ノコギリクワガタ
ノコギリクワガタ | |||||||||||||||||||||||||||
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ノコギリクワガタの成虫(雄)
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分類 | |||||||||||||||||||||||||||
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学名 | |||||||||||||||||||||||||||
Prosopocoilus inclinatus (Motschulsky, 1857) |

ノコギリクワガタ(鋸鍬形、Prosopocoilus inclinatus)は、コウチュウ目クワガタムシ科ノコギリクワガタ属の1種で、6亜種に分類されている。日本国内に広く生息している代表的なクワガタムシである。オスの大顎の内側に鋸のように歯が数多く並んでいることから名付けられた。また、種小名のinclinatusは「傾斜の」という意味であり、大顎の形に由来している。個体数も比較的多く、人々によく親しまれている種である。
形態[編集]
体長はオスが24.2 - 77.5mm、飼育下76.8mm(2015年)、メスが19.5 - 41mm。
オスは体格による個体変異が顕著で、体長が約55mm以上の大型個体では大きく屈曲した長い大顎を持つが(先歯型)、中型個体では大顎がゆるやかな湾曲となり(両歯型)、小型個体では大顎が直線的になり(原歯型)、内歯は均一なノコギリ状となる。体色は赤褐色から黒褐色である。しばしば「水牛」に例えられるオスの大顎は、メスをめぐる同種のオス同士の闘いに勝つために進化したのではないかと考えられている。メスは体色は赤褐色(まれに黒色)で、脚も全体的に赤い。大顎はミヤマクワガタのメスのものに比べて細く鋭い。
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中型のオス
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小型のオス(右上)とメス(左下)
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メス
分布[編集]
日本(北海道から屋久島まで)、韓国(朝鮮半島、済州島、鬱陵島)
生態[編集]
平地から山地までの広葉樹の森林、都市郊外の小規模の林にまで生息していて、生息数はやや多い。成虫は、活動期が6月上旬から10月である。広葉樹や照葉樹の樹液などを餌としていて、クヌギ・コナラ・ミズナラ・ヤナギ・ハンノキ・ニレ等に集まる。基本的に夜行性であるが、昼間でも木陰などで見ることができ、樹木の根際や樹皮下よりも、樹上の高い所で休んでいることが多い。闘争本能は強いものの、大顎の力や、樹にしがみつく脚力は他の大型のクワガタムシ(オオクワガタ、ヒラタクワガタ、ミヤマクワガタ)に比べて弱く、その為それらのクワガタムシや、カブトムシ相手には負ける事が多いが、活発であることと、低山地や平地など人間が手を入れた環境にも住み着くことから、個体数や生息面では他のクワガタムシよりも優位な地位を占めることが多い。平地や低山地では生息数が多い一方、アカアシクワガタやヒメオオクワガタが主に生息するブナやミズナラ林でなどの高標高地域でも時折、樹液や灯火に集まる個体が観察されるが平地の山林と比較すると個体数は少ない。
生息数も多く、樹を蹴ると、跗節の感覚毛で震動を感じ擬死して落下してくることから、この習性を利用して古くから少年達に採集されてきた。
メスは、広葉樹の立枯れの地中部、倒木の埋没部やその周辺に産卵し、卵から孵化までは約1か月である。幼虫は、水分を多く含んで劣化の進んだ朽木を食べて育ち、2回の脱皮を経て終齢である3齢幼虫となる。幼虫期間は約1〜3年である。蛹になるために、春から夏にかけて蛹室(ようしつ)を作り始めて、約1か月かけて蛹となり、蛹から羽化までは約1か月である。初夏までに羽化した成虫は、その夏に活動を開始するが、晩夏から秋に羽化した成虫は、そのまま越冬し、翌年に蛹室を出て活動を開始する。活動を開始して野外へ出た成虫が越冬することはなく、通常は繁殖活動を終えた成虫はその年に死滅する。オオクワガタ属等と異なり、本種のオスは朽木に脱出口を掘ることができないため、蛹室は幼虫のうちにあらかじめ朽木の外に出て土中に作られる場合が多い。また、低山地から亜高山帯ではミヤマクワガタと混生する地域もある。
2012年6月に茨城県牛久市で採取された雌雄モザイクの個体は、頭部が雄で胸部と腹部が雌という貴重な例である[1]。
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卵
