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声優

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声優(せいゆう)とは、映像作品や音声作品に、の出演をする職業。広くはナレーターも含めることがある。英語では一般的に男性を voice actor、女性を voice actress といい、日本語でもボイスアクターという場合がある。

アニメーション作品ではしばしばキャラクターボイス (character voice)、略してCVというが、これは和製英語である。1980年代後半にアニメ雑誌アニメック』で副編集長だった井上伸一郎が提唱した用語で、その後、井上が角川書店で創刊した『月刊ニュータイプ』でも用いられている[1]

声優の仕事内容

アニメオリジナルビデオアニメ(OVA)ラジオドラマドラマCDゲームテレビ映画洋画海外ドラマの日本語吹き替えなどがある。

アニメ

画面を見ながら台詞を吹き込むアフレコと、事前に台詞を収録し、それに合わせて後から動画を制作するプレスコの2種類の方法がある。日本ではアフレコが主流である。近年のアニメ制作のデジタル化により、アフレコ後に絵を修正するケースも多い。なお、声をあてることからアテレコとも言う。収録はスタジオに声優を集めて一度に行うのが主流だが、芸人や歌手などの非声優を起用する場合は、個別に別録りすることが多い。

出演料はランク制の適用を受ける。

日本語吹き替え

海外ドラマ・外国映画などの登場人物の声を演じる。アニメ同様、ランク制の対象となる。

ゲーム

基本的に、かけ合いではなく一人ずつ個別に収録する。そのため、共演者であっても顔を合わせたことがないというケースも多い。

CD-ROMの普及し始めた1980年代末から増えた仕事である[2]1990年代に、PlayStationなどの高性能なゲーム機が登場し、声優が起用されることが一般的になった。出演料については、当初は明確な基準がなかったが、1998年日本俳優連合(日俳連)と社団法人コンピュータエンターテインメント協会(CESA)の間で協議が持たれてからは、一般向けのゲームでは、アニメと同様にランク制が適用されるようになった。

ラジオドラマ・ドラマCD

ラジオドラマドラマCD作品の登場人物・登場キャラクターの声を演じる。

ドラマCDの場合キャスティングされる声優達は人気声優が多い。まだ売れてない無名の声優だとなかなかセールスが伸びず、人気声優だと販売店の扱いが違ったり、声優達の固定ファンの人達が買ってくれたりするためセールスが見込めてCD製作に踏み切れたりする。そのため「ドラマCD」の現場は人気声優達が多く集まりやすい[3]

ナレーション

テレビ番組・テレビやラジオのCM・PRビデオなどの原稿を読む。

ランク制の対象外の仕事[注 1]で、ギャラはアニメ・日本語吹き替え・ゲームよりもはるかに高額とされ、特にテレビCMが高額とされている[4]

舞台活動

関智一山口勝平などのように、劇団を主宰する者もいる。

俳優・タレント活動

戸田恵子山寺宏一高木渉など、映画やテレビドラマ、バラエティ番組などに出演している声優もいる。また、関俊彦花江夏樹など、子ども向け番組教育番組を含む)に顔出し出演をしていたり、内田真礼竹達彩奈などのように、CMで顔出し出演をする声優もいる。

歌手活動

音楽CDを発売したり、コンサートを開催するなど、歌手として活動する。逆に、アイドル歌手が声優に転身するケースも見られる。

アニメ・ゲームにおいては、メインキャラクター級の担当声優が、その作品の主題歌を歌うことがある。また、キャラクターが歌っているという設定で、声優本人の名義ではなく、キャラクター名義でキャラクターソングをリリースすることがある。

1990年代以後は、レコード会社との専属契約を結び、本格的に歌手活動をするケースが登場するようになり、2000年代半ば以後は、この傾向がより顕著になっている。

数名の声優が音楽ユニットを結成し、歌手(音楽)活動をするケースもあり、それを声優ユニットと称されることが多い。「アイドルマスター」や「ラブライブ!」などのように、アリーナ級の会場でライブを行う人気作品もある[注 2]

オリコンなどのヒットチャートにおいては、かつてアニメソングは児童向けの曲として別に集計されていた。また、アニメ専門店や電気量販店は集計の対象外だった。これらが改善された1990年代半ばごろから、声優の歌のCDがランキング上位になることが増えた[5]

1997年2月に椎名へきるが声優初となる日本武道館単独コンサートを開催したのを皮切りに、声優が武道館のような大きな会場で単独コンサートを開催するようになっていった。2011年12月には水樹奈々が声優初となる東京ドーム単独コンサートを開催した[注 3]

アニメソングが一般層にも浸透するにつれ、アニソンシンガー同様に音楽テレビ番組に出演して歌を歌うケースも増えている。2009年には、水樹奈々が声優初となるNHK紅白歌合戦第60回NHK紅白歌合戦)出場を果たしている[注 4][注 5]

茅原実里のように、元来歌手を志望していた人物が声優となり、歌手としてもデビューするというケースも見られる。

ラジオパーソナリティ

声優によるラジオ番組のパーソナリティは、古くから存在するが、1990年代以降は文化放送ラジオ大阪ラジオ関西アニラジ専門の放送枠を設けるなど、番組数が急増した。2000年代以降は、地上波放送だけでなくインターネットラジオ番組も増えている。

アダルト(18禁)作品への出演

アダルトゲーム(エロゲー)・アダルトアニメなどのアダルト(18禁)作品に声をあてる。この場合、声優名を非公表とするか、別の芸名を使うことがほとんどである[6][注 6]。アダルト作品を専門としている声優もいる。

