ノート:マリー・アントワネット

    2004年7月[編集]

    202.252.104.67氏の「フェルゼンと恋におちる」との表記は、その最後に何の脈絡もなく書かれていましたが、「『スウェーデン人貴族、フェルセン』は、14歳で政略結婚させられたアントワネットの、後に愛人となった人物」で、ヴァレンヌ事件となった、国王一家逃亡に自腹出資したのです。表現は短かすぎて稚拙に感じるかもしれませんが、「いたずら」まではいかないと思います。彼がここまで書かなかったことが、誤解の元凶ともいえますが...。 WR 2004年7月4日 (日) 06:40 (UTC)Reply[返信]

    前後して同一IPからフランスに明らかないたずらの書込みがあったので同様にいたずらと判断いたしました。史実に思い至らなかったのは事実ではありますが...--KZY 2004年7月5日 (月) 15:07 (UTC)Reply[返信]
    フランス、履歴をみました。無意味な行為があった後に書き込みをされると、実際、落書きにみえます。自分も偶然、寸前にフランス革命関係のTV番組を観ていなければ気付かなかったと思います。ここでは記事のしようがない為(歴史上の人物の不倫関係を書くとキリがないので、)一応、歴史の事典を確認した上で、愛人が重要な位置を占めている、ヴァレンヌ事件の方に書きました。 WR 2004年7月5日 (月) 23:03 (UTC)Reply[返信]
    • 「パンがなければお菓子を食べればいいじゃないの」を発言したのは、ルイ15世の内親王ヴィクトワールです。アデレイド内親王ではありません。なお、このヴィクトワール内親王やアデライド内親王は『ベルサイユのばら』でも登場していて、ルイ15世の愛人デュ=バリー伯爵夫人に対抗するためにアントワネットに入れ知恵する意地悪おばさん3人組として登場します。--Eroica 2006年8月15日 (火) 02:39 (UTC)Reply[返信]

    --211.124.11.62 2008年5月25日 (日) 03:05 (UTC)マリー=アントワネットはマリー=アントアネットとも言います。Reply[返信]

    出典について[編集]

    • タンプル塔では、幽閉生活とはいえ家族でチェスを楽しんだり、子供の勉強を見るなど、束の間の家族団らんの時があった。10皿以上の夕食、30人のお針子を雇うなど待遇は決して悪くなかった。
    「異国へ嫁した姫君たち」マイケル・ケント公妃マリー・クリスチーヌ(糸永光子訳) 時事通信社ISBN 4788789447 に記載あり --ムーチミン 2008年4月5日 (土) 10:08 (UTC) Reply[返信]

    全名について[編集]

    導入部に全名として「Marie-Antoinette-Josèphe-Jeanne de Habsbourg-Lorraine d'Autriche」があげられていますが、「de Habsbourg-Lorraine」と「d'Autriche」は同時に用いられるものでしょうか。
    正式な家名(のフランス語表記)は「de Habsbourg-Lorraine」であるが一般に「d'Autriche」(「オーストリアの」)の名前で呼ばれている、つまり「全名はMarie-Antoinette-Josèphe-Jeanne de Habsbourg-Lorraine。一般にはMarie-Antoinette d'Autricheの名で知られる」のような表記が適切なのではないかと。
    どなたか詳しい方がいらっしゃいましたらご確認いただければ幸いです。
    --Nao Costas会話) 2020年12月24日 (木) 03:06 (UTC)Reply[返信]

     日本ではマリー・アントワネットとルイ16世妃の彼女を主に指しますが、ドイツ語圏で使用される女性名で18世紀にも同名の方(例:神聖ローマ皇帝の皇女のマリア・アントーニア・ヴァルプルギス・フォン・バイエルン)がいらっしゃるので、ページの改名を提案し国名を入れる形で「マリー・アントワネット・ドートリッシュ」、導入部に全名としては家名での表記「マリー=アントワネット=ジョゼフ=ジャンヌ・ド・アプスブール=ロレーヌ(フランス語名:Marie-Antoinette-Josèphe-Jeanne de Habsbourg-Lorraine)」がよいかと思います。

    「de Habsbourg-Lorraine(家名)」と「d'Autriche(国名または土地名)」は同時に用いることはほぼないかと思われます。 --Ka-i-ka-zu会話) 2021年11月23日 (火) 14:46 (UTC)Reply[返信]

    概要について[編集]

    概要のマリー・アントワネットの性格についての記述ですが、山上正太郎先生のマリー・アントワネット評のみの記述となっており、他のフランス史学研究者や同時代の人物が残した記述などをソースも含めて併記し、最新の学術研究を踏まえて中立性を確保すべきと考えます。 また、フェルセンとの手紙の内容に関しては現在も研究が進んでおり、フェルセンはルイ16世にとっても良き相談相手であったと考えている研究者が国内外に存在するため、「情愛に溺れた」という表記の仕方が過剰であるとも思えます。 ぜひ、お詳しい方に議論いただき、より良い記事の作成をしていただきたいと考えております。 Hkrk05会話) 2021年11月15日 (月) 12:54 (UTC)Reply[返信]

    山上正太郎先生は2010年に没されており、先生のマリー・アントワネット評はかなり古いと推察できます。さらに、NDL onlineで調べてみましたが、山上正太郎先生の著作にマリー・アントワネットその人を取り上げた伝記がないようです(ナポレオン・ボナパルトの伝記はありました)。なので、山上先生のどの著作からマリー・アントワネット評を採用したのか知りたいところです。場合によっては、先生のマリー・アントワネット評そのものも中立性の観点から疑問符がつくと思われます。--Lucille0423会話) 2021年11月15日 (月) 13:21 (UTC)Reply[返信]
    引用記述が曖昧だった点からふと疑問に思って調べてみたのですが、山上正太郎先生のマリー・アントワネットの性格評とされているものはほとんどコトバンクのコピー・アンド・ペーストのようです。(https://kotobank.jp/word/%E3%83%9E%E3%83%AA%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%88%E3%82%A2%E3%83%8D%E3%83%83%E3%83%88-137374#E6.97.A5.E6.9C.AC.E5.A4.A7.E7.99.BE.E7.A7.91.E5.85.A8.E6.9B.B8.28.E3.83.8B.E3.83.83.E3.83.9D.E3.83.8B.E3.82.AB.29)--Lucille0423会話) 2021年11月15日 (月) 13:51 (UTC)Reply[返信]

    確認したところコトバンクの引用元とされている日本大百科全書ニッポニカですが、1984から94年に刊行された百科事典のため、情報の正確性及び中立性においては疑問が残ります。 もし先行の研究として現代の研究と比較するならば、概要での記載ではなく、別項での記述にとどめたほうが中立性が確保されると考えます。 引き続ご意見をいただければ幸いです。 Hkrk05会話) 2021年11月16日 (火) 03:54 (UTC)Reply[返信]

    概要に研究史的な側面や人格評価的側面が入ってしまうなど、やや概要としての範囲を逸脱しています。概要として簡潔な説明にとどめるべきではないでしょうか。出典もコトバンク(日本大百科全書ニッポニカ)からの引用が主で、研究として誤認が多く、一つの典拠に頼っているのみで、以前指摘した点が改善していません。また、確かにフランスの資本主義経済の発達の転機にはなりましたが、フランス国家のその後の歴史を見ると、独裁制・帝政・共和制・王政を行き来しており、フランス革命のことを「資本主義革命」のみで断じると語弊が生じる可能性があります。市民(とはいっても貧困層ではなくブルジョワジーの蜂起であったことは有名です)が蜂起したことを勘案すると「市民革命」、もっといえば一般的に周知されている事柄である「フランス革命」のみで記述したほうが概要としてはわかりやすいと考えます。--Lucille0423会話) 2021年11月21日 (日) 12:15 (UTC)Reply[返信]

    概要の変更について、いただいたご意見を元にして、以下のように編集しようと考えております。 また、現在概要に記載されているマリー・アントワネットの性格などに関する記述は「人物・言行」の項目で解説した方がより読みやすくなると考えております。 ご意見、ご感想、ご指摘などいただければ幸いです。 なお、「フランスとオーストリアの同盟に伴う外交政策の一環」の記述に関しては、安達正勝著「マリー・アントワネット」エマニュエル・ド・ヴァリクール著「マリー・アントワネットと5人の男」フランソワ・フュレ/モナ・オズーフ編「フランス革命辞典」(人物Ⅰ·Ⅱ)を参考にしております。

    フランスとオーストリアの同盟に伴う外交政策の一環により、当時フランス王太子だったルイ・オーギュストと1770年に結婚し、ルイ16世の即位に伴い1774年にフランス王妃となった。母国であるオーストリアに対する同調や、ヴェルサイユでの宮廷生活に対して王太子妃時代から批判され、1785年の王妃をめぐる無実の詐欺事件「首飾り事件」も、結果的に国民の反感へとつながった。 離宮のプチトリアノンでお気に入りの貴族と過ごすことが多く、宮廷の束縛を嫌い自分の時間を過ごすことを好み、中でもハンス・アクセル・フェルセンとの交流は知られている。 1789年のフランス革命が始まると、彼女は国王一家とともにテュイルリー宮殿に軟禁された。宮廷の反革命勢力を形成したアントワネットは、立憲君主制派(ミラボーやラファイエットなど)へ接近することさえも拒んだ。君主制維持を目的として武力干渉を諸外国に要請し、特にウィーン宮廷との秘密交渉を進め、外国軍隊のフランス侵入を期待した。しかしヴァレンヌ逃亡に失敗、フランス革命戦争の勃発により彼女のイメージはさらに悪化した。1792年、一家はテンプル監獄に収監され王政は廃止された。ルイ16世は1793年1月21日に処刑、その後王妃の革命法廷での裁判は10月14日に開始され2日後に大逆罪の判決を受けギロチンで処刑された。 Hkrk05会話) 2021年11月22日 (月) 15:24 (UTC)Reply[返信]

