コンテンツにスキップ

ニュージャージー・デビルス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ニュージャージー・デビルス
New Jersey Devils
カンファレンスイースタン・カンファレンス
ディビジョンメトロポリタン
創設年1974年 (52年前) (1974)
歴代チーム名カンザスシティ・スカウツ
(1974 - 1976)
コロラド・ロッキーズ
(1976 - 1982)
ニュージャージー・デビルス
(1982 - )
ホームアリーナプルデンシャル・センター
ホームタウンアメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ニュージャージー州ニューアーク
ニュージャージー・デビルスの位置(アメリカ合衆国内)
1982-
1982-
1976-1982
1976-1982
1974-1976
1974-1976
チームカラー赤、白、黒
     
メディア
オーナーハリス・ブリッツァー・スポーツ・エンターテインメント
GMサニー・メッタ
ヘッドコーチシェルドン・キーフ
キャプテンニコ・ヒッシャー
獲得タイトル(獲得年)
スタンレーカップ優勝 (3回)
1995・2000・2003
アブコワールド (0回)
なし
カンファレンス優勝 (5回)
1995・2000・2001・2003・2012
ディビジョン優勝 (9回)
1997・1998・1999・2001・2003・2006・2007・2009・2010
プレジデンツトロフィー (0回)
なし

ニュージャージー・デビルス (英語: New Jersey Devils) は、アメリカ合衆国ニュージャージー州ニューアークを本拠としているナショナルホッケーリーグNHL)所属のプロアイスホッケーチームである。

ここでは前身のチームであるカンザスシティ・スカウツ (: Kansas City Scouts) とコロラド・ロッキーズ (NHL) (: Colorado Rockies) についても概説する。

フランチャイズの歴史

[編集]

スカウツ時代

[編集]
カンザスシティ・スカウツ
Kansas City Scouts
カンファレンス
ディビジョンスマイス
創設年1974年 (52年前) (1974)
歴代チーム名カンザスシティ・スカウツ
(1974 - 1976)
コロラド・ロッキーズ
(1976 - 1982)
ニュージャージー・デビルス
(1982 - )
ホームアリーナケンパー・アリーナ
ホームタウンアメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ミズーリ州カンザスシティ
ニュージャージー・デビルスの位置(アメリカ合衆国内)
1982-
1982-
1976-1982
1976-1982
1974-1976
1974-1976
チームカラー青、赤、金、白[1]
       
メディア
オーナー
GM
ヘッドコーチ
キャプテン
獲得タイトル(獲得年)
スタンレーカップ優勝 (0回)
アブコワールド (0回)
カンファレンス優勝 (0回)
ディビジョン優勝 (0回)
プレジデンツトロフィー (0回)

ライバルリーグのWHAとの競争で登場した最後の拡張2チームの1つとして、1974年10月9日に前身のカンザスシティ・スカウツはミズーリ州カンザスシティにデビューした。初戦はトロント・メープルリーフスに6対2で敗れ、もう1つの拡張チームであるワシントン・キャピタルズを5-4で破り初勝利を挙げるも、15勝54敗11分の成績でスマイス・ディビジョン最下位で終わり、次のシーズンはさらに悪化した。

スカウツは両シーズンとも観客動員数で下から2番目、カリフォルニア・ゴールデンシールズだけが少なかった。やがて財政難に陥り、スカウツはデンバー、シールズはクリーブランドへの移転が決定する。

最終シーズン終了後に、「アメリカ建国200周年記念・コカコーラ杯」と銘打ち、ライバル関係にあったキャピタルズとのエキシビションゲームで初来日したNHLチームの1つとなった。[2][3]

1976年7月26日にスカウツはコロラド州デンバーを拠点とする石油王ジャック・A・ヴィッカーズに売却され、チームはコロラド・ロッキーズと改名された。[4]

ロッキーズ時代

[編集]
コロラド・ロッキーズ
Colorado Rockies
カンファレンス
ディビジョンスマイス
創設年1974年 (52年前) (1974)
歴代チーム名カンザスシティ・スカウツ
(1974 - 1976)
コロラド・ロッキーズ
(1976 - 1982)
ニュージャージー・デビルス
(1982 - )
ホームアリーナマクニコルズ・スポーツ・アリーナ
ホームタウンアメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
コロラド州デンバー
ニュージャージー・デビルスの位置(アメリカ合衆国内)
1982-
1982-
1976-1982
1976-1982
1974-1976
1974-1976
チームカラー青、赤、金、白[5]
       
メディア
オーナー
GM
ヘッドコーチ
キャプテン
獲得タイトル(獲得年)
スタンレーカップ優勝 (0回)
アブコワールド (0回)
カンファレンス優勝 (0回)
ディビジョン優勝 (0回)
プレジデンツトロフィー (0回)