特撮番組への出演

スーパー戦隊シリーズ』『仮面ライダーシリーズ』『ウルトラシリーズ』などといった特撮番組に登場するキャラクターの声を演じる。

人形劇・着ぐるみショー

人形劇はキャラクターの演技とタイミングを合わせながらセリフを言う。

着ぐるみショーでは生で声を合わせることもあるが、基本的には事前に声を収録してそれに合わせて着ぐるみの中の演者(スーツアクター)が演技を行う。

その他の仕事

番号案内の録音されたメッセージ、デパートでの録音案内、駅や路線バスなどの公共交通機関のアナウンス(自動放送)、出演作のイベント出演、テレビ番組への顔出し出演、など。

仕事の取り方

ここでは本職以外の仕事(各種タレント活動など)に関しては取り上げない。

アニメ
オーディションを受けて自分の手で仕事を得るというシステムが主流[7]。作品世界・登場人物のイメージに適合した声(声質)や演技力を持つ人物が採用され、新人や大物の区別なく選考オーディションを受ける。
通常は制作会社などから声優の事務所庶務にオーディションのお知らせが通達され、事務所は役柄に合うと判断した所属声優を数人選び、その選ばれた者だけがオーディションを受けられるというのが通例である。そのため大人数の声優を抱える大手事務所では、まず事務所内での競争を勝ち抜かないとオーディションを受ける機会すらない[8]。そして、たとえオーディションを受けられたとしても、60本に1本受かればいいというほどの競争率と言われる[9]
古川登志夫は『ポプテピピック』に出演した際、「大御所なんだから仕事選べ」という一部視聴者の声が出たことに対して「冗談ではない。アニメのキャラ声は本職だ。第一仕事を選べるほど偉い立場に無い」「一本の仕事を取るのにマネージャーさんが何度頭を下げるかご存知か!」と反論している[10][11]
ゲーム
オーディションで配役を決めることが多いが、ゲーム制作会社などからの指名で決まることもある。
吹き替え
アニメとは異なりオーディションはほとんど行われず、プロデューサーやディレクターなどが声優を指名して決めることがほとんどとされる[7][12]。ただし、ディズニー作品、スティーヴン・スピルバーグ作品、ジョージ・ルーカス作品などでは指名ではなく、アニメ同様オーディションが行われるという[13]
ナレーション
日本語吹き替え同様、オーディションはほとんど行われず、指名で決まることがほとんどとされる[14][15]

担当声優の交代劇

長期シリーズを中心に、担当声優の引退や逝去、降板など、諸般の事情による交代も時折起こる。また同じく病気や産休に事故などによる療養や、海外留学などによる休業により、「一時的に」別の声優が代役を担当するケースも多く見られる。

一例

異性の声を演じることについて

男性と女性とでは声質が違うということもあり、アニメのアフレコや洋画の吹き替えなどで、女性声優が男性(特に少年・幼い男の子)の声を演じるというケースはよくあるが、その逆の男性声優が女性(特に少女・幼い女の子)の声を演じるというケースは極めてまれである。

諸外国の声優

諸外国では日本のように専業の声優が確立している国は少なかったが、アメリカやフランスでは声優を専門とする役者も増えている。韓国では、放送局が放送劇団(声優劇会)を持っている。

中には、劉セイラジェーニャ のように、日本語母語としないながらも日本語を習得し、実際に日本で声優として活動している者も存在する。

声優の歴史

日本で声優の専業化が進んだ理由は、

  • ラジオドラマ全盛期に、NHK民放が自前の放送劇団(NHK東京放送劇団など)を組織して専門職を育成したこと
  • テレビの黎明期は、番組コンテンツ不足のため、アメリカ合衆国からテレビドラマやアニメーションが大量に輸入され、声優による日本語吹き替えの需要が増大したこと
  • アニメやゲームの人気の高まりにより、最初から声優専門の演技者を志望する者が増えたこと

などが考えられる。

ラジオドラマ時代

1925年3月、NHKの前身である社団法人東京放送局がラジオ放送を開始。そのわずか1カ月後に「映画劇せりふ」の番組内でサイレント映画『大地は微笑む』のセリフ劇が放送された。この時の声の出演は新派劇俳優の井上正夫、女優の栗島すみ子などであった。専門職としてではないが、実質的に彼らが「日本で最初の声優」である[21][注 7]。同年7月には舞台中継をスタジオで再現した『桐一葉』(出演:中村歌右衛門 (5代目)など)、さらに日本初の本格的なラジオドラマとして『大尉の娘』(出演:井上正夫、水谷八重子)が放送される。同年9月、東京放送局は声だけで演技を行う専門の俳優としてラジオドラマ研究生を公募。百余名の応募者のうち12名の女性が選ばれ、11月にラジオドラマ『太っちょう』に声をあてる。声優の歴史に関する多くの資料では彼女たちが「日本の声優第1号」とみなされている。この当時は新聞では「ラヂオ役者」と呼称していた[注 8]。初期のラジオドラマには汐見洋東山千栄子築地小劇場の俳優が多く出演していた[22]。また、この頃(主に1930年代)活躍していた者として舞台女優の飯島綾子が挙げられる[注 9]。彼女はラジオドラマの他に日本舞踊家歌手(流行歌・歌謡曲・童謡オペレッタ)としても多彩な活動をしていた。

1941年、NHKはラジオドラマ専門の俳優を養成する東京中央放送局専属劇団俳優養成所の研究生を公募。1943年に養成を終えた東京放送劇団の第1期生がデビューを果たした[24]。これが声優第2号とみなされ[25][注 10]、「声優」という言葉はこの頃から使われたとする資料もある[27]が、実際はより古く、『読売新聞』では1926年から使用されている[28]声優という呼称は、読売新聞の芸能記者だった小林徳三郎によるものという説と、NHKの演芸番組担当プロデューサー大岡龍男が命名したという説がある[29][要検証]。声優は当初、ラジオドラマを専門に行う東京放送劇団員やその他の放送局の劇団員を指し、テレビ時代になって吹き替えとアニメを行う役者を指す用語として定着していった。

