ノート:天皇

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この記事は四度削除されています。削除に関する議論はWikipedia:削除依頼/天皇Wikipedia:削除依頼/天皇20060921Wikipedia:削除依頼/天皇 20101224Wikipedia:削除依頼/天皇20110531をご覧ください。

RZgtC5氏の書き込み[編集]

ウィキペディアに対する妨害・損害」を理由に無期限ブロックされているRZgtC5氏(User:Abtelpないし模倣)が、ブロック前に書き込んだ文章に打ち消し線を付記。「Abtelpの操り人形だと疑われるユーザー」を見るに、通算11回目のソックパペットと疑われます。--構筐会話) 2017年10月22日 (日) 08:33 (UTC)

系図[編集]

[1]--Econ2018会話) 2018年7月28日 (土) 19:05 (UTC)(リンク先URLを修正)

本文中に、上記の画像ファイルが貼られていますが、これはどのような出典を元に作成されたものなのでしょうか? 皇族だけではなく、旧皇族と思われる人名も記載されているように思われますが、出典が記載されていないので真偽不明である上に、一般人(旧皇族も現行法では皇族ではない一般人)のプライバシーに関する問題も生じるのではないかと懸念されます。 もちろん、本人が自発的に公表している情報なら問題が無いのですが、出典を示さずに作成されている系図なので、その点が不明確です。

どのように対処すべきか、皆さんのご意見をお聞かせください。--Econ2018会話) 2018年7月28日 (土) 19:02 (UTC)

たしかに何か意図を感じますね。 RSSFSO会話) 2018年8月7日 (火) 13:26 (UTC)

一般人である旧皇族について同意します。さらに言えば、「familytree形式」にある家系図も、神話の神からアマテラスを抜き出した不合理なものとなっています。(神話の神を持ち出すなら、イザナミ、イザナギが最初では?) 神武天皇を初代とした家系図とするべきです。--伏儀会話) 2018年10月9日 (火) 12:06 (UTC)

WP:Vとテンプレートについて[編集]

2018年11月11日 (日) 08:33‎ (UTC)にて、私(Nasqn)は当記事のテンプレートに、出典に基づく内容を加筆し、「出典のない記述」を除去いたしました[2]。加えた出典は、WP:RSで「もっとも信頼できる」とされている「査読された公表物」(学術論文)、および「信頼できる」とされている学術的辞典です。
すると、RSSFSOさんが除去された記述を復帰なさり、出典に基づいた記述を下部へ移動なさいました[3]

RSSFSOさんは、私が加筆した内容について”敢えて特筆する必要はなし”と仰っていますが、それにつきましてはWP:VWP:RSを参照する限り、疑問が残ります。 特にWP:V#方針で「記事には、信頼できる情報源が公表・出版している内容だけを書くべき」であり、「出典のない記述は除去されても文句は言えません」と定義されております。

もちろんRSSFSOさんの仰るように、”テンプレート上が冗長になる”ことは、できるだけ避けるべきだと思います。しかしそのことは、「信頼できる情報源」の無い情報を復帰する理由には、ならないのではないでしょうか。
また私の存じる限りでは、”冗長になる”ことを防ぐために「出典のない記述」を復帰したり、「信頼できる情報源」に基づく記述を後回しにしたりするように指示している方針・ガイドライン等は、存在しなかったと思います。

補足:出典のない記述として特に疑問が残るのは、「神武天皇即位元年1月1日(グレゴリオ暦に換算すると西暦紀元前660年2月11日)」という記述です。この記述が、「グレゴリオ暦」(the Gregorian calendar)と「西暦」(Common Era, Christian Era)をどのように扱っているのか、私には少々分かりかねます。それよりも重要なのは、「グレゴリオ暦」「西暦」「神武天皇」について「換算」を用いてこのように関連付けた「信頼できる情報源」が存在するのか、という点であろうと思います。--Nasqn会話) 2018年11月12日 (月) 08:35 (UTC)

敢えて特筆する事はなし、というのは言いすぎでした。そこは撤回しますが、Nasqnさんも大規模な除去をするのならば一度ノートページで相談をすべきだったと思います。特に、こういった皇室関連の記事は編集合戦が起こりやすく、そして起こってしまった編集合戦をNasqnさんが一方的に丸め込み、IPユーザーの編集を既成事実化したことは不適切だと思います。ここは第三者も交えて合意形成すべきだと思います。 RSSFSO会話) 2018年11月12日 (月) 09:53 (UTC)

Nasqnさんの編集・意見を支持します。Nasqnさんの編集は適切な情報源に基づいていますし、一方で元の記述に出典はないですし「出典のない記述は除去されても文句は言えません」(WP:V)。少なくとも、学術的に見て、天皇の成立が西暦紀元前660年なわけはないですし、このことを事実であるかのように書くのは非常に問題が大きいと考えます。--伊佐坂安物会話/履歴) 2018年11月13日 (火) 02:32 (UTC)
返信
RSSFSOさん、コメントありがとうございます。第三者視点が必要というのは仰る通りだと思いますし、それについてはコメント依頼を2018年11月12日 (月) 08:37 (UTC) に提出して、第三者の方のコメントをお願いしている状況です[4]
確かに編集合戦は禁止行為ですが、管理者の方は今回の件(IPユーザー112.68.197.147さんの編集)について、「編集合戦」とは特に仰っていないようです。付言すれば、WP:EWでは編集合戦の「客観的な目安としてスリー・リバート・ルール(3RR)があります」となっています。112.68.197.147さんは3RRに違反されていませんし、「当事者の対話も開始」なさっているため、今回の件を編集合戦と見なしてよいのか疑問があります。
また、「出典のない記述」が復帰されて、出典(「もっとも信頼できる」および「信頼できる」とWP:RSで定義されている情報源)のある記述が後回しにされるとは、私としては予測しておらず、自分が行う加筆・除去[5]について”相談すべき”とは考えておりませんでした。
RSSFSOさんによると、私が”大規模な除去”を行って”一方的に丸め込み”、”既成事実化したことは不適切”とのことですが、私の言行はルールに抵触しているとお考えなのでしょうか。
過去の例を挙げますと、私は"私怨"を持って活動している、”多重アカウント”である[6]、”客観的に異様なことを実行しようとしている”[7]等と評されたことがあります。それを受け、その発言は具体的にどういう意味なのか、私の言行がルールのどの箇所に抵触しているのかについて相手の方々に質問したのですが、返答は結局無く、その中のお二人は諸事情で無期限ブロックされました。
Wikipediaでは、方針は「すべての利用者が従うべき」とされ、ガイドラインは「従うことが推奨」されております。ですので、私の行動によって破られた方針・ガイドラインの箇所がもしありましたら、具体的に破られた箇所を引用なさった上でご指摘いただけたらと思います。
そもそもWikipediaでは編集合戦が禁止されてさえいますので(WP:EW)、ルールが遵守される限り、編集合戦は基本的に発生しないと考えております。天皇関連に限らず、Wikipediaに”編集合戦が起こりやす”い分野が存在するとしたら、その分野はなおさらルールに従う必要があると思います(112.68.197.147さんとMuyoさんの件でも、私はルールを引用した上でコメントしております[8])。
伊佐坂安物さん
コメントありがとうございます。賛同させていただきます。--Nasqn会話) 2018年11月13日 (火) 05:10 (UTC)

コメント WP:VはWikipediaの重要な方針の一つです、が、唯一無二の最高法規というわけでもありません。WP:Vは「内容についての三大方針」の一角、にすぎません。Wikipediaには同じように重要な「行動の方針」として様々なルールもあります。ごく常識的に考えて、日本で「天皇」の記事の目立つ部分で、その歴史や存在の根幹にかかわる部分を、特定の思想に与するような形で急に変更すれば物議を醸す、ということは容易に想像できるはずです。そこで「WP:V」を錦の御旗みたいにして掲げて押しとおるようなことをすればトラブルになる、ことぐらいは予見可能です。ふつうに考えて、事前に丁寧にノートで議論したり合意形成を諮るべきだったでしょう。(WP:EQ「それぞれ異なったものの見方や考え方を持っています。お互いに敬意を持って接すること」)