1960年代後半から70年代初頭にかけて、デンバー・コロシアムでプレーするマイナーリーグのデンバー・スパーズがこの街に存在しており、1974年には条件付きで待望のNHLフランチャイズ権を獲得したが、NHLが1976-77シーズンの拡張計画を中止したため、1975-76シーズンからはWHAに参戦していたが、観客動員不足に悩まされ成績は伸びず、1シーズンでオタワに移転した翌シーズンにロッキーズは到着した。

デンバーではコロラド・ロッキーズ(同名の野球チームの設立前)を名乗るもファン層の拡大には至らず、成績の方も6年間でたった1度だけプレーオフ進出を果しただけであった。チームは6シーズンで7人のヘッドコーチを迎え、1979年に失地回復のため人気者で派手な行動で知られるドン・チェリーをコーチとして雇い入れるも成績不振で1シーズンで解任されNHLコーチのキャリアを終えた。将来の殿堂入り選手ラニー・マクドナルドの獲得はあったものの目立った成績を残すことはなく、1982年5月にNHLの承認を得てニュージャージーへの移転が決定された。[6]

ニュージャージー移転後の黄金時代

[編集]

1982年に当時のオーナーのジョン・マクマレン (John McMullen) がニュージャージー州イーストラザフォードのメドウランズ・コンプレックスに本拠地移転を行い、チーム名をニュージャージー・デビルスに変更した。この名称は、ニュージャージー南部のパインバレンズ (Pine Barrens) に生息するとされる不吉なUMAジャージー・デビルの伝説に由来する。1980年代のチームは、ウェールズカンファレンスの決勝に進出した1988年(ボストン・ブルーインズに敗退)を除き、依然として低空飛行を続けた。

デビルスのプレーヤー

1990年から1993年の間、デビルスは毎年プレーオフに出場したがすべて第1ラウンドで敗退。ところが、1994年からNHL内でしだいに重きをなすようになっていく。ジャック・ルメール (Jacques Lemaire)がコーチに就任し、それまでのNHLではほぼ見かけることの無かったニュートラルゾーン・トラップ (Newtral zone trap)と呼ばれるヨーロッパ式の堅固なディフェンス中心のシステムを採用し、ディフェンスにスコット・スティーブンス (Scott Stevens)、スコット・ニーダマイヤー (Scott Niedermayer)、オフェンスにクロード・ルミュー (Claude Lemieux)、ボビー・ホリック(Bobby Holik)、ヴァレリ・ゼレプキン(Valeri Zelepukin)、ステファン・リシェ(Stephane Richer)及びジョン・マクレーン(John MacLean)、ゴーリーにはマーティン・ブロデューア (Martin Brodeur)、クリス・テレリ(Chris Terreri)を擁して、失点の少ないディフェンシブなホッケーを展開し、レギュラーシーズンで他チームを圧倒、東部カンファランス決勝でニューヨーク・レンジャースに惜敗した(レンジャーズはこの年スタンレー・カップ優勝)。

前年の敗北のダメージは、翌年にはすっかり癒えていた。1995年はロックアウトでシーズンが短縮された年であるが、見事デトロイト・レッドウィングスを第4試合で破ってスタンレー・カップ初優勝を遂げる。1996年はプレーオフ進出ならず、1990年代残りはファンの期待に応えられず再び低迷する。

しかし、1999 - 2000 シーズンでは、再び王座に返り咲く。スティーブンス、ホリック、ルミュー、ニーダマイヤー、ブロデューアら1995年の優勝メンバーに加え、過去5年間の低迷期に獲得した新戦力、パトリック・エリアシュ(Patrick Elias)、ペトル・シーコラ(Petr Sykora)、ジェイソン・アーノット(Jason Arnott)、ブライアン・ラフォルスキー(Brian Rafalski)、アレクサンダー・モギルニー(Alexander Mogilny)、新人のスコット・ゴメス(Scott Gomez)及びジョン・マッデン(John Madden) らの活躍により2度目のスタンレー・カップ優勝に輝いた。

2001年コロラド・アバランチに第7戦で敗れカップ3度目の優勝を逸した。2002年は優勝を狙えるとの前評判であったが、第1ラウンドでカロライナ・ハリケーンズに敗退。しかし、2003年シーズンを僅か166失点で終え、スタンレーカップではマイティーダックス・オブ・アナハイムを第7戦で下して3度目の優勝を果す。ブロデューア、スティーブンス、ニーダマイヤー、ケン・ダネコ(Ken Daneyko)及び セルゲイ・ブリリン(Sergei Brylin) らの選手にとっては3度目のカップ、またジェフ・フリーゼン (Jeff Friesen)、ジェイミー・ランゲンブラナー、マッデン及びラフォルスキーも優勝に大きく貢献した。