1951年に民間ラジオ局のラジオ東京(現:TBSラジオ)が開局、専属の放送劇団(ラジオ東京放送劇団、後のTBS放送劇団)を設立して1957年に放送した連続ラジオドラマ『赤胴鈴之助』は当時の子供たちから絶大な支持を得た。テレビ放送がなく、ラジオがマスメディアで主要な地位を占めていたラジオドラマ時代の声優は決して日陰の存在ではなく、二枚目の主役の声を多く演じた名古屋章には月に何十通ものファンレターが届いたという[30]。ラジオドラマは全盛期を迎え、声優の紹介記事が新聞のラジオ欄に掲載されるようになると、声優へのファンレターと同時に声優に憧れ、声優志願者も急増した。1953年のNHK東京放送劇団の第5期生募集には合格者が10名程度のところへ6000名の応募が殺到したという。この時代を声優の勝田久は第1期声優黄金時代としている[31]

アニメでは、1933年には日本初のトーキーの短編アニメーション映画『力と女の世の中』が公開。アニメキャラクターに声をあてたのは、喜劇役者の古川ロッパをはじめとする映画俳優達だった。1942年には中国の長編アニメーション映画『西遊記・鉄扇姫の巻(鉄扇公主)』が日本で公開され、活動弁士出身の徳川夢声山野一郎などが声をあてた。第二次世界大戦後に発足した東映動画により日本でもコンスタントにアニメ映画が製作されるようになると、映画俳優、コメディアン、放送劇団員が使われた。また、洋画の吹き替えはテレビ時代になってから本格的に行われるようになった[注 11]

第1次声優ブーム

民放テレビの草創期には、1961年五社協定でテレビ局への日本映画の供給停止が決まったことなどによるソフト不足から、海外ドラマや洋画などのいわゆる外画の日本語吹き替え版が数多く放送された[33][34][35]。当初、NHKは基本的に字幕スーパーで日本国外の作品を放送していたため、日本語吹き替え版は民放が中心となっていた。以後、日本国外の作品は1960年代前半をピークとして放送された。これらを背景として声優人気が高まっていったという。ブームの中心人物はアラン・ドロンを持ち役とした野沢那智[36]追っかけまでいたという[37]

テレビや映画の俳優は五社協定とギャラの問題で吹き替えをしなかったため、テレビでの吹き替えは、ラジオ時代からの放送劇団出身者や新劇の舞台役者が多く行った[38]。放送劇団出身の若山弦蔵は当時の吹き替えに参入してきた新劇俳優について、「大部分の連中にとっては片手間の仕事でしかなかった」、「日本語として不自然な台詞でも疑問も持たず、台本どおりにしか喋らない連中が多くて、僕はそれがすごく腹立たしかった」と語っている[39]。海外アニメにおいては、落語家や浅草出身のコメディアンなどもキャラクターの声をあてたという例がある。

労働環境や待遇は恵まれていなかったことから権利向上のために結束しようという動きがあり、久松保夫は清水昭の太平洋テレビジョンに参加するが同社で労働争議が発生。これを受けて東京俳優生活協同組合(俳協)が誕生したが、前述の若山弦蔵のように所属せず独立した者もいた[40]。後に俳協から分かれて多くの声優プロダクションが結成された。この時代にはまだ声優という言葉は一般には認知されておらず[41]、別称として、吹き替えを主にしたことから吹き替えタレント、声をあてることからアテ師[42][43]というものがあった。

テレビの日本語吹き替え作品第1号はTBSの前身であるKRTテレビが1955年10月9日より放送開始したアメリカのアニメ『スーパーマン』であると言われる。実写では1956年にTBSの前身であるKRTテレビで放送された『カウボーイGメン』と記録されている。これらKRTテレビでの放送はいずれも生放送による吹き替えで、あらかじめ録音したアフレコによる作品第1号は、アニメでは1956年4月8日日本テレビが、番町スタジオの安井治兵衛に依頼して放送した海外アニメ『テレビ坊やの冒険』。

1966年に『土曜洋画劇場』(現・『日曜洋画劇場』)の放送が始まり、この番組によってスターの声を特定の声優に固定する持ち役制(フィックス制度)が始まった[44]

第2次声優ブーム

1970年代後半の劇場版『宇宙戦艦ヤマト』のヒットによるアニメブームと並行して起こったブーム。そのブームに押される形で声優業と並行した音楽活動も盛んになり、神谷明古谷徹古川登志夫などのアニメの美男子キャラクターを持ち役とする人気声優によるバンド『スラップスティック』を結成してライブ活動を行ったほか[45]、多くの声優がレコードを出すなどした。当時万単位のレコードを売り上げる声優として、潘恵子戸田恵子、神谷明、水島裕、スラップスティックの名が挙げられている[46]1979年に放送開始した『アニメトピア』などアニメ声優がパーソナリティを務めるラジオ番組なども誕生。ラジオドラマでは声優人気を背景にした『夜のドラマハウス』があり、アマチュア声優コンテストも開催されていた[47]

この時代はアニメ雑誌が創刊され始めた時代であり、『アニメージュ』の創刊編集長である尾形英夫は、声優のアイドル化を編集方針の一つとして打ち出した[48]。『アニメージュ』以外の他のアニメ誌も同様に誌面に声優コーナーを設けて、定期的に声優の情報を発信した。人材の供給・育成面では、声優専門プロダクションが分裂することによって次第に数が増え始め、各プロダクションにより声優養成所が設けられた。これらにより、放送劇団出身者や舞台役者などの俳優活動の一環や余技としての声優業ではなく、最初からアニメ声優を目指した声優が登場し始めた。このブームはおおむね1980年代前半頃までとされている。

1990年前後

1980年代末のテレビアニメ『鎧伝サムライトルーパー』に出演した5人の男性声優で1989年に結成したユニット『NG5』が人気を集め、ニュース番組で取り上げられるほどであった。声優がマルチ活動をするようになった先駆け的グループであるとも言われている[49]。しかし、声優界全体のブームとまでは至らなかった[50][51]。一方で、林原めぐみ井上喜久子といった女性声優にも注目が集まるようになる。

