ノート:インドの仏教

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「どこそこへ逃げた」という言い方がありますが、それは結果論だと思われます。当時は招請したり、布教したりという形態であって、決して「逃げた」とは考えられません。直しても良いでしょうか?booze 22:26 2003年7月11日 (UTC)

・・・これでは仏教は逃げまくり(笑)。争いを避けて、ご縁の無くなった土地を立ち去っただけと言ってもよいので、とりあえず表現を直すべきだと思います。Adacom 02:39 2003年7月12日 (UTC)

  • 弾圧前に各地へ仏教は伝わっていると思います。少くともスリランカには紀元前に伝わっているのは知っています。だから、弾圧以前の歴史として、「インドからどこそこに伝わった」というのを追加したらどうでしょうか? そうすると、逃げたから仏教が広まったという誤解は避けられると思います。弾圧以前にも布教活動があってアジア各地に基礎が作られて、弾圧後に大物がインドから亡命したというのが本当かと思っていますが、これは確認していません。--Setu 20:00 2003年7月14日 (UTC)

> 弾圧後に大物がインドから亡命した
そんなことは聞いたこともありません。どういう意図があっての話なのか、見えないのが残念です。booze 20:35 2003年7月14日 (UTC)

  • 「大物がインドから亡命した」というのはあくまで個人的な予想ですが、インドで仏教が弾圧されたのがアジア全域に仏教が広まる切っ掛けになったのというのは聞いています。最終的に全員が改宗したが殺されるかしたという事を聞いています。改宗はヒンドゥー教の最下位のカーストへの編入を意味します。すると仏教を保ちたかったら、亡命するしかないわけで、亡命した人も多いだろうという予想です。ただ、インドの状況をみた人達が彼らを招請したという形になっているかもしれません。
インド全域で同時に弾圧されたわけではなく、5世紀頃から徐々に北から南に、西から東に広がったそうです。ただ、インド人に聞いた話なので根拠になる文献などはありません。11世紀頃に最後の仏教寺院が焼き払われてインドから仏教が完全に消えたという話を読んでいます。また、最下位カーストに入った人達の子孫の多数は、イスラム教がやってきて支配をはじめた時点でイスラム教に改宗したそうです。
また、日本に最初に来たインド人の仏教僧は、8世紀頃に中国にいたボーディセーナ(菩提せん那)とのことで西で押し出されているのと時期的に合うなあとも思います。ボーディセーナは東大寺の大仏の開眼の導師をした方です。インドで生まれたのかどうかは確認していませんが、ヴェトナムの仏教僧二人と行動をともにしたそうなので、ヴェトナムよりも西で生まれた可能性が高いと思います。
また、インドの最下位層の人達の多くが過去に弾圧された元仏教徒の子孫だと知ってもらえたら、日本やアジアの仏教国から彼らに対するサポートがもらえないかなあというぼんやりとしたイメージが二日程前にやって来ました。実際にインド独立後に仏教に改宗した人も多く、運動もありますが「仏教コミュニティ」が経済力を持たない限り「仏教徒だ」といっても最下位カーストの扱いはかわらないそうです。
ただ、ヒンドゥー教への改宗はシュードラ(奴隷)カーストへの編入になるはずで、不可蝕民(カースト外で最下位のシュードラよりも下)の人達への疑問が残ります。これも予想なので申し訳ありませんが、「初期に改宗した人達はシュードラに編入」「最後まで改宗を拒絶した人達は、不可蝕民へ編入」ではないかなと感じていますが、明確な根拠や文献は見つけていません。もちろん祖先が元仏教徒ではない不可蝕民の方も多数おられると思います。
--Setu 05:48 2003年7月15日 (UTC)

「命をなくした」って、「誰が、何時」が抜けていますが、何の話でしょう? 釈尊のおっしゃる通り、「命を失わない人は居ないはずですが。

>「大物がインドから亡命した」というのはあくまで個人的な予想ですが
って、ウィキペディア的にアリなんですか?Adacom 06:38 2003年7月15日 (UTC)

>「大物がインドから亡命した」 は表の文面ではないようで失礼しました。でも、記事の記述として他にも「裏にそういった思い込みがあって、物語を書いてしまっている」のが多いように感じます。Adacom 06:44 2003年7月15日 (UTC)

setuさんのおっしゃることは了解しましたが、ちょっと勘ぐり過ぎじゃないですか? そこまで穿ったことが百科事典に必要だとは思わないんだが‥‥booze 07:17 2003年7月15日 (UTC)

  • 勘ぐった事に関しては表の記事には書いてないです。はっきりとしたネタを見つけるまでは書くつもりもなかったのですが、質問がありましたので、あくまでここでの会話に留めてお話しました。インドでは仏教が全く消えている感じなのでその事に興味を持って調べています。これから記事に書きますが、初期の仏教は非常に反逆的でバラモン教の伝統を批判したものだったと聞いています。その反逆性に対してバラモン教の反発が起きたという話です。また、反逆性を叩かれたことで、アジアに広がる際に反逆性を弱め、インドでは起きなかった現地宗教との妥協が起きるようになったと聞いています。--Setu 08:47 2003年7月15日 (UTC)

疲れた。setuさんの部分もできるかぎり残しました。インド社会との交渉史というまとめとしました。
基本的なインド仏教史はほぼ入っていると思います。
booze 08:20 2003年7月18日 (UTC)