ノート:カフェー・プランタン

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カフェー・パウリスタ[編集]

「カフェー・プランタン(略)日本初のサロンスタイルの店とされる。ちなみに、日本で初めてカフェとして営業を開始したのは、大阪府箕面市で開業した「カフェー・パウリスタ」である。」という記述を修正しました。

カフェー・パウリスタ(箕面)の開業は1911年6月であり(大坂朝日新聞6月25日に開業広告あり)[1]、プランタンの開店後です。プランタン開店の正確な時期は今一つ明瞭ではありませんが、読売新聞1911年5月13日編集日誌に「カフェープランタン」の記述があり、それ以前であることは確実です。

また(未読ですが)、歴史書でなく実用書らしき福井氏の書が参考文献に挙げられているのは妙な感じがします。 --忠太会話2013年10月6日 (日) 03:01 (UTC)[返信]

疑問[編集]

昭和期になると、カフェーは風俗営業として警察の管轄下に置かれますが(1933年、特殊飲食店営業取締規則)、プランタンも特殊飲食店の許可を取っていたのかどうか? 深夜営業をしており、女給を置いていたので、風俗営業の範疇になってしまったかも。 --忠太会話2013年12月4日 (水) 14:11 (UTC)[返信]

他のカフェーと一緒にされるのが嫌で、(本文に加筆の如く)喫茶店+酒場に職種を変えたのかとも想像しましたが、確証はないです。 --忠太会話2013年12月7日 (土) 16:31 (UTC)[返信]
長男、河原崎国太郎の著書に書いてありました。(本文に追記)  --忠太会話2013年12月21日 (土) 17:02 (UTC)[返信]