    人物記事における概要とはその人のしたことやその人の意義を簡潔に述べる場で、その後に詳細な記述が続くと良いと思われます。(「秀逸な記事」に選出されているウィリアム・グラッドストンやベンジャミン・ディズレーリ、アンネ・フランクを拝読しました)人物その人に焦点を当てたものだけではなく、「フランス史」や「オーストリア史」など、もう少し堅めの通史も参考にするともっとマリー・アントワネットの存在意義やフランス革命の意義がわかって良いかもしれません。--Lucille0423会話) 2021年11月23日 (火) 03:38 (UTC)Reply[返信]

    ご意見ありがとうございます。 例に出されております記事を拝見し、参考として英語版及びフランス語版のマリー・アントワネットの記事も確認しました。 英語版の記事が読みやすいと個人的には思いますので、セクションの編集なども今後は考えていくのも良いかもしれません。それにつきましては、改めて別項をたてて議論が必要かと思います。 概要について、何かご意見がありましたら引き続きよろしくおねがいします。 Hkrk05会話) 2021年11月23日 (火) 13:11 (UTC)Reply[返信]

    概要はとても読みやすくまとめられたと思います。ありがとうございます。 追記を提案いたします。 「中でもハンス・アクセル・フェルセンとの交流は知られている。」の後に「しかし王妃自らベルサイユの宮廷の模範とならなければいけない立場の中でそれを逸脱する行為や言動は、保守的な貴族を中心に大きな抵抗勢力が宮廷内に存在することになった。」の一文があることにより、国民だけでなく貴族勢力からも反発されたことも周知できるのではないかと思いました。--Ka-i-ka-zu会話) 2021年11月25日 (木) 13:25 (UTC)Reply[返信]

    いただいたご意見及びご指摘を元に概要を編集いたしました。 また、概要部分以外についても書籍の文章をそのままを引用している箇所が多く、出典を明記していてもウィキペディアの記事として適切かどうか疑問が残る箇所が多くあるため、概要以外のセクション編集について改めて議論が必要かと思います。 Hkrk05会話) 2021年11月26日 (金) 14:42 (UTC)Reply[返信]

    概要の編集、大変お疲れ様でした。ありがとうございます。これから議論を重ね、本記事をより良い記事にしてまいりましょう。--Lucille0423会話) 2021年11月27日 (土) 00:03 (UTC)Reply[返信]
    コメント 下記の節「編集について」で申し上げた理由により、版番86581696へ差し戻しました(Template:コメント依頼を除く)。--構筐会話) 2021年12月2日 (木) 09:32 (UTC)Reply[返信]

    概要について、下記のとおり改めて案文を作成しました。 概要の記述が長くなってしまったのを最低限に書き直しましたので、ご意見、ご感想、その他ご指摘などいただければ幸いです。 「フランツ1世とマリア・テレジアの第15子(第11女)として1755年11月2日にウィーンで生まれた。フランスとオーストリアの同盟に伴う外交政策の一環により、当時フランス王太子だったルイ・オーギュストと1770年に結婚。ルイ16世の即位に伴い1774年にフランス王妃となった。オーストリアに対する同調姿勢や、ヴェルサイユでの宮廷生活について王太子妃時代から批判された。 宮廷での束縛を嫌い、離宮のプチトリアノンで少数の貴族と過ごすことが多く、中でもハンス・アクセル・フェルセンとの交流は知られている。しかし、王妃自らベルサイユの宮廷の模範とならなければいけない立場の中でそれを逸脱した行為や言動は、保守的な貴族を中心に大きな抵抗勢力が宮廷内に形成されることになった。 1789年にフランス革命が始まると、アントワネットを含めた国王一家はテュイルリー宮殿に軟禁された。アントワネットは宮廷内で反革命勢力を形成し、君主制維持を目的として武力干渉を諸外国に要請した。特にウィーン宮廷との秘密交渉を進め、外国軍隊のフランス侵入を期待したが逃亡に失敗。1792年にフランス革命戦争が勃発したことにより、アントワネットのイメージはさらに悪化した。1792年8月10日に王政が廃止され、国王一家はタンプル塔に収監された。ルイ16世の裁判は国民公会で行われ、死刑判決により1793年1月21日に処刑された。アントワネットの裁判は革命裁判所で行われ、死刑判決により1793年10月16日に処刑された。」

    Hkrk05会話) 2021年12月10日 (金) 17:19 (UTC)Reply[返信]
    
    返信 (Hkrk05様宛) 案文のご提案ありがとうございます。出典明示はどのようにいたしますか。例えば、この版[1]では導入部に出典明示がありません。「概要」節も、「神聖ローマ…テレジア。」や「当時フランス王太子だった…王妃となった。」等、出典明示が無いまま句読点で終わる文章が複数あります。「出典が明示されていない編集は、誰でも取り除くことができます(出典のない記述は除去されても文句は言えません)」。「一文ごとに脚注リンクを挿入したり、本文や注釈文に注釈範囲を明示したりするなど配慮してください」。このような出典明示法は、学術論文どころか大学学部生のレポートですらあり得ないと個人的には思います。しかしjawpでは、一文ごとに出典明示用の脚注を付けざるを得ない状況が続いています[2][3]。またWP:YESPOV・「Wikipedia:言葉を濁さない」のため、出典名または出典の著者名を明記する必要もあります。--構筐会話) 2021年12月12日 (日) 09:23 (UTC)Reply[返信]
    コメント拝見しました。
    出典に関してですが、まず「フランツ1世とマリア・テレジアの第15子(第11女)として1755年11月2日にウィーンで生まれた。フランスとオーストリアの同盟に伴う外交政策の一環により、当時フランス王太子だったルイ・オーギュストと1770年に結婚。ルイ16世の即位に伴い1774年にフランス王妃となった。」という記述につきましては『フランス革命事典2-人物Ⅰ-』207-209頁および『フランス王妃列伝』239-240頁を出典としております。『フランス革命事典』は出版年が古いものの、モナ・オズーフフランソワ・フュレという2名のフランスの歴史学者が編纂しており、フランス革命の著名な人物について、簡潔にまとまっています。またLucille0423様が書名を挙げていました『フランス王妃列伝』は2017年に出版されたものですが、日本国内の研究者による図書のため、記述の裏付けを行えるよう併せて参考としております。なお、『マリー・アントワネットと5人の男』の10-11頁にもマリー・アントワネットが嫁いだ経緯は「政治案件」である事が記載されています。
    次に「オーストリアに対する同調姿勢や、ヴェルサイユでの宮廷生活について王太子妃時代から批判された。 宮廷での束縛を嫌い、離宮のプチトリアノンで少数の貴族と過ごすことが多く、中でもハンス・アクセル・フェルセンとの交流は知られている。」という記述につきましては、まず『フランス王妃列伝』の242-246頁にマリー・アントワネットがヴェルサイユでの宮廷生活に対する不満を持っていた旨の記載があります。フェルセンとの交流につきましては『マリー・アントワネットの暗号』という書籍名で、フェルセンとの書簡の日本語訳が出版されています。「しかし、王妃自らベルサイユの宮廷の模範とならなければいけない立場の中でそれを逸脱した行為や言動は、保守的な貴族を中心に大きな抵抗勢力が宮廷内に形成されることになった。」という文章は。Ka-i-ka-zu様からのご提案ですが、『フランス王妃列伝』の254-256頁にベルタンなどの平民を重用した事に対する反発や、年長者ではなく若輩を重用した事などが確認できるため、取り入れております。
    「アントワネットは宮廷内で反革命勢力を形成し、君主制維持を目的として武力干渉を諸外国に要請した。特にウィーン宮廷との秘密交渉を進め、外国軍隊のフランス侵入を期待したが逃亡に失敗。1792年にフランス革命戦争が勃発したことにより、アントワネットのイメージはさらに悪化した。」という記載ですが、ブリュシュ他著の『フランス革命史』の84-119頁にフランス革命戦争に関する詳しい記述があります。
    また『マリー・アントワネットと5人の男』の下巻にマリー・アントワネットの側近であったフェルセンおよびエステルアジのフランス革命下の行動について詳細な記載があるため、参考としています。『フランス王妃列伝』の261-263頁にも武力干渉について簡単な記載があり、こちらも参考としています。
    なお、王政の廃止や国王一家の処刑などの出来事につきましては、ブリュシュ他著の『フランス革命史』およびミシュレ著『フランス革命史』を参考に記述しています。--Hkrk05会話) 2021年12月13日 (月) 18:09 (UTC)Reply[返信]

    編集について[編集]

    現在、記事の内容について一部書籍からの引用が非常に多いと感じられます。 公平かつ充実した記事作成のため、編集前に改善点や編集内容をノートに記載し、広く意見を募ってから実際に編集した方が、より読みやすい記事に繋がると考えております。 なお、これは編集を妨げるものではなく、問題点を提議することによって、記述の充実を図ることができればと考えているものです。 Hkrk05会話) 2021年11月21日 (日) 12:51 (UTC)Reply[返信]

    とりあえず、比較的最近の日本語で読める伝記であるフランス文学者である安達正勝先生の『マリー・アントワネット フランス革命と対決した王妃』、近世フランス政治・社会史の研究者である阿河雄一郎先生編集の2017年に出版された『フランス王妃列伝―アンヌ・ド・ブルターニュからマリー=アントワネットまで』が最新の研究を反映している体系的な評伝かと思います。さらに参考書籍をご提示いただければ幸いです。--Lucille0423会話) 2021年11月21日 (日) 13:50 (UTC)Reply[返信]

    当記事のマリー・アントワネットという人物は非常に評価が難しく、毀誉褒貶に溢れた人物です。それを鑑みて現在のように『研究上の評価』『人物・言行』に分けるのも手だとは思います。ですが、『研究上の評価』において「オーストリア皇女として誇り高く……」等人格面での評価が入り、『人物・言行』にあたる箇所との混乱が生じているように見受けられます。 こうした混乱を完全に整理し、この人物がいかなる政治的立ち位置にあり、そのことが後世どのような評価の変遷をたどってきたか、どのような論争があるのか、嫁ぎ先のフランスのみならず実家のハプスブルク君主国、諸外国からどう見られてきたのか、という研究上の視点のみを『評価』に入れ、やはり毀誉褒貶の激しい人物評を年代や研究者とともに整理して『人物・言行』に入れるべきではないかと考えます。参考になりそうなのが「足利尊氏」の「人物」「評価」の欄です。足利尊氏の「人物」の点では、尊氏の「双極性障害説とその批判」と題して近代以降の歴史学者の尊氏の人物評が順を追って整理されています。「評価」では尊氏がどのような研究上の評価を受けてきたか、年代ごとに整理されており、さらに「作家からの評価」として文学の中でどう書かれてきたかという視点も掲載しています。 かなり大掛かりな作業になるとは思いますが、そうすればもう少し整理されるかもしれません。--Lucille0423会話) 2021年11月25日 (木) 09:46 (UTC)Reply[返信]