新アリーナ建設

[編集]

2005年2月、デビルスは総工費3億1000ドルをかけて新ホッケースタジアムをニュージャージー州ニューアークに建設すると発表した。コンチネンタル・エアラインズ・アリーナに代わるこの新アリーナ・プルデンシャル・センターは、2007-2008シーズンから使用が開始された。

またニュージャージー州議員のクレイグ・スタンリー(バプティスト派の助祭でもある。)は、宗教的な問題から「デビルス」の名称の変更を求める決議案の提出を計画しているとの声明を発表した。これに対し、CEOのルー・ラモリエロ (Lou Lamoriello) らデビルス首脳は、変更する考えのない旨を明らかにしている。ロゴやマスコットについてはチームがキリスト教における悪魔の描写をモデルとしたことをほのめかしつつも、「デビルス」なる名称は伝説のジャージー・デビルに由来するからとされている。

2012年、レギュラーシーズンでリーグトップのペナルティキル成功率(89.58%)を記録したデビルズは、負傷から復帰したイリヤ・コワルチュクをはじめプレーオフのヒーローが台頭し、フロリダ・パンサーズ、フィラデルフィア・フライヤーズ、ニューヨーク・レンジャーズを退け、カップ決勝に進出したが、ロサンゼルス・キングスに破れ準優勝に終わった。

低迷から再建へ

[編集]

以降は2018年を除き、ポストシーズンに進むことができない状態が続いた。2017年と2019年のドラフトで全体1位指名権を獲得し、それぞれニコ・ヒッシャー(Nico Hischier)とジャック・ヒューズを獲得した。チームは再建期に入り、4年連続でプレーオフに進出を逃したのち、2022-23シーズン10月と11月にフランチャイズ記録となる13連勝を含むフランチャイズ史上最多の52勝112ポイントをあげたが、プレーオフでは第2ラウンドでカロライナ・ハリケーンズ相手に敗退し、2025年のプレーオフでもハリケーンズ相手に第1ラウンドで敗退した。

2024年2月17日にメットライフ・スタジアムで開催された2024スタジアムシリーズ (2024 NHL Stadium Series)に参加し、70,328人の観客の前でフィラデルフィア・フライヤーズを6対3で破った。[7]

チーム情報

[編集]

スタンレーカップ戦績

[編集]
優勝
1994-1995、1999-2000、2002-2003
準優勝
2000-2001、2011-2012

シーズン別の成績

[編集]

カンザスシティ・スカウツ(1974年 - 1976年)

[編集]
GPWLTOLGFGAPTS最終順位プレーオフ
1974-7580155411-18432841スマイス5位不参加
1975-7680125612-19035136スマイス5位不参加

コロラド・ロッキーズ(1976年 - 1982年)

[編集]
GPWLTOLGFGAPTS最終順位プレーオフ
1976-7780204614-22630754スマイス5位不参加
1977-7880194021-25730559スマイス2位第1ラウンド敗退
1978-7980155312-21033142スマイス4位不参加
1979-8080194813-23430851スマイス6位不参加
1980-8180224513-25834457スマイス4位不参加
1981-8280184913-24136249スマイス5位不参加

ニュージャージー・デビルス(1982年 - )

