことの少ない層にとっては、そうではないわけです。で、そのどちらが正しいのでしょうか?
    もしあなたが「マスコミは偏見に満ちているから信頼できない」というのであれば、信頼できる出典はどこですか?そして、その出典は誰にでも信頼されるのですか?

    以上。--Ks会話) 2012年8月11日 (土) 05:14 (UTC)返信[返信]

    そもそもウィキペディア全体で、万人が見て信頼できる情報源だけど、記事にその情報源に基いた記述は不要という合意が形成された記事ってありますか?並びにKsさんは信頼できる出典に基づく記述だけど記載に反対したことありますか?結局自分にとって信頼できると思う情報源に基づく記述なら何でも書けばいいじゃないか、つべこべ言うなというのが実態でしょう。
    それに「偏見があるのは目にも明らか」は確かに主観、被害妄想、過剰反応と感じる例もあれど、検証可能な事実に絞ってもおたく差別宮崎勤フィギュア萌え族レイプレイTBSでの初音ミクなど枚挙に暇がありません。Ksさんにとっても検索せずともよく分かる例があると信じます。それでも「その分野に触れたことの少ない層にとっては、そうではない」から新聞報道は問答無用で採用なのでしょうか?
    そして「信頼できる出典はどこですか?」と言いましてもアニメ記事はアニメの雑誌やニュースサイト、公式ファンブック、ユリイカやオトナアニメのような雑誌ぐらいでも成立するような気がするのはおかしいですか?これのようにBPOを持ちだしてでも作品に対する批判を何が何でも書かないと良い記事にならないというのは納得しきれません(BPOもアニメに一貫して偏見ありきで審査する組織と個人的には思いますが)。それでも良い記事になるというのでしたらこれを含めたアニメの記事もWikipedia:良質な記事にすればいいのにそんな動きがないのは不思議です。
    長くなりましたが、やはりこれも聞き入れる余地は無しですか?--125.197.139.17 2012年8月12日 (日) 03:32 (UTC)返信[返信]
    どうも、議論全般が思いこみで固まっているので、やりにくいですね。
    • 「信頼できる出典に基づく記述だけど記載に反対したことありますか?」さあ?でも私は、学術論文の記述であれ、それなりに取捨選択はしますね。
    • 「新聞報道は問答無用で採用なのでしょうか?」私はそんなことは言っていませんが。それに、そうであれば、つい上で言ったことと矛盾しますし。私は自分の納得したことしか書きません。
    • 「アニメの記事もWikipedia:良質な記事にすればいいのにそんな動きがないのは不思議です」何度もありましたよ。なりませんでしたが。
    • 私自身はこの分野にはほとんど手をつけていないのですよ。この項がたまたま目についただけで。「やはりこれも聞き入れる余地は無しですか?」どうしてこんなことを言われなければならないのかが実に不思議なのですが。--Ks会話) 2012年8月12日 (日) 08:47 (UTC)返信[返信]

    Kanoharaさんに賛同してるから脅迫事件の記述は絶対的だという雰囲気を感じますが(思い込みでしたらすいません)、でしたら本当に何方様かがこの俺妹含めたKanoharaさんが出典を明記して大量に加筆した記事(利用者:Kanoharaや投稿記録を参照ということで)を「方針を順守した問題のない記事」としてWikipedia:良質な記事/良質な記事の選考(修正が求められることは必至ですが)に出してみればいいと思うのですが、そんな気配すら無いのはKanoharaさんの考え自体に幾らかの問題があるということでしょう。

    脅迫事件に関しても現在の一言でもKanoharaさんの言う「テロリスト」を持ち上げてるようで百科事典的に有益でないとしか思えません。作者が動じているように見えませんし、犯罪行為を伴った「反応」に正当性なんかありませんのでウィキペディアがそれに応えることはありません。刑事裁判なんて当たり前であり「尾を引いている」状況でも無いですし。伏見つかさに関しても記述を容認したら「存命人物記事に、本人が語らずとも犯罪被害歴は無制限に書いてもいい」ことになりますね。--122.132.164.233 2012年8月13日 (月) 06:07 (UTC)返信[返信]

