ネフスキー大通り

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ネフスキー大通り
1890年代、ニコライ駅近くのネフスキー大通り
モスクワ駅

ネフスキー大通りロシア語:Не́вский проспе́ктニェーフスキイ・プラスピェークト)は、ロシアサンクトペテルブルクにあるメインストリートである。ネフスキー大通りは、ピョートル大帝によって、ノヴゴロドモスクワへの街道として建設が計画された。現在のネフスキー大通りは、旧海軍省アレクサンドロフスキー公園からモスクワ駅のある蜂起広場を経て、アレクサンドル・ネフスキー大修道院に至る。

沿道には、ペテルブルクを代表する建築が立ち並ぶ。主なものとしては、建築家バルトロメオ・ラストレッリによるストロガノフ宮殿、ペテルブルクにおける巨大な新古典主義建築として知られるカザン聖堂アール・ヌーヴォー様式の「本の家」(ジンガー書店)、18世紀に建立された6つの教会や、啓蒙専制君主として名高い女帝エカテリーナ2世の記念碑など歴史的、宗教的施設の他、ゴスチーヌィイ・ドヴォール(Гостиный двор)とよばれる18世紀のショッピングセンター、パサージュ百貨店(The Passage)や、グランド・ホテル・ヨーロッパネフスキー・パレスなどのホテルが林立している。この他、文教施設としては、ロシア国立図書館がある。ネフスキー大通りのほぼ真ん中をフォンタカ運河が横切るが、ここに掛けられているアニーチコフ橋の銅像とともに有名である。

ネフスキー大通りは、ペテルブルクを舞台とするロシア文学小説に頻繁に登場する。ゴーゴリは、ペテルブルクの喧噪を『ネフスキー大通り』などの小説に書き表している。

ロシア革命後、ソビエト政権が樹立すると、1918年から1944年までの間、ロシアで起きた最初の革命的出来事であるデカブリストの乱を記念する「十月二十四日大通り」の名で呼ばれた。

ネフスキー大通りの夜景

今日、ネフスキー大通りは、サンクトペテルブルクの目抜き通りとして都市機能の中枢を担っている。繁華街として昼夜を分かたず、多くの市民の生活の中心であり、高級な商店、住宅などが建設中である。また、金融街としても注目されている。その一方で治安は悪化しており、特にロシア・ナショナリズムの台頭とともに極右民族主義者、愛国主義者あるいはフリガーン(フーリガン)などの若者による日本中国韓国などのアジア系の旅行者などに対する暴行事件も起こっており、日本外務省は旅行者に警告を発している。

外部リンク[編集]

座標: 北緯59度55分54秒 東経30度21分10秒 / 北緯59.9318度 東経30.3527度 / 59.9318; 30.3527