ノート:どぶろく裁判

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確か、この裁判は被告が自家消費用の酒造りの権利を国に対して問題提起するために、自らが告訴されるように導いていった性格が強かったかと記憶しています。このあたりの記述が不可欠だと思いますが、詳しい情報をお持ちの方、いかがでしょうか。--ウミユスリカ 2006年3月5日 (日) 09:58 (UTC)[返信]

参考文献にも挙げた『基本的人権の事件簿』によると、1981年に国税庁長官に「利き酒の会」の招待状を「送りつけ」、このことがきっかけで告発された([1]によると、告発は1984年のことのようです)、とあります。自分から進んで被告人席に座ったのは事実のようですが、確証が掴めなかったため書けていません。裁判の意義・影響・批判などが書けていないことも含め、サブスタブとした所以です。調べられれば調べてみます。203.136.171.98 2006年3月5日 (日) 10:56 (UTC)[返信]
ありがとうございます。確か、私の記憶に間違えがなければ、この事件の被告の方は成田空港反対運動でもかなり活発な活動をされた方で、本人の一連の市民運動の中では互いにリンクしたものだったはずです。戦後市民運動の歴史の中でも、そういった根っこの部分の広がりの広さで無視できない重要な裁判ですので、意義、影響、批判を含めて充実した記事にする意味の深いものだと思います。--ウミユスリカ 2006年3月5日 (日) 11:55 (UTC)[返信]