    「問題のない記事」なら。「良質な記事の選考」に提出すべき、という話はありません。ですから、それが出来ないのはどこかに問題があるから、といのは論理の飛躍ですね。また、「テロリストについて言及するのが彼らを支持することになる」のであれば、これはいかなるテロリストについても記事が書けないことになりますよね。それから、「記述を容認したら「存命人物記事に、本人が語らずとも犯罪被害歴は無制限に書いてもいい」ことになりますね」というのも飛躍ですね。この件を書くことが、どうして「犯罪被害歴は無制限に」書くという意味になるのでしょう?要するに、自分の思いこみを押し通したいために論を立てているだけですよね。これ以上続けても無駄だと思いますよ。--Ks会話) 2012年8月13日 (月) 06:18 (UTC)返信[返信]
    脅迫事件の犯人を「テロリスト」呼ばわりしているのはKanoharaさんであり、別に私はウサーマ・ビン・ラーディンとかのようなテロリストと同列に扱う気はありませんし実名を書いたらケースB-2で緊急削除されちゃうような小者にまでウィキペディアで応えることはないと考えますが「飛躍」「思い込み」に過ぎませんか?--122.132.164.233 2012年8月13日 (月) 06:38 (UTC)返信[返信]

    用語節の必要性

    率直にいって特殊な設定がある作品でもないのに用語節を置く必要性がわかりません。ここが公式サイトやファンサイトといったメディアであるなら作中の一要素を解説していくのも有意義でしょうが、実際のウィキペディアは一般に向けた事典であり、こういう作品ガイドでしかない記述は不要ではないでしょうか?用語を載せるにしても現実世界の観点から作品の代名詞となるような用語であるとか、他作品に影響を与えたなどの言及が不可欠なのではないかと思います。

    なお、用語節が他所のサブカル系記事に腐るほどあるのは私も理解していますが、この方式が流行った背景にはプロローグだけ書かれる傾向にあるあらすじ節を登場人物や用語節で補足することに目的があったと思います。ただ、この記事の場合はあらすじ節に十分な長さがあるため、他所を真似る必要もないと思います。Wikipedia:あらすじの書き方を見てみても物語の解説に必要なのは「プロット」(筋)、「キャラクター」(人物)、「テーマ」(主題)の3つとなっていますので、この3つに引っ掛からないセクションを残す価値は感じません。ただ、実在の店舗とのタイアップが行われたメイド喫茶に関しては現実世界との接点があるので、他のセクションに移す分には構わないかと思います。俺の妹がこんなに可愛いわけがないの作中作も実在のものがあるので子記事としてある分には問題視していません。--61.123.83.169 2012年5月20日 (日) 14:53 (UTC)--61.123.83.169 2012年5月20日 (日) 14:59 (UTC)返信[返信]