    例に出されていた足利尊氏の記事を確認しましたが、概要が非常に纏まっていて読みやすいと感じました。 現在「概要」セクションの部分に「詳細」という欄がありマリー・アントワネットの性格等にまつわる評がありますが、これらは「人物・言行」のセクションに移動した方が良いかもしれません。 Hkrk05会話) 2021年11月25日 (木) 11:42 (UTC)Reply[返信]

    返信 (Ka-i-ka-zu様、Hkrk05様、Lucille0423様宛) コメント依頼を見て来ました、構筐と申します。jawp(ウィキペディア日本語版)を利用する際は、jawpのルールに従ってください。「方針」は「すべての利用者が従うべき」とされており、「ガイドライン」は「従うことが推奨されます」。特に三大方針は「議論の余地がないものであり、他のガイドラインや利用者同士での合意によって覆されるものではありません」。ルール違反者は投稿ブロックの対象になります[4][5]
    三大方針により、「出典のない記述は除去されても文句は言えません」。以下に方針を一部引用します。詳細はリンク先をご覧ください。
    記事には、信頼できる情報源が公表・出版している内容だけを書くべきです。
    出典が明示されていない編集は、誰でも取り除くことができます(出典のない記述は除去されても文句は言えません)。
    一般的に良い情報源とされるのは、事実・法的解釈・証拠・主張などの点が専門家によって検証・分析されているものです。
    参考:「Wikipedia:検証可能性
    ウィキペディアは、あなた自身の考えや分析を発表したり、未発表の新情報を発表したりする場所ではありません
    掲載すべきは専門家たちの共通見解です
    参考:「Wikipedia:ウィキペディアは何ではないか

    【専門家】
    ある特定の学問・事柄を専門に研究・担当して、それに精通している人。
    参考:『デジタル大辞泉
    * ウィキペディアは独自の考えを発表する場ではありません
    * 記事に含められるのは、信頼できる情報源に基づいた、検証可能な内容に、解釈を加えていないものだけです
    参考:「Wikipedia:独自研究は載せない


    以下も三大方針の一部です。原則として、出典に基づいている記述は削除しないでください。
    中立を達成するために
    原則として、単に偏向しているように思われるなどという理由で、出典を明記した情報を除去しないでください。その代わりに、その一文や一節をより中立的な言い回しに書き改められないか、試してみてください。偏った情報は大抵、他の情報源を引用した資料を持ち合わせて執筆することで釣り合いがとれ、より中立的で幅広い視野を提供することができるため、そのような問題は正常な編集工程を通して可能であれば解決すべきです。

    良質な研究
    利用可能な最も評判のよい権威ある良質な情報源に基づく、確かで偏向のない研究は、中立的な観点を巡る争いを防ぐのに役立ちます。図書館で評判のよい書籍や学術論文を探してみたり、オンラインで最も信用されている情報源を探してください。
    参考:「Wikipedia:中立的な観点


    出典からの引用(間接引用・直接引用)が、著作権法またはjawpのルールにおいて違反している箇所があれば、その引用を除去する必要があります。違反箇所が無ければ、間接引用は方針およびガイドラインに従う点で必須だとさえ言えます。特に直接引用は、<本当に出典内にそんな情報があるのか?>等といった議論・編集合戦を予防することにも繋がると考えられます。『フランス革命事典2-人物Ⅰ-』等を出典として記事に加筆なさる[6]ならば、法律およびルール上問題無い範囲で直接引用してください。
    Lucille0423様は、百科事典『日本大百科全書』内の山上正太郎による解説に関し「研究として誤認が多」いと仰っており、Hkrk05様は「1984から94年に刊行された百科事典のため、情報の正確性及び中立性においては疑問が残ります」と仰っています。しかしjawpの記事に掲載すべきは、編集者たちの見解に基づく<正しい研究>や<真実>等ではありません。「掲載すべきは専門家たちの共通見解です」。
    ウィキペディアに執筆してよいかどうかの基準は「真実であるかどうか」ではなく「検証可能かどうか」です。つまり、私たちがウィキペディアで提供するのは、信頼できるソース(情報源)を参照することにより「検証できる」内容だけだということです。このことをウィキペディアでは検証可能性 (Verifiability) と呼んでいます。
    参考:「Wikipedia:検証可能性
    概して百科事典は「ウィキペディアの目的には信頼できる情報源とみなされます」。また、事典と辞書は「必ずしも厳密には区分されずに,西洋でも…事典でありながらdictionaryと称するものも多い」[7]とされており、論文等の学術資料では「辞事典」と包括的に言うこともあります[8]。以下もご確認ください。
    ウィキペディアの記事の出典には、信頼できる公刊された情報源を使用するべきです。
    情報源を使う必要性について議論している2つの方針ページ、Wikipedia:独自研究は載せないWikipedia:検証可能性も参照してください。
    専門知識を有することが検証可能な人物によるものを情報源としてください。より信頼できるのは、学術団体が関与しているものです。もっとも信頼できるのは、その分野の書き下ろし教科書です。こうした教科書の著者には、その科目について幅広く権威のある知識を持っていることが期待されるからです。一般的に、大学で使われる教科書は頻繁に改訂が行われ、権威を保ち続けようと努めます。
    一般的には査読された公表物はもっとも信頼できると考えられ、権威づけられた専門家による公表物がそれに次ぎます。
    参考:「Wikipedia:信頼できる情報源