  • 「天皇」なるテーマは、単に実証的で歴史学術的な研究の対象としての存在であるだけでなく、思想とか信条、ときには信仰にも関わる存在であることは、「常識」として知っていることでしょう。そこへ「学術的にはこうだ」というだけで切り込むのは、ある意味で「中立性」を欠くともいえるでしょう。たとえばイエス・キリストの記事で、「生物科学的には明らかにこうだ」と言って「復活」に関する記述をバッサリ削ったら揉めるだろう、ということは想像できるでしょう。そこでは「科学的な見方」と「信仰にかかわる見方」をバランスよく書くことが「中立的」であるはずです。(WP:NPOV「ウィキペディアの狙いは論争を記述することであり、論争に加わることではありません。」「ある特定の観点を他方に優先して推進するものではありませんし、ある特定の観点を除外するものでもありません。」)
  • ただ、テンプレート部というのは、本文と違って端的な記述をする場所です。そこに「諸説ある」「立場や思想によって評価が大きく異なる」ような記述をするのは難しいことです。本文であれば、出典を示しながら諸説を中立的にバランスよく書けばいいことでも、テンプレートでの表記は悩ましいところはありますね。
  • そこで、トラブルを回避する方策/落としどころとしては、テンプレートのがわを変えちゃうというのはどうでしょうね。今回の例でいえば、{{Infobox Monarchy}}を使用するのをやめちゃえばいいんですよ。ふつうにwikitableをつかってもいいし、オリジナルのテンプレートを作ってもいいです。そのうえで、項目見出しを「初代」ではなく「『○○』に基づく初代=神武天皇」と「歴史学会による成立時期=6-7世紀」とを併存させてもいいし、その見出し部に「宮内省の公式ではほにゃらら、学説ではほにゃらら」みたいな注釈を仕込めばいいんです。{{Infobox Monarchy}}は項目に「王位請求者」とかもあり、要するに西洋の王を想定した汎用テンプレートに過ぎないのですから。イングランド王フランス王でも、こんなテンプレート使っていませんよね。--柒月例祭会話) 2018年11月13日 (火) 15:56 (UTC)
  • (追記)たぶん、こんな感じにすれば、多くの方がそこそこには納得なさるのでは?
成立 記紀 神武天皇を初代とする[1]
明治成立の公式見解 神武天皇の即位年を紀元前660年とする[2]
現代の歴史学の通説 7世紀に成立[3]

--柒月例祭会話) 2018年11月13日 (火) 16:29 (UTC)