    話の設定を明示するのに必要でしょう。用語節がなければこの作品に登場する組織の説明はできませんけど、それじゃあ読者には組織名だけが出されて何が何だか分からない部分が出てくるでしょうし、作中作もこの作品では何度も出てくるのですから。詳細な説明が要らないというのであれば、登場人物の詳細な説明だっていらないでしょう。いずれにせよ、頻繁に使われる用語であれば、記述に値するとプロジェクト:ライトノベルにもあります。--TTTNIS (会話 | 投稿記録-Commons-) 2012年5月20日 (日) 22:10 (UTC)返信[返信]
    コメント あなたの言葉でいうならWP:N#NCONTENTです。掲載基準を他所より高く設定した以上、こういった部分も議論していかなければいけないでしょう。
    説明がないと何が何だか分からないという話ですが、例えば和菓子屋「田村屋」という文章だけで「田村屋」が何かは普通の方なら理解できます。また、基礎設定の明示にしても背景設定節だけで十分事足りていると思います。他所のジャンルの記事では専門用語の解説は内部リンクで済ませるのが一般的ですから、作中作にしても内部リンクで対処すればいいだけの話だと思います。実際のところ、用語節を読み飛ばしても読み込めなくなるようなセクションはこの記事にはないでしょう。
    PJ:LNにしても作中で頻出とは一言も書いていない訳ですから、二次資料で頻繁に使われる用語と解釈すればやはり現状ではいらないという判断になります。主要人物の名前なんかは話の筋を説明する際に二次資料でも出てきますけど、名前があるだけの用語だとそうではないですよね。なので重要性を示すのは不可欠でしょう。そもそもウィキペディアは用語集ではないのでこのセクション名自体避けるべきだと思いますけど--61.123.83.169 2012年5月21日 (月) 11:43 (UTC)返信[返信]
    例えば「オタクっ娘あつまれー」の開設経緯が各登場人物の過去に特筆性で劣るとはなぜ言えるのでしょうか。用語集でないから用語節を消せというのと、用語集でないから人物節を消せというのは同じ理論だと思います。登場人物だって用語といえばそうですし、用語(人物名)があってその解説があるという構成は全く同じなのですから。具体的な人物解説は必要であり作中団体や事件その他の解説が不要だという考えは理解できません。また、頻繁に使われる用語の解釈について、二次資料云々の解釈はあまりにあまりでしょう。そんな解釈はできないでしょう。
    日常系作品とそうでない作品で用語節の重要性に差異が生まれるとかなんとか、そんな理論を展開したいのであれば、まずPJ:LNのノートに提案してスタイルマニュアルの改訂を提案したらいかがでしょうか。--TTTNIS (会話 | 投稿記録-Commons-) 2012年5月21日 (月) 13:06 (UTC)返信[返信]
    コメント 具体的な人物解説が必要なんて誰がいったんでしょうか?また、勘違いしておられるようですがプロジェクトはガイドライン化されていませんのでスタイルマニュアルではありません。従うべきはWikipedia:スタイルマニュアル (フィクション関連)Wikipedia:あらすじの書き方の方です。プロット上重要じゃないものを解説する必要ないといっているのであって非日常系作品であれば用語節は重要だなんて全く述べていません。他の記事でも用語節なしでも機能すると思ってますし、作品ガイドが作りたきゃウィキア辺りに行けばいいんじゃないかと思っております。あと、言っておきますが草案にすぎないWP:Nを恣意的に解釈して記事の整理を始めたのはあなたの方が先ですからね。--61.123.83.169 2012年5月21日 (月) 13:47 (UTC)返信[返信]

    (インデント戻す)この記事に特有の問題じゃなく、作品記事全体に関わってくる問題なので、そういう意味でもプロジェクトで議論したほうがいいと思います。--TTTNIS (会話 | 投稿記録-Commons-) 2012年5月21日 (月) 13:53 (UTC)返信[返信]

    コメント 上の節で他所と違うことをやっている以上、この記事特有の問題だと思います。プロジェクトの方でも議論するのは構いませんが--61.123.83.169 2012年5月21日 (月) 14:08 (UTC)返信[返信]
    上の節はこことは関係無いでしょう。--TTTNIS (会話 | 投稿記録-Commons-) 2012年5月21日 (月) 14:27 (UTC)返信[返信]
    コメント 私がこんな前例作っていいのかと聞いて皆さん黙認されたようなのですけど--61.123.83.169 2012年5月21日 (月) 14:41 (UTC)返信[返信]
    別にああいう形での記事除去を黙認はしていませんよ。というか上の節のことを他の記述についての議論にまで持って来ないでください。書く必要があると思うのであれば記述の復元を提案すればいいじゃないですか。ありえないとは思いますけど、万が一上の議論の報復とかそういった意味合いで今回の提案をしたのであれば、それは問題外です。--TTTNIS (会話 | 投稿記録-Commons-) 2012年5月21日 (月) 15:02 (UTC)返信[返信]
    コメント ではこの問題が片付くまで復元しようと思いますがよろしいでしょうか?--61.123.83.169 2012年5月21日 (月) 15:32 (UTC)返信[返信]
    この節で上の節のことについて提案されてもねえ…。というか、復元はいいですけど、編集合戦を防ぐためにはちゃんと議論を重ねてから戻したほうがいいと思いますけど。--TTTNIS (会話 | 投稿記録-Commons-) 2012年5月21日 (月) 21:40 (UTC)返信[返信]
    TTTNISさんのご希望に沿ってプロジェクトを改訂しました。しかし、実際に改訂してみると他の節にも課題が多いことに気付くので、ここだけを整理するのは止めにします。取り敢えずセクション名だけを除去することにしました。--211.127.117.3 2012年6月7日 (木) 16:17 (UTC)返信[返信]

