ノート:ヨシフ・スターリン

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このページには削除された版があります。削除に関する議論はWikipedia:削除依頼/ヨシフ・スターリンWikipedia:削除依頼/ヨシフ・スターリン 20120118をご覧ください。


冒頭の記述[編集]

まだ、スタブに過ぎない記事ではありますが、冒頭が非常に気になります。
以前の文章は以下の通りでした。

ヨシフ・スターリン (露:Иосиф Сталин, 英:Joseph Stalin)(1879 - 1953), は、ソ連の独裁者。
本名は、Josif Vissarionovich Dzhugashvili (露: Иосиф Виссарионович Джугашвили。

現時点の記事では以下の通りになっています。

Josif Vissarionovich Dzhugashvili (露: Иосиф Виссарионович Джугашвили, 1879年12月21日 - 1953年3月5日)は、ヨシフ・スターリン (露:Иосиф Сталин, 英:Joseph Stalin)として知られる、ソ連の独裁者。

最初の文章は私が記したものでしたので変化にすぐ気付き、そして違和感を強く感じました。 調べてみると、この編集は Wikipedia:スタイルマニュアル (人物伝) に遵守させようとしたものであるようです。 ルールが作られたのはそれなりに理由があるのでしょうが、この記事の場合はどうでしょう? 普通の日本人なら発音できないつづりの英文やキリル文字が並び、その次はいきなり生年、その後にやっと記事のタイトルの人名が現れます。 冗長です。あまりに。まともな日本語の文章になっていません。
各記事は新聞記事のように簡潔に書き出す、というポリシーがあって、それが各スタイルのガイドラインに落とし込まれているのだと思いますが、この記事の例では末端のガイドラインを墨守するために、肝心な記事の簡潔な書き始めが無視されています。 ルールはフレキシブルに運用する、ということでも良いのではないかと思います。 Reds 19:09 2003年12月6日 (UTC)

この冒頭部分の意図は、「英語で書いてある部分を誰か、発音がわかる人に日本語におきかえて欲しい」というようなところではないかと思います。(変更の際のYasさんのコメントから察するに)

英語表記は必要ないと思ったので、日本語表記にした上、除去してみました。多少すっきりしたとは思いますが、この件以外の件ではこういう解決法がとれないこともあるでしょうね。(そもそも「原語表記」の原語に当たる原語が複数ある場合など)そういう時には柔軟な運用があってよいと僕は思います。Tomos 19:39 2003年12月6日 (UTC)

こんにちは。とまどわせてしまったかと思います。すみません。変更の意図は、Tomosさんの仰るとおりで、根本的にはWikipedia‐ノート:スタイルマニュアル (人物伝)での問題提起です。現在のWikipedia:スタイルマニュアル (人物伝)では本名の冒頭表記が定められており、「スターリン」もその例外ではないと明記されているので、現行のままでは矛盾でした。スタイルマニュアルの方の変更検討をあちらのノートで行いましょう。 Yas 22:54 2003年12月6日 (UTC)

I have problem with this statement: "ヨシフ・スターリンは、ソ連の独裁者。". I don't think everyone in the world holds this point of view. Note that the text in English version is: "Widely regarded as a tyrant", where "widely regraded" is used, stating that this is only a POV rather than truth. Comparing with God exists and Many Americans believe that God exists, where the former is POV and the latter is NPOV. (or, if that's because my Japanese is too bad to understand that sentence, I apology for this.)--Samuel 15:58 2003年12月27日 (UTC)

天然痘[編集]

スターリンが天然痘にかかっていたというのは本当ですか?大体の白黒映像をみたのですが、それらしき物は確認できません。身長が低いのは写真から事実のようですが。

近代の人間だし、ロシアの情報公開した中、あるいは西側の写真の中にくらい天然痘の痕のあるスターリンの写真はあってもおかしくないのですが、見たことないのです。本当なのか疑わしいのですが・・・。もし天然痘にかかってないならば文章を修正したいです。 (以上は61.210.105.29さんの記述。)