一方、1990年代になって、吹き替え作品が、地上波放送の他にも、DVDなどのパッケージやCS放送などさまざまな形態で発信されるようになると、従来の持ち役制度はほぼなくなったとされる[52]

第3次声優ブーム

用語として一時期頻繁に用いられていたが、明確な定義は存在していない。おおむね1990年代半ばごろに起こったとされる。

  • 声優のマルチ活動化やアイドル化が進む。
  • 声優の音声入りのテレビゲームやパソコンゲーム、声優がパーソナリティを務めるラジオ番組、声優が出演するイベントが増える。
  • 声優の歌手活動が増える。
  • 1994年に初の声優専門誌『声優グランプリ』『ボイスアニメージュ』が創刊される。
  • 1995年に初の声優専門のテレビ番組『声・遊倶楽部』が誕生。
  • 声の演技力のほかにも、特にアニメ・ゲームで活躍するには容姿の良さや歌唱力などといったようなことも声優に求められる傾向。

などといったようなことが、このブームの主な特徴として挙げられる。

近年(2000年代後半以後)

2000年代後半ごろから、一部のマスコミで「第4次声優ブーム」という表現が用いられるようになった(ただし、明確な定義はない)[53][54]。このころから、子どもの「なりたい職業ランキング」上位に「声優」がランクインするようになった[53]

2000年代後半以後、深夜アニメの本数が急速に増加[注 12]。これにより、いわゆる「アニメバブル」という状況が生まれて、若手声優が多くデビューする状況が生まれることになった。また、水樹奈々田村ゆかりの成功や、2005年から開催されているAnimelo Summer Liveなどのアニメソング系のライブ[注 13]がコンスタントに開催されるようになったことなどで、歌手活動を両立させる声優が急速に増加するようになった。

声優の経歴

声優の経歴としては、以下のようなケースがある。

放送劇団出身

NHKと民放が組織した劇団で、局のアナウンサーとは別個に、芸能を担当するために放送局で養成され、主にラジオドラマを担当した放送タレントである。彼らを指す言葉として「声優」が生まれた。芸能事務所などの台頭で現在では全て解散している[55]

NHKの東京放送劇団からは、巖金四郎加藤道子中村紀子子大木民夫など、NHK札幌放送劇団出身の若山弦蔵、NHK九州放送劇団出身の内海賢二など多数。民放では後のTBSにあたるラジオ東京放送劇団からは大平透中村正滝口順平田中信夫朝戸鉄也向井真理子など。地方局では、CBC中部日本放送劇団出身の中江真司、RKB毎日放送劇団出身の八奈見乗児など。地方局で活動していたのはラジオドラマ時代までで、テレビ時代になると海外作品の日本語吹き替えなどの声優の仕事は東京に集中していった。

声優養成所・声優学校出身

声優プロダクション付属の声優養成所(養成所)、声優になるためのレッスン指導を主とする養成所、声優関連の学校(声優養成学科がある専門学校)などの出身。

養成所・専門学校

声優になることを目指すには、声優の養成所や専門学校に通うのがもっとも一般的である。養成期間はおおむね1年から3年で、養成期間修了後に行われる所属オーディションに合格するとプロダクション所属となる。この時点では「新人・ジュニア・仮所属」などと称される見習い期間となる。見習い期間が終了し、内部審査を経て、認められた者だけが正所属(正規に所属する)となる。学生時代のうちから養成所に通う人間もいれば、社会人になってから養成所に通う人間もいる(多くは前者のケースだが、例えば茅野愛衣は社会人経験から養成所に通って、その後に声優デビューを叶えた)。

こうした養成機関でのレッスン経験が全く無く[注 14]、現役声優だった父・大塚周夫の紹介で声優事務所に所属した大塚明夫は、自著『声優魂』で、ステレオタイプな役者が多く輩出している元であると批判している[56]

俳優・舞台役者出身

主に舞台演劇やミュージカルなどをやる舞台役者が声優として長く活動するようになるケースは、声優という職業が成立する時期から多く存在しており、『ルパン三世』シリーズなどで知られる山田康雄納谷悟朗などが、これに該当する。また、吹き替えを中心に、俳優として活動してきた役者が声優としても長く活動するようになるケースもあり、津嘉山正種磯部勉などが、これに該当する。

子役出身

児童劇団などに所属する小中学生(あるいは高校生)が、声優の仕事をするようになったことがきっかけで、そのまま声優業を中心に活躍するケースは、声優という職業が成立する時期から多く存在しており、古谷徹古川登志夫などが、これに該当する。近年でだと、宮野真守入野自由飯田里穂諸星すみれなどが、これに該当する。

その他の出身(アイドル、歌手出身など)

アイドルグラビアアイドル歌手モデル特撮番組系俳優、お笑いタレントアナウンサーレポーターコスプレイヤーなどといった経歴のタレントが、声優の仕事をするようになったことがきっかけで、そのまま声優業を中心に活躍するケース。また、声優になるための足掛かりとしてアイドルをしていたケースや、歌手になるための足掛かりとして声優を目指すケース、あるいは、各種コンテストで入選したことがきっかけで声優として活動するようになったケースも、これに該当する。一例として、仲谷明香(元AKB48)、前島亜美(元SUPER☆GiRLS)、田所あずさ(「ホリプロタレントスカウトキャラバン」でのグランプリ受賞がきっかけで声優デビュー)などが挙げられる。特に2010年代になって以後は、アイドルから声優への転身者や、現役アイドルのまま声優としても活動する人間が登場、増加するようになっている[57]