コメント 上記の柒月例祭さんご提示のような形で併記するのであれば、中立的な観点からより優れたものとして賛同いたします。--伊佐坂安物会話/履歴) 2018年11月14日 (水) 00:04 (UTC)
返信 柒月例祭さん、コメントありがとうございます。 大筋の結論から申し上げますと、 柒月例祭さんが提示なさった表のような記述形式のほうが、{{Infobox Monarchy}}を使用するより適切であろうと思います。 ただ、その表において公的見解と学術的見解のどちらを先に掲載すべきかについては、検討が必要ではないかと考えております。
私が言葉足らずだったかもしれませんが、WP:Vを”唯一無二の最高法規”のように押し通そうとする意図はございません。と申しますのは、WP:Vは「三大方針の一つ」とされており、 「これら三つの方針は相互に補完しあう」と定義されているためです。その意味で、「(もっとも)信頼できる」と定義されている情報源を――端的には学術研究資料を――出典として使用することが、中立的であり独自研究を除外してもいる、と考えております。
このため、 柒月例祭さんの仰った”「科学的な見方」と「信仰にかかわる見方」をバランスよく書くことが「中立的」であるはず”という点には、疑問が残ります(いずれの見方も「(もっとも)信頼できる」情報源に基づいて掲載されたのであれば、確かに中立的かと思いますが・・・)。
例えば、WP:ORでは「第三者により行われた検証可能な調査・研究を掲載することの重要性を強調することで、(中略)この方針は中立的な観点の方針を補強する」とされています。
WP:NPOVでは「たいていの場合、信頼できる他の情報源」を加えれば、「より中立的な観点に修正することができます」とあります。同時に、「良質で偏りのない研究に基づく、信用され権威のある情報源が存在するのであれば、それは中立的な観点についての論争解決の助けとな」るのであり、「評判の良い書籍・論文」や「最も信用されている情報源」を探すようにと指示されています。
また、これは”信仰にかかわる見方”にも通じるかと思われますが、WP:RSに「政党や宗教団体のウェブサイトや出版物は、政治的主張や宗教的信条が含まれていなくても注意して扱うべきであり、情報源として使わない理由になります」とあります。その他、「Wikipedia:井戸端/subj/なぜ学術的資料の信頼性は高いことにされているのか?」において、EULEさんが
”まさに「政治的記事や宗教的記事であっても学術資料で記事を作ることを推奨」しているんです。むしろ、政治的記事で官公庁の資料や、宗教的記事で宗教的資料は、一次資料(当事者)になるのだから、避ける理由が増えると思います”とコメントなさっています。
上述の理由によりWikipediaの記事では、どんな”見方”を掲載する場合であっても「もっとも信頼できる」情報源に基づくことが、方針に着実に従っている記事ではないか――例えばWP:NPOVで言う、「より中立的」で、「記事中の全ての観点について偏見なく正確でバランスが取れており、かつ不偏的な言い回しで書かれた」記事に近いのではないか――という疑問があります。
なお、私が事前に議論提起しなかったことは、改善点と考えております。方針が相互補完関係にあることや、上記の井戸端が既に存在していること等を踏まえて、事前に(方針や議論を引用して学術的資料への評価を提示しながら)議論する必要性は低いと思っておりました。
しかし今見直すと、学術的資料への疑問や不信感は、むしろ井戸端にも投稿されるくらいに広く大きく存在しているのだろうと思われました。当記事を編集する前に、ノートにて方針・ガイドライン・井戸端を引用しつつコメントをお願いするべきだったかと反省しております。申し訳ございませんでした。--Nasqn会話) 2018年11月14日 (水) 09:59 (UTC)
返信 Nasqnさんの意図については承知いたしました。
  • 「順番」について。「公的見解と学術的見解のどちらを先に掲載すべきか」とのことですが、正直私は「どっちでもいい」と考えています。この程度の小さな表で、上にあるから優先度が高いとか重要だとかいうものでもないですし、見出し部で「これは日本書紀や古事記の記述だよ」「これは学術界の見解だよ」と示しているわけですから、百科事典を使う程度の知能の持ち主であれば、その意図するところは汲めるはず(上の方ほど多数意見なんだ!とは読まない)と期待するからです。私の示した並び順は、いってみれば「説の成立年代順」ってところですが、順番を逆にしても別に構わないと思います。
  • 中立性や情報源云々について。まず前提として、「客観的事実として、(1)<初代天皇は神武天皇である>という言説が実在すること、(2)<神武天皇の即位年は紀元前660年である>(神武天皇即位紀元)が70年あまり定説として採用されていたという事実があること」はお認めになりますよね?いまでも、あちこちの観光地や神社に行けばそれらの名残が残されています。
  • Wikipediaが読者に対して提供すべきなのは、「これが真実である」という啓蒙ではありません。「世の中にはこういう事実がある」と紹介すべきでして、「現代の歴史研究の文脈では7世紀の成立とされている」ことと、「文化的・社会的・伝統的には神武天皇に遡るとする言説がある」ことの両方を紹介すべきなのです。それが「中立的」であることになります。
  • 「信頼できる情報源」文書のなかの「学術論文」という部分だけに着目し、学術論文がないからと言って世の中の広知の事実を伝えないというのは、Wikipediaの全体の方向性にあわないのです。学術論文が期待できる文脈なのであればそれを重視するのはわるくないのですが、それをどこにでも適用しようとすると無理があります。(世の中の森羅万象の大多数、日本語版ウィキペディアでいえばポップカルチャーやサブカルチャーとか、は、学術論文には採り上げられないかもしれませんが、百科事典に採録し解説すべき特筆性をもっているのです。)
  • 別の見方をすると、学術論文といってもいろいろあるわけで、「かつては天皇の起源は紀元前660年に始まるとされていた」と書かれた論文ならばたくさんみつかるのでは?たぶん、社会制度とか法制度とか戦前のことを書いた論文とか。あるいは神道系の大学の論文だとか。おなじように、国文学の論文からは「日本書紀や古事記には神武天皇が初代だと書かれている」と書いたものもきっとあるでしょう。これらもまた「学術論文」なのですから、「信頼できる情報源」の観点からは問題ないはずです。
  • 要は、「天皇の起源は紀元前660年だというのが歴史的真実だ」と読者に説けという話なのではなく、「天皇の起源についての世間の主な言説にはこういうものがありますよ」と紹介するのですから、「こういう説がある」という事実を確認できるかどうかが「信頼できる」について問われるわけです。仮に「天皇の起源は中生代にUFOでやってきたという説がある」と書こうとしたら、「本当にそんな説があって、紹介するに値するほどの特筆性があるのか」を「信頼できる情報源」で確認する、ということになります。--柒月例祭会話) 2018年11月15日 (木) 09:24 (UTC)
返信 柒月例祭さんへNasqnからお返事させていただきます。
1. 順番につきまして。承知いたしました、順番はどのようでも異存ございません。
2. ”客観的事実”等につきまして。どういった基準における”客観的事実”を仰っているのか迷いましたが、一応申し上げますと、そうした”客観的事実”を個人的には”認め”ております(統計調査の数値等を見ない限りは、”認め”るというより推測するに近いですが)。ですが記事編集の方針によって、「掲載すべきは専門家たちの共通見解です」とされており、「あなた自身の考えや分析を発表したり」してはならないとされていること(WP:FORUM)、「閲覧者があなたを信じる理由がどこにあるでしょう」とされていること(WP:V)等を踏まえますと、利用者の精神や意識が何を”認め”ているかが、記事編集に直接関係があるのか、少々疑問です。利用者の精神が何を”認め”ているか否か、というより、利用者の投稿記録が方針・ガイドライン等に従っているか否かが、Wikipediaの基準ではないかと思われます。
また、”客観的事実”や観光地等の”名残”といったものが、「信頼できる情報源」であるなら、そうした”事実”や”名残”は出典として使われて適切であると思います。そのような情報源でないならそうした”事実”や”名残”は、出典にすべきではない――「記述された企業・団体とは関係を持たない、中立的な第三者が公表した記事や書籍など」ではない――と思われます。いずれにせよ、記事に「専門家たちの共通見解」(WP:FORUM)が掲載される結果になれば適切であろうと考えております(なお「専門家」の語義は、「ある特定の学問・事柄を専門に研究・担当」している人物、特定の「技芸や学問など」において「高度の知識」や「すぐれた技能」を持つ人物、と定義されています[9])。
3. 仰る通り、Wikipediaは「真実」を提供する場ではないと思います。WP:Vで「ウィキペディアに執筆してよいかどうかの基準は『真実であるかどうか』ではなく『検証可能かどうか』です」とされているからです。
ただ、以下の点は少々疑問です。”「現代の歴史研究の文脈では7世紀の成立とされている」ことと、「文化的・社会的・伝統的には神武天皇に遡るとする言説がある」ことの両方を紹介すべき”と仰っている箇所は、「評判の良い書籍・論文」や「最も信用されている情報源」を記事に加えることでWP:NPOVに従うべき、という意味でよろしいでしょうか。言い換えますと、「掲載すべきは専門家たちの共通見解です」(WP:FORUM)、という意味でしょうか。
4. 「(もっとも)信頼できる情報源」につきまして。今回私が学術論文を中心に申し上げてきた理由は、学術論文に基づいた記述(”皇国史観では第125代天皇”[10])に関して申し上げてきたためでした。学術論文でなければ、「その分野の書き下ろし教科書」や「大学で使われる教科書」等も「もっとも信頼できる」情報源と定義されておりますので(WP:RS)、そのような教科書も適切だと思います。
なお、柒月例祭さんが例示なさったポップカルチャーのように、専門家(特定の「学問・事柄」を研究・担当する人物)の著作(論文や大学教科書等)が一切存在しない記事の場合は、「専門家たちの共通見解」を掲載することが難しい場合である、と思われます。
5. 学術論文は多様に存在するという点は、仰る通りだと思います。ただ私が調べた限りでは、紀元前660年や記紀の初代天皇に言及した論文は意外と少なく、あっても言及の量は僅かのようでした(学術論文が「新しい研究成果を内容とし」ている[11]ことが理由かもしれません)。むしろ『国史大辞典』または『岩波 日本史辞典』等の方が、紀元前660年等へ一定量の文章で言及している情報源であるように見えます。
6. ”歴史的真実”につきまして。これは上述のように、掲載すべきではない――厳密に言えば、「信頼できる情報源が公表・出版している内容だけを書くべき」である――と思いますので、基本的に異存ございません。やや疑問が残る点を申し上げますと、紹介するべきは”世間の主な言説”というより、「専門家たちの共通見解」(WP:FORUM)ではないかと思われます。--Nasqn会話) 2018年11月18日 (日) 13:27 (UTC)
コメントまずNasqn氏が過去に編集なさったような、
『「実在に強い疑いのある人名が多い」等の問題があり、確定不能。「学問とは無関係の公的決定」では、神武天皇とされる』
『学界では諸説ある中で、「七世紀末から八世紀初頭」と推認されている。公的決定では、神武天皇の即位年(紀元前660年)とされる』
のようにテンプレートの中に直接公式の見解、公的見解を強く否定する特定の説を文章として差し込むことには明確に反対します。可読性の問題が生じますし、それならば肯定する説、そもそも原典である日本書紀、古事記、1300年間それを前提として書かれてきた文献はどうするのかという話になり、テンプレートの中で際限が無くなります。
また、柒月例祭氏の提案についてですが、
成立 記紀 神武天皇を初代とする[1]
明治成立の公式見解 神武天皇の即位年を紀元前660年とする[2]
現代の歴史学の通説 7世紀に成立[3]
テンプレートの書き方として、可読性の観点からも上記の柒月例祭氏の提案の形式が妥当であると考えます。一方で、天皇という呼称以前は大王という名で呼ばれており、学説上4世紀、5世紀に存在が確実視される天皇も存在するわけです。やはりこれも、その中で現代の歴史学の通説として「7世紀に成立」としてしまう点には疑問を感じます。結局通説とは何なのか、どの学説を採用するかをテンプレートの中で編集者が主観で決めているのかという話になります。明治と言わず、現在も建国記念日は神武天皇即位の2月11日ですし、宮内庁は言わずもがなです。
また、Nasqn氏はノート:立憲君主制のページにおいては、現日本国憲法における天皇の項目の草案に携わったリチャード・A・プール氏が過去に国会において『我々が目指したのは立憲君主制で、そこでは天皇は統治権を持たず、国家及び主権者である国民統合の象徴としての役割を果たすものでした。』と述べていること、内閣法制局という日本政府自身の見解としても立憲君主制に関する公式見解が出ている中で、「公式見解は出典にならない。日本が立憲君主制かどうかは賛成論、反対論があるので、公式見解は出典に使えないので日本自体を立憲君主制の枠組みから外せ」と述べておられますね。
Nasqn氏は場所によって発言の根幹を変えるのでしょうか?フェアな主張をしているとは認めがたいものがありますね。
いずれにしろ、テンプレートの中にまで説を差し込み始めると両論併記で際限が無くなります。『神武天皇即位元年1月1日(グレゴリオ暦に換算すると西暦紀元前660年2月11日)[注釈]』として公式見解としてのこれまでの内容の後に注釈を入れ議論を行っているページに飛べるようにすれば十分で、編集者が通説を決める必要もありませんし、特定の説によることもありません。
Nasqn氏の編集には明確に反対致します。--Xyy会話) 2018年11月21日 (水) 21:52 (UTC)
コメントNasqn氏の編集に賛成します。信頼できる資料として学術資料などを情報源とすべきであり、一次資料である神道関係者や神社が吹聴している(信仰が前提とされる)神話の記載事実を記載する必要はないと考えます。Xyy氏の言う「『神武天皇即位元年1月1日(グレゴリオ暦に換算すると西暦紀元前660年2月11日)[注釈]』として公式見解としてのこれまでの内容の後に注釈を入れ議論を行っているページに飛べるようにすれば十分」というのは、神武天皇が紀元前660年に即位したという神話の話は無条件で信頼し。それ以外の(科学的に信頼される)通説や学説を排除し、信仰に基づく価値観の押し付けであると感じます。--アナキズム研究会会話) 2019年1月24日 (木) 05:31 (UTC)