    【査読】
    学術誌に投稿された学術論文を専門家が読み、その内容を査定すること。
    参考:『デジタル大辞泉


    なお上記引用にあるようにjawpでは、「もっとも信頼できる」情報源は「大学で使われる教科書」や学術論文(「査読された公表物」)です。報道・辞事典(『フランス革命事典』や『日本大百科全書』)・伝記等にはそこまでの信頼性はありません。jawpのルールで言う「素晴らしい記事」を書くには、「もっとも信頼できる」情報源を出典として記事を執筆する必要があります。仮定の話ですが、もし今後この記事全体が「もっとも信頼できる」情報源に基づいて記述された状態へと改良された場合、報道・辞事典・伝記等を出典とする記述を記事に掲載する必要は特にありません。
    辞事典とjawpの関係について補足します。Hkrk05様は「参考として英語版及びフランス語版のマリー・アントワネットの記事も確認しました」と仰っていますが、「ウィキペディア自身の記事(他言語版を含む)を出典として引用することは、自己言及となるため、できません」(WP:RS#情報源)。その点はご注意ください。--構筐会話) 2021年12月2日 (木) 09:32 (UTC)Reply[返信]
    コメント拝見しました。
    まず、信頼できる情報源についてですが、出典とされている「日本大百科全書」の記述は山上正太郎先生の名前が著者として記載されているため、ガイドラインに定義されている三次資料の扱いになると考えられます。しかし、「日本大百科全書」などの百科事典でしかその人物の略歴が掲載されているような現状ならば、その記述に頼ることになる可能性も否めませんが、「日本大百科全書」以外にもマリー・アントワネットやフランス革命を取り扱った資料は様々に出版されています。
    加えて、出典元となっている記述には、百科事典という書籍の性質により、参考文献について詳しい記載がありません。そのため当該の記述については、山上正太郎先生の個人的な人物評が多く含まれる可能性があり、専門家の共通見解として扱うことができるか疑問が残るため、出典資料としての取り扱いの優先順位は低いと考えられます。なお、研究者個人の評価については、研究上の評価というセクションが存在するため、概要説で論じる事はそぐわないと考えられます。出典に関してですが、現在も研究が進められている人物であるものの、法律学の講義に使用されている書籍のように、頻繁に改訂される同一の書籍を見つけることは、一部の例外を除き難しいのが現状です。百科事典や一部書籍の引用に頼らず、広く参考資料の内容を盛り込んだ記載の方が、中立性を確保できると考えられます。
    また、当方が出典資料として記載した「フランス革命事典」ですが、名称は事典となっているものの、執筆者の記載および参考文献の記載がされており、マリー・アントワネットの章の執筆者は「ジャック・ルヴェル(執筆当時は「社会科学高等研究院、歴史学研究センター」所属)」となっているため、ガイドラインに照らし合わせると、こちらも三次資料の扱いとなります。
    当該書籍の出版元である「みすず書房」は人文学系の書籍を多く刊行している出版社であり、刊行年は1998年と多少古いものの、人物の詳細について簡潔に記載されており、広く図書館などで閲覧可能であるため、出典として明記しました。引用につきましては、ウィキペディアの方針として「必要な最小限」と明記されているため、乱用は控えるべきと考えられます。
    編集についてですが、当方が案文として掲載した文章に関して、ご意見、改善点などのコメントが無かったため、概要及び全名に関して合意の形成があったとみなし、編集を行った次第です。しかしながら、Lucille0423様及びKa-i-ka-zu様以外の方から有益なコメントをいただけていないのが現状です。
    コメント依頼ページから記事及びノートの議論を確認される方もいらっしゃると思うので、今後も編集前に案文や意見、参考文献などをノートに記載し、広く意見を募ることで、中立性を確保できると考えられます。--Hkrk05会話) 2021年12月4日 (土) 07:16 (UTC)Reply[返信]
    返信 (Hkrk05様宛) お返事ありがとうございます。一部は繰り返しになりますが、原則として「出典を明記した情報を除去しないでください」。jawpの記事の中立性を確保しているのは、広い意見等ではなくWP:NPOVです。
    中立的な観点の方針は「交渉の余地のないもの」とされ、その基盤となる原理は、他の方針やガイドラインによって、または利用者同士の合意によって覆すことはできません
    参考:「Wikipedia:中立的な観点
    「有益なコメント」を得たり募集したりすることよりも、ルール(特に「すべての利用者が従うべき」とされる「方針」)に従うことを第一に優先してください。
    Hkrk05様は『日本大百科全書』を「参考文献について詳しい記載がありません」と形容なさっています。しかしjawpでは、信頼性に一定の問題がある百科事典とは「著者の記名がないもの」と定義されています。「そのような記事は専門家の手によるものと同等の信憑性を期待することはできませんが、ウィキペディアの目的には信頼できる情報源とみなされます」(WP:RS)。『日本大百科全書』は百科事典かつ、著者の記名があります。また、このようなコトバンク由来の辞事典の利用法については「Template:Kotobank」や「Wikipedia:井戸端/subj/コトバンクについて」等をも確認してください。
    当記事に加筆なさる際は、ルール順守および議論・論争予防のためになるべく出典からの直接引用で行ってください。直接引用が過大になりそうな場合は、間接引用(要約引用)も行ってください[9]。出典が『フランス革命事典』でもそれ以外でも同じです。出典からの引用量に関する最近の参考例として、「新型コロナウイルス感染症の世界的流行 (2019年-)」や「うつ病」等があります。現時点でこれらの記事における直接・間接の引用量は当記事を越えていますが、引用除去や記事削除に至るほど問題視されてはいません。以前私が編集に多少関わった「特別攻撃隊」・「天皇」・「日本の元首」・「帝国主義」等も、多数の直接引用を掲載したまま存続しています。それでもなお、jawpの記事で引用の「乱用」等があるとお考えの場合は、WP:CVを通して記事削除依頼をしてください。
    現在の概要の記述は、多かれ少なかれ「研究上の評価」節へ移動しても構わないと思います。なおHkrk05様は「研究者個人の評価については…」と仰っていますが、誰の観点がどんな情報を発信しているのかについては具体的に記述する必要があります。それは節名や節の位置に関係ありません。
    意見を事実として記さない
    たとえば、記事中で「大量虐殺は悪行である」と記述してはいけませんが、「某氏は、大量虐殺は人間の悪の縮図であると記している」と記述することはできます
    たとえば、「ジョン・ドウは最も優れた野球選手である」という意見を表す陳述について、ウィキペディアでは、それがまるで事実であるかのごとく断定的に記してはいけません。「ジョン・ドウの野球技能は、アル・ケーラインやジョー・トーリといった野球関係者から賞賛されている」というように、事実に即した意見を扱った記述としてならば、記事に含めることができます。それでもなお、意見は検証可能な情報として適切に出典を提示した上で記載されなければなりません。
    参考:「Wikipedia:中立的な観点
    Wikipedia:言葉を濁さない」と「Template:誰」もご確認ください。jawpでは、出典が存在していても観点が不明な場合は{{}}を、「内容が疑わしい、あるいは誤りがあると思われる場合」は{{要検証}}を貼る方法論があります(WP:BURDEN)。
    書名・作品名を括る括弧は、かぎ括弧「……」でなく二重かぎ括弧『……』を使用してください(Wikipedia:表記ガイド#かぎ括弧)。
    なお、「出典資料としての取り扱いの優先順位」はWP:VWP:RSにある通りで、学術論文や大学教科書は「もっとも信頼できる」情報源とされており、「評判のよい書籍や学術論文」を元に加筆することで中立性が高まるとされています。加筆によってこの記事を「素晴らしい記事」へ近づけるには、辞事典等の三次資料でなく「もっとも信頼できる」情報源を元に加筆する方がルールに従っているでしょう。そのような加筆による記述が当記事の大部分を占めれば、三次資料(『フランス革命事典』や『日本大百科全書』等)に基づく記述を全て除去しても、特に問題無いと考えられます。--構筐会話) 2021年12月5日 (日) 15:19 (UTC)Reply[返信]
    コメント拝見しました。
     そもそも編集についてですが、ウィキペディアは単なる情報やデータを無差別に収集する場所ではないとされている一方で、信頼できる情報源で公表されているすべての重要な観点を、公表された信頼できる情報源における各観点の支持度に応じて公平に記述することが要求されています。
     そのため、掲載される内容については、情報の取捨選択が必要であることが考えられ、高品質な情報源を見つけるためには、他の編集者に尋ねることも有効とされています。以上の点から、意見を広く募ることは、より充実した記事の執筆に繋がる事と考えられます。
     続いて引用についてですが、学会などが症例を定義している症状や語句の定義の説明が必要な事象などではなく、マリー・アントワネットは実在した人物です。実在した過去の人物だからこそ、一部書籍や事典で述べられている他に、同時代に生きた人々や後世の歴史家、研究者などによって様々な評価がされております。例えばスタール夫人はマリー・アントワネットについて「王妃には中傷がつきまとっていた。その哀れにも単純な理由はただ一つ、王妃は女という女の中でもっとも幸せだったからだ。」と述べたとされています。
     このように様々な評価がされている一方で現在の当該記事の一部は、特定の書籍からの引用に頼っている状況です。記事の読みやすさも考慮に入れると、より多くの情報源の記述を参考にして広く情報を記載すべきと考えられます。
     次に出典についてですが、三次資料に当たる記述内容であれば、コトバンクを出典とすることは禁止されていることではありません。しかし、他の資料でも確認できる事項を記述する際にコトバンクに頼ることは他の編集者からも意見が分かれるところですので、出典から除去しました。
     なお、ウィキペディアで実在した人物の記事を確認すると、最初に当該人物の略歴が掲載され、そのあとに生涯や逸話、研究史が記されていることが多数確認できます。また、中立的な観点を尊重するために特定の観点を是認するような表現は排除するように努力することが求められているため、美貌、純情な反面、軽率、わがままな人物という表記や情愛に溺れたという表記は過剰だと思われたため、ノートに記載したところLucille0423やKa-i-ka-zu様からご意見をいただき編集を行いました。
     ウィキペディアは誰でも編集可能です。そのため、重要なのは同意を得て編集した内容の差し戻しではなく、さらに良い記事にできるような指摘や新たな情報源の提供だと思われます。これらにつきましては、コメント依頼からご覧になる方もいらっしゃると思いますので、新たな情報源が寄せられた結果、よりよい記事になっていくものと考えられます。なお、以上はすべて個人的な見解のため、ルールの逸脱を避けるためにも、コミュニティから意見を募り、指摘を受けることは、より良い記事の執筆のため必要であると思われます。--Hkrk05会話) 2021年12月7日 (火) 08:57 (UTC)Reply[返信]
    @構筐@Hkrk05 久しぶりに覗いたらすごい議論になっていますね。
    まずは構筐様、出典の件に関して丁寧にご教授くださり、大変ありがとうございます。ソックパペット云々に関してもご仲裁大変痛みいります。私自身、Hkrk05様のご提案に熱くなってかなりノートに書き込んでしまったため、それは疑いを招くかもしれないと自省し、Hkrk05様とKa-i-ka-zu様に無用なご迷惑をおかけして心苦しく思っていました。今後は気をつけて活動してまいります。
    特別攻撃隊」・「天皇」・「日本の元首」・「帝国主義」、拝見いたしました。大変真摯で力の入った記事であると受け取りました。おそらく構筐様はこのような記事をお書きになり、こちらのコメント依頼にお顔を出されるほどなので、さぞ歴史にお詳しいお方だと拝察しています。
    構筐様のコメントを拝読しますと、やはり私の意見と同じく、「本来は三次資料(辞典類)」を出典にすることは望ましくなく、質の高い情報源を参考にして中立的な記事を書くべき、とお考えのようです。
    これは構筐様への返信に限らず、ノートにメモしておきたいことなのですが、現在問題になっている「概要」に関しては「古い」とわかりやすく申し上げましたが、山上正太郎先生という2010年に亡くなられた一研究者の見解しか入っておらず、「専門家たちの共通見解」とは言いがたいのが実情ではありませんか?
    事例を申しますと、私が以前参考文献に良いのではと申し上げた『フランス王妃列伝』(阿河雄二郎編/小林亜子著、2017年出版)の巻末の王妃略伝では「彼女は王妃としての務めを十分にはたし、二男二女を儲けた」と記してあります。一方、F.ブリュジュ他著の『フランス革命史』(文庫クセジュ、1992年出版)には「礼儀作法は好きではなかったが、(略)若さからくる見せかけの軽薄さを漂わせる王妃であった。彼女は七年戦争以来広まっていた反オーストリアの偏見に悩まされていた(p7~8)」と記してあります。同じ人物でこれほどまでに評価に隔たりがあります。このような多種多様な評価の中で「中立性」「専門家たちの共通見解」「出典の明確化」を守るために、記事を差し戻す相応の理由がおありになったと推察しますが、私には良くわかりませんので口をつぐませていただきます。もともとHkrk05様の素案に力を貸していた人間ですのでね。
    で、お願いなのですが、この記事をより良いものにするための質の高い情報源=参考文献、特に二次資料を、すでにノートに提示されているもの以外にご存知ではございませんでしょうか。
    構筐様はWikipediaのルールに非常に精通してらっしゃるお方とお見受けします。是非ともこの記事を改善するためにお知恵・お力をお貸しいただけませんか?
    次にHkrk05様、お力になれる点がありましたら私の知っている文献の範囲でお答えできます。--Lucille0423会話) 2021年12月7日 (火) 10:48 (UTC)Reply[返信]
    コメント拝見しました。
    ご意見非常に参考となります。今後、参考文献などについて改めてご質問することがあるかもしれません。その際はご教授いただければ幸いです。--Hkrk05会話) 2021年12月9日 (木) 13:59 (UTC)Reply[返信]

    ──────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────── 返信 (Hkrk05様宛) jawpにおいて「意見を広く募ること」が完全に軽視されているわけではありません。意見募集(合意形成やコメント依頼等)にさえWP:CONというルールがあります。ですから「ルール(特に「すべての利用者が従うべき」とされる「方針」)に従うことを第一に優先してください」と申し上げました。情報源の取捨選択においても同様です。また、利用者同士の合意・同意等がルールを無効化することはできません。