    整理

    他の節に関しては主執筆者であるKanoharaさんがいないと議論にならないのでKanoharaさんのコメントを待っていたのですが、もう1ヶ月以上ウィキブレイクしているようなので、一先ず用語の整理を行おうと思います。まず根本的な問題として「企業・組織・コミュニティ」節は厳密にいうと物語世界内の観点に立った記述であり、作品を未読で登場人物の名前を覚えていないユーザーからすると分かり難い記述になっています。修正するにしても上述のようにWikipedia:あらすじの書き方で必要とされているものではないので整理する方が適当かと思います。内容自体もあらすじの補足というよりは登場人物の補足説明といった記述なので、子記事の俺の妹がこんなに可愛いわけがないの登場人物俺の妹がこんなに可愛いわけがないの作中作で触れておけばいいのでないでしょうか。その他、プリティガーデンの項目にあるタイアップなどの記述は俺の妹がこんなに可愛いわけがない (アニメ)のイベント節の方に移せば良いのではないかと思います。--61.123.87.109 2012年7月4日 (水) 11:20 (UTC)--61.123.87.109 2012年7月5日 (木) 09:34 (UTC)返信[返信]

    今のところ、あなたしか用語節の必要性を否定していませんが、もう少し意見を募ったほうがいいんじゃないかと。--TTTNIS (会話 | 投稿記録-Commons-) 2012年7月5日 (木) 10:22 (UTC)返信[返信]
    逆に肯定もされていませんよ。TTTNISさんの反対理由は1ヵ月前になくなった訳ですし。--61.123.87.109 2012年7月5日 (木) 10:43 (UTC)返信[返信]

    報告 用語の整理を行いました。特徴的ではない用語の解説は未読ユーザーからするとわかり辛く、既読ユーザーには読む必要がないということが多いです。どうしても触れたい場合はあらすじか背景設定節の中に文章として組み込んだ方が良いと思います。--61.123.87.109 2012年7月11日 (水) 11:36 (UTC)返信[返信]

    こんな大幅な改変をそんな簡単に行わないで下さい。私は上で反対していますし、合意形成はできていないはずです。また、私の反対理由が1ヶ月前になくなったという意味がわかりません。--TTTNIS (会話 | 投稿記録-Commons-) 2012年7月11日 (水) 11:37 (UTC)返信[返信]
    提案に対して反対していなかったではないですか。沈黙は同意とみなされます。キチンと反対理由を述べてください。--61.123.87.109 2012年7月11日 (水) 11:42 (UTC)返信[返信]
    ですから、反対理由は上で述べたとおりです。物語の世界観の説明に必要だということです。--TTTNIS (会話 | 投稿記録-Commons-) 2012年7月11日 (水) 11:44 (UTC)返信[返信]
    その意見は上の節で否定済みです。背景設定で十分ですし、ガイドライン上でも必要とされていません。--61.123.87.109 2012年7月11日 (水) 11:47 (UTC)返信[返信]
    反論された覚えはあっても否定された覚えはないのですが…。この作品の一つの大きなポイントが『オタクっ娘あつまれー』であったりしますけど、じゃあその説明をどこでやるんでしょうか、とかそんな感じで。背景設定節には地理的時代的な舞台の記述はあっても実質上の主たる舞台である『オタクっ娘あつまれー』については書かれていないでしょう? それなのに機械的に記述を消したらちぐはぐになっちゃいませんかねえ…? あるいは、『登場企業・組織・コミュニティ』を背景設定節の下位節にしてもいいと思います。--TTTNIS (会話 | 投稿記録-Commons-) 2012年7月11日 (水) 11:55 (UTC)返信[返信]
    ではなぜ1ヶ月以上黙っていたのでしょうか?議論をする気がないとしか思えません。先述の通り、作品の特徴となっていないものは態々触れなくても記事としては成立します。そもそもWP:WAF#情報に文脈を与えるでは、作中の素材を紹介する際には、短い文章で適切な文脈に組み入れていることが推奨されています。こういう作中要素に触れたいのであれば、箇条書きではなく1つの纏った文章に組み込むべきです。そもそも可読性に問題があるといっているのですから単に位置をずらせば解決する問題ではありません。--61.123.87.109 2012年7月11日 (水) 12:09 (UTC)返信[返信]

