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ニクロサミド

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ニクロサミド
臨床データ
販売名 Niclocide, Fenasal, Phenasal, others[1]
AHFS/
Drugs.com
Micromedex Detailed Consumer Information
ATCコード
識別子
CAS登録番号
PubChem
CID
DrugBank
ChemSpider
UNII
KEGG
ChEMBL
CompTox
Dashboard

(EPA)
ECHA InfoCard 100.000.052 ウィキデータを編集
化学的および物理的データ
化学式 C13H8Cl2N2O4
分子量327.119 g/mol g·mol−1
3D model
(JSmol)
融点 225 - 230 °C (437 - 446 °F)
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ニクロサミド(Niclosamide)は商標名のニクロシド(Niclocide)で売られているサナダムシの駆虫に使用される医薬品である[2]裂頭条虫症ヒメノレア症テニヤ条虫症に対して効果がある[2]。その他の蟯虫感染症または線形動物に対しては効果がない[3]。経口薬である[2]

副作用は吐き気、嘔吐、腹痛、便秘、かゆみがあげられる[2]妊娠中でも服用が可能であり、胎児への影響はなく安全とされる[2]。ニクロサミドは駆虫薬に分類される[3]。条虫への糖分の吸収を妨ぐことにより効果がある[4]

ニクロサミドが発見されたのは1958年である[5]。ドイツの製薬大手バイエル社の研究所で発見された歴史がある[6]。バイエルの科学者である Gönnert博士Schraufstätter博士 らによって研究が進められた。1959年には特許が出願され、バイエル社は当時「Yomesan」という名称で商標権を取得し発売した[7][8]世界保健機関の必須医薬品リストに掲載されており、最も効果的で安全な医療制度で必要とされる医薬品である[9]開発途上国での一貫の治療に使われる薬の卸値は約$0.24米ドルである[10]。アメリカでは、一般販売されていない[3]。日本でも販売されていない。他の多くの動物に効果的である[4]

2018年以降、世界各国の研究機関によってニクロサミドの幅広い効能が注目され、研究され始めている。抗寄生虫薬としての効果に留まらず、ウイルス感染症、II型糖尿病非アルコール性脂肪肝炎、動脈狭窄、子宮内膜症神経因性疼痛関節リウマチ、移植片対宿主性強皮症、全身性硬化症等といった全身性疾患の治療に応用できないか検討と研究開発が行われている[11]。しかし間接的に非常に多くの作用が働いている可能性があるため、これらの生体化学反応が重大な副作用を引き起こさないか、作用機構を詳細に解明する必要性が高まっている。特に懸念されるのはミトコンドリア脱共役剤としての効果である。ニクロサミドも化学構造的に「2,4-ジニトロフェノール」と類似したフェノール性プロトノフォアであるとされる[12]。 もし血中濃度が高まり、全身の筋肉や臓器のミトコンドリアで強力にアンカップリングが起きれば、エネルギーがATPではなく「熱」として強く放出され高熱を伴う可能性がある。また肝毒性や催奇形性の再評価が必要である[13][14]

化学的特性

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ニクロサミド(化学式: C
13
H
8
Cl
2
N
2
O
4
、分子量: 327.12 g/mol)は、サリチルアニリド誘導体に分類される化合物である[15]。構造的には、サリチル酸骨格とアニリン誘導体がアミド結合で連結されており、2つの塩素原子(-Cl)と1つのニトロ基(NO
2
)が置換している。

  • 酸性度とプロトン放出能
分子内のフェノール性ヒドロキシ基(-OH)は、強力な電子求引基である塩素およびニトロ基の誘起効果を受け、一般的なフェノール化合物よりも高い酸性度(pKa = 6.38 ± 0.10、25℃)を示す[16]
  • 極端な溶解性特性
水に対する溶解度は極めて低い(0.23 mg/L、25℃。モル濃度換算で約 M)一方で脂溶性は約4.48LogPで高い。

薬理作用機序

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ニクロサミドは、サナダムシのグルコース取り込み、酸化的リン酸化嫌気性代謝を阻害する[17]。脂溶性が高いため、条虫の体表から吸収され、虫体内の細胞さらにはミトコンドリア膜に入り込みプロトン勾配を消失させる[14]