    ある場所のある時点における限られた編集者グループでの合意は、より大きな規模のコミュニティの合意を無効にすることはできません。方針とガイドラインに関する場合、他のページ以上に関与と合意に高い基準が期待されます。
    参考:「Wikipedia:合意形成

    ルールを変更すべきだとお考えの場合は、方針またはガイドラインのページへ向かい「先にノートページで提案してください」。

    <「同時代に生きた人々」からの評価>等は一次資料に該当し、jawpの記事に使用すべきではありません。「公式な報告書、手紙の原本、実際に出来事を目撃したジャーナリストによる報道記事、あるいは自伝」、「権威ある機関によってまとめられた統計」等も一次資料だとされています。

    一般に、ウィキペディアの記事は一次資料に基づくべきではなく、むしろ一次資料となる題材を注意深く扱った、信頼できる二次資料に頼るべきです。ほとんどの一次資料となる題材は、適切に用いるための訓練が必要です。特に歴史についての主題を扱う場合がそうです。
    参考:「Wikipedia:信頼できる情報源

    jawpでは「一次資料汚染」という言い回しもあります[10]。もちろん、<「同時代に生きた人々」からの評価を引用・編集している学術論文や大学教科書>は「もっとも信頼できる」情報源であると考えられます。なお「Wikipedia:存命人物の伝記」という方針は存在しますが、故人や歴史的人物についてのルールは特にありません。

    記事または記事中の節が一つの出典によってのみ書かれていると判断できる場合、そこに「Template:単一の出典」を付記してください。

    コトバンク由来の辞事典による記述を除去する場合、該当するjawpのルールをここに引用してください。

    jawpでは、記事編集の指針は「方針とガイドライン」です。jawpの記事(「実在した人物の記事」)ではありません。より具体的な記事内容の順番等についてはWP:MOSに従ってください。「美貌、純情…」等の記述については、先に引用したWP:YESPOVの通りです。すなわち、「アントワネットは『美貌、純情な反面、軽率、わがまま』な人物で…」と記述してはいけませんが、「ヨーロッパ史学者の山上正太郎によれば、アントワネットは『美貌、純情な反面、軽率、わがまま』な人物で…」と記述することはできます。

    返信 (Lucille0423様宛) コメントありがとうございます。jawpでは方針・ガイドライン故に、編集者が何らかの分野について詳しいことは重要ではありません。例えば、ある編集者が投稿ブロックを受けた際、ブロック依頼者はjawpの編集者たちに関して「我々が望むべきは『協調性の無い専門家』ではなく『協調性のある素人』であると認識しております。それが理解できないのであればご退場願うしかありません」と仰っています[11]

    私が記事を差し戻した理由は、2021年12月2日 (木) 09:32 (UTC) に申し上げた内容です。コトバンクや『日本大百科全書』(の山上正太郎による解説)については、先述の通りです。また、<一研究者の見解しか入って>いないのは山上正太郎の解説だけでなく、単一著者による学術論文等も同じです。<一研究者の見解>という「ある種の観点」を除外することは、中立的ではありません。信頼性の分類ルールに従った上で「すべての検証可能な観点」を載せることが中立的です。

    中立的な観点とは、ある種の観点を除外することを意味するのではなく、十分妥当な重みを持つすべての検証可能な観点を含んでいるものです。
    複数の意見や見解が対立する場合にはそれらの中間に位置する意見(間を取った意見)を正しいものとして記す、という意味ではありません。
    観点のどれかを「中立的な観点」として採用する行為ではありません
    参考:「Wikipedia:中立的な観点

    三大方針は「相互補完的」であり、中立的な観点は「専門家たちの共通見解」を掲載する観点WP:NORと深く関連しています。

    具体的にどの学術論文を出典に使うべきかに関し、Google Scholarが役立つと考えてはいます[12]。大学教科書等については現時点で特に案はありません。

    情報 返信方法について補足します。「文頭にCategory:コメントアイコンテンプレートを使用すると意思表示の助けになります」(Help:ノートページ)。--構筐会話) 2021年12月12日 (日) 09:23 (UTC)Reply[返信]

    当該記事はウィキペディアの編集であるため、定められたルールに則って編集をすべきと考えておりますが、ルールや指針は読み取った個人の解釈によって(裁判の判例が複数存在するように)印象に差が出ることがあります。そのため、利用者同士の合意・同意等がルールを無効化するためではなく、編集内容にルールの逸脱があった場合は、その部分をご指摘いただき、より良い記載に修正ができるように、コミュニティに意見を求めている状態です。
    記述には中立的な観点が必要であるため、複数の参考資料から共通して得られた(研究者の共通見解と言えるような)平均的な文章の案文を作成するように努めましたが、筆記内容はあくまで個人で収集、確認した範囲になります。そのため、加筆修正の必要性や、事実を誤認させる言い回しなどがあれば訂正していただけるようにノートに案文を記載しております。また、資料の取捨選択について、偏りをなるべく防ぐために「参照文献の整理について」というセクションで当方が参考とした資料を記載しています。
    なお、山上正太郎先生のマリー・アントワネット評を載せるならば概要ではなく研究上の評価がふさわしいと考えますが、研究上の評価につきましても、書籍からそのまま引用した文章が多く、無差別に収集しているような印象が否めません。現在の状態からの整理が必要かと存じますが、まずは概要部分の編集を行った方が読みやすい記事になると個人的には考えます。--Hkrk05会話) 2021年12月13日 (月) 18:47 (UTC)Reply[返信]
    @構筐 お返事ありがとうございます。ご意見参考になりました。
    当該の「投稿ブロック依頼/Poohpooh817」とその元となった「ノート:信玄公旗掛松事件」を拝読しました。大変勉強になりました。
    Wikipedia:中立的な観点(WP:YESPOV)では、「利用可能な最も評判のよい権威ある良質な情報源に基づく、確かで偏向のない研究は、中立的な観点を巡る争いを防ぐのに役立ちます。図書館で評判のよい書籍や学術論文を探してみたり、オンラインで最も信用されている情報源を探してください。」と書かれてあります。
    実は、もうご提案のあったGoogle Scholarは使用していて、そちらで検索したところ、『フランス王妃列伝』(阿河雄二郎編/小林亜子著、2017年出版)の神戸大学人文学部教授の小山啓子先生というフランス史研究者による書評が出てきましたので、WP:YESPOVのいう「評判のよい書籍」と判断致しました(一般の書籍でもそうですけれど、学術研究でも、書評がついているものは信頼に値すると判断できますでしょう)。そのためにこちらの爼上にあげさせていただいたのです。
    いっぽうで山上先生のマリー・アントワネット関連の記述についてはGoogle Scholarで何も出てきませんでした(フランス革命にも造詣の深い先生でらっしゃいますが、WW1やWW2の研究に功績を残された先生ですのでやや分野違いなのかもしれません)。
    記事を差し戻した理由について、おっしゃりたいことは承知しております。伝え方が非常に悪かったのですが、僕が「記事を差し戻す相応の理由があったのでは」と思ったのが、ノートで議論になっているにもかかわらず、差し戻すにあたり、問題となっていた概要がそっくりそのまま残っている版番86581696にわざわざ戻されたという点です。
    ご仲裁は大変ありがたく嬉しかったのですが、山上先生による記述・出典を僕ないしは他のウィキペディアンが除去してしまったかもしれないことが問題であるだけならば、事後報告ではなく、「こちらに差し戻したいのですが、どうですか」ということを、他のウィキペディアンと同じく、ノートにきちんと記述されてから議論を経て差し戻したほうが穏便に済む(=論争の回避につながる)のではと考えていたので、いきなり差し戻されたことに驚きを隠せなかったというのが心情です。我々が論争状態にあると考えたくはありませんが、WP:DR#2にもノートを活用することが推奨されています。早急に対処せねばならない理由がおありだったのかな、と。そこを教えていただきたかったです。
    山上先生の記述を最重要視すべき点はどこにあるのか、ノートを見るにほかの複数の出典を表記している新しい版の記述をフイにしてもいいから、山上先生の記述を無批判に載せても良い最も中立公正絶対的なものであったのだ、という編集(差し戻し)どこに根拠がおありなのでしょうか。それをお伝えいただけると、差し戻した意図が他のウィキペディアンにも伝わり、無用な編集合戦の収束につながるのではないかな、と浅はかながら思ってしまったのです。
    WP:DR#1では「1日経過してもなお、偏っている、あるいは不正確だと思えても、その編集を単純に取り消したり差し戻したりするのではなく、代わりにその編集をできるだけ発展的に改善してみて下さい。そうすれば元に戻す(revert)より内容をより豊かにでき、相手に理解されるかもしれません。」と書かれてありますので、できるだけお互い除去したり差し戻したりすることなく記事を豊穣なものにしていきたいですね。
    ちなみに、山上正太郎先生の解説のみが記されている概要において、僕が危惧しているのは、
    WP:DCPS=「原典のコピーはしない」に抵触しないかということ。一節の中に山上先生による「コトバンク」の記述しかないことは、引用めいてはいても、コトバンクの丸写しと受け取られる可能性があるかもしれません。
    ②それによって、WP:YESPOVの「中立的な観点とは、特定の観点のことではありません」に抵触しないかということ。前の返信で申し上げた通り、様々な意見がマリーアントワネットには存在しています。山上先生の記述のみをことさら強調して書くには、その記述が他より優位であることを示さねばなりませんが、その証拠を我々は見つけることができていません。
    辞典類の取り扱いについて、「最近の傾向は、歴史的な事項に特化した百科事典が急増していることです。学者に記事執筆を依頼した専門家によって編集されており、品質を維持するためにそれぞれの記事がレビューされています。これらは、ウィキペディアのための権威があると考えられます。ブリタニカ百科事典やエンカルタのような総合百科事典は、専門家によって執筆されて参照先を含む署名入りの記事もあります。しかし署名のない記事はフリーランスの人によりひとまとめに書かれたものであり、注意が必要です。」とWP:RS=「信頼できる情報源」のなかに確かに記されていますが、同じくWP:RSには、「学者によって書かれ、学術的な出版社によって出版された二次資料は、品質管理のために注意深く精査されており、信頼できると考えられます。」とも書かれています。
    辞典類は三次資料ですから、山上先生の解説を無批判に記述するには、他の二次資料と見比べ、山上先生の記述を深く検討して精査するか、ないしは他の資料とも並べた並列表記が必要なのではありませんか?
    WP:YESPOVの「意見を事実として記さない」、「判断を下さない言葉遣いを好んで選択する」、「深刻な論争がある主張を事実として記さない」に抵触しないかということ。
    Hkrk05さんもおっしゃってますが、例えば「美貌、純情な反面、軽率、わがままな人物」という記述が山上先生の解説の中にはあります。しかし、これはWP:NPOVのなかで定義されている「注意を要する用語」にかなり近く、本来であれば使用を避けるべき言葉です。出典が明示されているとはいえ、無条件で使用するのではなく他の視点も導入して検討が必要かもしれない語と判断できます。「事実をもっと簡潔に記述するようにしてください」と「注意を要する用語」のなかには書いてありますのでそれがヒントになるかもしれません。
    この三点です。
    これらの解決策として、僕はWP:AWW言葉を濁さない」のなかの、「特に、曖昧な表現だが出典が備わっているものに対しては、曖昧な表現を支持する出典を添える改善例のように出典との整合性を優先してそのような表現にしてある場合もあります。このような文章に修正を求める場合は、出典の内容を確認して妥当性を検討した上で改善を求めるか、自分がその主題についてよく知っており、出典が備わっているがそれでもなお問題があると言える場合のみ改善を求めるようにしてください。」、この記述に則り、コトバンクの記述が、研究上は古く、他の文献にあたって妥当性を検証して、もう少し冷静な表現に変えるべきではないかと考えているのです。幸運にもHkrk05さんが似たような主張をしてくださっていたので、文献を提示するにとどめています。
    余談になりますが、当方は歴史学をかつて専攻しておりましたが、歴史学には残念ながら、「山川の歴史教科書シリーズ」など高校で使用するK12水準でしか、「史学概論」など一部の科目を除いて大学で用いる画一的な教科書はない状態です。フランス史などの通史的記述なら山川出版社が出している『フランス史』など、WP:RSの「数年ごとに更新され、多くの専門家に評価されており、学問水準から離れないような努力が払われてい」る歴史書はありますので参考にできるでしょう。ですがこのように、ある歴史の一人物や一つの事件を深く掘り下げて、詳細に記述すべき場合は一から自分の足で論文や歴史書などの二次資料や、一次資料を精査していくしかありません。--Lucille0423会話) 2021年12月14日 (火) 14:20 (UTC)Reply[返信]

