ニュー新橋ビル

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ニュー新橋ビル
New-shimbashi-bldg-2017.jpg
ニュー新橋ビルの位置(東京都区部内)
ニュー新橋ビル
情報
設計者 松田平田坂本設計事務所[1]
管理運営 新橋商事株式会社
構造形式 鉄骨鉄筋コンクリート構造
敷地面積 5,730 m² 新橋駅前地区-事業の概要 東京都第二市街地整備事務所
延床面積 58,107 m² (容積率1014%)
階数 地上11階、地下4階
竣工 1971年2月
開館開所 1971年4月16日[2]
所在地 105-0004
東京都港区新橋2-16-1
座標 北緯35度39分58.6秒 東経139度45分26.5秒 / 北緯35.666278度 東経139.757361度 / 35.666278; 139.757361座標: 北緯35度39分58.6秒 東経139度45分26.5秒 / 北緯35.666278度 東経139.757361度 / 35.666278; 139.757361
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特徴的な低中層階外壁の格子

ニュー新橋ビル(ニューしんばしビル)は、東京都港区新橋新橋駅日比谷口前にある大規模な雑居ビルである。

概要[編集]

低中層階の地下1階から4階までは、飲食店商店金券ショップマッサージ店等の主としてサラリーマンを対象とする店舗が入居している[3]、また、地下2-3階は駐車場とされており、高層階の5-9階はオフィス、10-11階は1-2DKの住宅とされている[1]。1日の来場者は1万人を超える[4][5]。特に商業区画の雰囲気には独特なものがあり、おやじビルとの愛称がある。

沿革[編集]

新橋駅西口は1945年昭和20年)5月24日空襲を受け、その大半が焼失した[6]

第二次世界大戦後、新橋駅西口にはヤミ市が生まれた。当初は不法占拠露店が大半を占めたが、やがて当時の港区長であった井出光治が設立した新橋商事やテキ屋の関東松田組により、木造平屋長屋形式の「新生マーケット」が設立された。「新生マーケット」は、この種のマーケットとしては日本最大規模のものであった[7]

1961年(昭和36年)12月には市街地改造法に基づく新橋駅西地区の都市計画及び都市計画事業が決定され、1969年(昭和44年)2月に施設建築物に着工。1971年(昭和46年)2月に竣工した[8]

再開発計画[編集]

2014年(平成26年)11月5日に、地権者による協議会が、当ビル及びSL広場を含む南北約400m、面積約3haの範囲を再開発し、30階建て前後、高さ120-130mのビルを2棟以上を建設する方針を決定したと報じられた。再開発は野村不動産NTT都市開発が行い、2023年頃の完成を目指す。再開発の一因は、ニュー新橋ビルの老朽化とされている[9][10]。実際、2018年3月に東京都が公表した耐震診断の結果では、震度6強~7の地震により倒壊・崩壊の危険性が高いとされている[11]

脚注[編集]

  1. ^ a b ヤミ市の香りと最新ファサードの強力コラボ──ニュー新橋ビル nikkei BPnet、2008年1月11日
  2. ^ カオスな「ニュー新橋ビル」とエコな「イオンレイクタウン」] 日経ビジネスオンライン、2010年2月5日
  3. ^ ニュー新橋ビル 新橋商事株式会社
  4. ^ 新企画 儲かる「雑居ビル」!サラリーマン専用!?特に2Fがスゴかった! TBS「がっちりマンデー!!」、2013年8月18日
  5. ^ 東京砂漠のど真ん中にあるオアシス 異論毒舌「丸の内日記」=生涯一記者の遠吠え= デイリー・ダイヤモンド、2014年10月20日
  6. ^ 鈴木直樹・中井祐『新橋駅西口広場における歩行者空間成立の経緯と要因に関する研究 (PDF) 』 景観・デザイン研究講演集 No.5
  7. ^ 佐藤和哉『新橋西口市街地改造事業における空間の形成過程 -ヤミ市からの変遷に着目して- (PDF)
  8. ^ 新橋駅前地区-事業の経緯 東京都第二市街地整備事務所
  9. ^ 新橋・SL広場に複数の超高層ビル 再開発計画動き出す 朝日新聞、2014年11月6日
  10. ^ 【日本の議論】「新橋」が変わる サラリーマンの街再開発で「SL広場」や「ニュー新橋ビル」の未来は… 産経ニュース、2014年12月5日
  11. ^ “震度6強で倒壊の危険、都内251棟 ニュー新橋ビルも”. 朝日新聞. (2018年3月30日). https://www.asahi.com/articles/ASL3Z32G6L3ZUTIL006.html 2018年3月30日閲覧。 

外部リンク[編集]