    (インデント戻す)箇条書きが解消できないから消せってのはお話にならない理論だと思いますけど。そんな事言ったら随分と多くの記事がほとんど白紙になっちゃいますよ。--TTTNIS (会話 | 投稿記録-Commons-) 2012年7月11日 (水) 12:12 (UTC)返信[返信]

    何度も言っていますが、必要性が薄くかつ箇条書きだから除去を提案しているんですよ。あなたもWP:NOTを理由にした記事の整理は行っているではないですか(しかも議論すらせずに)。--61.123.87.109 2012年7月11日 (水) 12:19 (UTC)返信[返信]
    必要性が薄くないって言っているんですよ。--TTTNIS (会話 | 投稿記録-Commons-) 2012年7月11日 (水) 12:23 (UTC)返信[返信]
    であるなら出典を基に作品における重要性がわかるような記述に変えてください。問題提起は1ヶ月以上前からしているのですから本来ならその間にやってほしかったのですけど。--61.123.87.109 2012年7月11日 (水) 12:31 (UTC)返信[返信]

    (インデント戻す)話が通じないからこれまでここにコメントを控えていたんですが…。二人で議論していてもどうしようもないので、コメント依頼で第三者の意見を募集しました。--TTTNIS (会話 | 投稿記録-Commons-) 2012年7月11日 (水) 12:36 (UTC)返信[返信]

    第三者のために一旦議論をまとめます。--61.123.87.109 2012年7月12日 (木) 10:34 (UTC)返信[返信]
    もう1ヶ月第三者の意見は出ていませんし、これ以上待っても無駄だと思いますがどうしますか?といってもTTTNISさんに議論の意思があるようには思えないので、これ以上話が進まないなら間を取って企業・組織・コミュニティ節から必要な記述のみを残して設定節に吸収という形で対処しようかと思います。また、Kanoharaさんが戻ってきそうにもないので他の節にも関わる話をしますが、小説ではこうだがアニメ版ではこうであるといったようなディテールの比較はあらゆる細部に至るまですべて包括する詳細な解説に当たるおそれがありますので除去しようかと思います。そもそも分割記事があるので書くならアニメ記事にすべきです。--219.66.98.212 2012年8月12日 (日) 16:47 (UTC)返信[返信]
    間を取るなんて方法で解決できるわけがないじゃないですか。そもそも、不必要な部分なんていう抽象的な表現で議論なんて行えるわけがありません。どこが不必要なのか具体的に書いて下さい。--TTTNIS (会話 | 投稿記録-Commons-) 2012年8月12日 (日) 23:54 (UTC)返信[返信]
    議論を継続する気があるなら『オタクっ娘あつまれー』が事実上の作品舞台であると主張する根拠を示してください。そうしないと議論になりません。まぁオタクっ娘あつまれーこそが主要舞台であるという主張なのであれば、オタクっ娘あつまれーのみを残して設定節に組み込むという対処でも私は構いませんけどね。現状、この議論で必要性が訴えられたのはオタクっ娘あつまれーだけですので、他にもあるなら理由も添えて書いてください。--219.66.98.212 2012年8月13日 (月) 08:14 (UTC)返信[返信]
    そこも理解できていなかったんですか…。だから私一人であなたの対応をするのは嫌なんですけど。というか、オタクっ娘あつまれーだけ上げてきたのはあくまで例としてなんですけど。そして論点がずれています。私以外の人間が記述してこれまで誰も消そうという提案がなかったものをあなたが消そうとしているのに、なぜ私がその記述必要性の証明をしなければならないのですか? 他の記事のなんでもいいですけどある節を誰かが勝手に除去しようとしたとして、ノートでその記述が必要である意味を除去しようとした人間が問うて、例えば一週間その回答がなかったから(馬鹿馬鹿しい質問で誰も回答しなかったかもしれません)、そもまま節バッサリ切っていいとか、そういう話になるわけがないでしょう。まあ、一応例としてオタクっ娘あつまれーについて書いておけば、そのサークルでの活動が話の主軸の一つだということです。--TTTNIS (会話 | 投稿記録-Commons-) 2012年8月13日 (月) 09:44 (UTC)返信[返信]
    あなたの主張が今一不透明だからあえて論点をずらしたんですけどね。オタクっ娘あつまれー以外にも残したいものがあれば今挙げてくださいと書かなければわかりませんか?あと、自分の発言には責任を持ってください。必要性を訴えながら書いたのは自分じゃないから知らんじゃ話になりません。また、私はガイドライン的に問題があるから整理しようと提案しているのです。方針に反している記事でも誰も削除せずに放置されてきたことを理由に削除依頼で存続させますか?普通はしませんよね。整理したくないのならルール上、問題がないことを示してください。--219.66.98.212 2012年8月13日 (月) 11:09 (UTC)返信[返信]