やや乱暴な方法ですが、googleで"smallpox Stalin"を検索すれば、彼が7歳で罹患したの、長じて革命運動に没頭するようになっては警察の手配書にも顔の痘痕の記述があったの、などの話がぞろぞろでてきます。だから少なくとも「広く信じられている説」としてここで採用してもかまわないのではないかと考えます。--にごう 2006年2月17日 (金) 11:29 (UTC)[返信]

[1]

>しかしこの時期に赤軍はスターリングラード前面で大規模な戦術的後退を実施しており、同指令と明らかに矛盾する。

単なる焦土戦術では?--58.89.146.123 2006年11月4日 (土) 15:44 (UTC)[返信]


医師団陰謀事件[編集]

「生き残った者は一人」との記載がありますが、例えばフルシチョフの「秘密報告」にはスターリンの死のおかげで「医師たちは生き延びることができたのです。今では、彼らはすべて名誉回復しており、以前どおりの場所で働いております」(講談社学術文庫107ページ)とあります。これが誤りないし嘘ということは考えづらいので、Wikipediaの方を訂正しておきます。  ついでながら「スターリンが信頼できたのは、同じく絶対権力者であったフランクリン・デラノ・ルーズベルトぐらいであろう」という記述も、スターリンとF・D・ルーズベルトをともに「絶対権力者」として括るのはきわめて乱暴と思います。が、差し当たりはこのままにしておきます。  いずれにせよ、総じて主観的な記述の多いアーティクルだという感を受けます。

人気があったとは言え民主的に選ばれた大統領とスターリンを「絶対権力者」として同列視するのは自分も少し疑問なのですが…狩魔 2007年5月10日 (木) 08:51 (UTC)[返信]


スターリンを扱った「ジョーク」[編集]

ひょっとしたら私に誤解があったかもしれないので、念のためにうかがわせてください。この「スターリンを扱った『ジョーク』」というのは、文字通り「スターリンを揶揄の対象にしたジョーク」という意味なのでしょうか、それとも「スターリンにまつわる笑うに笑えない逸話」という意味なのでしょうか。あるいはこの双方が混在しているのでしょうか?

この節の記述のすべてが「スターリンを揶揄の対象にしたジョーク集」になっているのなら、残念ながらそれは、1) 項目の主題(スターリン本人)とは直接関係がない記述であり、また 2) 百科事典的な記述ともいい難い、などの理由から、これだけの量の文章を挿入するのはいささか不適当ではないかと思われます。逆にこの節の記述のすべてが実際の逸話なら、この節題を適宜修正いたしませんと、誤解や混乱を招くもととなる恐れがあると思われます。

この点につき、宜しくご教示ください。PANYNJ 2007年6月24日 (日) 13:32 (UTC)[返信]

項目全体が『スターリン・ジョーク』という本からの転載だと思います。著作権侵害のおそれがありますのでまるごと削除しました。--Kazhik 2007年10月20日 (土) 02:28 (UTC)[返信]

エピソード[編集]

参考文献に『ショスタコーヴィチの証言』が挙げられているのはマリア・ユーディナの逸話の出典としてであると思われますが、『証言』は真偽が議論の対象になるような本であり、評判の良い情報源とは言いがたいです。これ以外に提示できる出典がないようであれば、ユーディナの逸話の記載は削除すべきであると考えます。また「中野好男訳」とありますが、3回出版されている『証言』の邦訳はいずれも水野忠夫訳です。「中野好男訳」の『証言』というのもあるのでしょうか。西村崇 2008年3月18日 (火) 13:56 (UTC)[返信]

2008年5月23日 (金) 01:34(UTC)に行われた特定版削除により、『証言』を参考文献とする記述も削除されたようです。同様の内容を再度記載される場合は上記に御配慮願います。--西村崇 2008年5月24日 (土) 10:37 (UTC)[返信]
参考文献に『ショスタコーヴィチの証言』が再掲されていますが、ユーディナの逸話の記載もない今、現記事のどの部分が『証言』を参考としているのか、私にはわかりません。再掲された方は、以下の点について御回答いただけないでしょうか。これらの点が明らかにならない場合、『証言』は参考文献から削除したいと思います。
  1. 「中野好男訳」の『証言』は実在するのか
  2. 実在するとして、その『証言』は信頼できる情報源なのか
  3. 現在の記事において、『証言』を参考文献とする記載はどこか
--西村崇 2008年7月20日 (日) 01:39 (UTC)[返信]

