ノースウェスト航空85便緊急着陸事故

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ノースウェスト航空85便緊急着陸事故
N661US 1 B747-451 Northwest A-l KIX 11JAN99 (6559458855).jpg
関西国際空港で撮影された事故機
出来事の概要
日付 2002年10月9日
概要 下部方向舵の故障
現場 ベーリング海上空
乗客数 386
乗員数 18
負傷者数
(死者除く)
0
死者数 0
生存者数 404(全員)
機種 ボーイング747-451
運用者 アメリカ合衆国の旗 ノースウエスト航空
機体記号 N661US
出発地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ミシガン州
デトロイト空港
目的地 日本の旗 日本 千葉県成田市
新東京国際空港
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ノースウェスト航空85便緊急着陸事故(ノースウェストこうくう85びんきんきゅうちゃくりくじこ)とは、2002年10月9日デトロイト・メトロポリタン・ウェイン・カウンティ空港から成田国際空港へ飛行中のノースウエスト航空(現在のデルタ航空)85便(NW85)にアラスカアンカレッジ付近で故障が発生し、目的地を変更しテッド・スティーブンス・アンカレッジ国際空港に緊急着陸を行った航空事故である[1]

この事故による負傷者は無く、乗員乗客とも全員無事であった。この事故により、以後の事故防止のため、耐空性改善命令が出されることとなった[2]

事故当日のNW85便[編集]

事故発生時の飛行状況[編集]

事故機の垂直尾翼(デルタカラー)
右下のえんじ色の部分が問題を起こした下部方向蛇
2017年3月28日デルタ航空博物館

事故機は東部夏時間14:30[注釈 3]デトロイト・メトロポリタン・ウェイン・カウンティ空港を出発し、アラスカ夏時間17:40[注釈 4]に高度35,000フィート(約10,000m)で異常が起きた[4][2]。その時の交代機長と副操縦士は、離陸及び成田空港への着陸を担当するシニア機長(訓練教官兼務)と副操縦士が休憩に入り、操縦を交代したところだった[5]

突然機体が30∼40度左に傾いたので機長は当初エンジンに故障が生じたと考えたが[2]、すぐエラーメッセージにより、ヨーダンパー[注釈 5]の不具合と判明。上下2枚に分かれた方向舵(ラダー)[注釈 6]のうち下側が左方向一杯(17度)に振れて制御できなくなり、操縦が不安定となった。

交代機長は緊急事態を宣言しアンカレッジへダイバートを開始したが[5]、飛行機は北アメリカアジアの間の無線不感帯[注釈 7]を飛行していたため電波が弱く、アラスカ付近を飛行していたNW19便(ミネアポリス発成田行き、現・DL615便)が85便と連絡を取って支援した。途中でシニア機長は操縦室に戻り交代し、手動で操縦した。

緊急事態マニュアルにも対処法が掲載されておらず、85便のクルーは利用可能な応急処置のどれも問題を解決できないと報告した。操縦士たちはミネアポリスに住むノースウエスト航空の訓練教官と電話会議を行ったが、訓練教官は突然の傾きに対する解決策を見つけ出すことはできなかった[5]。このためクルーは下部方向舵(ラダー)が故障し補助翼(エルロン)が使用できないことから左右エンジンの推力を別々に細かく調整させ[2]、機体操作を取り戻してテッド・スティーブンス・アンカレッジ国際空港に着陸させた。

なお本事故は当初メディアからの注目を受けなかった[4]

調査[編集]

NTSB(アメリカ国家運輸安全委員会)およびボーイング社は、事故調査を開始した[4]。担当したNTSB調査官は、この事故を取り上げたテレビ番組「メーデー!:航空機事故の真実と真相[注釈 8]」第9シーズン第4話[6]にて、「その事故は、まさに劇的であり、何が起こったのかを理解し、引き続き調べていく必要があるものだと思う」と語った。

原因[編集]

NTSBは、動力制御モジュールの中の金属疲労による欠損があり、それは目視で発見できる種類の破損ではないことに気づいた。下部方向舵の制御モジュールを囲む鋳造金属の筐体は破損していた。ヨーダンパーのアクチュエーターを収納していた制御モジュールの筐体の後部の一端が、筐体の本体部分から外れていた。その為、中のピストンが外にはみ出し、元に戻らなかった為、下部方向舵が片側に寄ってしまった。

