ノート:仏教

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00:38 2003年3月19日 (UTC)の書き込み[編集]

仏教の根本にあるのは無ではなくて空だという印象があるのですが、どうでしょうか?
空は、典型的には有でも無でもないということになっているように記憶しています。むしろ有と無の分別を脱したところに見えてくる世界の有り様というか。
でも素人の浅知恵かも知れません。
Tomos 00:38 2003年3月19日 (UTC)

中国に入ったときにになったそうです。
今まで読んでみたインドでの仏教の文献の感じだとどちらかといえばゼロなので、としましたが…。kzhr 00:42 2003年3月19日 (UTC)

では素人の浅知恵ということでご容赦下さいませ。:-)
Tomos 08:45 2003年3月19日 (UTC)

  • では素人の浅知恵を追加しますが、『全ての有は、空であり。空は無より出る』。
    --Setu 09:10 2003年3月19日 (UTC)

空のアイディアを重視するようになったのは龍樹からで、それまでは「ゼロ」「無」という程度の理解だった、という話が調べてみるとあちこちで出てきました。 [1][2] Tomos 23:04 2003年3月19日 (UTC)

根本が「無」とか「0」というのではかなり表現が難しいと思います。釈迦の捉え方は「認識論」的なものなので、ちょっと違った表現が必要になると思います。「無」であれば認識さえできませんので、観念論になってしまいます。booze 22:32 2003年7月11日 (UTC)

釈迦を「釈迦牟尼」とされましたが、「牟尼」はそれ自身尊称ですので、省きます。それならば古来からの「釈尊」の方が認識としては広く知れていると思います。しかし、名前ということで「釈迦」で落ち着いています。これまでに様々な議論があった上でこうなりましたので、一応この「釈迦」で落ち着いたものとご理解ください。booze 22:22 2004年2月6日 (UTC)

本覚思想[編集]

記事中

また、人間誰もが仏心という心を持っており、それを煩悩が取り巻いているために仏心が顔を出すことができないという、本覚(ほんがく)という考え方も天台宗などでは言われる。

「仏心」という語は聞きなれませんが、

  1. 菩提心と仏心では後者がより一般的な語なのでしょうか。
  2. 両者の意には相違があるのでしょうか。

解説と記事化をあわせてお願いしたく、質問いたします。Aphaea 14:27 2004年5月5日 (UTC)

仏心とは、大慈悲を表す言葉です。仏性を意味することもあります。
菩提心とは、悟りおよび智慧求める心を表す言葉ですTetralemma 2004年10月9日 (土) 13:37 (UTC)

発菩提心[編集]

「全ての生き物たち(一切衆生)への救済に対する誓いを立てること(→発菩提心)」 これは、少々意味が合わないのでつぎのように変更しました。 「全ての生き物たち(一切衆生)への救済に対する誓いを立てること(→誓願)」Tetralemma 2004年10月9日 (土) 13:37 (UTC)(UTC)

日本の地名[編集]

(しょうもないが)日本には仏教に因んだ地名が多いですな。たとえば「一乗谷」「摩耶山」「天王山」とか。紀伊半島の山奥には多いよ。この記事どこに書こうか?

関連項目との関係[編集]

別の記事の査読依頼でこの記事を推奨されて、参照させていただきました。わかりやすい構成で勉強になりました。蜀を望む感がありますが、二三あえて付け加えたく存じます。

仏教の歴史等々の項目があるのでしたら、本項目から適時誘導するといいのではないかと思いました。また、他宗教への習合(垂迹説など)についてももう少し知りたいと思いました。言及かまたは記事への誘導があると、ありがたいかなと思います。--Aphaia 2005年8月8日 (月) 21:50 (UTC)

「大乗」が自己卑下的な蔑称?[編集]

次のような記述があります。

「大乗」は小乗に対比される言葉であるが、これは大乗仏教を標榜する人たちが、僧院中心に活動していた仏教徒たちに対して蔑称として使った言葉である。

これは,「『大乗』が自己卑下的な蔑称である」という意味に読めます(というか,そうとしか読めないでしょう)。これは,誤りではないでしょうか?Mizusumashi 2007年5月30日 (水) 07:29 (UTC)