他の分野の芸能人・著名人などの声優活動

俳優・歌手・音楽家・アイドル・グラビアアイドル・モデル・お笑いタレント・スポーツ選手・アナウンサーなどといった他の芸能人・著名人が、声優活動をすることがある。

もともと、専業の声優が確立されていなかった時代、東映動画の長編作品の頃から、長編アニメーション映画において、他の芸能人・著名人などを声優に起用することは珍しくない。1990年代以降のスタジオジブリ制作作品、2000年代以降のスタジオ地図制作作品に至るまで、こうした傾向は現在でも続いている。

批判

作品の質よりも話題性を狙って他の芸能人・著名人などを声優に起用するということも多いため[58]、他の芸能人・著名人などの声優起用に批判が出ることもある。

2007年公開のアニメ映画『ザ・シンプソンズ MOVIE』や2012年公開の映画『アベンジャーズ』などで、これまでのシリーズで日本語吹き替えを担当していた声優を、新作映画で俳優・タレントに交代する事態が発生しており、企業への批判が殺到した。『ザ・シンプソンズ MOVIE』、『TAXi4』、『エクリプス/トワイライト・サーガ』では、ソフト化に伴い劇場公開版に加え、元々担当していた声優陣による新たな吹き替え版が同時収録された。しかし、ソフト化の際に劇場公開版のみが収録される作品が大半である。特に『アベンジャーズ』ではキャスティングの変更などに対する批判のコメントがAmazon.co.jpの本作品のレビュー欄に殺到する事態となった[59]2012年公開の映画『プロメテウス』の主人公エリザベス・ショウ役の吹き替えにタレントの剛力彩芽が起用された際、ソフト化に際して変更もなかったため『エイリアン』シリーズのファンなどから酷評され、Amazon.co.jpのレビューが炎上した[60]

ターミネーター3』や『サイレントヒル: リベレーション3D』のように、劇場公開版では芸能人が吹き替えを担当したが、ソフト版ではプロの声優に差し替えて収録する場合もある。また、『X-MEN フューチャー&パスト』のように、新規バージョンをソフト化する際は、プロの声優で収録し直すケースもある。

2004年公開のアニメ映画『イノセンス』では、プロデューサーの鈴木敏夫が大物俳優の起用を立案し、草薙素子役を田中敦子から山口智子に変更しようとしていたが、スケジュールの都合に加えて「出来上がっているイメージを変えるべきではない」と出演を固辞した山口と、監督や声優陣の反対により田中が続投したということがあった。

オリコンスタイルで「タレント(他の芸能人や著名人など)を声優に起用するべきか、それともしないべきか」というアンケート調査を2014年に行ったところ、ほぼ半々に意見が分かれた[61]

俳優を声優に起用すること

アニメ監督の原恵一は、他の芸能人や劇団の子役・俳優を声優に起用している[62]。同じくアニメ監督の富野由悠季は、声優の演技は型にはまっていると批判したことがあり[63]、主役に劇団出身者や新人声優を多く起用している。同じくアニメ監督の押井守は、存在感と新鮮さが声優に勝ることがあるとして[64]、『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』ではメインキャラクター全員に有名俳優を起用している。

上述の俳優が声優に起用されることに関して、アニメを多く手がける脚本家の首藤剛志は「マイクの前で声を出しているだけの声優よりも、声優としての技量が劣っても、実際に観客の前で芝居をする俳優が買われているのではないか」と述べている[65]

声優の難波圭一は「いいですよね。ぼくは声優という小さな世界がなくなることを望んでいます」と肯定的な考えを持っている[66]

俳優などを多く起用するゲームシリーズ『龍が如く』では、ある有名俳優を起用したが事前準備もされずに収録に臨まれ、演技がなかなか上達せず横山昌義の指示で何度もリテイクが行われ時間をかけてその場面の距離感や感情を説明して及第点といえるところまで収録できたが「同じ苦労をした別の役者に申し訳ない、妥協はしたくない」として仕方なく降板してもらった事例もある[67]

特撮番組系の俳優の声優活動

東映特撮変身ヒーロー作品、とりわけ「仮面ライダーシリーズ」の「昭和ライダー」最終作にあたる『仮面ライダーBLACK RX』および「スーパー戦隊シリーズ」では『炎神戦隊ゴーオンジャー』に至るまで長きにわたりオールアフレコで制作されてきた。

いわゆる「平成ライダー」第1作にあたる『仮面ライダークウガ[68]および『侍戦隊シンケンジャー[69]から、俳優が顔出しで演じるシーンは基本的に一般的なドラマと同様の撮影同時録音方式に切り替えられたものの、現在でもスーツアクターが演じる変身後のシーンなど番組制作の各所でアフレコが多用されているため、特撮番組に出演経験のある俳優は、声優としての演技経験を事実上しているとも言える。そのためか、特撮番組で出演経験のある俳優がアニメなどの声あてをすることもあり、中には声優を本業として転向した者もいる。

声優が他の分野での芸能活動をすること

2000年代以後、声優が歌手や俳優(特に舞台)など、他の分野での芸能活動をすることが特に顕著になった。

声優が他の分野での芸能活動をするケースの一つとして、俳優活動が挙げられる。理由として「声優さんには『ああ、あの声の人だ』という知名度ならぬ『知声度』があるので、仮に顔がいまいちわからなくても、『声』がわかったときの感動や話題性があるから」が挙げられる[70]。特に俳優活動の中でも、舞台での活動と両立する声優が少なくないが、理由として「舞台はやり直しができず、実際にその芝居や息づかいが観客に見られていることで、それが声の芝居に生きるから」などが挙げられている[71]

また、声優が歌手などの活動と両立させるケースが、特に2000年代以後に顕著になっているが、これについては下記の節にて述べる。

「アイドル声優」と「声優アーティスト」

歌手などの活動と両立させる声優について、「アイドル声優」あるいは「声優アーティスト」と表現するケースが登場、増加するようになった(ただし、いずれかまたはいずれにも、必ずしも該当しないケースもあるので留意が必要である)。

