ノート:佐藤愛子 (作家)

    カテゴリの改名提案[編集]

    当記事人物に関するカテゴリをCategory:佐藤愛子 (作家) からCategory:佐藤愛子へ改名することを提案します。記事本体はともかく、カテゴリに関しては同名他者のものが作られるとは考えられず、曖昧さ回避は不要と判断します。--エンタシス会話) 2016年11月29日 (火) 11:01 (UTC)返信[返信]

    コメント こうした提案が出るということは、記事本体についても平等な曖昧さ回避が適当なのかどうかということを考えないといけないと思うのですが、その点いかがでしょうか?記事本体を現行のままにすべき状況とお考えであれば、カテゴリも一応現行通りとすべき(記事とカテゴリで記事名はそろえる必要がある)と思います。--Don-hide会話) 2016年12月4日 (日) 23:56 (UTC)返信[返信]
    ノート:山田太一 (脚本家)#カテゴリの改名提案と重複しますので、こちらでは割愛します。--エンタシス会話) 2016年12月5日 (月) 10:14 (UTC)返信[返信]
    コメント 上記別提案と重複いたしますが、意見は同じのため、再掲いたします。明確な取り決めがあるのかどうか調べましたが、特段そういうものがないような感じが否めません。しかしながら、基本的には記事名とカテゴリ名は1対1対応をつけるべきだと思います。ご提示のカテゴリについても本来はその考えからは外れており、不適切なカテゴリ名だと考えます。特定記事の改名提案という形よりも、プロジェクト:人物伝などで広く意見を募った上で、その結果を踏まえ、必要なら改名を行うべきと考えます。それなくして、特定カテゴリの改名提案の体としてであれば、現状は 反対 とさせていただきます。--Don-hide会話) 2016年12月5日 (月) 10:24 (UTC)返信[返信]

    プロジェクト‐ノート:カテゴリ関連#括弧付き記事名の人物記事に関するカテゴリの名付け方に議論を移すことにします。--エンタシス会話) 2016年12月11日 (日) 07:28 (UTC)返信[返信]

    長野県伊那市と岐阜県恵那市の取り違い。前者が陸軍航空本部、後者が森川の実家(クリニック)。[編集]

    経歴のセクション

    ・1943年 - 12月、最初の夫となる病院長の長男、森川弘と見合い結婚し、岐阜県恵那市(旧大井町)で暮らす。「戦争だから、しようがないから結婚していた」という[5]。 森川は陸軍航空本部勤務のため、飛行場設営隊の主計将校として赴任、同地で約5カ月の新婚生活をおくる[6]。

    とあります。

    佐藤愛子の最初の夫である森川が、主計将校として勤務した、陸軍航空本部 飛行場設営隊 があったのは、長野県伊那市です。岐阜県恵那市とは間違いやすいかもしれません。

    森川の実家、つまり彼の父親は町医者で、岐阜県恵那市に病院を開いていました。現在でもこの病院はあり、診察も行っています。森川と佐藤愛子の間に出来た息子が医師です。現在70代です。--遠藤進之助会話) 2022年5月15日 (日) 01:42 (UTC)返信[返信]

    Wikipedia記事のエピソードセクション[編集]

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    Unamu さん (ウィキペディアン)

    人物記事における「雑多な内容の箇条書き」で構成された「その他」「エピソード」の類の節は、自分が関与する記事においては極力これを解体再編し、撲滅したいと考えています。

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    暴露タイプのエピソードが、Wikipediaのエピソードの真骨頂だと勘違いしていました。お考えを拝読して、慌てて、当該エピソードにも、大幅に筆を入れた次第です。--遠藤進之助会話) 2022年5月17日 (火) 21:27 (UTC)返信[返信]

    独自研究との指摘[編集]

    この記事には独自研究が含まれているおそれがあります。問題箇所を検証出典を追加して、記事の改善にご協力ください。議論はノートを参照してください。(2022年5月)