通常は内部の部品に異常が起きることが多いが、今回は筐体自体が異常をおこしたものであり、調査団も「極めてまれなことだ」と語った。しかし、金属疲労の根本的な原因は解明に至らなかった。

その一方でこの機材は、-400シリーズの初号機で、納入前に試験飛行を1年半以上実施(この間の飛行時間は55000時間で、離着陸回数も7000回以上)している為、想定以上の負荷が掛かった分、金属疲労が他の同型機より進んでいる可能性も指摘した。

NTSBは可能性の高い原因として「下部方向舵の動力制御装置の金属疲労による破断の結果が引き起こした下部方向舵の操作不能」と裁定した。

墜落しなかった理由[編集]

もう一方で、これほどの事態にも関わらず墜落に至らなかった理由も併せて調査された。

その一つが、747シリーズの方向舵が、通常の1枚ではなく、フェイルセーフ信頼性設計)の為、上下2枚に分割されていた事にあった。これがうまく機能していた。

もう一つの理由が、クルー・リソース・マネージメント(CRM)にあった。異常発生時、交代機長はすぐに反応し、墜落を阻止。その後も4人全員がそれぞれの役割を把握し、作業にあたった。

操縦の交代以降の役割は以下の通りだった。

  • シニア機長・・・実際の操縦とミネアポリスとの連絡
  • 交代副操縦士・・・無線交信及び操縦(機長が休憩する間)
  • 交代機長・・・客室への連絡
  • シニア副操縦士・・・エンジン操作及びマニュアル等の確認

後のインタビューで機長は「乗務員のチームワークがアンカレッジでの安全な着陸に貢献した。これがCRMの最高水準の実践例である。操縦士がこれほど充分に乗務していたことは幸運で恵まれていた。操縦室では4人のパイロットが協力して作業に当たった。客室乗務員たちも優れたメンバーで、緊急レベルが赤、すなわち避難しなければならなくなる可能性が高いと指示を受けた。それは後に重要となるが、我々は機体を滑走路上に保てるか定かではなかったからだ[5]」と語った。

事故後[編集]

ボーイング社[編集]

モジュールを傷をつけない検査手段が開発され、その結果、ボーイング社はアラート・サービス告示747-27A2397を出した。2003年7月24日付の告示は、ボーイング747の整備士が適切な時期に上・下部方向舵の動力制御装置の超音波探傷検査を実施するよう勧告した[2]

FAA[編集]

連邦航空局(FAA)は、この検査をボーイング747-400(国際線仕様)、400D(国内線仕様)、400F(貨物機仕様)において義務化する耐空性改善通報のための規則策定の通知(en:Notice of Proposed Rule Making (NPRM))を公表した[2]

2003年8月28日に「耐空性改善通報:ボーイング747型-400、-400Dおよび-400Fのシリーズ機」が連邦官報に公表された。

2003年11月3日に発行された、指令2003-23-01は同年12月18日に発効され[7]、後に2006年8月30日に発行、同年10月13日発効となった指令2006-18-17に置き換えられた[8]

本事故から4年後の2006年、-400Fを使用したエールフランスの貨物便が、下部方向舵の故障で緊急着陸する事故が発生。直接的な原因(エールフランス機は「製造上の欠陥」)こそ異なるものの、NW85便と同じ動力制御装置の破損が見つかった。これを受けて2008年、「動力制御装置の改良品への交換」を含めた、この指令に対する代案が公表された[9][10]

ノースウエスト航空・デルタ航空[編集]

事故機はその後、整備を受け運用に復帰、後に塗装変更も行われた。

2004年1月、定期航空操縦士協会は、NW85便の乗組員に「優秀飛行技術賞」を授与した。

2008年10月、ノースウエスト航空デルタ航空吸収合併2010年1月30日、経営統合完了)。これに伴い、事故機を含むノースウエスト所属の747-400シリーズは、2009年2月24日付けで16機全てデルタに移管され[注釈 9]、順次塗装変更と大規模改修工事を受け、主に欧州路線や太平洋路線で引き続き運用された。

