ニキータ・ミハルコフ

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ニキータ・ミハルコフ
Nikita Mikhalkov
ニキータ・ミハルコフNikita Mikhalkov
第63回カンヌ国際映画祭にて。娘のナージャとともに (2010年
本名 Nikita Sergeyevich Mikhalkov-Konchalovsky
Никита Сeргеевич Михалков
生年月日 (1945-10-21) 1945年10月21日(71歳)
出生地 ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国モスクワ
国籍 ロシアの旗 ロシア
配偶者 アナスタシャ・ヴェルティンスカヤ (1967-?)
タチアナ・ミハルコフ
著名な家族 セルゲイ・ミハルコフ (父)
アンドレイ・コンチャロフスキー (兄)
ナージャ・ミハルコフ (娘)
主な作品
太陽に灼かれて

ニキータ・ミハルコフロシア語: Никита Михалков、ラテン文字転写例: Nikita Mikhalkov, 1945年10月21日 - ) は、ロシア映画監督脚本家俳優

来歴[編集]

1945年10月21日モスクワで生まれる。父親は作家であり、ソヴィエト国歌およびロシア国歌作詞者のセルゲイ・ミハルコフ、母親も詩人という芸術家の家庭で育ち、幼少期からモスクワ芸術座で演技を学んだ。また、兄のアンドレイ・ミハルコフ=コンチャロフスキーも映画監督である。

学生だった1964年ゲオルギー・ダネリヤ監督の『私はモスクワを歩く』に出演。兄アンドレイの『貴族の巣』(1969年)などにも出演するなど、1960年代は主に俳優として活動していた。その後、全ソ国立映画大学に入学し、ミハイル・ロンムの元で映画製作を学んだ。

1974年、初の長編『光と影のバラード』を発表。1976年の『愛の奴隷』はアメリカでも上映され、高い評価を得た。翌1977年の『機械じかけのピアノのための未完成の戯曲』はサン・セバスティアン国際映画祭でグランプリを受賞した。また、黒澤明監督がソ連で製作した『デルス・ウザーラ』(1975年)の支援も行った。

1991年、『ウルガ』が第48回ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞を受賞。同作は1993年ヨーロッパ映画賞作品賞も受賞した。1994年には『太陽に灼かれて』が第47回カンヌ国際映画祭審査員グランプリを受賞。翌1995年第67回アカデミー賞では外国語映画賞も受賞した。1998年の『シベリアの理髪師』も興行的な成功を収めた。

2007年、9年ぶりの監督作となる『12人の怒れる男』を発表。翌2008年には第21回東京国際映画祭チェン・カイコー監督とともに黒澤明賞を受賞した。

2010年代に入り、『太陽に灼かれて』の続編となる『戦火のナージャ』(2010年)と『遥かなる勝利へ』(2011年)を発表し、三部作を完成させた。なお、三部作の全てで娘のナージャを俳優として起用している。

作品[編集]

監督[編集]

出演[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]