ナショナル航空967便墜落事故

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ナショナル航空 967便
SR DC7.jpg
同型機のDC-7(画像はスイス航空のもの)
出来事の概要
日付 1959年11月16日
概要 原因不明
現場 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ルイジアナ州ニューオーリンズ沖合いのメキシコ湾上空
乗客数 36
乗員数 6
負傷者数
(死者除く)
0
死者数 42
生存者数 0
機種 ダグラスDC-7B
運用者 ナショナル航空(NA)
機体記号 N4891C
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ナショナル航空967便墜落事故(ナショナルこうくう967びんついらくじこ)は、メキシコ湾上空でアメリカ合衆国の民間旅客機が消息を絶った航空事故である。十分な証拠が得られず立件できなかったが、破壊工作が行われたと広く信じられている[1]

事故の概要[編集]

1959年11月15日、ナショナル航空967便は、現地時間の午後11時32分にフロリダ州タンパ国際空港を離陸した。967便は夜行便でニューオリンズ経由でロサンゼルスに向う飛行計画であった。このレシプロ旅客機は、巡航高度14000フィート(4300m)を飛行してニューオリンズに向かっていた。967便からの通信では天候条件に問題ないとしていたが、これが最後の通信となった[1]

翌日16日午前0時55分ごろ、967便はニューオリンズの東南東約190kmのメキシコ湾(北緯29度13分、西経88度40分)で管制レーダーから消えた。徹底的な捜索が行われ、海面に漂っていた搭乗者10人の遺体の全部または一部と機内装備品の残骸は発見されたが、行方不明の32名と機体の主要部分は見つからなかった[1]

爆破疑惑[編集]

この事故では早い時点で、機内に仕掛けられた爆発物による事故の可能性が指摘されていた。実際に機体は飛行中にバラバラになっていたと見られること、そして遺体の中には焼け焦げたものがあったためである。しかしながら、前述のように破壊活動があったと実証できるだけの物的証拠を見つけられなかった。

この事故の被疑者として強く疑われたのが、967便に搭乗していたはずの自然療法医であった。彼が事故の2ヵ月後にアリゾナ州で生存していることが判明したためである。一説によれば彼は保険金詐欺のために別人を搭乗させ、爆破装置も機内に持ち込ませて、証拠が回収するのが困難な洋上で決行したものである。しかし物的証拠は得られず立件されることはなかった。

この自然療法医であるが、保険金は彼の妻に支払われた。なお、彼は1969年5月2日テキサス州で死亡したため、事件の真相は永遠にわからなくなった。

脚注[編集]

  1. ^ a b c デビッド・ゲロー 『航空テロ』 イカロス出版、1997年ISBN 4-87149-127-7 118頁

参考文献[編集]

  • デビッド・ゲロー著、清水保俊翻訳、 「航空テロ」 イカロス出版 1997年

外部リンク[編集]