アイドル声優とは、第3次声優ブームと称されていた1990年代半ばごろから出てきた俗称。この頃にはボイスアイドルとも呼ばれた[72]。本業に留まらず、歌を通してそのCDを発売したりライブを開催するなど歌手活動をする、声優専門誌や漫画雑誌などのグラビアに登場する、写真集やイメージビデオを発売する、CMに出演する(これはいわゆる「Web CM」を含む)などといったアイドル的活動を行う声優を指すことが多い。本業を蔑ろにしているという批判的なニュアンスも含んでおり、実際にベテラン声優を中心に否定的、悲観的にとらえることが少なくない(一例として桑島法子は「アイドル声優は旬を過ぎたら使ってもらえなくなる」と述べている)[73]

実際、2010年代になり、内田真礼[74]竹達彩奈[75]三森すずこ[76]などのように、顔出しでCMに出演するケースや、三森すずこ[77]、内田真礼[78]佐倉綾音[79]斉藤朱夏[80]逢田梨香子[81]などのように、一般の漫画雑誌などでのグラビアに登場するケースが登場するようになっている。

声優アーティストとは、上記のアイドル声優に代わって2000年代半ばごろから出てきた俗称であり、主に、声優業と歌手業を両立させている声優を指すことが多い[53]。「アイドル声優」「声優アーティスト」のいずれの場合も、日本の女性声優に特に多いといわれる。

近年では本格的なアイドルもしくはアーティスト活動までには至らずとも、アニメに出演する場合、主題歌などを担当したり[注 15]、各種関連番組(アニラジニコニコ生放送など)やイベントへの出演など、タレント活動を求められるケースが一般的になっている[82]。さらには、アイドル主体のアニメ・ゲーム作品における担当アイドル(キャラクター)を完全トレースして、本格的なアイドルレベルの振り付けによるライブ活動を展開し、中には本格的なアイドルを凌ぐドーム公演や紅白歌合戦への出場などを果たす声優ユニットも存在する[注 16]。実際、i☆RisWake Up, Girls!22/7などのように、「声優を軸足にしつつも、アイドル的な活動を行うグループ」が登場、増加するようになっている[57]

「アイドル声優」「声優アーティスト」のいずれであれ、声優の顔出しでの活動が増えた理由として、声優の社会的地位の向上のほかに、声優の役割やイメージの変化(「裏方的な仕事」とされてきたのが「ルックスや若さが重視される」ように変化した)が背景としてあるという[53][73]

声優プロダクション

声優プロダクションは、声優から手数料を徴収し、音響制作会社や放送局などに対して、アニメ・日本語吹替・ナレーションなど得意分野ごとに配置されたマネージャーが営業活動や声優の売り込みなどを行う。専門の養成所を持ったり専門学校と提携して新人の育成も行う。

元々制作会社の関連会社に位置していて連携の強いプロダクションが存在し、特に2000年代は特に新たに創業される例が見られた[注 17]が、2010年代以降は制作会社の一部門として直営され、より連携が強固なプロダクションも存在する[注 18]。特定の制作会社との連携が強くとも、他の制作会社が手掛ける仕事も請ける。また、元々音楽系のプロダクションでも声優のマネージメントを行う例が近年あり[注 19]、この場合は本業を生かして歌手活動も積極的に行われることが多い[注 20][注 21]。他分野中心のタレントプロダクションが声優に力を入れ始める例も見られる[注 22]

声優の経済環境

声優は、所属事務所からの基本給というものは存在せず、各人の仕事実績によるギャランティ(報酬金)が収入となる個人事業者である。所属事務所とは通常1年更新のマネジメント契約を締結し、売込みやマネジメントの対価として業界平均で出演料の約20%から30%を事務手数料として事務所へ支払い、源泉徴収も10%[注 23]引かれ[注 24]、この残りが声優の手取りの報酬となる[83]。歌手や俳優など、他の芸能の世界と何ら変わりない厳しい競争社会であり、経済的に自立できずに脱落していく者も多い。

日本語吹き替えが始まった1960年代には、声の仕事は顔出し出演の7割の出演料「顔出しの七掛け」とされ[84]、低い位置にある仕事とみなされ、舞台俳優がアルバイトのような形でやっていた。ただし、実写の仕事と比較して、吹き替えの仕事は拘束時間が少なく掛け持ち出演が可能だったため、一概に低収入とは言えなかった。

声優の賃金待遇改善については、声優の多くが日本俳優連合(日俳連)に所属しており、日俳連は音響制作会社の集合体である日本音楽制作者連盟(音声連)、声優のマネージメントを行う事業者で組織する日本芸能マネージメント事業者協会(マネ協)と「三団体実務小委員会」を設けて、出演ルールの改定や待遇の改善を申し入れて来た。ときにはストライキ1973年8月8日)や街頭デモ活動を行うなどして、1973年には報酬が約3倍アップ、1980年には再放送での利用料の認定、1991年には報酬が約1.7倍上昇するなどの成果を勝ち取って来た。

業界に対してのみならず、1973年と2001年にはデモ行進1988年には永井一郎が『オール讀物』(文藝春秋)において『磯野波平ただいま年収164万円』と題して、アニメ出演料の安さを訴える記事を寄せて、世間一般への理解を求める行動を起こしている[85]

日俳連・マネ協・音声連による協議の結果、外画動画出演規定、新人登録制度、CS番組に関する特別規定、ゲーム出演規定などを締結した。アニメでは、放送局と、アニメ制作会社で組織される日本動画製作者連盟も加わって、団体協約が締結されている。これにより、仕事1作品あたりの報酬は作品のジャンル・放送時間帯・放送回数・ソフト化などによる2次利用、そして経験実績などの条件によって受け取る額が算出される方法を取られており、音響制作会社の一方的な言い値で手取りを決定されるということはない[注 25]