    概要の案文及び参照文献の編集の提案について、合意形成があったとみなされる約1週間が経過しようとしているため、他にご意見等がなければ全名も併せて編集いたします。 なお、より良い記事作成のため、編集後につきましても、ご意見、ご指摘などございましたら引き続きよろしくお願いします。 Hkrk05会話) 2021年12月16日 (木) 10:49 (UTC)Reply[返信]

    概要部分の編集を行い、参照文献を整理いたしました。 また全名と概要に合わせる形で導入部分の文章の修整を併せて行っております。 Hkrk05会話) 2021年12月17日 (金) 17:28 (UTC)Reply[返信]

    ソックパペットの可能性があるアカウント[編集]

    アカウント登録時期が規則的で、2021年9月からおおよそ一ヶ月ごと。

    2021年9月18日 (土) 15:17 利用者アカウント Ka-i-ka-zu 会話 投稿記録 が作成されました[13]
    


    2021年10月25日 (月) 12:51 利用者アカウント Hkrk05 会話 投稿記録 が作成されました タグ: モバイル編集 モバイルウェブ編集[14]
    


    2021年11月15日 (月) 13:09 利用者アカウント Lucille0423 会話 投稿記録 が作成されました[15]
    


    これらのアカウントの類似点は、編集した記事がマリー・アントワネットに集中していること[16] [17] [18]、利用者名が英数字のみで構成されていること、利用者ページが未作成で赤リンクのままであること、WP:V#方針WP:NPV#良質な研究WP:NPV#中立を達成するために等を遵守せずに出典を除去すること、および出典を示しながら出典と無関係な記述を加筆すること。--118.106.201.158 2021年11月22日 (月) 01:27 (UTC)Reply[返信]

    申し訳ありません、私は西洋史を大学で専攻していたのでこの記事に注目したのと、登録したばかりで不慣れな面があったかと思います(この記事以外の記事もちょこちょこ編集していると履歴を見ればお分かりになると思いますけど……)。概要を拝読していた際、あまりに歴史学の説として古い記述が目立ったので改善しなければと思ったのと、WP:YESPOVの「深刻な論争がある主張を事実として記さない」「判断を下さない言葉遣いを好んで選択する」に抵触しそうだと思ったものですから気になり、Hkrk05さんの「概要について」の呼びかけを見て典拠がやや時代遅れであることを指摘し、新たに参考となりそうな史料等を提示しただけなのですが……。--Lucille0423会話) 2021年11月22日 (月) 09:35 (UTC)Reply[返信]

    「概要について」で記述したとおり、概要に引用されている文章がコトバンクで参照できる日本大百科全書の記載に頼っており、中立性について疑問が残ると感じたため、今回問題定義をいたしました。 またこちらの記事は特定の書籍(安達正勝著「王妃マリー・アントワネット」及びエマニュエル・ド・ヴァリクール著「マリー・アントワネットと5人の男」)からの引用が多く、どちらの書籍も良書ではあるものの、書籍の内容の一部を記載する事は、出典が偏る事に繋がり、中立的な観点より離れる可能性が出てまいります。 以上を踏まえまして、広く意見を募るために、ノートページの活用を呼びかけた次第です。これは、ウィキペディアのガイドラインに記載されている「論争の解決」を目指すためにも有効だと判断いたしました。 また、マリー・アントワネットに関わる研究は他の歴史上の人物と同じく日々進んでおり、出典があるものといえど出版年が古い物に関しては記述の正確性に疑問が残るため「出典について」という話題を作成いたしました。 ノートページで呼びかけた結果として、直近の編集(Lucille0423さん及びka-i-ka-zuさんによるもの)があったものと推察いたします。 Hkrk05会話) 2021年11月22日 (月) 11:34 (UTC)Reply[返信]


    すでに述べられているように「概要について」での文章はコトバンクのものをほとんどそのまま記載されています。 しかしその論拠となったブリタニカ国際百科事典の執筆年代は古く、また表現も等の表現について現在発刊されているエブリン・ファー著「マリー・アントワネットの暗号 解読されたフェルセン伯爵との往復書簡」や ジャン=クリスチャン プティフィス著「ルイ十六世 上下」などの現在発刊されている書物において、フェルセンと王妃の関係は常軌を逸するものではなかったことが指摘されており、現在の記事内容は中立性に欠けると思われます。 ゆえに私は近年の研究成果を反映した伝記や関連書からの引用、出典をこころがけ、『青年貴族たち(特にH.フェルセン)との情愛に溺れた』という記述を「ハンス・アクセル・フェルセンとの交流は知られている。」と改め、文章を調えました。 今後も現在発行の伝記や関連書等から引用、出典を記載しつつ、中立性を保持し「論争の解決」を目指したいと思います。Ka-i-ka-zu会話) 2021年11月22日 (月) 13:19 (UTC)Reply[返信]

    Ka-i-ka-zuさんとHkrk05さんとLucille0423さんがソックパペットと疑われている件と、記事編集の件とがごっちゃになっているように思われます。ソックパペット疑惑についてはこの節で、記事編集については他の節で取り上げるべきではないでしょうか。「Wikipedia:井戸端#ソックパペットかもしれない場合について」を投稿いたしましたので、疑惑については井戸端ページでもよろしいかとは思われますが。--240D:1A:506:1700:CCCB:28:A4A6:BBA1 2021年11月23日 (火) 07:08 (UTC)Reply[返信]
    返信 (118.106.201.158様、240D:1A:506:1700:CCCB:28:A4A6:BBA1様宛) コメント依頼から来ました、構筐と申します。場合によっては、WP:CUPでそちらの三名のIPアドレス等接続情報を調べる必要があると考えられます。なお、IPユーザである方はアカウントを登録し、登録名で活動してください。「アカウントの登録は必須ではありませんが、推奨されています」。--構筐会話) 2021年12月2日 (木) 09:32 (UTC)Reply[返信]
    すみません、結局チェックユーザー依頼を出せば良いということでしょうか?名指しされているアカウント三つがチェックユーザーについて何も言及なさっていないのは、そのアカウントを利用している方が「チェックユーザーは都合が悪い」と考えておられるからだろうか、などと推察できますが。アカウント三つがソックパペットでないなら、チェックユーザーを受けることに何も問題はないはずですよね。--240D:1A:506:1700:FC11:ED0D:478F:4AD9 2021年12月17日 (金) 14:25 (UTC)Reply[返信]
    チェックユーザーをしない理由がない、ではなく、する理由があることを示していただきたいです。「傾向が似ている」だけでは不足だと思います。 --2001:240:2412:4B3B:4268:8037:35EF:93D6 2021年12月19日 (日) 06:46 (UTC)Reply[返信]

    報告 コメント依頼と記事の編集履歴を見て、こちらに伺いました。正直言ってソックパペットでないにしては怪しいと思いますが、おそらくまだチェックユーザー依頼を出す段階ではないと思われますので、「Wikipedia:コメント依頼/Ka-i-ka-zu、Hkrk05、Lucille0423」を提出いたしました。このノートをご覧になった第三者の方々には、コメント依頼の「第三者のコメント」節でコメントをいただけると幸いです。--アジュール会話) 2021年12月28日 (火) 15:44 (UTC)Reply[返信]

    参照文献の整理について[編集]

    参照文献というセクションについてですが、学術研究の欄にコトバンクのリンクが入っており、非常に分かりづらい構成になっているように見受けます。 参照文献の整理を行ったほうが、出典が参照しやすくなると考えられますが、参照文献についてご意見やご指摘などいただければ幸いです。 以下は当方が参考にした書籍ですか、その他に追加できるものや参照文献にそぐわないものがあればご指摘ください。 なお、安達正勝先生はフランス文学者ですが、資料を丁寧にあたられているのか、読みやすい構成となっているため参考といたしました。 また、安達正勝先生の著書には『物語 フランス革命』があり、そちらもマリー・アントワネットに対しての記述が含まれますが、内容が重なる部分が多いため省いております。