「中野好男訳」の『証言』は実在するのか……については明確に「実在しない」とお答えできます。--121.3.73.131 2008年7月22日 (火) 18:58 (UTC)N.M[返信]

実在すら確認できない状況ですので、2008年8月2日 (土) 01:15(UTC)の版にて、『証言』は参考文献から削除しました。--西村崇 2008年8月2日 (土) 01:19 (UTC)[返信]

対日参戦[編集]

「そのため1931年、1932年に生まれた若い男性の生き残りは、戦争が終わった時点で5パーセント以下で、全員に勲章が与えられた。」とありますが、1931年生まれの世代は終戦時(1945年)に14歳ぐらい。その95%以上が死亡したとは、にわかに信じがたい記述です。志願して戦った少年たちのことを指しているのだとしても、やはり全体で死亡率95%以上というのは考えにくい数値です。ある特定の少年兵部隊に関する話を誤って一般化したものではないでしょうか?--121.3.73.131 2008年7月22日 (火) 18:58 (UTC)M.N.[返信]

第2次世界大戦の項目についての提案[編集]

ヨシフ・スターリンの2009年8月23日現行の版のうち、第2次世界大戦の項目に次の一文が有ります。

~引用開始~

後にドイツ軍により捕虜の遺体が発見されるもスターリンは一貫してこの事件をドイツ軍の捏造であると主張、戦後にはゲッベルスの日記などをでっち上げてこの虐殺をドイツ軍の仕業に見せかけている。

~引用終わり~    この項目ですが、ゲッベルスの日記が偽造されたとする説は学術的には皆無であり、インターネットで見られる「ゲッベルス日記にはカチンの森事件はドイツ軍が引き起こしたと書いている」と言う説は、英語の普及版を読む限り、悪質なトリミングであるとしか言いようがないものです。  この一文は削除するのが適当かと思われますが、如何でしょうか?

--Geolgekamamoto 2009年8月22日 (土) 18:01 (UTC)[返信]

シベリア時代の妻子について[編集]

英デイリーメイル紙のStalin and his lover aged 13という記事(筆者はSIMON SEBGA MONTEFIORE)によると"After he [Stalinのこと - 引用者註] was gone, in roughly April 1917, Lidia gave birth to a son, Alexander".(1917年4月ごろに彼[スターリン]が[シベリアを]去った後、リーディアは息子アレクサンドルを産んだ)とのことであり、スターリンがシベリア妻との間に儲けた息子は1917年4月に亡くなったのではなく生まれたことになっています。「同地でリーディア・ペレプルイギナ(Lidia Pereprygina)という13歳の少女と2年間関係を持ち、2人の子供の父親にもなっているが、1人目は幼くして、2人目のアレクサンドルは1917年の4月に亡くなっている」との記述の出典は何でしょうか。--Keysrapid 2010年3月26日 (金) 04:44 (UTC)[返信]

英語版の記事(en:Early life of Joseph Stalin)を確認しました。
The first died in infancy; the second, named Alexander, was born in April 1917.

とありますので、Keysrapidさんの御指摘どおり、「1917年に、2人目の子供アレクサンドルが生まれている」の間違いですね。亡くなったのは1人目の子供のようです。直しておきます。--ラッツ 2010年3月26日 (金) 05:51 (UTC)[返信]

記述と出典について[編集]

ソ連崩壊後の項目で「これはロシア共産党のみならず、現政権与党の統一ロシアや極右のロシア自由民主党などの各派にもその傾向がみられる」という記述で挙げられた出典「ロシアでようやく固まったスターリンへの評価」という記事では概ね否定的に書かれてます。特に2ページ目ではその傾向が明らかです(2ページ目はサイトに登録すれば読めますが読めない人の為に一部をコピーペーストします)

