ノート:ウィンストン・チャーチル

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架空の名言の項に対する"要出典"について


「公式文書などは存在しない」に対して要出典をつけることは悪魔の証明になってしまうのではないのですか?以上の署名の無いコメントは、124.87.55.78(会話履歴)さんによるものです。

その部分に対しての出典は、いわゆる悪魔の照明になってしまうかもしれませんが、そのあとの「指摘されている」という部分に対しての要出典だと思われます。どなたがどういう形で指摘したのかの出典は、あったほうが良いと思います。--海獺 2009年7月5日 (日) 06:38 (UTC)
以前はこの項目に私のブログが出典として書かれていたような気がするのですが……。思い違いだったのかな?http://d.hatena.ne.jp/buyobuyo/20050921/p1 で紹介しましたが、 The Churchill Centre のウェブサイトに次のような記述があります。また、チャーチルほどの人物になれば公的な発言や公式文章はある程度網羅されているので、悪魔の証明となるのではといった懸念はあたらないと思いますよ。Buyobuyo 2009年9月1日 (火) 00:26 (UTC)

 

"Conservative by the time you're 35"

If you're not a liberal when you're 25, you have no heart. If you're not a conservative by the time you're 35, you have no brain." There is no record of anyone hearing Churchill say this. Paul Addison of Edinburgh University makes this comment: "Surely Churchill can't have used the words attributed to him. He'd been a Conservative at 15 and a Liberal at 35! And would he have talked so disrespectfully of Clemmie, who is generally thought to have been a lifelong Liberal?

http://www.winstonchurchill.org/learn/myths/myths/quotes-falsely-attributed-to-him

持病について[編集]

また、彼はマールバラ公家特有の躁うつ病を患い、生涯に心臓発作を含むさまざまな病と闘った

精神疾患を、遺伝的要素に起因するものとする記述は、無根拠なもので削除すべきである。 --61.45.112.154 2011年6月14日 (火) 17:33 (UTC)

引用エラーについて[編集]

2.6.3.4.節「海軍増強論争をめぐって」の中にある出典注記240番ですが、タグのミスにより引用エラーの表示が出ています。おそらく、その前の注記238番と同じ出典で、238番のrefタグに<ref name="坂井(1967)397-398"> とすべきところを単<ref>としてしまったためのエラーだと思いますが、出典を見ていない私が判断できることではないので、修正はこの部分を執筆した方にお任せします。--Loasa会話) 2013年4月13日 (土) 16:44 (UTC)

申し訳ありませんでした。私も先ほど気付きまして修正いたしました。報告ありがとうございました。--Omaemona1982会話) 2013年4月13日 (土) 16:54 (UTC)

Sfn方式など[編集]

Sfn方式に変更したのは呼び出し情報量が無用に大きいためと、出典のミス(関榮次と関嘉彦が同じ呼び出しになっていたため。ページ表記も確認する者は読めばいいので、1ページ毎よりも複数ページ毎の方がいい。また生涯部分があまりに盛り沢山で読みにくいので、家系、人物評など後段の項目に移動可能なものは移した。概要は重複も多く概要になっておらず、冒頭に一括した方がよい。--さんぽーる会話) 2015年3月3日 (火) 15:16 (UTC)

「関嘉彦(1969)」と「関榮次 2008」「関 2008」のリンクが全て壊れていませんか? ほかにも「河合 1998」でリンクが使えなくなっていますので、修正願います。―霧木諒二 2015年6月26日 (金) 14:29 (UTC)

「スコットランド銀行頭取バックル−侯爵」とは誰でしょうか。[編集]

長音がハイフンになってるのも気になりますが、それは措いておいて。

en:List of marquessates in the peerages of Britain and Ireland をざっと見たところでは、「バックルー侯爵」と表記されそうな爵位はありません。また en:Bank of Scotland#List of Governors of the Bank of Scotland によれば、1953年当時スコットランド銀行の Governor はシドニー・ブラー=フラートン=エルフィンストーン (第16代エルフィンストーン卿)英語版 です。爵位名からはバクルー公爵の誤記ではないかとも推測できますが、当時当主だったウォルター・モンタギュー・ダグラス・スコット (第8代バクルー公爵)英語版 にそのような記述はありません。ちなみにヘンリー・スコット (第3代バクルー公爵)ロイヤルバンク・オブ・スコットランドの Governor だったことがありますのでこっちのトップだった可能性がありますが、一覧が見つけられませんでした。

リストの他の人物についても、なんだか微妙に怪しい表記が多いように感じました。1と2は一貫した表記に、3は別表記に書き換えさせていただきました。4は誤記と判断しました。5は意図がわからないのでそのままにしてあります。

  1. マックス・エイトケン (初代ビーヴァーブルック男爵) を「ビーバーブルック男爵」とする一方でモーリス・ハンキー (初代ハンキー男爵)英語版を「ハンキー卿」とする。
  2. ハロルド・ハームズワース (初代ロザミア子爵) を「ロザミア子爵」とする一方でゴーマー・ベリー (初代ケムスレー子爵)英語版 を「ケムスレ−卿」とする。
  3. ヴィンセント・チューソン英語版 (Sir Vincent Tewson) の Sir と ウォルター・シトリン (初代シトリン男爵)英語版 (Lord Citrine) の Lord を一律に「卿」とする。しかも前者は Sir Tewson とはいわないのに「チューソン卿」としている。
  4. 「日本研究のジョージ・サムソン」は外交官で日本史学者のジョージ・サンソム、「陸軍武官で親日家のピッゴト少将」は駐日大使館付駐在武官のフランシス・ピゴットで正しいですよね?
  5. ロザミア子爵を「デイリーメール会長」、ケムスレー子爵を「サンデー・タイムズ主筆」、ビーバーブルック男爵を「エクスプレス系新聞の社主」とそれぞれ別表記にしているのは何か違いがあるのでしょうか?

正直単に「ハンキー卿」とか「イード」とか書かれても誰のことだかわかりにくいですから、フルネームにするかフルネームへのリンクにしていただきたかったです。―霧木諒二 2015年6月26日 (金) 14:18 (UTC) シトリン卿の綴り追加。―霧木諒二 2015年6月26日 (金) 14:24 (UTC)

  • こちらですが、良質な記事に選ばれているにもかかわらず、「皇太子明仁親王の訪英」の節に正確性の問題があるため、Wikipedia‐ノート:良質な記事/良質な記事の再選考#問題のある記事のテンプレートが貼られた記事にリストされました。ご指摘のとおり、リストされた人名については無出典で表記も怪しいため、このパーティ出席者に関する記述は削除してはどうでしょうか。また、今見たところ「日本との関係、日本観」に関する部分は大部分が関榮次 『チャーチルが愛した日本』 PHP研究所〈PHP新書〉、2008年に拠っており、1冊の本から集中的に引用をしていてあまりバランスのとれた読みやすい記述とは言えないと思いますので、単一の出典テンプレートを貼付しました。--さえぼー会話) 2018年9月18日 (火) 14:33 (UTC)