終了1週間意見を求めましたが異論がありませんでしたので、『神武天皇即位元年1月1日(グレゴリオ暦に換算すると西暦紀元前660年2月11日)[注釈]』という記述を削除することに合意が得られたと判断し、編集を行いました(差分)--アナキズム研究会会話) 2019年1月31日 (木) 08:27 (UTC)

最後に反対を表明して一週間返答がなかったことをもって合意形成とはなりません。強引な編集はおやめください。--Xyy会話) 2019年1月31日 (木) 09:29 (UTC)
返信  Wikipedia:合意形成では、「合理的な期間〔通常は168時間程度(約7日間=約1週間)が妥当でしょう〕内に異論がなければ、提案がそのまま決定事項となります。」、「コミュニティに対して十分な告知が行われる場合のみ、沈黙を同意とみなすことができます。」とあります。私は「公式決定を無条件に信頼し、それを正しいとするのはおかしい、除去すべき」と提起し、それに対して合理的な期間内に反論がなく、提起がそのまま決定事項となりました。もちろん、異論があるのであれば再度議論を開始することは妨げられませんが、一度合意に達した結論をあなたの一存によって除去することは許されません。--アナキズム研究会会話) 2019年1月31日 (木) 10:38 (UTC)
色々な問題点がありますが、とりあえず「コミュニティに対して十分な告知が行われる場合のみ」と書いてあることが分からないでしょうか。あなたは天皇のページのトップで議論が行われていることを示す告知すら行っていません。これは下部の系図にも同様に当てはまります。ルールの曲解や、個人攻撃、強引な編集はブロックにつながっていきかねない行為ですのでご注意ください。--Xyy会話) 2019年1月31日 (木) 10:43 (UTC)
天皇の記事の改定内容を議論する場所はノート:天皇であり、それ以外に適切な場所はありません。ノート:天皇で議論を告知すれば、コミュニティへの告知としては十分ではないのでしょうか。そもそも、私の異論に対して1週間も沈黙し、対話を行わなかったのはあなたではないですか。それをいざ記事を編集する段階になって突如として現れ「議論は成立していない」と身勝手な主張を行い、挙句の果てには記事を差し戻す。あなたの方こそ迷惑な行為です。慎んでください。--アナキズム研究会会話) 2019年1月31日 (木) 13:25 (UTC)
「十分ではないのでしょうか」ではありません。「コミュニティに対して十分な告知が行われる場合のみ」と記述されている点をよく読んでください。この項目はかつて天皇のトップページに議論が行われている旨のテンプレートが張られ議論が行われ、そして議論が停止したためにテンプレートが外された項目です。再度議論を行う場合は改めてトップページにテンプレートを貼り告知を行う手順を踏んでください。身勝手な行動をとり続けているのはあなたです。--Xyy会話) 2019年1月31日 (木) 13:41 (UTC)
返信 では、あなたが行っている編集はコミュニティの合意を得たのですか。また、ノートページにおいて議論を行っている旨のテンプレートを貼ることは義務なのですか。テンプレートが貼り付けられていないことが、議論の結果生じた結論を無効とするほどのものなのですか。あなたの言っていることは、テンプレートの不存在を盾に取った言いがかりです。--アナキズム研究会会話) 2019年1月31日 (木) 13:50 (UTC)
これ以上同じ行動を繰り返される場合、最近のあなたの問題行動と合わせてブロック依頼を提出する旨をお伝えいたします。--Xyy会話) 2019年1月31日 (木) 13:52 (UTC)
返信 Template:告知の説明文をよくお読みください。当該テンプレートは以下の場合に使用すべきとなっています。
  • ノートや別ページに質問などを投稿したがしばらくしても反応がないとき
  • ノートや別ページに投稿した質問などに対して進展を促したいとき
  • ノートや別ページでの議論が停滞しているとき
ノートで議論を行っているときに、必ずこのテンプレートを貼付しなければならないという貴殿のご指摘は失当であります。このテンプレートの使用は任意であり、テンプレートの貼付がなかったことをもって、議論の結果が無効となる性質のものではありません。
なお、問題行動と言われても、具体的なご指摘がなければ、意味不明であります。また、投稿ブロック依頼を提出するのは全く貴殿のご自由でありますが、投稿ブロックは制裁や脅迫の手段ではなく、あなたのように「投稿ブロック依頼提出する」という脅し文句は、其れこそ貴殿の問題行動ではないのですか。--アナキズム研究会会話) 2019年1月31日 (木) 13:58 (UTC)
返信  Xyyさんにお尋ねします。貴殿は何回も私の編集を差し戻していますが、具体的にどの点について不満、あるいは合意できないとお考えなのでしょうか。私も合意形成をするために議論をすることはやぶさかではありませんので、具体的なご指摘をお願いします。--アナキズム研究会会話) 2019年1月31日 (木) 14:04 (UTC)
最後にもう一度だけ言います。過去にテンプレートが貼られ議論が行われ、議論が停止したためテンプレートが外れている項目で、トップページで告知もなくノートの最後に数行の反対意見を述べ1週間待ったが反応がなかったため合意形成を得られたということにして好きにしていいでは過去の合意も何もないではありませんか。「コミュニティに対して十分な告知が行われる場合のみ」「沈黙を同意とみなす」の意味を理解してください。あなたがやりたい放題をするための道具ではありません。--Xyy会話) 2019年1月31日 (木) 14:05 (UTC)
繰り返し申し上げます。私はあなたが「合意形成が不十分だ」というのであれば、再度合意形成に向けて議論するのもやぶさかではない、と言っています。そのため、あなたが一体何を不満、あるいは合意できないと考えているのか、記事の内容について、具体的な指摘をお願いします。--アナキズム研究会会話) 2019年1月31日 (木) 14:35 (UTC)
私の意見はすでに2か月前に述べています。私が言っているのは過去に議論が行われそれが停止しテンプレートも外れている中で、数か月後にトップページで議論をする旨のテンプレートも貼らず、ノートの項目の最後の数行で反対意見を述べ、それに対し1週間コメントがつかなかったら自分の発言が合意形成が得られたことにし、好き勝手編集するという身勝手な行動をやめなさいと言っているんです。こうしたいということがあるのなら、テンプレートは先ほど貼られたようですから、あなたがノートにおいてこうしたいと改めて提起してください。話はそれからでしょう。それに対し、それが私かもしれないし、他の誰かもしれないがコメントがつくことはありうるでしょう。--Xyy会話) 2019年1月31日 (木) 15:03 (UTC)
コメント アナキズム研究会さんは1週間意見を求めたという見解のようですが、そもそもこの節の議論についてはXyyさんが2018年11月21日に反対意見を述べてから1週間以上経過しており、さらに1か月後の2018年12月21日には告知テンプレートが外されているのですから、その時点で実質的には変更しないことで合意が取れ終了しています。アナキズム研究会さんは2019年1月24日になってTemplate:コメントを使い意見を述べていますが、すでに終了した議論に意見を追加したところで、誰も議論が再開したとは思いません。すなわち、議論はそもそも行われておらず、アナキズム研究会さんは他者に1週間意見を求めてなどおりませんので、当然合意も取れておりません。
アナキズム研究会さんの行動は過去に合意が取れた議論の蒸し返しなのですから、どうしても議論をしたいなら、節を分けて再度意見を提起する、告知テンプレートを貼る、Wikipedia:コメント依頼Wikipedia:お知らせなどで意見を求めるなど誠実な対応が必要でしょう。--shikai shaw会話) 2019年2月1日 (金) 02:26 (UTC)
コメント 十分な時間が経ちましたので再度テンプレートを外します。ありがとうございました。--Xyy会話) 2019年2月8日 (金) 06:20 (UTC)

系図について[編集]

天皇#日本皇室系図#familytree形式の記事において以下の記述を削除しました。
引用ここから----------------------------------------------------------------------------------


天照大御神
 
 
 

天忍穂耳尊
 
 
 

瓊瓊杵尊
 
 
 

彦火火出見尊
 
 
 

彦波瀲武盧茲草葺不合尊
 
 
 

引用ここまで----------------------------------------------------------------------------------

