ノアノハコブネ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
ノアノハコブネ
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 1982年5月10日
死没 1985年12月1日(4歳没・旧表記)
アローエクスプレス
ユトリロ
母の父 プロント
生国 日本の旗 日本北海道浦河町
生産 荻伏牧場
馬主 小田切有一
調教師 田中良平栗東
競走成績
生涯成績 10戦3勝
獲得賞金 7710万3000円
テンプレートを表示

ノアノハコブネ日本競走馬1985年優駿牝馬(オークス)を制し、数多くの珍名馬を所有していることで有名な小田切有一に初めてのクラシック競走制覇をプレゼントした馬である。主戦騎手は音無秀孝(現・調教師)。

戦績[編集]

小田切が過去に所有していた牝馬のマリージョーイミスラディカルは道悪での競馬が苦手だったため、「重馬場の救世主」が誕生して欲しいとの思いから、旧約聖書に登場する大洪水から動物を救ったノアの方舟に因んで命名された。

1985年1月26日にデビューしたノアノハコブネは、京都ダート戦(1700メートル)を好位差しで快勝という良好なスタートから始まった。ところが、その後はのレースを3連敗と勝ち星に恵まれなかった為、クラシック初戦の桜花賞には間に合わず、前日開催の忘れな草賞(芝2000メートル)も4着に終わった。

その為、オークス出走のためもう一勝を積み上げる必要があった。どのレースを選ぶかを関係者が協議した際、音無騎手がダートの平場競走なら勝てると進言し、その通り京都開催のダート400万条件戦(1800メートル)を勝ちオークスに出走できたものの、芝では4戦して未勝利ということもあり人気は低く、28頭立て21番人気での出走となった。 レースは逃げると思われた桜花賞馬エルプスが逃げを打てなかったものの、ユキノローズレインボーペガサスの祖母)、アイランドゴッテスがレースを引っ張り、最初の1000メートルが60秒5と言う当時の東京コースとしては異様なハイペースの展開となった。スタート直後のダッシュがつかず、結局何時も通りの最後方からの競馬となったノアノハコブネにはこれが幸いし、最後の直線でオーバーペースで大失速した馬達を外から全馬まとめて交わし、ナカミアンゼリカに1馬身1/4差をつけ優勝した。 なお、この時更新したオークス史上最高単勝配当額(6270円)は未だに破られていない。

しかしその後は精彩を欠き、ローズステークス(5番人気で11着)・エリザベス女王杯(11番人気で12着)共に惨敗。翌年への布石も兼ね阪神大賞典(当時は12月施行で現在は3月施行)に出走したが、寛骨を折るという故障を発生し死亡した。

血統表[編集]

ノアノハコブネ血統ナスルーラ系) / Udaipur (Umidwar) 5×4=9.38%、Nasrullah (Malindi) 5×4=9.38%、Fairway5×5=6.25% (父内) ) (血統表の出典)
父系

アローエクスプレス
1967 鹿毛
父の父
*スパニッシュイクスプレス
Spanish Express
1962 鹿毛
Sovereign Path Grey Sovereign
Mountain Path
Sage Femme Le Sage
Sylvia's Grove
父の母
*ソーダストリーム
Soda Stream
1953 栃栗毛
Airborne Precipitation
Bouquet
Pangani Fair Trial
Clovelly

ユトリロ
1974 栗毛
*プロント
Prompt
1963 鹿毛
Prince Taj Prince Bio
Malindi
La Caravelle Worden
Barquerolle
母の母
*ダラマ
Dalama
1957 栗毛
Djebel Tourbillon
Loika
Pretty Lady Umidwar
La Moqueuse F-No.1-e
母系(F-No.)
5代内の近親交配
出典

姉に中山牝馬ステークス2着馬ウメノフーリンがいる。

外部リンク[編集]