全ロシア世論調査センター(VCIOM)が実施した世論調査では、65年前の歴史に対する国民の関心がどんどん薄れていることが明らかになっている。過去の歴史を誇り、ドイツとの戦争に勝利したスターリンを英雄視することは、長らく国民の思想の柱だった。だが、今は違う。2001年に「スターリンに関心がない」と答えたのは11%だったが、2009年には28%まで増えた。その傾向は若い年齢の人ほど強い。また、「今のロシアには、スターリンみたいな指導者が必要か」という質問に対して、肯定的に答えたのは、2001年に19%だったが、2009年には9%しかない。

それに「これは地方に限ったことではなく、2005年にはモスクワでもスターリンの銅像が新たに建設されている」の記述の出典元では「建設されている」ではなく建設を予定しているという内容で「建設された」と記述するのは不正確です。もっとも実際に建設されたのでしたら書いてくださっても構いません。

「最近行われた世論調査の1つによれば」という記述の出典元フォーリン・アフェアーズはアメリカ合衆国の政治雑誌です。英語版のwikiではティモシェンコ氏が論文を発表して物議を醸した事が書かれています。それに対してロシア外務大臣のセルゲイ・ラヴロフ氏がレスポンスしたのですがフォーリン・アフェアーズが検閲した為に引っ込めました(出典なし)記事中にはロシアでの調査の詳細が載せられてないのですが中立的だと思いますでしょうか?調べる術もないのに、よりによってアメリカ合衆国にあるメディアの世論調査をスターリン記事で記述するのは如何かと思います(もっとも評価されるべき部分は非常に少ない人物だと個人的には思います)

例えば竹島や尖閣について米国人や欧州の「人物」が韓国や中国について肯定的に述べれば記述するのですか?それが米国籍やヨーロッパ各国の国籍の皮を被ったアジア人だとしても?思想によっても発言の内容は随分と変わります(その場合は補足程度に指摘する人物(思想)やメディア(思想)について述べてますよね?スターリンに限らずロシアの場合は指摘する人物の素性が「曖昧」に書かれてる事が多いので正確な記述をお願いします)

「モスクワの地下鉄クルスカヤ駅構内の装飾の柱にスターリンを讃える1944年版ソ連国歌の一節が刻まれた」という記述には出典がないのですが

スターリンは我々を育てた―― 人民への忠誠を  労働へそして偉業へと我々を奮い立たせた!

というので合ってますでしょうか?それならこれを其のまま書いた方が分かり易いと思います。   

他を見ずに一部を例に挙げましたが見直せば「おかしな点」は多いと思いますので僕以外に疑問に思った方は見直してみてください。そして問題点が見つかった場合はノートに指摘してください。(--174.34.174.4 2012年10月15日 (月) 03:11 (UTC)[返信]

外部リンク修正[編集]

編集者の皆さんこんにちは、

ヨシフ・スターリン」上の9個の外部リンクを修正しました。今回の編集の確認にご協力お願いします。もし何か疑問点がある場合、もしくはリンクや記事をボットの処理対象から外す必要がある場合は、こちらのFAQをご覧ください。以下の通り編集しました。

編集の確認が終わりましたら、下記のテンプレートの指示にしたがってURLの問題を修正してください。

ありがとうございました。—InternetArchiveBot (バグを報告する) 2017年9月20日 (水) 19:21 (UTC)[返信]

語録の節について[編集]

語録の節ですが、節に書かれている内容は本来ウィキクオートに書かれるべき内容ですので、ウィキクオートへの移動を提案します。ウィキクオートには既にヨシフ・スターリンの記事がありますので、そこに転記する形になります。なお1週間反対が無ければ移動したいと思います。審議をよろしくお願いします。--ExpressGifu 2018年2月15日 (木) 12:48 (UTC)[返信]

賛成 妥当と思います。--Rabit gti会話) 2018年2月15日 (木) 14:37 (UTC)[返信]
対処 移動しました。--ExpressGifu 2018年2月23日 (金) 05:46 (UTC)[返信]