削除の理由は

です。

しかるに、Shikai shaw氏から「そういう伝承であるから記載するだけのことです。」との理由で、フジ氏からは「科学的に証明しなければ書けないならキリストや古代ローマといった多くの文献上の伝承は書けなくなります。ルールの誤用ですが、いずれにしろ従来の記述の削除を維持するために議論を呼びかけるのではなくて、削除するための合意の形成をまずノートで取ってください。」との指摘があり、記述の復帰が行われました。

しかし、「出典なき記述は削除されても文句は言えない」というのがウィキペディアの大原則であり、その「文句」には当然「出典なき記述を消すのに合意を取るように要求する」のも含まれますし、ましてや「コミュニティの合意があれば出典なき記述を残置してもよい」ということでもありません。Wikipedia:検証可能性には「この三方針は議論の余地がないものであり、他のガイドラインや利用者同士での合意によって覆されるものではありません。」とあることから、コミュニティの合意(ノートページの合意)よりWikipedia:検証可能性の記載が優越すると考えられます。そのWikipedia:検証可能性に「出典のない記述は除去されても文句は言えません」とあることから、「出典のない記述は除去されても文句は言えません」という規範は、このページにおける議論に優越します。従い「出典のない記述は除去されても文句は言えません」というWikipedia:検証可能性のきまりを実施するにあたり、それより劣後する関係に立つ「コミュニティの合意」を得るよう要求するのは、「文句」以外の何物でもありません。議論をし、出典を追記する責任があるのは掲載を希望する側なのです。

ウィキペディアにおいては「伝承」をもとに記事を書くことを認めていません。したがってShikai shaw氏の指摘は考慮するに値しないと考えます。また、「科学的に証明しなければ書けないならキリストや古代ローマといった多くの文献上の伝承は書けなくなります。」との指摘については、これも的外れです。なにも私は「科学的な証明を持ってこい」などとは言っていないのです(畝傍山東北陵を発掘して、明仁の血液とともにDNA鑑定を行え、親子関係を証明しろなどとはいっていない)。私が求めているのは

という内容が学術的な研究結果として記された出典を提示しろ、と言っているにすぎません。

もし、日本にある「神道の価値観」、「天皇が神の子孫であるという伝承がある」というのであれば、神話の話であると明記したうえで、学術的な事実とは明確に分けて記載するべきです。 それをせずに、天照大御神が、実在する明仁の先祖であるかのように記述するのは、単なる神道の教義を記載したにすぎず、信仰心の押し付け以外の何物でもありません。 なお、議論を経ても適切な出典が示されない場合は、削除致します。--アナキズム研究会会話) 2019年1月24日 (木) 07:18 (UTC)

返信 正直おっしゃってることが理解できません。日本の場合、家系図が確実であるといえるのは明治以降で、それ以前のものはどんなに信頼がおける文献でも伝承に過ぎないでしょう。そんなことを言い出したら家系図なんてものは書けなくなってしまいます。王家の祖先が神であることなど日本神話に限らずギリシア神話など各地で散見されますし、それを本当に祖先であるかどうかを学術的に証明する必要などありません。学術的にはそういう神話伝承であるというだけなのですから。信用するかどうかなんてことは閲覧者次第ですし、人の祖先が神であるという伝承を書くことに何の問題があるのかわかりません。
この記事は天皇の記事なのだから、初代である神武天皇より前の神々の記載はするべきではないというのなら賛成できますが、天照大御神からウガヤフキアエズまでは神であり学術的に実在する人間であると証明できないから記載するべきではないというのなら賛成できません。--shikai shaw会話) 2019年1月24日 (木) 09:06 (UTC)
返信 本当に理解していないのか、あるいは理解していないふりをしているだけなのか。。。「AはBである」ということと「AはBであると伝承されている」ということは全く違うことだと理解してください。「天皇は神の子孫であると言い伝えられている」と書くならまだしも「天皇は神の子孫である」と書くことは事実に反します。Wikipedia:信頼できる情報源にもあるように「学者や専門家の共通認識によって同意された記述」がウィキペディアにおける事実です。明仁が神の子孫であるというのが学者や専門家の共通認識によって同意されているのでしょうか?違いますよね?それならば文句は言えないのです。
Wikipedia:信頼できる情報源には「事実や、意見についての事実は主張してください。しかし、意見そのものを主張しないでください。」とあります。あなたがやっているのは「意見そのものの主張」です。にもかかわらず自分の意見を記事に反映させようとし、それに対する反対意見を「学術的に証明する必要などありません」と開き直るのはやめてください。Wikipedia:信頼できる情報源をよくお読みください。--アナキズム研究会会話) 2019年1月24日 (木) 09:23 (UTC)
返信 そもそも前提としてその記述の出典として1300年前の記述である日本書紀、古事記にこう書かれているというのがあるわけで、それ自体が出典なんですよ。さらにそれは時代ごとにこうであると伝承、浮世絵、娯楽、様々な形で1000年以上継続的に伝わってきたものです。
また、この系図は日本書紀、古事記のような一次資料上、初代天皇までどのように連なってきたかも図としてわかりやすいものですし、削除する必要があるとは思えません。そもそも個々のページに飛べばこれらが神話上の人物であると記述されており、誤解を招くようなものでもありません。単なる削除を目的にした言いがかりのようにしか見えませんね。
また、特定の文献の中に存在するが、実在を証明できないから削除しろというのであれば、文献の中にこうかかれているとしか言えない人物などどれだけいると思っているんですか。ほとんど全てですよそれ。歴史のほとんどすべては文献の中にしか書かれていない伝承なんです。全く無茶としか言いようのないことを述べており、賛同はできません。--フジ会話) 2019年1月24日 (木) 10:07 (UTC)
返信 日本書紀、古事記は一次資料であり、信頼できる情報源とはなりえません。伝承、浮世絵、娯楽、様々で伝承されてきたのであればまずは其れを出典で示すべきです。それでも「神話が伝承されている」ということの出典にしかなりませんが。「AはBである」ということと「AはBであると伝承されている」ということは全く違います。それらの伝承の存在が客観的な信頼できる資料によって検証されたとしても、「天皇家の祖先は神であると伝承されている」ということは記載していいとしても「天皇は神の子孫である」などという与太話を書いていい理由にはなりません。たしかに歴史のほとんどすべては文献の中にしか書かれていない伝承ですが、それを調査し、分析し査読等を経て信頼できる学術資料として公開されたものを情報源として使うということはできるはずです。それをせずに「伝承として1000年以上伝えられている、1300前の神話を書いた古文書にそう書いてある、それが出典だ」なんて言うようなことを言われてしまったら百科事典としての質が保てないじゃないですか。Wikipedia:信頼できる情報源をよくお読みください。--アナキズム研究会会話) 2019年1月24日 (木) 10:26 (UTC)

なお、私はこの議論でShikai shawさん、フジさんは賛同できない旨述べてらっしゃいますが、この場の議論は「賛同を得ること」が目的ではなく、「出典を求めること」です。先に述べたように、出典のない記述を除去するのにコミュニティの合意を得る必要はありません。議論をし、出典を追記する責任があるのは掲載を希望する側です。この場での議論において有意な出典が示されなければ、削除すべきでないとの意見が多数であったとしても削除するのが道理であろうと思います。--アナキズム研究会会話) 2019年1月24日 (木) 10:26 (UTC)