    具体的な箇所をご教示いただけると、とても助かります。どうぞよろしくお願いいたします。

    佐藤愛子著『晩鐘』『血脈(上中下)』は、パソコンで筆写しました。読書嫌いなので、書いて頭に叩き込みました。特に『血脈』は、超大作で、佐藤愛子百科事典のような体です。これまでのすべてのことが網羅されています。下巻のあとがきには、作者である佐藤愛子が、――暴露小説だと批判されるかもしれないとも思った。だがそう思ったからといって、書くのをためらうという気持は起らなかった。それを書くことは私にとって必然だった。そう考えるようになっていった。――(佐藤愛子著『血脈(下)』あとがき、より抜粋)とみずから綴っています。読者としては、そんなことまで書いて大丈夫なのか、と思うような、きわどい、なまめかしい、現実が、綴られていました。

    少なくとも僕が加筆したことはほぼすべて、ここ数年で得た知識の中から書いたものです。もちろん、ここはウィキシステムを使っているわけですから、みんなで仕上げる記事ということです。他の方の累々たる蓄積もあるわけで、それを無視するわけにもいきません。

    ではよろしくお願いいたします。--遠藤進之助会話) 2022年5月18日 (水) 16:41 (UTC)返信[返信]

    自己レスです。
    経歴のセクションで、私はこう書きました。
    ――つまり、直木賞受賞に関しては、「ちょっと待った」というのが、佐藤愛子の本音だったのではないだろうか。――
    この文末表現だと、あたかも独自研究のようになってしまうと思いました。そこで、
    ――つまり、直木賞受賞に関しては、「ちょっと待った」というのが、佐藤愛子の本音だった。――
    と文末表現を修正しました。これは私が勝手にそうしたのではなく、引用[2]-脚注にもあるように、佐藤愛子著『血脈』にもこのことが書かれています。
    独自研究のテンプレートを掲げた方は、このあたりを言いたかったのかと、当たりをつけてみました。--遠藤進之助会話) 2022年5月18日 (水) 17:42 (UTC)返信[返信]
    さらに自己レスです。
    文末表現「だった」では格調がなさすぎますので「であった」と修正をしました。--遠藤進之助会話) 2022年5月18日 (水) 17:46 (UTC)返信[返信]
    さらにエピソードのセクションにも手を入れました。佐藤愛子の北海道浦河郡浦河町の別荘で起こった霊現象の件ですが、霊能者江原啓之とのやり取りなどは削除しました。いかにも独自研究の匂いがします。ただ、この事実も、『血脈』の中に書かれていたのは確かです。それと佐藤愛子著『マドリッドの春の雨』に関して記述した見解は、すべて間違いでした。当該作品には、鳥肌が立つような文章が綴らています。息を呑むようなエロティシズムが描かれています。ですが、「二度の離婚の上、今度は不倫」と週刊誌に書かれた、佐藤愛子の怒りが綴られているのは、この小説ではありませんでした。あるエッセーにそのことが書かれていました。エッセーのタイトルは現在、調査中です。そのほか、エピソードの文中のまずい表現を修正しました。--遠藤進之助会話) 2022年5月18日 (水) 18:44 (UTC)返信[返信]
    その後も、問題と思われる箇所を検証し出典も追加しました。また、「~ではないだろうか。」というような曖昧な文末表現も修正をして、「~である。[3]」 のように、出典を示すと共に断定的な表現を用いるように修正をしました。私がWikipedia佐藤愛子 (作家) で加筆した部分に関しては、ほぼすべてを見直し、このテンプレートの問題が当たらないよう修正を施しました。このテンプレートを貼られた方にも別途連絡を差し上げましたが、特に異論もないようなので、冒頭のテンプレートは取り敢えず、外させていただくことといたします。--遠藤進之助会話) 2022年5月19日 (木) 13:06 (UTC)返信[返信]