[編集]
GPWLTOLGFGAPTS最終順位プレーオフ(相手チーム)
1982-8380174914-23033848パトリック5位不参加
1983-848017567-23135041パトリック5位 不参加
1984-8580224810-26434654パトリック5位不参加
1985-868028493-30037459パトリック6位不参加
1986-878029456-29336864パトリック6位不参加
1987-888038366-29529682パトリック4位第3ラウンド敗退 (BOS)
1988-8980274112-28132566パトリック5位不参加
1989-908037349-29528883パトリック2位第1ラウンド敗退 (WSH)
1990-9180323315-27226479パトリック4位第1ラウンド敗退 (PIT)
1991-9280383111-28925987パトリック4位第1ラウンド敗退 (NYR)
1992-938440377-30829987パトリック4位第1ラウンド敗退 (PIT)
1993-9484472512-306220106大西洋2位第3ラウンド敗退 (NYR)
1994-954822188-13612152大西洋2位スタンレー・カップ優勝 (DET)
1995-9682373312-21520286大西洋6位不参加
1996-9782452314-231182104大西洋1位第2ラウンド敗退 (NYR)
1997-9882482311-225166107大西洋1位第1ラウンド敗退 (OTT)
1998-9982472411-248196105大西洋1位第1ラウンド敗退 (PIT)
1999-200082452485251203103大西洋2位スタンレー・カップ優勝 (DAL)
2000-01824819123295195111大西洋1位スタンレー・カップ決勝敗退 (COL)
2001-028241289420518795大西洋3位第1ラウンド敗退 (CAL)
2002-03824620106216166108大西洋1位スタンレー・カップ優勝 (ANA)
2003-04824325122213164100大西洋2位第1ラウンド敗退 (PHI)
2005-06824627-9233225101大西洋1位第2ラウンド敗退 (CAL)
2006-07824924-9206193107大西洋1位第2ラウンド敗退 (OTT)
2007-08824629-719819399大西洋2位第1ラウンド敗退 (NYR)
2008-09825127-4238207106大西洋1位第1ラウンド敗退 (CAL)
2009-10824827-7216186103大西洋1位第1ラウンド敗退 (PHI)
2010-11823839-517120781大西洋4位不参加
2011-12824828-6216205102大西洋4位スタンレー・カップ決勝敗退 (LA)
2012-13481919-1011012248大西洋5位不参加
2013-14823529-1819719588メトロ6位不参加
2014-15823236-1417620978メトロ7位不参加
2015-16823836-818220284メトロ7位不参加
2016-17822840-1418024170メトロ8位不参加
2017-18824429-724324097メトロ5位第1ラウンド敗退 (TBL)
2018-19823141-1021927172メトロ8位

不参加

2019-20692829-1218522468メトロ8位不参加
2020-21561930-714518945東地区7位不参加
2021-22822746-924530263メトロ7位不参加
2022-23825222-8289222112メトロ2位第2ラウンド敗退 (CAL)
2023-24823839-526428181メトロ7位不参加
2024-25824233-724022091メトロ3位第1ラウンド敗退 (CAL)
2025-26824237-322625387メトロ7位不参加

New Jersey Devils Season-by-Season Record - Regular Season (英語). NHL Records. 2026年5月26日閲覧。

永久欠番

[編集]
# 国籍 ポジション 選手名 備考
3 カナダの旗 ディフェンス ケン・ダネイコ (Ken Daneyko ) 2006年3月24日認定
4 カナダの旗 ディフェンス スコット・スティーブンス (Scott Stevens) 2006年2月3日認定
26 チェコの旗 左ウィング パトリック・エリアス (Patrik Elias) 2018年2月24日認定
27 カナダの旗 ディフェンス スコット・ニーダマイヤー (Scott Niedermayer ) 2011年12月16日認定
30 カナダの旗 ゴールテンダー マーティン・ブロデューア 2016年2月9日認定
  • ウェイン・グレツキーの99は2000年2月6に全NHLチームの永久欠番に認定

脚注

[編集]
  1. Creamer, Chris (June 13, 2017). “Greatest NHL logos of all time”. NHL.com. 2021年11月1日閲覧. No, not those Colorado Rockies of MLB -- these are the originals. In 1976, the Kansas City Scouts moved to Denver after two seasons in Missouri, taking on a new name and logo. The Scouts' colors -- red, blue and yellow - were also on the Colorado state flag and thus retained. The Rockies' logo resembled the state flag but in the shape of a mountain. It was the only logo the Rockies used before becoming the New Jersey Devils in 1982. In 2015–16, the Colorado Avalanche adopted the Rockies' logo -- modernized and with maroon, silver and blue -- for their alternate jersey.
  2. Offseason Games Outside North America」NHL.com 2026年6月22日閲覧
  3. That Time When the Caps Brought Hockey to Japan」February 28, 2019 by Japers' Rink Team 2026年6月22日閲覧
  4. Kansas City Scouts (1974-1976)」FUN WHILE IT LASTED 2026年6月22日閲覧
  5. Creamer, Chris (June 13, 2017). “Greatest NHL logos of all time”. NHL.com. 2021年11月1日閲覧. No, not those Colorado Rockies of MLB -- these are the originals. In 1976, the Kansas City Scouts moved to Denver after two seasons in Missouri, taking on a new name and logo. The Scouts' colors -- red, blue and yellow - were also on the Colorado state flag and thus retained. The Rockies' logo resembled the state flag but in the shape of a mountain. It was the only logo the Rockies used before becoming the New Jersey Devils in 1982. In 2015–16, the Colorado Avalanche adopted the Rockies' logo -- modernized and with maroon, silver and blue -- for their alternate jersey.
  6. Colorado Rockies (1976-1982)」FUN WHILE IT LASTED 2026年6月22日閲覧
  7. Nico Hischier scores twice as Devils beat Flyers 6-3 before 70,328 at MetLife Stadium」 TOM CANAVAN AP通信 2024年2月19日

外部リンク

[編集]