ノート:プロレタリア独裁

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ゴータ綱領批判[編集]

どうもよくわからないのですが、〈ゴータ綱領批判〉は、エンゲルスによって、1891年に公表された文献だと記憶しているので、この項目とバクーニンうんぬんとは全く関係ないのではないでしょうか。

この概念は、あくまでもレーニンがマルクスを読んでその中から考え出したものだとおもうので、レーニン・スターリンによるマルクスの神格化のプロセスで登場したものとして扱うべきではないでしょうか。 --ねこぱんだ 2006年3月22日 (水) 23:37 (UTC)[返信]

日本共産党の記述[編集]

2010年2月3日 (水) 18:27 220.220.124.248 を旧に復しました

> 宮本顕治の党支配が確立されて行くのに伴い、暴力革命による権力の掌握とプロレタリア独裁による共産主義社会の実現という共産党本来の政治路線は次第に放棄され、1970年の11回党大会で将来にわたって議会を重視するという「人民的議会主義」が提起されたのを発端に1973年の第12回党大会での綱領改定時に、プロレタリア独裁とは一党制などの特定の統治のスタイルを意味するものでないとして、「独裁」ではなくプロレタリアートの権力掌握を意味する「プロレタリアートの執権」と言い換えた。

>さらにその後、1976年の第13回大会における改定の際に、用語自体の使用をやめて、「労働者階級の権力」とした。さらに2004年の新綱領ではこの言葉もなくなった。

宮本氏を長とする体制がなぜ全党内で受け入れられたかというとそれは党勢の前進があったからだし、その最大の部分は議会選挙での勢力伸張です。これは61年綱領確定から1975年ごろまで一貫して続きました。この具体的な事実を見て、理論の改定や「言い換え」が何ゆえ発生したかをあきらかにしたのが現状の本文。従ってソ連中国からの内政干渉の存在、また部落解放同盟の先鋭化してゆく暴力糾弾闘争路線との反目と法定での闘争などを具体的に言及することで何ゆえプロ独の理論が日本共産党の中で独特の扱いになってゆくか意味が初めて通じる。また、日本社会党などが路線としてプロ独と決別しきらない事とのコントラストもここに集約される。また「宮本顕治の党支配が確立」などというほど日本共産党では個人の名を冠した独裁体制ではなかったことも事実。カリスマ性や強圧だけによる個人支配の党体制確立ならどうしてプロ独を放棄するのか? また「共産党本来の政治路線」などと宿命的に外部から決め付けるのもおかしな話で、党大会で決定された綱領を党大会で理論発展に従い改定するのはその結社の勝手です。「意味がわからない」なら勉強してから作業に参加するべき--以上の署名のないコメントは、125.2.211.239会話投稿記録)さんが 2010-2-3 19:28(UTC) に投稿したものです。

そのような。共産党の公式見解に類する宣伝文句を記述する場ではありません。222.150.235.6

コメント当記事は「プロレタリア独裁」の概念や歴史の記事です。英語版(en:Dictatorship of the proletariat)やフランス語版などでは、各国政党での当概念の扱いまで記載はありません(ドイツ語版は多少記載があります)。特定の立場から「どのような背景や動機から変更が行われたか」などを記述する場では無いと思います。このため、動機にかかわる記述を整理して、百科事典として事実の列挙にしました。(大変勝手ながら、当ノートで昔の書き込みと判別できるよう、節追加しました)--Rabit gti 2010年4月30日 (金) 05:58 (UTC)[返信]

コメントプロレタリア独裁という用語の概念の【歴史】的経緯を説明するのに、どうして部落解放同盟の暴力主義との闘争の【歴史】が丸々削除されるのか? 解放同盟や文革との論争は歴史的事実であるし、それにつれて用語問題も理論問題も深化している。当初この項は日本共産党の「用語の言い換え」を表面的にあざ笑うような記述であった。同じ時期に何があったか、その運動と共に用語の言い換え、概念の扱いの変化が発生した。その説明を抜きにしようという者は、部落解放同盟の暴力糾弾闘争路線が【史実】にあったことを消し去りたい意図を感じるばかりで、共産党の歴史に対しても、用語や概念の歴史に対しても臭いものにフタをする立場といわざるを得ない。--以上の署名のないコメントは、219.122.181.208会話投稿記録)さんが 2010-6-16 7:54(UTC) に投稿したものです。

コメント 自己主張の繰り返しをする前に、上記の削除理由を冷静に再読ください。(1)当記事は「プロレタリア独裁」の記事で、「日本共産党の歴史や方針の記事」ではありません。当記事の各国語版でも同様で、個別の政党や人物でおける当用語の使用経緯などの記述はほとんどありません。(2)Wikipedia:出典を明記する 違反は、それだけで削除理由です。 (3)仮に書く場合も Wikipedia:日本中心にならないように で書くべきです(各国や日本を書く場合でも最低限にすべきでしょう)。(4)仮に日本での記載をしても、日本の共産主義政党・党派は日本共産党だけではありません。(5)記載が明白に日本共産党の正当化のみでWikipedia:中立的な観点 に反します。(6) 仮に書くならば、出典をつけ、中立的記述にして、日本共産党#歴史などに書き、当記事から「詳細は○○参照」と書くべきでしょう。繰り返しますが、内容以前に書く場所が不適切で、更に内容(記述方法)も不適切です。なお (7) マナーとしてWikipedia:署名しましょう。事実を客観的に列挙した版に巻き戻ししました[1]。--Rabit gti 2010年6月18日 (金) 04:02 (UTC)[返信]