デルタ航空所属747-400は2017年12月までに完全退役の予定[Delta 1]

NW85便を前身とするデトロイト - 成田線は、2017年現在も1日1往復体制(DL275便(デトロイト発成田行)・DL276便(成田発デトロイト行))で運航中(北米国際オートショー開催期間中は臨時便を増発)だが、退役が進み、関空セントレアからも撤退した事から、この路線がノースウエスト航空・デルタ航空を通じた日本路線で最後の747-400運用路線となり、2017年10月29日デトロイト発と、折り返し10月30日成田発をもって日本路線から完全撤退[Delta 2][Delta 3]。翌30日デトロイト発と、折り返し31日成田発よりエアバスA350-900が運用に入っている[Delta 4]

デルタ航空博物館[編集]

2015年9月8日ハワイ時間)、本件当該機「N661US」は、この日のホノルルアトランタ(翌日(東部夏時間9月9日)着)行きDL836便をもって、26年間に及ぶ営業運航を終了し退役。シリーズ初号機の為、デルタ航空アトランタ本社内の「デルタ航空博物館」で静態保存が決定[Delta 5][Delta 6]。アトランタ到着後は、静態保存に向けた整備に入る。

2016年4月30日、機体を空港から、空港に隣接する博物館に移動。一般公開に向けた準備作業を開始[Delta 7][Delta 8]

本事故から15年目にあたる2017年3月28日、本機の公開準備作業を完了。「747エクスペリエンス(747 Experience)」として一般公開を開始[Delta 9]。オープニングセレモニーには、事故発生時の運航乗務員4名(うちシニア機長と副操縦士1名は既に退職、残り2名はデルタに在籍)も出席している[Delta 10][Delta 11]

注釈[編集]

  1. ^ 51は、ノースウエスト航空が発注したボーイング社製航空機の顧客番号(カスタマーコード)で、デルタ航空移籍後も変わらない(デルタ航空発注機材は32)。
  2. ^ ノースウエスト航空及び経営統合後のデルタ航空では長距離運航の場合、操縦士を2組配置している。
  3. ^ 東部夏時間(EDT)は世界標準時(UTC)-4
  4. ^ アラスカ夏時間(ADT)は世界標準時(UTC)-8
  5. ^ ダッチ・ロールを防止する目的で用いられる安定増加装置の一種。この装置は,機首の左右方向の角加速度を検知して電気的信号を作り出す部分、その信号を増幅し、方向舵を動かすアクチュエーター(油圧シリンダによる駆動装置)と、それに指令を出す部分などから構成されており、これにより自動的に方向舵を適正に操舵することで、ダッチ・ロールの発生を防止することができる。平面の鉄道では蛇行動と称されるが、横揺れとしての理屈は同じ。
  6. ^ 機首を左右に振る制御のために垂直尾翼の後縁に取り付けられている操縦翼面。この機種では上下に分割されている。
  7. ^ 航空機と基地局の距離や位置により、電波の伝わりが悪く無線通信に支障を来たすエリア。
  8. ^ 言葉の意味はメーデー (遭難信号)を参照のこと。
  9. ^ 2009年より「クロス・フリーティング」と呼ばれる方法で、デルタ所属機材とノースウエスト所属機材を相互に運用。

出典[編集]