    (インデント戻す)あなたが勝手に整理をしたいといったんだから具体的にその理由を書けと言っているんですよ。整理の必要性を訴えながら自分じゃ知らんじゃ話にならないっつってんですよ。--TTTNIS (会話 | 投稿記録-Commons-) 2012年8月13日 (月) 13:53 (UTC)返信[返信]

    具体的な理由は今まで何度も書いてるので、下のまとめでも読んでください。--219.66.98.212 2012年8月13日 (月) 13:58 (UTC)返信[返信]
    そういうのは具体的とは言わないんですが、まあいずれにせよ、記事の大幅改編を一人の意見でできようとは思いませんので、まあもっともな理由でもつけて賛同者を集めたらいいんじゃないいですか? 物語の解説に重要なのは三要素あったとして、じゃあそれ以外の記述を機械的に外すなんてことはありえないことだと思いますけどね。常識的に考えて、物語において重要になってくる用語が不要だなんて考えるはずがないと思うのですが。--TTTNIS (会話 | 投稿記録-Commons-) 2012年8月13日 (月) 14:03 (UTC)返信[返信]
    集まらなかったから間を取ろうと言っているのにあなたがそれも嫌だといっているのではないですか。議論をする気があるなら代替案なりを出してくださいよ。--219.66.98.212 2012年8月13日 (月) 14:28 (UTC)返信[返信]
    間を取ってどちらも納得できるような案があればいいですけど、納得できるような案がないなら駄目だって話ですよ。あなたが変な文句をつけなければ現状のままだったんですから、あなたの意見が正しいと客観的に言える(つまりあなたの賛同者が集まる)ということがない限りにおいて、あなたの意見を尊重して現状を変更する必然性はないわけです。--TTTNIS (会話 | 投稿記録-Commons-) 2012年8月13日 (月) 14:35 (UTC)返信[返信]
    では、あなたが現状維持以外で納得できるような案とは何ですか?分割でもしますか?--219.66.98.212 2012年8月13日 (月) 14:52 (UTC)返信[返信]

    (インデント戻す)現状維持ですよ。まあ、箇条書きをやめて登場組織なりを舞台設定節に組み込んだ綺麗な記述案が出ればそれに反論するつもりはないですけど、あくまできちんとまとまっていて充足した記述になっていなければです。さもなくば改悪になってしまいますから。--TTTNIS (会話 | 投稿記録-Commons-) 2012年8月13日 (月) 14:55 (UTC)返信[返信]