以上の協定は、声優・マネジメント事業者・音声製作事業者がそれぞれの団体に所属しなければ縛られることはない。例えば、石原裕次郎は映画『わが青春のアルカディア』の出演料が1千万円だったと言われている[86]。そのため組織率を高めるために、音声連が製作する作品に出演する人数について「日俳連に属さない出演者の数は全体の20%以内」とし、日俳連に属さない出演者については加盟を推奨することが音声連には課せられている。逆にマネ協・日俳連側は、音声連に入っていない製作会社へ音声連への加盟を奨めることとなっている。

これらの協定を嫌う日本アドシステムズなどの製作者側もあり、日俳連に所属しない声優を起用するケースが1990年代半ばより増加したが、東映アカデミーラムズのように事業を停止したケースもある。音声連に属していない事業者としては神南スタジオや脱退した音響映像システム(現・サンオンキョー)などがあり、マネ協に属していない事業者としてはネルケプランニングなどがある[注 26]

ランク制

日俳連に所属する声優が、アニメと日本語吹き替え作品に声をあてる際の出演料についての規定で、この制度では報酬は、ランクと拘束時間によって算出され、演じる役のセリフ量にかかわらない。また、社団法人コンピュータエンターテインメント協会(CESA)に加盟するゲーム会社との間にも同様のランク制が設けられている。ランクの設定は毎年4月に更新され、人気が上がったりキャリアを重ねると、マネ協や音声連との協議の上、ランクが上がっていく。ランクが1つ上がるごとに出演料が千円ずつアップする。例外として、60歳以上の者はランクを上げることは出来ても下げることは出来ない。1991年に出演料が約1.7倍アップしたこともあり、予算の限られたアニメや吹き替えにはランクの高い(出演料が高い)ベテラン声優が起用されなくなる弊害が生じるようになった。それにより、2001年から2年の期間限定でランク下げを認める特例期間が設けられた。

30分枠作品の最低ランクの出演料が1万5千円で、最高ランクが4万5千円、その上に上限なしのノーランクが設定されており、これが基本出演料となる。またその基本出演料に「目的使用料」として、アニメは1.8倍が加算され、吹き替えは1.7倍が加算される。予告編のセリフをやった場合、基本出演料のランクを基にしたギャラが加算される。放送時間枠が60分や120分の場合は「時間割増」となり、その分のギャラが支払われる。出演作品がソフト化されたり再放送された場合、規定に基づいて「転用料(2次使用料)」が支払われる。これらの合計が声優の総出演料となるのだが、そこから事務手数料や税金などで約30%から40%引かれる。

なお、アニメ・日本語吹き替え・ゲーム以外のナレーションの仕事は、このランク制の適用を受けない。

新人声優の待遇

声優学校や声優養成所を卒業して、日本芸能マネージメント事業者協会(マネ協)加盟の声優事務所のオーディションに合格した新人声優は、まず「預かり」という身分から声優業をスタートする。この時点ではまだ声優個人としての日本俳優連合(日俳連)への加盟はできない。預かりは声優業の最初のステップとして、ランク制の事実上の番外とでもいうべき存在である。預かり期間修了後はジュニアランクとなり、ジュニアランクでいられる期間は3年間ないし所定の起用率に到達するまでで、それを終了した後は日俳連へ加盟し通常のランクの声優になる[87]

出演料が安すぎるという理由で1990年に一度新人(ジュニア)ランクを撤廃したことがあったが、1994年から新たな形で再び導入された。

預かりとジュニアランクの声優の出演料は1万5千円で、ランクが付いた声優とは違い、上述の「目的使用料」「予告編のセリフ代」「時間割増料」「転用料」は支払われない。

ベテラン声優の収入源

声優としてベテランになり日俳連のランクが高くなると、予算の関係からアニメ・ゲーム・吹き替えの仕事は自然とできなくなっていく。そういったことを補うのが、CMやテレビ番組などでのナレーションの仕事である。ナレーションは日俳連の協定によるランクの縛りがなく[注 27]、また、ギャラはアニメ・ゲーム・吹き替えよりもはるかに高額とされる。そのためか、新人・若手声優だった頃はアニメに多く出演していたが、後に中堅・ベテラン格になるにつれてアニメの仕事が徐々に減っていき、ナレーションが中心になるという傾向にある。

ベテラン声優の中には収入の少なさを補うために本業の傍ら、声優事務所の経営、声優の養成所や専門学校の講師、カルチャースクールの喋り方教室の講師、音響監督などといった副業をしている者もいる。また、ベテランになると、経済的にはむしろそのような副業のほうが本業という声優も珍しくないといわれている。

声優の世界の厳しさ

数多くいる声優の訓練生だが、ほとんどの者はデビューを叶えることなく去って行く。デビュー出来たとしても、ほとんどの新人声優は声優業のギャラだけでは生計を立てられず、アルバイトなどの副業をこなす、または実家で生活するか実家からの仕送りに頼る、と言った新人・若手声優がほとんどである。さらにその中から後に声優として第一線で活躍できる者は「ごくわずか」であるという狭き門である。オーディションで他の声優との競争に勝てずに仕事がもらえずに無名のまま脱落し、経済的に自立できずにわずかな期間でやめる、またはプロダクションから「今後、第一線級の声優として売れる見込みがない」と判断されて契約を解除される、という新人・若手声優が多いという[88][89]。実際、一例として内田彩は、2015年9月のインタビューにて「声優の仕事一本で食べていけるようになる2~3年くらい前まで、声優の仕事が空いているときは派遣のアルバイトをやっていました」と打ち明けている[90][注 28]

1996年発売のキネマ旬報刊『声優名鑑』には約2400人の声優が掲載されていたが、このうち声優としての地位が確立されている者は約300人だけで、しかもそのうち声優業だけで食べていける者は約半数であるという[91]。また2010年代には、『それが声優!』(テレビアニメ、漫画)や『声ガール!』(テレビドラマ)など、声優の世界の実状を描写する作品が登場するようになった。