コメント どちらに賛成するものでもないですが、アナキズム研究会さんご発言の「天皇(明仁を含めた「実在の人間」)」について、初代天皇以後を実在の人間とする出典は示されるべきかと。--Saigen Jiro会話) 2019年1月24日 (木) 11:32 (UTC)
返信 一次資料の使い方から誤っているように思います。「ウィキペディアの記事で一次資料を使ってよいのは、信頼できる出版元から公刊されている場合だけです。」と書いてあるのが読めませんか。出所不明、謎の一次資料なるものが出典として使われるならともかく、日本書紀や古事記は公に歴史的文献として広く出版され入手可能なものでしょう。仮に一次資料であるから信頼できないとするのであれば、歴史的文献を引用した多くの記述が信用できないものとして削除されなければならなくなるでしょう。そんなことは求められていません。さらにそれを「この文献にはこう書かれている」と使用することは何ら問題ありません。大体一次資料ならダメだが二次資料なら良いとするのなら、日本書紀や古事記を引用して系図はこうなっていると図にしている出版物が世にないと思いますか。これは二次資料になりますが。アナキズム研究会氏の行いはWP:悪用にある「法律家ごっこ」であり、さらに「法律家ごっこ」の割にはノートの合意形成を蔑ろにする不誠実な態度のように見え、とても残念に思います。いずれにしろ、私は賛同しかねます。--フジ会話) 2019年1月24日 (木) 11:56 (UTC)
返信 間違っているのは貴殿です。「ウィキペディアの記事は一次資料に基づくべきではなく、むしろ一次資料となる題材を注意深く扱った、信頼できる二次資料に頼るべきです。...特に歴史についての主題を扱う場合がそうです。」と書いてあるのがご理解いただけないのでしょうか?例えば日本書紀には後世におけるねつ造であろう記述も発見されており、とてもではないですが「信頼できる出版元から公刊」には該当しません。また、もちろん「この文献にはこう書かれている」とすることを否定はしていません、その書かれていることを事実として認定し、そのまま事実として記事に追加することが問題だと言っているのです。先ほども述べたように歴史書・古文書には後世によるねつ造や時の権力者を権威づけるための神話などが記載されているものです。この記載の内容を専門家が研究・議論し、正当な記述とそうでないものを判断したものが研究者による二次資料なのです。あなたの言説なら日本書紀古事記の記事に参考文献はいらないことになりますね。「日本書紀や古事記を引用して系図はこうなっていると図にしている出版物が世にないと思いますか。」というならば、まずその「皇室の先祖が神であり、明仁は神の子である」と言うことを記載している二次資料を示してください。ウィキペディアの方針であるWikipedia:検証可能性がコミュニティの合意に優越するのはすでに述べたとおりであり、それは議論軽視でもなんでもありません。「明仁が神の子孫」などと書くことに違和感を感じないのは、あなたが無意識に神道と日本の天皇制を信仰しているからではないですか?信仰心のないものにとって、神話をもとに記事を書くなんて噴飯ものです。自分がWikipedia:信頼できる情報源に該当する資料を提示できないからと言って、相手をWP:悪用にある「法律家ごっこ」とは何事ですか。撤回を求めます。--アナキズム研究会会話) 2019年1月24日 (木) 12:20 (UTC)
返信 一体誰が『「皇室の先祖が神であり、明仁は神の子である」と言うことを記載している二次資料を示してください』こんな話をしましたか?また、『「明仁が神の子孫」などと書くことに違和感を感じないのは、あなたが無意識に神道と日本の天皇制を信仰しているからではないですか?信仰心のないものにとって、神話をもとに記事を書くなんて噴飯ものです。』これも、そのようなことを言っているわけではない通り越して個人攻撃ではないですか?いずれにしろ、あなたの発言は客観的にみられていることでしょう。--フジ会話) 2019年1月24日 (木) 12:47 (UTC)
返信 あなたのしようとしていることは、天照大神ほか特定の宗教で信仰されている神を、現実の人間の先祖であると、百科事典に記載しようとしているわけですが、そのことを端的に「皇室の先祖が神であり、明仁は神の子である」と示したまでです。神の存在を当然の自明のものとしてとらえる=なんらかの信仰心があると考えるのが自然です。記述の残置を望むなら、出展を提示願います。--アナキズム研究会会話) 2019年1月24日 (木) 12:58 (UTC)
コメント 「神の存在を当然の自明のものとしてとらえ」ていません。あくまで、「そのように書かれた文献がある」ことを記しているだけです。混同しないでください。--Susuka会話) 2019年1月24日 (木) 13:01 (UTC)
返信  天皇の記事においては、家系図という形をとり、天照大神(ほか神話上の神々)が現在に続く人間としての天皇の先祖であると記載されています。どこにも神話上の架空の記述であるとかは書かれていません。これは「神話の話を事実であるかのように書いている」ことになるのではと私は考えます。「神の存在を当然の自明のものとしてとらえ」ているのでは?というのは、神話上の出来事を社会における事実のように書くことを是としていることを指しています。
例えば、大川隆法は、自身の著作の中で「自分自身は仏陀の生まれ変わりであり、エル・カンターレである」と述べています。例えば、大川氏の著作を参考文献として「大川 隆法(おおかわ りゅうほう)は、仏陀の生まれ変わり、エル・カンターレである。」と記事に書いたらどうなるでしょうか。いくら文献に書かれているからと言って、その内容が客観的な事実として書いてよいわけではなく、書くのであれば客観的な二次資料の登場を待たねばなりません。
同じく、天皇についても、信頼性に乏しい一次資料である古事記日本書紀において天皇家が神の子孫であると書かれているからと言って、その内容をそのまま記事にしてよいということにはなりません。だからこそ「皇室の先祖が神であり、明仁は神の子である」という2次文献を示せと言っています。
もちろん、完全に虚構、フィクション、嘘の話として注釈をつけたうえで、天照大御神,天忍穂耳尊,瓊瓊杵尊,彦火火出見尊および彦波瀲武盧茲草葺不合尊が天皇家の先祖であると書くのであればまだ議論の余地はあるかもしれませんが、現状のように嘘なのか虚構なのかわからない形で記述されているのであれば、単なる神道という一宗教の虚構の話に基づく与太話であり、削除しかないと思います。--アナキズム研究会会話) 2019年1月24日 (木) 13:29 (UTC)

shikai shaw氏に賛成します。 まず皇統譜に記載がないと言っておられますが、それを言ったら皇統譜は信頼できるのですか。 wikipediaでは政府・行政機関の資料は信頼性が高くないとされており、厳密に適用すれば天皇明仁の記事は存在しなくなるでしょう。なぜなら125代天皇と言う表現やその他の表現は宮内庁資料や官報から引用されている事が多いからです。 ダブルスタンダードなんですよ。厳密な運用をするなら、その他にももっと優先的に除去されるべき記述はありますし、神武天皇の記述さえ存在できません。 あと、「アナキズム研究会」(アナキズム: 無政府主義)というような偏ったユーザー名のユーザーがよく公平性など語れますね。私共も主義主張の押し付けをしている事がありますが、あなたは比にならないほど偏った編集をしていることをお忘れなく。 RSSFSO会話) 2019年1月24日 (木) 14:00 (UTC)

返信  天皇については2次資料がなくても良いということでしょうか。私は出典を求めているだけなのですが。「出典がない記述は削除される」というのはすべての記事に共通するルールです。偏って天皇(皇室)関係記事のみ特別扱いしているのは皆さんの方じゃないでしょうか。
「厳密に適用すれば天皇明仁の記事は存在しなくなるでしょう。」とありますが、皇室関連記事に資料不足、信仰に基づく記述が多いということを認めるのですね。「厳密な運用をするなら、その他にももっと優先的に除去されるべき記述はありますし」と言いますが「ほかにもひどい記事があるからこれくらいいいじゃないか」ということでしょうか?みなさんどうして天皇が絡むと、皇室を持ち上げ、皇室の威信を拡大する方向で編集をしようとするのですか?ましてやルールを厳密に適用せず、出典を示さず、そこまでして、なぜ皇室ばかり優遇するのですか?
ユーザー名は、議論と関係ないことです。私がアナキストであることを否定はしませんが、だからこそ皆さんのように皇室への信仰心に惑わされたりせず、中立的な記事を書けますよ。
皇統譜もかなり怪しいですが、少なくとも日本書紀や古事記を参考文献にするより遥かにマシです。日本書紀や古事記は1000年前の古文書、それに対して皇統譜は現在も国の手で管理されている現行の公文書なのですから。
そもそも、この記事は、天皇や皇室について扱う記事なのですから、天皇でも皇室でもない天照大御神,天忍穂耳尊,瓊瓊杵尊,彦火火出見尊および彦波瀲武盧茲草葺不合尊などは、本来言及する必要すらないのです。にもかかわらず、神話の登場人物まで持ち出して...そこまでして天皇を神格化し、現人神へと持ち上げたいのでしょうか。--アナキズム研究会会話) 2019年1月24日 (木) 14:20 (UTC)

