ナラダ・マイケル・ウォルデン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
ナラダ・マイケル・ウォルデン

ナラダ・マイケル・ウォルデンNarada Michael Walden, 1952年4月23日[1] - )は、アメリカのドラム奏者。音楽プロデューサー。ドラマーとしては非常に卓越した技巧を持ち、細かくスピード感溢れるストロークは彼のプレイスタイルの象徴となっている。

経歴[編集]

十代の頃から主にジャズフュージョン系のセッション・ドラマーとして活動を始め、1974年マハヴィシュヌ・オーケストラに参加。1976年ジェフ・ベックのアルバム『ワイアード』に参加するなど、敏腕ドラマーとしてキャリアを積む。その後ソロ・アルバムを発表、代表作は1979年の『ザ・ダンス・オブ・ライフ』。 1980年代からは、映画音楽やブラックコンテンポラリー系アーティストのプロデュースを手がけるようになる。1981年にはシスター・スレッジの「オール・アメリカン・ガールズ」の作曲を手がけた。また、高中正義のアルバム、『SAUDADE』のプロデューサーでもあるが、本アルバムはインストゥルメンタルアルバムとして、日本初のオリコンチャート1位も達成している。

1985年アレサ・フランクリンのアルバム『フリーウェイ・オブ・ラヴ』をプロデュースし、「フリーウェイ・オブ・ラブ」でグラミー賞最優秀楽曲賞を受賞。1987年ホイットニー・ヒューストンの『ホイットニーII〜すてきなSomebody』で最優秀プロデューサー賞、1993年に映画『ボディガード』のサウンドトラックで最優秀サウンドトラック賞を受賞するなど、プロデューサーとして華々しい活躍を見せる。

現在もブラックミュージック界の著名プロデューサーとして、活躍中である。

日本人との共演としては、1982年にリリースした高中正義のアルバム『SAUDADE』に、プロデューサーやドラマーとして全面的に参加した。同年のコンサートツアーにも自身のバンドを引き連れて来日、熱い演奏を繰り広げた。また1988年には荻野目洋子の『VERGE OF LOVE』をプロデュースした。

代表曲[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Ed Hogan, Narada Michael Walden ALLMUSIC

外部リンク[編集]