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幼虫
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蛹
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成虫
分類[編集]
- ノコギリクワガタ・原名亜種 Prosopocoilus inclinatus inclinatus (Motschulsky, 1857)
- 北海道・本州・九州・四国・伊豆諸島(大島・利島)・佐渡島・対馬・壱岐・種子島・朝鮮半島・済州島・鬱陵島。オス24. 2mm - 77.0mm、飼育下76.8mm(2015年)、メス25 - 41.5mm。
- 伊豆大島では大型化する。四国・九州型では大顎は細長く、体は細い。屋久島型では大顎の湾曲が強く、赤味が強い。
- クロシマノコギリクワガタ
- P. i. kuroshimaensis Shimizu et Murayama, 2004
- 黒島(三島村)。オス31 - 69.5mm、飼育下74.0mm(2011年)、メス25 - 41mm。
- 原名亜種に比べて大顎は短く湾曲が強い。体は光沢が強く、脚が細長い。完全な黒化型も出現する。
- ミシマイオウノコギリクワガタ
- P. i. mishimaiouensis Shimizu et Murayama, 1998
- 硫黄島(三島村)。オス27.5 - 68.8mm、飼育下73.8mm(2003年)、メス24.5 - 35mm。
- 原名亜種に比べて大顎は太く、やや湾曲が弱い。体は光沢がやや強く、付節が細長い。
- クチノエラブノコギリクワガタ
- P. i. kuchinoerabuensis Shimizu et Murayama, 1998
- 口永良部島。オス28.5 - 71.0mm、飼育下74.0mm(2015年)、メス19.5 - 38.5mm。
- 原名亜種に比べて大顎は細く湾曲が弱い。体は細く、光沢がやや強い。
- ミヤケノコギリクワガタ(ノコギリクワガタ伊豆諸島南部亜種)
- P. i. miyakejimaensis Adachi, 2009
- 新島・式根島・神津島・三宅島・御蔵島。オス24.0 - 65.0mm、メス22.0 - 36.0mm。
- 原名亜種に比べて雄は大腮が内側に湾曲し、太く短い。小型個体のオスの大腮の小内歯は不明瞭で疎ら。頭の発達が悪い。島によって差があるが一般に跗節が長く発達する。黒化したものが多く、体が太い。前胸の縁が丸みを帯びる。雌も黒化したものが多い。オオバヤシャブシの樹液に集まる。灯火にも良く集まる。
- ヤクシマノコギリクワガタ
- P .i. yakushimaensis Adachi, 2014
- 屋久島。オス25.0 - 69.3mm、メス22.7 - 35.0mm。
- 原名亜種に比べて光沢が強く、赤味の強い個体が多い。体型は幅広く楕円形。オスの大腮は湾曲が強く、先端の小内歯の発達が悪い。より小型で大歯形になる。中脚、後脚の脛節の突起が痕跡的などの違いがある。
飼育[編集]
本種は、日本産クワガタムシ中、最もポピュラーかつ代表的な大型種であり、カブトムシ・スズムシなどと同様に古くから子供達の愛玩動物として飼育されてきた。活動開始後の成虫の寿命は短く、「ひと夏のおもちゃ」として扱われ、カブトムシと「相撲」を取らせたりして遊ばれた。21世紀に入ると、オオクワガタブームに端を発するクワガタ飼育用品普及や技術の発展によって、累代飼育も可能になった。
成虫は、飼育ケースに広葉樹の材を入れ、それをマットで埋めたものに入れておけば簡単に産卵する。ただし、オオクワガタ等と比べて劣化の進んだ腐植質を好むので、手で崩せる程度にまで劣化の進んだ材または押し固めたマットを産卵床として用意する必要がある点には注意が必要である。
幼虫の飼育は、餌となる木屑を空き瓶などに詰めて行われるが、オオクワガタなどで使用されている「菌糸ビン」では、必須栄養素の種類や消化吸収機能が異なっているため、大きな効果はないとされている。ただし、近年の菌糸ビンの中には本種幼虫の餌として使用可能なものも出てきた。3週間から1か月ほど経った菌糸ビンは、腐食・劣化が進展しているため本種幼虫にとっても適したものとなる。大型個体を羽化させるには、ブナ科の朽木を粉砕したマットに小麦粉などを添加した「発酵マット」が餌として使用される。大きさにこだわらないのなら無添加の広葉樹のマットで十分である。幼虫の成長・成熟には積算温度が深く関係するとされ、温度管理をするかなるべく涼しい環境(野外やガレージ等)に飼育ビンを置き積算温度の達成を遅らせ、幼虫の脱皮・変態までの日数を稼ぐ方が、大型個体を育てるのに有利だとされる。
備考[編集]
脚注[編集]
参考文献[編集]
- 「特集 クワガタムシ・クロツヤムシ」『昆虫と自然』2003年3月。