「これ」=小乗とも読めませんか? もっとも誤解を招くことは確かで、気づいた方が直されたらいいんだと思いますよ。--Aphaia 2007年5月30日 (水) 07:38 (UTC)

仏教とキリスト教などとの類似性に関する記述について[編集]

IPユーザーの手によって仏教とキリスト教との類似性に関する記述がなされたので、先日要出典タグを貼っておいたところ、直ぐにユダヤ&キリスト教に関する注記がなされたが、何か勘違いをしているようだ。というのも、いくらキリスト教関連の注記がなされたからと言って、それで仏教とユダヤ&キリスト教が類似している証拠にはならないからだ。まずは、誰が・どこでかくかくしかじかの事柄で仏教とユダヤ&キリスト教が類似しているという意見を述べているのか、その出典を明示しない限り、少なくとも百科事典の記述としては意味をなさないと思う。

また、その記述内容から見ても、百科事典の記述には相応しい内容とは思えない。少なくとも概要部分に書くべき内容ではないし、たとえ上記の意味での出典が明示されたとしても、その出典とすべき文献が学術的なレベルに満たない単なる「独自研究」レベルの見解であれば、やはり百科事典、少なくとも仏教に関する総論的な記事に書くべき内容ではないと言わざるを得ない。トンでも説レベルの可能性も否定できないので、場合によっては削除すべき内容だと思う。よって、2~3か月様子を見て適切な出典が明示されない場合はコメントアウトが相当だと思うが、如何でしょうか?--Bokemiann 2009年2月20日 (金) 14:28 (UTC)

通常、こういう場合の期間は1週間ですので、10日ほどみて、それでも出典が明示されないようであれば、消去して構わないと思います。(発表したいのであれば印仏ですればいいのに)--Kstigarbha 2009年2月22日 (日) 04:58 (UTC)

Bokemiannさん、全面的に賛成です。なお、ネストリウス派関連で同一の傾向を持つ編集がここ1週間ほどで行われています。キリスト教およびユダヤ教も含め、日本の宗教に関連する記事で注意が必要でしょう。--Kliment A.K. 2009年2月24日 (火) 00:13 (UTC)

こんな雑文は即時削除で宜しいかと。この部分を追加した人は百科事典ってものを読んだ事が一度も無いのでは?--Castlefield 2009年2月24日 (火) 23:02 (UTC)

意味不明[編集]

「また、国際的な視点からは、毎日太陽神を生む青蓮を神の華と位置づけた古代エジプトの宗教と同系とみなされている」という一文ですが、聞いた事がありません。最近までマンチェスター大学仏教会の幹部でしたが、何が言いたいのか全く意味不明で、出典も無いので、削除します。--Castlefield 2009年2月24日 (火) 22:55 (UTC)

記事の構成について[編集]

度重なる加筆の結果、記事の構成が教義・宗派・歴史がごちゃごちゃに入り組んでしまっていますので、詳しい方がいらっしゃいましたら記事の整理ないし節の切り分けをお願いします。--Kurz 2009年7月24日 (金) 13:28 (UTC)

歴史[編集]

「他の世界宗教とは異なり、自然崇拝や民族宗教などの原始宗教をルーツに持たない。」は言いすぎではないですか? ブッダもその一員であった出家修行者たちは、バラモン教の伝統の中に位置づけられるべきです。 また、初期仏教とヒンドゥー教は相互に影響しながら発展してきたわけで、この一節は削除することを提案します。--221.21.174.212 2009年9月27日 (日) 00:03 (UTC)さんしろ

新宗教団体の指導者の著作を出典とした記述について[編集]

ニュー・カダンパ・トラディションというシュクデン崇拝を行い、政治的に問題のある新宗教団体の指導者であるゲシェ・ケルサン・ギャツォの著作を出典とした記述がありますが、信頼性の点で問題があるので、「大辞林 第三版」など中立的で信頼のおける出典に基づいた記述に修正すること提案します。--Ryo 625会話) 2019年11月8日 (金) 14:20 (UTC)

チェック 一週間以上、反論が無かったので以上の提案を反映させた編集を行いました。--Ryo 625会話) 2019年11月21日 (木) 10:41 (UTC)