賛成 コメント 削除理由に全面的に賛同するわけではありませんが、本項では皇統譜にも記載のある神武以降で充分と考えます。天照大神と皇室の関係(神代と人代の接続)については、本項では「記紀には~と記載されている」といった事実関係を記載するに留め、詳しい内容については日本神話などの別項で記載すればよいのではないでしょうか。神話の内容として記紀から引用・紹介することは可能でしょう。少なくとも本項で二次資料の出典なく記載するよりましかと。
なお、日本書紀に関しては日本の正史とされており、WP:RSの「信頼できる出版元から公刊されている場合」とすることも考え方によっては可能かと思われます。--ratexio会話) 2019年1月24日 (木) 16:37 (UTC)賛成→コメントに変更--ratexio会話) 2019年1月25日 (金) 10:38 (UTC)

コメント 天皇の冒頭には「この項目では、日本国における称号または地位としての天皇について説明しています 」とあります。天皇家のご先祖の話は皇室に記述することにして、「系図について」という節名を「歴代天皇」とでもすれば、問題の解消がしやすくなるのではないでしょうか。--茂林寺たぬき会話) 2019年1月25日 (金) 00:45 (UTC)

コメント もう一度言いますが、この系図から神々を除くことには賛成できますが、それはここが「天皇」の記事であり、それ以前のことは日本神話の記事に書けば充分だからです。アナキズム研究会さんの考え方は明らかに間違っています。 家系図というものは複数の伝承があってそれを研究者が整理し復元するという場合もありますが、今回の場合は信頼できる出版元から公刊されている一次資料として日本書紀と皇統譜があり、それをそのまま書く以外の方法はあり得ないでしょう。そしてそれは「AはBである」という意味ではなく、「AはBであると伝承されている」と示すだけのことでしかありません。伝承されてきた事実を明記しているだけであり、この記事で神格化しようとしているわけではありません。 アナキズム研究会さんは神々が実在する人物であることを示す資料の提示を求めていますが、そもそも26代継体天皇より前の天皇が実在する人物であるかどうか完全に証明されているわけではありませんので、その理屈でいえば25代武烈天皇までもがこの記事に書けなくなってしまいます。よってそもそも要求自体がおかしいのです。 ウィキペディアは中立的な観点で書く必要があります。史学者や考古学者が研究し判明した事実にだけ基づいて書かなければならないというわけではなく、民間や宗教家による伝承も当然書かなければなりません。それらは明確に分けなければなりませんが、系図についてはどこからどこまでが正確か不明であるため、伝承と事実が混ざってしまうのは性質上仕方のないことです。また、これを見て神話の出来事がそのまま歴史上の事実であると思う人はいないでしょう。--shikai shaw会話) 2019年1月25日 (金) 02:13 (UTC)

返信 日本書紀は後世による後世によるねつ造が発見されており、また、天皇が部下に命じて書かせたという性質上、皇室に関して言えば「Wikipedia:信頼できる情報源#公表者自身についての記事内での自己公表された情報源」に該当します。必要な要件を満たしておらず、信頼できる一時情報源として用いることはできません。
百科事典の実在するある個人およびその一族に連なる祖先の家系図に、の存在を記述した場合、それは特段の記述がない限り(伝承や神話といった類ではなく)事実として記載したものと推認されると思います。「AはBである」という意味ではなく、「AはBであると伝承されている」という事実を示すのであれば、歴史的な事実とは明確に異なる形で記載すべきであり、現状のようになんの断りもなく、実在するある一族の家系図の中に神を書き連ねるという行為は、天皇家や神道の教義・伝承を無批判に追認することであり、中立的な観点とはとても言えません。
「26代継体天皇より前の天皇が実在する人物であるかどうか完全に証明されているわけではありませんので、その理屈でいえば25代武烈天皇までもがこの記事に書けなくなってしまいます。よってそもそも要求自体がおかしいのです。」とありますが、存在が怪しいとはいえ歴史上の人間を、人間のある一族(天皇家)の祖先として書くということと、実在する人間ではなく、存在しないことが100%確実で、架空の存在であることが証明されている天照大御神などを同列に書くことはできません。前者は学術書ほかによって存在について有意な言及があるのに対して、後者は専門家・学者の間でも「不存在」が一致した意見であるからです。
本当にWikipedia:信頼できる情報源をご覧いただいたのでしょうか?「史学者や考古学者が研究し判明した事実にだけ基づいて書かなければならないというわけではなく、民間や宗教家による伝承も当然書かなければなりません。」と言いますが、それは誤りです。ウィキペディアに書き連ねてよいのはその主題についての学者や専門家の共通認識によって同意された記述のことです。(Wikipedia:信頼できる情報源)本記事は、実在する制度と個人である「天皇」について記述する記事であり、「日本の神話」について書く記事ではありません。また、仮に伝承を書くのであっても、日本書紀など伝承そのものを出典として書くことは認められないと考えます。譲歩して書くとしても現在のようにまるで事実であるかのように家系図に書き連ねるという行為は、不適切であると考えます。--アナキズム研究会会話) 2019年1月25日 (金) 04:12 (UTC)
コメント 横から失礼します。shikai shawさんは「この系図から神々を除くことには賛成」だったのですか?それなら「上記5柱の削除」という点では合意ということでしょうか?--ratexio会話) 2019年1月25日 (金) 04:51 (UTC)

コメント二次資料についてですが、私自身限られた時間の中でやっていますので、今すぐにこの書籍とこの書籍と提示することは難しいですが、この議論が仮に合意に至ったとしてそれを168時間は置く中で提示することは可能だと思います。なぜならば、これはもう常識的に考えていただくほかないのですが、日本書紀や古事記という日本で最も有名といえる一次資料としての歴史書を引用し、天皇の御先祖を含む系図を整理した二次資料としての書籍が極めて一般的なものであることは予想できるからです。 それは紛れもなく一次資料を引用した二次資料となりますが、ではこれで納得できましたねと言ったところで納得なさらないでしょう。「日本書紀は捏造である」、また氏が私に過去に述べたように「皇室の先祖が神であり、明仁は神の子であると言うことを記載している二次資料を示してください」などと、上記で幾度も指摘されているような他に援用して多くを削除できる危険な理由をもってここを削除しろという要求が続くだけでしょう。 それに私は元々、天皇の御先祖に関する系図は、どこからが初代天皇かの境がはっきりわかれば特にあったらあったでいいじゃないかと、ことさら削除をする必要性は感じていないこともあり、アナキズム研究会氏の無理筋な理由で削除するのならなおさら私としましては賛同することはできかねる立場です。--フジ会話) 2019年1月25日 (金) 05:18 (UTC)

コメント > アナキズム研究会さん 日本書紀に限らず、どの王朝のどの歴史書でもその王朝の都合のいいように内容が改鋳されているのは当たり前であり、それを持ってねつ造であるから信頼できる一時情報源として用いることはできないというのは誤りです。日本書紀は偽書ではありません。また、公的な歴史書であるため、公表者自身についての記事内での自己公表された情報源には該当しません。信頼できる一次資料であるからこそ研究対象となりえるのです。もちろん、一次資料を事実としてウィキペディアに書くことはできません、しかし、一次資料にこう書かれていると書くことは全く問題はなく、むしろ必要なことです。
前回も言いましたが、家系図なんてものは元から信頼できるものではありません。神々が系図に載っていたからと言ってそれを事実と考える人など宗教的にはともかく科学的にはいないでしょう。むしろ神々を排除しようとするアナキズム研究会さんの行為のほうが非常に宗教的で主観的であり、中立的な観点ではないといえます。自分は執筆に取り掛かれる時間がないのでひとまずフジさんにお任せしますが、神々が天皇の祖先として書かれている歴史書などいくらでもあると思いますよ。
> ratexioさん 合意が取れればどちらでもよいです。ただ、アナキズム研究会さんの挙げた理由では賛同できません。上記で伏儀さんがおっしゃっているように、イザナギからならともかくアマテラスからは不自然です。天孫降臨を表したいのだと思いますが、それは少し宗教的すぎます。宮内庁によって陵が管理されている日向三代はあってもおかしくはないと思いますが、少なくともこの記事では、皇統譜に従い神武天皇から書くほうが自然であると思います。それ以前は皇室なり神話なりの記事に書けばいいだけです。--shikai shaw会話) 2019年1月25日 (金) 07:00 (UTC)


理由はともかくとして、系図の記載を神武天皇以降とすることについては、概ね合意が取れたと判断します。--アナキズム研究会会話) 2019年1月27日 (日) 04:36 (UTC)