  1. ^ Aviation Safety Net
  2. ^ a b c d e f "ANC03IA001." (Archive)
  3. ^ "2002-10-09-US.pdf." (Archive) 国家運輸安全委員会. Retrieved on December 23, 2012.
  4. ^ a b c Wallace, James. "Aerospace Notebook: Boeing, NTSB investigating 747 rudder incident." en:Seattle Post-Intelligencer. Tuesday November 5, 2002. Retrieved on December 25, 2012.
  5. ^ a b c d Steenblik, Jan W. "ALPA's Annual Air Safety Awards." (Archive) en:Air Line Pilot. en:Air Line Pilots Association. January 2004, p.19. Retrieved on December 25, 2012.
  6. ^ "Turning Point."という題名で放送された。調査の情報は番組の後半、事故の終わりに放送された。
  7. ^ "Docket No. 2003-NM-173-AD; Amendment 39-13364; AD 2003-23-01." (Archive) 連邦航空局. Retrieved on December 23, 2012.
  8. ^ "Docket No. FAA-2006-23873; Directorate Identifier 2005-NM-110-AD; Amendment 39-14756; AD 2006-18-17 RIN 2120-AA64." (Archive) en:Federal Aviation Administration. Retrieved on December 23, 2012.
  9. ^ Federal Register | Airworthiness Directives; Boeing Model 747-400, 747-400D, and 747-400F Series Airplanes”. Federalregister.gov. 2012年12月25日閲覧。
  10. ^ Federal Register, Volume 68 Issue 167 (Thursday, August 28, 2003)”. Gpo.gov. 2012年12月25日閲覧。

デルタ航空発表記事[編集]

  1. ^ デルタ航空、2014年第3四半期の業績を発表 - デルタ航空日本支社ニュースリリース 2014年10月17日
  2. ^ デルタ航空、ジャンボ機の退役を前に記念プロジェクト「Thank You 747-400」を実施 - デルタ航空日本支社ニュースリリース 2017年7月30日
  3. ^ 【イベント報告】747-400型ジャンボ機日本路線最終フライト - デルタ航空日本支社ニュースリリース 2017年11月2日
  4. ^ 最新鋭A350-900型機、成田-デトロイト線で運航開始 - デルタ航空日本支社ニュースリリース 2017年10月31日
  5. ^ デルタ航空のボーイング747-400型1号機が引退、来年本社の博物館に展示予定 - デルタ航空日本支社ニュースリリース 2015年9月10日
  6. ^ First Boeing 747-400 takes historic final flight - デルタ航空ニュースサイト「NewsHUB」 2015年9月9日(日本支社発表記事の原文)
  7. ^ Retired 747-400 takes road trip home to Flight Museum - デルタ航空ニュースサイト「NewsHUB」 2016年5月2日
  8. ^ デルタ航空のボーイング747-400型1号機、本社の博物館に移動 - デルタ航空日本支社ニュースリリース 2016年5月19日(アトランタ本社発表記事の抄訳)
  9. ^ The 747 Experience Opening & New Admission Prices - デルタ航空博物館 2017年3月16日
  10. ^ デルタ航空博物館に歴史的な展示「747エクスペリエンス」がオープン - デルタ航空日本支社ニュースリリース 2017年3月29日
  11. ^ ‘747 Experience’ opens at Delta Flight Museum - デルタ航空ニュースサイト「NewsHUB」 2017年3月28日(日本支社発表記事の原文)

映像化[編集]

関連事項[編集]

航空科学博物館に展示されている試験飛行時代の事故機の模型

関連事故[編集]

  • ユナイテッド航空585便墜落事故 - ボーイング737型機の方向舵のサーボバルブの機能が劣化したため、パイロットの意思に関係なく方向舵が異常動作を起こした。585便ではパイロットが機体を立て直せずに墜落。その後、同様の原因で事故が二件続いた末、ようやく有効な再発防止策が施されることになった。
  • アメリカン航空587便墜落事故 - 当該機のパイロットたちがフライトプランを立てている時に話題に上った航空事故。587便の場合は、副操縦士による方向舵の過剰操作が原因で背尾翼ごと脱落し、墜落に至った。
  • アメリカン航空96便貨物ドア破損事故 - 設計ミスが原因で、飛行中のDC-10の貨物室のドアが気圧差のため、勝手に開放されて脱落。機体は操縦系統に支障をきたし、方向舵が動かなくなったが、デトロイト空港に緊急着陸した。
  • フィリピン航空434便爆破事件 - パキスタン出身のテロリストが客席に爆弾を仕掛け、機体の破壊を狙った事件。機体は空中分解こそ免れたものの、操縦系統の一部が機能しなくなった。パイロットたちは本事故と同様、両翼のエンジンの出力を手動操作させて機体の進路を変更し、無事に那覇空港へと緊急着陸に成功した。

外部リンク[編集]