    書簡集 『マリー・アントワネットとマリア・テレジア秘密の往復書簡』(パウル・クリストフ著) 『マリー・アントワネットの暗号』(エヴリン・ファー著)

    マリー・アントワネットを中心とした書籍、もしくは個人について詳細な記述がある書籍 『マリー・アントワネット フランス革命と対決した王妃』(安達正勝著) 『マリー・アントワネットと5人の男』(エマニュエル・ド・ヴァリクール著) 『フランス王妃列伝―アンヌ・ド・ブルターニュからマリー=アントワネットまで』(阿河雄ニ郎/嶋中博章編) 『フランス革命事典』(フュレ/オズーフ編)

    マリー・アントワネットを含めたフランス革命全体について 『フランス革命史』(ミシュレ著) 『フランス革命史』(ブリュシュ他著) Hkrk05会話) 2021年12月11日 (土) 06:55 (UTC)Reply[返信]

    研究上の評価について[編集]

    「研究上の評価」というセクションが存在しますが、内容としては安達正勝著『王妃マリー・アントワネット』とエマニュエル・ド・ヴァリクール著『マリー・アントワネットと5人の男』からの引用で構成されており、記事の内容も「人物・言行」と重なる部分が多いと感じます。 「研究上の評価」というセクションを削除し、「人物・言行」のセクションと内容を合併させるか、もしくはセクションの名称に合わせる形で、研究史の内容に書き換えたほうが、記事として読みやすくなるのではないかと思います。 個人的には、「人物・言行」と合併させ、記事の内容を整えた方が読みやすくなるかと存じますが、ご意見、ご提案等をいただければ幸いです。 Hkrk05会話) 2021年12月18日 (土) 12:16 (UTC)Reply[返信]

    ぎゃー、すみません、ちまちま編集しちゃってました。個人的に思うのが、もう少し色っぽい(笑)記述をどうにかしたいですねえ。フェルセン伯爵との関係にしろルイ16世との関係にしろ、結構諸説あることなんで……。--Lucille0423会話) 2021年12月18日 (土) 13:27 (UTC)Reply[返信]
    「研究上の評価」「人物・言行」の記述内容自体が「生涯」で述べられていることの繰り返しになっている個所があるので、詳しい方に訂正していただけて良かったです。諸説あることについて、一部書籍の丸写しになっているため、そのような印象が大きくなるのかもしれません。
    「人物・言行」の記述の中でも「幼少期」「宮廷生活・舞踏会・劇」「首飾り事件」「財政問題・革命前夜」「革命中」「「過激派」批判・反民主主義」「君主主義・反革命・フェルセン」「ヴァレンヌ逃亡事件」「憲法・立憲君主制」は削除し、直していただいた「生涯」のセクションの記述を膨らませたり、要出典となっている個所を訂正した方が、読みやすくまとまるのではないかと思います。また、「プチ・トリアノン」はウィキペディアに独立した項目があるため、こちらにつきましても、削除してよいかと存じます。かなり大掛かりな編集になると思うので、引き続きご意見をいただければ幸いです。--Hkrk05会話) 2021年12月19日 (日) 04:28 (UTC)Reply[返信]
    「宮廷生活・舞踏会・劇」「プチ・トリアノン」の出典となっている安達正勝著の『マリー・アントワネット……』を読んでみたら、「王妃の村里」と「プチ・トリアノン宮殿」の区別をしなかったり、そもそも記述が論旨とずれた引用をされていましたので、元の文章を生かしつつも訂正して新しい出典も加え、「宮廷生活とプチ・トリアノン宮」として書き直しました。もし必要無かったら削除してかまいません〜--Lucille0423会話) 2021年12月21日 (火) 08:44 (UTC)Reply[返信]
    修正していただいた個所を拝見しましたが、非常に読みやすくなったと思います。なお、引用に関しての問題は、Lucille0423様と同意見です。
    引き続きご意見等を募集し、特に反対などが無ければ「研究上の評価」を削除し、「人物・言行」の記述のうち「幼少期」「宮廷生活・舞踏会・劇」「首飾り事件」「財政問題・革命前夜」「革命中」「「過激派」批判・反民主主義」「君主主義・反革命・フェルセン」「ヴァレンヌ逃亡事件」「憲法・立憲君主制」の項目を併せて削除しようと考えております。--Hkrk05会話) 2021年12月21日 (火) 14:40 (UTC)Reply[返信]

    記事に対する不審な差戻し行為について[編集]

    現在、大掛かりな編集はノートページを使用し、細かな点の修正は適宜行っていただいている状況ですが、当方が編集する以前にも記事の差戻しが幾度か行われているようです。差戻しがされた理由を確認すると、理由が記載されずに差し戻されているものや、「冒頭文として長過ぎる」と削除された文章が、出典を明記していたという理由で再び記載されている事が確認できます。差戻しを行ったのが匿名利用者のため、これらの差戻しを行ったのが複数名か同一人物であるか特定はできませんが、当方を含め直近の編集に関わった3名がソックパペットの疑惑をかけられるなど、新規の編集がしづらい状況が続いております。 現在、当該記事は議論活性化のためのコメント依頼が出されており、実際に記事の編集が行われている状況ではありますが、さらにこのような状況が続くとなると、当記事の加筆修正等をされる方の活動の妨げになる可能性も否めません。 記事の保護依頼なども含めて改善策を検討する必要があるか、ご意見をいただければ幸いです。 Hkrk05会話) 2021年12月31日 (金) 09:08 (UTC)Reply[返信]

    記事に使用されている画像の整理について[編集]

    記事中に使用されている画像が多いため、文章とのバランスが悪いような印象を受けます。ギャラリーという項目を作成した後に一部を移動させるか、もしくは最低限のものを残し削除するか、ご意見をいただきたいと思います。 Hkrk05会話) 2022年1月9日 (日) 02:11 (UTC)Reply[返信]

    コメント コメント依頼より。参考として en:Marie Antoinettefr:Marie-Antoinette d'Autriche を確認したのですが、画像の使用数としてはあまり変わらないというか、根本的に当記事は英語版の翻訳から立項されたのではないかと思われます(画像配置位置が同じ)。ただ、英語版と当記事の大きな差異としては「各節の文章量と、出典の量」で、精査していませんが英語版から翻訳した際に記述(と、出典)の大部分を捨てて画像だけを残したために現状に陥ったのではないかと類推します。なので、英語版(117KB)と比較して83KBしかない当記事が同じ枚数の画像を使用しているのは各節のバランスから考えても多すぎであろうこと疑いはないと思います。
    その前提の上で「いずれ文章量が増加、記事充実した結果として再度同じように画像を再配置するのであれば二度手間」になりますから、ひとまずギャラリー節を設置、文章左右の画像についてはそちらへ移設した方が良い、というのは同意できる理由です。
    ただその場合、結婚に関する文章の従として貼られている結婚祝賀メダル(ファイル:LouisXVIMarieAntoinettekingandqueen.jpg)や首飾り事件の説明のための実物画像(ファイル:Diamond Necklace Marie Antoinette.jpeg)などはギャラリー節に移設すると関連性が薄く貼付意図が不明になりますし、また王族かつ著名歴史人物で処刑以前の肖像画枚数も数百枚以上とこちらを増加させるだけの編集に邁進する編者が出てこないとも限りませんし、ギャラリー節に貼付する画像は最低限、生涯人生に強く・深く関わる抜粋○枚のみ、などの掲示ルールを先に作っておくべきかなとも思いました。--Nami-ja [会話 履歴] 2022年1月11日 (火) 02:57 (UTC)Reply[返信]
    @Nami-ja
    コメント拝見しました。ご意見とても参考になります。
    確かに何もルールがないとご指摘の通り画像のみがギャラリー内で増える可能性があるかもしれません。盲点でした。そうすると文章と関連性が高く画像を省いてしまうとイメージしづらい画像は厳選して残し(例えば結婚祝賀メダル、首飾りの画像、王妃となったアントワネット、喪服姿、処刑前の様子、ハープを奏でる王妃、シュミーズドレスの王妃)それ以外の画像はひとまずギャラリー節を作って記事の内容に沿う形で格納し「ギャラリー節に貼付する画像は最低限、生涯人生に強く・深く関わるもの」とし、「合計で(例えば)15枚」といった風に上限を最初から決めてしまった方がよいかもしれません。--Hkrk05会話) 2022年1月12日 (水) 14:32 (UTC)Reply[返信]
    Hkrk05さん宛 とりあえず15枚でギャラリー節を作ってみて、それでレイアウト的に多すぎるなど問題あれば「最大枚数を超えない範囲で」調整すれば良いと思います。本編たる文章量が80KB程度しかないので、ギャラリー節に並べる画像の列数も考えると10枚(5枚x2段)程度でも十分すぎるかもしれないですね。
    最終コメントから一週間異論が出ませんでしたので、「解説の従として貼られていない、文章に強く関連しない画像は除去できる」「ギャラリー節を新設し、アントワネットの生涯に強く関わる『最大』15枚を貼ることができる」の2点で合意したと見做して良いと思います(WP:CON#合意形成)。--Nami-ja [会話 履歴] 2022年1月20日 (木) 03:32 (UTC)Reply[返信]
    @Nami-ja
    ありがとうございます。それでは、合意があったとみなし、ギャラリー節を新たに作り、画像の整理を行いたいと思います。--Hkrk05会話) 2022年1月20日 (木) 14:15 (UTC)Reply[返信]

    ギャラリー作成のため、記事中の画像を一旦整理しました。削除した画像は、改めてギャラリー節にアップしようと思いますのでよろしくおねがいします。 Hkrk05会話) 2022年1月20日 (木) 14:35 (UTC)Reply[返信]

    ギャラリー節を追加し、画像を整理しました。--Hkrk05会話) 2022年1月23日 (日) 17:44 (UTC)Reply[返信]

