ニーシャープール
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| ニーシャプール、ネイシャーブール نیشابور | |
|---|---|
| 座標 : 北緯36度12分 東経58度48分 / 北緯36.200度 東経58.800度 | |
| 人口 | |
| 人口 | (2006現在) |
| 域 | 270,972人 |
| その他 | |
| 等時帯 | IRST (UTC+3:30) |
ニーシャープール(Nishapur)(ペルシア語: نیشابور ネイシャーブール)は、イラン北東部のラザヴィー・ホラーサーン州の都市。人口は270,940人(2005年)。
地理[編集]
「ホラサーンの屋根」であるアルボルズ山脈の一部を構成している肥沃なビーナールード山脈(ペルシア語: کوه بینالود - Kūh Binalud)の麓に位置し、州都マシュハドに近い。
地震活動が活発な地帯にある。
産業[編集]
穀物、綿花栽培が盛んでホラーサーン地方第二の産業都市であるが、アフガニスタンからの麻薬の密売で荒廃も見られる。
歴史[編集]
ニーシャープールは地中海やアナトリアと中国を結ぶシルクロードに位置しており、戦略的に重要な町でイラン高原と中央アジアを分ける境界であった。
町は3世紀、サーサーン朝のシャープール1世によって創建され、その名が付けられた。近くに豊富なトルコ石を産する鉱山がアリ・メリサイ山(mount ali mersai)にあった。その後、一時期衰退するが、9世紀にターヒル朝がこの地に生まれるとニーシャプールはその都となり、バグダッドやカイロに比肩するほど盛隆し、ヨーロッパに輸出する陶磁器の生産で再び重要な町に返り咲いた。
セルジューク朝の祖・トゥグリル・ベグは1037年、この地に宮殿を造営し、ここでスルタンを名乗った。 1221年、チンギス・カンの娘婿がこの地で殺されると、モンゴルはこの地を破壊、住民を皆殺しにした。陶芸の窯ももちろん失われた。
詩人ウマル・ハイヤームはニーシャープールで生まれ、郊外に葬られている。12世紀の詩人・ファリード・アド=ディーン・アッタールの廟もある。
姉妹都市[編集]
ネイシャーブールは9つの都市と姉妹都市協定を結んでいる。