研究開発

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ニクロサミドは、数多くの癌の治療薬として研究された事がある[18]。ニクロサミドには細胞の異常な増殖を阻害する効能があり、これが抗がん剤としての機能を果たしている可能性がある[19]

ニクロサミドとオキシクロザニド(サナダムシ駆虫薬)は、2015年の研究で「メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)に対する強いin vivo およびin vitro の活性」を示す事が判明した[20]。ブドウ球菌だけでなく他の細菌についても抗菌作用が働いている可能性が示唆されている。

2018年には、非培養大脳皮質ニューロンにおいて、ニクロサミドがPTEN誘導キナーゼ1英語版を強力に活性化することが確認された[21]。 PINK1の機能障害はパーキンソン病の一種である事から[22]、ニクロサミドとその誘導体化合物は、パーキンソン病の研究ツールとして、また治療の手段として魅力的である。

ニクロサミドをCOVID-19の治療に転用しようとの研究が行われている[23][24]

吸収率問題と副作用

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2022年、「腸管吸収率が低く非常に短い血中濃度半減期」という大きな欠点を韓国のバイオ企業、現代バイオサイエンス社が解決したと発表[25]生体適合性無機物質を使用した独自の薬物送達技術を利用して薬剤を吸収しやすくしたという[26]。ニクロサミドは水への溶解度が0.23 µg mL−1と非常に低いため、経口投与した場合のバイオアベイラビリティが低く(10%)少量の薬剤しか全身循環に到達しないという課題が60年間残っていた。しかしながら注意点として、体内吸収率が低かったからこそ安全性が高い薬剤であったともいえる。吸収率を高めるとそれまで顕在化していなかった副作用が発現する可能性はゼロではない。治療効果を発揮する濃度と毒性が発現する濃度の間の、狭い隙間を見つけ出すことが重要である。

その後、生体実験で世界初となるニクロサミドの抗ウイルス剤(CP-COV03)としての効能を立証した[27]。ニクロサミドは、体内の細胞自食作用であるオートファジーを活性化する薬理作用があるという。また抗炎症作用も確認されている[28]

2023年8月、現代バイオサイエンスUSAは、Xafty(CP-COV03)の共同開発と臨床試験でアメリカ国立衛生研究所と契約することを発表[29]。NIAIDはまず前臨床動物実験を実施する。NIHが米国での臨床研究を担当し、すべての財政的費用を負担するという。

2023年6月、感染症と微生物学に関する会議の1つである米国微生物学会(ASM)Microbe会議の「Emerging Science」セッションにおいてCP-COV03の臨床成果について発表された[30]SERSウイルスだけでなく、MARSオルトミクソウイルス科ヘルペスウイルス科フラビウイルス科パラミクソウイルス科フィロウイルス科など他のウイルスにも効果があることが判明した。

その他イベルメクチン(低濃度では抗ウイルス作用は低いが抗炎症作用は有する)とニクロサミドという2つの薬剤を併合した吸入用乾燥粉末を開発した薬学大学もいくつか存在する[31]。噴霧乾燥法を用いて微粒子にしている。

2025年10月、韓国食品研究院の研究チームは、ニクロサミドが老衰を緩和し筋力低下を抑制する効果を発現していると発表した[32]。老化細胞の指標とされるp16、p21、p53遺伝子の発現を低下させ、ミトコンドリアの機能障害を改善してエネルギー代謝を活性化させる効果が確認されたという。さらにmTORC1シグナル経路を調節し、筋タンパク質分解を促進するユビキチン-プロテアソーム系を抑制していることも明らかになった[33]

将来への備え

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将来に起きうるパンデミックへの初期対応で、ワクチンよりも抗ウイルス薬が鍵となる可能性を示唆する記事が米国によって取り上げられているが、ニクロサミドのように複数のウイルスに効果を発する抗ウイルス薬の開発は非常に難度が高いとされている[34]