    一部ユーザーの行動に対してコメント依頼を行うかについて[編集]

    現在、一部のユーザーに対し、個人攻撃と受け取られかねない行動を取るユーザーが複数いらっしゃいます。 当方を含め積極的に編集を行っていたユーザーをソックパペットと決めつけ、コメント依頼を行っていたようですが、当方の個人ページに「対話拒否はやめてください」とのコメントがありました[1]。そもそも当方は最初にソックパペットと疑われた際にソックパペットでは無い旨をノートページに記載しており、またコメント依頼の記事中にも当方が誰のソックパペットかの記載が無かったため、一方的な言いがかりと判断し、コメントを行っておりませんでした。 なお、ソックパペットとの疑いをもたれた今までの経緯を簡単に纏めますと下記のとおりです。

    2021年11月22日 IPアドレスユーザー118.106.201.158氏によりLucille0423氏、Ka-i-ka-zu氏、及び当方がソックパペットの可能性があるアカウントとされる。

    2021年11月23日 IPアドレスユーザー240D:1A:506:1700:CCCB:28:A4A6:BBA1氏により上記3名のソックパペット疑惑が井戸端ページに掲載される。(過去ログには格納されず)

    2021年12月2日 構筐氏がチェックユーザーの依頼に対し言及

    2021年12月17日 IPアドレスユーザー240D:1A:506:1700:FC11:ED0D:478F:4AD9氏がチェックユーザーに賛成のコメント

    2021年12月19日 IPアドレスユーザー2001:240:2412:4B3B:4268:8037:35EF:93D6氏がチェックユーザー依頼に対し「する理由を示す」べきとコメント

    2021年12月28日 アジュール氏がWikipedia:コメント依頼/Ka-i-ka-zu、Hkrk05、Lucille0423を提出

    2022年1月7日 構筐氏がチェックユーザー依頼に対して賛成

    以上の行為につきましては、当方のみに対する行動であったならば、一方的な言いがかりと判断しようと考えておりました。しかしながら、長期間かつ複数のユーザーに対し行われているこれらの行為は、新規の編集を阻害するための追い出し行為、もしくはそのように取られてもやむを得ない行為なのではと考えております。以前にも「記事に対する不審な差戻し行為について」で​言及いたしましたが、記事の差し戻し行為が複数に渡って行われている事[2][3]につきましても、当該記事は新規に行われる編集に対して否定的なユーザーがいると考えられるのではないでしょうか。 また、構筐氏につきましては、コミュニティで合意があった編集内容に対して予告なく差し戻しを行ったことにつきましても、新規編集を拒むように受け取られかねない態度をとられていたように見受けられます。構筐氏が行った記事の差し戻し行為及び一部ユーザーをソックパペットと決めつける行為、そしてアジュール氏による一部ユーザーをソックパペットと決めつける行為に対し、利用者の行為についてのコメント依頼を行うべきか、ご意見をいただきたいと思います。 また、他にも当方と同じような被害に遭われている方がおりましたら、お知らせいただければ幸いです。--Hkrk05会話) 2022年1月15日 (土) 10:33 (UTC)Reply[返信]

    セクションを立てていただいて大変嬉しいです。ですが、このセクションはマリーの記事とあまり関係ない気もしますし、どこに書くべきかわからない話ではありますね。
    私も、下手なことを言ってはHkrk05さん達に迷惑がかかると思って、ソックパペット関係の記事に対し、反応せずにいました。またソックパペットがと疑われるのが嫌だったので、二、三の項目を編集したあとは、他の方にお任せしてしまって、記事編集から距離を置いていました。
    ですが、今日、突然アジュールさんから対話拒否をやめるようノートに書き込みがされましたので、もしやと思ってこちらのノートを見に参りましたら案の定〜、だったので私の知っていることを。
    ①「コメント依頼」でコメント可能だというお知らせ以外には、アジュールさんから話しかけられたことはありません。アジュールさんは構筺さんと違ってこのノートに現れて議論を重ねたユーザーではなく、コミュニティ外の方だと判断できます。
    ②コミュニティ外の方であるにもかかわらず、他のお二方には不明ですが、私には一切事実関係の確認や何やらがアジュールさんからはありませんでした。構筺さんが私たちをお疑いになってコメント依頼をされるならわかるのですが、どうしてアジュールさんなのかと。もちろん禁止されてはいませんが、話してもいないのにいきなり対話拒否の方向へ持って行かれたように私には感じました。嫌がらせをされたような印象です。
    コメント依頼に書かれている点も非常に不可解です。ノートで合意形成をしたもの、出典を募って明記してあるものを「出典付き記述の改ざん、または検証可能性を満たさない記述例」とされていました。コミュニティの総意を無視しているように受け取れます。「被依頼者が自分は西洋史専攻者なのだと繰り返し強調している点からしても」という点は私を念頭に置かれてるのでしょうけど、私はこのノートを見れば分かる通り、西洋史専攻者だからこのWikipediaの方針に口を挟んだことはなく、単に専攻者だからこの記事の編集に興味を持ったという話と、大学の教科書がないという点に関して実体験を話しただけです。たしかに構筺さんから返信方法についてご教示がありましたが(出典の表示に関しては、あれは引用ですよね?)、あれを使う機会がないというのが実情です。さらに、ほかのユーザーさんを見てもご教示のあった方法で返信されていない方々もかなりいて、別にjawp一律の決まりごとというわけでもないし、逆にそれをしないからと編集者としての態度に問題があるというのはハラスメントなんじゃないかなあと思います。ある意味ノートに書かれている事実を捻じ曲げてコメント依頼を書かれているような印象を受けます。
    あまり編集に携わっていない私にとってもそうとうストレスですし、これ以上、今後この記事を編集してくださる方が嫌がらせを受けるかもしれないさまをみるのも忍びないです。コメント依頼をお願いしたいなあ……と思っています。--Lucille0423会話) 2022年1月15日 (土) 11:19 (UTC)Reply[返信]
    @Lucille0423様、ご意見ありがとうございます。
    ご指摘のとおり記事の編集に直接影響がある事ではなかったので、こちらへの記載が妥当か悩みましたが、Lucille0423様とKa-i-ka-zu様が編集された他の記事を確認したところ、差し戻し行為やソックパペット疑惑についての発言が見当たらなかったため、特定のユーザーに対する行動というよりも、マリー・アントワネットの記事編集に携わっているユーザーに対する行動と判断したため、こちらに記載を致しました。
    今後もご意見を募集した上で、1週間程度いたしましたらコミュニティ内での合意形成があったとみなし、コメント依頼を行いたいと思います。--Hkrk05会話) 2022年1月15日 (土) 15:54 (UTC)Reply[返信]
    • 本件に絡み[[19]]へコメントを寄せました。

    なお、新規のコメント依頼について、ソックパペットの疑いに関する内容であれば、当該Rfcがまさにそれに関する内容ですから乱立・議論の拡散を避けるためにも当該Rfcでコメントなさったほうが良いように思います。「事実関係の確認など一切なかった」とのことですが、Rfcこそそうした事実関係について確認したり弁明する場ではないでしょうか。--Alaick会話) 2022年1月20日 (木) 20:15 (UTC)Reply[返信]

    @Alaick
    コメント依頼を拝読しました。ご指摘の通りです……。上述のような経緯があったので、発言の揚げ足を取られてまた変なふうに事実関係を捻じ曲げられてしまうんじゃないか、他のお二方に迷惑がかかるんじゃないかと猜疑心と恐怖にまみれてしまい、コメント依頼でのコメントを控えていました。事実関係を確認すべき場が欲しかったのは確かです。おっしゃる通り、当該コメント依頼できちんと話すべきではありますよね……。--Lucille0423会話) 2022年1月21日 (金) 09:07 (UTC)Reply[返信]
    @Alaick
    ご助言ありがとうございます。第三者のコメントも併せて拝見しました。Alaick様からご指摘を受けまして、あらためて当方の編集態度、また構筐氏、アジュール氏との対話姿勢に問題がなかったか省みるきっかけとなりました。コメント依頼に対しては、被依頼者として改めて現状について意見の書き込みを行いたいと思います。
    新規のコメント依頼につきましてですが、議論が拡散した結果、逆に潤滑な編集や新規の編集者の参加を妨げる結果となる点も含めて考えてみました。しかしながら、記事の差し戻しのついては、明確な返答を得られなかったこと、構筐氏については、こちらとしては対話を試み、編集について同氏にコメントを行っておりました。しかしながら、CU依頼に賛成の立場を取られていたことに関し、とても違和感を覚えております。また、同氏が参考として挙げられていた「特別攻撃隊」のノートや同氏の投稿履歴を拝見すると、百科事典へのこだわりのようなものや、持論を長く書かれる一方で編集に対する指摘や記述の改善案を記載されないといった編集態度につきましては、広くご意見をいただいてもよいのではないかと思います。加えて、構筐氏のリンクの使用方法について、以前記事の差し戻しを行ったIPアドレス240D:1A:506:1700:548D:F0F9:5579:BC25氏と似た点があります。(特別:投稿記録/240D:1A:506:1700:548D:F0F9:5579:BC25
    また、アジュール氏についても、編集の仕方に、構筐氏と似た点がいくつか見受けられます。出典の記載方法、リンクの使用方法といった小さな類似点のため、アジュール氏が、構筐氏のソックパペットだと断言できるような段階ではないと思いますが、コミュニティ以外の利用者にご意見を伺うのも一つの解決手段ではと思います。
    以上の点から、コメント依頼については別途行う方がよいのではと個人的には考えております。--Hkrk05会話) 2022年1月21日 (金) 13:49 (UTC)Reply[返信]

    構筐氏、アジュール氏に対してWikipedia:コメント依頼/構筐、アジュールを提出いたしました。何かお気づきの点があれば、コメントいただければ幸いです。Hkrk05会話) 2022年1月22日 (土) 17:52 (UTC)Reply[返信]

    これ以上の議論の進展が見込まれないため、議論終了といたしました。ご協力ありがとうございました。--Hkrk05会話) 2022年3月5日 (土) 08:54 (UTC)Reply[返信]