    流石に全ての用語を組み込んでも雑多な内容になるだけですので取り捨てが必要です。具体的に何を残せば良いと思っていますか?作中作なんかも親記事に必要だと思っているのでしょうか--219.66.98.212 2012年8月13日 (月) 15:58 (UTC)返信[返信]
    Mainテンプレートを用いた子記事誘導をして親記事にそのアウトラインを書くのは記事執筆の常套手段ですからねえ。大体、なにかカットするべきというのはあなたの意見であって、私は現状維持だっと言ったはずです。--TTTNIS (会話 | 投稿記録-Commons-) 2012年8月14日 (火) 00:00 (UTC)返信[返信]
    リストの場合は要約残さなくても問題ないですけどね。そこまで除去するのが嫌なのであれば舞台設定として分割でもしますか。先述したように設定と用語はアニメ版との比較なんかが含まれていて主題に沿った内容になっていませんので、いっそ分割してしまった方がいいというのも見方の一つとしてあります。TTTNISさんがそこまで物語の舞台についての記述が重要と言われるのであれば、私は分割でも構いません。--219.66.98.212 2012年8月14日 (火) 08:23 (UTC)返信[返信]
    分割する必要はないでしょ。私は現状維持でいいと言っているんです。下手なことをしても記事の質低下になるだけでしょうし。また、節に関連することでアニメと原作の相違について多少触れることは悪いことじゃないでしょう。これは原作の記事ではなく、この作品シリーズとしての包括的な記事なのですから。--TTTNIS (会話 | 投稿記録-Commons-) 2012年8月14日 (火) 10:02 (UTC)返信[返信]
    そんな定義にはなっていませんよ。実際アニメの記事は分割しているんですし。--219.66.98.212 2012年8月14日 (火) 10:59 (UTC)返信[返信]
    反応がないので提案を出します。--219.66.98.25 2012年8月21日 (火) 12:43 (UTC)返信[返信]

    (インデント戻す)あんまりにアホらしいというか面倒だったので反応しなかっただけなんですが、まあやっぱりというかなんというか、いちいち反応しないと話を勝手に先に進めますね…。こうやって議論が2人だけで進められているような過疎っているところでそういうことをするのは本当にやめて欲しいのですが。24時間365日あなたの相手をさせられるようでたまったものじゃありません。アニメの記事が分割されたのはその部分の容量が増えて記事のバランスが悪くなったからでしょうに。--TTTNIS (会話 | 投稿記録-Commons-) 2012年8月21日 (火) 12:51 (UTC)返信[返信]

    中間まとめ

    まず議論のベースとして当記事に書かれている「登場企業・組織・コミュニティ」「作中作」節の記述が作品ガイド的であり、事典としては不要なのではないかという疑念があります。そこで、Wikipedia:あらすじの書き方#適切な長さをみてみると、物語の解説に重要な三要素は、「プロット」(筋)、「キャラクター」(人物)、「テーマ」(主題)であると書かれているため、これらに該当しない用語解説は不要なのではないかと私が主張し、問題の節の除去か整理を提案しました。この提案に対して、TTTNISさんは作品の世界観の説明に必要だと反論しました。この反論に対し、基礎設定の説明は背景設定節で十分で行われているし、書かれている内容もあらすじの補足というよりは登場人物の補足となっているので親記事にはやはり不要であると私は主張しています。以後、堂々巡りとなっているので第三者のコメントを求めます。--61.123.87.109 2012年7月12日 (木) 10:34 (UTC)返信[返信]

    ちなみに、こうした用語解説は本作のメディア毎の公式サイトを見ても行っておりません。--61.123.87.109 2012年7月12日 (木) 10:39 (UTC)返信[返信]

    話が纏らないため、「背景設定」「登場企業・組織・コミュニティ」「作中作」節を舞台設定として分割する提案をします。当記事の主題は出版されている書籍であり、メディアミックスされている物語ではありません。現在の記述では過剰になっていますので分割提案を行いないます。--219.66.98.25 2012年8月21日 (火) 12:43 (UTC)返信[返信]
    反対 上述の通り。分割に必要な記述量ではない。--TTTNIS (会話 | 投稿記録-Commons-) 2012年8月21日 (火) 12:51 (UTC)返信[返信]
    分割は容量だけで決めるものではありませんよ。それに3節合わせるとそれなりの量にもなります。--219.66.98.25 2012年8月21日 (火) 13:00 (UTC)返信[返信]

    不適切な編集

    ここしばらく、多くの漫画記事において、不適切な編集が見受けられますが、ここも保護になったようですね。今のままでは長期ページ行きになりそうな気もします。--ゴロモー会話) 2012年12月6日 (木) 11:02 (UTC)返信[返信]

