ノイエ・ドイチェ・ヴェレ

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トリオ、1982年

ノイエ・ドイチェ・ヴェレドイツ語: Neue Deutsche Welle, NDW)は、1976年から始まり、1980年代初頭に商業的成功の絶頂期を迎えた、ドイツ語で歌われたパンク・ロックニュー・ウェーヴを指す、ドイツ語の表現。

NDWは、特定の音楽スタイルによるものではなかく、非常に多様なものだった。NDWとされたアーティストたちが、他のアーティストたちから区別された特徴には様々なものがあった。しかし、何よりドイツ語の歌詞と比較的短い楽曲、荒削りなところとクールさが、特徴的であった。後者の特徴は、例えばシュプリフドイツ語版のようなバンドが、ドイツ語で歌うポップ・ミュージックであれば何でもNDWとするような風潮から距離を置く理由となった[1]。また、公演における演出などが最小限に抑えられていたことも、様式の一部となっていた。アーティストたちの多くは、当時の短期間だけ活動していたか、成功していたが、一部は2000年代にカムバックを果たした。

言葉の起源[編集]

「ノイエ・ヴェレ」(Neue Welle:新しい波)という言葉は、ファンジン『Die 80er Jahre』に1977年に掲載された記事で、ヨーゼフ・ボイス門下のユルゲン・クラマードイツ語版が使っているのが早い時期の用例である。「ノイエ・ドイチェ・ヴェレ」(Neue Deutsche Welle:新しいドイツの波)という言葉の初出は、ベルリンのレーベル経営者「Der Zensor」ことブルクハート・ザイラードイツ語版が、1979年8月にハンブルクの音楽雑誌『Sounds』に出した三行広告であった。この広告では、ドイチュ=アメリカニシェ・フロイントシャフト (DAF)のデビュー・アルバムのカテゴリーとして、「ノイエ・ドイチェ・ヴィレ」が使われた。2か月後、当時は音楽ジャーナリストで、後にレーベル経営者となったアルフレート・ヒルズベルクドイツ語版が、『Sounds』に寄せた3回連載記事の題名を、この言葉を使って「ノイエ・ドイチェ・ヴェレ(新しいドイツの波)- 灰色の都市の壁から」(Neue Deutsche Welle – Aus grauer Städte Mauern)とした[2][3]

脚注[編集]

  1. ^ Spliff – Carbonara in der Online-„Musikrecherche“ bei SWR1, abgerufen am 24. Mai 2015
  2. ^ Katja Mellmann: über die Neue Deutsche Welle (PDF; 1,2 MB)
  3. ^ Neue Deutsche Welle – Aus grauer Städte Mauern. In: Sounds, 10/79.