コメントこの節のこれまでのやり取りを見通して、合意したと判断される方はよもやいないと思いますが、念のため合意という点については否定しておきたいと思います。
その上で、宮内庁の天皇系図を拝見しても、基準はあくまでも神武天皇からになっていることも鑑み、
上のいくつかの意見を拝借し、「初代天皇(神武天皇)以前の系図については、皇室皇室の系図一覧を参照」などの但し書きを置いた上で天皇の記事には初代の神武天皇からにするといったあたりで丁度よいかなと私は思いました。
この節のテンプレートもつけられていましたし、もう少し待とうと思います。--フジ会話) 2019年2月2日 (土) 22:07 (UTC)
返信  理由はともかくとして、「系図の記載を神武天皇からにする」という点については、あなたと私で一致しているように見えるのですが、どの点が合意不成立と認識されていますでしょうか。ご教示ください。-アナキズム研究会会話) 2019年2月6日 (水) 01:26 (UTC)

あくまで天皇家の系図なので、初代神武天皇から記載するという意見に賛成します。 Shuricastle会話) 2019年2月2日 (土) 23:48 (UTC)

しばらく待ちましたが特に反対意見というものはないようですので、以下の二つの編集を実行します。
①天皇の記事内における系図は神武天皇からにする。
②『初代天皇(神武天皇)以前の皇室の系図については、皇室皇室の系図一覧を参照』とする但し書きを入れる。--フジ会話) 2019年2月12日 (火) 23:51 (UTC)
編集が完了しましたのでテンプレートを除去して終わります。--フジ会話) 2019年2月12日 (火) 23:59 (UTC)
当方の問いかけを無視しておいて「特に反対意見はない」というのも理解しかねるところですが、それはいいとして、①については合意されていますが、②については合意されていない認識です。以上、確認させていただきます。--アナキズム研究会会話) 2019年2月14日 (木) 12:02 (UTC)
あなたはあちこちで問題を起こしているようですが、『「初代天皇(神武天皇)以前の系図については、皇室皇室の系図一覧を参照」などの但し書きを置いた上で』と明言している中であなたはその件に関して何か言いましたか?実は反対だったというのなら強引な差し戻しをせずに、改めてテンプレートを貼って議論を提起してください。--フジ会話) 2019年2月14日 (木) 19:09 (UTC)
Shuricastle氏も私も「初代神武天皇から記載する」という点についてのみ賛成しているのであって、あなたの思った「初代天皇(神武天皇)以前の系図については、皇室皇室の系図一覧を参照」の記載についてはあなたの個人的見解であり、他者との合意は形成されていない認識です。そもそもあなたは「合意形成という点については否定」しており、当方からの問いかけ(「系図の記載を神武天皇からにする」という点については、あなたと私で一致しているように見えるのですが、どの点が合意不成立と認識されていますでしょうか。)については無視を貫いているではありませんか。それでいて「なぜ反対と明確に述べなかったのか」というのは、おかしい話だと思いますが。とにかく、当該議論参加者として、貴殿の言う「合意があった」という点については、明確に否定します。--アナキズム研究会会話) 2019年2月15日 (金) 00:32 (UTC)
私は2019年2月2日の段階において、Shikai shaw氏や茂林寺たぬき氏など上のいくつかの意見を拝借し、『「初代天皇(神武天皇)以前の系図については、皇室皇室の系図一覧を参照」などの但し書きを置いた上で』と明確に提案した上で、しばらく待ちますと時間を置きました。もう一度聞きますが、それに対してあなたは賛成反対を表明しましたか?私の『「初代天皇(神武天皇)以前の系図については、皇室皇室の系図一覧を参照」などの但し書きを置いた上で』に反対していたするのなら、反対していた文言はどれですか?お答えください。--フジ会話) 2019年2月15日 (金) 01:04 (UTC)
返信 明確に反対を述べてはいません。しかし、私や Shuricastle氏は「系図の記載を神武天皇からにする」という点についてのみ「賛成」しており、その余については賛成していない(=消極的に反対していた)というつもりでした。
また、貴殿に対して「どの点が合意不成立と認識されていますでしょうか。」と問いかけ、その応答を待っていた状態であり、貴殿の応答を待ってから、貴殿のご意見を詳細に伺った上で当方の意見を反論しようと準備していたさなかでした。自分に対する問いかけを無視して、1週間たったからと言って「反論がなかったんだから合意成立だ」と言わんばかりの態度は、議論に臨むものとして不誠実でしょう。議論を尽くしたうえで相当の期間たったから合意成立、というのならわかりますが、相手からの呼びかけを意図的に無視して、1週間たったから合意成立と言われても納得できるものではありません。
但書を置き、皇室皇室の系図一覧へ誘導することそのものについては反対しませんが、その文言についてはいまだ議論の余地があるものと認識しています。また、貴殿は2019年2月2日の段階において提案していた但書の文言と、実際に編集で追加した文言には差異があり、貴殿の編集は「ノートでの合意を正確に反映したもの」ではありません。
  • 2019年2月2日の貴殿の提案 「初代天皇(神武天皇)以前の系図については、皇室、皇室の系図一覧を参照」
  • 実際に記事に加筆された文言 「初代天皇(神武天皇)以前の皇室の系図については、皇室、皇室の系図一覧を参照。」
そのため、実際に記事に追加される但書文言の内容については、未だ合意形成されておらず、仮に合意形成されていたとしても、合意とは異なる内容での記事編集がなされている状態です。この点について、先ほど記事にもテンプレートを貼付しましたので、議論を再開したく存じます。但書案として折衷案として以下のような文言はいかがでしょうか。
どうぞ、よろしくお願いします。--アナキズム研究会会話) 2019年2月15日 (金) 02:52 (UTC)
上のShikai shaw氏らが述べたことをもう一度読み直してみるべきでしょう。あなたが過去に述べてきたように実在すると断定できないなら実在しないと書かなくてはならないなら神武天皇にも同じことが言えます。
上で何度も何度も何度も何度もあなたは言われ続けていることですが、記紀上等の記述を書いており、ここは天皇の記事であるため初代天皇からになるということに過ぎません。
もう一度言いますがここは天皇の記事であるため初代天皇からになるということに過ぎません
初代神武天皇を実在すると断定できないから実在しない皇室系図と書かないように、神武天皇以前も実在しないと断定的に入れる必要は全くありません。
現在の記述から変更する余地があるとすれば「記紀による初代天皇(神武天皇)以前の系図については、皇室、皇室の系図一覧を参照」として、出典を明確化し、機械的に記述することでしょう。
この記述でここで議論に参加したあなた以外の全て、恐らく反対される方はいないでしょう。
それならば私としてもこれで終わりです。--フジ会話) 2019年2月15日 (金) 03:44 (UTC)
コメント 現在、仕事が多忙であり議論に参加する余裕はないため簡単な意見表明にとどめますが、フジさんの編集に賛成であり、アナキズム研究会さんの提案には反対です。以前から言っている通り、系図というものはそう伝承されているだけに過ぎませんので、そういう系図があると機械的に書けばいいだけです。天皇の一覧にある通り、第25代武烈天皇以前は研究者によって実在するかどうかの考え方が違います。神武天皇より前の神々を実在の人物がモデルである可能性があるとして研究している人もいるでしょうし、ヤマトタケル聖徳太子などを複数の伝承の集合体であり直接には実在しない人物として研究している人もいるでしょう。実在するかしないか、神か人間かなどは研究者によって考え方が異なるものであり、わざわざそれを一部の見解を持ち出して書く必要はありません。--shikai shaw会話) 2019年2月18日 (月) 06:09 (UTC)
コメント横から失礼します。議論を見る限り,shikai shawさん・フジさんに賛成,アナキズム研究会さんに反対という考えです。wikipediaは出典のある事柄を出典を明記した上で記述する場です。実際に存在していたかどうかはともかくとして,神武天皇が初代,それ以降現在にまでそれに従って代を重ねてきており,公式にもそういうことになっているわけですから,純粋にwikipediaの方針に従うのであれば先のお二方の意見が妥当なのではないかと考えます。--Sho.miz会話) 2019年2月18日 (月) 09:04 (UTC)
2回土日を挟みましたが反対意見というものはないようですので、「記紀による」を追加しテンプレートを外して終わります。--フジ会話) 2019年2月25日 (月) 06:28 (UTC)