    過剰なほど、出典元として小説のページ数を書いている人がいますが、正直ここまで酷いのは、どうかと思います。--124.108.246.139 2013年8月13日 (火) 19:40 (UTC)返信[返信]
    コメント 出典の明記は「不適切な編集」ではなく、ウィキペディアの基本的な方針であるWikipedia:検証可能性に基づいた適切な編集です。別に酷くも何ともありません。もし酷いと思うのであれば、ウィキペディアのトップページであるメインページからリンクされている、優れたページとして投票で選ばれた記事の数々を見てください。ほとんどの記事にびっしりと脚注が付き、参照した文献のページ数が明記されているはずです。--Kanohara会話) 2013年8月14日 (水) 13:24 (UTC)返信[返信]
    社会・科学系などの記事と、エンタメ系の作品の記事ページを混同されているようですね…。様々な書籍から引用を行う必要のある社会・科学系の記事とは、まったく性質が異なります。そもそも「作品」である以上、それそのものが出典なのですから、わざわざ記載する必要性はありません。たとえば編集合戦になり、ノート上で議論を行い、「これについては出典を書きましょう」ということになれば、書いたほうが望ましいと思います。
    また、本記事の出典の数は異常であり、記事を見ること・編集をすることに困難を生じるレベルです。これでは本末転倒でしょう。それゆえに、ノートにもそれに違和感を持つユーザーが、問題提起しているのです。ご理解ください。--124.108.246.139 2013年8月15日 (木) 05:40 (UTC)返信[返信]
    コメント ページを示す必用については、{{要ページ番号}}のようなテンプレートもあります。エンタメ系の作品であろうと、出典の明示は必要です。この記事が異常なのではなく、他のフィクション系作品記事の出典が貧弱なのです。そもそもこの作品の場合、原作小説が全12冊あり、加えてアニメ版や漫画版などのメディアミックス展開もされており、原作者の発言も複数の雑誌、ムック、ウェブサイトなど多岐に渡っているので、実際は「様々な書籍」から典拠を集める必要があります。
    それと、この作品のもう一つの特徴として、劇中の語り手である主人公が信頼できない語り手であるという点もあります。京介はツンデレなので本心を語らないし、京介の語りを介して語られた内容は、あくまで京介の認識に基づいたものという体裁ですから、後から別の可能性が示唆されたり、事実が覆されたり、原作者のインタビューで「実は、あやせは(原作において)最初から京介のことを誤解していない」(俺妹Pコンプリートガイドp126、ISBN 978-4-04-870352-9)といった裏話がぽっと出てきたりしますし、後から登場人物の人間関係そのものが変化したりすることもあります。そうやって情報が二転三転するのですから、どの記述が劇中のどの時点の内容に即しているのかは明記する必要があるかと思います。--Kanohara会話) 2013年8月15日 (木) 15:13 (UTC)返信[返信]
    私も、あまりに出典が多すぎて、見づらいことこの上ないと思います。そもそも、出典が多すぎるケースはたいがい、「必要のない過剰な情報が書かれている」か「過剰なまでに出典をつけ過ぎている」かの、どちらかです。いづれにしても、対策は必要でしょう。--218.216.145.132 2014年5月8日 (木) 02:28 (UTC)返信[返信]
    返信 ですから、この記事の出典が多すぎるのではなくて、他の記事が少なすぎるのです。「Wikipedia:スタイルマニュアル (フィクション関連)#結論」にも「記事中のすべての情報は信頼できる情報源に基づいた検証可能なものである必要があります。またすべての情報源(一次資料を含む)は記事の中で適切に参照されていなければなりませせん。すべての情報に情報源を明示してください。」とあります。出典の明示はウィキペディアの世界的なルールですので、こうした方針に異論があるのでしたら、各国のウィキペディアに対してルールの変更を働きかける活動から始めるか、他のウィキサイトを利用してください。見づらいという点に関しては、見づらいと思う方がユーザースタイルシートに sup.reference { display: none; } という記述でも入れておけば、視界から消すことができます。--Kanohara会話) 2014年5月8日 (木) 12:49 (UTC)返信[返信]