ヌビア遺跡

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
世界遺産 アブ・シンベルからフィラエまでのヌビア遺跡群
エジプト
アブ・シンベル神殿
英名 Nubian Monuments from Abu Simbel to Philae
仏名 Monuments de Nubie d'Abou Simbel à Philae
登録区分 文化遺産
登録基準 (1),(3),(6)
登録年 1979年
公式サイト 世界遺産センター(英語)
使用方法表示

アブ・シンベルからフィラエまでのヌビア遺跡群(Nubian Monuments from Abu Simbel to Philae)は、エジプト南部のナイル川流域にある、古代エジプト文明の遺跡。

1960年代、エジプトでナイル川流域にアスワン・ハイ・ダムの建設計画が持ち上がったが、このダムが完成すると、ヌビア遺跡が水没する危機が懸念された。これを受けて、ユネスコが、ヌビア水没遺跡救済キャンペーンを開始。世界の60ヶ国の援助により、技術支援、考古学調査支援などが行われた。

これがきっかけとなり、開発から歴史的価値のある遺跡、建築物、自然等を国際的な組織運営で守ろうという機運がうまれ、1972年11月16日、ユネスコのパリ本部で開催された第17回ユネスコ総会で世界の文化遺産および自然遺産の保護に関する条約(世界遺産条約)が満場一致で成立。1975年、20ヶ国が条約を締結し、正式に発効した。ヌビア遺跡群も1979年文化遺産として登録された。

概要[ソースを編集]

アブ・シンベル神殿[ソースを編集]

1964年から1968年の間に、正確に分割されて、約60m上方の丘に移築された。

フィラエ神殿[ソースを編集]

1972年から1980年の間に、フィラエ島からアギルキア島に移築された。

カラブシャ神殿[ソースを編集]

アスワンの南約50キロのナイル川西岸に建てられていたが、1970年に現在の位置(アスワン・ハイ・ダムの近く)に移築された。

登録基準[ソースを編集]

この世界遺産は世界遺産登録基準における以下の基準を満たしたと見なされ、登録がなされた(以下の基準は世界遺産センター公表の登録基準からの翻訳、引用である)。

  • (1) 人類の創造的才能を表現する傑作。
  • (3) 現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠。
  • (6) 顕著で普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰または芸術的、文学的作品と直接にまたは明白に関連するもの(この基準は他の基準と組み合わせて用いるのが望ましいと世界遺産委員会は考えている)。

関連項目[ソースを編集]

座標: 北緯22度20分11秒 東経31度37分34秒 / 北緯22.33639度 東経31.62611度 / 22.33639; 31.62611