ある程度の知名度、出演本数、活動年数があったにもかかわらず、声優業で生計を立てていくことが難しいという理由で引退した者も少なくなく、継続して仕事を維持するのも厳しい世界である[89]

声優の数

1996年発売のキネマ旬報刊『声優名鑑』には約2400人の声優が掲載されていたが、このうち声優としての地位が確立されている者は約300人で、またそのうち声優業だけで生計を立てられる者は約半数だという[92]テレビ朝日の番組「人気声優200人が本気で選んだ!声優総選挙!3時間SP」(2017年1月9日放映)では、日本には約6300人の声優がいるとしている。

脚注

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注釈

  1. ^ ただし、アニメ・日本語吹き替え・ゲームのナレーションはランク制の対象となる。
  2. ^ 特に「ラブライブ!」から生まれたμ'sは、2016年3月31日・4月1日に声優ユニットとしては初めてとなる東京ドームでの単独コンサート開催を実現し、両日満員御礼であった。
  3. ^ 2016年にも東京ドームでの単独コンサートを開催したほか、同じ年には声優のみならずソロ歌手としても初となる阪神甲子園球場でのコンサートを実現させている。なお、水樹は阪神タイガースのファンとして知られており、甲子園球場でのコンサートは自身の念願の一つでもあった。
  4. ^ 水樹はその後も毎年出場を続け、2009年から2014年の計6回にわたり連続出場した。
  5. ^ 2015年に声優ユニットのμ'sが、水樹に次いで声優2組目となる紅白出場を果たす。
  6. ^ まれに普段使用している声優名のままでクレジットされていることもある。
  7. ^ ただし、これは無声映画作品に声をつけたものとして放送されており、本格的なラジオドラマとは質が異なる。
  8. ^ 後述するように『読売新聞』では1926年の時点で「声優」という言葉が使われていた。
  9. ^ 村田美弥子(当時は村田美禰子)、村田竹子(いずれも女優・村田嘉久子の妹)とともに「スター」として取り上げられていた[23]
  10. ^ 第1期生の加藤道子が死去した際、読売新聞は「声優の草分け」と紹介[26]
  11. ^ 初の日本語吹き替え作品は1931年の米映画『再生の港』だが、起用された在米邦人の広島訛りが不評で後が続かなかったという[32]
  12. ^ 2007年に、BS11による『アニメ+』が創設されて以後、この傾向が年々顕著になってきている。
  13. ^ 他には、ANIMAX MUSIX(2009年開始)、リスアニ! LIVE(2010年開始)など。
  14. ^ 文学座こまつ座などで俳優としての活動はしていた。
  15. ^ 作品限定の声優ユニット活動を行うこともある。
  16. ^ アイドルマスターシリーズTHE IDOLM@STERアイドルマスター シンデレラガールズアイドルマスター ミリオンライブ!アイドルマスター SideM)、ラブライブ!シリーズμ'sAqoursWake Up, Girls!プリパラi☆Risなどの例がある。特に「ラブライブ!」シリーズのキャストは歌唱力やダンス力を重視したオーディションにより、 それまで声優経験が皆無(他業種出身のメンバーに加えて、芸能界での活動経験がなかったメンバーもいる)からの起用者も多くいる。
  17. ^ エイベックス・プランニング&デベロップメント(旧アクシヴ。声優プロダクションとしては縮小化したのち、グループ再編でエイベックス・ピクチャーズの1部門となった)、KADOKAWAプロダクション・エースアニプレックスボイスアンドハート(廃業の後、アニプレックスから独立)、ドワンゴアーティストプロダクション(株式会社ドワンゴ プランニング アンド ディベロップメント。現在のMAGES.となるAG-ONEへ会社統合の後、廃業)、ブシロード系のなど。
  18. ^ MAGES.-アミュレート(ドワンゴアーティストプロダクションの事実上承継先)、学研プラス-office EN-JIN、エイベックス・ピクチャーズ(エイベックス・プランニング&デベロップメントから一部受け入れ)。前述の響もグループのレコード会社ブシロードミュージック直営だった時期がある。
  19. ^ ミュージックレイン株式会社S、ポニーキャニオンアーティスツなど。ただし、ポニーキャニオンアーティスツは現在、声優、声優兼歌手およびアニメソング歌手枠のアニメ専門マネージメント組織「スワロウ」へ分割し、ポニーキャニオンアーティスツ本体は声優マネージメントを行っていない。
  20. ^ 『声優兼アーティスト』枠で所属オーディションを開催するなどしている。
  21. ^ 歌手志望者を声優として(も)デビューさせる例があり、株式会社S(現在はディファレンスに移籍)の新田恵海のように、歌手志望として所属オーディションに合格するも事務所の方針で最初は声優としてデビューし、合格から5年半を経て歌手デビューを果たすという例もあり、また、ポニーキャニオンアーティスツ(現スワロウ)の遠藤ゆりか(2018年6月、芸能活動引退)のように、歌手デビュー後に声優としてもデビューするという例もある。
  22. ^ スペースクラフトホリプロなど。
  23. ^ 平成25年度以降の25年間は復興特別所得税が加算されるため、10.21%となる[1]
  24. ^ ただし、年収が少ないため結果的に源泉徴収税を納めすぎとなっているという者は、翌年の確定申告で還付を受けることができる。
  25. ^ 一概には言えないが、日俳連は基本的に土日祝日のゴールデンタイムに放送される番組に最も高いクラスの報酬を設定している。
  26. ^ ただし、現在ではスタッフの移籍がより増えたため、実質的に加盟している状況の会社もある。
  27. ^ アニメ・ゲームのナレーションはランクの縛りがある
  28. ^ 声優として2008年にデビューして以後、『キディ・ガーランド』(2009年。アスクール役)で主演を務めるなど、出演本数を積み重ねてはいたが、メインキャラとしての出演が増えたのは2012年以後のことであった。

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参考文献

関連項目

外部リンク