複数種のウイルスに同時感染した場合でも対応できるようになると期待される。ただし感染初期に服用しないと効果が最大限発揮できないという抗ウイルス薬特有の性質は前提知識として留意しておくべき点ではある。

出典

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  1. ^ CID 4477 - PubChem
  2. ^ a b c d e WHO Model Formulary 2008. World Health Organization. (2009). pp. 81, 87, 591. ISBN 9789241547659. オリジナルの2016-12-13時点におけるアーカイブ。. http://apps.who.int/medicinedocs/documents/s16879e/s16879e.pdf 
  3. ^ a b c Niclosamide Advanced Patient Information - Drugs.com”. www.drugs.com. 2016年12月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年12月8日閲覧。
  4. ^ a b Jim E. Riviere; Mark G. Papich (13 May 2013). Veterinary Pharmacology and Therapeutics. John Wiley & Sons. p. 1096. ISBN 978-1-118-68590-7. オリジナルの10 September 2017時点におけるアーカイブ。. https://books.google.com/books?id=xAPa4WDzAnQC&pg=PA1096 
  5. ^ Mehlhorn, Heinz (2008) (英語). Encyclopedia of Parasitology: A-M. Springer Science & Business Media. p. 483. ISBN 9783540489948. オリジナルの2016-12-20時点におけるアーカイブ。. https://books.google.ca/books?id=Jpg1ysgVn-AC&pg=PA483 
  6. ^ Goennert, R.; Schraufstaetter, E. (1960年11月). “[Experimental studies on N-(2'-chloro-4'-nitrophenyl)-5-chlorosalicylamide, a new teniacide. I. Chemotherapeutic experiments”]. Arzneimittel-Forschung 10: 881–884. ISSN 0004-4172. PMID 13706249. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/13706249/. 
  7. ^ Yomesan® | Bayer Vital GmbH Deutschland” (ドイツ語). Produkinformation Bayer Vital DE. 2025年12月5日閲覧。
  8. ^ Ditzel, J. (1968-03-07). “[A new drug: yomesan, Bayer (Niklosamid)”]. Ugeskrift for Laeger 130 (10): 421–422. ISSN 0041-5782. PMID 5727989. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/5727989/. 
  9. ^ WHO Model List of Essential Medicines (19th List)”. World Health Organization (2015年4月). 2016年12月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年12月8日閲覧。
  10. ^ Niclosamide”. International Drug Price Indicator Guide. 2017年5月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年12月1日閲覧。
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  12. ^ Childress, ES; Alexopoulos, SJ; Hoehn, KS; Santos, WL (2018). “The Chemical Biology of Mitochondrial Uncouplers”. Chemical Reviews 118 (6): 2873-2911. doi:10.1021/acs.chemrev.7b00305. PMID 29513525. 
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  14. ^ a b Chen, W; Mook, RA; Premont, RT; Wang, J (2018). “Niclosamide: Beyond an antihelminthic drug”. Cellular Signalling 41: 89-96. doi:10.1016/j.cellsig.2017.01.032. PMID 28163060. 
  15. ^ Niclosamide”. PubChem Compound Summary. National Center for Biotechnology Information (NCBI). 2024年5月22日閲覧。
  16. ^ Niclosamide”. DrugBank Online. 2024年5月22日閲覧。
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  19. ^ Chen, Wei; Mook, Robert A.; Premont, Richard T.; Wang, Jiangbo (2018-01-01). “Niclosamide: Beyond an antihelminthic drug”. Cellular Signalling 41: 89–96. doi:10.1016/j.cellsig.2017.04.001. ISSN 0898-6568. https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0898656817301018. 
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  33. ^ Kim E, Lee S, Yoon Y, et al., Jung C (2025-04-22). “Niclosamide extends health span and reduces frailty by ameliorating mTORC1 hyperactivation in aging models”. Journal of Advanced Research. https://doi.org/10.1016/j.jare.2025.04.027. 
  34. ^ Office, U. S. Government Accountability (2025年7月31日). “In the Next Pandemic Antiviral Drugs Could Be Key, But Are They Ready? | U.S. GAO” (英語). www.gao.gov. 2025年8月3日閲覧。